『華咲く電都に4本足は輝く』 ライトなラノベコンテスト出展作品

おおよそのあらすじ  怪しげなビルの中で噛んでいる私。

 「「あにさぁーーーーーんんっ!!!!」」


 周囲の、手負いのやくざ達が絶叫した。


 人が床にめり込む、という藤子作品でしか見た事のない光景を、生まれて始めてみたかもしれない。
 リノリウムの床に年配のやくざさんの、首から下の身体が、なんか妙なけいれんを起こしはじめた。

 「ハ、ハイジマァ!てめぇ、ゴキスのアニさんになんてこと・・・・・・」

 倒れていた若いやくざな人たちが、なんとか最後のガッツをみせて這い上がり、傷の人を威圧しようとしていた。というか、この傷の人はハイジマさんというらしい。
 そのハイジマさんは、そうした周囲の、恐らく兄貴分なのだろう人たちには目もくれず、胸筋を躍動させて、抜き身の人切り包丁を振り回しながら、ニコニコと、私の方に近づいてきた。

 さて。

 この期に及んで、わたしは考える。ドスを持ったハイジマさんの笑顔を正面から見据えながら、考える。現実逃避ともいえるが、とにかく考えた。

 まさか、朝っぱらの秋葉原でこんな大修羅場に巻き込まれるとは思わなかった。なんだか、もう、本当にアニメかなにかの、第一話冒頭みたいだ。いや、あまり見ないからわからないけど。

 このあとお決まりの展開としては、このハイジマさんからの決死の逃走が始まるのだろう。もし捕まったりしたら、今よりもっと暗い部屋に連れて行かれて、良くて亀甲縛り、最悪ミンチでドラム缶詰めにされて東京湾一夜漬け、というサスペンスでバイオレンスな展開が待っているはずだ。

 捕まるわけにはいかない。だが、捕まらないわけがない。
 
 だいたい、逃げようにも、さっきから、後ろで何か固い物につっかかってるようで、うまく方向転換もできないのだ。


 なので、やむを得なかった。



 
 迎撃する事に決めた。



 幸い、勝機は訪れていた。

 「兄さんがた、大丈夫ッスよそんな女々しくどならんでください、俺に任せといてくださいっ、ちょっと突けば出てきますよ」

 ハイジマさんがため息をつきながら、うっとうしそうに周囲のやくざの方を振り向いた。
 一瞬のすきま。
 私は、ひとつ、おおきな深呼吸をして気を落ち着けると、右手を車輪の裏側にあるレバーへと伸ばした。
 父の会社の人が、わざわざ私のために作ってくれた秘密兵器。
 その発射口を、ゆっくり、はやる気持ちを抑えながら慎重に、ハイジマさんの首筋へと向けた。



 だが、結論から言ってしまえば、わたしはそれを使う事はできなかったのである。

 なぜなら、そう。

 

 1秒1秒が、すごく長く感じる。別に時計が古めかしいアンティークものなのが原因というわけではないだろう。

 固唾をのんで成り行きを見守っていた私に、傷の人が、今度はすごく丁寧な口調で聞いてきた。

 「仕事って、ここの、十條寺探偵にどすか?お嬢ちゃん?」
 「あ、はいっ、そうどすそうどす」

 私の答えに、傷の人はうははと笑い出して、机の上に鎮座している国宝阿修羅像のレプリカらしき物の頭をポンポン叩きだした。
 案外ノリがいい。「どす」をかぶせてきてくれるとは思わなかった。なかなかの笑点力だ。よくみると、顔も好楽師匠のような穏やかさがある。

 いけるかもしれない。

 この良さげな雰囲気を、周りで渋い顔をつくっている他のこわもての人たちにも伝染させるべく、私も往年のこん平のように屈託無く頭をかきながらぬへへと



 「だぁしぇてってだああああ!!!」

 顔の脇を、国宝阿修羅像がかすめた。
 グァオンゥンと、金属があり得ない勢いでひしゃげる音が響き渡った。
 
 私の頬を伝ったのは、冷や汗か、かすり傷の血か。

 「だぁとぅななだでぇってっててってどぅんじゃああこらぁあ!!」

 傷の人が、傷口から血を吹き出すんじゃないかというくらい顔を真っ赤にして、阿修羅のごとくおたけびをあげた。

 まずい。
 かなりまずい。

 なにをいっているのかわからないが、どうも逆鱗に触れてしまったことは確からしい。
 彼は言いたい事をひとしきりはき終えたあと、不意にぬははと笑みを浮かべると、背広の裏ポケットから、なにか杖のような物をとりだした。

 
 ドスだ。

 どすどす言ってたら、本当にドスが出てきてしまった。

 30cm以上ある。どうやって入れてたんだそんなもの。

 さすがに周囲の方々もまずいと思ったのだろう、傷の人を諫めたり、後ろから羽交い締めにしたりして、押さえようとし始めた。
 しかし、傷男はでたらめに強い。
 のへのへ笑いながら、なんだかプロレス技みたいな独特な身体のひねりかたをしたかと思うと、同僚達を一人ずつ、ピッチングマシンみたいに投げ飛ばし始めた。

 「おいッ!おい、姉ちゃん!」
  
 傷男にしがみついている、少し年配のやくざが私に怒鳴りつけた。

 「ボーッとしてんな!とっととここから消え失せろ!こいつ、ちょっとアレがアレなやつで」

 年配やくざが、床に叩きつけられて沈没した。


 胸をなでる。大きく深呼吸。窓に映る自分を見ながら、雨で湿った前髪を手ぐしする。
 別に緊張する理由はなにもない。
 ただ、この事務所にいる探偵さんに、仕事の依頼をするだけだ。
 それでも落ち着かない自分の気持ちを沈めようと、スカートのポケットに入れてある物に手を触れる。

 重厚そうな木のドア、そのノブに、おそるおそる手をかけて、ひいた。

 「ごめんくださ・・・」

 言って後悔した。

 雑然とした事務所の中。よく分からないものが所狭しと置かれ、「なんか探偵事務所と言うよりアジアのどこかの土産物屋みたいだな」と思わずにはいられないその室内の中には、ボウズ狩りで、サングラスで、筋肉質で、黒いスーツを着た4,5人の男達が憮然として立っていたのである。
 私の声で、鋭い目を一斉にこちらへ向けた。

 私の頬がひきつっているのに気づいたのは、しばらく経ってからだった。

 「お嬢ちゃん、なんや」

 彼らの一人が、警戒心まるだしで私に声をかけてきた。
 まぶたの上には、一文字に刻まれた傷。
 襟に金バッジが付いている。

 そっちの事務所かよ。 

 「だれやって言っとるんやお嬢ちゃん!」
 「は、はいっ」

 あわてて冷静さを取り繕う。
 ここでこちらが弱みを見せちゃだめだ。
 彼らがにじり寄ってくる中、私は心の中の動揺を顔にあらわさないよう努めながら、あえて男たちと視線を合わせ続ける。
 「部屋を間違えた」と嘘で切り抜けようかとも思ったが、このこわもての人達の焦れたような表情や、たかが小娘である私を怒鳴りつける所から察すると、簡単に返してくれそうにもない気がした。媚びを売るというのも頭の中をよぎったが、ここではまず逆効果だ。この際、本当の事を言って納得させるしかない。
 そう結論づけた私は、目を閉じて一つ大きな深呼吸。バリバリのキャリアウーマンを演じる天海祐希をイメージすると、ゆっくり目を開いて、毅然と切り出した。

 「こちらの探偵さんにおしゅごとの依頼を」

 噛んでしまった。

 「お仕事の依頼をしにきたものどすけど」

 また噛んでしまった。

 より一層、怪訝な表情を浮かべる黒服達に愛嬌の笑みで返したが、私の心の中は大恐慌の嵐が吹き荒れていた。おしゅごとも大概だが、どすとは、我ながらなんなんだ。私は花魁か。

 そんな私の心境を見透かしているのか見透かしていないのか、男達は互いに顔を見合わせ、困ったように首をひねったり、顎をかいたりしている。

 壁にかけられている時計が、チクタクチクタク、秒針を刻み続ける。

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