俺が研究にしてやる。

慶應義塾大学諏訪正樹研究会の、メタ認知な日々。



こんにちは。

サッカーW杯、いよいよ開幕しましたね!!皆さんはどこが優勝すると思いますか?個人的にスペインを応援しているのですが、今年はブラジルやドイツと予測する人がたくさんいるようですね。サッカー好きの人は試合を見すぎて寝不足にならないように気をつけましょう笑


今回のブログは、ゆいな&ひとみが担当します。


~6/12の内容について~

今回の研究会では、玉川学園前を歩いたこれまでの成果をそれぞれが発表するという予定でしたが、途中から、もう一度自分で注目した道を深く見つめなおし、変数や要素を増やすという時間になりました。グループで意見を共有しながら、事実記述・解釈記述・妄想記述、そしてモノ・属性・関係性ということを踏まえそれぞれがもう一度考え直す時間が設けられました。



<ゆいな>

事実記述について、自分自身もまだまだ言葉足りずな状態であったと、説明を聞いて感じました。正直、道を歩いてパッと浮かんできた名前をつけ、変数ということを置き去りにしてしまっていたということに気づきました。実際にとった写真を見てみると、発表しようとしていたものよりはるかに多くの言葉が生まれました。見落としていた事実や、そう考えるまでに至った背景など、かなりすっ飛ばしてしまっていました。改めて考え直し、「やっぱりここがこうだから◯◯という名前」と思う箇所と、「よく見たらもっと違う要素が関係しているからちょっと違うのではないか」と思う箇所があり、新たな気づきになりました。そして写真から見つけた事実を言葉にすることで、なんでその名前が思いついたのかという過程も生まれ、より膨らませて考えることができました。そして記述していて感じたのは、関係性というものがかなり多く含まれるということでした。



<ひとみ>

名前をつけることを第一にしてしまうと、どうしても対象物しか目に入ってこなくなり、視野が狭くなってしまうことに気がつきました。対象の道について感じたこと、その道の性質を読み解こうとするあまり、視野が狭まり、結局なんとなくつけた名前が腑に落ちない状態でした。この原因として、先生がおっしゃっていたように、事実記述が不足していたように思います。その道を構成している外部のものにまで事細かく、まずは観察してみたり、自分がその道に対して感じたことの根本をたどってみると、道全体を風景とした時の、その風景の構成物、具体的には色や光などが大きく関係しているように感じました。性質をあぶり出してみるというよりも、まずは自分が感じたことをとりあえず並べてみて、そこに記述されたものを種類ごとに分類した上で変数について考察してみることで、前回よりもかなり深く考えることにつながるのではないかと思いました。




<まとめ>

来週までに共有された資料を利用して写真日記の書き方を理解しておき、各自10個の写真日記をかき、facebookにアップします。来週の研究会では、二つのストリートについて考えた名称とともに、その際に関係した変数を列挙しながら一人一人発表を行う予定です。

また発表終了後、新しい地図に全員の成果を書き込んで一つのプロダクトを完成させます。





次回の担当はかこ&まことです。よろしくお願いします。


こんにちは!

6月に入り、太陽と雨雲の喧嘩に、地上にいる私たちは混乱させられています。最近は雨雲が優勢な気もしますが、6/5の街歩きの日は雨も降らず、雲が優しく太陽を包み込んでいました。いいことでもあったんですかね。

 

今回のブログはみがく&ひなが担当します。

 

6/5の内容について~

今回の研究会では、先週に引き続きグループに分かれて玉川学園の街を歩きまわりました。街に散らばる変数をそれぞれが見つけ出し、「通り」に独自の名前をつけることを少しずつ始めていく、という回でした。諏訪先生が学会でいらっしゃらなかったので、2時間ほど歩いた後にグループごとにカフェで大きな地図を広げて、感じたことや疑問点などを話し合いました。

 

<みがく>

今日の街歩きはいつもとは違う風景がいくつも立ち上がってきました。単純に前回とは違う場所を歩いたから、ということもありますが。毎週グループで歩いた後に、メンバー全員で集まって話し合うと、自分では気づくことができなかった変数が共有されます。歴史的な背景を立ち上がらせようとする人、宗教施設に注目する人、地形に注目する人。先週、先々週とは違いこの日はたくさんの武器を手に街を練り歩いたのです。武器を多く手にすると、不思議と自分だけの武器も見つかってきます。建物の色、高さ、生えている植物、匂い、風、温度・・・。だんだんと街を歩くことが楽しくなってきます。街がだんだん身体の中に染み込んでくるのです。普段なら何気なく通り過ぎているところを、持っている武器で叩き壊す(比喩です)。新しい発見があり飲み込む。そして身体に蓄積されていく。街に飲み込まれてるのか、街を飲み込んでいるのか、わかりませんが少なくとも街と身体が一体化していく感覚を得られたの確かです。まだまだ消化不良のところもありますが。いやー楽しかったなぁ。

 

<ひな>

最初、きつすぎてたまらなかった街歩きも3回目。駅からすぐ出て左に向かう上り坂を慣れた足取りで班員と登りました。相変わらずせんちゃんと奥平くんの足取りは早く(私が遅い?)、置いていかれまくってました。3回とも違う場所を歩きましたが、景観が全く異なることにどの回が1番好きだった?なんて会話をしながら各々の着眼する変数にもこだわりが出始めてきたのかな、と感じました。歩き始めてからも歩き方が一人ひとり違います。こういう場所には何か隠されていそう!と駆け寄る人、地形的にここはこうなって…と冷静に分析する人、自分の感覚に集中しながら歩く人。最後の共有では、そんなことに着目していたのか、ということをたくさん聞くことができて面白かったです。自分なりの仮説と疑問に対し、これまで身体で感じてきてことと少し得た知識で わかった が生まれた瞬間は、もはやその場所に愛着がわいた感じもしました。次回以降の、それぞれが道にどんな名前をつけたのか発表を聞くのが楽しみです。


<まとめ>

最初は街を歩くことがきつかったです。知らない街で坂道が多くて、くねくねしてて、どこを歩いているんだかわからなくなる。しかし、街歩きも3週目を迎えてなぜだか楽しくなっている自分に気がつきました。あちゃー、諏訪先生の目論見にまたもや気づかされるのです。最初はわけわからんのです。歩き回って、ひぃひぃ言いながらそれでも変数を持ち帰ってくる。それを仲間の元でばらまいて共有。次の週もまたふぅふぅ言いながら同じことをする。そして3週目。まさに身体が街に飲み込まれたのか飲み込んだのか、一体化していく感覚を得られるのです。これには驚いたなぁ。街歩きだけでなくあらゆる学問、ひいては人生のあらゆる場面に適応できるんじゃないかな。とにかくやってみる。飲み込む。消化不良ならもう1回。気づいたら飲み込み始めてると思います。

 

<次回>

次回はSFCでの研究会です。それぞれが通りに名前をつけて、メンバーに共有します。言葉と感覚の間を行ったり来たりになるはず。次回も楽しみです。次回の担当はひとみ&ゆいなです。よろしくお願いします。

こんにちは!
梅雨目前でしたが今回もなんとか雨に降られず町歩きをすることができました。
今回の担当は新造&奥平です。よろしくお願いします。

529日の内容について〜
前回と同様に玉川学園前に着いたらすぐに町歩きを始め、2時間ほど歩いたら鶴川に移動し、みんなでその日の発見等について報告する場が設けられました。より玉川学園という地域の理解が深まった回でした。 

<新造> 

玉川学園の2回目の町歩き。1回目、2回目では、町歩きのさいの喜びの総量が全く異なった。2回目は、断然喜びが少なかった。その理由で一番先に思いついたのが、自身の体調である。ここ最近、頭が重く感じられ、前頭葉のあたりに霧がかかっている。腰の内側には腑抜けた茹ですぎたパスタみたいな芯しかなく、よろこびが薄い。こう行った時、ぼくはじぶんを無理に元気付けたりしようとはせず、この状態で感じられることに目を向けたいと考えます。というのも、「じぶんでじぶんを元気付ける」という構造に冷めてしまって、じぶんがじぶんを元気付けるためにすることに、見知らぬ他者に電車内で話しかけられたような不信感を感じるからです。そう行ったこともあり、今回は、前提として、町歩きにほとんど気分がのらない状態で参加をしました。

1回目の町歩きは、総じて、楽しい時間でした。ただ、この町は坂が多く、歩くと疲れるということもわかりました。その疲れを予見してか、玉川学園に向かう電車に乗ろう、と思うだけで、気分が悪くなりました。この日は朝から具合が悪く、キャンパスで友人を見かけても、ほとんど声をかけることはなく、声をかけられたとしても「。。。」と、なんと反応をすればいいのかわからずでした。ですので、電車に乗って、坂だらけの玉川学園を歩くことは苦痛に感じられました。また、この町歩きの際は、まず駅前で研究会のメンバーと顔を合わせ、そのあと、3人のグループで町を2時間ほど歩くのですが、それが嫌で嫌でしょうがありませんでした。「声を出したくない」「じぶんの今の肉声を人に聞かせたくない」「この精神で考えていることを人に伝えたくない」「このようなどんよりした顔で人前に立ちたくない」など、様々に、集団で行動することを嫌がりました。ぼくは、小学校の時と中学校の時、それぞれ少しの間ですが、不登校がありましたが、その時の記憶が思い浮かびました。こうやって書くと、ネガティブなように見えますが、いま、これを書きながら振り返ってみると、そういった精神状況だからこそ身体が感じ取るものもあるのだ、と考えてみることにしています。ネガティブに見えることも、ネガティブである、というだけでは批判の対象にはなりません。ネガティブな精神が生み落す言葉には、その状況でしか掴めない着眼点がありますし、その時はあきらかに事実関係などの間違っている発言も、のちのち振り返れば、なぜそのような考え方、および言葉がうまれたのかを考えることによって、さらなる着想をえることができるかと思います。

ずいぶんと前置きが長くなりましたが、町歩きをしてみて感じたことについて書いていきます。

所感

帰りたい。家で寝たい。と思いながら、2時間ほどを町を歩いた。1回目の町歩きでは、とても坂の上り下りや、緑、鳥の鳴き声が楽しく感じられた。が、2回目は、坂、緑、鳥の鳴き声が、ただただうっとうしく感じられた。緑に関しては「これから夏が本格化し、緑も旺盛になる。うざったいほどに緑の匂いが自分の体に迫り、まとわりつき、苦しめる。その葉には、さまざまな動物のあとが残っていて、そういった緑に触れることは罪深いことである。人間は傲慢だ」なんてことを、歩きながらのメモに残していた。鳥の鳴き声に関しても、「鳥は鳴くが、人間はどこにいるんだ。私有の道なんて作って、土地はそもそも人間のものでもないだろう。金で土地を買ったきになるな。そんなもの、土地に自分自身を縛り付け、さらに他者を排除しようとして。どこまで欲張りで、上っ面な人間の集まりなんだろう」と、かなり批判めいたことを書いていた。

なぜ、このような感想をいだいたのか

冒頭に書いたように、肉体的・精神的にまいっていた。

なので、町歩きのさいに、周りからの目線が、痛く感じられた。

具体的には子供達がたくさんいた公園などで、かれらの母親らしき人々からの目線が怖かった。

大学生3人が町歩きをしているから、それはこの町の普段の光景ではないかもしれないから、目立つ。かもしれない。

だからなのか、彼らはぼくたちの方をみる。なにかを言われたわけではないが、攻撃をされ、糾弾されているような気持ちになった。その目には、冷たくはないが暖かくもない。アウトサイダーを歓迎するような、好奇心がまったくない。温もりのない肌触りのような視線が、居心地が悪い。ぼくは、これまで少し目立ってしまうことが多かったから、地図を持って歩くくらいのことで、このような目線を向けられると生きづらいと感じた。1回目の町歩きでは、住みたい、とさえおもったが、今回は「もうこんな町には2度ときたくない」と思った(3回目の町歩きでは、非常にたのしく歩くことができ、4回目、5回目とまた歩きたい!と思った)。

じぶんの町の原風景はどういったものか。

ぼくが育ったのは、東京の三鷹市である。ジブリ美術館がすぐ近くにある住宅街の一軒家で育った。小学校は歩いて3分、中学校は歩いて10分、高校は自転車で10分のところに通った。散歩、ランニング、自転車が好きだったので、地域はくまなく回った。そのよくしった町は、玉川学園とはちがって、地理的にかなり平坦だった。似ているところは、公園の緑と、家先のみどりが非常に多いこと。また、家の近くには玉川上水が流れていたり、大学や高校など、緑の多い大学があった。なので、玉川学園の尾根道や、大学近くの道を歩いている時は、既視感を感じた。「あ、この道は、三鷹市のあの道にているぞ」「なぜなら、道路の太さと、緑の生い茂り方。また、家先の緑の種類が似ているからかもしれない。」「もしくは、この季節特有の紫陽花が、過去の記憶を引っ張り出してくるのかもしれない」などと思った。

そのほか

人工的な緑に目が注意を向けてしまうじぶんがいる。緑(植物)がおおい地域だからなのか、緑色の建築や、標識をみると、目を奪われたように、そちらを数秒は見てしまう。視線を外せなくなる。人工的な緑と、植物的な緑は、色味は似ているが、その緑色をはなっている素材の表面のちがいに自然と着目され、その差に体が反応し、目を向けてしまうのかもしれない。その例をあげると、駅をでて左に行ったところにあるファミリーマートの手前の上り座を登る。すると、右手側には豆腐屋さんが屋台で販売をしていて、それを抜けて坂を上ったところにある、グリーンハイツというマンション(アパートかもしれないが)。または、県境にある緑(植物)に埋もれてしまった、「緑地の地図(看板?)」や「緑色の家の屋根」や「緑色の蛇口」など。



<奥平> 

 前回は玉川学園の東側を回りました。前回の街歩き後の報告会にて玉川学園という地域の地形、道路のあり方、など色々この地域を読み解くヒントを得ました。また、帰ってからも国土地理院のサイトを使い、等高線の間を色分けすることなどによって、より深く地形について理解が進んだところで二回目を迎えました。

 前回漠然と歩いていたのとは違い、今回は自分がどの高さにいるのかが分かっている状態で歩いていたため、階段や坂の勾配や長さ、どちら向きに登っているかなどを気にするようになりました。するとだんだん平面だった地図が立体的に浮き上がって見えてくるようになりました。尾根上から見える見晴らしの良い景色や、この辺りの地域で一番低い地点の周りのジメジメした空気などを二回目で初めて気付いたり感じたりしました。

 個人的に気になっていたこととして、地図上の所々に存在するプールサイズほどの水色の四角いものがありました。これは二回目歩く前に調べておくこととして先生から「この地域に降った雨水はどこに流れていくのか」という質問がされていた関連で気になったことです。実際に歩いてみるとそれは調整池(集中豪雨などで降った雨水により河川が氾濫しないように一時的にためておく池)であることがわかり、この地図の最下点であるバスのロータリーの近くに2つと、そこから南南東方向に伸びる太い道路に沿って二つ存在していました。最下点の調整池には50cmほど水が溜まっていて、他の二つには全く溜まっていませんでしたが、ここ二週間はあまり雨が降っていないこともあり、当然かと思われました。集中豪雨などでどれくらいたまるものなのか気になります。(調整池の大きさは10m四方で高さ4mほど)雨水がどの方向に流れ出るかの証拠になりました。
 

 他の班では坂の角度をiPhoneのコンパスで測ったり、家々の表札を見てooさんが多いなどいろいろな発見をしていて、まだまだ見るべきことがたくさんあるなあと思いました。次回はまだ歩けていない県境を越えた横浜市側を歩いてみようと思います。今回指定されている地図の範囲では横浜市の面積は小さいので、範囲外の地域も歩いてみることでこの地域の新たな一面が発見できるのではと考えています。


<次回>
三回目の町歩きです!
次回は勝木さん、山本くんです。

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