2011年12月

2011年12月29日

「朝鮮半島の平和と安定」は本当に我が国の国益なのか

 北朝鮮の金正日総書記死去から一週間以上が経過しました。以前のブログでも指摘したように、徐々に米中問題に移行しつつあるような動きも出てきています。

 そんな中で、私が非常に違和感を感じたのは、野田総理の日中首脳会談における発言、「朝鮮半島の平和と安定の維持は両国の国益」というものです。さまざまなところでこのラインで発言していますから、今の民主党政権の共通スタンスなのでしょう。

 ここで我々が忘れてはならないのは、今のままの状況で「朝鮮半島の平和と安定」が実現されてしまうということは、核武装をし、拉致等の犯罪も行っている中国の同盟国であるテロ国家・北朝鮮が続くということだという点です。本当にこれが我が国の国益に合致するのか。

 確かに中国にとっては自国の影響下における核武装をした国が存在し続けることは核心的な国益であり、だからこそ、必死にサポートをしているわけです。

 しかし、この状況が日米、特に日本にとって本当に望ましいものなのか?私にはそうは思えません。

 拉致問題を解決し、核・ミサイルの問題を解決する。我が国に暮らす国民の生命財産を脅威から守る。そのためには現状維持という選択は我が国としてはありえないはずではないでしょうか。

 これまでも、国連の制裁や臨検など、様々なケースにおいて、中国の強力なプレッシャーにより、そして我が国が地理的に遠いアメリカの危機感を十分に喚起できず、結果としてこれらの問題を何一つ解決に向けて進められない状況が続いてきました。

 そしてそのころから指摘され続けてきたのが、金正日総書記が急死するなどして体制が動揺した時が、北朝鮮の体制を民主的なものにスムーズに移行させる、あるいは韓国が主導する統一を実現する好機であり、そのような事態がなければこうした懸案事項の解決は困難ということでした。そして今のままの状況が続く限り、我が国の安全保障上のリスクもハイレベルのまま非常に危険な状態が続いてしまうという指摘もされてきました。

 今回、そのような突発事態が現実に起こったにもかかわらず、シナリオ通り戦略的に動いているのは中国だけといういつもの光景が繰り返されようとしてしまっています。

 死活的国益である「同盟国北朝鮮」を守ろうとする中国、脅威と同時に同じ民族という特殊事情がある韓国、地理的に、そして地政学的に遠くリスクを冒してまで守る直接の国益はないアメリカ、というのが関係国の客観的な状況です。

 北朝鮮の核兵器やミサイルのターゲットとなっていてもっとも安全保障上の脅威を受ける我が国が積極的に動かねば、北朝鮮情勢・東アジア情勢は今のまま維持をされてしまい、拉致・核・ミサイルという問題は絶対に解決しません。まさにこの問題に対する、そして我が国の国益を守るということについての政治の本気度が試されていると言わざるを得ません。

 若干出遅れてしまっていますが、我が国として、中国のご機嫌取りをするよりも前に、アメリカや韓国といった同盟国と戦略的目標をきちんと共有できるような調整をイニシアティブをとって行うことが絶対的に必要です。

suzuki_keisuke at 02:51トラックバック(0) 

2011年12月25日

民主党のやり方では「無意味な大増税」になってしまう

 昨日、来年度予算が閣議決定されました。細かい評価は別として、やはり我が国の借金のレベルが相当厳しいところに来ているという事実ははっきりしてきています。

 確かに我が国は債務の大半を邦銀をはじめとする国内の投資家が有しており、国民の金融資産の大きさから考えて、また今の段階ではいわゆる国民負担率(国民一人あたりの税金や社会保障費の負担の割合)でみても国際的にアメリカと並んでまだ低いレベルにあることを考えればすぐに破たんするレベルにないのは事実です。しかし、プライマリーバランスベースで黒字のイタリアが財政危機に陥ったように、今の赤字のレベルだと金利のリスクがあまりにも大きいのも事実です。少なくとも財政再建の道筋を明確にする必要があることは、与野党問わず認識している通りです。

 そうした意味からも私は必要最小限の消費税増税を景気の状況をにらみながら実施することはやむを得ないと考えています。しかしそうはいっても、今の民主党政権の政策の方向性には疑問を持たざるを得ないのも事実です。

 一つには公務員人件費や議員関係経費をはじめとした官のリストラ・無駄削減のペースが非常に遅い点。そしてもう一つは、政権からのメッセージが、本来あるべき「増収を目指す」ということではなく、「増税する」ことにしか目が行っていないように見える点です。

 今回民主党政権が打ち出した政策は、消費税も所得税も法人税も相続税もすべてを増税するというものです。しかし、忘れてはならないのは経済は生き物であるということ。実際平成19年度と平成22年度を比較すると、景気の落ち込みや企業・富裕層の海外移転などもあって、法人税・所得税の税収で10兆円近くの落ち込みが見られています。まさに今の毎年の赤字の3分の1程度はこの落ち込みによる借金です。

 本来今行うべき財政改革は、一つには今後の構造赤字を減らすための社会保障改革であり、もう一つが今の赤字構造を変えるための官のリストラ、景気回復のための所得税法人税減税、その足りない部分を補う必要最低限の消費税増税という処方箋でなければなりません。また国際競争の厳しい状況や、労働人口の減少・高齢化を考えれば直間比率の改革という意味での、所得税法人税という「働けば働くだけ税金が増える」仕組みから「広く薄くみんなで負担する」消費税へという税の構造転換も必要です。

 収入が足りないから増税すればいい、それはあまりにも雑で間違った短絡的な議論です。消費税の増税はやむを得ないにしても、将来の増税幅を最小限に抑えるためにも、景気を過度に抑えつけないためにも法人税や所得税の減税を同時に行わねばなりません。すべてを増税するという今のやり方は政策として間違っている言わざるを得ません。

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2011年12月20日

北朝鮮問題の核心は依然として中国問題である

 昨日北朝鮮の金正日総書記死去の報道がありました。様々な論評はともかくとして、あまり議論されていませんが忘れるべきではないポイントを一点書かせていただきます。

 それは国際政治的には今後の展開は、「北朝鮮問題」ではなく「日米(韓)対中国の問題」となる可能性が高いという点です。この点だけは誤ってはならない。

 「指導者の突然の死」を受けた北朝鮮問題のポイントの整理をすると、短期的リスクは突発的な暴発、中長期的リスクは核を保有し拉致を含む多くの犯罪テロを実行してきた北朝鮮という「テロ支援国家」の存在そのものです。すなわち、短期的には一定の安定が望ましいものの、中長期的には朝鮮半島の安定・固定化そのものが我が国にとってのリスクになるということであります。

 政治的には、短期的に突発的な暴発を防ぎ安定を図るという点では我が国は米韓とともに中国とも目的を共有できますが、中長期の問題、すなわち北朝鮮が今の体制のまま永続していくことについては、北朝鮮の同盟国である中国と日米(場合によっては韓国も)では全く追求する国益が異なるわけです。

 本来であれば、総理はこの様な認識のもとにどのような目標を短期、中期、長期にわたって同盟国であるアメリカと共有していくかについて、最低限昨日昼のうちに(初動の段階で)オバマ大統領と電話会談をしなければなりませんでした(李明博大統領はオバマ大統領と電話会談している)。

 同じ価値観とゴールのもとに連携すべきは米韓であって、北朝鮮の現体制の同盟国であり今後も強力にサポートしていく可能性が高い中国との連携はあくまで中国が日米の方向性を共有できた場合に限られるわけで、対米韓と対中国との関係を全く同一視した様な総理指示を出す事自体不見識としか言いようがありません。まさに短期的な視点しか持てていない実態が明らかになっています。

 今回の北朝鮮の指導者死去、さらにはその体制がどうなるかは、我が国の国益を大きく左右しかねない問題です。来年、台湾、韓国、中国そしてアメリカで指導者が変わる可能性があるという現実を考えたとき、朝鮮半島問題についての我が国のスタンスを明確にし、価値観を共有できる同盟国と一致して対処していくことが死活的に重要です。

 数日後には日中首脳会談が予定通り行われるわけで、それまでにどのようにして日米韓のコンセンサスを得て共通の要求を中国に突きつけることができるか、そのことで今後の東アジアの政治情勢は大きく変わってくる可能性があります。今回の事態を受けて受け身の必要最低限の危機管理だけして終わるか否か、まさに野田総理の外交手腕に我が国の将来がかかっています。

 

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2011年12月17日

民主党政権は安全保障を勘違いしていないか?

 先日の話になりますが、アメリカの議会がグアム移転関連の予算を削除しました。普天間基地の移転問題での遅れが大きな背景といわれています。そしてこのことはわが国の安全という意味でも大きな影響をもたらしかねません。

 そもそも、ヘリコプターの運用が多い海兵隊部隊の基地として市街地の真ん中にある普天間基地を使用し続けることは、万一の事故が発生した場合を考えれば日米同盟にとっても大きなリスクです。その一方で、地政学的にも、わが国の安全保障上、台湾海峡や朝鮮半島に24時間以内に海兵隊部隊を展開できる米軍のキャパシティーを東アジアに維持することは死活的に重要です。

 そうしたわが国の安全保障上の要請から、司令部機能をグアムに移転しつつ部隊については辺野古のキャンプシュワブに移転することを具体的に進める必要があります。政権交代以降、鳩山政権がひっくり返し、菅政権でさらにこじれさせてしまった今の状況は、そうした意味でわが国の安全保障上の要請からも非常にセンシティブなのです。

 そしてこの問題はわが国だけの決断ではなく、地元はもちろんのことアメリカも含めた対応になるわけですから、タイミングも非常に重要になってきます。そもそも橋本政権時のSACO合意以降、日本としてのアメリカとの国と国との間の合意の履行として十数年かけて慎重に進めてきた経緯もあり、気軽にいじるという性質のものでもなかったはずなのです。

 そもそも今回の様な事態も決して想定外のものであったはずはなく、自分が9月に訪米したときにもアメリカ側の日本担当者等からそのような懸念が伝えられていました。そして、日本の民主党政権があまりにも危機感を欠いていることを懸念し、今回は経済情勢もあって議会も本気で対応してくるとの危機感を伝えられた事実もあります。

 当然このような情報は民主党側や政府関係者にも頻繁に伝えられていた可能性が高いわけで、それを予期していたにもかかわらず、沖縄側と誠意ある交渉をできなかったというのはあまりにも、安全保障という根幹の問題での当事者能力を欠くとしか言いようがありませんし、情報収集、分析体制についてもあまりにもアマチュアといわざるを得ません。

 そもそも、一川防衛大臣を適材適所と言い切る野田政権の安全保障への認識はあまりにも甘いと言わざるを得ない。防衛省設置法(第三条 防衛省は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つことを目的とし、これがため、陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊(自衛隊法 (昭和二十九年法律第百六十五号)第二条第二項 から第四項 までに規定する陸上自衛隊、海上自衛隊及び航空自衛隊をいう。以下同じ。)を管理し、及び運営し、並びにこれに関する事務を行うことを任務とする。)を引用するまでもなく、防衛大臣の職責の一番は「わが国の平和と独立を守り、国の安全を保つこと」であり、その大前提があってそのための自衛隊の管理・運営があるわけです。

 にもかかわらず、どうも民主党の防衛政策の中で、以前仙谷元官房長官の発言にもあったように、自衛隊という「暴力装置」を暴走させないように管理する、ことが政治の目的でシビリアンコントロールであるという誤解がまかり通っているのではないかと思わざるを得ないような状況が多々見受けられます。

 必要な対応をして自衛隊の士気を上げ、わが国の安全を守ることよりも、訓練中のトラブルなどについて住民に謝罪したり訓練を中止したりということにばかり気を取られているような印象を受けます。確かにそれも大事なことではありますが、本当の住民の命を守るためには、中国や北朝鮮といった脅威に囲まれている状況下でそれらに侵略させないような状況を作ることが一番大事であるということが忘れ去られてしまっているのではないかという気がしてなりません。

 わが国の周りは依然として軍拡に走っている軍事大国に囲まれています。そんな中で自由主義圏が経済的にも大きな傷を負って安全保障政策の方向転換をしかねない状況があります。まさにわが国にとっては非常に重要な正念場です。そんな中だからこそ、国の一番の根幹にかかわる安全保障については最低限まともであってほしいと思うのは私だけではないはずです。

 今回の一川防衛大臣への問責決議は、不適切発言に対するものではなく、このような安全保障という国の根幹を担うには余りにも不適切だという資質に対するものであり、だからこそ、国民の多くの方がこれを支持しているということを与党はきちんと認識するべきです。

 民主党にもごく少数ながら安全保障の専門家もいるわけで、最低限与党でいる間はキチンとした体制を組める状況を早く作っていただきたいと思います。

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2011年12月10日

そろそろ現実的な新エネルギー戦略を

 今日の皆既月食、横浜でもきれいに観ることができています。寒い中でしたが、ちょうど帰り道に自分も明るい月がじりじりと欠けていくところを見ることができました。地球が太陽の周りを公転していて、月が地球の周りをまわっていることを改めて感じた瞬間でした。

 さて、明かりといえば、先日仕事で九州に行くことがありましたが、九州からこちらに戻った時感じたのが、「暗さ」。「横浜って、東京ってこんなに暗かったんだ」と改めて感じさせられました。普段の暮らしの中では慣れてしまってあまり気がつきませんでしたが、こちらは去年よりも街が結構暗くなっているようです。同じようなことを何人かの人にも言われましたから、実際そうなんでしょう。

 「別に暗くてもいいじゃないか」「これまでが明るすぎたんだ」「昔の暮らしに戻ればいい」というご意見があるものもわかりますし、それも一つの考えだとは思います。しかし、この夏、各企業の努力もあって、家庭生活を相当犠牲にしながらシフトを組んで、節電もしてどうにか大停電を起こさずに乗り切ったというのが今の日本の実態です。電気が十分に使えなければ、景気は当然悪くなります。雇用も海外に移っていきます。そして、街が暗くなることで治安への影響も確実に出てきます。

 いつまでこの電力不足の状況を続けるのか。「放射線の健康への被害は明確でないが不安だから原発をとにかく止めておく」ということと、こうしたデメリットのバランスをどうとるのか。どこまでを許容するのか、将来の問題ではなく、今の現実の問題として向き合わねばならないのではないでしょうか。

 確かに原子力発電のリスクをこれまでの政治・行政がきちんと考えていなかったことは反省せねばなりません。しかし、だからといって性急にとにかく脱原発というのが本当に正しいのか、そろそろ冷静な議論が必要です。実際私の選挙区で検出され「横浜でも福島原発の影響が」と大騒ぎとなったストロンチウムは、精査した結果過去の某国の核実験によるものである可能性が高いとの訂正が報道されるなど、その影響もどこまでが事実か疑問が呈されてきてもいる状況です。

 わが国のエネルギー政策の中で再生可能エネルギーの比率を増やすことにはだれも異論はないと思います。しかし、コスト、他の火力発電や水力発電の抱える公害や自然破壊等のリスクを全く無視するわけにもいきません。まして、わが国の原発以上に危険な原発がわが国の風上で今後増えていくという現実もあります。本当に原発のリスクを減らしていくためには、旧いスペックの原発からより新しい安全なスペックの原発に移行すること、途上国・新興国のリスクの高い原発の安全管理を強化する国際的枠組みをつくること、も非常に重要なはずです。

 脱原発というムードの中でこうした本当の意味でのリスク管理の議論がどの程度されているのかというと、そこには若干の疑問が残ります。

  これまで地震がないといわれていたアメリカの東海岸などでもそれなりの大きな地震が今年は発生しています。今や地震や津波はわが国だけではなく世界のどこでも起こりうるリスク要因です。

 ということは、進められるべき「脱原発」は、わが国だけではなく世界中で進められるものでなければならないはずです。温暖化対策、コスト面での現実性、そうしたものを無視したわが国の国内だけでの「脱原発」であれば、やがてそれは、わが国の国際競争力だけを損なうと同時に、かつて憲法を理由に国際協力への参加を拒否したときの一国平和主義、一国のエゴとの批判と同様の批判に再びわが国をさらすことにもなりかねません。

 私は、全世界で脱原子力、脱化石エネルギーを2050年までに達成するために政治があらゆる努力をするべきだと考えています。そして、そのために電力の独占に近い体制を改革することを含め、イノベーションを促進するような体制を作っていくべきという議論にも全面的に賛成です。しかし、本当に全世界で脱原発、脱火力が実現可能なのか。もし不可能ならどのようにしてどこを折り合いをつけるのか。感情論ではなく現実的な議論が求められているのではないでしょうか。
 

suzuki_keisuke at 23:56トラックバック(0) 

2011年12月01日

京都議定書はもはや温暖化対策の障害である

 永田町ではすっかり忘れて去られてしまっているようですが、今週、南アフリカのダーバンで温暖化対策の枠組みを議論するCOP17が開催されています。延び延びになっている京都議定書の期限が切れる2013年以降の枠組みを巡る重要な会議です。

 報道ではカナダが京都議定書からの離脱を決めつつあるといったことも言われています。またそれに対して、自らは温暖化枠組みで義務を負うことを全く拒否している中国が新華社を通じて非難する声明を発するなどいろいろな動きが出ているようです。

 ここで一度、温暖化を巡る問題を事実関係を含め簡単に整理しておきたいと思います。

 まず、様々な議論がありますが、「人為的な温室効果ガスの排出の影響で地球の温暖化を進めてしまっている」可能性は極めて高く、早いうちにこのペースを緩める対策を講ずることができなければ様々な問題が生ずるリスクが極めて高いという現実があります。

 そうした中で、人類社会を持続可能なものとするためには、少なくとも将来的に450ppm程度のレベルで二酸化炭素濃度を安定化させられる様な道筋を考えていかねばなりません。そうした中で出てきているのが、2050年までに世界全体で温室効果ガス排出量を50%削減することが必要、という目標です。

 ここまでは「科学」の議論であり、基本的にはコンセンサスを得ることがほぼできている状況にあります。そして、問題はこれからです。簡単に言えば、この必要な削減量を「誰が」「どのくらい」負担をするのか、という問題です。

 「科学」的にアプローチするとすれば、(1)今後どの程度の経済成長が世界的に見込まれるのか、(2)それを加味した上で、現時点での最も高い水準の技術を世界中で導入した場合どの程度の削減ができるのか、(3)それでも足りない部分について必要な技術革新を促す資金面研究面のインフラをどのようにして整えるか、という点をクリアにすることが必要です。

 一方で「政治」的なアプローチとしては、それぞれの国がなるべく自国の負担を減らすために政治力で負担の押し付け合いをし結論を得る、というやり方があります。

 残念ながら、京都議定書も含め、今のところのアプローチはあまりにもこの後者の「政治」的アプローチに偏りすぎている傾向にあるというのが実態です。そして、それはすなわち、温暖化対策がほとんど実質的に進んでいないということであり、今年の二酸化炭素排出量の伸びが過去最高という事実からもこの点は明らかです。

 京都議定書をはじめとして、省エネを馬鹿正直に進めている国に負担を負わせて、環境先進国がバカを見るというやり方はそろそろ限界を迎えているといっていい。現在の京都議定書で削減義務を負う国の世界全体のCO2排出量に占める割合が3割にも満たないという状況からすれば、「京都議定書はもはや抜本的問題解決を先送りするからくりにすぎなくなってしまっている」と言わざるを得ません。

 各種試算で、日本の各産業セクターにおけるエネルギー効率、エネルギー原単位を分析すると、日本の技術をはじめとした最先端の工業技術を、新興国をはじめ世界各国が導入すれば、それだけで温暖化問題の大半は解決することは数値で明らかになっています。

 導入コストの負担の議論は別途するにしても、こうした科学的アプローチにキチンと重点を置く方向に転換せねば、地球温暖化問題は悪化する一方です。

 新興国が削減義務を負うことなくして温暖化問題の改善はあり得ません。そんな状況下で一部先進国だけが削減義務を負って、結果としてそれらの経済が疲弊し更なる環境技術のイノベーションが滞れば、温暖化対策には却って逆効果にすらなりかねません。

 もちろん今後の交渉力を考えれば従来合意した範囲内の義務は排出権を購入してでも達成せねばなりませんが、温暖化対策を我が国として真剣に推し進めるためには、もはや抜本的問題解決の先送りのからくりでしかない京都議定書の枠組みは2012年で廃止し、間違っても延長などするべきではありません。

 今後の温暖化対策枠組みのあり方を考えれば、温暖化という危機に本気で立ち向かうためには、基準年の問題、削減を原単位でやるかどうかなど、「科学」的アプローチをしっかりと反映した枠組みに変えていく必要があります。場合によっては実効性あるこうした枠組みを実現するためには、我が国としても、カナダ同様の苦渋の選択も含め検討せねばなりません。国際交渉は科学的に正論を言っていれば正しい結論になるものでもなく、結局は「政治」がものを言います。温暖化の抑制という大義を実現するためには、肚をくくることが必要です。

 そしてその際には当然中国等から為にする批判がされると予想されますので、意図を誤解させないために国際的にキチンと目指す方向性等について発信しておくことが極めて重要なことは言うまでもありません。

suzuki_keisuke at 14:46トラックバック(0) 
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