2011年11月

2011年11月28日

欧州債務危機長期化の必然

 欧州の債務危機、先日このブログでも書かせていただいたように、我が国にとっても対岸の火事とは言えないものです。少なくとも野田政権には、今のうちから海外の投資家向けに、我が国の国民負担率の低さやリスクのなさをキチンとこまめに発信してもらいたいと思います。

 さて、今回の債務危機、おそらくは非常に長期化する懸念があると私は見ています。理由の第一は、既に問題の所在が経済から政治に移りつつあることです。もしこれが経済問題であれば、最も合理的な解決策を迅速に打てばどうにかなるものですが、政治問題となればそうはいきません。

 そもそも、振り返ってみれば構造上無理があるユーロというものをなぜ創設したのか。表立って言及はされませんが、欧州統合の究極の目的は、一言で言えば、これまで何世紀もの間常に戦争を起こしてはヨーロッパを不安定にし、不幸にしてきたドイツとフランスを仲良くさせるという点に尽きます。

 その意味で、ヨーロッパの感覚としてユーロなり欧州統合というこの挑戦を逆戻りさせるわけにはいかないわけです。そして、その一番の当事者であるドイツが、その経済力の強さ故に実はユーロというものによって受けている恩恵をそれほど感じていない。ここに問題の一つの深い根があるように思えます。

 メルケル首相がようやくユーロ債や欧州版財務省と言ったことに言及し始めましたが、政治的にどこまでの覚悟を持って決断できるかには正直疑問が残ります。

 そもそも、日本やアメリカといった単一国家でも、不良債権問題やサブプライムの問題のように判断のタイミングが遅れてしまう、それが政治の常です。しかもそれが依然として強い主権が残る国家の連合でしかないユーロ圏において、ユーロ圏のために各国の短期的な国益というしがらみを超越することができるかといえば、それはさらに困難な事業と言わざるをえない。

 正しい判断を下すにあたって、国家主権をどう扱うかという問題とドイツフランスの関係を考えればユーロを死守せねばならないという二つの問題のバイアスがかかってしまう。これでは仮に正しい判断を下すことができたとしても、判断に時間が必要以上にかかることは目に見えています。

 このように単純な経済問題ではなくなってしまっている今の現実を直視すれば、ドイツや欧州各国の政府の対応に過度な期待を寄せることは避けるべきでしょうし、対応が後手後手に回るリスクは当然考えておかねばなりません。

 我が国としては、今できることを国際政治の場できちんとするとともに、最初に述べたように、少なくともそうした最悪の場合に備えて、我が国の今の政府債務の状況にその余波がくることを避ける努力を、今のうちからキチンと進めておくことが絶対的に必要なのです。

suzuki_keisuke at 17:13トラックバック(0) 

2011年11月22日

「政策仕分け」への疑問

 民主党政権が新たに「提言型政策仕分け」を始めました。この意義が私には今ひとつよくわからない。以前の事業仕分けと違って意義が明確でなく、選挙目当てのパフォーマンスにしか見えないのです。

 そもそも行政府の政策のチェックを行うのは国会の本来業務の一つのはずです。予算委員会をはじめまさにそのためにあるものです。しかも民主党政権の政策を民主党議員を中心としたチームが仕分けを行うという点ではマッチポンプという印象を拭えません。

 たしかにこれまでアカウンタビリティーという意味で政府の説明責任が十分に果たされてこなかった点は変えていかねばなりません。しかし、与党の議員と民間人が短時間で疑問点を問いかけ提言をするだけでは、国会やメディアの役割を劇場型にして政治パフォーマンスとして使っているだけとしか言えませんし、国のためにクリエイティブな進展が見られるとは思えません。

 そもそも事業仕分けと異なり、価値判断を伴う長期的な政策をどうするかということについては、民主主義においては民意を選挙というかたちで代表する議員が民意に委託を受けて議論する「代議士」として責任を持って判断する。そして、もしそれが正しくないと判断されれば、選挙で次の付託を受けられないというかたちで民意が反映される。これが今の日本の政治の仕組みのはずです。

 例えば、かつて行われた事業仕分け。これは具体的に必要性が数値である程度明確になる性質のもので、これまでなあなあで済まされてきた無駄な事業の洗い出しには有意義なものだったと言えます。事業仕分けは基本的には、費用対効果等の尺度を政治が決め、それに基づいて専門家も含めて多角的に議論し結論を得るというプロセスが明確で、専門家ではない政治が専門のチームに委託することも妥当ですし、妙な圧力が働かないように公開の場でやるという意義も理解できるものでした。

 しかし、そもそも判断の尺度をどうするかに高度な政治判断が必要な大きな政策的な方向性についてまで「仕分け」というかたちで劇場型で行うというのはまさにポピュリズムとしか言いようがありません。

 専門家の提言ということであれば、今ある審議会をライブで中継すればいいだけの話で「「霞ヶ関」という魔物に与党の政治家が切り込む」というショーにする必要はないのではないでしょうか。また閣僚同士の議論などまさにそれをやるためにあるのが閣議のはずです。

 しかも場合によっては、政治的に変えたい分野を恣意的にピックアップして政策を変える流れを作るツールとして非常に政治的に使われる可能性すら否定できません。民主党のマニフェストに盛り込まれた政策については、世間から疑問をもたれているものであっても何一つ「仕分け」の対象となっていないことからもそれは明らかです。

 あまりに政治パフォーマンスのために「仕分け手法」が使われると、本当に無駄を洗い出すために必要な事業仕分けの必要性自体が問われることにもなりかねません。

 そのことで本当の無駄が行政の中で温存されていってしまうことを避けるためにも、意義が不明確なパフォーマンスでしかない「政策仕分け」など百害あって一利無しであって、速やかに「仕分け」るべきものではないでしょうか。そもそも、国の将来に責任を負う政治家が、「仕分け」というかたちで専門家に政治判断すら投げてしまっている状況が異常だと思うのは、私だけではないはずです。

suzuki_keisuke at 12:31トラックバック(0) 

2011年11月18日

欧州債務危機の本質〜開けられてしまったパンドラの箱〜

 イタリアの10年物国債の利回りがここのところ7%前後での乱高下を続けています。そしてスペイン国債も6%台半ばでの動きを見せています。我が国の10年債の金利は1%を切っており、同じユーロ圏ではドイツの10年債の利回りは2%以下の水準にあることと比較すれば、インフレ率等の違いがあるとはいえ、いかにそれが異常な状況かは明らかです。

 例えば我が国の長期金利が3%程度まで上昇すると、国の借金の利息の払いだけで10年経たないうちに40兆円以上の利払いが発生し、昨年度の国の税収が40兆円を切っていることを考えれば、家計に置き換えればまさに「毎月の給料以上のお金がローンの利息の払いに消えてしまう」というあり得ない状況に陥ってしまう。このことからもわかるように、金利の問題は国の財政の持続可能性に大きな影響を与える非常に深刻な問題なのです。さらに、金利が上昇を始めると持続可能性への疑問がマーケットで台頭し、さらに金利が上昇するという悪循環をもたらし、事態がどんどんと深刻化するということも忘れる訳にいきません。

 この点はこれまでも様々な場面で書かせていただいていますが、今日は今のヨーロッパの危機的状況について少し触れたいと思います。

 ギリシアから始まった一連の債務危機、事態はドイツ以外のすべてのユーロ圏の国の国債の暴落という状況になりつつあります。これはそもそも可能性としては以前から言われていたことです。

 まず理解しておかねばならないのは、ユーロという共通の通貨が存在する一方で、財政政策の主体は依然として国家であり、そのねじれがあるということです。この点が日本やアメリカ、イギリスなどの他の国と異なる最大のポイントです。

 理屈としては、「ユーロを守るため」ということでデフォルト(債務不履行)を起こさせないということであれば、すべての国の国債の利回りはほぼ同じレベルに収束するはずです。しかし実際には依然として国の境は明確に存在し国が非常に強い力を持っているので、各国の国債の利回りは異なり、国によって資金調達のコストが異なっています。

 そしてそのことが微妙な均衡を生み出して、それぞれの国がそこそこのコストで資金調達をできる環境が維持をされてきました。

 しかし今回、ギリシアの危機を発端として、かろうじて維持をされてきたこの均衡が崩れてしまったというのが今起こっていることです。

 従ってその対策も非常に難しい。

 仮にEFSFによる救済策が機能してデフォルトをさけることができた場合、もちろん債権放棄を一部強いられたことはあった訳ですが、しかし、ユーロ圏が総力を挙げて最後は救済するのだということになれば、事態が落ち着いた後、再び不安定な国の国債に分不相応な投資が集まり、結果として今回の危機前と同じ様な非常に不安定な状況を生み出すことになりかねません。

 しかしその一方で、デフォルトが実際に起こり、ギリシアだけでなく他の国にまで波及するとすれば、今後ユーロ圏における国債への投資は事実上ドイツ以外には向かわないということにもなりかねません。その場合には各国の財政運営は破綻してしまう訳で、もちろんユーロを維持することは困難になってしまいます。

 以前から指摘され続けてきた、通貨圏、金融政策の主体と財政政策の主体のズレというユーロ圏のゆがみがもはや持たないということを示しているのが今回の事態かも知れません。市場参加者も政治家も、誰もが気づきながら気がつかないふりをしてきたこの矛盾についてのパンドラの箱が開けられてしまった訳です。もはや元に戻ることはできません。

 EU圏共通の財政政策を行うEU財務省を作るのか、あるいはユーロという単一通貨をやめるか、少なくとも大縮小するか、きちんとした抜本的な構造改革をして矛盾点をなくさねば問題解決のスタートラインにすらたどり着かない、EUはそんな瀬戸際に今立たされていると言ってよい状況です。

 6月にEUに招聘されて意見交換をしていた当時は、こうした矛盾点の指摘に対してほぼすべての担当者、政治家、専門家が「一歩一歩積み上げて今日のかたちをようやく作れたユーロを大事にしていくためにも、仕組みの急激な変化は望ましくない。ゆっくりとしたペースで財政政策と通貨圏の一致をはかっていくのだ」と言っていましたが、もはやそんな余裕はありません。

 戦争に悩まされて続けてきたヨーロッパの人にとって統一欧州はまさにローマ帝国以来の夢であり、ユーロという共通通貨はまさにその象徴。その思いは十分に理解できますが、それに引きずられることなく現実的な改革を断行することが必要です。

 しかし、そうはいっても今でも意思決定プロセスは一つの国よりも遥かに複雑ですし、改革を断行するのは正直難しいと思われます。実際危機後出てきている対策は、対処両方の範囲を出ていません。

 実は政治的にも出口の方向性が明確になっていない今回の債務危機。我が国への影響も避けられない問題ですので注視をしていきたいと思います。




suzuki_keisuke at 14:49トラックバック(0) 

2011年11月12日

TPP交渉参加表明の後が肝心

 1日ずれ込みましたがようやく野田総理がTPPの交渉への参加を表明しました。このこと自体は歓迎したいと思います。しかし、本来タイムスケジュールも明らかだったこの問題、以前も指摘しましたがアメリカの議会の通商交渉に関する90日ルールなどを考えれば、あまりに遅い表明と言わざるを得ません。

 「何があるべき農業政策か」「何が日本にとって望ましいTPPか」という問題が「TPPの交渉に参加すべきか」という問題に巧妙にすり替えられてしまったのが今回の混乱の一番の原因です。結果として、我が国としてどのようなスタンスで交渉に臨むべきか、そうした対処方針についての議論が事実上されないままに交渉に突入する可能性が出てきてしまっています。

 業界団体が自らの既得権維持のためにしている主張や、検証されないままに交渉の対象にすらなっていない問題は論外として、今後交渉の中で我が国のスタンスをきちんと主張し条件に反映させていく努力は当然必要です。また例えば、知的財産権に伴う資金移転の問題、あるいは新興国の為替操作への対抗措置をセーフガードの範疇におけるか否かなど、あまり議論が進んでいない点においても我が国が主導してルール作りを提唱していく、新たなアジェンダ設定も当然必要になります。交渉参加への出遅れがここまで来てしまうとなかなか我が国の主張を反映しづらい面もあると思いますが、今回の枠組みは将来のアジア太平洋自由貿易圏(FTAAP)にもつながる可能性のあるものですから、本気の交渉が必要です。

 関税の除外項目を巡る「物品市場アクセス」、ネガティブリスト方式での規制といわれている「サービス」、「セーフガード」「知的財産権」など24の検討部会のそれぞれにおいて何が問題なのか、大体の方向性を固めておくこと、さらに交渉入りして詳細が判明した時点で各項目においての問題点をきちんと洗い出すこと、これがまさに一番の肝です。

 こうした具体的な検討においては、参加するか否かという単純な問題でない分、政治的にもメディア的にも議論が盛り上がらないまま中身でズルズルと国益を損なう可能性があります。こうした点についてこそ与野党それぞれがしっかりと対処方針についての提示をせねばなりません。

 そしてもちろん忘れてはならないのは、以前のブログでも書きましたが、TPP参加はチャンスが増えるだけで、黙っていて儲かるというものではないということです。メリット云々という議論がされていますが、そもそも我が国のシステム、産業の構造改革が進まなければせっかく拡大したチャンスを生かすことはできません。そうした意味で国内において今の時代に適したかたちへの一層の改革を進めていくこともまた必要です。

suzuki_keisuke at 00:15トラックバック(0) 

2011年11月11日

イタリアの債務危機と日本

 あれよあれよという間に10年債の利回りが7%台に上昇。イタリアの国債の非常に急激な動きをみてみれば、しかもイタリアが実はプライマリーバランスベースでは黒字であることを考えれば、債務レベルの持続可能性が堅ければマーケットの動きを安心してみていられるという状況ではないのは明らかです。

 我が国はいろいろな意味で、いったん不安を持たれて様々なものがネガティブな見方をされてしまえば、一気に状況が崩壊しかねないレベルにあることをもう一度我々は認識しておかねばなりません。

 確かに我が国の国債はその大部分が金融機関をはじめとして国内で保有されています。また税金の負担のレベルもアメリカをのぞく先進国の中では低いレベルにとどまっており、万一のときの国民の負担余力があると思われているなど、我が国の長期金利が1%前後で推移していることには十分に「理由」がある、それは事実です。

 しかし、長期金利はいったん上昇してしまえば、例えば我が国では仮に3%に上昇するだけで、数年後には国の借金の利払いだけで40兆円を超えてしまうという試算が民間ではされています。昨年の税収が40兆円をきっていますから、家計に例えれば、ローンの利息の払いだけで毎月の給料を超えてしまうという状態になってしまうということです。明らかにこれでは持続不可能となってしまいます。

 そして、イタリアの金利がこの数日で上昇した幅を見れば、また2%、3%というレベルは先進国の中では別に高い訳ではないことを考えれば、実は我が国の財政状況も非常に薄氷を踏む様な状況におかれている、少なくともそんな危機感を持っておくことは非常に大事です。

 イタリアの状況で懸念されたと言われているのが政治的なリーダーシップへの疑問、必要な政策を決定する決断力に疑問がもたれたことだとも言われています。

 TPPの交渉への参加表明が昨日されるはずが今日にのばされてしまった。これは明らかに「すべきこと」を決定する野田政権の決断力への疑問をもたれかねない動きです。我が国が直面している国際競争の問題、財政の問題、安全保障の問題、様々な問題の深刻さを考えたとき一つの不安材料と言わざるを得ません。


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2011年11月04日

地球温暖化の議論(ポスト京都議定書)はどこへ行った?

 震災以降の原発を巡る様々な議論の陰で、我が国にあっては地球温暖化の問題が忘れ去られつつあります。2013年以降の温暖化対策の枠組みをどうするか、いわゆるポスト京都の方向性を考える上では今非常に重要な時期であるにも関わらずです。

 経済発展と温暖化対策の両立をはかることができるキーワードは「エネルギー効率の向上」。そして世界の中でも我が国の産業のエネルギー効率は各産業セクター別に見ても最高水準にあります。

 温暖化対策としてどのくらいの温室効果ガス排出量の削減が必要なのかを科学的に算出し、それをどのように分担するかについても本来であれば科学的な効率性を考慮すべきです。しかし、いまの温暖化交渉においては科学が置き去りの政治的な駆け引きがすべてとなっており、各国が自国の国益だけを考えて、温暖化対策ではなく、へ理屈をごり押しして「どうすれば温暖化対策の負担から逃れられるか」に血道を上げている状況です。

 事実として我が国は世界最高水準のエネルギー効率を誇り、その技術を有している訳で、最も科学的な枠組みを作ることが国益にもかなうという、積極攻勢をかけるにはもってこいの稀有な立場にあるにもかかわらず、それを全く生かすことができていません。戦略なき交渉、国際政治力不足が如実に現れていると言っても過言ではありません。

 詳細な具体策は以前出版した私の著書にありますのでここでは触れませんが、例えば、エネルギー原単位による基準の導入や基準年の1990年からの変更、新興国の強制的枠組みへの組み入れなど、我が国の国益に合致し、かつ温暖化対策のために一番有効と他国も認めざるを得ない大義ある主張を我が国としてもっと強く打ち出さねばなりません。そのためには途上国と新興国を切り離すための様々な戦略が必要であり、また欧州諸国に付け入る隙を与えないためにもいかに科学的な主張を我が国がしているかという理論展開を対外的に発信する必要があります。

 そもそも、自民党政権時代からアジア太平洋パートナーシップ(APP)という温暖化対策の枠組みをアメリカや中国の参加も得て京都議定書を補完する枠組みとして我が国がリードして作ってきたという経緯もあります。本来このAPPもポスト京都議定書に向けて一つのプラットフォームにできる枠組みでもあったはずにもかかわらずそのような動きがほとんどなされていません。

 改めて書きますが、ポスト京都議定書の温暖化枠組みの行方は、我が国の経済の今後にとって非常に大きな意味を持っています。きちんとした枠組みを作れば、我が国の環境技術を世界的に展開する起爆剤にもなる一方で、欧州や中国などの途上国の国益に誘導された歪んだ枠組みができれば、省エネ努力が正当に評価されずに、理不尽なハンデを我が国の産業界だけが負うということにもなりかねません。

 ギリシアを発端とする欧州の債務問題と並んで実は我が国にとって本腰を据えて戦略的に動くべき大きなトピックであるはずのこの温暖化枠組み、あまりにも政治的にも世間的にもその重要性が過小評価されてしまっているのではないでしょうか。


suzuki_keisuke at 13:08トラックバック(0) 
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