2010年02月

2010年02月26日

飛び交う花粉の中で

 いやはや、今年もやってきてしまいましたこの季節。一昨日から目、鼻がやられています。花粉症・・・

 私の場合はスギに始まってヒノキ、カヤと5月半ばまで途切れることなく重度の花粉症に毎年悩まされています。なんともう30年目。一年の4分の1も毎年やられているのかと思うと何かむなしいというかなんというか。

 朝の演説中にぐしゃぐしゃでも、そういうことですのでご容赦ください。。

 さて、そんなかゆみを押しながら、ここのところはいろいろなところで様々な話をうかがうケースが多くなっています。ここ何日かの間だけでも、子育ての真っ最中のお母さん方のクラブで話をうかがったり、地域の障害者の作業所、あるいは職業訓練校、様々なところに呼んでいただいて、いろいろな意見交換をさせていただいています。

 それぞれの場所で様々な解決すべき問題、しかもその中での優先順位をどうつけるべきか、今日ここで書くにはボリュームが多すぎるので、折に触れて問題意識、さらにはその解決への道筋をどうつけられるのか、そんなことも書いていければと思っています。

 いろいろな具体のテーマについてじっくりと考える機会として、今の時間を使っていきたいものです。

 そうこうしているうちに春一番も吹いて来週からは3月。これから様々な法案も国会で審議されていくことになりそうです。何が今この国に必要なのか、そんな観点から私も野にあるものとしてキチンと見ていきたい。

 外国人参政権の問題で顕著なように、地方参政権といっても、たとえば対馬のケースなどを考えてみればわが国の安全にマイナスの影響を与えるリスクが高い中で、なぜあえて成立させねばならないのか、意義が全く理解できないものなどもあるわけです。

 選挙のため、票やカネのための政治に国政を堕落させるわけにはいきません。政治全体が今大きく変わらねばならない。そうしたことも炙り出していけるような国会審議を期待したいと思います。

suzuki_keisuke at 23:14コメント(6)トラックバック(0) 

2010年02月23日

大倉山観梅会

 寒さも緩んできつつある最近ですが、いかがお過ごしでしょうか?

 この週末は港北区でも都筑区でも観梅会があり、私も大倉山の梅林や東方天満宮にお邪魔して、式典でご挨拶させていただき、その後多くの方とお話させていただくことが出来ました。

大倉山梅こんな感じですが梅見えますかね?ちょっと堅い格好してますが。。これは大倉山で式典が終わり次の会場へ移動するとき市議の酒井さんに撮ってもらった一枚です。

 うちの地域は隠れた梅の名所だったりします。時間があればお運びください。

 これから桜祭りや小机の城址まつりなど地域のお祭りが盛んな時期となります。そんな場所でも多くの方とお話しできればと思います。

 さて全くの私事ではありますが、実は昨日今日と人間ドックで二日間掛けての検査を受けてきました。3年前に一度受けてから、多忙にかまけて健康診断すら全く受けていませんでしたので、まあ落選中の時間を利用しての、今後のダッシュに向けてのチェックというわけであります。おかげさまでどうやら内臓たちもまだとても綺麗だそうで、心置きなく「政治」に打ち込めそうであります。

 泊りがけということで、朝の駅頭での演説も無く(というかできず、)平日の朝にしては珍しくのんびりできるかと思いきや、気持ちの緩みでついつい深夜のオリンピック中継をこっそり観戦することに。ちょうどやっていたジャンプの団体を見ながら(無言で)盛り上がっていまして、逆に普段以上に眠い中で胃カメラなどの検査となってしまいました・・・。リラックスできたといえなくもない、っちゃそうですが。それにしてもプレッシャーの中でのトップクラスの選手のパフォーマンスにはいつも感銘を受けます。日本の選手団、後半も頑張って欲しいと思います。

 ところで最後にまじめな話し、先日の長崎・町田の選挙結果、やはり国民の皆さんが民主党政権の政治姿勢、政策スタンスに不安を覚えていることが明確になったのではないでしょうか。しかしそんなときだからこそ、予算委員会での審議拒否、これは逆効果になりかねないとも私は感じています。私が話した限りでは有権者の方の多くの反応もやはりそう。

 党のためではなく国のために何をすべきか、その原点に立ち返ることが今こそ必要ではないでしょうか。党利党略が優先され、国民、そして国益不在というのが今の政治不信の一番の根底にあるというのを民主党政権がまざまざと見せつけているわけですから。

 もちろん今後厳しい政治決断を迫られる環境にあっては政治への信頼回復は不可欠です。政治とカネの問題、さらにはその構造的な原因をしっかり追究することは我々自民党として決して忘れてはなりません。しかし、予算をはじめとする政権運営全般の問題点を議論することとそれを引き換えるわけにもいかない。非常に重要な岐路にわが国はあるわけですから。議席・党内での発言権を持たないもどかしさを少し感じてしまうところでもあります。


suzuki_keisuke at 21:52コメント(4)トラックバック(0) 

2010年02月16日

シーシェパード

 シーシェパードによる妨害行為がエスカレートしています。人的な被害がこれ以上大きくならないうちに毅然とした措置をとり、更にはその旗国に取締りを求めていくといった対応が必要です。

 そもそも、国連海洋法条約第101条に定められる海賊行為の定義に今のシーシェパードの行為は該当するわけであり、日本政府もこうした海賊行為に対しては警察権を行使し断固とした措置をとるべきであります。

 また同時にどのような名目を掲げているにしても、行為そのものが外形的には明らかに海賊行為であることをしっかりと発信し、その上での国際法、国内法を適用しての取締りを行なうことが必要ではないでしょうか。

 このタイミングで、日本政府としても、海賊行為の取締りと、国際社会における捕鯨等の是非の議論は全く異なる次元の問題であるとの発信を更に積極的に行なうべきであります。

suzuki_keisuke at 17:24コメント(4)トラックバック(0) 

2010年02月15日

地政学的な

 普天間移設をめぐって様々な議論がされています。しかし忘れてはならないことは、戦後これまでの65年間、日本の安全もさらに言えば経済的繁栄も、日米同盟により保障されてきたということです。

 さらに東アジアの地域で、北朝鮮、中国という軍事大国を抱えながら朝鮮半島と台湾海峡での軍事的衝突が半世紀近くなかったのは、在日米軍の存在自体が抑止力となっていたということも忘れるべきではありません。

 たしかに沖縄の地元の負担は非常に大きなものがあり、それに対する感謝を我々は忘れるわけにはいきません。もちろんできる限り負担は軽減すべきであります。しかし同時に沖縄という土地の持つ地政学的な重要性も忘れるわけにはいきません。

 仮にロシアが最も安全保障上リスクの高い国であれば、地政学的には北海道が重要ということになるでしょう。しかし今の国際環境ではやはり沖縄をおいてほかない。そして、それはサイパンやグアムと比較しても変わりません。

 安全保障の問題、同盟関係は気がつかないうちに引き返せない状態になっている、気がついた時には遅い、というのが戦前日本の教訓です。

 経済的な安定も、安全保障上の安定があってはじめて得られるものであります。そしてその現実はおそらく経済の相互依存が高まっていてもそうは変わらない。第一次世界大戦後の世界の状況を見ればそれもまた明らかであります。

 辺野古の海、数年前国会議員になってすぐにキャンプシュワブ、現地に足を運んだ時の記憶でも確かに美しい海でした。(http://www.suzukikeisuke.jp/photo2/photo_20051103.html)

 守るべきかといえば守るべきでしょう。しかしもっと優先せねばならないこともある。そのプライオリティーを判断することがまさに「政治」に他ならない。

 今の政府には、わが国がよって立つこの安全保障の基盤を危うくしない決断を望みたいと思います。

suzuki_keisuke at 23:10コメント(2)トラックバック(0) 

2010年02月11日

循環型社会構築についての中国当局との対話

 つい数日前、中国の環境問題のシンポジウムに出席しました。今回は温暖化というよりもリサイクル、特に電子、電気製品のリサイクルを中心とした会議で、中国から、政府の担当者、ハイアールの担当者、学者なども出席して日中の対話を目的としたものでした。

 確かに循環型社会構築ということで、電気製品の消費量もまた廃棄物も日本とは桁違いの状況になりつつある中国。日本のリサイクル関連の法律に準ずるような法整備も進んではいるようですが、まだまだといった状況です。生産者がどこまで責任を負うか、あるいは費用負担や処理の仕組みをどうするかといった細則の整備はまだこれからという段階のようです。

 このようないろいろなテーマでの中国との会議に出るたびに感じること。それは、当局者、あるいは中央政府の人間の熱意は少なくとも感じることが出来る。おそらく嘘ではなく、熱意を担当者は持っている。しかし、それが執行、実行に移されていないという実態です。中央政府の部局間、中央政府と地方政府、行政と現場、様々なところで意識のギャップが大きすぎる現実を我々は認識せねばなりません。

 和諧社会ということを胡主席も少し前の共産党大会かなにかで主唱していましたが、経済発展とその持続可能性、環境への負荷を減らすことを両立することは、成長途上の国にとっては大変なことですが、しかしそれはしっかりとバランスさせねばならない問題です。

 今回の会議の席上でも私は中国の当局者に、こうした現実を指摘した上で、「たとえばこの循環型社会の構築という問題において、実際に制度が今後どのようなタイムスケジュールで動くのか、そして執行にそれがきちんと反映されねばならないが実際のところどうなのか」といった趣旨の指摘をし、尋ねました。

 それに対しては、「確かに今は大きな目標といったところに制度も留まっていて、詳細な細則は整備できていない。しかし来年一月には細則が施行されるし、費用負担についても基金の出資の話をつめているところだ」というのが彼らの回答でした。

 そうしたことからも、おそらく制度面での整備は進めようとしている。しかし、経済成長至上主義、しかも競争の激しい地方政府がそれに従うかといえば、それはまだまだ疑問です。

 中国の政治体制、現状においては、ある問題が進まない背景としては、(1)制度、(2)資金・技術、(3)政治的意思、この三つにその要因は尽きるのだと考えざるを得ません。

 そして一番の障害となるのはたいていの場合、(3)の政治的意思です。中央政府が、そして地方政府が、自分の問題として危機意識の上に高いモチベーションを持てる状況をつくれるように、我々周辺国もウォッチし、必要なときには必要な措置(単なる支援のみではない)をとる必要があると思われます。それはこの循環型社会の問題に限らず、あらゆる問題についていえるスタンスです。

 特に日本は中国の問題については、地理的な条件もあり、当事者とも常になりうる状況であることを忘れるわけにはいきません。越境公害の問題を見てもそれは明らかです。

 とにかくどんな問題においても、実際の執行、結果、成果こそが全てであります。その点においては現実から目を背けないこと、そして現実・本質をしっかりと見抜く力が我々にも求められているのではないでしょうか。

suzuki_keisuke at 18:02コメント(6)トラックバック(0) 

2010年02月04日

とある方の叙勲に想う

先日、とある方の叙勲のパーティーに出席しました。政治家になる前から、というよりも私が役所を辞め先の展望が開けず、先が全く見えないときに駅頭で声をかけていただき、そのとき以来「君の志を応援する」とおっしゃって目をかけていただいてきた植木屋さんです。

 そんないきさつもあって、このたびの黄綬褒章受章、私も非常に嬉しい思いでした。

 しかしそんな個人的な思いのほかにとても嬉しく思ったのも事実です。

 最近では若い職人さんを育てるだけでなく、日本の庭文化を海外に広めることにも尽力されていて、去年もアゼルバイジャンの大統領に招かれ日本庭園を彼の地に造られました。あまり苔が一般的ではない国ゆえに、苔の代わりに芝生を使うなど、常に進取の気性を持って新しいチャレンジをする姿勢にはいつも勉強させられてきました。

 日本庭園はまさに日本文化を体現するものの一つ。心の文化を表すものの一つでもあります。NIPPONに関心を持つ日本ファンを増やす、しかも日本を感じてもらうには目に見える日本庭園はとても有効なものではないでしょうか。

 日本への関心が工業製品だけでなく食文化やアニメ、ゲームなどのソフト面でも広まってきている時代にあってそれを定着させる一つの道であることは確かです。しかし手がかかるものゆえに誰かが熱心に外に広めない限りはなかなか広がっていかない。この取り組みが評価されたことは非常に喜ばしいことだと思います。

 さて、先ほどの苔の話。これまでの経験では考えられない状況が起こったとき、あるいは常に変化する状況にどのように自らも柔軟に変化していくことが出来るのか。植木の世界に限らず政治あるいは社会の様々なところでそれが求められる、今の変化の早い時代、特にそう感じるところです。かつての十年、今の一年といわれます。

 そうした時代、政治家もこれまでの常識にとらわれていては本当に必要とされる変革に取り組めない危険があります。もちろんその前に譲れないものは何か、しっかりと判断しておく必要がある。

 様々な問題に対して本質を見抜く目を持つ、簡単なようでいて非常に難しい問題であります。固い信念と常識にとらわれない柔軟性、相反するようでいて両方を持っていなければ真に有為の政治家とはいえない。

 常に本質を見抜いて恐れずに行動する、そうした政治家たるべく今後も鍛錬してまいりたいものであります。

 さて、話は若干変わりますが、いつも職人の方々と話していて感じるのは、今の景気の悪い時代に関わらず、これまで実際に手を動かす人にカネが流れてこなかった日本の産業構造の一つの側面です。

 極論すればゼネコンのように全体をホッチキスをするところにカネが集まり、下請け、孫請けと行くにしたがってカネの流れが細ってくる、そんな実態は業界に関わらずそして景気の状況に関わらず厳然として存在します。この状態は確実に適正な状態ではない。情報の非対称といったことも含めて解決すべきことは沢山あります。

 頑張っている、ご苦労されている方がアホらしくなってしまう仕組みは変えていかねばなりません。労働と賃金という問題の中では、同一労働同一賃金の原則と同様政治がしっかりと取り組んでいかねばならない問題であります。


suzuki_keisuke at 21:27コメント(12)トラックバック(0) 
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