2012年12月

2012年12月12日

番町・麹町の見どころ(121208フィールドワーク報告)

eca91178.jpg番町・麹町といえば誰もが認める都心の一等地。麹町の「麹」とは、武蔵国府(府中市)への路、すなわち「国府路(こうじ)」の起点になった場所を意味しています。一方、番町の名の由来は、江戸時代初期に城を警衛する旗本・大番組の屋敷があったことに拠ります。彼らは番方と呼ばれ、大番組が一番組から六番組まであったのに対応して、現在の町名も一番町から六番町に分かれています。
麹町台地に刻まれた谷筋をめぐるのが今回のテーマでした。樹木谷・御厩谷など、千鳥ヶ淵へと続く谷筋を探索した後、北桔橋門から皇居東御苑に入り、江戸城天守閣跡・旧本丸・二の丸庭園と散策、大手門で解散となりました。番外編として、日没までの間、大手町と丸の内の町なみを見て廻り、今年の活動は終了しました。
(冬は寒いのでフィールドワークはお休みとなります。来年の3月末に再開予定)

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.好螢丱糎園の典型・清水谷公園(121208報告)

d32e9226.jpg上智大学裏を谷頭とする谷筋と、麹町4丁目を谷頭とする谷筋が合わさった場所に、清水谷公園と呼ばれる鬱蒼とした緑に包まれた典型的なスリバチ公園があります。その名の通り、園内の崖下では清水が湧いていたらしく、湧水を満たした水面が木々の紅葉を映していました。上智大学裏の谷筋では、都心一等地でありながら、高層ビルに囲まれた木造家屋がひっそりと残る一角もあります。ちなみにこの一帯を紀尾井町と呼ぶのは、紀伊家、尾張家、井伊家の三邸があったからです。


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▲織謄皀侶銘の町(121208報告)

79e4d0dd.jpg樹木谷の谷筋を歩いていると、建物の壁面が道路に向かって斜めにカットされ、スカイラインが渓谷状であることに気付きます。これは、建築基準法での斜線制限と呼ばれる建物の形態規制で、敷地が狭く道路に対して間口が狭い場合に起こる、いわば建物壁面がつくる都会の渓谷と言えます(現在は「地区計画」によって、斜線制限が緩和されている地域もあります)。丘の上では、広い敷地割りゆえか、タテモノ渓谷は見られなくなり、周囲に空地を巡らせた高層の建物が多くなります。これらは『屋敷型・町屋型』とスリバチ本で紹介した建物類型の発展形と言えそうで、麹町では丘と谷では異なるタイプの建築形が出現している現象が観察できました。


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再開発地の水の流れ(121208報告)

72b5c433.jpg写真は樹木谷上流部の再開発地で見かけた人工的な水流です。この界隈ではここの他にも、平河天満宮下の窪地上流部の街区や、千鳥ヶ淵フェアモントホテル跡地のマンション敷地内でも、谷筋に復元されたかのような水流を見つけることができました。どこも「地霊」と呼ぶには爽やか過ぎる、ささやかな水の流れでした。
ここ樹木谷で復元された水流を上流へと遡れば、谷頭と思われる場所に千代田稲荷の祠があります。千代田稲荷は元々この辺りの旗本屋敷内に祀られていたましたが、明治以降は場所を転々とし、再開発によって日枝神社内に遷座していたものを元来の地へ戻したそうです。


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都心のオアシス・二の丸庭園(121208報告)

ea107e53.jpg2年前(2010年10月30日)の皇居めぐりの日は大嵐に襲われたため、フィールドサーベイもそこそこで切り上げましたが、この日は晴天に恵まれた上、何処へ行っても見事な紅葉を見ることができました。写真は皇居東御苑の二の丸庭園です。地形的には微妙な傾斜を活かし、池の傍らに湿地と菖蒲田が造られていました。ここから僅か300mほどの距離に大手町の超高層ビル街があるとは思えないくらい、自然の趣たっぷりな場所です。
一行はこの後、将門の首塚でお参りした後、大手町と丸の内のビル群がつくる町並みと、建物の保存事例について建物マニア達のウンチクを聞きながら徘徊しました。


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ド元された東京駅(121208報告)

757709f8.jpg大手町の丸の内の歴史的建造物の保存・復元事例を一通り見た後に、最近話題の東京駅丸の内駅舎でゴールしました。丸の内駅舎は辰野金吾の設計によって1914(大正3)年に開業、関東大震災は持ちこたえましたが、第2次世界大戦時の空襲で屋根と内装の大半を焼失、3階が撤去された状態で長らく使われてきました。何度か取り壊しの危機がありましたが、駅舎保存の機運が勝り、2002年に東京駅周辺地域が特例容積率適用区域に指定され、残余容積の売却によって、保存・復元資金が捻出されました。
東京駅があるのは日比谷の入江だった場所で、松杭を沖積層下部の支持層(礫層)まで打ち込んでいました。今回の復元では松杭を撤去、駅舎を使いながら地下に新たなコンクリート躯体を構築し、1階の床下に350基ほどの免震装置と水平変異を制御するオイルダンパーが設置されたのでした。

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2012年12月09日

121215仙台平野のフィールドサーベイのお知らせ

22268e3e.jpg東京スリバチ学会は寒い季節は冬休みですが、東北大学都市・建築学専攻の方々と、仙台平野のフィールドサーベイに出かけます。平成27年度に開通が予定されている地下鉄東西線の駅周辺の地形を探索します。16:00頃、仙台駅へ戻る予定、途中抜けOKです。ご参加いただける方は、
9:15に仙台駅西口バスターミナル6番バス乗り場に集合とします。
(9:41発405系統農業園芸センター前行バスに乗車、荒井で下車)
雨天決行、仙台は寒いので暖かくしてお出かけ下さい。

suribachi at 18:45|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お知らせ