2007年09月

2007年09月30日

六者協議が死のうとしている

 六者協議が死のうとしている。

 大げさではなく私はそのような危惧と怒りを抱いています。中国の交渉姿勢、韓国の交渉姿勢はもちろんのこと、日本の唯一の同盟国であるアメリカの交渉姿勢すら、東アジアへの関心の低下が著しいこともあって、急激に変化していることを我々は注視すべきでしょう。

 六者協議の当初の目的は朝鮮半島の不可逆的な非核化であったはずです。それがいまや「交渉の決裂を避ける」ことだけが目的となってしまっているようにしか見えません。そのために事実上のテロ国家である北朝鮮の要求をほぼ呑んで、北朝鮮が受け入れられるような要求しかしない、そんな対等な交渉の場となってしまったのが今の六者協議です。中国が示した合意文書の素案を見てもそれは明らかです。

 しかし振り返ってみれば、六者協議は北朝鮮に核放棄・大量破壊兵器の放棄をさせ、拉致問題のようなテロ行為をやめさせるための国際的な圧力の場だったはずだったのではないでしょうか。

 ミサイル発射や核実験から時間が経過し、国際社会は北朝鮮が国際秩序に挑発を繰り返すテロ国家であったことを忘れてしまったようです。

 「核廃棄・テロ行為をやめさせる等の結果をだすことではなく交渉をまとめることが自分の手柄」という感覚に実務者レベルではアメリカは陥っているのではないでしょうか。北朝鮮との軍事同盟関係を死守しその崩壊だけは何としてでも阻止したい中国、北朝鮮との関係改善だけが自らの功績と考える今の韓国政府、これらの国々と北朝鮮の核・ミサイルの標的となっている事実上唯一の国であり拉致被害者を抱える日本とでは全く立場は異なって当然であります。そしてあえて付け加えれば、自国の国益というエゴをむき出しにしたこれらの国ではなく、テロ国家と戦い核の保有を断固として許さないという日本の主張こそが国際社会における正論である、このことを我々は忘れるべきではありません。

 日本としては、そもそも北朝鮮と緊密な関係にある中韓はともかくとして、少なくともアメリカに対してはその最近の姿勢の誤りをきちんと指摘していくべきでしょう。銃を持った強盗に対してその銃を取り上げて逮捕するのではなく「その銃を撃たなければいい」という口約束を取り付けるだけで満足している、もしくは相手が飲めることだけを要求としてそれで相手に要求を飲ませたといって満足するという最近のアメリカの態度はおかしいのではないかと。
 交渉の当事者が見たい現実しか見ていない、客観性を欠いてしまっているのではないかということを伝えなくてはなりません。中途半端に交渉をまとめ体裁を取り繕うことがどのくらいこの東アジア地域の将来に禍根を残すかという点と共に。

 北朝鮮に対しアメリカがどの程度断固たる姿勢で臨むのかは、北朝鮮の脅威にさらされ、中国という潜在的な脅威を身近に持つ日本としては、アメリカが本当に有事の際に日本を守る覚悟があるのかのリトマス紙でもある、それが出来ないようであれば日本も独自の防衛能力を持つことを検討せざるを得ない、そんな瀬戸際なんだということをアメリカのトップに日本のトップが伝えることも今の喫緊の課題です。

 日本の政権が変わりこれからの日本の外交姿勢がどうなるか不透明感がある国際社会に対し誤解が生じないよう臨んでいくことが非常に大事なのです。

 もちろん交渉事ですから硬軟両方から責めることは当然大事であってそれを否定するわけでは当然ありません。しかしながらそのような交渉のテクニックに振り回され、結果として何をしなくてはならないのかという大局的な判断を誤ってしまっては本末転倒です。私は最近の経過を見てそのことを心より恐れているのです。衆議院外務委員会に身をおく政治家として国会やその他の場でこうした点を今後も厳しく追求していくつもりです。


 それにしても一連の流れを見ていて思うことは、先入観を排除することや視野を広く保つことの難しさ。
 先の総裁選でもそうですし、他の場面でもそうですが、事実と願望をきちんと区別すること、自分の考えと相反する情報をいかにきちんと客観的に受け止めることが出来るかどうかが、人間の器量の大きな分かれ目だと改めて感じた次第です。まっさらな目と心で目の前にある事実・現実を受け止めること、普段から心がけていなければ出来そうで出来ないことなのかもしれません。
 自らの反省も含めて、これからもきちんと修行していきたいものであります。

 

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2007年09月26日

構造改革、六者、気候変動・・・内外に課題は山積

 総裁選が終わり、昨日組閣も行われ、福田政権が発足しました。これからも党内や永田町の内輪の論理で政治が行われることのないようしっかりと頑張っていきたいと思います。

 日本がこれから進む道には、しがらみを断ち切らなければ進まない問題、相当の覚悟が必要な問題が山積しています。日本のこれからを考えれば、そうした問題の処理を誤まるわけにはいきません。そして、しがらみに配慮して「何もしない」ということももはや許されません。党内の議論で、国会で、積極的に議論にかかわっていきたいと思います。

 外に目を転ずれば、六者協議が目前、気候変動に関する国連ハイレベル会合も開催と重要な動きが進んでいます。これらについて言えば注目点は次の点に限られるといって良いでしょう。

 六者協議に関しては表面的な動きはともかくとして実質的には北朝鮮の「申告」をどう検証するか、核廃棄をどう検証しうるかという点にかかっているといってよいでしょう。ウクライナのケースなど過去の経験もいかして進めるべきでしょう。また気候変動については、途上国のうちの新興国、中国やインドを如何に実効的な枠組みに組み込むことが出来るか、規制にエネルギー効率の要素をどうやって組み込むことが出来るかにかかっています。

 各国のエゴが表に出るにしろ出ないにしろ国益がぶつかり合うのが国際政治です。である以上は国際的なルールや枠組みは「守るもの」ではなく「つくるもの」でもあるはずです。日本として積極的に打ち出していくべきものもあるのではないかと私は考えています。特に北朝鮮問題や環境問題については上で述べたポイントについては日本の国益と大義が重なり合う部分が多いのですから堂々と国際社会に発信すればよい。そうする中ではじめて見えてくるものもあるはずです。内向きな政治では国際競争に生き残ることは出来ません。

 そんな視点も忘れることがないように気をつけつつ今後も日本のため頑張っていきたいものであります。。

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2007年09月25日

安倍総理の会見の真実

 今日の安倍総理の会見で「麻生氏にだまされた」「クーデター」説は完全に否定されました。どうしても国民の皆さんにお詫びをしたいと言う強い総理の意思と共に、「このことをどうしても否定したい」そんな安倍総理の意地を感じました。その病重いであろう姿に重ねてみたとき、政治的な空白を作ってしまったことを改めて国民の皆さんにお詫びしなくてはと思うと共に、正直非常に胸打たれたのも事実です。

 そこまで安倍総理が否定したかった「騙された」発言、麻生太郎氏が常々我々に言っているように「いちいち取り合って品格の無い泥仕合をすることは無い。事実は重い。」とは私も思うところです。総裁選が終わった今、国政に全力投球すべき、まさにそのとおりでしょう。しかしながらこのことはさらっと流していい問題なのか、正直私には判断がつきかねます。

 このことを吹聴した議員が数名いたことが今回の総裁選の結果にもたらした影響は無視できません。派閥の談合で決められた流れが変らなかった原因としてこのガセネタ発言を数名の国会議員がふれて回ったこと、そしてメディアがそのようなガセネタをさも本当であるかのように報道したことの二点が今回の総裁選の結果に与えた影響は非常に大きい。派閥談合、密室政治を、自民党の、そして何よりも国民の良識が覆すチャンスを封じたという意味で、このガセネタをあちこちで言いまわった数名の自民党議員の罪は日本の将来、政治、自民党そのどれに与える影響を見ても万死に値するといわざるを得ません。

 このようなガセネタが流布するためには、発信源とそれを報ずるメディアの二者があって初めて可能です。発信源は先に述べたとおり万死に値する。国のことを考えず自らの保身、エゴ、利益のみを考えたその数名の行動にはあきれ果てるばかりで何らコメントする気にもなりません。しかし同時にそのような人物のいうことを信じ裏も取らずにこれを報じたメディアの役割も忘れるわけにはいきません。

 もちろん、現場の記者は裏をとらずに報道した罪は責められてしかるべきですが、悪意があっての報道ではなかったのかも知れない。おそらくはそうでしょう。であれば、今、総理の会見で嘘が明らかとなったわけで、いまこそ、誰がそのようなガセネタを嘘と知りつつふれて回っていたのか、明らかにすることがせめての報道の良心ではないのでしょうか。調べるまでも無くその記事を書いた記者はその情報源を知っているはずなのですから。政治家として今後もそのガセネタを意図的に流した人の言動に国民は接するわけで、その人がどのような人物かをきちんと視聴者に情報提供することも報道の役割なはずです。正直、今回の謀略報道を仕組んだ人間の罪は民主党の偽メール事件よりよほど悪質性に満ちたものとすら思えてしまうくらいです。

 私は直接親しく接したことがあるわけではありませんが、もちろん福田総裁はそのようなことをする、もしくは黙認する方ではないでしょう。本人には罪は無い。また自民党の政治家として、同僚議員も多くが入っている福田陣営が戦略的にガセネタを嘘と知りながら組織的にそれを流していたとも信じたくありません。そんなことは無いはずです。

 だからこそ、「安倍総理が「麻生幹事長にだまされた」と言っていると側近議員が言っている(確かこんな報道でした)」という報道の登場人物をきちんと明らかにしてほしいのです。私は結果として総裁選に勝った福田政権が談合とガセネタでつくられた政権と言われることがないよう、きちんと真実の究明をマスコミ、福田陣営にお願いしたいと思う次第です。

 政策論争やリーダーの資質、日本のこれからへのビジョンと全く別のところで決まってしまった今回の総裁選挙、せめてこの薄汚い謀略を担った議員とそれに乗った議員を明らかにしてそれなりの処罰をし汚れたイメージを払拭することなしに自民党の再生は一歩も踏み出せない、そして古い密室政治を打ち破り新しい正々堂々と開かれた政治を実現することもできない、そんな危機感を持っているのは私だけではないはずです。

suzuki_keisuke at 01:34トラックバック(0) 

2007年09月23日

総裁選前夜の決意

 いよいよ明日が総裁選の投票日です。「旧い自民党」と「小泉改革以降の新しい自民党」の対決、どのような結果が出るのか、誰がどのような信念でどう投票するのか、ぜひ注目いただきたいと思います。

 今日は麻生陣営としては昼に仙台、夕方には新宿と二ヶ所での街頭演説を行いました。仙台では福田候補と一緒の演説会でしたが、やはり国民のみなさんの熱意が非常に感じられる街頭演説となりました。一部の支援者からの拍手を受ける候補と聴衆全体からの湧き上がるような声援を浴びる候補、密室での談合が大きく日本の首相選出の流れを作ってしまうという旧い永田町政治復活への怒りと、この時代に政治が逆戻りしてしまうことへの強い不安が如実に感じられるシーンでした。

 加えて午後になり判明した党員投票の結果。党員投票でなく一部の代表によるある意味での密室で結果が決まってしまった県も数多くある中で、党員数が多く、陣営からの締め付けも効かない東京、大阪、兵庫等の人口が多い県で、麻生候補への票が福田候補への票を上回ったことが意味することは非常に大きい、そんな思いを抱きました。

 今回の総裁選は永田町から離れれば離れるほど支持が増えていく、そんな戦いでありました。そして様々な討論や演説での評価や声援も明確に麻生候補の方が勝っている、そんな状況でした。永田町の閉ざされた空間の中では圧倒的な劣勢でありながら、攻めの戦いが出来た、そんな実感を持っています。麻生太郎候補も、快活な明るい素顔の上にも戦う顔が目立つようになってきた、テレビでもそんなコメントをさせていただきましたが、そんな印象を強く持っています。非常に前向きな戦いが出来てきた、我々麻生候補の陣営にいる集団はそんな感覚を共有しているようです。

 なぜか。それは政治を密室の談合から政策本位、国のビジョンを争う、そしてそれを広く国民の皆さんにお見せして国のリーダーとしてどちらがふさわしいのか判断していただく、そんな大義がこちらにはあったからではないでしょうか。そして、理不尽にスタートラインにも立てない人がいる状況を打開するなど徹底的な機会の平等により活力を生み出す真の構造改革、国益を重視しながら国際社会に日本の独自性をもって貢献していく外交、そして「国づくりは人創り」、日本の底力への信頼と未来への確信という明確なビジョンがこちらにはあったからではないでしょうか。

 私は政治とは本来そのようにあるべきものと強く思っています。これからも、様々な場面で、「なあなあの政治」を打破し、この国のあるべき姿を巡ってのポジティブな競争を出来るような政治の実現に向けて微力ながら頑張っていきたい、総裁選を明日に控え、結果に思いをはせながら改めて決意した次第です。政治に携わっている限り、このことを忘れず頑張っていきたいと思っています。

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2007年09月20日

総裁選の渦中で思うこと

 昨日は麻生太郎候補とともに茨城の山村へ視察に赴きました。農家の方々やその地域に住んでいる方々との意見交換の模様は報道でご覧になった方も多いかと思います。

 高齢化が進む過疎の村でも秋葉原や渋谷、大阪、高松と同じように集まった方にもみくちゃにされながらの握手、そして「麻生さん負けないで」という熱いご声援をいただきました。ビール箱に乗り、マイクなしでの演説に熱心に聞き入るたくさんの瞳。その後の熱気。全国津々浦々に真の活力を行き渡らせるためにもこうした声を、思いを受け止め頑張らねばならんな、改めてそう感じました。

 このまま派閥の領袖の談合で決められた流れにより政策ビジョンや国家観と関係ないところでこの国のリーダーが決まってよいのか。そんなことをしていてはこの国の先行きは危ういのではないか。そんな危機感をその後の別の場所での意見交換などを通じ強く感じたところです。

 それにしても、今回総裁選の渦中に身を置いて感じたこと。改めて政治の世界のいろいろな部分を垣間見ることとなりました。意図的に流される怪情報、それに乗っかる報道、いろいろな思惑が渦巻いている世界です。怪情報はやがてその真偽が明らかとなる。実際今回の件も少しずつ真相が明らかとなっているようではありますが。

 そんな中で「俺は誰かを非難するようなことは絶対にいやだ。そんなことよりもこの国の将来への思いを訴えるんだ」という総裁候補がいる、そしてその周囲も状況への怒りを胸に秘めつつ内輪で泥仕合をするよりも国民との対話、コミュニケーションに重きを置こうとする。それは時として甘いといわれるが、旧い政治を打破する萌芽ともいえるのかもしれません。この国をこうしたいというビジョンを元に国のリーダーが選ばれる、そんな総裁選、そんな政治を実現させるためにこれからも頑張っていきたいと考えています。よろしくご支援をお願いいたします。

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2007年09月17日

自民党総裁選

自民党の総裁選の立候補者の届出が14日の金曜日にありました。今度の総裁選は麻生太郎候補と福田康夫候補の一騎打ちという構図が確定しました。

14日朝、届出前に自民党本部で行った麻生陣営の決起大会、そして推薦人の名簿を見て改めて思いました。前回の総裁選挙のときからの麻生さんを支持してきた政治家に加え、前回は安倍さんを支持した政治家、中でも再チャレンジ議連を中心に、新しい時代の扉を開こうとして若い安部総裁の誕生に賭けたグループが今回は、各派閥の締め付けを跳ね除けて麻生陣営に馳せ参じてきています。政治を変える、日本を変える、この国の将来に熱い思いを持った政治家がここまで集まったということは確実に何かのメッセージでありましょう。

 福田氏云々ではなく、派閥の談合で国民を無視した「旧い永田町政治」が、明確な国家ビジョンを持ち堅固な信念を持った麻生太郎候補を凌ぐような事態はこの国のために断固として許してはならない、そんな怒りにも似た思いがふつふつとわきあがり、今の理不尽な困難な状況にアドレナリンが噴出しています。

 昨日の東京を皮切りに街頭演説で国民の皆さんに直接のお訴えをさせていただいています。渋谷、秋葉原、特に秋葉原はすさまじい熱気でした。この熱気を、今の閉塞感を打破するパワーを全国津々浦々に広げていきたい、この国の将来のため、そう思います。

 次の選挙で派閥談合の旧い自民党、党内独裁のバラマキ政治の民主党、社民党、共産党、これしか国民に選択がないような選挙をすることはこの国の将来のために決してならない。

 地域間格差の是正により機械の平等を徹底し自由競争の原則を貫き、官から民へ、中央から地方への原則の下「小さく強い政府」を実現し、外交においても国益を見据え厳しいリアリズムに立って毅然とした態度を貫く、そんな強いリーダーは派閥の談合、しがらみだらけの旧い政治からは決して生まれません。
 
 昨日の麻生氏の党本部での演説「後世、歴史家が振り返るとき、古い自民党と小泉改革以来の新しい自民党との再試合であったと、そう記述するだろう。どんな結末をもたらすのか、我々に課された責務は重大である。我々は国民の目を強く意識し、政策をもって白黒つける戦いを堂々と戦う」、まさにそのとおりでしょう。
 
 あと一週間、懸命に頑張っていきたいと思います。派閥という内輪の利益、自分の出世欲のためではなく、自民党、いや日本の将来のために何が必要なのかを真剣に考えての選択が政治家には求められると思います。

 もちろん何でもいいから派閥談合に反対の人は麻生氏支持へと言っているわけではなく、例えば、北朝鮮の事情に配慮することも大事だ、派閥の領袖に配慮した政治が日本のために大事だ、というような信念があるのであれば、それは政治家としての信念でありますから福田氏を支持すべきでしょう。しかしそうでないのであれば一度は総理大臣として、日本のリーダーとしてどちらが本当にふさわしいか、この国の将来に責任を持つ政治家として自分自身の目で判断し頭で考えるべきであろうと私は考えます。

 これをお読みの皆さんにも、福田総理が既に確定したかのようなマスコミの論調に流されることはなく、誰が、どんな信念を持ったどんな人物がこの国の総理大臣にふさわしいのか、大いに考え、声を出していただきたい、そう思っています。何もせずに後で不満だけを吐き出す、そんなことをしても何も変らないことは既に我々は学んだはずなのですから。

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2007年09月14日

自民党総裁選事実上のスタート

 衝撃的な安倍総理の辞意表明から二日が経ちました。一昨日はちょうど本会議前の代議士会に出席しようとしていたところに突如として「安倍総理が辞意表明」という一報が飛び込み騒然とした中で本会議の流会という状況で、我々にも状況がなかなかつかめないという状況でした。入院されたとの報道もある安倍総理の一刻も早い回復を祈りつつ、自民党の政治家としてこの時期の辞任により与えてしまった諸影響を心よりお詫びしたいと思っております。

 さて、一日が経った昨日から、永田町は次の総理総裁を巡る新たな展開を見せています。総理が突然辞意を表明するという緊急事態の中、内外の厳しい諸情勢を考えれば一刻も早く後継の総裁を選出することが必要です。そして、今後の日本を託すのに最もふさわしい人物を選ぶことが今の自民党の責務であります。日本の将来のため今必要なのは何なのかを民意を聞きながら一人一人の政治家がきちんと考えリーダーを選ぶことが求められているわけです。

 そんな観点からすると、私は今の永田町の状況に怒りを感じずにはいられません。

 私は少子高齢化、グローバル化、環境問題や東アジアの安全保障環境という日本のおかれた状況を考えれば、もちろん歪みを修正する努力は必要ですが基本的には日本の競争力の根幹である社会の活力を生み出す機会の平等や自由競争の原則を軸とする構造改革路線の断行、対外的にはきちんと長期的な国益を守るためのリアリズムに基づいた外交といった国家戦略が必要であると考えています。またこれまでの、しがらみにがんじがらめになり思考停止に陥っていた日本の社会状況を打破し、頑張ったものが報われる真に自由な社会を実現していくことが、日本がもう一度飛躍するためには必須だと考えています。そしてその考えはひずみへの対策が足りなかったためにお叱りをいただいてはいますが、原則としては小泉構造改革路線への高い支持という形で皆様のご理解とご支援をいただいていたはずです。

 にもかかわらず、それと相反する主張をして行動してきた派閥連合に担がれた福田氏に派閥の論理、永田町の内輪の論理で党内の支持が集まり、国民の支持が高い麻生氏には党内基盤が弱いために政策云々以前に永田町の支持が集まらないというのが現在の自民党内の状況です。報道を見る限りでは、まさに森総理誕生の際のような「新五人組」による候補者擁立という密室の談合が生み出したねじれといえるのかもしれません。日本の将来のためには、このような状況を決して許すわけには行きません。

 しかも、そのような流れを望む向きからいろいろな恣意的な情報がメディアに流されるという全くフェアでない行動すら耳に入る状況に私は更なる怒りと憤りを感じているというのが私の現在の偽らざる想いです。

 今回の総裁選はまさに、「脱派閥」対「派閥」、「国民の支持」と「党内の内輪の支持」、「改革断行」か「改革後退」か、という選択であるというのが現実でしょう。候補者を取り巻く環境の「脱派閥の集団」対「派閥連合の候補」という実情を見れば真実がお判りのことと思います。これに対し、細かい点にはここでは触れませんが、いろいろな理屈をつけて、イメージを逆に操作しようという動きも見られます。

 しかし、我々はこの国の将来のためにこの戦い断じて負けるわけには行かないのです。今こそ、旧い内輪の論理の政治を、打破しなくてはならないはずです。これからこのことを、永田町に対する内向きの働きかけではなく、国民の皆さんにお訴えをして、まさにこれをお読みのみなさんの力をお借りして今の永田町の旧いしがらみを根本から変えてきたい、そんな象徴として今回の総裁選挙を戦っていきたいと思っております。皆様のご理解とご支援をお願いいたします。


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2007年09月10日

テロ特措法延長問題のポイント

 今日第168回国会(臨時国会)が開会します。APECにおける記者会見での安倍総理の発言でも明らかなように、今国会最大のテーマの一つはテロ特措法の問題となることは間違いが無いようです。

 この問題については、「『911に代表されるテロという何の罪も無い人々への無差別殺戮という犯罪行為に対する国際社会の一致団結した戦い』から日本が離脱していいのか」という点、そして「中国、北朝鮮という軍事大国の隣に位置する日本が日米同盟関係を危険にさらすような行動をとって大丈夫なのか」という二点がポイントだと私は考えています。

 最初の点については、ヽぞ綣衛隊の給油活動はパキスタン海軍が対テロ戦争を続けていく中で死活的に重要であり、イスラム国家が対テロ戦争に加わることで宗教戦争の色合いをなくしていることに日本の自衛隊が非常に大きな役割を果たしているという意味合い、そして、国際社会が国連の決議に基づいて行っている行動に自衛隊がその活動の一員として活動していることに対する各国からの高い評価という点などから判断して、海上自衛隊がインド洋での洋上給油活動から撤退すれば、そのことがテロという卑劣な行為への姿勢を通じて日本という国の国際社会における評価を著しく傷つけるリスクがあることを我々は覚悟しなくてはなりません。このことは、日本の離脱の可能性に対してアメリカのみならず各国の首脳から深い懸念が表明されているからも明らかです。


 そしてその次の点についても、8月27日の朝日新聞への寄稿(英語版は29日)で、マイケル・グリーン、カート・キャンベル両氏が「日本が抜けたら、米の次期政権が日本の同盟国としての信頼性に疑問を抱くことは避けられない。それは共和党でも民主党でも変わらない。」と指摘していることは注目に値します。両氏はそれぞれブッシュ政権、クリントン政権の東アジア担当の高官でありました。

 中国の軍事的台頭と北朝鮮のミサイルが日本を向いている今の日本の地政学的な環境を考えた時、そして日本の軍事力と今後の現実的な可能性を考えた時、日本が日米同盟なしにこの地域で今の地を確保し安定と繁栄を続けることは不可能と判断せざるを得ません。自衛隊のインド洋からの撤退がアメリカの対日観に与える影響がグリーン、キャンベル両氏の指摘のとおりとなる可能性は高いことを考えれば、現在の日本がおかれている状況下でテロ特措法の延長を行えない事態は日本の安全保障上、長期的に非常に大きなマイナスを与えるということを今一度冷静に我々は考えるべきではないでしょうか。

 確かに先週出席した日台関係のシンポジウムでも議論され、私も議論しましたが、北朝鮮問題や中国問題へのアメリカの対応を見ていると、ワシントンの東アジアへの関心の低下とそれに伴う中国への「丸投げ」「事なかれ主義」には深刻な懸念を抱かざるをえないのは事実です。もちろんその点はいろいろな機会に日本の危機感をワシントンに物申すことも必要でしょうし、日本はアメリカの属国ではないわけですから、アメリカがきちんと日本の国益に同盟国として配慮せざるをえないような状況を作り出していく努力も我々はしていかなくてはなりません。

 しかしながら、中国等と比較すればアメリカが価値観も共有し信頼できるパートナーであること、そして日米関係を見れば日本にとっては少なくともアメリカとの関係は死活的な問題である現実を考えれば、日本としてはアメリカとの同盟関係自体をリスクにさらす様な行動をしてまで守るべき国益は少なくとも国際社会においては殆どないはずです。日米同盟の根幹にかかわる部分をアメリカとの駆け引きの材料にすべきではないのではないでしょうか。

 日本がすべき努力はアメリカの日本への信頼を失わせるような駆け引きをすることではなく、アメリカにとっても日本が死活的に重要となるような関係を価値観、経済、政治、安全保障、さまざまな面から築いていく努力なのではないでしょうか。その結果日米関係を健全で全体的で見れば対等な双務的なものとしていくことなのではないでしょうか。

 同盟関係は所詮はただの紙切れです。お互いが常にそれを維持するようにメンテナンスしなければ、実質的な効用はなくなり形式的なものとなってしまうことを我々は忘れるべきではありません。

 今の日本が日米関係なくしてはこの地域で安全を確保できない現実を見れば、我々は日米同盟の根幹にあるアメリカの日本への信頼というものを危険にさらすような真似をすべきではないのではないでしょうか。

 私は以上の理由から判断して、日本の自衛隊のインド洋での洋上給油活動の継続が日本の国益にとってベストな選択と判断しまています。今後、私も委員となっている外務委員会、テロ対策特別委員会等の場できちんと国益を軸とした議論を展開していきたいと思っています。これを読まれている皆さんに何かご意見がありましたらお聞かせいただきたいと思っています。

 国際政治において内向きのプライドは百害あって一利なし、冷静なリスク分析と行動のみが国益を守る唯一の方法ということを最後に強調させていただいて、今日の稿を終わらせていただきたいと思います。

*ご意見はメールでoffice@suzukikeisuke.jpまでお寄せいただければ幸いです

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2007年09月07日

台風9号とスウェーデン

 いやはや大変な台風でした。

 今は北日本で猛威をふるっているとのことですが、東日本も含めてまだまだ風雨やまず、河川の増水も依然としてそのままということで、皆さまのご無事を心よりお祈りするとともに、被害にあわれた方には一刻も早い復旧を祈念申し上げる次第です。
 行政、政治それぞれの立場で、今回の被害の復旧と共に今後の備えをさらに進めていかなくてはならない、首都圏を中心とした災害への脆弱性を見るにつけ、改めてそんなことを痛感しています。

 さて、話は変りますが、昨日は、来日中のスウェーデン国会の防衛委員会の国会議員団が国会を訪れ、こちらの衆議院外務委員会の委員と意見交換の会議を持ちました。とても印象的だったのが、日本の自衛隊が非常に強力であることに感心していたこと、そして彼らの国ではNATOへの加盟がおそらくは穏当でないという理由で余り国民の支持を得られていないということでした。軍の存在意義は国際協力活動にあるとも言っていました。国会の構成としても日本でいうリベラル勢力からやや左の勢力が大半を占めているようでした。

 かつてヨーロッパの大国として一大勢力を誇ったスウェーデンも、冷戦が終わり、ロシアとの関係はあるものの基本的には非常に落ち着いた安全保障環境に長い間あったことで、平和国家というところに存在意義を見出しているのかなと思ったところです。

 しかしながら同時に、中国・北朝鮮という東アジアにおける潜在的脅威の存在、台湾海峡、朝鮮半島という不安定要因を抱える東アジアに存在する日本としては、同じような立場は少なくとも当分の間は採り得ないであろうということも考えざるを得なかったというのも事実です。日米同盟というものをきちんとした形で堅持する努力をすることが東アジアの安定という意味では欠かせない、また同時にその中で日米の二国間関係が圧倒的な片務性のもとにおかれているというのはその意味で不安定要因ともなりうるということは我々は常々考えなくてはならないでしょう。

 防衛委員会の訪日なのに、今後の温暖化への取り組みにおけるヨーロッパと日本の連携の重要性にも言及した点も面白いなと思いながら、幅広いテーマでの意見交換を行うことが出来ました。

 でも彼らはおそらく初体験だっただろう台風とそのもたらした影響、一体どのように感じたのでしょうか。聞いてみたい気もします。

suzuki_keisuke at 11:39トラックバック(0) 

2007年09月06日

パバロッティ氏の死に思う

 三大テノールと称されたルチアーノ・パバロッティ氏がイタリアのモデナで死去したとニュースで知りました。

 パバロッティ氏といえば、私のニューヨーク勤務時代にメトロポリタンで氏の最終公演があり、確かトゥーランドットかトスカか何かだったと思いますが、確か200ドルくらいだったその値段に行こうかどうしようか迷って、「でもやっぱり行こう」とも思いたってチケット売り場に行ったらすでに売り切れていたというのが今にして思えば私にとってはパバロッティの声を生で聴く可能性があった唯一のチャンスでした。

 結局そんなこんなで私は生で聴くことはなく、ひたすらテレビやCDで聴くだけでしたが、それでもその声の素晴らしさは素人の私でも感銘を受けるほど。いろいろな活動にも熱心で音楽以外の面でもメディアでも取り上げられることが多かったオペラ歌手でしたが、やはりその声で我々に感動を与えてくれたことに感謝をして冥福を祈りたいと思います。

 東日本への台風の接近が今夜といわれ、被害が心配されるところではありますが、無事を祈りつつ今日の夜は、嵐の中で、あの声を聴いて過ごそうか、そんな過ごし方もこんな日にはいいのかもしれませんね・・・

suzuki_keisuke at 16:26トラックバック(0) 
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