俺が研究にしてやる。

慶應義塾大学諏訪正樹研究会の、メタ認知な日々。

こんにちは!

今回の担当はちえとごうです。
 

今回の研究会は、前半は前回の音記述をhexにまとめたものをグループで共有し合い、後半は前回と同様に音記述を一巡しました。

 

 

まず、前半については

前回から今回までの間に各自、自分の音記述の中から語彙や文法を見つけ出し、それをhexにまとめたものをグループで共有し合いました。

ちえのいたグループでは整理してきた語彙を「強弱」「高低」「立ち上がり」「質」「時間」「リズム・時間的変化」などに分類するところから始め、自分達の共通点や違いを探していきました。

この作業を行ったことで他人の語彙を盗み、次の音記述ではより多くの表現ができると感じました。また、今回が今期最後の研究会でしたが、この音記述に関しては夏休みにもグループワークを行いもやもやと感じることを整理していきます。

 

 

研究会の後半は音記述を一巡。ただし自分の声を使って、という条件付きだ。

 その場で急に変更になったものの、詩を朗読したり歌を熱唱したり、各自が工夫をこなすことで多様な音が研究会の部屋を満たした。

 しかし、音を記述することにはとても苦労した。今回は前回と違って

・15秒という長さの中でそれぞれが思い思いに発声するので、その時間中に起こるあらゆる事象を一枚の紙に表現しきることが大変。

・ものを使うのに対して声に絞ったので、質的な差異が前回に比べてかなり小さい。しっかり細かい部分に気を使わないと同じような表現がひたすら続いてしまう。

・「声」が含む「音」以外の、言葉としての情報も収集してしまうので、音の性質を聴いているつもりが言葉を聞いていた、ということに陥りがちになる。

 などの点が特に難しかった。人類未踏の地に分け入ることの困難を痛感した。

 

 ところで、私たちが聴き取ろうとしていた「音」とは何だったのだろうか。「声」と「音」は一体何が違うのだろうか。

 まず何より、音を聞き、それを解釈するためには状況の判断や経験といった思考が深く関わる。街中に出て、視界の外から聞こえてくる音に耳を傾ける。トラックや自動車の走る音、人の行き交う音、話し合う音、…これらの区別は全て私たちの推測に基づいていることはいうまでもない。もし私がトラックや人という存在を知らなかったとしたら、現前してくる複雑な振動の合成波の前に立ち尽くし、何の意味も見出すことはないだろう。音そのものが意味を持つ、ということはまずありえないだろう。

 ではなぜ音には意味があるかのように思われるのか。聴覚の役割が、危険な状況に際した時に聞いた音が「危険」という概念に結び付けられ、他の感覚器官では危険を察知できなくとも、類似した音を聞き取ることで自身が危険な状況に陥っていることを推測できるようにするということであるのなら、結局のところ音というものは状況の評価、判断のための情報源、または世界を分節化するための記号たりうる存在でしかないのだ。

 つまり、音とは自身が何らかの状況や意味を提示する記号として認識されている限りで意味をもつのであって、意味を持たない「音」は例の合成波以上の何物でもなくなってしまうのだ。

 そうなると、「声」とは集団の中で共有された概念を表す記号として意味を持つものであり、記号である以上それは概念同士の差異さえ示せれば十分だということになる。これは「音」についても同じことが言える。

 さて、「声」はそれが人間の声帯から出ているとして状況を把握している上、差異によって意味を表していることもわかっている。その上で、いかにしてこの合成波を「音の様相」のレベルで分節化していけるのだろうか。そこで見出すことのできるものとは何か。

 結局のところ、強弱や高低、滑らかさやリズムといった性質というものは他の事物と比べた時の差異、別の事象との比喩、相似性の中で捉えられることが多い。何よりも、音が差異を表すことに最も大きな意義があるのだとしたら、合成波を分節化しようと思ったらまずは着眼点をある程度自在に引き出せる必要があり、そのためには短い、似たような音を比較しながらその差異をどう表現するか、ということに重点を置いて音記述をするべきだろう。ただ、何の性質を持ってして「似ている」とするかはそれこそ着眼点を見出す問題に帰着してしまうのだが、とりあえず似ているだろうと思われるものからやってみて、着眼点の抽出と、その発見法を冷静に観察する必要があると思う。

 音という空気の合成波を、絵による語彙と文法によって表現する。その試みの重大さは強調するまでもないことだが、そのためにはあの合成波をしっかり分節化できることが前提条件となる。そして表現とは「何かについての表現」なのであって、世界という一つの全体そのものを表現できる訳ではない。私たちが音そのものに立ち返ろうとすれば、実り多い現出の前に圧倒され、言葉を失ってしまう。音そのものの向こう側にある何を選んで表現しようとしているのか。そこのところを明らかにする必要があるのだと思う。


こんにちは!

今回の担当は陸とあかりです。


今回の研究会では大川ちゃんの研究の一環として「音の主観的な記述」を行いました。


研究会のメンバーで部屋を囲むように座り、一人ずつ中心に出てきて様々な音を鳴らします。


各々のスケッチブックには円を書き、その円の中心に自分がいると仮定して自分から見てどの方角に音が聞こえているのか、またその音との距離感はどうなのか、その発せられた音が自分にとってどのようなものだったのかの絵を描きました。また、絵には音の強さであるボリューム、長さ、立ち上がり、音程の高低、響き、音質などその音に対して感じたもの、聞き取ったものを記述しました。

 絵の書き方は様々で、自分とは全く関与しない形で記述している人もいれば、自分の後ろを音が通るように記述する人もいました。中には、自分の身体の中に音が侵入してくるように記述する人もみられました。

 絵を共有してわかったことは目立った音に関しては、多くの人が同じような記述をすることです。例えば、千ちゃんがもってきたゲームボーイアドバンスの起動音。特徴的なのが最後の方に「ピカーンッ!」という実際に星が見えそうな音。多くの人が星型の絵を記述していました。他にも、まさとさんが持ってきた錠剤のはいった瓶をふる音やひろみが用意してきた日焼け止めクリームのケースをふる音は多くの人が箱のような絵を記述していました。このことからわかるのは、この音にはこの記号だという共通認識があるということです。



今日の研究会を振り返って



最初、どのように記述すれば良いのかわからず、少し戸惑いました。いままで、音を絵にすることをやったことがないし、やろうとも思ったことがないからです。ただ、その中でも絵にしやすい音はありました。千ちゃん、ひろみ、まさとさんが持ってきた音、たかひとさんが持ってきたジッパーを開け閉めする音がその例です。そして、そういった絵に限って、多くの人と記述の仕方が似ていました。絵にしやすい音とは、0から絵を作り出す必要がなく、あらかじめ自分の中で音に対応する決まった記号が用意されている音なのではないでしょうか。

次回、自分の絵から、単語、文法を抽出します。音記述において、自分がどういった単語や文法を持っているのか明確に認識する機会です。自分以外の人のものと比較して、どういうことに気づくことができるのか、楽しみです。



あかり

 私は実際に記述をしてみて、同じような絵の書き方をしてしまうことが多いなと後半になるにつれて思っていました。この現象は学期中にやっていた写真日記、写真記述のときも同じでした。おそらく自分の中にある語彙、描き方で見たもの聞いたものを表現しようとしていたために起こったのだと思います。

 また、絵を描いた後に毎回どんな音だったのか言葉でメモを付けていました。後からメモ付きの絵を見返すことでその絵がその音の何を表現しようとして書いたのか、ほとんど思い出せました。そのことは自分の中で音に対するある一定のルールが存在していたということを表しているのではないかなと考えました。自分の絵の比較だけではなくみんなの絵を見比べてみて同じような特徴が見られたのは興味深かったです。今回他の人の絵を見て自分にはない記述の方法を発見したので、次回やるときに取り入れてみたいなと思いました。

 

こんにちは!

 

今回の担当はこまつとたえです。

 

今回は、前回の研究会のグループワークを経て、6つのグループが様々な観点から写真サイクルについて分析した結果を発表した。

 

 こまつのいるグループは、キーワードの変遷について

「継続」「表現スリップ」「分解・抽出」「対極概念」「具体化」「抽象化」「統合」の7つにキーワードを分類していった。

 前回の研究会内でのグループワークでこの7つどれにも当てはまらないキーワードをどうするのかということで長い時間を使ったが、結局答えは出せず、先生にスキーマというヒントをいただいた。分析の方法も自分達で模索しながら、分析結果がどうなるのかも分からないまま進んでいくことは不安があり、ばかばかしくなるような感覚もあった。しかしそんな課題に対して、真剣にグループワークを続けることで少しずつ少しずつ気づきが繋がっていくような感じがした。先生の「おれが研究にしてやる」という言葉を思い出した。

 発表の結果としては、何をスキーマとして捉えるのかをもう一度考え直すように指摘されてしまった。あるキーワードとあるキーワードがスキーマであるか考えたり、上の7つの分類のどれにあてはまるのか考えた時に、そのキーワードは日本語の意味以外にもキーワードを出した人の感覚や感情等が含まれており、一般化することは難しい。しかし、今回のように分析をし発表を行う際に、「人による」という結論では意味がない。いろいろなキーワードの抽出方法があるなかで、それらどれにもある程度当てはまるルールをつくることがこれからの課題である。

 

たえのいるグループは、キーワードにおけるビジュアライズを含めた変遷の表記方法について文法づくりを行った。

その中で私たちがポイントにした作業は、キーワードをビジュアル化することとキーワードの関係を示すことである。

まず、キーワードをビジュアル化する、というのは、言葉の前段階にある感覚を図示することである。すなわち、キーワードに結びついている、感じているものごとや何に注目しているのかを明確にする、ということである。

中でも、キーワードをビジュアル化する方法として私たちの班で出た表記方法は、先日のブログで仙ちゃんとまおが説明してくれたとおりスケッチ地図帳法とスケッチスケッチ法である。

なかでもスケッチスケッチ法は、体験の「生っぽさ」を残したまま抽象できる、というのが大きなメリットとなった。

次に、キーワードの関係を示す、というのは、関係のあるキーワード同士を同じ色にするとか線でつなぐといったことをする際の意味について考えた。

グループで話し合った結果、キーワードの遷移をみたい、という場合には色をつけずに縦のつながり(時系列、遷移)は矢印、横のつながり(同じものについてのワード,強い関連がある)は線でつなぐということになった。グループわけをしたい、という場合には、形の類似性や意味でグループ分けを行う。見ている場所や体験はそれぞれ違うが、「似ている」や「共通性」を見出すことができる。

以上の発表の結果、先生からは、グループ分けとリンクは分けて考えようというご指摘を頂いた。リンクにいくつかの種類があるかどうかが必要であるため、リンクをつなぐ根拠としてどのようなものがあるのかを考える、ということである。スケッチスケッチ法で絵が似ている、というのは一つの根拠となる。そのうえで、それ以外の根拠をを探すにはどうしたら良いのか、準備段階としてどんなものを揃えたら良いのかということが課題である。

 

他の班の発表もとても興味深く、同じ写真サイクルを回すということからも違う視点で分析できるのか、と感じました。

ORFでも深める、ということで今後も楽しみです!

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