2013年07月

2013年07月06日

130720スリバチナイト!@東京カルチャーカルチャーのお知らせ

東京スリバチ学会の公式イベント『スリバチナイト』ついに実現です!

http://tcc.nifty.com/cs/catalog/tcc_schedule/catalog_130611204276_1.htm

7/20(土)、
お台場の東京カルチャーカルチャーにて、
トークイベント『スリバチナイト』を開催します。
17:00開場
18:00開演
20:30終演予定で同じ会場で2次会も予定しています。
飲み食いしながらワイワイ楽しめるトークイベントです。お気軽にお出かけ下さい。
出演は
皆川典久(東京スリバチ学会会長)、
石川初(東京スリバチ学会副会長、GPS地上絵師)、
大山顕(住宅都市整理公団総裁ほか)です。
当日券¥3000、前売り券¥2500なので、前売り券がオススメです。
(コンビニで購入できます。上記URLをご参照下さい)
マニアパレルの関連グッズ販売もありますよ〜!

お待ちしております!!

suribachi at 11:15|PermalinkComments(0)TrackBack(0) お知らせ 

130629北斗七星スペシャル・フィールドワーク報告1

503afdef.jpgこの春さいごのフィールドワークでは、平将門にまつわるとされる、七つの塚と神社を巡りました。夕刻の17時までに巡ることを優先に、途中で3回ほどワープ(徒歩ではなく、公共交通を利用)しました。まずは北新宿から神楽坂にかけての凹凸地形図です。いずれの神社も、神田川低地を望むような台地の際にあるのが分かります。
ちなみに、七という数字は古来東西を問わず、聖なる数字として尊ばれてきました。西洋ではラッキーセブンとして幸運の数字とされ、東洋でも「七福神」「七賢人」として縁起のよい数字とされます。日本では「七草がゆ」「七味唐辛子」などに用いていますね。神道や仏教に影響を与えた陰陽道においても、七は鎮魂、浄化の数字として広く用いられてきたといいます。
ということで、今回は東京の暑い夏を乗り切るため、七つのパワースポットを巡りました。

suribachi at 10:41|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

130629北斗七星スペシャル・フィールドワーク報告2

33e037b9.jpg続いて、神楽坂から浅草橋にかけての下町低地の微妙な凹凸図です。日本橋や鳥越神社のあるあたりが、周囲よりも若干高い微高地なのが分かります。
七つの神社や塚が、ひしゃく型の北斗七星の配列をなぞっているのは、北斗七星が北極星を巡っているからで、北極星とは動かぬ中心、徳川家康を暗示しています。ひしゃくの先(兜神社から鳥越神社への軸線上)にあるのは家康が祀られた日光東照宮に他なりません。
今回は、天海が仕掛けた江戸の壮大なランドスケープ、あるいはパワースポットを巡りました。B’zのコンサートにも負けないくらい、みんな元気をもらえたと思います。反省会が終わった夜に「第2部」と称して浅草橋〜浅草〜御茶ノ水〜水道橋と歩いた一団もありました。それでは将門ゆかりの塚や神社は「なぜそこにあるのか?」という地形的な意味を問いかけながら巡ってみましょう。


suribachi at 10:36|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

ヽ賛声辧水稲荷神社と巡って甘泉園公園で寄り道(130629報告)

e6242384.jpg集合場所、新大久保駅に集まったのは総勢60名超!韓流ファンで賑わう駅前を避け、皆中神社へと適宜移動しつつ、最初の目的地、新宿区北新宿の鎧神社を目指しました。鎧神社の創建は古く、日本武尊東征の折り、甲冑を埋めたのが神社の初めと言われています。そして将門亡き後に、縁者が平将門公の鎧をここに埋めたといいます。地形的には神田川の沖積地と武蔵野台地の境界部に位置しています。
その後は、大久保という地名の由来とされる蟹川の大きな谷間を下流へと進み(途中23区最高峰の箱根山にも登頂しました)、西早稲田の水稲荷神社へと向かいました。水稲荷神社はその名の通り水神が祀られている稲荷ですが、将門に関する逸話は、源経基による将門調伏伝説で、ここの稲荷神の信託により、源経基は将門を滅ぼしたと伝えられています。やはり神田川の低地を望む高台にあり、崖下の湧水を活かしたのが典型的な公園系スリバチ、甘泉園公園です。


suribachi at 10:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

築土八幡神社から神田明神へ(130629報告)

0cd5a53b.jpg早稲田駅から神楽坂駅まではメトロ東西線を使って移動。赤城神社を経由して、目的地は新宿区の築土八幡神社へ。元々将門の例を祀ったのは千代田区九段北にある築土神社。当時は津久戸明神と称し、その後北の丸公園付近に移り田安明神とも呼ばれました。そして1616年に江戸の拡張のため、現在の築土八幡神社の場所に移ってきました。やはり神田川低地に突き出た岬状の舌状台地にあります。
神楽坂の町なみを楽しみながら、飯田橋駅から御茶ノ水駅まではJRで移動。秋葉原の低地を望む、本郷台地の際に神田明神はあります。正式名称は神田神社ですが、『延喜式』に記された社格の高い神社を名神(大社)とよび、それが明神に転化したものだそうです。言わずと知れた江戸の総鎮守、将門の胴(からだ)を祀っているとも言われます。さらには「神田」とは、「からだ」が転化した地名とする一説もあります。


suribachi at 10:31|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

将門の首塚から兜神社へ(130629報告)

ad214884.jpg一行は御茶ノ水渓谷(関東ローム層(赤土)が露出していることから、スリバチ学会ではレッドクリフと呼んでいます)を渡り、本郷台地の先端、駿河台を下り、神保町の南洋堂書店にて凹凸模型のプロジェクションを観覧しました。そして大手町1丁目1番地にある将門の首塚でちゃんとお参りをしました。首塚にまつわるエピソードについてはぜひ『凹凸を楽しむ東京スリバチ地形散歩』(洋泉社)をご参照ください。
現代のビジネス中心地、丸の内・大手町から常盤橋を渡って日本橋へ。そして明治のビジネス中心地、兜町へ。町名の由来ともされる兜神社は、ビルや高速道路に囲まれ、ひっそりと残されています。将門公の兜を埋めた地とも言われます。地形的には日本橋川と楓川がちょうど交わる場所でもあります。
ちなみに将門公の身体や身につけていたものが、離ればなれに祀られているのは、民俗学者の中山太郎氏によれば、「反逆者の死体を七つに斬り刻み一定の地相の場所に埋める風習がある」とのことです。


suribachi at 10:30|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート 

ね射曚里気傾む鳥越神社(130629報告)

e509b07f.jpg東京スリバチ学会もいよいよ下町低地へ。パワースポット小網神社でお参りをし、東堀留跡や浜町川の暗渠路を楽しんでから人形町へ。ここでまたまた東日本橋駅から蔵前駅まで都営浅草線を使っちゃいました(ちゃんと歩いた一団もありました)。
そして何とか17時過ぎに無事、鳥越神社でゴール。ここには将門公の手が祀られているとされます。地形的には微高地ですが、かつては今よりももっと小高い丘だったようで、元和6年(1620年)に幕府の米蔵を整備する際、ここの土を使って隅田川河岸を埋め立てたとされます。江戸寛永図でおなじみの櫛形の船着き場が設けられ、米蔵の前に位置する町に蔵前の地名が付きました。
春のスリバチ学会フィールドワークは今回が最終回。東京の夏は暑いので、7月・8月はお休みし、9/28(土)に再開予定です。
なお、
7/20(土)は「スリバチナイト」@お台場の東京カルチャーカルチャー
9/7(土)・8(日)は京都スリバチツアー(企画中)で、
9月中旬にスリバチ本第2弾が刊行予定です。
そして、
9/14(土)・15(日)に神保町南洋堂書店にて「スリバチカフェ」を開催予定です!

suribachi at 10:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) フィールドワークレポート