2005年03月12日

「君が代」歌わぬ自由、生徒に説明を 弁護士会が勧告

 朝日新聞が「君が代」歌わぬ自由、生徒に説明を 弁護士会が勧告 との見出しで

入学式や卒業式の「君が代」斉唱のとき、必ずしも起立や斉唱をしなくてもいいことを生徒にきちんと説明しなかったとして、大阪弁護士会は11日、大阪府高槻市内の市立中学校の校長に、「起立しない自由、歌わない自由を十分に説明するように」と勧告したと発表した。

と報じています。以下、弁護士会の勧告を掲載します。

2005年(平成17年)3月10日

松 岡  勲 外1名 殿
                        大阪弁護士会
会 長  宮 崎  誠

処 分 結 果 に つ い て( 通 知 )

 平成15年9月29日付、貴殿よりの申告の人権侵害救済申立事件について、当会人権擁護委員会において調査の結果、下記のとおり処理いたしましたので、ご通知いたします。



1 高槻市立柳川中学校校長に対し、勧告書を提出する。

                                  以上





                       2005年(平成17年)3月10日

高槻市立柳川中学校
 校 長 竹 下 幸 男 殿

                        大阪弁護士会
                         会 長  宮 崎  誠

勧   告   書

 今般、高槻市立柳川中学校の教員であった松岡勲氏、吉田英明氏から当会に対し、人権救済の申立があり、当会人権擁護委員会において慎重に調査いたしました結果、貴殿に対し、以下のとおり勧告します。

第1 勧告の趣旨
 生徒の「思想・良心の自由」を実質的に保障するためには、入学式及び卒業式における「君が代」斉唱の際、斉唱や起立が強制されるものでなく、「歌わない自由」起立しない自由」を有することを事前に説明する等して十分に指導する慎重な配慮が望まれるところ、貴殿による事前説明は実施されず、生徒の「思想・良心の自由」に関する配慮が不十分です。
 貴殿に対し、入学式及び卒業式における「君が代」斉唱につき、生徒に「思想・良心の自由」に関する事前説明を実施する等、生徒の「思想・良心の自由」を尊重して十分配慮されるよう勧告します。

第2 勧告の理由
1 申立の概要
(1) 高槻市立柳川中学校においては、平成12年3月の卒業式から平成14年3月の卒業式までの間、竹下幸男校長の前任者であった池田克則校長が、生徒の「思想・良心の自由」を保障するための具体的措置として、入学式及び卒業式における「君が代」斉唱につき、生徒に「思想・良心の自由」に関する事前説明を実施していた。

(2) 竹下校長は、平成14年4月の同校赴任後、同校で実施されてきた生徒の「思想・良心の自由」を保障するための取り組みに消極的な姿勢を示し、平成平成15年4月の入学式及び平成16年3月の卒業式、4月の入学式においては、「思想・良心の自由」に関する事前説明を全く実施しなかった。

(3) 竹下校長の前記(2)の行為は生徒への人権侵害であるから、同校長は生徒に対し「思想・良心の自由」に関する事前説明を行うべきである。

2 当会が認定した事実
(1) 申立の概要(1)の事実について
 々眥仍圓任蓮∧神12年から、入学式及び卒業式の式次第に「国歌斉唱」が盛り込まれるようになった。
◆〔川中学校では、平成12年3月の卒業式に先だって、当時の池田校長と教職員の間で、「君が代」斉唱に関し、池田校長が生徒に対し「思想・良心の自由」「歌う、歌わない自由」「起立する、しない自由」「退席の自由」を説明すべきか否かの議論が重ねられた結果、池田校長は同月8日の卒業式練習の場で生徒に対し、「起立・斉唱・退席について強制しないつもりです。」と説明した。
 平成12年4月の入学式においては、池田校長は開式前、生徒に対し前記△汎瑛佑寮睫世鮃圓辰拭
ぁ(神13年3月の卒業式においては、池田校長と教職員との間で、生徒に対する事前説明に関する議論が重ねられた結果、池田校長は卒業式前日、生徒に対し「あなた方の内心の自由は大切にします。」と説明した(「起立・斉唱・退席」の各自由については具体的には言及しなかった)。
ァ(神13年4月の入学式においては、池田校長は開式前、生徒に対し「内心の自由は尊重し、強制はしません。」と説明した(「起立・斉唱・退席」の各自由については具体的には言及しなかった)。
Α(神14年3月の卒業式においては、池田校長は卒業式前日(3月11日)、生徒に対し「起立・斉唱・退席について強制しないつもりです。」との趣旨の事前説明をした(前記きイ梁感伴圧擇啼学式では具体的な言及のなかった「起立・斉唱・退席」の各自由に関する説明が再び行われた)。

(2) 申立の概要(2)の事実について
 (神14年4月、竹下幸男校長が池田校長に代わって赴任した。
◆|櫺執残垢蓮∧神14年4月の入学式に先だって、教職員に対し、前任者である池田校長が従前行ってきた生徒に対する事前説明は行わない意思を示した。竹下校長は、教職員から説得を受けた結果、入学式当日、事前説明を行ったがその内容は、「強制はしません。」程度のもので、池田校長当時の事前説明に比べると簡素な内容となった。
 竹下校長は、平成15年3月の卒業式においては、予行時に、生徒に対し強制しない旨は話したが、前記同様、池田校長当時に比べると簡素な内容であった。
ぁ|櫺執残垢蓮∧神15年4月の入学式においては、詳細な事前説明を求める教職員の要請に応じず、生徒に対し「思想・良心の自由」に関する事前説明を一切行わなかった。
ァ|櫺執残垢蓮∧神16年3月の卒業式に先だって、教職員から要請のあった「事前説明の取り組みの復活」を拒否し、同じく同年4月の入学式にも事前説明を一切行わなかった。

3 当会の判断
(1) 生徒が有する「思想・良心の自由」と「君が代」斉唱 憲法19条が保障する「思想・良心の自由」は、個人が内心でどのような世界観、主義、思想、主張を持つのも自由であり、個人の内心領域の自由は公権力によって制約されないという重要な人権である。また、この「思想・良心の自由」は人格の発展過程にある中学校の生徒にもその保障が及ぶものである。
 国旗及び国歌に関する法律第2条において、「国歌は、君が代とする。」と定められ、学習指導要領には「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と明記されている。
 しかし、「君が代」は戦前の天皇制絶対主義の表現を引き継ぎ、国民主権に反するとの考え方も強く、加えて、天皇の名で行われた第2次大戦を肯定する役割を果たすとの考え方もあり、このような「君が代」の果たした役割や歴史的経緯に照らし、国民の間で、「君が代」を国歌として扱い、敬意を表することについてさまざまな意見が存在し、議論が絶えないことも事実である。その意味で、「君が代」斉唱を行うか否か、「君が代」斉唱時に起立するか否かは個人の思想良心の自由(あるいは表現の自由)にかかわることで、「君が代」を歌わない自由、「君が代」斉唱時に起立しない自由があり、それらを強制することは「思想・良心の自由」を侵害するものというべきである。
 この点、国会審議においても、総理大臣が、「学校教育における国旗・国歌の指導と児童・生徒の内心の自由との関係」について、「我が国の国民として、学校教育におきまして、国旗・国歌の意義を理解させ、それらを尊重する態度を育てることは極めて重要であることから、学習指導要領に基づいて、校長、教員は、児童生徒に対し国旗・国歌の指導をするものであります。このことは、児童生徒の内心にまで立ち至って強制しようとする趣旨のものではなく、あくまでも教育指導上の課題として指導を進めていくことを意味するものでございます。この考え方は、平成6年に政府の統一見解として示しておるところでございまして、国旗・国歌が法制化された後も、この考え方は変わるところはないと考えます。」
(平成11年7月21日衆議院内閣委員会、内閣総理大臣小渕恵三)と明らかにしている。

(2) 生徒に対し、「君が代」斉唱に関し、「思想・良心の自由」「歌わない自由」「起立しない自由」について十分に指導することの必要性、重要性 前記のとおり、「君が代」斉唱が個人の「思想・良心の自由」に関わる性格を有するものである以上、入学式や卒業式に参加する生徒に対し、「君が代」斉唱や「君が代」斉唱時の起立が強制されるものであってはならない。
 政府は、国会審議において、「起立をしなかった、あるいは歌わなかったといったような児童生徒がいた場合に、これに対しまして事後にどのような指導を行っていくかということにつきましては、まさに教育指導上の課題として学校現場に任されているわけでございますけれども、その際に、御指摘のように、単に従わなかった、あるいは単に起立をしなかった、あるいは歌わなかったといったようなことのみをもって、何らかの不利益をこうむるようなことが学校内で行われたり、あるいは児童生徒に心理的な強制カが働くような方法でその後の指導等が行われるということはあってはならないことと私ども思っているわけでございます。
したがいまして、学校全体の教育活動を、また式の進行全体を著しく妨害するといったようなことは別にいたしまして、今後ご指摘のような点につきましては、各学校におきまして、あくまでも教育上の配慮のもとに、校長のもとに全教職員が一致した適切な指導をしていただくように私どもとしましてもお願いをしてまいりたいと思っております。」(1997年7月21日衆議院内閣委員会文教委員会連合審査会政府委員)、と指導のあり方を明らかにしている。
 このような政府見解からも、学校現場の長たる学校長は、入学式や卒業式において、「君が代」斉唱や「君が代」斉唱時の起立が強制にならないよう配慮し、教職員らと事前の協議を行ったり、生徒に対し「君が代」斉唱や「君が代」斉唱時の起立が強制されるものでないことを指導し、式当日における実施方法にも十分な配慮を行うべき立場にある。
 また、いまだ人格発展過程にある中学校の生徒は、一般に、自身が有する人権の具体的内容や保障の有無・程度につき十分に理解しているとは言い難い面を有していることからも、学校長、教職員、保護者らがその理解を十分なものとするよう配慮し、指導することが不可欠である。
 したがって、学校長は、生徒に対し、入学式や卒業式における「君が代」斉唱や「君が代」斉唱時の起立に関し、生徒一人一人が個人としての「思想・良心の自由」を有しており、「歌う自由、歌わない自由」「起立する自由、起立しない自由」を有することを十分に理解できるよう配慮し、十分に指導な指導を実施すべきである。
 そのような学校長の立場にある竹下校長が、前記認定事実のとおり、平成14年4月の入学式及び平成15年3月の卒業式に際して、生徒に対する事前説明が「強制はしません。」という程度にすぎなかったことは生徒に対する説明として甚だ不十分であり、平成15年4月の入学式及び平成16年3月の卒業式並びに同年4月の入学式に際して一切事前説明を行わなかったことは学校長として生徒の「思想・良心の自由」、「君が代」を「歌う自由、歌わない自由」「起立する自由、起立しない自由」に対する配慮を著しく欠いた不十分な指導といわざるを得ず、生徒に対する人権侵害のおそれがある。
 生徒の「思想・良心の自由」、「君が代」を「歌う自由、歌わない自由」「起立する自由、起立しない自由」を十分に保障する見地から、生徒に対し、入学式及び卒業式に先だって、生徒が有するそれらの自由について十分に事前説明を実施するのが相当であるから、勧告の趣旨のとおり勧告する次第である。

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1. 弁護士会(Keyword Search)  [ キーワードサーチ ]   2005年06月14日 14:07
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この記事へのコメント

1. Posted by 洗脳企業集団に鉄槌を!   2005年03月12日 21:26
何でも自由、自由か。自由と我儘を履き違えておる
2. Posted by atsu   2005年03月12日 23:43
「君が代」はもともと恋人に宛てた詠み人知らずの恋歌で、「君」を天皇のことだとしたのは明治時代に曲が付けられてからだと言われています。
明治以降終戦までは確かに天皇賛美・戦意高揚のために歌われていたのでしょうが、本当の詞の意味はまったく異なっているわけです。
要は、明治政府が自分らに都合のいいようにこの詞を曲解したのです。

それも踏まえて、私は「君が代」に戦争責任があるとは考えません。むしろ、そういう利用のされ方をしたのは気の毒だとも思います。

天皇を賛美する歌だから歌いたくないと言うのならば、もともとの詞の意味だったように「君」を誰か自分の大事な人に置き換えて歌うことはできませんか?

「あなたと一緒に過ごす時間が、ずっとずっと続けばいいのにね」という解釈で歌えば、実によい歌だと思うのですが。

解釈は自由なんですよ。何も、天皇を賛美することなど強制されていないのです。賛美したくないのなら、自分なりの解釈をもって歌うことで丸くおさめることは無理ですか?
3. Posted by ムーミンまま   2005年03月13日 11:18
atsuさんのおっしゃることも、良く理解出来ますが、「君が代」の歌自身に戦争責任は無いかもしれませんが、その使われ方に問題があるのではないでしょうか。

atsuさんが書いていらっしゃるように、かっては天皇賛美・戦意高揚のために使われ、今は「全員起立して歌え」「声量は校歌と同程度に」と歌うことへの異常な固執をし、教育内容の統制の手始めとして使われようとしていることに、危惧を感じています。

かねがね、なぜそこまで国旗国歌の徹底実施に固執しなければならないのだろうと、素朴な疑問を持っておりましたが、

このブログの中で見た東京都の教育委員会から15年度に出された「国旗国歌の適正な実施」と学校経営上の意義 という文書を読むと、国旗国歌の実施は学校経営上の最大の課題らしいのです。やっぱりちょっと異常だなぁと思いました。
4. Posted by mumur   2005年03月13日 13:59
>なぜそこまで国旗国歌の徹底実施に固執しなければならないのだろう


日教組の教師が好き勝手やりすぎたからですね。
5. Posted by ムーミンまま   2005年03月14日 19:49
mumurさんのおっしゃる「日教組が好き勝手やりすぎたから・・」というのは、今ひとつ具体的にどういう事をさしているのか、分かりかねますが、

かつて,一部の政治家や軍部が好き勝手やりすぎたために、皇民教育の名のもとに、多くの若者が戦争へと駆り出されてしまったという悲しい過去がありました。そういうことが二度とないように、日教組は「教え子を再び戦場に送るな」というスローガンを持って結成されたのではなかったでしたか。(現在の日教組はどうなっているかわかりませんが)

歴史は繰り返すといいますが、現在の国旗国歌の徹底の状況が、教育内容を統制し、きな臭い方向へと、若者を駆り出すような道につながっていかない事を祈るばかりです。


6. Posted by atsu   2005年03月14日 21:46
>ムーミンままさま

レスありがとうございます。

私は、国旗国歌の強制=戦争への道まっしぐらというような短絡思考には賛成できませんね。
逆に言うと、国旗国歌を貶め続ければ平和が保てるんですかってことです。
確かにあんまり躍起になって強制するのもどうかなと思いますけど、元々は教育現場であまりにも国旗国歌を軽んじすぎたことが原因だと思います。

私は、入学式や卒業式などの人生の節目たる厳粛な式典においては、国旗と国歌を尊重するのが当たり前だと考えます。
私立学校ならまだしも、公立学校は我々の税金で運営されているのですから。
日の丸・君が代にだけ戦争責任を押し付けず、もっと客観的な視点で見ることが大事だと思います。
どうせ君が代なんて卒業式くらいでしか歌う機会もないんだから、そういうときぐらいちゃんと歌ってみましょうよ。

生徒の思想・信条の自由というものが声高に叫ばれますが、国旗国歌を毛嫌いするようになった生徒というのは、やはり自虐史観教育の賜物なんです。
近隣諸国条項なんてもののせいで中韓のプロパガンダが日本の教科書に入り込み、日本はこれまでとても悪いことをしましたという教育を子供のころから刷り込まれれば、そりゃあ日の丸にも君が代にも嫌悪感を示すようになりますよ。
もしそれに異論を唱えたい子がいても、その自由はあまり許されていないのが現状なのではないでしょうか。

ところで、「つくる会」の教科書を採択した都立の中高一貫校は大人気らしいですね。
教科書だけが人気の理由ではないでしょうが、自虐史観教育に違和感を持つ人もそれなりに多い証拠ではないでしょうか。
少なくとも、「つくる会」教科書を糾弾している人は絶対に子供を入れたりしないでしょうから。

長々とすみませんでした。
7. Posted by キンキン   2005年03月23日 22:33
>「君が代」歌わぬ自由、生徒に説明を

 君が代を歌いたい生徒には、歌わないように教師が強制するのですか?