2011年09月

2011年09月29日

わが国の経済復興と無関係ではないギリシア危機

 ここのところ世界の金融市場そして世界経済の動きが極めて懸念すべき状況になっています。

 「景気」という文字が「気持ち」の「景色」とはよく言ったもので、最近の状況を考えれば、モメンタムが上向けば強気の相場になり、バランスシートの改善や家計の改善により投資や消費が活性化し、経済全体が上向く、といった、まさに専門家からすれば論理的ではない流れが恒常化しています。

 金融マーケットでも、真理は「皆が売れば下がり、皆が買えば上がる」という一つだけです。何が起こったかよりも、「どう受け止められたか」のほうが遥かに投資行動を左右します。

 同じようなことは金融政策をはじめとする政府・中央銀行のうつ政策についても言えて、「何をするか」よりも「どう受け止められるか」が短期的には少なくとも大きなファクターになっています。このことは好むと好まざるとにかかわらず「現実」として受け止めねばなりません。

 そんな中で、ここのところのキーワードはまさに「不確実性」。ギリシアの問題に端を発し、気付いてみればアメリカも欧州も中国などの新興国も日本も軒並み景気が思わしくない状況になっています。

 特に最近の動向で非常に気になるのは、市場が「政府・中央銀行の限界を見極めるマーケット」の様相を呈していることです。何をやっても効果はない、といった先入観で見られてしまえば、あるいはスーパーマンを期待されては、あらゆる政策が受け止められ方という意味では非常にネガティブになってしまいます。

 先日の円高対策のような場当たり的なバラマキは論外ですが、このような状況を打開するためには何よりも、状況の底打ちとその後の青写真を明確に示すことが必要です。ギリシアの状況を見ていても、様々な関係者の利害が絡み合って、結果的に決断が先延ばしされ、その時間の経過が事態をより深刻にしている、本来であればギリシアのデフォルト後に資金の出し手ともなる他の国や金融機関の状況が徐々に悪化してしまい、より悪い結果を招く、という悪循環に陥っているように思えます。

 市場のルールに従って処理するのであればどこかの段階で決断が必要です。震災後の復興を果たし、かつ少子化といったここのところの厳しい環境を乗り切っていかねばならないわが国としても、世界の経済金融情勢は無視できない問題です。

 今の日本は国内の政治状況もあって、リーマンショック後と比べても圧倒的に存在感がなくなってしまっていますが、かつての不良債権問題の処理から得た教訓も含め、あるいは相対的に傷んでいない資金がある状況でもあるわけで、わが国としてG7やG20の場で発信すべきことは多くあるのではないでしょうか。

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2011年09月21日

真に意味がある「円高対策」への転換を

 円高が日本経済に与える影響が深刻であるということは、私の選挙区の横浜市港北区・都筑区の中小企業の工場の方と話しても、あるいは我が国を代表する様々な産業の大企業の方と話しても明らかな現実です。

 そして実は、おそらくそのうちのかなりの部分は、対ドルの円高というよりは、ウォンや人民元と比べて円が独歩高といった状況になってしまっている、という部分に起因しているのではないでしょうか。

 そんな中で、円売りドル買いの介入を行い続けていくことに果たしてどのくらいの意義があるのか、この点をきちんと検証することが必要なのではないでしょうか。

 今や為替介入は国内に向けた政治的な言い訳に使われている様な気がしてなりません。トレンドをかえるどころか、テクニカルには非常にうまくやっているにもかかわらず結局スムージングにすらなっていないケースが多い中で、この点をやはりきちんと考えねばならない時期に来ているのではないでしょうか。

 我々は事実を直視せねばなりません。その事実とは、基軸通貨の一つである円の取引量は韓国ウォンや人民元と比べても圧倒的に取引量が大きなマーケットであり、同じ規模の介入を行っても効果が全く違うということです。

 昨年度で日本円の一日あたりの取引量は40兆円を越えています。一年で考えれば一京円を遥かに超える取引がされています。そのような中で数千億円、多くて数兆円の介入を行ったところで効果はきわめて限定的であることは容易に想像できます。率直にいって、韓国や中国が人為的に自国通貨の相場を低く抑える、コントロールすることがある程度可能な一方で日本にはそれが事実上不可能なのが現実です。

 確かに5年前と比較しても日本円は韓国ウォンと比較して1.5倍くらい高くなってしまっています。経済のファンダメンタルズを考えれば明らかにおかしい。5年前同じ価格だった韓国の製品が何もしなくても今では価格が3分の2になっている、というのでは日本企業にとっては大逆風もいいところです。

 日韓が、あるいは日中が介入競争をしていても、市場規模がここまで違えば、得られる効果は全く違ってしまいます。であるとすれば、むしろ我が国としては、基本的に為替相場への政府による介入を全面的にさせない様な自由な通貨市場を形成していく方向にG8、G20の議論を持っていくよう方向転換すべきなのではないでしょうか。

 アメリカがしばしば議論している為替操作国の指定といった手段を先進国がとりうるのか。先進国各国で雇用も厳しくなっている状況です。我が国としても、いつまでも円高対策といえばとりあえず為替介入といった、通貨市場の規模が実需中心で小さかった頃の思考回路にとらわれているべきではないのではないでしょうか。もちろん金融政策の効果を最大限にするための方策をキチンと整えねばならないのは言うまでもありませんが。。


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2011年09月17日

野田政権はトチ狂っているのではないか〜復興増税の方向性〜

 復興増税を法人税・所得税で行うとの方針を野田政権は決定したようです。簡単にいえば、この厳しい状況下で日本に踏みとどまり必死に黒字を計上している企業と、必死に働いて稼いでいる個人だけに負担を負わせるということです。

 産業の空洞化が止まらず、震災でさらに多くのビジネスが海外に流出しようとしている今、必死に頑張っている企業、人だけから税金を取ろうというのは、トチ狂っているとしか言いようがありません。

 これ以上日本経済の復興の芽を摘んでいったいどうするのか。確かに政治的には、選挙的にはすべての人が平等に少しずつ負担する消費税増税よりは「賢い」のかもしれません。しかし、我が国の将来のためには確実にマイナスです。

 いったい何を考えているのか。そもそもこの状況下で法人税を10%増税したところで、日本に投資するなというメッセージになりこそすれ、税収的には消費税の2%分に届くかどうかといったところでしょう。完全に内向きの論理で国の将来を売ったとしか言いようがない判断です。

 そもそも税制的に考えれば、少子高齢化が進み労働人口の割合が減り、国際競争が厳しくなる時代、今後の方向性は法人税や所得税を減税し、消費税等の間接税にシフトしていく、いわゆる直間比率の見直しでなければなりません。きちんと働いている方や国際競争で頑張っている企業の負担を減らして、より頑張りがいがあるような社会にしていかなければ、我が国全体が沈んでいってしまいます。

 今回の議論、所得税の増税の仕方が、課税ベースを広げる方向にちゃんと行くのかは注視したと思いますが、明らかに旧社会党的な左派の考え方、つまり「頑張っても頑張らなくても負担も配分も平等」という方向に野田政権も進む可能性が高いといわざるを得ません。

 厳しい国際競争の中で日本が、日本の企業が、日本人が生き残れるかどうかの瀬戸際にあるこの数年間、まさにこの様な誤った政策は命取りになりかねません。いま野にある身としては焦燥感ばかりが募りますが、今回の流れをみるにつけ、できる限りのことをせねばならないと痛感しています。


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2011年09月14日

民主党の言論統制を許すな

 輿石民主党幹事長が鉢呂経済産業大臣の辞任劇に関して、報道したテレビ局の幹部を呼びつけて叱責したという件が大きな波紋を呼んでいます。

 違和感を感じるのは、報道されたのはあくまで「事実」であり、かつ福島原発事故以降の放射線の問題を含む原子力行政に直接かかわる経済産業大臣の放射線に関する発言が報道された、まさにそういう意味では本来の報道機関としての役割を果たしたにもかかわらず、民主党が問題視していることです。

 仮に、事実とは異なることが報道されていたり、著しく公平性を欠いた偏った論評がされていたり、あるいは職務と全く異なる点で揚げ足を取られたり、ということであればまだ理解できます。しかし、今回の件に関しては、まさに権力が自らに都合の悪い「事実」を報道させないように圧力をかけているとしか言いようがありません。

 むしろ批判されるべきは、こうした報道の自由への干渉を政権与党のトップが現実に行っているにもかかわらず、その事実をきちんと伝えていない報道姿勢(民放各局ではほぼ放送されていない)なのではないでしょうか。

 政権与党が、テレビ局の免許停止などを武器に自らに不利な報道を規制してしまえば、まさに国民は真実を知ることが出来なくなってしまいます。だからこそかつて、どのような政権にあっても(報道の中立性に明確な疑義があるケースを除いて)このような対応をメディアに取ったことはありませんでした。

 「かつての森政権以前の自民党と同じような」と、以前のブログで野田政権の本質に危惧を申し上げましたが、今回の顛末を見る限り、そんな悠長な話では済まないかもしれません。表ではドジョウだのなんだの腰が低いような印象を与えながら、裏ではかつてないような強権的な顔を持つ政権が誕生してしまった可能性もあります。
 

 テレビ局も今回の一件の恫喝で、今後は民主党の機嫌を損なうような報道をすることを躊躇する可能性もあります。そうはならないと報道に携わる方々のプライドを信じたいとは思いますが、以前にもましてこの点については注視していきたいと思います。

suzuki_keisuke at 00:49トラックバック(0) 

2011年09月11日

2011年の9.11という日を迎えて

 今日9月11日は、東日本大震災の発生した3月11日からちょうど半年、そして9.11同時多発テロから10年という節目の日です。残念ながら政治家による見識を疑わせるような発言が続いてしまっていますが、この日にもう一度これからのわが国の進むべき道を考えねばなりません。

 政治家としてそれぞれの悲劇を受けて、(一刻も早く復興予算を組むことなど)きちんとした対応をすることは当然ですが、それに加えて考えねばならないのは、3月11日、そして9月11日に何が変わって何が変わらなかったのかを踏まえて進むべき方向を誤らないということではないでしょうか。

 3月11日より前から政治改革、構造改革が停滞し産業の海外移転が進み、わが国の経済が衰退しつつあるという「現実」がありました。そして、残念ながら、3月11日の悲劇を経て、状況はより厳しくなっています。このことは決して忘れるわけにはいかない現実です。

 まして今の与党は、場当たり的な反原発ムードを煽った結果の電力不足、法人税・所得税といった「頑張って働いている人・企業への課税」による日本国内でのコスト増、などにより決定的にわが国の産業競争力の足を引っ張る方向の政策を打ち続けてしまっています。5年後10年後を見据えた政策を断行していく政治でなく、目先の受けだけを狙ったような政治が、鳩山・菅・野田と政権が変わっても続けられてしまっています。

 3月10日以前のわが国の抱えている構造的問題が、さらに深刻化しているのが今の状況です。

 一方の9月11日。アメリカのクリントン元大統領は当時私がいたジョージタウン大学でテロの直後に演説でこう言いました。「9月10日を忘れるな」。

 その直前、国際政治的には、アメリカ軍がベオグラードの中国大使館を誤爆し、報復に中国が米軍機を撃墜し一触即発の状況となっていました。経済力を強め軍事的にも膨張傾向にあり独善的傾向の強い新興中国とアメリカの間の摩擦が非常に懸念されていました。

 確かにテロ以降、アメリカの本土の安全を守るという意味ではテロリストといった非伝統的脅威が大きな焦点となりましたが、忘れてはならないのは、地政学的には依然として、中国が着々と自衛の範囲を超える軍備増強をその後も続け米国と対抗しうる戦力を持ちつつあるという流れは全く変わっていない、ということです。そして長期的な視野で考えれば、こちらの脅威の方がもたらす影響ははるかに深刻です。

 先日、中国の軍事専門家とアメリカの専門家とのやりとりの中でも、中国がアメリカ軍のミサイル迎撃能力に対して米中間の相互確証破壊の状況を崩しかねないということで懸念と強めているという点が強調されていました。いつの間にか、既成事実として、中国は軍事的にアメリカと対等になりつつある、まさに9.11の前の状況がより悪化して継続しているということ、これはわが国の安全保障を考える上でも死活的に重要な問題です。

 テロの当事国アメリカの関心が9.11以降、非伝統的脅威、テロリストに向いていることは事実です。しかし、北朝鮮、中国といった脅威を隣に抱えるわが国としては、国際政治の底流を見誤らずに、かつわが国の安全保障の本質を見誤らずに適切な対応を図っていかねばなりません。

 いくつもある課題について優先順位を明確につけ対処することこそが、政治家が果たすべき責務のうち最も重要な一つです。そのためにも、目の前で起こる事象にキチンと目を配りながらも、大きな流れを見誤らずに今のわが国が置かれている状況をありのまま認識すること、このことが非常に大事なのではないでしょうか。

suzuki_keisuke at 01:27トラックバック(0) 

2011年09月05日

「ノーサイド」ではなく「ボールを前に進める」政治を

 週末は悪天候の中でしたが、いつもどおり地元の地域イベントに参加していました。ちょっと変わったものでは、昨日太尾地区で行なわれた少年相撲大会。畑野鎮雄市会議員が地域の役員を務められていることもあって毎年顔を出させていただいています。

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 昨日は特に元横綱大乃国の芝田山親方も部屋の力士二人とともに来られて、子供たち相手に稽古をつけていただきました。子供たちはもちろん保護者の方や役員、関係者も大いに盛り上がりました。港北区は相撲の盛んな土地で、この太尾に加えて、常設の土俵のある綱島、新羽でも毎年子供たちの相撲大会が開催されていたりもします。


 さて、少し政治の話をさせていただきますと、やはり野田政権のことに触れざるを得ません。震災後という現実、世界的にも厳しい状況に追い込まれている日本経済を考えれば、少なくともある程度の成果を出せる政治を私も期待したいと思っています。しかし、新総理の選出プロセス、役員人事、閣僚人事を見ていると不安を禁じえません。

 「ノーサイド」「党内融和」そんなキーワードが飛び交って、支持率も60%前後と上々なようです。しかし、総理就任以来発せられているメッセージ、「何を言うか」でなく「何をやったか」を見ていると、あまりにも昔ながらの、いわば小泉政権より前の政治に戻ってしまったかのような印象を受けます。

 ノーサイドではなく、きちんとボールを前に進めてゴールに向かっていく政治こそが今の日本には必要とされています。ノーサイド、党内融和は民主党の党益であって国益にはまったくつながらない、このことをきちんと認識した政権運営を期待したいと思います。

 財政にしても、成長戦略にしても、外交にしても、必要なのは調整型の八方美人的な政治ではなく、適切なタイミングで決断し、あるときには涙を呑んで切り捨てる事も辞さない政治ではないでしょうか。

 「ノーサイド」、「党内融和」、これではまさに森政権以来の懐かしのメロディー(当時は派閥均衡といわれていました)です。10年前の事なので、そして特に鳩山政権、菅政権という言いっぱなし型の政権が続いた後なので、党内融和、派閥均衡政治の弊害が忘れ去られている感がありますが、役所ベースで政策はある程度粛々と実施されるが政治的には何も決められないという政治をこの状況でするわけにはいきません。今後の動きを見守りたいと思います。

suzuki_keisuke at 19:18トラックバック(0) 
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