2012年11月

2012年11月11日

121208番町麹町のフィールドワークのお知らせ

c37d6525.jpg今年最後のフィールドワークは、かつて大嵐で中断した番町・麹町・皇居へ出かけましょう。今回も出欠を取らずに自由参加、途中抜け可です。勝手にいらして下さい。
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開催日:12月8日(土)
集合:10:30に赤坂見附交番前広場
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赤坂見附を出発し、清水谷を上って麹町へ。番町の樹木谷や御厩谷を上ったり下りたりして、半蔵門あたりで適当にランチタイム。午後は北桔橋門あたりから皇居東御苑に入って本丸跡などを眺めながら淀橋台先端の地形を探索、展望台から日比谷入江を眺めて大手門で16:30頃解散。

冬は寒いのでスリバチ学会は冬休みですが、
12/15(土)に仙台平野のフィールドサーベイ(東北大学との共同開催)、
1/12(土)に仙台丘陵地のフィールドサーベイ(東北大との共同開催)
を予定しています。(詳細はこのブログで告知します)

suribachi at 09:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お知らせ 

2012年11月03日

山王・馬込の見どころ(121027フィールドワーク報告)

ca65f8f2.jpg想定はしていたけど、やはりランチに寄れるような料理屋さんは途中になく、コンビニで簡単に食事を済ませながらの過酷なツアーとなりました。全行程約15kmはフィールドワーク史上最長だったかもしれません。おまけに山王・馬込は九十九谷とも呼ばれたスリバチ密集地帯!太田道灌がこの地に城を築こうとしたけど、谷の多さを形容する「九十九」が「苦重苦」につながるのを恐れ、城郭を築くのを見送ったとの伝説も残っています。
この日は大森駅をスタートし、大森貝塚公園、原の水神池、山王ロマンチック通りの谷、ジャーマン通りの谷、池尻堀の谷、内川(沢尻川)の谷と巡って、沖積地の六郷用水跡も辿りました。そして山王の丘をムダに登ったり下りたりした後、天祖神社の急勾配の石段を下りて大森駅に戻りました。


suribachi at 07:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

仝兇凌綽醒咾搬膺抗塚(121027報告)

100a9019.jpg写真は品川区立出石公園の原の水神池。この池は荏原台の湧水が水源とされ、畔には水神社が祀られています。この水の池は、この一帯が原村と呼ばれた頃、農産物の洗い場として利用されていたといいます。近くにもう一つ出石公園がありますが、湧水池があるのは、品川寄りのこちらの公園です。
原の水神池は地形的に谷の上流部に位置していますが、この谷こそ下流域で鹿島谷と呼ばれ、大森貝塚の横を流れていた川が刻んだ谷なのです。大森貝塚は縄文後期の集落跡ですが、集落が成立は、食料を得やすい海辺+飲み水を得やすい谷(川沿い)が条件だったのでしょう。そんなかつての縄文集落を潤した川の水源のひとつが原の水神池なのです。


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谷に向かって走れ2(121027報告)

1862f7ce.jpg淀橋台と同じく、地形分類上「下末吉面」に属する荏原台は、スリバチ状の谷の宝庫です。舌状台地と溺れ谷のような谷戸が交互に立地し、特に台地の先端部では深く密な谷が分布していて、地元では九十九の谷があるとも言われていました。
そんな荏原台の典型的スリバチ地形が見られるのが、黒鶴稲荷神社(大田区中央5丁目)のある舌状台地と佐伯山と呼ばれた台地に挟まれた谷。川の痕跡は残っていませんが、汐見坂と呼ばれる直線状の長い坂道がほぼ谷筋にあたります。

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2積低地を望む丘のストーリー(121027報告)

4f02d129.jpg荏原台に複数ある台地の突端の中でも、沖積低地を望む先端部の丘は地元では注目のロケーション。地元では「佐伯山」と呼ばれる緑豊かな丘は現在、大田区が緑地整備を進めています。もともと佐伯栄養専門学校の土地で、民間開発事業者に売却され、マンション建設計画が進んでいました。しかし、地域住民から反対運動が起き、建築確認が取り消しとなって大田区が購入したものです。
この佐伯山の緑地からは、蒲田・糀谷・羽田などの多摩川の沖積低地が一望できます。この辺りの低地では潮の影響を受けるため、人工の水路・六郷用水(上流部では丸子川)が江戸時代に築かれました。荏原台の崖下を流れていたのは北堀と呼ばれる六郷用水で、この用水から平野部へ縦横に用水路が張りめぐらされていたのです。

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こ馨紊侶野神社と崖下の善慶寺(121027報告)

4db44bdc.jpg荏原台のもう一つの突端、地元では木原山と呼ばれる台地の先端にあるのが熊野神社。鬱蒼とした緑に包まれ、沖積平野を望む頂に鎮座しています。熊野神社は、平間街道の宿場町、新井宿村の領主・木原氏によって元和年間(1615〜1624)に建立されたと伝えられています。写真は善慶寺の山門から熊野神社の鳥居を見たものですが、崖上の神社と崖下の寺院はフィールドワークでもよく見る立地パターンです。

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ケ糎饗罎了衒・弁天池のスリバチ(121027報告)

d3bedf24.jpg環状8号線が走るのは池尻堀と呼ばれた河川の沖積地、谷の両側の崖には小さな谷が切り込んでいます。その一つが厳島神社の祀られた弁天池のあるスリバチ。池を囲む斜面には住宅やマンションが並び、荒木町にも似た「広場のように囲まれた感じ」が谷を満たしています。谷と丘は階段で結ばれ、坂の上からのスリバチビューもばっちりです。
池の水源は弁天池のすぐ裏にある山王花清水公園内の湧水池。花に彩られた園内の崖裾には、湧水池と湧水枡があり、枡の前には小さな祠と御神水の立札が立っています。公園は斜面を利用し、スリバチを見渡すテラスも用意されています。


suribachi at 07:01|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

β膺梗妖場跡のスリバチ(121027報告)

4bce33f7.jpgJR京浜東北線の西側には大森貝塚が発見された断崖が続き、大森駅西側の急斜面の上には天祖神社が祀られています。ここから台地側は駅周辺の雑踏とは無縁の、山王の高級住宅地が広がります。
写真は大森テニスクラブのテニスコートとして使われている整形な窪地で、大森射的場の跡地です。射的場は1889年から1937年頃まで使われていたそうで、それ以前は沼地だったようです。(と、テニスクラブの紳士が教えてくれました)

次回、今年さいごのフィールドワークは12月8日(土)を予定し、スリバチ学会は冬休みですが、12月15日(土)に仙台沖積低地のフィールドサーベイ、来年1月12日(土)には仙台丘陵地のフィールドサーベイを予定しています。真冬の真の仙台を味わいたい方はどうぞ!

suribachi at 06:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート