俺が研究にしてやる。

慶應義塾大学諏訪正樹研究会の、メタ認知な日々。

今回のブログはひろせと岡崎が担当します!

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はじめまして、こんにちは。
今学期から諏訪研にお邪魔させていただくことになりました、総合政策学部三年の廣瀬慎之輔です。
一週目ということなので、僕も自己紹介をさせていただこうと思います。

出身:神奈川県
趣味:フィールドレコーディング、テニス、釣り
特技:Ableton liveを使いこなせます。
中学生のころは、テニスに熱中していて新しいショットを考えることが大好きでした。
しかし高校の体育会テニス部では、ねじの外れたパワハラに嫌気がさし、独学でテニスを続ける事を決意しました。
それと同時に、海風の心地よさからヨット部に入りました。
ただ高校二年生の部活動真っ盛りな時に、コロナによる自粛期間に突入し、ヨットが全然できなくなってしまいました。
その時、ヨット部に在籍していたメンバーの一人がとても音楽に詳しく、新しいEDMやハイパーポップなどの海外で流行っているらしい、DTMを前面に押し出した楽曲を沢山教えてもらいました。
それから先は、すべて音楽制作に舵を切りコンピューターミュージックの授業があるSFCに進学しました。
最近は、日常にある音楽性に興味があり、探求しています。

諏訪研の第一印象は、柔らかさでした。
陸上部の方やバレエをやってる方など、身体の柔らかさはともかくとして、対応の柔軟さや頭の柔らかさをとても感じました。
僕はとても身体が固いのですが、それを補えるくらい頭を柔らかくしていきたいなと思いました。
今回の授業ですが、学生がまだ探求しきれていないモノを持ち寄り、それについて考えを深める、モノと「ともに」生きていく術について考えるといった授業でした。僕が持ってきたモノは、箱の無いむき出しのオルゴールで、手軽な値段だったので通販でポチったものの、少し持て余していました。授業を通して、分解することや色を付け重みを増すこと、様々なモノの上で演奏することなど、様々な新しいオルゴールの音の可能性を探るだけでなく、鉄そのものとしてみたときに、本の重しとしては使えないなど、オルゴールの可能性について考えました。とりあえず、音の鳴る部分を水につけ錆びさせて、音の変化を見てみたいと思います。また他にも、実験的な取り組みをいくつかしてみたいので、通販でオルゴールを買うことにしました。正直、ティムインゴルドの「メイキング」は内容が難しく、頭の中だけでは理解できそうもなかったので、実際に手を動かして考えを深めていくやり方の方が、自分にあっていてこれからがとても楽しみです。ひとまずこれからは、再生機器としてのオルゴールから離れて、モノとしてオルゴールに向きあっていきたいと思います。
改めて、今学期からどうぞよろしくお願いします。

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お久しぶりです、環境情報学部4年の岡崎です。私が遅筆だったばかりにこんなにギリギリの投稿になってしまいました。大変申し訳ない。滑り出しから転けかけていますが今期もよろしくお願いします。なお、文を書き切ったのは最近ですが、内容自体は研究会後の割とフレッシュなものになっております。

今回(先週)は、メイキング2章を読んだ延長として、全員が「もの」を持ち寄って話すというスタートを切りました。最後の方はもはや、持ってきたものの使い道大喜利のような状態でしたね。ただ、トランプを持ってきた私は微妙に手応えが薄く…長く向き合いそうなら何かもっと別のものがあったかもしれないと少し後悔しています。触っていて感じたのですが、持ち寄られた物の中でも、トランプって結構遊び尽くされている部類のものかもしれません。これは研究会内でも言いましたが、硬い紙であるという性質を利用して生まれた有名な「使い道」にはトランプタワーがありますし、最後にみんなでカードを投げていたのも「トランプ投げ」という名前で多くの先駆者がいるものになります。ということで、正直なところ面白い「使い道」が全く浮かばず結構困っています。これ来週までに何をすればよいだろうか…。ずっと手元に置いておいたら何か変わるのではないかという期待を持ちつつ、でも正直トランプって枚数多いから手元にあると邪魔なんだよなという気持ちもあり。どうやったらトランプとうまいこと共に生きられるのか…難しいですね。もういっそ水とかにつけてやろうかな。

さて、このように自分の持ってきた「もの」がイマイチまだハマりきっていないので、どうブログを描き進めるか少し悩んだのですが…。私と対照的に案が出続けて止まらなかった、かいまの「メガロドンの歯」に少し思いを馳せたいなと思います。
思い返せば、ほとんどメガロドンの話をしてたんじゃないかというレベルでした。これについて、研会内で指摘されていたように「特定の文脈性から逸脱している」という強みももちろん原因としてあると思います。ただ、それ以上に強いなと感じたのが「ものの中でテクスチャや形のバリエーションが露骨に豊かである」という点です。ザリザリした部分に着目した時は「あかすり」が出たし、ツルツルギザギザの部分に着目した時は「ナイフ(食材を切り刻む・すり潰す)」がでました。ツルツルで平ら、黒いというところに着目したら「鉄板」にも変身しました。当たり前っちゃあ当たり前の話ですが、パッと見てわかるだけでもたくさんの属性が同居しているので、その属性がたどり着く先というのも豊富だったということです。
これを踏まえると、トランプも属性をたくさん見つけてやることが近道なのかもしれないと思えてきます。少し調べてみると、まず紙トランプの組成は硬い紙とプラスチックコーティング、プラスチックトランプはポリ塩化ビニルのようです。さらに紙トランプの場合は、硬い芯の紙の上下を印刷面とコーティングで挟み込むような構造になっているらしい。というわけで、これをどうにか活かせないかな…と悩み始めております。最終「つくる」に繋げるのがまた難しそうではありますが、果たしてどうなるのか(今の所、スマホケースに刺そうとしたらサイズが合わなかったので、スマホサイズのカードを作ろうかしらという考えを抱いております)。

超乱文かつ尻切れトンボではありますが、今回のブログはここまでです。もう少し面白いことが書けたら良かったのですが、今の私はあまりにもトランプと仲良くなれていなさすぎる。これからの私に期待しましょう…。さようなら。

はじめまして!

今学期から諏訪研にお邪魔させていただくことになりました、総合政策学部2年森井美陽です。

先週のブログで皆さん自己紹介をされていたので、私も簡単に自己紹介から始めさせていただきたいと思います。


出身:東京

趣味:美味しいもの食べたり(お米が大好き)、音楽聴いたり

特技:雪の上を爆速で(?)歩けます


3歳の頃からバレエを習っていて、高校時代はロシアのバレエ学校へ留学していました。コロナ禍や戦争に翻弄されながらバレエ漬けの毎日を送る5年間を経て日本へ帰国。今は大人しく大学で勉学に励みながらフリーダンサー的な感じで踊りを楽しんでいます。

これ以上話そうとすると長くなってしまうので割愛させていただきますが、初回の授業で20分間の自己紹介をするにあたり、自分の過去を改めて振り返ってみるとなんだか波瀾万丈な学生時代だったなあとしみじみ、、

研究会メンバーの皆さん、これからどうぞよろしくお願いします。


さて、新しい環境に飛び込むことがあまり得意ではない私、初回の授業はかなりの緊張を胸に研究室へ足を運んだわけですが、中へ入ってみてびっくり。こじんまりした部屋の中で皆さんとても自由な体勢をとりながら話を聞いていらっしゃる。地べたに直接座っている人もいれば、立ちながらパソコンカタカタする人も!そんな感じの空間だったので、自己紹介もなんだか少し肩の力を抜いて、ありのままに話せたような気がします。


私も含め新規生3人の自己紹介が終わり、初回授業の後半はティム・インゴルド著『メイキング』の第一章を読んでグループ内での話し合い、発表をおこないました。これが最初からインゴルドさんの哲学ひたひたで正直かなり難しい、、。第二回授業ではそれぞれが第一章のキーフレーズを列挙してきて、それらについて2コマ分みっちり議論しました。ただ発表するだけに終わらず、諏訪先生からの鋭い質問や周りの意見に対して淀みながらも自分なりの思考をぽつぽつ言語化していくことで、最初は硬くて仕方がなかった本に徐々に自分が馴染んでいく感覚、そして本も自分に馴染んでいくような感覚があり、これが人類学でいうような生成変化、コレスポンダンスなのかなあとうっすら感じているところであります。これからも本と「ともに」、諏訪先生やメンバーと「ともに」読むことを心がけていきたいです。


そんなこんなで、2回分の研究会での時間を通して、自分の殻がだいぶ剥がされてきたような気がしています。同じような世界の見方をしている人たちと、誤魔化しの効かない言葉(諏訪研では『イメージ』とかそういう曖昧な表現のワードを使うのがNGらしい)のやり取りをする時間はなかなか頭を使うので大変ですが、自分がありのままの状態で居ることを受け入れてくれる感じもして、既に心地良さみたいなものを感じています。


次回の授業は、それぞれがとあるモノを持ち寄って、それと「ともに」第二章への理解を深める、という作業をしていくみたいです。

まだ研究会の中ではひよっこな私ですが、いろんな物事にコレスポンダンスしながら、学びを深めていければと思います。

改めて、今学期からどうぞよろしくお願いします!


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こんにちは!諏訪研生活も3年目に突入し、これで5学期目になりました、吉田快馬です。


先週を担当した3人が自己紹介をしていたので、私もそれに合わせて少しだけ・・・


と思い立ち、私が諏訪研に入って初めてのブログを読み直してみました(http://blog.livedoor.jp/suwalab/archives/55068083.html)。ここではほとんど自己紹介していなかったのだったなと思いだすと同時に、かなり哲学的な話を初回からしているにもかかわらず、今と言っていることがあまり変わらない、と少し落ち込みました。


2022年の春学期、2年生のころに諏訪研に入りました。研究会はその後諏訪研に並行して、いくつか渡り歩いていたのですが、卒論を書く今年度は諏訪研だけに住み着いています。研究関連とは別に、サークルで「哲学対話」という活動をずっと続けています。哲学対話というのは、一言で言えば他者とともに考えるなかで、自らの抱えている問いを更新すると同時に、互いの理解を深めていく営みです。哲学の営みを「本を読み解いていく」ことだけに閉じずに、ひとつの場で臨床的に立ち上がる思考の可能性を探っています。


こう書いてみると、私は自己紹介が得意ではないと痛感します。そして今回のインゴルド『メイキング』第一章を輪読した時間も、この感覚から出発してふりかえってみたいと思います。特に、今回何度も出てきた「について」と「ともに」の話。インゴルドは、外側から、まるで全く関係のない対象からデータを取り出すことを対象「について」研究することと呼びます。一方で、物事の内側に参与して、内側から学び、自らをも変容を被る研究を対象「とともに」研究することと呼びます。この「について」と「ともに」の話になぞらえて、「自己紹介」を考えてみます。


「自己紹介」は、この意味では「自己について話すこと」です。だから、自己紹介されるときの自己は、「大学生」だったり、「社会人」だったり、「主務」だったり、「哲学対話の人」だったりする。ここに具体的な他者は介在しません。私自身が「大学4年生」であると決めるのはシステムにほかならず、目の前のあなたではない。だから、あなたが何と言おうと、「自己」のうちに数え上げることができることを、自己紹介で話す。「私は大学4年生だ、私はレンタルビデオショップの店員だ、私は横浜生まれ横浜生まれの浜っ子だ・・・」


そのような社会的な自己とは別の自己として、人格があるかもしれません。「私は頼りがいがある芯のある人間だ」と一人でに自己紹介でいうのはやや奇妙です。むしろ「この人はブレない性格で、頼りがいあって、、」と誰かに紹介される自己です(私は結構ナヨナヨしていますが)。これは他己紹介、他者が私との関係のなかで生じる「私」の紹介という意味で、「他者とともにする自己紹介」です。


ならば、「自己とともに自己紹介」することは可能でしょうか。「ともに」するのは、かならず他者でなくてはならないですから、構造的にはそのような自己は同時に他者でなくてはならない。《他者としての自己/自己としての他者》はどこにいるのでしょうか。・・・この両義性を有するものは、身体にほかならないでしょう。私の身体は、いつもままならない。寝る時間に寝れなかったり、課題をやるにも布団から出れなかったり、言いたいことを口に出す手前で吃ってしまったり、思い通りにゴルフクラブが触れなかったりする。私の身体は常に自己であると同時に他者である。このように考えたとき、たとえば好きな音楽について話し出した途端に、少し声の調子が外れてしまったその自己は、どのような自己だろうか。社会的な自己でも、誰かから見た自己でもないような自己が、語りのなかに常に潜んでいるような気がします。哲学者のハンナ・アーレントが「何者性」(=社会的な自己)と「誰性」(=他者とともにある自己)という言葉で区別した「自己」のいずれでもない、自己とともにあることしかできない自己が、今日もぶつぶつ何かをつぶやいている。それではまた来週。

こんにちは。
総合政策学部4年の吉川 昂希(よしかわ こうき)です。
入学したことがこないだのことのように思い出されるのですが、気がつけば4年生になっていて時間の速さを痛感させられます。
新規生の方もいらっしゃるので、簡単に自己紹介をさせていただきます。出身:大阪
育ち:1歳から横浜
中学高校:湘南学園という鵠沼海岸にある学校に通っていました
大学:体育会競走部短短ブロック(100m200m専門)
主務と呼ばれる運営の長をやっています。休日は美術館にいったり、美味しいご飯屋さんにいったりといった感じに過ごしています。諏訪研究会を志した理由は、自分自身の勉強の姿勢や日頃の何気ない学びを見つめ直す姿に非常に面白いと感じたという非常に安直な理由だったのではないかと思いますが、この研究室で研究することはきっと大学時代にしか勉強できないと思ったのを覚えています。
正直、競走部の主務業と学業の両立には苦戦していますが、学生最後の1年諦めずやり抜きます。さて、前回はメイキングの1章を読みグループで読んだ内容についてディスカッションをしました。
全く内容が入ってこないというのがこの本を読んだ、第一印象でした。
具体的な内容がほとんど入ってこず、読んでいるひとことひとことがカタカナで入ってきて全く処理できないような感覚でした。
その中でかろうじて、「諏訪研的だ」と感じたフレーズを言ったわけですが、諏訪研的って何??と突っ込まれました。
そのくらい全く漠然としか理解ができませんでした。家に帰ってから恐る恐る2章まで読んでみました。
内容については今回の研究会のディスカッションを通して、確認をできればと思いますが、気になったのは自分自身の本を読む姿勢が気になりました。
本書の中でも内側から理解することに触れていると思いますが、本を自分の内側から理解するということはどのようなことなのか。
以前の研究会で岡潔の「数学する人生」を読む中でも、諏訪先生から内容を自分ごと化しながら読み進めていこうという話がありました。
もちろん人類学というフィールドにおいて問題提起されている概念かもしれませんが、自分ごと化を進めながら読書を進めることはどうなんだろうか。逆に自分ごと化をしていない読みとは何なのか。
基本的に本を読むのが苦手な自分がやりがちなのは、ただ言葉を目に情報として入れていき、全く処理ができていないことが多いなと感じます。
今回本書を読む場合に感じていたのは、そもそも語彙でわからないと感じていました。
徐々に読み進めていくうちにわからない言葉の意味が増えていく中で、わからなかった章の内容がわかることが多いように思います。
そんな問いについても向き合いながら、読みながらどんな読みをしているのかと言ったことにも向き合ってみたいと思います。
今期もどうぞよろしくお願いします。

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こんにちは、環境情報学部2年の関口さらです。
吉川さんに倣って私も改めて自己紹介させて頂きます。出身:神奈川
高校:法政二高
大学:競走部(走幅跳・三段跳)陸上競技は中学生の頃から本格的に始めましたが、その前から興味はありました。当時小2女子の私、なぜかロンドンオリンピックで100mを走るウサイン・ボルトに相当な衝撃を受けてしまったようです。
そこから今日まで、陸上競技に囚われた人生です笑
例えば、中学生のとき、オーストラリアのパースという、「世界一住みたい街」にも選ばれたことがあるような素敵な場所に、父の仕事関係で住むチャンスがありました。ですが、すでに強豪中学の陸上部に所属していた私は、「いや、陸上やるに決まってるじゃん」と移住計画を一蹴。
高校も陸上だけで決めました。
(単身赴任させてしまった父・行きたいに決まっているのに一緒に日本に居てくれた母、当時は何も考えていませんでしたが、なかなか出来ないことだよなぁ、ありがたいなぁと思います。こっそりこの場で感謝。)
陸上の呪縛から抜け出そうと何度か試みましたが、何せ人生で唯一衝撃を受け憧れを抱いた人がボルトなのです。諦めて大学も陸上競技とお付き合いさせていただいております。(さすがに大学で辞めます笑)
こんな感じで、とりあえず陸上=人生と歩んで、、いや走って跳んできました。
 相変わらず毎日楽しく過ごさせてもらってます。 そんな私の生活において、諏訪研はかなり楽しみな日常的イベントの一つです。まず研究室のアットホームな空間が好きです。そこで繰り広げられる授業は、他の人から見たらかなり「変」なのでしょうが、とっても楽しいんです。 ただ、具体性を求められるあまり好きや楽しいの一言で終わらせることに抵抗を覚えるなど、日常生活への副作用は多めですが。(現に今、アットホームな空間って?どんな?と詰められないか不安を覚えています。)
それに、毎回正解が見え無さすぎて脳みそはかき混ぜられています。今学期の授業もなかなかの大物です。メイン本である「メイキング」、自分1人では読みきれません。最初から作者の哲学満載で難しいです。皆さんとお話しして意見を取り入れて、どうにかどうにか生きています。
改めて思ったのは、私は簡単なイラストを描きながら内容を理解することが好きなようです。発表スライドを作ろうと、手書きで本の内容をイラストや関係図に落とし込むと理解が進みました。「内側からの参与観察」なんて言葉がありましたが、私が本の世界に飛び込むにはこの方法が良さそうです。 ですが、今回の授業で図の役割(線や矢印の使い方)や要素(レベル感揃えるなど)を正しく理解して使いこなせていなかったので気をつけます。これも「メイキング」の一部として、繰り返し使いながら我が手足にしていくのでしょうね。
どこまでこの本と仲良くなれるか、自分の一部にできるのか、期待して、新しくなったメンバーと「ともに」に第2期目も頑張っていきたいです。よろしくお願いします。 

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こんにちは、環境4年になりました、三輪颯太です。

学期初め恒例?競走部でのブログスタートとなりましたが、みなさんはどのような春休みを過ごしてきたでしょうか。

僕は2月にオーストラリアと鹿児島、3月には沖縄という、合宿三昧の春休みでした。

さて、僕も2人に倣い、自己紹介をさせていただきます。


出身:埼玉県

中高:西武文理高校という、入間川の隣にある学校に6年間通っていました。

大学:体育会競走部(100m/200m) 副将をやっています。


陸上は部活が始まった中学1年次に始めました。最初は体育の授業の50m走でも、クラスでは3,4番くらいの順位で、ギリギリ7秒台とかだったのを覚えています。しかし、成長期で身長が爆伸びし、中3では全国大会に出場するくらい実力が伸びていきました。

2020年の高校3年生のときには、コロナでインターハイがなくなってしまいましたが、自宅などでできることをやり続け、代替大会の全国高校陸上という大会では100mと200mの両方で優勝することができ、全国二冠をすることができました。(200mは埼玉県高校記録も保持しています)

大学ではスランプもありつつ、最近になってようやく調子を取り戻してきて、今では100mを10秒24で走れます。

そんな陸上と”ともに”生きてきた僕ですが、みんなにはあまりオーラが無いと言われます笑

スポーツで強い人、陸上でいう足が速い人は、競技力が高い人特有のオーラを纏っているとよく言うのですが、僕の場合それが全然ないらしいです。大学に入学した当初も、「全国二冠のやつが来るぞ」みたいに言われていたのですが、全然そんな雰囲気がないと周りから言われていました。きっと優しそうにみえるのでしょう。たぶん。おそらく。

しかし、心当たりもいくつかあるのも事実です。サメを可愛くデフォルメしたキャラクターが大好きだったり、とっとこハム太郎やアンパンマンとかの子供向けの歌をよく聞いたり歌っていたので、ちょっとおかしな人という印象が大きいのかもしれません。

さて、諏訪研での僕はというと、実は前学期から研究会に所属しはじめたので、4年ながらまだ2期目で新人感が抜けていません。陸上競技は個人種目という特性上身体感覚と向き合い続けることが多いので、諏訪研と相性がいいのかもしれないと言われていますが、研究会の日は毎回言語化に苦戦していて、あまり陸上で培った身体感覚の言語化を活かしきれていない気がします。。。

さて、そろそろ初回の授業を振り返っていきます。

初回授業はティム・インゴルド著「メイキング」の第1章の前半を読み、気になったこと、感じたことをグループで話し合い、発表をしました。

正直初見の感想としては、めちゃめちゃ難しい!!と思いました。

しかし、僕は難しい本を読む時の自分のルール的なものがあり、そのルールに従って焦らずゆっくり読むことで理解をしていきます。そのルールとは、書いてある内容を陸上の経験に置き換えて理解することです。

自分の経験に置き換えることで、難しい内容でも自分の中に落とし込むことで理解しやすくなるのです。ただ、これを行う時に気をつけなければならない点としては、陸上のフレーム外に出ないため、トップダウン的に本の内容を理解してしまい、新しい学びが得られにくいという点にあります。そのため、フレーム外にジャンプするためには他者との対話が有効なので、読んだ後にグループで話し合いをすることで自分の経験では理解しきれなかったことや、異なった視点で理解できることができます。今学期、「メイキング」を読み進めていく上で、毎回他の人との意見交換を大事にしていきたいと思います!

今学期もよろしくお願いいたします! 

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