2007年11月

2007年11月28日

障害者雇用政策の今後

 厚生労働省が障害者の法定雇用率の未達成企業から徴収する納付金について中小企業も適用対象とする方針を決定したとの報道がありました。私が以前から関係会議で主張してきたことでもあり歓迎したいと思います。

 法定雇用率とは、企業が障害者を一定の割合(今は1.8%)以上雇わねばならないというもの。そしてそれを実行有らしめるためにあるのが納付金で、これは単純化していえば、その基準をクリアしていない企業からは相応のペナルティーとして「納付金」というものを収めてもらいますよというものです。それがこれまでは確か暫定措置として経営環境が厳しい中小企業(雇用者数300人以下)については免除してきていたわけです。

 障害者の方でも働きたいという気持ちをお持ちの方は数多くいらっしゃいます。純粋に「社会に働くことを通じて貢献したいんだ」という気持ちを持っている障害者の方はかなりの数に上ります。そしてそれぞれの障害のケースに応じてどのような仕事が出来るのかの研究も進んできているところです。そのような意欲に応えられるような環境を作っていくことは、自分のせいではなくハンディキャップを負ってしまった方に対する社会の責務だと私は考えています。もちろん正直な話、障害者の雇用にはコストがかかります。そこは行政としては経済的なインセンティブ、ディスインセンティブを活用することはやむをえないでしょう。

 これまで大企業だけがこのディスインセンティブである納付金の対象となってきて、中小企業は報奨金というインセンティブのみの対象となってきました。その結果、近年においては大企業において障害者の雇用状況がかなり法定雇用率に近づいてきており、かつては高い水準にあった中小企業の低下に伴い中小企業と大企業の障害者雇用の進みが逆転してしまうという状況にありました。そんな状況にかんがみれば今回の措置はやむをえないと判断せざるを得ないではないでしょうか。

 確かに中小企業の経営が厳しいという面はありますが、自らに責任がなくハンディキャップを負った方にも社会参加の場を作るということは社会としての責任でもあり、今回の決断は妥当と思います。もちろん、障害者雇用を進めるにあたっては初期投資が必要なケースもあり、中小企業においては多数の障害者を雇用するケースはそれほど多くないでしょうから、導入コストが大企業に比べ大きな負担となる可能性もあります。そのような場合には柔軟に対応できるように、償却の取り扱いや税制措置も含め適切な方策を中小企業に対しては講じていくことが重要だと私は考えています。

 また、大企業において雇用が進んできたといっても、特定子会社のように、真に障害者が共生できるような環境でない面も否めません。しかし、障害者の雇用においては障害者の方が孤立しないような環境づくりが重要であることに加え、ハードとして企業が導入する設備は初期投資であって、理想を追求しすぎれば現実的な進展がかえって遅くなるという可能性もあるわけです。非常に難しい決断ではありますが、現実として障害者雇用が進み共生できるような環境づくりが何よりも求められているわけですから、現実問題を見据えて一歩一歩アプローチしていくことが現時点では重要なのだと思います。

 また、大企業においては納付金制度よりも、資金調達のそもそもにも影響しうるCSRの活用といった間接的な規制のほうが21世紀の行政手法としては向いているのではないかとも私は考えています。社会の活力ということを考えれば直接的な規制があまりにも多すぎる状況は自由な発想、自由な活動を妨げ問題です。確かにCSRにしても比較を可能とするための統一的な基準を国際的にどう創っていくかなど困難は山積していますが、日本社会を今後よりダイナミックな活力漲る社会とするためにも、今後とも障害者雇用に限らず、いろいろな分野でこのような直接規制から間接的規制への転換の可能性を検討していければと思っています。

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2007年11月25日

2016年東京オリンピックの日程案に思う

 先日「2016年東京オリンピック開催基本計画発表会」と「招致決起集会」が開催されました。私は残念ながら他の会合との都合がつかず欠席しましたが、報道によれば2016年のオリンピックの開催期間は子供たちの夏休みや気象条件を勘案して7月29日から8月14日の期間となったようです。他のコンセプトは関係者のご努力もあってよいものになっていると思いましたが開催日程については本当に大丈夫なのか懸念する声も耳にし、かつ私自身も疑問を感じたもので若干この場で書かせていただきます。

 確かに子供たちの夏休みというのは重要な考慮の材料だとは思いますが、この期間といえば東京は夏の一番暑い時期。ヒートアイランドや温暖化で相当暑くなって来ている東京の夏を考えれば、屋外競技を中心に選手は大丈夫なのかなという心配がついつい頭をよぎります。またオリンピックともなれば世界中から観客が集まり、テレビでも放映されるわけで、「滅茶苦茶に暑い東京」というイメージを世界に対して発することがその後の日本のイメージアップになるとは思えません。

 ソウルやシドニーは9月や10月の開催でしたし、東京にしても前回は10月開催です。オリンピックの競技の環境、その後の日本の観光などのイメージといった観点から何らかの措置を講ずることが大事かもしれません。仮に開催期間をずらすのはもう無理にしても、競技の時間帯を工夫するなどした方がいい気が私はするのですが皆さんはどう思いますか?

 このオリンピック招致についてはいろいろな分野に非常に大きな影響を与えるものでもあり、私も一生懸命取り組んでいきたいと思っています。先日行われた自民党の有志と竹田JOC会長との意見交換会でも、北京オリンピックの事前合宿の誘致なども積極的にアピールの機会として活用すべきと申し上げたところですが、今後機会を見つけてこんな点も指摘していきたいと思います。

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2007年11月21日

北朝鮮テロ支援国家指定解除と日米同盟について

 日米首脳会談での福田総理とブッシュ大統領とのやり取りがもれ聞こえてきています。要すれば、ブッシュ大統領は北朝鮮の核拡散問題や核施設の無能力化、拉致問題の進展が無ければ北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除をしない旨発言したので福田総理も特段それ以上は追求しなかったとのことのようです。

 これをもってまあいい方向に進んでいると評価する向きもあるようですが、果たしてそうでしょうか?

 北朝鮮は結果的に核実験をしたことで金融制裁の解除に加えてテロ支援国家指定の解除まで手に入れただけとはいえないでしょうか?

 北朝鮮から至近距離にあり、敵対的な政策の対象となっている日本の安全保障環境は果たしてここ何年か改善してきたのか、我々はナイーブな感情論ではなく冷静に考えなくてはならないのではないはずです。

 寧辺の核施設の無能力化は以前から言われているように北朝鮮にとっては老朽化した無用の施設に過ぎないものの無能力化である可能性は依然として否定できません。そしてそれに関してすら解体ではないところで妥協してしまったのがアメリカの交渉スタンスです。

 今北朝鮮が保有している核弾頭の処理、濃縮ウランの問題、現段階で何一つ解決はしていませんし、その道筋すらついていないのが現状です。北朝鮮が自国の全ての核関連の完璧なリストを自主的に出すというのはあまりにも甘い幻想なのではないでしょうか。無能力化の期間を報道によれば数年から一年に短縮するように交渉をしたという北朝鮮に全ての核計画を廃棄する意思があるという仮定の上に成り立っている現在のアメリカの国務省のやり方自体が破綻しているのではないでしょうか?

 以前は核実験を非難し、核放棄をしなければ交渉に応じる余地もない、「核実験の見返り」は絶対に与えない、というような姿勢だったアメリカがいつの間にか核放棄の最初の一歩を進めるために見返りの大バーゲン、売りつく次第セールをやってしまっています。クリス・ヒルなる交渉官は完全に北朝鮮ペースに巻き込まれてしまっているのではないでしょうか?六者協議は北朝鮮の核廃棄こそが目的で、北朝鮮を交渉のテーブルに着かせ続けることが目的ではないはずです。その基本の姿勢がぶれてしまっているのではないかと、疑問を感じざるを得ません。

 正直、アメリカのスタンスとして考えられるのは、中東情勢で手一杯で東アジアではとにかく短期的なトラブルさえ起こらなければいい、というものです。アメリカの政府関係者が、「北朝鮮の核問題のようなものが例えば(アメリカ全土がミサイルの射程圏内となる)キューバで起こっているとすれば我々は武力行使を辞さないだろう」という趣旨の発言を非公式の会合でしたのを耳にした私としては、アメリカが果たして本気で日本の安全保障の心配をしているのかについての懸念が拭い去れません。

 北朝鮮のテロ支援国家指定が解除されると、北朝鮮が国際市場から資金調達をしやすくなるということがいわれています。もしそれが事実であるとすれば、一体どうなるのか。日本としては北朝鮮の軍事的脅威が増えるだけではないかと考えざるを得ないわけです。

 アメリカが核の「拡散」だけを気にしていて、北朝鮮の核の「保有」それ自体や拉致問題をテロ支援国家指定を続けるほど深刻な問題ではないと考えるのであれば、それはアメリカの日本の安全保障に対するコミットメントが下がった、すなわち日本は自国の安全を自らの武力で守らなくてはならなくなるということを意味します。東アジアの国際情勢を考えれば日本国内に核武装の議論も自然と出てくることでしょう。まさに想像もしたくない事態であります。

 しかしアメリカの今後の動向次第ではそのような方向に展開していく可能性も皆無ではないというのが現実主義者の見方でしょう。今回の解除のタイミングはまさにその格好のリトマス紙であり、きちんと冷静にアメリカの判断を見守っていかなくてはならないと思っています。

 実は先週金曜日の外務委員会で私はそんな趣旨での質疑をさせていただきました。日本の安全保障戦略上、アメリカのコミットメントはまさに基礎中の基礎です。今はそれがこれからどうなるかのまさに瀬戸際です。そんなときに日米両国間の意思疎通がうまくいかないといった事態は最悪であり、断固回避しなくてはなりません。日本国内のこのような懸念をアメリカにも各レベルできちんと伝えていかなくてはならない状況なのではないでしょうか。

 アメリカがテロの攻撃を受けたとき日本はいち早くアメリカを支持しました。そして万難を排して海上自衛隊の派遣も行いました。今、日本が自国の安全保障上の危機を迎えつつあるにあたってアメリカが一体どのような態度で臨むのか、日米同盟の真価が問われています。まさに長い目で見れば日本の安全保障戦略の分水嶺に差し掛かっているわけです。福田総理は今回の訪米にあたって、日本のリーダーとして、言葉はソフトであっても、当然そのような厳しい懸念についてもアメリカに伝えたと信じたいものであります。

 

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2007年11月19日

ユニバーサル技能五輪国際大会

 技能五輪の世界大会が日本で開かれていたのをご存知ですか?先週の後半から日曜まで静岡県沼津市で開催されたのがこの「技能五輪」です。同時に障害者によるアビリンピックも静岡で開催され活況を呈しました。



外国からの応援団も多数来場


 懇意にしている造園連(植木職人などによる連合)の副理事長の小杉造園さんから造園種目の日本代表選手が二名選ばれ出場していたので短い時間でしたが視察をしてまいりました。



造園連の皆さんと




造園の会場。4日間かけて庭園を造る



 よく日本は「匠」の国といわれ、製造業の強みとしてこのことが最近注目されているところでもありましたが、その実、最近では技の伝承がなかなか難しいということが問題となっています。団塊の世代が引退に向かい始めているここ10年程が、このような匠の技が日本の強みであり続けられるかの分岐点といえるのかもしれません。

 環境の厳しさもあって若い人たちが職人になりたがらないということや、そもそも技に対して正当な評価が確立していないためにお金が回らないなどいろいろな問題が指摘されているところであります。頑張っているところにはきちんとお金が回るように客観的な格付けや評価の方法を考えるなど技能、「匠の技」という日本の強みをいろいろな分野で発展させていけるような仕組みを政治の立場から考えていきたいものです。


 さて、技能五輪とはいかなるものか。各国から派遣された代表選手の間で決められた「お題」について技の競争がされるといえばイメージしやすいでしょうか。現場に行くと応援の人も数多く来場しており、また高校生の姿などもちらほら。



お題はこんなもの




こんな感じでつくります


 脚光を浴びている職人の勇姿を見てものづくりの道に進む若者が増えるいいチャンスとなればいいなという感想を抱きました。

 技能五輪の種目は多岐に亘っており、先に紹介した造園から、自動車板金、はては洋菓子やテーブルマナーまでいろいろな種目があり、素人でもそれぞれの道のプロのすごさが垣間見られるような仕組みになっていました。



種目は自動車から




美容から




洋菓子まで

 できれば開催期間中にご紹介したかったのですが、諸々の事情で遅くなってしまいました。関係者のみなさんのご努力に敬意を表すとともにその点についてお詫びさせていただきたいと思います。


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2007年11月15日

イラン外交

 皆さんこんにちは。

 年末が近づいて、永田町は毎年恒例の税制改正・予算編成シーズンを迎えています。中にはまっとうなものもありますが、ほとんどが理屈っぽいバラマキ合戦であって、そんな会議やら陳情やらが数多く入るこの季節はかなり憂鬱な時期であります。

 サイレント・マイノリティーである一般の有権者の皆さまのためにこそ政治家はあるわけで、決して既得権益を守るために政治に近づいてくるノイジー・マイノリティーのためにあるわけではない、そんな信念は決して曲げてはならないと、毎年痛感しどうにか踏ん張っているところです。

 と暗い話ばかり書いても仕方ないので、あえて国際政治ネタで今日はいきましょう。そんな予算や税制関連の会議の合間を縫って今日はあるシンクタンクの円卓会議に参加しました。テーマはイラン。ゲストはイラン大使とお付のジャーナリスト他。

 詳細については割愛しますが、受けた印象としてはこんなものです。誤解を恐れずに書けば、今日に限らず、非常に物分りがよく物腰柔らかに見えて「言っていることとやっていることが違う」中国や北朝鮮と異なり、異常にマッチョな感じでやっていること以上に勇ましいことを言っているのかなあという印象をイランの人のそれなりに公式の場での話には感じるという印象です。まあ、これは損をしているのだろうなと思わないわけにはいきません。

 と同時に日本の対外発信というものがどのように受け取られているのか、やや気になるところではあります。これからはそんなことも意識しながら国内の基準とは違ったグローバルな基準で対外的には発信していかねばならんなあ、そんなことを思った次第です。

 外交という絡みで若干のPRもさせていただければ、私のミャンマー政策に関する見解は(http://www.senkyo.janjan.jp/special/kataru/kataru02.html)で、台湾政策に関する見解は東アジア共同体評議会のページ(http://www.ceac.jp/cgi/m-bbs/index.php?title=&form[no]=535)でそれぞれ公表されていますので、ご興味のある方はご覧ください。なお、明日の10時半から外務委員会で質疑に立ちます。大臣も担当の局長もいない場での質疑ですので、どうなることやらという気はしますが、アメリカの北朝鮮テロ国家指定解除問題や東シナ海のガス田問題、ODAの問題等について政府の見解を求める予定ですので、ご興味のある方はwww.shugiintv.go.jpをご覧ください。

 と、宣伝で終わってしまいましたが、今日はこの辺で失礼することにします。。

suzuki_keisuke at 22:18トラックバック(0) 

2007年11月12日

対テロ新法、委員会で可決

 お久しぶりです。一週間ぶりでしょうか。トピックはいろいろとあったのですが、なかなか書く時間が無くてご無沙汰していました。怠け者にならないよう頑張ります!

 とのんきなことを言っている場合ではなく、今日の衆議院テロ対策特別委員会では新テロ特別措置法が賛成多数で可決され、明日の本会議で衆議院を通過する見込みとなっています。これまで40時間以上の審議(元のテロ特措法の審議は30時間程度)がなされ、私も30分ほど質疑の時間をいただきましたが、論点もほぼ出尽くした感がありました。守屋前次官をはじめとする防衛省がらみのスキャンダルにより若干質疑時間が食われたのも事実ですが、恒久法の議論を今するのも時間がかかりすぎますし、正直なところ国際社会も関係してくる案件ですので、そろそろタイムリミットだったのではないかと思います。

 いうまでもありませんが、防衛省のスキャンダルは私の目から見ても言語道断であります。もちろんこれは徹底的に追求しなくてはなりませんが、そのために対テロ戦争に日本が消極的だとか国際社会の責任ある立場を放棄したといった評価・印象を国際社会に与え、日本の国益を損なうわけにはいかないというのもまた厳然たる事実でしょう。

 それを理由に審議引き延ばしを求める野党の今の姿勢には正直疑問を感じます。いいポイントをついた質疑が野党からもなされ、建設的なムードも出かけていただけに残念であります。疑惑の追及は疑惑の追及、インド洋における対テロ支援活動とは切り離して考えるべきではないでしょうか。別途テロ対策特別委員会ではない安全保障委員会や決算行政監視委員会で与野党共に真相究明にあたるべきと思います。曖昧に済ませていい問題ではありませんからそうした場では徹底的にやらねばなりません。

 もっとも野党にもそのような想いもあったのでしょうか、今日の採決はもしかしたらマスコミ的には「強行採決」となるのかもしれませんが、現場にいた人間からすれば、前の国会のような本当の意味でのガチンコといった緊迫したシーンではなかったことを報告しておかなくてはならないのかもしれません。野党議員も委員長席を囲みはしましたが、激しい抗議もほとんど無かったのが実態でした。これが今国政をいたずらに混乱させることのマイナスを与野党双方が理解した結果なのであれば、そこに政治家としての良心を見出すことが出来るのかもしれません。

 政治家の務めはこの国の将来を如何に良くするかに尽きます。とはいっても今のねじれ国会において常に議論が政局と表裏一体となるのは、政治の本質が権力斗争である以上やむを得ません。しかしこと外交や安全保障に関する問題においては、政局や党利党略といった私情をはさむべきではないのではない、私は強くそう思います。特に今のように日本の国際社会におけるプレゼンスが低落傾向にある時代においては、舵取りを一旦間違うと取り返しがつかない損失を将来に残す可能性が高いわけですから、ここは日本人の叡智をプラス方向に結集して最善の結論を出す努力をしていかなくてはならないのは言うまでもないでしょう。

 インド洋における自衛隊の給油問題に関し、今後の政局がどのように展開していくのかは予断を許しませんが、将来に禍根を残さない方向に進むべく、私も微力ながら全力で頑張っていきたいものであります。
 

suzuki_keisuke at 23:46トラックバック(0) 

2007年11月04日

小沢代表辞任会見の衝撃

 「人は強くなければ生きていけない。しかし、優しくなければ生きている資格が無い。」といったのは誰だったか、人生を考える上で含蓄に富んだ言葉です。

 突然ともいえる党首会談から小沢民主党代表の辞意表明に至る一連の流れを見てふとそんな言葉を思い出しました。

 正直なところ、与野党問わずほとんどの政治家が今回の党首会談から今日に至る出来事の真実を知らされていないのだと思います。国民とて同じです。政治的に局面を転換させるときにはもちろん大きなエネルギーが必要なのは事実であり、全てをオープンにすることが難しいことは私とて理解は出来ます。

 しかし、今回の動きは正直なところあまりにも不透明、あまりにも「内輪の政治」に過ぎるのではないかとの感を禁じ得ません。政治はこの国の国益、将来に亘っての「日本のため」にしか存在価値を有しません。本当にそのための動きだったのか、テロ特措法他のテーマについて民主党の主張を丸呑みにすることを総理が小沢代表に提案したという一部の報道がもし真実であるならば、その点に疑問を抱かざるを得ないのです。

 そんなことすら確信を持てないほど、権力者の意図が、想いがわからない政治がここ数ヶ月続いてしまっているのが現実です。総裁選挙で感じた悪い予感、ホンネや覚悟、哲学が争われないままに一期生からベテランに至るまで自民党の国会議員の3分の2までが勝ち馬に乗ろうとしたあの無様な総裁選で感じた派閥の談合という古い体質が今の状況を作り出しているのではないでしょうか。そして忘れてはならないのは民主党は代表選挙において小沢代表の対立候補すら出せない、投票すら行われない、まさにもっと古い談合体質を持っていたという点です。

 その意味で今の政治が、「日本」の将来が不在の国民不在の政治であるならば、そんな談合政治であるならば、もはや政治というものに存在価値はありません。ならばもう政治は不要かといえば残念ながらそうではないのではないのであります。私は今の日本を取り巻く難局、そして我々国民が直面するであろう将来は政治リーダーシップなくして乗り越えることが出来るような甘いものではないと確信しています。オールジャパンで叡智を結集し、強い決断力と覚悟を持った政治が求められているのだと思います。だからこそ、談合政治ではない新しい政治こそが今必要なのだと私は信じています。

 政治家にとって、先の格言は「政治家は権力を持たなくては政治をできない。しかし、理念、哲学を持っていなければ政治家である資格が無い」となるのでしょう。そして、理念・哲学が浮いた独善的なものとならないよう、常に有権者・国民に訴えかけ、そしてその思いを受け止める。しかし迎合は断固拒む。それこそが政治家のなすべきことであるはずです。

 そんな思いを常に胸に置いて、何が起こるかわからないこれからの政治局面において適切な決断をしながら進んで行きたいと思います。まさに「一寸先は闇」の世界、「日本の、日本人の将来のため」という灯りを燈して、一歩一歩進んでいきたいものであります。

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2007年11月01日

どうなる?原油価格。

今日テロ特別措置法の期限が切れ、インド洋に派遣されている自衛艦は日本への帰途につきます。国会議員として、そして日本人として、国を代表して必死に任務を完遂(現行法に基づくものとして)した自衛官の皆様には心よりその労をねぎらいたいと思います。そのような状況の中、日本においては国会の場において、日本自身のテロのリスク、シーレーン防衛など日本自身の国益にダイレクトに影響する点についても議論がなされているところです。これまで苦労して築きあげてきた日本の国際的信頼を損なわないためにも、そして日本の国益を守るためにも、一刻も早く今後の進み方についての正しい結論を出さなくてはならない、強く思います。

 その一方でおそらくシーレーンが危険に冒されればもっとも影響を受けるだろう原油価格は、それとは関係なく100ドルを超えそうな水準にあります。数年前私が大蔵省のアタッシェとしてニューヨークマーケットの調査業務に従事していたころには70ドルを超えてくるなどまったくの想定外であったわけで、非常な急騰といわざるを得ません。その前は30ドル程度だったわけですから、インフレの要因を除いてもオイルショック以来のかなりの高い水準にまで迫っているのが現在の原油市況です。今後の中東情勢次第では更なる高騰も可能性として排除できませんし、日本単体で考えればシーレーンの安全が維持できなければオイルショック当時のような「何倍」というようなレベルでの価格変動すら考えなくてはならないかもしれません。

 果たしてなぜここまで原油価格が高騰しているのか。おそらく理由は二つあると考えるのが自然でしょう。

 ひとつは絶対的な需給の逼迫。中国をはじめ新興国の経済発展はめざましくそのことはつまりは原油消費量の急増につながります。原油の絶対量はともかくとして当面の間供給できるキャパシティーが急激に増える、つまり新しい巨大油田がすぐに発見できるとか採掘困難な場所の油田の採掘にすぐに乗り出すといったことは一年や半年といったスパンでは困難です。消費が急増し、一方で供給が逼迫してくれば価格は急上昇する、これはマーケットでは至極当然の原理であります。

 そしてもうひとつがよくいわれるヘッジファンド等の投機によるもの。債券、株式など何でも投資対象とするヘッジファンドなどの機関投資家が需給面の要因からいろいろな投資対象の中で最も先行き上がりそうなものが原油だと判断すれば、投機目的の資金が原油に流入することはこれまた至極当然の論理的帰結であります。

 おそらくはこの二つの要因がそれぞれ相乗効果でここまで来て、その結果が今の原油価格のレベルなのではないかというのが今の一般的な考え方でしょう。結論としては投機筋の、いわば将来剥げ落ちうる価格上昇幅は限定的であり、世界経済の力強い成長が続く限りは需給要因から原油価格はそれなりのレベルで推移し続けるだろうというのが最も可能性の高いシナリオであるということになるのではないでしょうか。投機筋の動きは実際に彼らの相場観がどれほどのものか、また供給者であるOPECの政策決定者の相場観がどの程度のものかなどの判断材料が必要であり、なかなか見通し困難でありますが、いずれにしてもこの結論に大きな変化はないはずです。

 経済発展に伴い温暖化が深刻になり、そして今後更なる事態の悪化が予想される現在にあってはある意味で、その経済成長の結果もたらされたこの原油価格の上昇はビルトインスタビライザーのようなものなのかもしれません。これを機会に我々もエネルギー効率、ライフスタイルというものを自分の問題として意識すべきときに来ているのかもしれません。


suzuki_keisuke at 18:29トラックバック(0) 
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