2009年07月

2009年07月25日

地球環境政策がこれからの20年を決める

 今日の午後は演説の合間に、地元の某企業の経営者の方にご案内いただきながら、中小企業や町工場を徹底的に回りました。ふだんからお話を伺ったりする機会もかなりありますが、選挙戦が始まり、完全に本格化する前のこの時期、やはり地域の経済の実態、「今の温度」を改めて肌で感じておきたいということでお邪魔しました。

 確かに6月ごろから少しずつ注文が増えてきている業種もあるにはあるようですが、まだまだ景気回復の実感を持てるような状況にはなっていないというのが実情のようです。特に今回の経済危機はアメリカの突然の金融危機に端を発したものであって、普段の経営とは関係なく、厳しい状況に立たされてしまっている会社も少なくありません。少なくとも政治の責任として、今回の危機のあおりを受けて真面目にやってきている企業を潰すようなことは断じて避けねばならないと私は考えています。

 雇用調整助成金のような手法も必要でしょうし、注文が増えてくる中では資金面の手当てもする必要があるのだと思います。目的なきバラマキは断固として許すわけにはいきませんが、努力している企業が一時的に直面している危機的状況については政府としてもきちんと手当てをすることは最優先の課題ですから、さらなる対策を政府に求めていかねばならないと改めて感じさせられました。中小といえども極めて高い技術レベルにある工場、事業所が非常に多いのはまさに日本の技術力の下支えなわけで、これを捨てるというのは賢い選択肢とは思えません。

 そして、私の地元企業も輸出企業の孫請けであったりするケースが多く、我が国においては中小企業も輸出に密接にかかわっているケースはかなり多いわけです。日本が国際競争にきちんと勝っていけるような足腰の強い経済を作るためには、限られたヒトやカネやモノといった資産を、非効率な産業から効率を高くできる産業にシフトすることも重要です。エコポイントやグリーン課税といった消費からの施策とともに、研究開発税制などの拡充も長期的に見れば必要な政策のはずです。

 今朝も朝の駅頭はひどい暴風雨の中となりました。そして、夕方地域の盆踊りなどのイベントを回っている最中にも、突然の土砂降りと、最近夏の風物詩と化した観のあるゲリラ豪雨をほうふつとさせる事態となっています。

 日本の経済という意味からも、そして、地球の持続可能性、子供たちが大人になった時代に、環境問題のツケを先送りすることがないように、という意味からも、今後地球環境政策、温暖化対策を日本の国家戦略の基軸の一つに据えるということは、かなり有効な選択肢なのではないかと私は考えています。

 もちろんそのためには今のままではいけない。きちんとした戦略性をもった政策を内外に対して断行していく必要があります。詳細は昨夏に出版した拙著に詳しく書いてありますので、省きますが、そのためにも、「受け身から攻め」「政治的アプローチではなく科学的アプローチ」というように、これまでの環境政策からの発想の転換が必要なのだと私は思います。

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2009年07月24日

資産訂正について

 今日衆議院の事務局に資産の訂正を行いました。
 
 きっかけは、ある人から最近発売された某週刊誌の記事を指摘され、私の資産額があまりに多く(3000万円以上)記載されており自分の意識とかなり異なっていたため、「本当にそうだっけ?」と不審に思ったということでした。

 確認したところ、2006年12月当時の普通預金の口座に入っていた額が記載されている様子であったため、訂正をさせていただきました。普通預金の額については資産公開の時には記載しないという決まりとなっているために、結果として「0円」への変更となりました。普通預金の額を書かないというのも一般的には不思議な話だとは思わなくもありませんが、ルールである以上はそれに従うのが筋ですので「0円」ということになったわけです。

 まあ、政治家にとっての普通預金口座は、私の場合もそうですが、基本的には一旦議員歳費(給料)をそこに入れておいて、そこから自分の事務所運営費の不足に充てたり、自分の事務所への「献金」を行って経費に充てたりするものなので、このようなルールとなっているのかなとは思います。

 私自身、今年に入ってからの半年だけでも、自分の普通預金口座から事務所の運営費に充てるために1000万円弱の「献金」をしていますので、普通預金の残高が個人資産というと確かに違うかなという気はします・・・

 一部で記事になっているようですので、事がことだけに誤解がおこらないよう、この場を借りて、若干場違いとは思いながらも、説明を書かせていただきました。

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2009年07月22日

みんな自民も民主もそんなに好きではない!?

解散から一夜が明けて、全国的にも選挙戦が事実上のスタートをしました。私自身はいつもと変わらず、昨日も本会議後、党本部で公認証を受けた後、地元に戻って夕方の街頭演説、事務所での方針の打ち合わせをし、今朝も駅頭の演説からスタート、といういつもどおりの日々を送っています。

 選挙というのは確かに政治への関心が高まっている時期なので、自らの思いや主張などを聞いていただきやすくなる、そういう意味では普段以上の活動をするというのは私自身も賛成で、そうしようと思っています。そして国会がないということは、そうした活動に専念できるという時間的な要素も非常に大きい。

 もちろんやる以上は何が何でも勝つ。しかし、選挙とは本来であればその人がやってきたこと、あるいはやろうとしていること、"What to say"を伝えるための"how to say"の一つの手法なのだと言うことを忘れてもいけないと私は思うのです。そして我々候補者は有権者の皆様が判断しやすいような環境を創らねばなりません。間違っても虚偽広告のような真似をすべきではない。「受かるのが目的」のような活動にならないよう自戒していきたいと思います。

 さて、昨日の山内康一代議士の自民党の離党。昨日公認証を受けるために党本部に行った時にはじめて聞いてとても驚きました。いろいろな意見はあると思いますが、政治家が決断したことである以上は他人がとやかく言うことではないと思います。

 私自身も今の自民党の体質に抑えられない怒りを感じることも多々あるのは事実です。が、かといって、日教組や公務員の組合の影響を強く受け、バラマキ体質が根強くある民主党に行くという選択肢はない以上は、自民党にいて何が何でも自民党の旧い体質というものを破壊をしていくということが、これから先の日本のことを考え自分が何をすべきかという命題には一番近いのだと考えています。そして、幸いなことに思いを同じくする政治家も確かに自民党には存在する。そしてそのような動きを許容する懐の深さも、まだ残っていると私は感じています。もちろんそうでない部分がたくさんあるから衝突もし、摩擦があるわけですが。。。

 そもそも、これからの選挙戦だって、何がテーマかといえば、それは「政権交代」などでは決してないわけです。自民党のことも民主党のことも、おそらくほとんどの国民の皆さんはそれほど好きでもないし、興味もない。そんなことではなく、「政治」がこれから先、様々な難局に直面する日本の未来をどのように切り拓くことができるのか、その「不安」にどのように対処することができるのか、そのことこそが一番のテーマなのではないでしょうか。

 そして、これまでのやり方では、いかんのだと皆さん思っている。なぜ当たり前のことができないのか、なぜ日本人の底力を信じずに政府が何から何まで介入したがるのか、なぜ、すべてのことが事なかれ主義で、「結果を出すこと」ではなく、「何も変えないこと」を目的とするような政治となってしまっているのか。

 私は幸い、自民党の中にあって、温暖化や道路財源の問題、無駄遣いの問題、北朝鮮や中国の問題、「自民党内の大勢(たいていの場合、いわゆる「族議員」のごり押しが通ることが多い)」とは異なる信念を持ち、あるものについては、当初の自民党の大勢とは違う方向に議論の決着をするために動くということを身をもって経験させていただきました。その過程で、少し見え始めてきたものがあります。

 それは自民党、民主党、どちらにものこる「旧いしがらみ」であったり、変革への抵抗といったものでした。私はそれをどうしても変えていきたいし、今回の選挙もそのきっかけとしたいと思うのです。

 自民か民主か、ではなく、本当にこの国のこれからのためになる政治家をきちんと選択するということが、今回の選挙で一番重要なことではないかと私は思います。まあ、「お前はそれに相応しい政治家なのか」といわれれば「そうなるべく頑張っています」としか言いようがないところではありますが・・・ 

 まあ私の選挙の話はさておき、わが国のこれからを考えれば、選挙後、「与党も野党もダメ」ではわが国の10年後はボロボロになってしまいます。政治の対立軸が「20年前」対「30年前」では困るのです。どちらをも未来志向の建設的な勢力にできるような選択をする、これがもっとも大事なことではないかと私は思います。

 私自身を含めて、単純化した対立構図ではない、こうした論点をどのくらい提起していけるか、まさにそれこそがこれからの40日間の意義であり、それは「自民・民主」などということではなく、「わが国の将来」に必ず繋がることのはずです。

 そんな思いでこれから選挙まで、いやそこから先も訴え続けていきたいと考えています。



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2009年07月17日

今こそ、真のCHANGEが必要だ

 何のために政治家という生き方を選んだのか。何のために選挙で当選して衆議院議員となりたいのか。選挙の日程が決まって、そんなことを改めて考えることがありました。

 ブログにいただいているコメントにもありましたが、今の政治には、与党とか野党とかいうことではなく、どう考えてもおかしいところがかなりあります。もちろんそうではない政治家も与野党問わずいるのも確かですが、残念ながらそれが大勢ではない。

 政局、自らの選挙のために、内閣不信任案を提出して審議拒否をして、北朝鮮の船舶検査法といった、国際社会からの信頼やわが国の安全保障の根幹にかかわる法案を廃案に追い込みたがっている民主党にも、何をやるかということの議論ではなく、単に選挙目的で麻生総理を引き摺り下ろそうというような内輪もめに終始している自民党にも、どちらにも私は強い違和感を感じます。

 もし、民主党が北朝鮮の法案については国際社会で北朝鮮への制裁を主導した日本として、国際社会からの信頼を失墜させてしまうから、この法案については、きちんとした結論を出すというスタンスであれば、こんな違和感は無かったはずです。

 これから少子化し国際競争も厳しくなる中で、わが国が進むべき道は何なのか。構造改革をして規制緩和をして一人ひとりの能力を発揮しやすい社会を創って競争力を挙げていくべきなのか、今の財政赤字のツケを先送りしないためにどうすべきなのか、そんな政策論争が支持率とは関係なく行われ、議論の応酬が行われているのであれば、こんな違和感は無かったはずなのです。

 政治家にとって、選挙よりも、わが身よりも大事なものが、わが国の「これから」です。日本の国益です。政局、権力闘争も、それを実現するためでなくては、単なる保身、エゴになってしまいます。そんなことになれば政治への信頼が著しく失われ、決して国のためにプラスにはなりません。

 私がなぜ「麻生降ろし」に反対なのか、私がなぜ、これまでの政治のあり方を、与党野党どちらも含んだこれまでの政治全体のありかたを変えたいと主張しているのか。政治をなぜするのかも含めて、これが、今の情勢に対する率直な私の思いです。ご理解いただけると幸いです。

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2009年07月13日

選挙の決断/電車での出来事

 衆議院の解散総選挙の日程がほぼ決まりました。総理の決断を支持したいと思います。またこれ以上党内政局の混乱があれば、それは自分の首を絞めるものである以外何ものでもないと思います。今の自民党内の混乱は、外から見ればまさに「内輪の話」としか捉えられていないし、政治家は自分の保身にしか関心がないといった見方をする人を元気づけることになってしまっている気がしてなりません。

 今からすべきは、どのようなマニフェストを掲げ、自民党が選挙後何をしようとしていて、その信を問おうとしているのか、です。これまでの自民党の旧い体質の中からは出てこなかったようなビジョンを、公務員の組合や日教組の影響を強く受けている民主党にもできないような大胆な将来像をどう示すことが出来るか、まさにそのことが問われているのではないでしょうか。

 都議選の結果は、今までの政治に対する有権者の怒りが噴出したものだと私は思います。その怒りのマグマをこれまでの旧い体質を変革するパワーに変えていきたい、今は純粋にそう思っています。そのことをどうやって有権者の皆さまに伝え、その力を結集して真のCHANGEにつなげることが出来るか、あと50日を切った選挙までに私に課されたテーマだと感じています。必死に頑張っていきたいと思います。

 さて、話は若干変わりますが、最近電車の中でいろいろと気になることが。東横線の中でいきなり私のほうに向かって吐いて、何も言わず、何も処理もせず平然と降りていった中年男性、同じく東横線の終電近くの電車で、足を伸ばしたかどうかという些細なことで目の前の男性同士の間で始まりそうになった喧嘩、新幹線で東京に着きそうになるまで10分以上行列が出来ているのに洗面所を独占してメイクをし続けていた中年女性。。。。

 何か世の中で殺伐とした感じの行動をしてしまう人が確実に増えてきているような気がしてなりません。そしておそらく、これは何も新自由主義だとか、構造改革が、といったことが背景ではない。無理やりこじつければそれも可能でしょうが、そうではなく、むしろ、義務の伴わない権利、他者に対して求めるだけの要求、こういった「自由」をはきちがえた行動の結果なのではないでしょうか。お疲れなのかもしれませんが、そんなことを言ったら、もっと大変なのにそんなことをせず、ぐっと頑張っておられるほかの殆どの方々に大変失礼な話です。こうした状況、どう改善していくべきなのか。

 教育。一言で言えばそのことになるのでしょうが、家庭に始まる人格形成という意味での教育についても、一度考えなくてはならないタイミングに来ているのかもしれません。ふとそんなことを感じた最近の一週間でした。

suzuki_keisuke at 20:58コメント(15)トラックバック(0) 

2009年07月08日

日本株、そしてサミット拡大論

 今日も一日地元で街頭演説を中心の日程でした。雨、風強い中でしたが、まあ、それなりの人には思いを伝えることが出来たかなと思っています。いろいろなことが最近の政界では起こっていますが、私としては地道に思い・理念を伝え、すべきと思う政策を説明し、今後の政治活動で実現を図っていくということを積み重ねていくよりほかありません。

 さて、そんな中、先程ニュースを見たらまたも株価が9000円台前半まで下げたとのことです。政治家として失ってはならないのは長期的な視点。

 短期、中期はともかく、長期的に日本に世界のカネが集まり日本経済が活性化していくような環境を作るためには、やはりこれまでのやり方を改めて必要な構造改革をし、必要の規制緩和を行って、個人個人の力がもっと発揮できるような、「規制にがんじがらめになっていない自由な社会」を創っていくよりほかありません。そうやって潜在成長力を高めていくよりほか、日本が今後10年、20年今の暮らしを維持していくことは出来ないと私は思います。

 たしかに行き過ぎた改革には修正が必要な点もあります。しかし大きな方向性として構造改革を止めてしまえば、それは既得権を持った人のほうを向いた「後戻り」でしかない。選挙前、特にバラマキ的な「やさしさ」を多くの政治家が与野党問わずに見せようとする状況の中で、絶対にそのような「後戻り」をさせてはならない。それは私が絶対に譲れない政策的な一線です。理解を得られるようにきちんと訴えていきたいと思います。

 さて、もう一つ、昨日に続いてサミットがらみで。

 イタリアやフランスを中心にサミットの拡大という議論が行われています。私はこれには反対です。会議は構成員が増えれば増えるほど、成果の少ないものになりがちです。特にこれから環境問題や世界規模の経済問題、安全保障問題がますます深刻になる可能性がある今の状況です。国益がぶつかり合う場面が増えることが予想されます。そんな中で、価値観の多様な多くの国が参加するということになれば、サミットの場すらもが、総花的な結論しかえられない、まさに「形式的な」会議になりかねません。

 たしかにより多くの国が参加したほうが、もし一致した意味がある結論を得られるのなら、意味はあるでしょう。しかし、そもそも意味のある結論や議論すら失われてしまうのであれば、これはまったく意味がない。

 そして、この動きの背景にある国際政治的なしたたかさにも私は注目しなくてはならないと思います。なぜ国連のP5(安保理の常任理事国)を増やすことは遅々として進まないのに、サミットは拡大の方向に簡単に進むのか。なぜ、サミットのメンバー拡大、というときにアジアの国やアフリカの国を増やすことばかりでG7に次ぐ経済規模を持つスペインのようなヨーロッパの国を(イタリアやフランスといった提唱国は)増やそうとはしないのか。

 実質論から、そしてこうしたむき出しの国益という裏側の事情をすべて勘案してわが国もスタンスを決めていかねばならないと私は考えています。


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2009年07月07日

米露首脳会談

 サミットを前にした米ロ首脳会談で、核弾頭の廃棄をさらに進めるということが合意されたようです。この動きを歓迎したいと思います。

 確かに現実の国際政治環境の中で核の廃絶というのはかなり難しいわけですが、核拡散のリスクを考えれば、今のように人類を何度も滅亡させることが出来るような量の核兵器を保有しあっているというのはあまりにリスキーといわざるを得ません。

 中国や北朝鮮が核兵器の保有や増強を進めようとしている東アジアの情勢へのプラスの影響があるかどうかはわかりませんが、少なくとも「人類的」には歓迎すべき一歩と言ってよいと思います。

 しかしその一方でわれわれは現実的な視点を忘れるわけにはいきません。中国の軍拡も、北朝鮮の核保有も、彼ら自身の強い意思で行われているということ。別に中国・北朝鮮の執行部がいやいや核保有をしているわけではありません。

 だとすれば、それが「何のため」なのか。そうした意図を見誤ることなく、わが国もきちんと自衛が出来るような体制を、自国の防衛という意味でも、日米同盟という意味でも考えていかなくてはなりません。

 さて、話は変わりますが、今日は七夕。これから地域のお祭りなども増え、外に出る機会が多い季節になります。そんな中、夜の空には星があり、川辺には蛍が飛ぶような(まあ、季節は6月ですが)、そんな環境を作っていきたい。そんなことを地域活動をしながらふと思いました。

suzuki_keisuke at 18:08コメント(3)トラックバック(0) 

2009年07月03日

最近の政局に思うこと

 選挙前だからなのか、政治全体が浮足立っているような感じになってしまっています。自民党は統治能力を疑われ、民主党は自民党との本質的な違いがないという今の状況は決して我が国にとって幸せな状況とは言えません。「麻生降ろし」も「旧い政治家による若手の封じ込め」も、さらに言えば、「民主党による揚げ足取り」も、内輪もめは全く国のためにはならない。

 我が国はいま、非常に厳し状況を迎えています。景気も依然として厳しく、中小企業はじめ目先生き延びることが精いっぱいという状況はまだまだ続いています。そんな中でも少子化、高齢化の流れや国際競争の激化は待ってはくれません。

 だからこそ、政治はどうやってそうした問題に立ち向かっていくかのビジョンを、そしてこれまでの破たんした政治モデルをどうやって変えていくのかという改革メッセージを競わねばならないはずです。

 そんな中、今自民党内で言われている「総裁選前倒し」も一つ間違えれば「内輪の論理」に映ってしまいます。

 一人ひとりの政治家が自分の意志で選んだ総理大臣です。政治家の言葉、行動の重みを考えれば、いま、人気が落ちたからといって選挙前にそれを変えようというのは大義がなく、やはりなかなか理解を得にくいのではないかと私は思います。それは政治家の勝手な都合にしかすぎない。

 ただその一方で、私も一つ感じてしまうことがあります。麻生総理がやろうとしていることは、最初の打ち出しにおいては、それなりに的を得たことがかなり多いと私は感じています。道路財源の問題にしても、地方分権にしても、財政規律の問題にしても。しかし、打ち出した後にどうしても、その当初の方向性実現への頑固な執念、それを意地でも実現していく、という姿勢が今一つ見えてこないというのが今の一番の問題なのではないか。政治リーダーの言葉は重くなくてはならない。やるといったこと、やるという受け取り方をされたことはやはりやりぬく姿勢がなければならないのだと思います。

 どうも派閥の領袖やら重鎮やらに気を遣いすぎている印象を受けてしまう対応が続いているのではないでしょうか。少なくとも私が身近で感じていた、麻生さんは、決して自民党の内部の実力者の顔色ばかりうかがって世の中の思いを無視するような政治家ではありませんでした。そして旧いタイプの族議員でも無責任なバラマキ型の政治家でもありません。もしかしたらそう映ってしまっているのは報道のせいもあるのかもしれない。
 
 しかし、そうであるにしてもやはり、総理大臣として自らのビジョンを孤独であっても実現していく、そんな麻生総理を私は期待したいと思っています。

 麻生さんを総理大臣にしたいと願った政治家として、党内政治の方を気にするのではなく自らが今真に必要なことと判断したことを断行していく総理大臣であれば、私は最後の最後まで支える覚悟です。

 今まさに危機にある我が国の状況を考えれば、これまでの政治を続けていくわけにはいかないのです。必要な改革、根本的な活力、生命力、躍動を取り戻すような施策が必要です。それを実現するためには、大胆な根本からの構造改革が不可欠です。当然そうすれば、これまでの仕組みの中に組み込まれてきた人にとっては痛みもあるわけで、それにすべての人が賛成するはずはない。特に既得権を持った人や、これまでのシステムの中にどっぷりつかってしまっている政治家はそうです。

 そのような世界で調和のためのコンセンサスをとっても、いい結果、必要な変革ができるはずはないのです。今まさにそんな覚悟が、一人ひとりに問われているのではないでしょうか?

suzuki_keisuke at 00:12コメント(16)トラックバック(0) 
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