2011年08月

2011年08月31日

野田氏の手法は「旧い政治手法」ではないのか?

 野田氏が総理に就任して最初の役員人事、ようやくまっとうな政治になるかと少し期待していた矢先でしたので、正直驚きを禁じえませんでした。もしこれが自民党の人事であったら「派閥均衡」、「時代に逆行する旧い政治の復活」と猛烈に批判されたはずです。「ノーサイド」「党内融和」という言い方でもっともらしく聞こえていますが果たして本当にそんなにいいものなのか、一度冷静に考えねばならないのではないでしょうか。

 確かに菅総理、鳩山総理とあまりにもその運営が稚拙でわが国の国益を大きく損なったのは事実ですが、だからといって旧い古い政治のやり方に戻せばいいというものではないのではないでしょうか。

 すべてを立てるかつてのような利益誘導、調整型の政治がふさわしい時代ではもはやなくなってしまっている。失われた十年と、いろいろ批判はあるものの少しずつ経済競争力も回復した小泉構造改革の経験を振り返ればそのことは明らかなはずです。

 政権交代があり、鳩山総理への失望があり、菅総理への絶望があり、というそれぞれのトピックに焦点は当たりがちですが、今の世界経済や国際環境、わが国の少子化をはじめとする根底にある流れは変わっていない、そしてそのような変化についていけていない政治を抜本的に変えていかねばならないという要請もまた変わっていない。そのことを我々は忘れるべきではないと私は思います。

 もちろん出遅れてしまっている震災対応、原発事故対応についてはきっちりと進めていくということが最重要ですが、同時に今の難局を乗り切るためには、八方美人ではなく、優先順位を明確にし、タイミングを間違えない、痛みを伴うとしても先送りしない政治姿勢こそ求められている、その観点から果たして今回の人事はどうなのか。

 新政権の門出ですから、わが国のために頑張っていただきたいと思いますが、正直不安を払しょくできない思いを禁じえません。
 


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2011年08月28日

「拙速」「密室」「内向き」ではわが国の政治は変わらない

 それにしてもわが国の今後を考えたとき暗澹たる気分にならざるを得ません。民主党の代表選挙、他の党のことでもあり論評するのもどうかと思ってきましたが、さすがに書かざるを得ないと思うに至りました。

 菅政権の地震対応、原発対応が批判される前から民主党政権は様々な点での失政を積み重ねてきた、そして批判が非常に高まっていたということを我々は忘れるわけにはいきません。尖閣の問題、普天間の問題、景気対策、財政問題、マニフェストの問題、政治とカネの問題と多くの問題がこの二年間指摘され続けてきました。

 菅政権があまりにも酷かったために鳩山政権の問題が忘れられがちですが、政権運営において「親小沢」だろうが「脱小沢」だろうがどちらも機能しないことはこれまでの二年間が証明していますし、マニフェストについての「鳩山路線」も「菅路線」もどちらもわが国の将来のためにはマイナスにしかならないこともこれまでの二年間が証明しているという点を忘れるわけにはいきません。

 にもかかわらず、今回の代表選、各候補の主張などを分析すると簡単に言えば「鳩山政権に戻るか、菅政権に戻るか」という二択でしかないようです。わが国の国益にとって大きなマイナスであった菅政権あるいは鳩山政権を中枢で支えてきた人が新総理となる以上、本来であればうまくいかなかったこれまでの民主党政権の二年間と政治的政策的に具体的に何をどう変えるのかが浮き彫りになるような論戦が繰り広げられていなければわが国の政治がいい方向に行くことは期待できません。

 そしてなぜ、国会議員票だけで数十時間で新総理を選んでしまうような選挙をするのか。国民不在のうちに内輪の都合で一国のリーダーを決めてしまうのは有権者への裏切りといってもいいような状況です。一応オープンな選挙という形にはなっていますが、実質的には森総理を選出した小泉政権以前の昔の旧い自民党のやり方と何ら変わるところはありません。

 「今国会中に」というならばこの前の金曜でなくもっと早くスタートすればよかっただけの話、そもそもが政治空白であったために菅総理を変える以上「政治空白を作らない」という理由も正当化はできません。

 こうした密室の中での選考プロセスへの明らかに強い違和感と、各候補の主張を見てもまたこれまでの二年間の繰り返しになるとしか思えない状況、不安を感じておられる方が極めて多いのではないでしょうか。実際夏のお祭りシーズンで地元でも多くの方とお目にかかりますが、多くの方がそのようなことをおっしゃっています。

 しかし、その一方で自民党としてもただただ民主党の失点を待つばかりでは当然許されません。他の選択肢が明らかに機能していなくなってしまっている以上「自民党がしっかりする」ことはわが国のこれからを考えれば極めて重要です。

 震災対応にはこれまで通り全面的に協力しながらも、経済復興の在り方、外交などきちんと主張すべきは日本の将来のために主張し、さらには自民党の中に残っている旧い体質や政策の修正すべき部分をしっかりと変えて行く責任が我々にはあると私は感じています。



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2011年08月18日

最近の韓国の政治情勢

 昨日は一日情報交換のために韓国に出張していました。

 中国が急激な軍備増強を続け、しかも航空母艦やICBMといった攻撃的兵器に重点を置いて強化している現実の中で、わが国が外交面で今後どのような政策を採っていくべきか大きく問われています。

 そんな中で、当然一番の優先順位はアメリカのアジアへの関与をきちんと維持することです。しかし同時に、東アジア地域で同盟国たりうる国が台湾と韓国しかない現状の中では、この両国がどの方向を向こうとしているのかをきちんと把握することはわが国にとって非常に重要です。

 実質一日という限られた日程の中でしたが、韓国の国際政治の専門家やマスコミ関係者数名と情報交換をすることができました。

 何よりも大きな焦点は、来年末の大統領選、そしてその行方を占うという意味でその前に行われる総選挙です。現時点では李明博大統領と同じハンナラ党から立候補予定の朴槿恵候補が本命とされている状況に今後変化があるかどうかが注目されます。

 選挙にあたっては、北朝鮮問題や竹島問題等の外交よりは経済や福祉が重要視され、特にいわゆる「財閥」問題にどう対処するかに関心が集まっているようです。

 現状韓国の政情は、李大統領が成長戦略などの大きな政策については評価され、特に海外からは支持が高いものの、国内ではその強すぎるトップダウンの手法が敬遠されて支持率が下っている状況でもあります。

 どうやって朴氏が李大統領との違いを出せるのか、そして前回のハンナラ党の大統領候補選び以来うまくいっていない李−朴関係がどうなるか、さらには父親である朴正煕元大統領のイメージ、女性であることなどがどのような影響を与えるかなど注視が必要です。野党・民主党のサイドが財源の裏づけのないままに給食費の無料化を政策として打ち出そうとしてるなど、どこかの国で政権交代の選挙前に繰り広げられた光景が見られることも気になるところではあります。

 朴候補についてはその外交政策など明らかになっていない点が多いものの、基本的には今までの路線を継承するものと考えられているようです。韓国の外交専門誌の次の号に北朝鮮政策についての論文を寄稿しているようなのでそれも注目されるところです。

 いずれにせよ、大統領制の韓国にあっては次の5年間が大統領次第で大きく変ってきます。竹島の問題や為替の問題などいろいろな問題で日韓の間で違いはありますが、根幹のところで共通の価値を持つ国が隣にあるということの恩恵をこの数年間わが国は受けてきたことを忘れるわけにはいきません。

 そして韓国側でも政府内をはじめとして、非公式には「竹島」問題や「日本海」問題などに必要以上の強硬姿勢で臨むことが韓国にとってもメリットは少ないという現実的な感覚を持つ層が少なからずいるのも事実です。

 特に韓国の次期大統領の5年間は体制変更のタイミングを考えれば、北朝鮮問題や中国問題に大きな動きがあるかもしれない非常に重要な5年間です。次期大統領の問題、もちろん韓国国民が判断することではありますが、わが国としても無関心ではいられない問題でもあります。

 

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2011年08月15日

戦争が終わって66年目の日に

 今年もこの日がやってきました。先の大戦の敗戦から66年が過ぎました。この国のために、家族のために、愛する人のために、遠く離れた戦地で、そして日本の国土で犠牲となられた方々の英霊に心よりの感謝と鎮魂の思いを捧げる次第です。

 毎年思うのは、亡くなった方々は今のわが国を見てどう感じているのだろうかということであり、自戒と共に政治に携わるものとして責任を痛切に感じるところです。そして、今年は東日本の大震災もわが国を襲った年でもあります。まさに国中一丸となって新しい国づくりをしっかりと進めていかねばならないと決意を新たにいたします。

 そして、この日だからこそ振り返るべきは過去の歴史ではないでしょうか。戦前、「けしからん」という感情で合理的な判断なくそんなムードの後押しを受けて戦争に突入したわが国は、戦後再び「けしからん」という感情で過去を全否定し非武装中立という非現実的な世論の流れの影を引きずることになってしまいました。アメリカとの同盟関係に寄りかかって結果オーライできてはいますが、現実的な安全保障政策の議論が未だに出来ていない現状は中国の軍事大国としての急速な台頭を前に、わが国の未来に大きな不安を落としています。

 また今年の福島第一原発の事故後には、再び「けしからん」という感情で、冷静な科学的な原因分析も安全対策の議論もしないままに、そして現実の経済への影響を考えることもなく「脱原発」という言葉ばかりがもてはやされブームが起きています。ドイツやイタリアも全く同じような道をたどっていることからも、何もこれはわが国だけの特有の現象ではないこともまた明らかであります。

 本来政治は、こうした「けしからん」という感情論によって動かされてはならないはずです。「心は温かくそして熱く、しかし頭は冷静に」とはまさにいい得て妙な言葉です。将来を見据え、「何をしたら人気が出るか」ではなく、「将来のために今何をすべきか」を冷静な情勢分析と勇気を持った決断力で判断を下すことこそが政治の本来の使命であることに異論はないはずです。

 物事の優先順位を間違えないこと、そしてタイミングを間違えないこと、私はそれが政治の一番大事なポイントだと考えています。

 物事に優先順位をつけるということは、あるときには優先順位が低いものを切り捨てる覚悟も求められます。何が大事かということに正解はないかもしれません。もちろん何も切り捨てないことが一番望ましい。しかし現実には難しいことも多々ある。日々の暮らしの中で、仕事の中で多くの方が感じられている現実だと思います。そして、何も決めないこともまたリスクであることが多い。そこの判断を間違えないようにするための鍛錬と謙虚さ、そして強い信念が政治に携わるものにはこれまで以上に求められる時代を迎えているのではないでしょうか。

 戦争が終わった66年後の今日、先人が護ろうとしたものに思いをはせつつ、今後とも懸命に務める決意を改めてした次第であります。

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2011年08月13日

不安定化する国際情勢の中で

 アメリカ経済の先行きがどうなるのか、ドルの基軸通貨はどうなっていくのかという点と共にここのところ世界的に大きな関心を呼んでいます。ここ数十年世界経済の中で圧倒的な存在感を示していたアメリカの地位そのものに疑問が生じているといってもいい状況です。しかし実際にはアメリカは未だに世界一の経済力を誇り、かつ今後ということで言っても先進国では珍しく人口の成長が見られている国です。一体何が問題なのでしょうか。

 そして実は同じような将来の不透明性はヨーロッパでも中国でも見出すことが出来ます。そもそも、モノづくりなどの産業を中心としたモノを基本としてきた経済体系が、金融などモノの数十倍の規模、そして速さで動くカネをベースとする経済に変ってきていることがこのような不安定性の一つの要因と考えられます。

 そのような状況下で求められるのは経済で言えばやはり新しい状況に迅速に適応できる機動性、ダイナミックな変化を許容する環境づくり。各企業の行動という意味でも国という意味でもこうした点がこれまで以上に求められてきています。

 そして今後の世界は、経済という意味だけでなく、国際情勢という意味でも非常に不安定になってくる可能性が極めて高い。これまでの超大国であったアメリカについては経済的政治的に将来への不安が囁かれており、一方で今後超大国となる可能性が高いといわれている中国も同じように不安定な将来を抱えていると言わざるを得ない状況です。

 確かに経済政策の機動性という意味では、一党独裁国家であり合意形成が容易な中国は民主国家よりもうまく経済運営を出来る可能性はあります。しかし社会的にはむしろ独裁体制であることによる情報社会とのひずみが大きな不安定要素となる可能性は高いといわざるを得ません。

 こうして考えると今後わが国を取り囲む東アジアの情勢も世界の情勢も非常に流動的になる可能性が高いといわざるを得ません。

 安全保障という意味でも中国の軍拡が非常に目立ってきている状況です。戦略核、航空母艦などへの重点的な投資は、中国が戦略的にアジアからアメリカの影響力を排除させる目的で動いている可能性が高いことを示唆しています。政治が不安定になればなるほど中国のこの地域への軍事的リスクは高まります。

 もちろん日本としてはいかにしてこの地域にアメリカをつなぎとめておくことが出来るかが最優先の現実的な戦略であるべきです。しかし同時に国としてはわが国の国民を守るためにはアメリカがアジアの地域での影響力を弱めてしまう可能性も考えておかねばなりません。今までのように第7艦隊をはじめとするアメリカ軍の存在を前提とした軍事の考え方を中心としつつも、アメリカが徐々に中国や経済事情により撤退させられるプランBも真剣に検討せねばならない時期に来ているのではないでしょうか。

 今の政治にはこうした様々な面での的確な情報収集と分析、戦略的な判断がかつてなく求められいるのではないでしょうか。内向きの議論にばかり終始している余裕はないはずです。

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2011年08月05日

円高への対応で忘れてはならないこと

 円の急騰が注目されています。為替介入にどの程度の効果があるのか、一定の効果があると思われている今の状況であれば一定の効果があるとも考えられますが、既に1990年代と比較しても取引量が急増している状況にあってはいつまでも為替介入頼みというわけにもいかないと思われます。

 そもそも、為替介入は短期のスムージングのためのものであり、当然長期のトレンドを変えるものではありません。むしろ構造的な状況を考えれば、金利差、金融政策の相違などのほうが大きな役割を果たしているといってもいいと思われます。

 そして、実は短期のスムージングという意味でも、中央銀行がどのようなタイミングでどのような決断を下すか、端的に言えばマーケットの期待をどうコントロールしてそれ以上のものをどうやって実行していくのか。実際の対策以上にそれが「どのように市場に受け止められるか」の方がよほど重要な影響をもたらします。

 明らかに今の日銀にはそうした考え方が欠けているとしか言いようがない。「何をするか」と同じくらい「どう受け止められるか」が効果を持つとすれば、同じ政策を打つにしてもその効果を最大化するためには、タイミングをはじめとした戦略が重要ですし、それを可能にするための市場とのコミュニケーション能力が中央銀行のトップには非常に重要な時代を迎えているわけです。正直今の日銀総裁のその点での能力が高いかといえば、そのような評価を聞くことは殆どないのが現状です。

 そして皆さんもご記憶と思いますが、その今の白川総裁を選出したのは、当時野党であった民主党のごり押しの結果でありました。市場や政治とのコミュニケーション能力ではるかに高いポテンシャルを持っていた他の候補者を次々に却下して、日銀総裁不在という異常事態を生んでまで白川氏を総裁にした民主党の責任については明確にしておかねばなりません。まさに今の円高、そしてそれによる国益の喪失についてその「人的な」部分についての経緯を思い出す必要があると思われます。

 まさに今の為替の問題、金融政策の内容そして戦略性が、介入云々以上に大きな鍵を握っているということを我々はもう一度認識しておく必要があるのではないでしょうか。

 そしてそれに加えてもう一つ申し上げねばならないのは、為替の問題が我が国の産業の競争力や空洞化に繋がらないようにするためには、むしろ我が国による為替介入よりも、韓国や中国の為替操作をやめさせることこそが我が国の国益に直結するということであります。産業的に問題なのは「ドル円」というよりは「ドル円とドルウォン」「ドル円とドル元」の比較の中で相対的にドル円相場だけがドル安の影響をもろに受けているということに他なりません。であるとすれば、ドル円で効果の限られた介入を繰り返して資金を投入するよりは、中国や韓国といった国々に為替操作を辞めさせるように他のG7諸国と連携して圧力をかけ、そうした国際的な枠組みをつくることこそが我が国がとるべき政策なのではないでしょうか。

 本来政治レベルで判断せねばならないこうした点について、あまりにも最近の議論が単線化しているのではないか、短絡化しているのではないかと感じられてなりません。まさに今求められているのは、正しい内容の金融政策の効果をマーケット的にも最大にするための戦略であり、為替についても新興国による為替操作を止めさせる国際的な枠組み作りをリードすることであるはずです。

 

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2011年08月01日

アメリカはよかった。しかし日本は・・・(財政健全化はどこへ行ったのか?)

 デフォルトが心配されていたアメリカですが、ようやく与野党の幹部が合意に達したということでひとまず当面の危機は回避されました。もちろん債務問題そのものが片付いたわけではありませんので、これからも注視していかねばなりませんが、ギリギリのところで踏みとどまったことは世界経済にとってもよかったといえると思います。

 さて、一方の日本。自民党政権時代にされていた、財政について当面の目標として毎年の税収と支出を均衡させるプライマリーバランスの黒字化の議論がどこかに消えてしまいました。一体どこへ行ってしまったのか。

 小泉政権において決められた「骨太の方針2006」で示された「歳出歳入一体改革」においては2011年度のプライマリーバランスの黒字化達成が目標として定められ、実際の数値も2005年度に14.8兆円あった基礎的財政収支の赤字規模が2007年度には6.4兆円まで縮小するなど、2011年度の黒字化に向けて着実に財政改革が進んでいました。

 参考までに当初予算におけるプライマリーバランス(単位:億円 (注)簡便な方法での算出なのでSNAベースの中央政府のものとは異なります)を下記に掲載いたします。

H17  ▲159478
H18  ▲112115
H19  ▲ 44332
H20  ▲ 51848
H21  ▲130503
H22  ▲229357
H23  ▲227489

 平成21年度予算は、前年の平成20年の9月にリーマンブラザーズが破綻し、いわゆるリーマンショックの状況下での財政出動が盛り込まれています(他に補正予算を3回)。また平成23年度予算は予算編成は平成22年中に行なわれていますので、今回の震災対応の予算は含まれていません。

 本来であれば平成22年度以降は、いわゆるリーマンショックから世界経済が立ち直りを見せ、国内においても緊急避難的な財政出動は必要がなくなっている時期でもあります。本来であればプライマリーバランスの状況は改善していていいはずの時期です。

 確かに税収の落ち込みはありますが、埋蔵金でカバーしているところもあり、マイナスの影響は多少相殺されます。実は予算を詳細に見ると、10年以上60兆円台だった歳出(基礎的財政収支対象経費)がここ2年70兆円台に膨らんでしまっているのです。

 本来経済環境的には、財政の健全化に向けて負担を減らす方向に進んでいかなくてはならないはずの財政運営が、むしろ逆に悪化の一途を辿っている。明らかにこれでは政権交代以降何かがおかしくなってしまっているとしか言いようがありません。

 確かにこれまでの自民党政権の財政運営も決して完璧ではない部分も多かったのは事実です。公共事業等に必要以上に手厚い旧いスタイルの業界・利権政治の残滓があったのも事実です。だからこそそこに違和感を持ち私も現職の当時は党内で改革を唱えてきました。そしてそれが十分に出来たのだろうか、という思いがあるのも事実です

 しかし、そんな私の目から見ても、小泉政権以降少なくともそうした旧いバラマキ体質が改善されてきていた流れの中で、政権交代以降一気に20年前のバラマキ体質に戻ってしまったとしか言いようないことをこの数値は明示しているのではないでしょうか。事実を見る限り、「今の借金は自民党が作ったもの」という政権のアピールは論点のすり替えなのではないかと疑わざるを得ません。

 プライマリーバランスの収支は、あくまで単年度で見ていくものです。もちろん国債の利払い費などの負担はありますが、それはこの低金利の下では誤差の範囲といってもいい水準です。

 本気で財政の健全化に取り組み、子供たちの時代にツケを先送りしないと真剣に考えるのであれば、今すぐにでも2018年にプライマリーバランスを黒字化する目標を決定し工程表を作成する。それが私は今の政治の責務だと思います。

 単に「復興にお金がかかります、だから増税」というのであれば、それは震災を口実にした改革先送りに過ぎません。そう言うだけならば政治など何の機能もしていないといっていい。一刻も早く、当面の復興とさらにその先の将来をも見据えた骨太の政治を取り戻さねばならないのではないでしょうか。金利の動向など不確定なものが多いこれからの時代を考えれば、時間はそんなには残されてはいません。


suzuki_keisuke at 18:46トラックバック(0) 
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