奥田英朗

2008年05月30日

「グレープフルーツ・モンスター」 は39歳の専業主婦・佐藤弘子が、在宅の仕事の受け渡しで家に来る営業マン・栗原から漂う柑橘系の香りを嗅いで以来、淫らな夢を見るように……。

思い通りの夢を見るために夫を邪険に扱ったり、準備を万全に整える様が笑えます。これは『ララピポ』、そして、最後の短編の「妻と玄米御飯」は伊良部シリーズの中でもスパイスのきいているものとジャンルが似ていると思いました。

「妻と玄米御飯」は42歳の小説家・大塚康夫が主人公。康夫が名のある文学賞を受賞し、本がベストセラーに。大塚家には大金が舞い込むことなり、生活にゆとりが生まれ、いつしか妻・里美が“ロハス”にハマるようになります。妻や近所の佐野夫妻のロハスぶりを冷ややかに見る康夫は、ふと小説のネタになるのでは、と考えます……。

「夫とカーテン」は何度も転職を繰り返し、今度は新たにカーテン屋をはじめようともくろむ夫・栄一とイラストレーターの妻・春代が主人公。どちらも34歳。安定した日常を求める春代は栄一に気をもみつつも、栄一がそんな状態のときこそ、自分のイラストに傑作が生まれることに気づきます……。

この作品は「ここが青山」「家においでよ」と通ずるものがあります。はたから見れば、職を転々、失業、別居と深刻な問題となりうるものなんですが、それぞれのキャラがポジディブで、それでいてへんに肩の力が入っていないから、読んでいるこっちも楽しく読めます。
栄一のポジティブシンキングさと行動力(営業力)は見習いたいです。



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2008年05月29日

「ここが青山」は、突然会社が倒産して無職になった36歳・湯村祐輔の話。

会社が倒産したことを妻・厚子に知らせたら、専業主婦の厚子は仕事復帰をさっさと決意し、祐輔は主夫として過ごすようになります。

これは次の「家(うち)においでよ」にも共通するんですが、まわりの心配や評判をよそに本人たちが置かれた状況を楽しく乗り越えていく様がなんとも興味深いです。

「家においでよ」は妻・仁美に出て行かれ、別居することとなった38歳・田辺正春が久しぶりの一人暮らしを楽しむ話。

失業中の祐輔と妻に出て行かれた正春という、世間的に見ると同情されるような出来事が降りかかってる主人公の二人なんですが、祐輔は料理の腕を磨くことに快感を覚え、正春は部屋を自分色に塗り替えていくことに夢中になっていきます。

この「家においでよ」の正春の家具やオーディオを集めていく様子が楽しそうなんですよね。自分の部屋に合ったソファ探しなんか大変なだけに感情移入してしまって、読んでいてウキウキしてしまいました。

そして、最新のオーディオセット&ホームシアター・システムを備えたこの部屋は、そのあまりの心地よさに同僚たちのたまり場=「男の隠れ家」となっていくんですが、こんな隠れ家があったら通ってしまいそうです。

つづく



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2008年05月28日



『家日和』は、「家」にいる男女30〜40代を主人公にした「サニーデイ」「ここが青山」「家(うち)においでよ」「グレープフルーツ・モンスター」「夫とカーテン」、そして「妻と玄米御飯」の6編からなる短編集。

「サニーデイ」はインターネットオークションにはまった42歳の主婦・山本紀子が主人公。

購入者からのお礼のメールや評価をもらうことに喜びを感じるようになり、ピクニック用の折りたたみテーブルの出品を皮切りに、ぶらさがり健康器、果てには夫・清志に黙って夫の所有品に手を出すようになります。

そしてそんな刺激・快感で心の張りが生まれたことによって、紀子は目の下の皺が消え!?、周囲からなんか変わった? と言われるように……。

オークションはやったことないですが、この人からの評価に一喜一憂してしまう様はなんかとてもわかるような気がします。

つづく


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2008年05月25日

「ひと回り」は新人の指導社員を任された34歳・小坂容子が、文字通り歳の差が「ひと回り」違う“ハンサムボーイ”の新入社員・和田慎太郎に心ときめく話です。

「三課に現れた新入社員を見て、容子の心は大きく揺さぶられた。その男子は長身で、ハンサムで、まったくもって容子の好みだったのだ」

「あちゃー。容子は心の中で声を発した。どうしよう。これからの毎日、冷静でいられるだろうか――」


「慎太郎が姿を現すだけで、フロアの全員が『おっ』という視線を投げかける。姿がいいというのは、なんて得なのだろう」

いや、でもこれは気持ちはわかりますね。男女問わず、好き嫌い問わず、二度見してしまうような、場の空気を変えられる人はたしかに存在します。


ここから、「よしよし次男か。彼女いないのか……」などと飲み会の男同士の会話に聞き耳を立てたり、容子の妄想みたいなものが始まります。

「ふん、あさましい小娘たちめ。わたしの慎太郎をものにしようったってそうはいくものか――。あ、いや、わたしの慎太郎? 心で思ったことなのに、容子は焦ってしまった。いかん、いかん、こっちはひと回り離れた指導社員なのだ」

「かほりみたいな派手な女はダメだ。菜穂子はかわいらしさを“演出”しているだけだよ」など、容子がだんだん保護者目線!? みたいなのになっていくのが楽しいです。

容子は周りの慎太郎を狙う!? 女子たちに目を光らせ、ついには、些細な妨害工作を繰り返しているうちにこんな噂が立ってしまいます。

「和田慎太郎君の前に立ちはだかる、怖い指導社員がいるって――」


『ガール』、前に紹介した『マドンナ』、そしてこの後紹介する『家日和』にも言えると思うんですが、この3作で一番心惹かれるのは、いずれも事件が完全に解決したわけではないところです。

『ガール』でいえば、「ヒロくん」の聖子と今井の対立は終わったわけではないですし、これからもヒロくんとの給与格差には悩むかもしれません。「マンション」では広報室 vs 秘書室の対立はまた続くかもしれませんし、マンション購入でさらに悩みが訪れるかもしれません。「ガール」では安西博子、「ワーキング・マザー」では斉藤里佳子とは別の人とまた争うかもしれません。「ひと回り」では、容子はまた別の新人に心ときめくかもしれません。

でも、それぞれの主人公がちょっとだけ前に進んだ姿が描かれていて、なんかそれが、自分が送っている日常の生活にリンクするというか、共感できるところです。



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2008年05月24日

「ワーキング・マザー」の主人公は32歳で離婚し、シングルマザーとなった平井孝子。物語は総務部厚生課で残業の無い仕事をしてきた孝子が、息子が小学校に上がったのをきっかけに、36歳で、第一線の部署・営業部へ復帰を果たしたところから始まります。

飲み会の代わりに昼食会にしようかと持ちかけられるのをはじめとして、周囲の人間の気遣いに孝子は気を遣います。

この物語でいいなと思うのは、周囲が思ってしまいがちな目線を主人公にも反映させることなく、息子を負担としてではなくエネルギー源として描かれているところです。

「ひと回り」は、『マドンナ』の表題作と同じ短編「マドンナ」のオンナバージョンが描かれた作品です。「マドンナ」では、男の課長が、自分の部署にやってきた部下の女性に惚れてしまう話ですが、この「ひと回り」は新人の指導社員に任命された小坂容子が、その男性新入社員に好意を抱いてしまう話なんです。

つづく


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2008年05月23日

表題作にもなっている「ガール」、これがまた好きです。

「ガール」とは、「女の子=ガール」との訣別!? するときを表現したものですが、これはどの短編も何かの岐路に立った女性がそれぞれ描かれていて、全編を通したテーマとなっているような気がします。

「十人並み以上のルックスに恵まれたおかげで、学生時代からずっと『おいしい』思いをしてきた」

「要するに、祝福された存在だったのだ。その特典が今、手の中から次々とこぼれようとしている」

「ガール」はそんな大手広告代理店に勤務している32歳の滝川由紀子が描かれた物語。

この物語に登場する、由紀子の6つ先輩にあたる派手な光山晴美ことお光さんがなんともニクめないキャラなんです。

「お光は仕事に関しては有能だった。ギャル然とした振る舞いが周囲の非難を浴びないのは、仕事で文句を言わせないからだ」

「取引先は、たいていお光の服装にぎょっとする。しかしそれは一度きりで、すぐに慣れるようだ。『元々こういう人』として認知されるのだろう」


由紀子は「ガール」から訣別するべきか“生涯一ガール”をつらぬいていくかを悩んでいるときに、心の中でお光さんにいろいろと語りかけます。

「光山さん。やっぱり無理がありますよ。これ以上、ガールでいるのは――。そしてたぶん、自分も――」


また、この物語で興味深いというか考えさせられるのは、由紀子が同窓会に参加したときに、「隣の芝生は……」じゃないですけど、第一線で働くキャリアウーマン=由紀子と、子供のいる主婦で安定した生活を送っている女性がそれぞれの境遇をうらやましがっているところです。

「きっとみんな焦ってるし、人生の半分はブルーだよ。既婚でも、独身でも、子供がいてもいなくても」

つづく



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2008年05月22日

「女性の不動産購入には『一生独身』というイメージがつきまとう。ゆかり自身、そう思われるのがいやで、なんとなく避けてきた」

「マンション」は、マンションを買おうと決意した大手生保会社の広報課勤務、34歳の石原ゆかりを主人公にした物語。


「『マンションを買うって、今の自分とちゃんと向き合うことだと思う』めぐみが真面目な顔で言った」

「『うん』ゆかりが神妙にうなずく。いつもなら茶化すところだが、不思議と真摯な気分だった。ここ数年は、自分から世界を狭くしていた。結婚しないかもしれないこの先の人生を、候補のひとつとしてちゃんと認知するべきなのだ」

「マンション購入を考えると、まず確保しなければならないのが、現在の安定した地位と収入だ。もう『いつでも辞めてやる』は通用しない。今度は背筋まで寒く感じた。自分が強気でいられたのは、失うものがなかっただけのことなのだ。養う家族も家のローンもない、お気楽な立場だったからだ」


ゆかりは決意することによって、今までは保身と思っていた男たちへの見方が変わります。

「桜井や山田に対する見方が一転した。彼らは生活がかかっている。守るものがたくさんある。そういう中で頭を下げ、上からの無理難題に耐え、生きている。それを保身とからかう自分は、無責任で世間知らずの子供だ」


また、マンション購入のみならず、社外より社内に気を遣って仕事をしなけばならない広報部広報課の人間としての苦労も描かれています。ゆかりはマンション購入が頭にあるので、もう安定した地位と収入を手放せなくなり、「いつでも辞めてやる」気分ではいられなくなり、対立していた秘書室との争いが弱気になったりする様が興味深いです。

つづく



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2008年05月21日

『ガール』は、30代の様々なタイプの女性たちを主人公に、社会の第一線で働く様が描かれた「ヒロくん」「マンション」「ガール」「ワーキング・マザー」、そして「ひと回り」の5編からなる短編集。

「ヒロくん」は、課長に抜擢された35歳の主人公・武田聖子と、女が上司であることに我慢がならないと感じている3歳年上の部下・今井との確執が描かれています。

身分が変わったことによって、飲み会ではどこに座るべきか、支払いはどうすべきか? といった些細なことから、部下との接し方を考えたり、さらに給料に差がついた自分より稼ぎの少ない同級生の夫・博樹=ヒロくんにどことなく気を遣ったり、昇進より子どもができた話を聞きたい両親にうんざりしたり、とおそらく世の中の日常で繰り広げられている悩みが綴られています。

「マンション」は、親友のめぐみがマンションを購入し、あせりを感じた34歳・石原ゆかりを主人公にした話。

つづく



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2008年05月20日



会社に勤める40代の男性を描いた『マドンナ』との対比で読んでほしい『ガール』。

『ガール』は同じく会社に勤める30代の女性たちを主人公とした作品。

実はあまりこの本に関しては期待度が薄かったんです。

女性を主人公に描いた作品は絶対女性の作者のを読みたいという気持ちがあります。男性が書いた作品に登場する女性は(特に主役)、どこかに男性がこうだと思う女性像みたいなのが見受けられて(まぁ当たり前なことなんですが)、部分部分で冷めてしまうんですよね。

でもこの『ガール』は、『マドンナ』『家日和』の3部作の中でも(どれも好きですが)、一番好きかもしれません。

女性の心理描写もいいですが、それよりも、それぞれある決断を下したり、また、新しい選択肢への道を歩み出した30代の女性たちを扱っているところに最もココロ惹かれます。

課長に昇進して奮闘する姿が描かれていたり、マンション購入で悩んだり、激戦区の職場に復帰するシングルマザーの女性の話であったり、と……。

つづく


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2008年05月19日

「パティオ」は、複合施設の「港パーク」に、なんとかアミューズメント施設の部分で人を誘致しようと立ち上げられたチームの営業推進部第一課に任命された鈴木信久が主人公。

物語は、信久と、「港パーク」の閑散とした中庭・パティオに毎日読書をしにくる老人の“おひょいさん”とのかかわりが綴られています。信久は自分の父と“おひょいさん”を重ね合わせていきます。

“おひょいさん”が考える孤独、一人の時間の向かい合い方と、信久のズレに対して考えさせられます。

「一人でいる人間を『淋しい』と決めつけるのは間違っている。アローンとロンリーは似て非なるものだ」

また、信久の親の今後についていつまでも先送りしている様にも考えさせられます。現実に対応しようとする妻・順子といつまでもはぐらかそうとする夫・信久、自分でもいけないとは思いつつ信久寄りになってしまっています。

「きっと世間の同世代は、大半が自分と同じだろう。半分楽観的で、半分現実を見ないようにしている。親に関しては、モラトリアムなのだ」


「マドンナ」「ダンス」「総務は女房」「ボス」、そして「パティオ」を収録したこの『マドンナ』は自分にとってヒット作でした。



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2008年05月18日

「ボス」は、鉄鋼製品部・第一課長、田島茂徳が、次は自分が部長に昇進できるかと思いきや、ヨーロッパ本部から異動してきた浜名陽子に部長のポストを奪われる!? ところからはじまります。

女性、同い年、そして中途採用の浜名陽子にポストをさらわれたことに茂徳はショックを受けます。

さらに、課長会議を取りやめたり、週1回の「ノー残業デー」を設けたり、酒の接待を受けなかったり、休日の接待ゴルフ禁止令を出したり、部内旅行を取りやめたり、と今までの“慣習”を廃止していく合理主義・浜名陽子のやり方に、茂徳は反感を覚えます。

「どうしておれの楽しい会社はこんなことになってしまったのか」

特に面白いのは、仕事もでき、いつでも冷静で、酒を三合飲んでも顔色も変わらず!?、まったく弱みを見せない陽子に対して、茂徳がなんとか彼女の“弱さ”を見つけ出そうとやっきになるところです。

「なんなのだ、この隙のなさは。少しぐらい弱音を吐いたっていいだろう。そういう浜名陽子を一度でいいから見たいのだ。そうすれば、こっちも少しは安心できるのだ」

「頼むよ。本音を言ってくれよ。自分も本当は辛いんだって――」

「どうしてそんなに強くいられるんだ。どうして一人で平気なんだ――」


そんな浜名陽子のラストの展開にはやられました。



つづく


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2008年05月17日



『マドンナ』は、40代のサラリーマン課長たちを主人公にした「マドンナ」「ダンス」「総務は女房」「ボス」、そして「パティオ」の5編からなる短編集。

本の後ろの酒井順子さんの解説が、今、30代の自分が読むと「わかるなぁ」と感じます。

「二十代前半の頃、四十代の男性は自分と違う世界に住むおじさんに見えたものです。が、今自分が彼等と近い年代になってこの本を読むと、彼らの気持ちと立場がよく見えてくるのです」

表題にもなっている「マドンナ」は、営業三課課長・荻野春彦が、自分の部署にやってきた部下の倉田知美のことが好きになってしまう話。

「対面するのはその日が初めてだった。素直な子ならいいな、と春彦は思っていた。(中略)そして好みのタイプではなければいいな、とも思っていた。好きになると、仕事がしづらくなる。だから目の前に現れた知美を見たとき、春彦は胸を躍らせながらも、自分の先行きを案じていた」

「知美は完全に好みのタイプだった」

そこから春彦の夢想、妄想がはじまるんですが、これが楽しいです。

「春彦の場合、いい子だなと思った瞬間から夢想がはじまる。頭の中で恋愛物語を楽しむ。ただそれだけだ」


「この子は、好きな男の前ではこういう顔をするのか」、このときの気持ちはわかるような気がしてなんともせつないです。

それにしても妻・典子の勘のするどさは恐ろしい。


「ダンス」は、営業第四課課長の田中芳雄が、周囲に同調しない“自由人”浅野をなんとか社内運動会に参加させようと説得する様が面白いですし、浅野とダンサーになると言い出した息子をだぶらせて書かれているところが興味深いです。

「総務は女房」は、営業畑から総務部第四課課長に拝命された恩蔵博史が部署内の癒着や不正に立ち向かっていくんですが、このラストの展開には現実のひとつを見せられたようで、むしろ惹きつけられました。

そして、この短編集で一番好きな「ボス」。

つづく


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2008年05月16日



奥田英朗さんの『サウスバウンド』、もちろん面白かったんですが、安定した面白さが保障された代わりに、『最悪』『邪魔』のような初期作品でみられていたようなドクが薄くなってしまった感じがして、なんとなくさびしくもなりました。

でも、『マドンナ』『ガール』『家日和』の3作の短編集はまた別の面白みがあって、自分にとって傑作でした。

『マドンナ』『ガール』は会社に勤める中年男性や30代OLが、『家日和』では、「家」にいる30、40代の男女が描かれた作品たちです。30、40代ならではのそれぞれの悩みが綴られています。

つづく


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2008年05月12日

伊良部一郎の治療? で興味深いのは、(おそらく)意図したわけではなく

患者よりもひどい症状に自分が陥り

患者の方が伊良部のエスカレートぶりを制止する側に回り

自分の症状を自らが悟り

問題が解決されてしまうところ。

タイトルにもなっている、パート1の第1話「イン・ザ・プール」では、プールで泳がずにはいられなくなっている患者の大森和雄が1日2回プールにいくのは……とためらっていたのに、伊良部はすでに我慢できなくなって2回泳いじゃっていたりします。

また、伊良部は、患者と一緒になって無茶することによって(彼がけしかけるんですが)、患者の悩みの元である欲求が満たされ、これまた治療に結びついたりもします。『空中ブランコ』の「義父のヅラ」で、不謹慎なことをやりたくなる破壊衝動に駆られた患者・池山達郎と一緒になってやる数々のいたずらには本当に不謹慎なんですけど笑ってしまいます。

また、物語を読み進めていく上で、だんだんと伊良部とマユミの素性がわかってくるところも面白いです。伊良部は35歳でバツイチで、やっぱりマザコンなところや、上野公園のイラン人と顔見知りなところや、お互い友だちがいないところや、マユミは絵の才能!? があったり、パンクロックのバンドを組んでたり……。

例えば、『空中ブランコ』の「女流作家」で、マユミが星山愛子に小説の感想を言うところなど、普段見られないシーンに出会うとウレシクなります。

第3作『町長選挙』に登場する患者は今までと少し色合いが異なります。

タイトルと同じ「町長選挙」を除いた、「ナベマン」「アンポンマン」「カリスマ家業」は実在のモデル!? が存在します。これだけはちょっと残念というか、読んでて実際の人物がどうしても思い浮かんでしまってさめてしまうところがあるんですよね。

なんて思ってしまったものの、第4弾を期待してます。



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2008年05月11日

『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』、そして『町長選挙』の精神科医・伊良部一郎シリーズ。シリーズ2作目の『空中ブランコ』では第131回直木賞を受賞しています。

すべて1話読みきりの短編集で、さまざまな症状を抱えた患者が伊良部総合病院地下にある神経科を訪れていきます。
「いらっしゃーい」といった伊良部一郎の甲高い声に迎えられ、うさんくさく思う患者の心情から看護婦(看護師とはあえて書いてないのかな)であり、露出狂のマユミに見とれて注射を打たれるまでの描写がそれぞれの項で繰り返されるのですが、それが心地いいんですよね。
また、患者たちが通っていくうちに「もしかしていい医者?」と思い始めてしまうところも。

そして、伊良部一郎のキャラクターが世間でイヤに思われそうな要素が満載で笑ってしまいます。色白のおデブちゃんでマザコンで不潔で、大人げなくて、金にものをいわせてるし、親のコネは使うし……。

『イン・ザ・プール』は映像化されており、どちらも見てませんが、伊良部一郎を映画では松尾スズキ、テレビドラマでは阿部寛が演じているらしく、松尾スズキはなんかイメージとは異なるけど、違った魅力がありそうな気がします。でもアベちゃんはちょっと違う気が……、映像を見て確かめてみたいです。

つづく



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2008年05月10日



『最悪』『邪魔』と読んできて、精神科医・伊良部一郎シリーズを読んだときに、この両者の作風のギャップに驚きました。伊良部シリーズは、悪い意味ではなくなんとも“軽い”読み物なんですよね。『最悪』『邪魔』の重い雰囲気から一気に解放された感じで、楽しく読めました。
でも、最初に伊良部シリーズから読み始めていたら、ちょっと物足りないと思ったかもしれませんが、『最悪』『邪魔』のような作品を書く一方で、このような息抜き作品も作ることができるのかという驚きで、ますます奥田作品が好きになりました。

精神科医・伊良部一郎を主人公にした作品は現在3作品出ていて、一番新しい『町長選挙』はまだ文庫版にはなっていません。でも、パート1に当たる『イン・ザ・プール』、パート2の『空中ブランコ』と読み終わった後に、どうしても読みたくなって単行本を買ってしまいました。

つづく


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2008年05月08日

『最悪』と『邪魔』は、どちらも『ララピポ』と同様、それぞれの登場人物がつながっていく群像劇です。そしてこれまた『ララピポ』と同様に、それぞれの登場人物があるきっかけを境にたがが外れて、思想・行動に歯止めがきかなくなっていく様が描かれています。ただ、『邪魔』の方は、警部補・久野薫、主婦・及川恭子がそれぞれ人生の“邪魔”に遭遇することによって、追いつめられていくんですが、その壊れ方が『ララピポ』『最悪』の人物たちとは異なります。

『最悪』は、川谷鉄工所の社長・川谷信次郎、銀行員の藤崎みどり、チンピラ・野村和也の3人を主役に物語は展開していくのですが、なんといっても川谷信次郎の追いつめられていく様にプレッシャーを感じます。太田夫人の亭主(この言い方おかしいけど……)、市役所の職員から、社員の松村、家長としての不手際を責めているかのように感じられる妻・春江といった面々から追い込まれ、もうタレパン購入のお金の計算までおかしくなっていく川谷信次郎のくだりを読んでいると、彼は過呼吸の発作を起こすときがあるのですが、読んでるこっちまで苦しくなります。



そして、『邪魔』では、妻と子供を交通事故で亡くし、トラウマを抱えている警部補・九野薫と平凡な主婦・及川恭子、そして不良仲間とつるんでぷらぷらと過ごしている渡辺祐輔の3人が主役。この中ではなんといっても及川恭子がある事件を境に平凡でシアワセな暮らしが揺るぎ始め、とんでもない方向に突っ走っていく様に目が離せません。人は追い詰められたときに、「邪魔」が入ったときに、このように変わっていくものなのかもしれない、とコワさも感じました。

そして、久野と義母の関係、二人の関係の描写がちょっと消化不良に終わったところもありましたが、なんだか切なかったです。



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2008年05月07日

前にも書きましたが、現実生活を扱った作品の中でも華やかであったり、不可思議な世界を織り込んだ作品を読むのが好きで、奥田英朗作品に数多く登場するような現実生活をありのままに描いた作品、特に救いが見られない人々を描いた作品が、どちらかといえばニガテでした。

といっても現実逃避したくて不可思議な世界観をもつ作品が好き、というわけではなく、何も小説で現実社会をなぞらなくてもいいだろう、といった気持ちから手に取るのをためらっていたような気がします。でも、最近は、余裕!? なのかゆとり!? がココロに生まれたのか、こういったジャンルも俯瞰して読むことができ、楽しめるようになってきました。ただ歳を取っただけかも……。さらには、こういうのもこれからもっと読んでいきたいなと思うようになりました。奥田作品に出会えて、本のジャンル幅が広がったような気がします。



『最悪』と『邪魔』、タイトルからして重く、正直、読み終えた時に、スカっとはせずにためこんで疲れるタイプの本だと思うんですけど、これで完全に奥田作品の中毒になってしまいました。もう読まずにはいられなくなって、止まらなくなりました。

しかもこの2作は奥田氏の初期に当たる作品なんですが、初期作品の素敵さが全面に表れているような気がします。初期作品というのは、後期の作品の見られるようなまとまり感がなく、荒削りな印象があるのですが、その分、パワーに満ち溢れていて、魅力的であることが多いです。

つづく


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2008年05月06日



この『ララピポ』は、1章ごとの登場人物たちがつながっていくいわゆる群像劇なんですが、群像劇ってけっこう好きかもと気づかせてくれた作品でした。

本の内容はオビに書かれている通り、正直、“お下劣”なんですが、例えば、フリーライター杉山博の章では、博が盗み聞きしようと奮闘する姿に思わず笑ってしまうんですよね。貧乏なのに高価な装置をそろえてしまうところや、「変態の領域に足を踏み入れてしまうのでは」、と何度か自意識にさいなまれるんですが、すでにちょっと超えてしまってるところなんかも。

そして、群像劇の中でも本書で興味深いのは、次の章で、初登場の人物が主人公になるのではなく、その前の章で登場した人物の誰かにスポットライトが当たるところです。数人出てくる人物の中で次は誰が主役になるんだろう、と読みながらワクワクしてきます。

これら各章を通して、登場人物たちの思考・行動に共通しているのは、一度ある領域を超えてしまったら、それまでに感じていた罪の意識なんかも薄れて、もしくはマヒして、どんどんエスカレートしていくところです。この歯止めがきかなくなっていく様はコワく感じるところでもあります。

『ララピポ』の意味もすべて読み終わると「そっか」と合点がいきます。

ところで、今、売られている本書に巻かれているオビには「映画化」の告知が書かれていたのですが、ビックリしたのは、その監督を務めるのがなんと中島哲也氏。「MIDSUMMER CAROL ガマ王子 vs ザリガニ魔人」の項でも触れたばかりの中島氏がこの映画でも監督というのに、簡単には使いたくないワードですが、「つながり」みたいなものを感じました。映画は来春公開予定とのこと。


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2008年05月05日

かなりの本好き、とこれだけは自信をもって言えるのに、2、3月はあまり読む気にならなかったんですが、4月から再びハイペースで読み出しはじめるようになりました。それはyuさんに借りた田口ランディ本たちをきっかけに。

彼女の本(小説の方)は妙な力があり、なんというか自分がパワーを持っているときでなければ、本の精神世界に引きずられてしまうコワさみたいなものを持っているような気がします。

一通り一気に読み終えて、ホッとひと息をついたところ、仕事で知り合いになったshinさんと飲みに行ったとき、薦められたのが奥田英朗氏の本たち。とりあえず話に聞いた『ララピポ』と『最悪』『邪魔』を読んでみようと思い、まずは『ララピポ』を買ってみたんですが、そこから止まらなくなりました……。

『ララピポ』→『最悪』→『邪魔』→『サウスバウンド』→精神科医伊良部シリーズ『イン・ザ・プール』『空中ブランコ』『町長選挙』→『マドンナ』→『ガール』→『家日和』……と今に続きます。

つづく


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