森絵都

2008年04月15日

本の表題にもなっている「風に舞いあがるビニールシート」。

「約一年ぶりの一時帰国が叶った夜、すっかり様変わりした部屋の扉を開いたエドの、矛盾と混乱に満ちた態度を里佳は永遠に忘れないだろう」

「本来ならば人に安らぎを与えるはずのすべてが、逆に彼を脅かす」

「私はなにか大きな思い違いをしていたのだろうか?」

「今度会ったときには全力で抱きしめ、温めてあげたい。疲れ体を癒して、乾いたココロをうるおして、家庭のぬくもりで彼を包み込みたい。でも――問題は、そのぬくもりがエドを逆に追い詰めることになるのだ」

いろいろなことに気づけてしまう里佳とエドとの間に絶対的に存在する最も大切に思うことへの相違が痛々しいです。

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2008年04月14日

「ジェネレーションX」はいつのまにか健一目線にさせられてしまったところがやられたなぁと。私用電話をかけまくる石津に自分も「何だ? コイツは」って思ってしまいましたし。

で、健一は聞くつもりはないけれど、電話の会話からおぼろげながらに状況がわかってきて、「まさかハルはマレーシアからはるばる帰国したのか」やら、「それにしても、フジケンは一体、東京国際マラソンで何位だったのだろう?」やら、フジリュウから電話がかかってきたときには、「ついに問題児のお出ましらしい」と、ハル、フジケン、フジリュウといったニックネームで考え始めるところが笑えます。自分も同じように考えてしまってるんですよね。

そして、「フジリュウは、放っときゃいいんじゃないのか」ってついに話に加わっちゃうところがいいですね。


「けどサトウが変な心配してさ、フジケンが来るならフジリュウは来ないんじゃねえかって」

「あいつ昔からみんなでなんかやろうとすっと決まって頭が痛いの歯が痛いのって……賭けてもいいけど来るって、あいつ、所詮はさびしがりだから」

なんか見ると、やはりどこの世界でも、昔からの仲間みたいなものには、心配するサトウとかこういうタイプがいるもんなんだな、と可笑しみを感じます。


すべてがつながったときに、いままでの石津の厚かましさが愛おしく思えてしまいます。


石津の「会社、辞めちゃおうかな」ってセリフがグッとくるんです。文中で言う「責任、足かせ」が増えていく中でも、そういうのを大事にしたい自分であり続けたいって、もう歳的には健一側ですが……、思うんですよね。でもタブンそういうのでケッコンとかシュッセから離れていくんだろうな。


また、この作品の話題が、自分にとってとてもニガテで大変であり、そしてとても大事に思っているクレーム対応っていうのが興味をそそります。この石津の対応というか姿勢が見事な感じなんですよね。

つづく

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2008年04月13日

「守護神」はやはりニシナミユキの存在がこの作品の魅力となっています。

ニシナミユキとカタカナで書かれていることとか、二宮金次郎のストラップをもっているなど噂がひとり歩きしてるとことか、ニシマミユキっていうニセモノ!? がいたり。

伊勢物語と徒然草の分析も面白いです。

ニシナミユキから二宮金次郎のストラップをもらった裕介がなんか誇らしく見えます。


「鐘の音」は仏像の修復師の話です。現状維持を前提とした修復作業から逸脱しようとしてしまう潔の苦悩やいらだちがこちらにも伝わります。

また、仏像を修復する前の、御霊を抜く儀式、「撥遣(はっけん)式」から、修復作業の様子、再び魂を招き入れる儀式まで、仏像の修復師自体の仕事内容にも興味をもてます。


そして次の「ジェネレーションX」には完全にやられました。

つづく

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2008年04月12日

「犬の散歩」は、タイトルを読み返すとわかるんですが、最初のスナックのシーンから思わぬところに話が展開していって、その関心をグイと惹きつけられました。

二年前までは無縁の存在だった恵利子が、どうして捨て犬保護のボランティア活動に携わるようになっていったのかを過去を遡りつつその心情が綴られていきます。

そういった活動に気のない返事や拒絶する人に対して、理解を示す恵利子の解釈が印象に残りました。

「これは人間の優劣の問題でも善悪の問題でもなく、ただたんに、興味のベクトルの問題なのだ」

「世界には食うに困って飢え死にしていく人間だっているってのに、犬助けとは、まったく優雅なもんだ」と言う通行人の男や、「どうせ無償奉仕をするなら、もっと社会的に意義のある役割を担うべきじゃないのか」と言う義父のコトバを受けつつ、「なんのために?」と恵利子は自問していくのですが、活動を始めるようになる過程の描写が、今までボランティアとは対岸に過ごしてきた自分にも何かが伝わったという気がするんです。


また、牛丼勘定の話が興味深かったです。

「彼は本当に牛丼が大好きだったから、なにもかも、世界のすべてを牛丼に置きかえて考えるのがつねでした。当時は牛丼が一杯四百円くらいだったかな。たとえば映画の料金が千六百円って、高いのか安いのか私にはよくわからなかったけど、その先輩にとってはものすごくはっきりしていたんです。千六百円あれば牛丼を四杯食べられる、だからそれは高いって。よっぽどおもしろい映画でなきゃ牛丼四杯分の価値はないって」

これを読んだときに、自分も前から「文庫」に置きかえて考えていたことに気がつきました。今は五百円以上するものも多くなってきましたが、文庫=五百円勘定で、外食を我慢したら文庫二冊買えるからガマンしようとか、日常で置きかえてるな、と。

最後の三万円の使い道もよかったですし、この「犬の散歩」は静かにココロ揺さぶられる作品でした。

つづく

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2008年04月11日

圧倒的な才能、または美貌をもつ人と、その才能・美貌に触れてしまったがゆえに、離れられず振り回される人の話というのに興味あります。典型的なのでいえば、映画『アマデウス』がそうですが。

「器を探して」はそんな才能をもつヒロミとヒロミに振り回される弥生が登場します。輝かしい才能や美貌を前にすると、その「美しさ」の前に、人格の善悪を超えてどうにも惚れてしまう、といったことはあるような気がします。本当に怖い領域だと思います。

ところで、「辻ちゃん」っていう言い方ですでにヒロミの性格が現れてますよね。

ちょっと話は脱線しますが、料理店などで「本当にいい店とは?」といった条件をよく考えるんですが、この話で、弥生が言っているコトバの中に共感できるものがあります。

「小さな、でも本当においしいお菓子だけを提供するお店で働きたいんです。手作り感のある温かいお店。そこにしかない味を求めて遠くからお客さんが集まってくるような、一番大事な誰かに贈りたくなるような、そんなお菓子を作りたいんです」

「いかにも二十歳そこそこの娘が口にしそうな抱負」と但し書き!? が添えられていますが、スイーツの店で言えば、「一番大事な誰かに贈りたくなるような」ってかなり重要な要素ではと思います。なかなかそんな店ってないんですよね。


そして、次の「犬の散歩」はとても考えさせられる作品でした。

つづく

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2008年04月10日

芥川賞・直木賞、そして本屋大賞まで、個人的により好きな作品は受賞作、1位のものより、それらの候補作、トップ10内のものだったりします。柴崎友香しかり、森見登美彦しかり、梨木香歩しかり。でもこの本に関しては違いました。



第135回直木賞受賞作『風に舞いあがるビニールシート』です。本書は「器を探して」、「犬の散歩」、「守護神」、「鐘の音」、「ジェネレーションX」、そしてタイトルにもなっている「風に舞いあがるビニールシート」6編からなる短編集です。

もともと短編集というのがニガテでなかなか手をださなかった作品なのですが、この本は久しぶりにココロの底から読んでよかった、と思えるものでした。

短編集は、感情移入がしにくく、また、感情移入し始めた頃には物語が終わりを迎えてしまうといったところや、収録されている何編かの作品はちょっといまいちっていうのがあったりしてニガテなんですが、本書に収録されている物語はいずれも瞬時に物語に没頭でき、しかも、6編いずれもが「傑作」なんです。こんなひとつひとつの作品が同じくらいに力を感じられて、読み応えのある短編集は初めて読んだかも、と思いました。

つづく
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