俺が研究にしてやる。

慶應義塾大学諏訪正樹研究会の、メタ認知な日々。



こんにちは。

7月も半分が過ぎ、猛暑が続いていますね。水分補給をしっかりとし、熱中症には十分気を付けましょう。楽しい楽しい夏休みを二週間後に控え、レポートやらテストやらが山積みですが、なんとか乗り越えて行きたいです。熱い戦いが繰り広げられた、サッカーW杯はフランスの優勝で幕がおりましたね。日本のベスト8進出は4年後に期待したいです!今回の担当はひとみ&かこです。よろしくお願いします。



〜7月10日の内容〜

今回の研究会では、春学期の途中から諏訪研に仲間入りした院生の坂間さんが今までにしてきた研究についての発表と、現在行なっているグラフィックレコーディングという手法についての議論を行いました。議論を聞きながら、絵を使って議論の様子をまとめるグラフィックレコーディングについて議論が白熱しました。



<ひとみ>

坂間さんが実際にリアルタイムでグラフィックレコーディングの様子を見せてくださって、その手法に興味深さを感じました。議事録は文字で終わらせてしまいがちですが、絵を使った方が一目で内容を把握することができて便利だと感じました。坂間さんは絵を書きながら一枚の白紙の中に議論の流れを表現することは慣れだと仰っていましたが、学部生の議論や質問を聞きながらグラフィックレコーディングをその場で行う様子を見ていて、その即興性に驚かされました。話を聞いたり読んだりするときに、その情景が絵として頭の中に現れるというお話がとても興味深かったです。その延長線としてグラフィックレコーディングという手法があると考えると、この手法はまさに身体性に富んだ表し方であると感じました。



<かこ>

グラフィックレコーディングというものの存在を板間さんのお話を通して知りました。グラフィックレコーディングは文字だけでは表しきれないその場の雰囲気を思い起こさせたり、画像化することによって共通理解が促され、議論が整理されると実感しました。その反面、抽象的に議論が進んでいると画像化するのが難しいことや、話者の言いたいことと記録の画像が乖離してしまう事があることもわかりました。それは議論の中で、”解像度を上げる”ということについて話した特に白熱しました。解像度を上げるという行為はとても身体的で、身体を介した言葉の理解は個人差があるというものを感じる事ができました。それは私の興味分野でもある、自分のための言葉と他人のための言葉について少し繋がっているような気がしました。また、先の予想が難しい即興性のある記録方法で、どのようにスペースを開けておくのか。その身体感覚というのはどういうものなのかと興味深く感じました。




次回はいよいよ最終発表です。

まち歩きの身体性での成果を記した作品を各々製作し、議論をします。


次の担当はまことさん&たくみさんです。

よろしくお願いします!




みなさん、こんにちは。

とうとうセミの鳴き声が聞こえ始めましたね。虫は大っ嫌いですが、セミの鳴き声を聞くと「夏だな」という実感が湧いてきます。研究会も残すところあとわずか。あっという間ですね。これまでの学びを振り返りながら、最終発表に向けてもうひと頑張りしましょう!

 

今回の担当は、ゆいな&みがくです。

 

~今回の内容~

それぞれがやってきた新たな写真日記5つと、自問自答垂れ流し写真日記を、グループごとにまずは話し合い、代表者が一人ずつ発表するということをやりました。発表の中には、話題や着眼点を変える、妄想を膨らますというような意見が多かったように思えます。そして、その発表と諏訪先生の自問自答垂れ流し写真日記をもとに、メタ認知についても改めて考えました。さらに、普通の写真日記と自問自答垂れ流し写真日記では、身体性に違いはあるかということも、個人・グループごとで考えました。

 

<ゆいな>

自問自答垂れ流し写真日記は、普通の写真日記よりも独り言が増えました。これまで、普通の写真日記では、一度詰まってしまったら他の視点に目を向けることで、次の記述を書くようにしていたが、自問自答垂れ流し写真日記をすることで、詰まった時に、なぜ詰まってしまったのか、つらつら記述を独り言とともに書くことで問題点を明確にすることができ、その着目点についてより深く考えることができた。また、写真日記を書いていくうちに、新しい視点が生まれてくるというのはいいことだという話があり、構成的認知論のインタビューの手法についての授業を思い出しました。自分の頭にあることを全部記述するという自問自答垂れ流し写真日記は、現在進行形で、どんどん自分を更新しているようだったなと思います。そして、自分の独り言を聞く、もう一人の自分がいるということを感じました。そのもう一人と自分とで会話しているかのようにするというのが自問自答なのだろうと思いました。そして、町歩きをしている時、思ったことを聞いてくれるグループのメンバーの代わりに、そのもう一人の自分と会話するということも大切に感じました。

 

 

<みがく>

諏訪さんがベルギー戦のモヤモヤを抱えながらコメダコーヒーに入って「自問自答垂れ流し写真日記」をやっていたところを想像すると、諏訪さんがPCに向き合っているのに、表情が変化して、もっと言えばブツブツ独り言を言っていたかもしれない、そう思うとその場に一緒にいて諏訪先生観察をしたかった、もしくはビデオに撮りたかったと思う次第です。さて、前振りが長くなってしまいました。本題に入っていこうと思います。ベルギーに日本が2-3で負けた。この結果をどう受け止めるのか、じっくり考えていく必要があります。まず最も言及したいのは世界トッpp。。授業の話から大きく逸れてしまいました。お詫び申し上げます。実は、授業の内容につきましては結菜が多くを語ってくれていますので、僕がこれ以上話す必要はないと思っています。

それでも、僕からは1つだけ。さかまさんが提示してくれた「どもる」瞬間について。この議題について考えるのは非常に面白かったです。サッカーの話につなげて考えると面白い。身体の発露が現在進行形で湧出し続けているサッカー。そのサッカーにおいてもやはりどもる瞬間はある。そんな時助けになるのが、サッカーの原理原則であり、プレーモデルになる。チームとしての戦術共有が明確化され、やるべきことがはっきりしている時はどもらない。日本代表の選手は2-0になった瞬間に「どもり」が生まれてしまったようにも思えてくる。言葉が曖昧なまま身体の発露を邪魔した。

まだまだ考える余地はありそうなまま、ひとまずブログを締めくくります。唐突ですみません。笑

 

<まとめ>

結局サッカーの話でしか考えられない山本くん。きっと身体にサッカーの風景が刻み込まれすぎているのでしょう。いいのか悪いのか、私にはわかりません。まだまだW杯は続いているので、4年に1度の祭典を楽しみましょう!

※諏訪研究会はサッカー専門の研究会ではないのでご注意を。

 

次の担当は、ひとみ&かこです。

宜しくお願いします!!

みなさん、こんにちは。

あっという間に関東の梅雨明けが発表され、夏日が続いています。太陽の暑さに負けず、今日も元気に頑張っていきましょう!

W杯の予選リーグが終わり、ここ数日は決勝トーナメントが夜中に行われています。日本も賛否両論ありながらも、なんとかグループリーグを突破しました。戦いの世界は厳しいものですね。スター揃いのスペインを破った自国開催ロシアには世界中が驚かされました。ベスト8進出をかけ、どの試合も半端がなく面白い中で今日の夜中、ついに日本vsベルギー戦があります。ベルギーに勝ってくれたらそれはそれは国民としては嬉しいですが、それ以上にこの白熱した決勝トーナメントで唯一ボロ負け、、なんて情けない試合をしないでほしいと切に願っている今日この頃です。

 

今回の担当はひな&たくみです。

 

~今回の内容~

今回の研究会では、主に写真日記の手法と身体性の関係性についてグループワークを行い、その後各班の発表と議論を行いました。これまで2回にわたって行ってきた写真日記の3つの記述(事実記述、解釈記述、経験記述)と、今期のテーマである身体性の関係性についてどのようなことが言えるか、先生のアドバイスにより軌道修正をしながら各班ディスカッションを繰り返しました。

 

<勝木日南子>

前回・今回までにたくさんの写真を取り上げ、自分なりに記述を繰り返したこの写真日記と、身体性の関係性について考えた今回の研究会は、少し難しくもあり、興味深くもありました。まずはじめに私たちの班で行ったグループディスカッションは、写真日記を行うときの行為を分類分けして、その中で見出した身体性について話し合っていました(具体的には歩く、写真を撮る、記述するという3段階)。しかし、3つの記述(事実、解釈、妄想)を分類しながら書くこととその身体性の関係性について考えていくことが指示された時、自分たちもずれているな、と感じ、もう一度話し始めましたが、うまく結論まで持っていくことが難しかったです。普通の日記と写真日記の決定的な違いや、記述を分ける時に身体性も変わってくるのかというところを深掘りしきれなかった感じがします。他の班の発表でたくさんのキーワードが挙がっていたのを受け、もっといろんな角度から思考してみようと思いました。

また、坂間さんのみんなに対する質問は、「メタメタ認知」とつぶやきが出ていたように、非常に高度な研ぎ澄ましが要されることだと感じました。どこまで自分という主体を客観視できるか、頑張ってみたいと思います。

 

<奥平拓海>

写真日記という手法が身体性とどう関わるかでグルワを行い発表したわけだが、これがなかなか難しかった。一ヶ月前のKJ法で大きくまとまったグループ名から身体性を引っ張り出してきて、自分たちのやった写真日記だとどの身体性が事実・経験・妄想の中で色濃く出ているかを吟味できた。事実記述ではものの関係性や属性、特徴などを記述するため、より対象物を見て感じることが必要になる。僕らの班では昔の表札を引っ張り出してきて、「1から6の感覚が使用される」や「解像度を上げて事実に敏感になる」というものを使った。他にももっとあるのであろうが、自分らが出せたのはそこまでだった。まだまだ身体性とは何かという問いには答えられそうにない。事象は出せるがこれといった自分の腑に落ちる説明ができないんだなぁと気がついた。これからさらに身体性とは何かという広い問いを詰めていく展開なので、自分の身体性に対する理解が上がればなと思う。からだメタ認知を行う上で身体性の理解が深く・整理されていることは、ことばの関連性のつながりを生む上で極めて重要なことであると感じている。

 

次回は写真日記をさらに5枚書き、坂間さんの発表を受けた後、写真日記を書くという行為をしている中でつながりが生まれ、気づきがどう加速するのかを認知するということをした発表を行います。

次回は山本くんと石川さんです。

 

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