2011年05月

2011年05月09日

110528 駒込・田端フィールドワークのご案内

12e907d5.jpg日時: 5/28(土) 10:30am
集合:JR山手線駒込駅北口改札出たところ。
  (本郷通り側、巣鴨寄りの改札です)

妙義神社下、谷田川支流の谷をスタートし、谷の街:しもふり商店街や谷田川の旧水路を巡ります。対岸の丘、上野台に登ったら、平塚神社や荒川低地を望む崖の際を目指しましょう。時間があれば、谷戸庭園の傑作、旧古河庭園(有料:¥150)もスリバチ的に見学予定。適当にランチを取ったら田端へ移動。14:00に与楽寺(田端駅から徒歩3分)で地図絵師:高橋美江さんと合流。美江さんと田端の町歩きを楽しみ、15:30ごろ解散予定。
今回も雨天決行、自由参加・途中抜けOKです。

次回フィールドワークの予定は、
 6/25(土)赤羽(『すりばちの底にあるというボタン』スペシャル)です。
(予定は勝手に変更されることがあります)

suribachi at 22:36|PermalinkComments(2)TrackBack(0) お知らせ 

2011年05月04日

池尻・駒場・三宿の見どころ(110423報告)

f868f711.jpg凸凹地形図では左(西)から北沢川と烏山川が東流し、三宿で合流して目黒川となります。川の北は淀橋台の丘、南が目黒台で、下末吉面に属する淀橋台を刻む谷は深くメリハリのあるのが特徴。氷川橋際で目黒川に合流する空川は2kmほどの小河川で、上流へと辿ると、枝分かれした3箇所の湧水ポイントの谷頭(二級スリバチ)へたどり着けます。淀橋台の南端は崖状になっていて目黒川のつくった谷:池尻・三宿を一望できるビューポイントも多くあります。
一方、武蔵野面に属する目黒台はなだらかな丘で、大山道の古道や東山貝塚公園の湧水などが見どころ。今回のエリアは、中世からの神社仏閣も多く、昔ながらの商店街や路地もあり、スリバチマニア以外でも楽しめるコースだったかな。

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2011年05月03日

々促谷の一級スリバチ(110423報告)

de3ec8dc.jpg中島みゆきは唄います。「海に行くなら9月」と。このセンチメンタルともヤケクソとも取れるフレーズに近い想いを、スリバチ学会でもよく使います。「スリバチに行くなら雨の日」と。。
で、この日も朝から雨。天気予報も終日雨、風強し。。
京王井の頭線池ノ上駅の東に、北沢川の支流が刻んだ谷戸があります。雨に濡れたスリバチは趣が一層増していました。おまけにこのスリバチは井の頭線の土手が谷の下流部を塞いでいるため、4方向に閉じられた正真正銘の一級スリバチ!この谷は1900年ごろの地図で溝ヶ谷と呼ばれていたことから、谷を流れた支流は「溝ヶ谷川」と名づけましょう(雨に免じて許してください)。
写真の右側、丘の上は東大先端科学技術研究センターのゴツい建物群。建物が地形の高低差を強調するとした「スリバチの第一法則」の典型例。

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二段河川:北沢川(110423報告)

fb1622c7.jpg写真の北沢川は、清流復活事業によって復元された人工の景観。下部暗渠にはオリジナルの北沢川が密かに流れています。北沢川は代田川とも呼ばれ、上北沢を水源とする天然の小河川。三宿で烏山川と合流し、目黒川と名をかえ東京湾へ至ります。1658年に北沢用水が開削され、玉川上水から北沢川の谷頭に補水を受け、農業用水として流域を潤いましたが大雨のたびに氾濫し、1949年から護岸改修が始まり昭和50年代に全域が暗渠化されました。
垂直護岸に閉じ込められる以前の北沢川って、水面に手が届く小川だったのでしょうね。もっとワイルドだったでしょうけど・・

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C喊の空は広い(110423報告)

5ad68fd2.jpg淀橋台南端、駒場野と呼ばれる台地の突端から目黒川の低地、池尻を眺めています。高台から谷あいのまちを眺める開放感を「スリバチの空は広い」と形容します。
江戸時代には将軍の鷹狩りの場だった駒場野には、明治の富国強兵政策の一環として、騎兵第一大隊や近衛大隊の兵舎が建てられました。一方、目黒川の対岸、目黒台にも駒沢練兵場がつくられ、対照的に目黒川沿いの低地には「陸軍御用」の店舗が軒を並べました。
写真の遠方、高層ビルが並んでいるのは目黒の台地によるスリバチの法則(土地の高低差に拠るポテンシャルの表出)ではなく、246玉川通り沿いの高容積率のポテンシャル(都市計画上の路線商業)が作用している風景です。

suribachi at 19:27|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

っ戸の水田:ケルネル田圃(110423報告)

ac00c4bc.jpg水を得にくい武蔵野台地の農業は畑作が中心で、水田は台地に入り込んだ浸食谷の低湿地(スリバチ)に、川やわずかばかりの湧き水の流れを利用して造られていたに過ぎませんでした。空川の上流部、駒場野公園内にはケルネル田圃と呼ばれる谷戸田が保存されています。これは駒場農学校で日本の農業の近代化に取り組んだドイツ人教師オスカー・ケルネルの名にちなんだもの。ケンネル教師は谷あいの実習田を用いて土壌や肥料の改良に取り組み、ここ日本最初の実験水田は、谷戸の水田風景を今に伝えています。
ケルネル田圃のさらに上流には谷戸の湧水を湛えた池も残され、谷戸の時代別原風景をセットで楽しむことができます。

suribachi at 18:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

ザ霈譽ャンパスのパワースポット(110423報告)

e97206bd.jpg東大駒場キャンパスの西側、坂下門からのアプローチ横に清らかな水の流れがあり、湧水も確認できます。駒場一体は水の豊かなところで、短時間に湧水(=パワースポット)を多く巡る事ができます。特にこの日は雨だったので、流れも豊富!でも、オヤジな自分たちはキャンパス内の学食で女子大生に囲まれてのランチにパワーを頂いたのでした!!

suribachi at 12:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

γ頭(スリバチ)の優等生(110423報告)

db1a847a.jpg東大駒場キャンパスの中には、空川の水源の一つである谷頭の湧水池もあります。本郷キャンパスの三四郎池に対して、教養学部らしく一二郎池の愛称で呼ばれています。2008年末に、淀橋台の谷戸の原風景を残すかたちで整備されました。
湧水量が豊富な場合、その湧出力により、湧き頭付近の浸食と地層の液状化による地層下部の崩落が徐々に進行することにより、馬蹄形の谷頭地形(二級スリバチ)を形成することがあります。一二郎池はそんな谷頭湧水タイプの典型、淀橋台のスリバチの優等生です。
谷の後方の高台は山手通りで、かつて三田用水が通っていました。

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Пの大山道と池尻稲荷(110423報告)

c27f24bb.jpg池尻大橋駅の南側、246玉川通りから逸れて、かつての大山道のルートが残されています。丹沢の大山阿夫利神社は古来修道の場として、江戸中期頃から多くの人が参拝しました。その参詣(大山詣)のための道が大山道です。大山道と目黒台地の際の交点に池尻稲荷神社があります。境内に「涸れずの井戸」という霊水があり、昔、赤坂の一ツ木からここに至るまで飲用水が無かった時代、大山道を旅する人々のたよりにされたと言われています。
池尻・池沢の鎮守で火伏せの稲荷として信仰されるこの丘で、行く手を阻むよう、ますます風雨が激しくなってきました。ゴール予定の三軒茶屋までは電車で1駅。。交通機関に日和ろうとする湿った空気も漂いましたが、自分たちは目の前に広がる池尻・三宿に足を進めました。そこに谷がある限り・・

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┻屬両紊療痢丘の下の寺:1(110423報告)

26e9f3dd.jpg北沢川と烏山川に囲まれた岬状の台地は多聞山と呼ばれ、三宿城も構えられた自然の要害。この丘には昔、多聞寺と三宿神社が「同居」してましたが、明治の神仏分離令でこの地の多聞寺は廃寺となりました。現在は毘沙門堂の本尊のみが祀られています。
岬状の鎮守の杜に佇む三宿神社、例祭に奉納される神楽のなかにたぬき囃子があることから、麓の三宿にはたぬきの「パブリックアート」がたくさんあります。ぜひ探してみて下さい!(雨にも負けず、来た甲斐がありました)

suribachi at 10:32|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート