鎌倉街道318古道探索

古道探索

鎌倉街道317山椒の擂粉木製作

山椒の擂粉木

今年の乾燥した山椒の原木を「木取り」しました。素性の良いものが滅多にありません。
 真っ直ぐでないと「木工旋盤」になじまないので苦労します。
 何とか技術的にカバーして頑張りましょう。
 直径八センチ前後、長さ50センチ前後です。
 「木取り」の形から70センチ長の物が二本となりました。
 製作が楽しみです。 

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 「木取り」の段階で形を選ぶと、どうしても前後に多数の無駄が出ます。
 後程「筆置き」や箸置きを造る予定です。
 愛おしくて捨てる気になりません。

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鎌倉街道316 鎌倉古道 [王平]

  「王平」
  鎌倉古道唯一の古跡
  久しぶりに鎌倉古道の証跡明らかな「王平」の探索に出かけた。既に林道は原始の姿 に戻り、雑木が生え、道は不確かになっている。
  鎌倉古道の探索を開始して既に40年が経過した。そして、その出発点がここであっ  た。
豊城入彦尊に由来の伝承、伝説の場所である。
 果たして目的の場所を発見できるのか不安であった。


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 途中で発見の黄色四花弁の花
 名前不明、検索中
 お分かりの方、御教えを宜しく。

後日野草に詳しいKさんから「山吹草」とのお教えを頂きました。
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鈴ヶ岳南面の登山コースを約500メートル進むとルート標識
 ここから消え残る旧道を左に入る。

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 約200メートル先で左側に「宮標石」

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 ルートの右側に大石 その上に生える根性の木

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 分岐から約1キロの地点で無事に「王平」の二段石を発見
 久しぶりの邂逅に感激した。
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 この石の直下に「鎌倉古道」が存在した。
 40年前には、この石の西側に円形の平らな土地があった。「王平」の名前の由来である。僅かな時の変遷に、ここは雨で削られ小さな谷に変わっていた。
 同行の0氏が示す下段の大石には無数の亀裂が認められた。
 風化が進み、上の石が落下するのも時間の問題か。
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 昔鎌倉古道を教えて頂いた仙人の声が甦る。
「大昔、この石の上で豊城入彦命が訓示したっちゅうのう」





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 前掲の「宮標石」
 写りが悪いので再掲
 明治新政府の時、宮内庁御料局が全国の御料地に設置した境界石
 「宮」の字をデザイン化した形がユニークである。



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「王平」の供え餅のようなこの石は、偶然に落石が重なったのか。有り得ない偶然である。古代人が石を乗せたと解するのが自然である。ただそれが技術的に果たして可能なのか疑問である。現在は、私でも揺することができる。何時落ちても不思議ではない。
 鎌倉古道の中で、一番興味の注がれる場所である。ここから数百メートル北に「御殿山」と呼ばれる場所がある。「豊城入彦尊」の御殿があった場所との伝承がある。
 この辺りは、キャサリン台風の影響が一番少ない場所であり、古道の雰囲気が色濃く残る場所でもある。
 残念なのは、もう私以外にここを知る人は唯一人であろうということだ。




鎌倉街道315鎌倉古道の探索

鎌倉古道の探索




 鎌倉古道に取付かれて40年
 前橋から沼田の間で、唯一不明の間が赤城の船ヶ鼻山から砂川に至る間である。
 渋川市深山地区の最奥、「荷場」の東北の丘陵地を登り船ヶ鼻山から「赤鉄塔」を抜け右の谷に降りて「砂川」から「青木」に出る。
 このルートの右に降りる場所が未だ不明である。

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 初めて「砂川」に出掛けた。部落の入り口に立派な「大洞神社」
 つい最近祭礼が行われた様子である。
 赤城大沼湖畔の大洞の赤城神社の分神らしい。

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 古い石祠が左に一基右に三基鎮座
 形と風化の様子から歴史は約200年前後かな


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 部落中央の空き地に立つ石仏
 寛政9年の年号が見える。
 十数軒の民家に人影はゼロ 静かな山間の部落であった。
 沼田市の図書館で古道の調査をするも関係の書物はゼロ
 職員の方の協力には感謝
 
 利根郡誌(全)P588
 砂川=赤城山入間地より発する赤城川砂礫多し。もって砂川と称す。この地開祖は新田氏の譜代荒井、石田氏なり。
 の一文が収穫 やはりこの山間に重要な古道の存在が認められた。

鎌倉街道314双林寺

双林寺

以前白井長尾氏の菩提寺「空恵寺」を散策
今回は、白井長尾家の祖、長尾景仲の開基「双林寺」を散策、その威容に感動した。
 この寺は、渋川市にある曹洞宗の寺院である。
 山号は最大山。院号は春日院。本尊は釈迦如来

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「不許葷酒入山門」禅寺に必ず立っている石柱
 酒飲みの私には痛い言葉である。

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 壮大な山門 珍しい「最大山」の山号
 装飾のない古色蒼然の木組みが堂々と鎮座
 圧倒的な存在感と歴史の重み
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鎌倉街道313春の奉納演武

深山金山宮春の奉納演武
 4月23日
 法神流発祥の地、深山金山宮に地縁の知心流知心五行派刀流が奉納演武を初めて20年の節目を迎えた。



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 知心流遠祖は、新田義貞公の三男新田義宗である。
 金山宮は、新田義貞公が、鎌倉攻めの際、戦勝を祈願して神刀二本を奉納し戦勝を得たことに起因してその地縁から祭日に奉納演武を始めたものである。

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 右は、私が最高顧問をつとめる知心五行派刀流宗家大野英俊(剣道7段)です。
 既に40年のお付き合いになります。

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 手前のアメリカ人は知心流の門弟で日本で高校の教師をしながら古武道の修行に励む
シャノン・イエックリーです。

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演武を見学の参詣者
この宮までに350段の石段を登ります。参列が毎年きつくなりました。 



鎌倉街道312今年の本山椒

今年の本山椒

 



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未曾有の大雪の連続で、漸く山椒を採取しました。今年の山椒です。


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切り口に木工ボンドを塗って、ひび割れを防ぎます。山椒は硬く、乾かすとすぐにヒビ割れます。良質の山椒ほどヒビ割れが早いので早めの対策が必要となります。


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素性の良い山椒の木は滅多にありません。蝦蛄万力でギリギリ絞めて伸ばします。
このひと手間が苦労します。


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鎌倉街道311早春の鈴ヶ岳

早春の鈴ヶ岳



 数十年来訪れていた鈴ヶ岳 
 今年は特別に降雪が続き入山できなかった。1週間前も雪に阻まれて引き返した。
 やっと対面した鈴ヶ岳は、気温20度を超える夏日であった。


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 中央の黒い部分が「幕岩」その裏に人が屈んで入れるほどの洞窟がある。
 数年前に中に入ろうと近寄ると、猛烈な獣の臭い。
 熊が入り込んでいたのだ。
 残念だが引き返した。
 その後腰痛になり再訪を控えている。
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 左のネコヤナギは既に柳絮が飛ぶほどに満開であった。
 短い春から一気に初夏の気候であった。
 
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 鈴ヶ岳南面を新道の箕輪に抜ける途中の「木津山」の北側に懸る堰堤
 カモシカが横になって休んでいた。
 見ていると立ち上がって振り返るが動かない。
 木の枝が邪魔なので、少し車を移動して撮影したがやはり枝が邪魔をする。
 カモシカの先は堰堤の段差があり進めない状況
 可哀想なので早々に移動した。
  この日は、数頭の日本鹿を2回、山鳥、タヌキ、栗鼠、オオタカ等山の住人に邂逅
  満足の山行であった。

鎌倉街道310三原田神社春祭

三原田神社春祭


 神社の総代長も二年目となりました。春祭りは三原田神社伝統の「獅子舞」です。
 始まりは江戸時代中期、時の諏訪神社、光徳院の別当「快雄和尚」の創案と伝えられております。
 諏訪神社は我が家の南西200メートルに存在しまして江戸末期に廃寺 
 15年ほど前に、土地の整備事業の際跡地から日本最古の「瓦塔」が発見され当時新聞を賑わせました。
 子供の頃は、その跡地で土器や矢尻を拾って収集した記憶があります。
 「獅子舞」の目的は五穀豊穣です。

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 お囃子は、小学生を中心に練習を重ねてきました。

鎌倉街道309母の残影

 母の残影ー残された花
4月6日、7日の暖春で、水仙が一気に咲きました。花好きの母が育てていたものです。
 5年前に亡くなって一度も手入れをしないのにその元気さに感動しました。

 撮影中に気付いたのですが、水仙にも随分種類があるのですね。

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