2012年07月

2012年07月08日

高輪・白金のみどころ(120630フィールドワーク報告)

614720b8.jpg横浜・和光市・仙台と遠征を続けてきましたが、春の最終回は淀橋台の典型的スリバチ地形が観察できる黄金コース、高輪・白金へ。高輪台東面の崖地には、複数のスリバチ状の窪地が連なることから、学会では「スリバチギンザ」と呼んで過去にも数回訪れていますが、趣のある路地や坂道・階段が多いことから、町歩きにも人気のエリア。一方、白金台は細く長い谷が幾筋も連なり、キャラクターの違う谷を手際よく回ることができます。谷の底では川跡を発見することもできるし、自然教育園・池田山公園といった湧水のある代表的な公園系スリバチも点在しています。そして「谷あっての丘」であるセレブな町の様子も観察できます。
都内でも有数の高級住宅地として知られる高輪・白金を50名ほどで徘徊しました。途中、高輪消防署では建物内部の見学にとどまらず、コスプレ体験のおまけも付きました!消防署員のみなさま、熱いおもてなしありがとうございました。


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‘讃貂笋搬汽崎神社(120630報告)

926e4638.jpg高輪台駅の南側に道場谷と呼ばれた細く長い谷があります。道場谷は元禄十年(1697年)の検知帳に記された名で、江戸時代になってから谷筋に本立寺と寿昌寺が創建され、修行の場があったために付けられた地名とされます。道場とは、仏教用語で修行する所、転じて山岳信仰の修行の場。
道場谷の西は島津山と呼ばれ、仙台藩伊達家下屋敷があった丘で、谷頭を登ったところ、国道1号線沿いに袖ヶ崎神社(東五反田3-6-20)が祀られています。着物の袖に似た台地の形状をしているので付けられた名のようですが、古代には、この辺り一帯は大崎と呼ばれていたものを、奥州において「大崎」は不吉な名とされ、袖ヶ崎に改められたとされます。(大崎家は、秀吉の奥州仕置きで滅んだ名家だからです)

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洞村とよばれたスリバチ村(120630報告)

e94de2a6.jpg高輪の東禅寺は我が国最初のイギリス公使館となったことで有名ですが、スリバチ学会では、山を背に谷頭に立地する典型的な寺院系スリバチとして知られています。境内の池(入ることはできません)は谷頭から湧き出た水を利用した池と思われます。
山門向かって右側に、洞坂(ほらさか)という狭く急な上り坂があります。湾曲して路地状の坂道は、静かで風情があり、マニアの間では有名な坂道です。坂の名は、かつてこの辺りを「洞村」といったことに因むとされています。そして村の名は、地中にぽっかりと空いた洞(ほら)のように、周囲を崖で囲まれた窪地状の様子から付いたものなのでしょう。

suribachi at 08:57|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

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c51a53c7.jpg清正公前の交差点、桜田通り(国道1号線)南側に木造民家の集まる静かな窪地状の町があります。坂と路地の奏でる風景に魅せられて、度々訪れているお気に入りの一角です。路地の傍らには、現在でも地下水を汲み上げることのできる現役の井戸が2か所ほど残されています。地下水位の浅いスリバチ地形の場所では、井戸に出会えることしばしばです。
この窪地をつくったのは玉名川と呼ばれる川で、下流側は大久保通りを経て、新古川橋辺りで古川(渋谷川)に注いでいたようです。上流側は、ちょうどこの辺りで2筋に分かれ、一つは正満寺墓地にあったとされる湿地帯を水源とする流れ、もう一つが玉名の池(白金台2‐1〜3近辺)から発する流れ(玉名川本流)とされます。結婚式場として知られる八芳園の庭園は、この流れを利用した窪地に広がる名園で、公園系スリバチとしてもお奨めです。


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ここ阿量椶ら見た地獄谷(120630報告)

1075f7f8.jpg玉名川から枝分かれした支流は、正満寺墓地のある窪地から流れ出ていたとされます。かつて樹木谷(別名:地獄谷)と呼ばれ、今でもいくつかの寺院の墓地が集まる谷頭(スリボチと呼ぶ)を、再開発地の公開空地から眺めることができます。麹町にも樹木谷があり現在は建物で埋め尽くされていますが、元々はここと同じく寺院や墓地の集まる窪地(スリボチ)でした。
この日は前回の成増FW以上に海外からの留学生の参加がありました。スリバチ歩きは、ガイド本で紹介されているようなフツーのまち歩きでは行かないようなコースを巡っています。全方位的な町の成り立ちや歴史を知るには、東京を知ろうとする学生の方々にも、お奨めのまち歩きと言えます。無駄に坂を上ったり下りたりするのは疲れますが、それなりに意味のあることだと分かってくれたかなぁ。。


suribachi at 08:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

デ魘盪宛町支流の路地(120630報告)

c189ebd6.jpgスリバチ本でも紹介した、白金三光町支流と呼ばれる水路跡の路地です。初めて歩いたのは深夜だったので、身の危険に怯えながら流路を辿りました(襲われるというよりも、通報されるという意味でです)。周辺の地形から、本来の流路は朝日中学校校庭中央辺りと思われます。すなわち、谷を埋めて校庭を整備する際、排水路を隅に寄せたのが現在の水路跡です。
午後になってさらに増えた一行(約60名!)を引き連れ、川跡を上流へと遡りました。本でも取り上げた名スリバチ、東大医科学研究所敷地内の窪地や、谷頭の「悪水溜」とよばれた窪地も巡りました。この日は廻れませんでしたが、自然教育園もお勧めです。湧水池や湿地が残された公園系スリバチの代表事例としてはもちろんですが、貴重な一級スリバチ地形でもあります。真相は各自でお確かめください!


suribachi at 08:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

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bc256c65.jpg気持ち良さそうな窓辺の写真を撮り集めていますが、書籍化は建築家の塚本由晴さんに先を越されました(『Window Scape〜窓のふるまい学』(フィルムアート社)という写真集が既に刊行されています)。部屋内から外の景色や空気を楽しめるだけでなく、外から見ても内の生活ぶりが垣間見えるような、町と家を繋いでいるような、「縁側」のような窓辺に惹かれます。そして窓辺に限らず、そのような雰囲気が感じられる、テラスやオープンカフェも好きな場所です。
写真は池田山公園のスリバチ地形を眺める絶好のインナーバルコニー。池田山公園は、窪地を囲む高台一帯が岡山藩池田家の下屋敷だった場所。起伏に富んだ地形と豊かな緑はかつての大名庭園の一部が活かされたもの(大名屋敷は公園(約7000屐砲僚戎倍あったといいます)で、自然教育園と並ぶ白金の貴重な公園系スリバチと言えます。
春のフィールドワークは一旦終了し、東京の夏は暑いのでスリバチ学会も夏休み。秋は9月末の土曜日(9/29)に再開を予定しています。


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2012年07月03日

120707スリバチカフェ@南洋堂のお知らせ

5eb31b8e.jpg7月7日(土)、神保町南洋堂書店4階でスリバチカフェをまたやります!今回は『東京人8月号:東京地形散歩特集』の発売を記念して、あの微地形模型に画像コンテンツをプロジェクションします!自分もお店に詰めてエスプレッソのサービス(¥100)をするし、マニアパ・スリバチ関連グッズの販売もあります。1日限定の特別企画、11:00〜19:00の間にご自由にお越しください!(微地形模型のプロジェクションに限っては、毎週土曜日に見られるようになるらしいですけど・・)

suribachi at 19:05|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お知らせ