2011年07月

2011年07月27日

経済力・生活は発電能力を上回ることはない

 ずっと続けている朝の駅前での街頭演説、さすがに4年弱毎朝のように続けていると、それぞれの駅の通勤されている方々の顔もなんとなく覚えてくるものです。それが、ここのところ、声をかけてくださる方や挨拶いただく方の中でも最近顔を見ないなあと思うことがしばしばあります。

 先日、とある人と話をして、その疑問がようやく解けたような気がしました。節電のために、通勤時間が一時間くらい早まっている会社がやはり相当数あるのだと。確かに報道では耳にしていましたが、リアルにそのことを感じたところです。これまでは私の選挙区である横浜市の港北区や都筑区では通勤のピークは7時半から8時の間でしたが、それも一時間くらい早まっているようです。多くの方が6時台に通勤されている、本当に頭が下がる思いです。

 また日々の暮らしの中でも涙ぐましいまでの節電の努力をされている方が本当に多くいらっしゃいます。

 しかし、ここで考えてしまうのは、民主党政権はそのような日々の暮らしの実態を本当にわかっているのか。節電という本来必要ないことを強いられながらも、他の国のように不平不満が表に出てくることもなく、皆がじっと耐えている状況に甘えているのではないか、そんな気がしてなりません。

 たしかにいかなる発電においても、安全対策を出来る限り講じておくことは絶対的に必要です。しかも、その与える影響を考えれば可能な限り早くその対策をきちんとした検証の下に打つことがまさに政治の責任のはずです。

 にもかかわらず、ヨーロッパですら既に行われ始めている原発に対するストレステストを、今に至るまでやっていなかったというのはまさに失政といわざるを得ません。

 3月に福島原発の事故が起こった、とすれば、その安定化に向けた取り組みが一段落した時点で、4月上旬には何故原発が爆発にまで至ってしまったのか、津波による被害が出てから爆発するまでの間の電力会社、政府の対応に問題はなかったのか、それで事故の規模は変ったのか、とっいった検証を済ませていなければならなかったはずです。

 そしてその検証を踏まえて、どのような条件を備えていれば原発は安全な条件を備えていると判断できるのか、何がかけていたらダメなのか、というレッドラインを今回の震災の経験を踏まえて科学的にクリアにしておく作業、すなわちストレステストを6月半ばまでに済ませる、それこそが、安全と日本経済の復興を両立させる責任ある政治の取るべき道筋です。当然当時からそのような議論はあったわけで、それがなされていないとすれば、何か特別な原因があると考えざるを得ません。

 もちろん、政府の内部や専門家の間でそのような作業が全く行われていなかったとは思えませんし、政府が6月に安全宣言をしたということはそのような作業が行われた結果だった可能性もあります。

 しかし、少なくとも政府のトップであるはずの総理大臣が中身の固まっていないストレステスト、つまり何を検証するのかも固まっていないテストをしなければならないといって原発の安全を7月になって改めて否定したのもまた事実です。であるとすれば、この4ヶ月間いった何をやっていたのだということにもなります。まさにそうした無為無策のツケを払わされる国民こそいい面の皮です。
 
 確かに節電を続け、産業が海外に流出し続けていけば、原発の再稼動が出来なくても電力不足には陥らない。電気の許容量以上の産業や生活は不可能である以上、最終的には国の生活水準や経済力は電力のキャパシティに論理的にはあうわけです。

 しかし本当にそれでいいのか。無意味な楽観や先入観を排して、今後の進むべき方向性を我々一人ひとりが真剣に考えねばならない時期を迎えているのではないでしょうか。


 

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2011年07月19日

250年前の歴史の教訓に学ぶ

 海外との貿易が非常に盛んな世界屈指の経済大国にある日突然の悲劇が襲った。マグニチュード9近い規模の地震発生後、数分間揺れが続き多くの建物が被害を受けた。そして数回押し寄せた数十メートルの津波による死者を含め数万人が命を落とした。

 3月11日の東日本大震災の記述かと思わせるこの大災害は、実は約250年前、1755年11月にヨーロッパで発生したリスボン大地震の被害状況です。

 歴史を紐解くと、当時海外の植民地を多く有し、まさに世界屈指の経済大国でもあったポルトガルは、この地震を境にその国力を落としていって、今日に至るまで当時の隆盛を取り戻すことはなかった、という道を辿ったようです。

 被害の規模、悲劇性ということからすると同じような悲しみを感じざるを得ない二つの大震災ですが、首都を直撃したリスボン大地震と、非常に重要な地域とはいえ日本の一部だけが被害を受けた今回の震災とでは、経済に与える影響という意味では大きく異なる、そんな見方も一部にはあるかもしれません。

 しかし、地震後の福島第一原発の事故に端を発した、まさに日本の経済力の基本中の基本ともいえる最も重要なファクターであるエネルギー政策に関する迷走、そしていまだにその方向性が定まらず、政治がリーダーシップを発揮できずに基幹産業が海外に脱出せざるを得ない不透明な状況を作り出してしまっている今の状況を考えると、経済的な影響においても、(将来振り返ってみれば)同じような大きなマイナスのインパクトをもたらしている可能性は否定出来ません。

 昨日の女子ワールドカップの日本代表の活躍のように、多くの方が復興に向け諦めずに粘り強く必死に日々努力されています。しかし、今回の大震災を機に、従来の日本の旧い政治構造、産業構造を変えることが出来るか否か、まさにそれ次第でわが国が衰退の一途を辿るか否かの大きな分かれ道だという危機感が、果たして政治の世界で共有されているか。特に今のトップリーダーにそのような危機感があるか、それを変えることが出来ない今の与党にそのような危機感があるか、さらには今の野党にこの状況下で本当に国のために政治を変えねばならないという危機感がどこまであるか。もう一度謙虚に問い直さねばならないのではないでしょうか。

 ピンチをチャンスに変えられるようなダイナミックな政治経済の構造改革を、このタイミングで覚悟をもって成し遂げることができなければ、ピンチはピンチで終わってしまい、過去の歴史のなかに見られた衰亡の教訓に日本の例を加えることになりかねません。

 このような時期だからこそ、TPPや税制、生産性や政府の規制・イノベーションの問題も含め、改革を先送りするのではなく、経済構造の大改革を断行し、一人ひとりの力に裏打ちされた筋肉質でダイナミックな「日本」を創っていかねばならないのではないでしょうか。

suzuki_keisuke at 20:00トラックバック(0) 

2011年07月18日

朝6時半に思ったこと(祝女子サッカーワールドカップ優勝!)

 いや、本当に素晴らしかったですね、女子サッカーワールドカップ!先行されても粘り強く追いついていくメンタルのタフさとそれを裏打ちするフィジカルと技術。世界のトップに立つというのはものすごいことです。

 日本全体に元気をくれた代表チームに本当に感謝感謝です。


 今の日本、いろいろなところで世界のトップに近いところでがんばっている方々は本当に多い。広く知られているものから誰にも知られないところで頑張っている方も本当に多いことを、ここ何年かでいろいろな現場にうかがう中で私も初めて知ることができました。

 わが国が本当に震災の困難から復興するためには、そして、1990年代初めからの20年弱、世界の成長から取り残されてきた状況を打ち破るためには、何が大事なのか。もちろんいろいろな各論はあると思いますが、一人ひとりがその場その場で世界のトップを目指して全力を出すことが出来ればそこに答えがあるのではないでしょうか。

 これからの政治はそのための環境整備を進めていくことに全力を挙げていかねばなりません。スポーツの主役が選手であるように、わが国の主役は国民一人ひとりです。その主役の「選手」が持てる力を目いっぱい出せるような日本を創っていくこと。そのために全力で頑張っていきます。

suzuki_keisuke at 19:06トラックバック(0) 

2011年07月13日

中国のホンネ

 退役したイギリス海軍の航空母艦アーク・ロイヤルのオークションに、中国の収監中の富豪のビジネスマンが展示場とホテルに転用する目的で入札する意思を表明したとの記事が今朝の新聞にありました。これはどこかで聞いた話。

 カジノになるはずだったロシアの空母ワリャーグが香港の実業家に落札され、いつのまにか中国の最初の航空母艦として転用される事になっていたというかつての教訓を思い出させます。

 中国の軍事増強のペースは非常に速く、特に航空戦力や核ミサイル、航空母艦といった攻撃的戦力を急ピッチで増強している現実を我々は忘れるわけにはいきません。また南シナ海、東シナ海における非常にアグレッシブな行動も非常に目だっています。

 中国を侵略する意図と能力を持つ国家は客観的に見て世界中に存在していません。にもかかわらずなぜ中国はここまで急ピッチで軍事力の増強を図るのか。「防衛の為」「自らは途上国だから脅威ではない」、こうした当局の発言ではなく、実際の行動を注視せねばなりません。海洋調査や潜水艦の動き等から浮かび上がってくるのは、まさしくアメリカの軍事的影響力のアジアからの排除を目指す戦略に他なりません。

 その文脈で考えれば、東シナ海における(ガスがそれほど無いはずの)日中境界線上のガス田開発で必死に既成事実を作ろうとしているのはこの地域の制海権や排他的権利を将来的に確定させる為の布石、北朝鮮の存在も、対日本、韓国、アメリカの重要な軍事同盟国として必要不可欠な存在、という現実が浮かび上がってきます。

 そんな中、中朝友好協力相互援助条約は50周年を迎えました。日本の一部メディアでは、この条約の中で規定されている、北朝鮮が第三国に攻撃される場合には中国は北朝鮮防衛のために参戦せねばならないという条項について、中国があいまいな表現をしていることで、中国側が乗り気ではない、中朝の間が離れつつあるといった分析を行なっていますが、これは完全な誤った分析です。

 ここ10年アメリカでもこの条項についての研究をし、直接中国共産党の幹部にも某所で問いただした経験から判断すれば、この条約の存在は中国にとって論ずる意味も無いくらい重要なものと断定せざるを得ない。わが国にとって日米同盟が非常に重要なもので議論の余地も無いのと同様、中国にとってこの条約は議論の余地も無いほど重要なものと捉えられています。あいまいな表現をしたのは北朝鮮に対してではなく、国際社会に対しての「言い訳」にすぎない可能性がきわめて高い。この問題をきちんと分析していれば誤りようがないポイントです。

 口先で何を言おうが、これまで、ロシアのように軍事条項をなくした条約に変えることも十分に出来たにもかかわらず、あえてその改定を行なっていない、そしてあえて最大限の配慮をして継続している事実がそれを物語っています。北朝鮮が核実験を行なって中国が「激怒」したはずのときですら、この条項の問題は言及すらされていません。

 そのような国々に囲まれているわが国の厳しい国際政治情勢は、震災後も何一つ変わってはいません。今の政治の中で本来であれば、こうした安全保障面においてもきちんとした対策を打っておかねばならないはずです。本来震災後の状況で日米関係を強化する絶好のチャンスにもかかわらず、日米のより緊密な同盟関係を創っていく動きがまったく見えていないことに危機感を覚えざるを得ません。集団的自衛権の問題やテロリスト・テロ国家への金融問題など、今進めるべきことはいくらでもあるはずです。

suzuki_keisuke at 18:25トラックバック(0) 

2011年07月08日

「ストレステスト」はただの言葉遊びではないのか

 国のトップリーダーは、国の将来のために命がけで働く。私はそういうものだと信じて政治家を志し日々いろいろな意味での鍛錬をさせていただいているつもりです。おそらく政治を志す者のほぼ全員が同じ思いだろうと思います。

 にもかかわらず、今回の菅総理の原発再稼働に対するいい加減なパフォーマンス、唖然としたというのが正直なところです。前回のブログでの3つの選択の中の最悪の選択を総理はしたようです。いったい菅総理はこの国をどのようにしたいのか?

 まともな政治家であれば、私が従来から指摘しているように、福島第一原発での事故が起こった直後から、,海谿幣紊糧鏗桶搬腓鮨い止める方策をうち、∋故があそこまで悪化した原因の究明を行い、そのうえで、2燭鬟リアしていれば安全なのかというレッドラインを科学的な検証の上に定めて、それを満たす対策が済んだものから住民の理解を得ながら稼働していく、という作業に取り掛かっていなくてはならなかったはずです。このこそが「ストレステスト」に他なりません。

 福島から遠く離れたヨーロッパですらそのような議論が私が出張した6月上旬の段階ですでに大詰めを迎えていました。そして日本でも安全宣言が出された、これはすなわちストレステストをクリアーしたという判断を民主党政権が下した、という意味です。「ストレステスト」とは「リスクを仮定してその下でも安全かどうかのチェックをきちんとすること」であって、それなしの安全宣言はあり得ません。

 もちろん安全かどうかの判断基準には科学的な知見も必要ですし、何が起こるか分からない未来におけるリスクの仮定の仕方にも科学的な根拠がなくてはなりません。

 たしかに再稼働や安全宣言は非常にセンシティブな問題です。だからこそ政治が信頼を失っている状況下ではその進め方には慎重であるべきです。その意味でそのような検証の過程をある程度オープンにすることで初めて国民の安心・理解が得られるという感覚が今の政権には欠如していた、これは事実です。しかしそれは紛れもなく菅総理、民主党政権の体質の問題です。

 私は少なくとも、今回の福島原発の事故後の対応については、初期対応における菅民主党政権のミスも含めて、今回の備えが足りなかったところをキチンと検証(ストレステスト)して、対策を打っていたものだと思っていました。それさえ、していなかったというならばそれは怠慢というよりほかない。

 今回のドタバタ劇、その真相は、菅総理がストレステストという新しい言葉を使っての言葉遊びを自らの保身のためにしているだけなのか、あるいは、震災発生以降まともなストレステスト、すなわち検証と安全対策を今の政権はしてこなかったのか、いったいどっちなのか。

 わが国の産業や我々国民の未来がかかったエネルギー政策です。言葉遊びや怠慢によって、わが国の将来をめちゃくちゃにすることが政治家に許されていいとは私には思えません。高齢者の方から企業に至るまで国民一人ひとりが必死に節電などをして菅総理の失政の尻拭いをしているのをいいことに調子に乗るな、と言いたいと思っているのは私一人ではないはずです。国難に際して、物事を前に動かす、そのために知恵も政策も総動員することこそが、今の政治に求められているのではないでしょうか。

suzuki_keisuke at 00:29トラックバック(0) 

2011年07月03日

古川佐賀県知事への対応で民主党政権の本質を見極める

 定期点検により停止した原子力発電所が再稼働できない状況が続いています。猛暑の夏を迎え、熱中症による健康被害が多発し、また電力の安定供給への政治の強い意志が欠如しているとの懸念が台頭して、産業の海外移転が加速しかねない状況になっています。

 今のままではわが国の将来の経済・雇用・生活への大打撃は避けられません。雇用が大きく失われてしまえば、国内にとどまってい生活するという選択をする限り、貧困による苦しみや治安の悪化が生活の安定を奪う事態も現実のものとなることが予想されます。

 もちろん安全対策が十分に取られていることが必要なのは言うまでもありませんが、現実的にエネルギー戦略をどうするのか、日に日に経済への悪影響が現実のものになってきている今の状況では、判断をいつまでも先送りすることは許されません。

 原子力エネルギーへの依存をどうしていくかが大きな議論となっている状況ですが、それに対して世論に対しては脱原発というポーズをとっている菅総理が何と発言しているか。

 「原子力発電所については安全性をきちんと確認した中で、それぞれ地域の皆さんも心配されているわけですから、しっかりと説明をして、安全が確認されたものについては稼働をさせていくということになる」(6月27日総理記者会見)

 昨日玄海原子力発電所の立地県である佐賀県の古川康知事が、海江田経済産業大臣からの再稼働要請に対して、総理大臣の口から安全性の確認と再稼働の必要性の説明・要請がその条件となるとの見解を示しました。

 総理の5日前の発言と照らし合わせれば、総理は佐賀県知事に対して自らの見解を責任を持って伝える必要があります。まさにここから逃げるということは、わが国の経済の将来、エネルギー戦略のありかたという政治決断から逃げる、総理大臣の国家の未来への責任から逃げるということに他なりません。

 面会をせずに総理としての責任から逃げるのか、これまでの脱原発パフォーマンスから原発を進める方向に転向するのか、海江田大臣に責任を押し付けて逃げるのか、とりうる選択肢はこの三つしかないわけで、日本のトップリーダーとしてどの選択をするのか、菅総理の今後の行動・発言に注目したいと思います。

suzuki_keisuke at 01:14トラックバック(0) 

2011年07月02日

当面のエネルギー政策の課題(LNGを例に)

 連日猛暑が続いていますがいかがお過ごしでしょうか。私にとっても毎朝の駅頭での演説でタオルと水分補給が欠かせない日々になってきています。皆さまにおかれましても、連日お仕事などで大変な中とは思いますが、熱中症などにはくれぐれもお気を付け下さい。

 さて、いよいよ夏本番を迎えそうな中、電力不足のリスク、そしてそれがわが国の経済に長期的に与える影響についての懸念が持ち上がってきています。今後のわが国のエネルギー戦略を具体的にどうしていくのか、政治が待ったなしで本気で考え決断せねばならない大きなテーマです。

 長期的には自然再生エネルギーの割合を増やしていく、これはおそらく多くの国民の方々のコンセンサスです。しかし、中期的、短期的にどうしていくのか。まさに電力の供給が不安定になったり価格が高騰したりという事態は、産業の空洞化のリスクが従来以上に高くなるということとも直結します。今どのようなエネルギー戦略のビジョンを政治が示せるのか、わが国の経済・雇用・生活を守るためにもまさにそれが大きく問われています。
 
 中期的な問題として、原子力エネルギー、特に現在の核分裂エネルギーとの付き合い方をどのようにしていくのかが、大きく問われています。「安全」というラインを科学的・政治的にどのように引くか、再稼働も含めた当面の対応についての私の見解は従来からこのブログでも書かせていただいているとおりです。

 しかし、実はそれに加えていくつも検討が必要な問題がエネルギーに関しては数多く存在しています。

 特に既存の原子力発電所の定期点検後の再稼働にも大きなハードルが立ちはだかっている現状、それも菅総理が根拠なく5号機(ABWR)も含めた浜岡原発の停止を強行したことで福島第一原発の事故以降議論されてきた「安全」という観点ではなく「安心」という科学的な検証・リスク評価だけでは乗り越えられない観点での不安が生じてしまっているという「新たな現実」を踏まえれば、原子力発電の穴を何かで早急に埋めなければならない短期的な要請も強まっています。

 仮に化石エネルギーに原子力で賄ってきた電力の一部をシフトさせる場合に有力視されている天然ガス。もし天然ガスによる火力発電の比重を高めるということであれば次のような点についての議論・判断が必要です。

 わが国における天然ガスは、パイプラインによる生ガスの輸入がないためにその大半が液化天然ガス(LNG)です。そのために、外国の天然ガス関係者も指摘しているところですが、天然ガスの間で、つまりLNGと生ガスの間での価格競争が働かず、わが国においては液化天然ガスの輸入価格が国際的な価格の数倍となってしまっています。まさにわが国はLNGの輸出者にとって「おいしい販売先」となってしまっている現実があるのです。

 こうした現状を考えれば、たとえばサハリンなどの天然ガスのガス田から北海道方面へのパイプラインを敷設するべきなのか否か。経済性やエネルギー安全保障、さらにはそのほかの安全保障の観点からも、今の原子力エネルギーをめぐる環境の変化を踏まえた再検討が必要です。

 これは一例にすぎませんが、まさにエネルギー戦略はわが国の経済の復興、そして10年後、20年後の競争力、生き残りを大きく左右する非常に大きなテーマです。原子力エネルギーを中心に現実的戦略的な方向性を政治が決断せねばならない時期を迎えているのではないでしょうか。

suzuki_keisuke at 01:54トラックバック(0) 
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