2005年03月27日

ジェンダーフリーは「着替えも一緒」ってホント?

 2003年、地方議会で次々と「ジェンダーフリー教育反対」の陳情が出されましたが、このときの論理の一つが「ジェンダーフリーは男女同室着替えを推進している」というものでした。「ウソも100ぺん言えば・・・」という有名な言葉もありますが、「更衣室」の問題についてまとめてみました。


 例えば、鹿児島県議会であげられたのは「川崎市・福岡県では男女一緒の更衣室で着替えをさせられている」「国立市では高校の修学旅行で男女一緒の部屋に宿泊させられた」「体育の授業で男女を分けないで騎馬戦をさせているなどを挙げた」といった事例です。しかし、これら事例があるとする学校の教頭や、自治体の教育長は「このような事例があることは聞いたことがない。もしあったとするならば、保護者が黙っていないだろう。全く迷惑な話だ。」と、コメントしています。
 「男女同室着替え」は高橋史朗・林道義・中川八洋氏らが書いているものですが、鹿児島県の地元紙「南日本新聞」(03年8月5日付)が情報源をさかのぼり検証しています。記事によると、執筆者らが直接確かめた話ではなく、一緒の着替えの話は、問題にされた高校で「一度、急いだ女子が同じ教室で着替えた例があっただけ」、男女同室の宿泊は「報告がない」(東京都教育庁)、騎馬戦については東京都女性財団の作成したビデオにあるとされていたものの、騎馬戦ではなく、一般的な「組み体操」だったことを明らかにした、とのことです。
『南日本新聞』2003.8.5号「“極端”現場どこに 鹿県議会採択の「ジェンダーフリー教育反対」陳情」

 「ジェンダーフリー」の推進者として批判されているのは日教組・性教協などですが、「更衣室も一緒」ではなく、むしろ「更衣室の整備」を主張しています。以下、手もとにあった関連資料です。

◆『世界』(05年4月号 岩波書店)
インタビュー家庭科に何が起きているか
(丹藤弘子 都立高教諭・性教協幹事)
今回のジェンダーフリーバッシングに関しても、「ジェンダーフリーというのは、お風呂も更衣室も一緒である」というとんでもない曲解とデマゴギーに驚くばかりです。「ここまできたジェンダーフリー教育」等と、センセーショナルに書きたてた週刊誌が、それが事実誤認であることをつきつけられてもなお、うやむやにする裏には、いろいろな策略があることがわかります。(以上、引用)

◆朝日新聞 04年6月30日
更衣室不足に四苦八苦  小中学校 予算回らぬ悩み

 日教組は、04年1月、更衣室の実態調査をまとめた。この調査結果をもとに、04年春、「更衣室の絶対的不足」を訴え、文部科学省に整備拡充を申し入れている。
 徳島県の男女共同参画会議委員で元教員のIさんは「学校には生徒の着替えへの配慮が不足しているという傾向は以前からあった。むしろ、ジェンダー・フリーに敏感な教師たちの指摘で、配慮がされるようになってきた」と話す。(以上、要約)


東京都教育委員会による男女混合名簿の禁止検討に反対する声明(東京教組2004年8月18日)
「性差の否定」は、鹿児島県議会に提案されたジェンダーフリー教育禁止の陳情の中で、持ち出されたものである。「ジェンダーフリー教育は、男女で更衣室や宿泊行事の部屋をいっしょにするものだ」という内容だが、これらはその後の新聞社の調査によって、事実無根であることが明らかになっている。教育行政は、こうしたデマに振りまわされることなく、むしろ、全国に男女別の更衣室が完備しているかどうか調査し、早急に100%整備すべきである。(以上、引用)

◆教育施策連絡会での米長邦雄教育委員の発言(04年4月8日 P17)
例えば、これはこのままほっておくと、男もなく女もなくという運動の結果、中学でも高校でも着がえは同じ部屋でと。どこでもそういうふうに進んできたところがあちこちあるのです。それは男でもない、女でもないからです。恥じらいがないのです。なぜ恥じらいがないかというと、男も女もないからです。同じ部屋で着がえをしますと、胸が膨らんでいる人と筋骨たくましいという人と同じ部屋で着がえたときに、胸が膨らんだ女性を見て妙な気持ちになるという、そういう悪い人間になってはいけません。これを子供の頃から教育しましょうねという、こういう運動です。
 ばかなことを言ったらいかんので、胸が膨らんだ女性を見たらむらむらっとくるような男をつくらなくてどうするのだ。ただ、そのときに社会的知性とか教養とか、そういうもので表に出さないような振る舞いをするというのが教育なのです。(以上、引用)


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1. 友がみな、我より偉く見ゆる日よ 2003.5.X 初出  [ 仙台インターネットマガジン ★仙台のフリーネット雑誌 ]   2005年05月31日 00:30
花を買い来て、妻とたしなむ。 というわけで僕は花を買って来てみた。 花ってなんだ...

この記事へのコメント

1. Posted by Scarecrow   2005年03月28日 10:14
一部現場に馬鹿教師がいるのは事実なのでは?
それ隠してません??
2. Posted by 管理人   2005年03月28日 23:02
>一部現場に馬鹿教師がいるのは事実なのでは?
>それ隠してません??

 教員を一律に批判したり擁護したりすることがそもそも無理があると思います。しょうもない教師がいるのは事実でしょう。
 
3. Posted by ようこ   2005年06月11日 16:59
ジェンダーフリーをバッシングする人たちの論拠は、余りにも低レベルでお話にならない。攻撃のための屁理屈で、物事を理解する力を持ち合わせないことを露呈している。
 若し、施設設備の不備があって別室での着替えが出来ない学校では、他のクラスと協力して別室にするとか、時間差で着替えるとか苦しい対策を余儀なくされているであろうし、万が一、同室で着替えをしているところがあったとしたら、その設備の不足を反省し、きちんとした更衣室を作るよう動くべきである。
 「男女に違いがない」などという教師は一人もいないのである。
4. Posted by 管理人   2005年06月14日 22:41
 実際、「男女同室着替え」の事例はたくさんあるでしょう
私の小学校もそうでした)。なのですが、「ジェンダーフリーの意図で男女同室着替えを推進している」ケースというのは、聞いたことがありません。ところが、「ウソも繰り返せば・・・」で、いまだにこういうデマゴギーが批判の論拠になってるみたいですね。
5. Posted by みそちる   2005年12月14日 01:59
フェミニストの方々は、「こっそり」政策改変するのが好きみたいだしね。
思いっきり誰からも批判が来そうなことにまで
思い切ってジェンダーフリーを主張したりしませんもんね。
そこんところは、ご都合良く、妥協しちゃう。
なんでこう、方針を変えてしまったんだろう?
もともと、ジェンダーフリーとは、
「男らしさと女らしさを否定し、自分らしさを肯定する思想」
だったはず。
いまやそれは、デマ!と言わんばかりに否定する始末。
事実無根だ!とフェミニストの方々はいうではありませんか。
そんな大袈裟に断言するまで否定するところが、
返って怪しい。
フェミニストがいくら否定したって、
過去の書籍などをあされば、
簡単にその否定論が嘘だと分かるのに・・・。
往生際が悪い。
6. Posted by みそちる   2005年12月14日 02:03
男女のらしさを否定し、自分らしさを肯定する
家庭科の教科書なら、実際にあったのだ。
http://homepage2.nifty.com/antifemi/kyoukasyo5.html
http://homepage2.nifty.com/antifemi/kyoukasyo1.html
実際にあるということは、教育側の人間に、
「男女に違いが無い」を教育する方針をもった人間はいたのだ。
すると、一人も絶対に居ないとは絶対に断言できないのだ。
フェミニストの方々は、何故必死に、
一つも無かったことにしたがるんだろう?
「無いの証明」は不可能に近いぐらい難しい。
>ようこさん
「いないのである。」
と、断言するのは少し早すぎませんか?
それを証明するには無限ともいえるほどの膨大な検証が必要でしょう。
「いないであろう。」
と、推測に留めておくのが望ましい。
7. Posted by dams   2006年01月15日 19:46
みそちる君はデマ流布の良い見本だね
8. Posted by anti-kakkyou   2007年05月16日 11:24
 みそちる氏が貼り付けたリンク先の資料を改めて見てみたが、この程度の文章で脅かされる「男らしさ」というのは、一体どういったものか、なかなか忖度するに興味深い。ま、甲斐性なしとまではいわないけれども。にしても、曖昧模糊とした「男らしさ」を賞揚する背景には、もしかしたら男性労働者を(相対/総体的に低賃金で)長時間拘束するねらいがあるのではないか、という気がしてくる。「男女共同参画社会」が、女性労働者の「男性」化を最終的に帰結するのであれば、ゆゆしき事態ではある。――ま、ともあれ、権利面で男女の違いをなくそうとする人々はあれど、生物学的「性差」を否認している教育なんて行われているわけないでしょうが。そうだったら、「男/女」なんていう表記なんて全くないはずですよねえ。