2012年03月

2012年03月27日

エネルギー戦略の理想と現実のバランス(原子力発電所の再稼働について)

 政治には常に、追い求めるべき理想と対処しなければならない現実のバランスをどうとるか、が問われるのだと私は思います。

 昨年の福島第一原発の事故を受けて、いま日本の原発が全て停止しつつあります。さらに再稼働の見込みも立っていません。電力不足の可能性が指摘される今、政治家は今後のエネルギー戦略を具体的にどうすべきか、真剣に考えねばなりません。

 我が国のこれからのエネルギー戦略をどうすべきか。追い求めるべき理想として、私は「脱原子力、脱化石燃料を国際的に達成すること」を掲げ、実現に向けて注力するべきだと思います。温暖化、原発事故、どちらもが人類にとって非常に深刻なリスクだからです。

 しかし、その一方で、現実を考えたとき、少なくともここ数十年はこの目標を完全に達成することは現実的ではありません。そうした中で、自然エネルギーでまかなえない分をどうやって、具体的には火力と原子力でどのようにまかなうかの現実的な政策を政治家は責任を持って決断せねばなりません。

 まずは、どのくらいの需要があるのかを示す必要があります。

 よく「電力不足にならないかもしれないじゃないか。昨年はどうにかなったではないか」という議論もありますが、果たして本当にそうなのか、冷静に考える必要があります。

 まず、そもそも経済は電力の供給能力を超えることは論理的にあり得ません。電力の大きさに見合った経済しか国は持つことができません。少しでも超えればその瞬間に完全に電力は落ちてしまうからです。昨年に関して言えば、電力不足にならなかったのではなく、「経済活動を(震災によって、あるいは意図的に)縮小したから停電が起こらなかった」だけの話です。

 昨年の夏は、多くの企業で節電の努力をし、シフトを組み替え、夜操業しといった相当の犠牲を払ってギリギリ夏を越したのが実態です。そして、それは1年限りと思ったからできた措置と考えざるを得ません。もし電力不足が今後半永久的に続くとなれば、企業や工場がそのような制約のある日本にわざわざ残る必然性は劇的に変わります。急速な海外への産業流出・雇用流出が現実のものとなりかねません。「昨年1年限りの節電」と「今後半永久的に続く電力の制約」は全く意味合いが異なるということを我々はしっかりと認識せねばなりません。

 恒常的な電力不足の結果、産業が海外に流出し、失業者があふれ、景気が悪化すればその分だけ電力消費は下がります。しかし、それをもって「電力の需給が問題ない」というのが本当に責任ある政治と言えるのか、私はそうは思えません。

 また、停電になりそうなので急遽企業に抑制を求めたり計画停電をして、スレスレで停電を回避出来た、というのもエネルギー政策とは言えない場当たり的な対応と言わざるを得ません。まあ、万一突発的に停電してしまうよりは数倍ましですが。

 2003年、私は赴任していた真夏のニューヨークで大停電を経験しました。夕方4時頃、アメリカの北東部の全ての電力が突然失われました。治安の悪化がいわれ、また当然のように電車も空港も全てストップし大混乱に陥りました。私は59階のオフィスから階段で地上に避難(テロの脅威がまだあったため)し、ダウンタウンのオフィスから急遽立ち上がったミッドタウンの邦人保護対策本部に詰めるため、そこまで徒歩で移動しました。深夜戻った自宅マンションも当然一切の電力は断たれ、モーターが動かない以上水道も全く使えません。そしてあらゆる電子錠も機能しなくなってしまった。この様な状態がほぼ三日間続きました。例えば、精密機械の工場であればどうなるか、あるいは手術中でバックアップの非常電源が壊れていたらどうなるか、突然の停電のリスクは非常に大きいということを忘れてはなりません。

 国家のエネルギー戦略とは、少なくとも厳しい国際競争にさらされている企業に、必要以上の負担をさせないものでなければなりません。「大丈夫かもしれない」ではなく「確実に大丈夫」でなければ国の責任あるエネルギー戦略とは言えません。

 もちろん省エネの技術革新は大いに進めるべきです。しかし、やはり個人の思いとしてではなく、責任ある国の政策として電力需要を考える場合、少なくとも震災前数年間の需要をベースに考えるざるを得ないのではないかと思います。

 次に、その足りない分をどのように賄うかの供給サイドの議論をしなくてはなりません。 

 もちろん原発事故の前のように、温暖化の問題もあるので原発を中心にという状況ではありません。安全性・廃棄物処理などの可能な限りの対策が必須です。

 しかしその一方で、昨年の3月10日と他の状況が全く変わっていないことも我々は忘れてはなりません。それは、温暖化の危機と、エネルギー安全保障を巡る環境です。

 我が国は依然として天然資源の乏しい国です。かつて、石油が無いことで戦争にまで追い込まれ、オイルショックでも大きな影響を経済的に受けました。そして、第二次大戦後、エネルギーを巡って中東で危機が起こるたびに世界経済に大きな影響を与えてきた事実も忘れるわけにいきません。近年になって、省エネや化石燃料以外のエネルギーの比率を下げることに成功してようやく、原油が産油国の政治的な駆け引きの道具とされることは少なくなってきました。しかし依然として、新興国の経済成長に伴って、石油・天然ガスの受給はますますタイトになりつつあります。実際昨年は消費税で数パーセント分の追加費用を天然ガスの輸入に我が国は費やしており、それはとりもなおさず国民および日本企業の負担になっています。

 また我が国ではあまり報道されませんでしたが、2013年以降の温暖化対策枠組み(ポスト京都)を巡る議論は依然として国際的には今年のメインテーマの一つです。

 確かに鳩山元総理が国際公約したものはあまりにも数値の計算に基づいていない非現実的なものですが、温室効果ガスの削減について、例えば原単位ベースでの2、3割の削減、あるいは総量でも2005年対比で一定量の削減義務を我が国は果たしていかざるを得ない現実を無視するわけにはいきません。

 こうした中で、全てを化石燃料に頼るという、まさに世界の流れと逆行するような「一国平和主義」的なエネルギー政策をとることが果たして正しいのか、そこには正直疑問を感じざるを得ません。

 もちろん、原子力エネルギーの利用においては、安全の問題についての厳格かつ明確な基準が必要です。厳密なストレステストは当然必要ですし、理屈から言えば、安全性を考えるのであれば、おそらくは第1世代の原子力発電設備については、安全度が高く廃棄物の問題でも進化している、第3世代のPWRに置き換えていくということも考えていかねばなりません。

 また、国際的な枠組みとして、我が国の風上である中国を含む、新興国・途上国で導入される原発についても厳格な安全基準の適用を求め、また導入にあたっての財政的な枠組みをIAEAや世銀といった国際機関内に設けるといったイニシアティブを主導することも必要です。

 現実的なエネルギー需給の環境を考えたとき、私は国のエネルギー戦略として、条件をクリアした原子力発電所の再稼働は避けられない判断ではないかと思います。

 私はエネルギー戦略は受け身で流されるものではなく、ましてや電力会社の都合で決められるべきものでもなく、政治が決断すべきものだと思います。できる限りの安全対策をとった上で、そして十分な説明をした上で、原子力も含む現実的なエネルギー政策を政治家の責任においてとっていくべきだと私は考えます。

 

suzuki_keisuke at 15:53トラックバック(0) 

2012年03月23日

歳入庁を巡る思惑

 歳入庁の創設というはなしが、消費税問題の絡みで急速に民主党内から出てきています。

 社会保障、国税、地方税の徴収を一括して行えるようにすることで効率化を図るというもの。その目的は正しいと思いますし、早急な改革が必要です。そして、税金等の徴収という観点からは、効率化とともに徴収率をなるべく高くするというゴールも設定されていなくてはなりません。

 果たしてどのように一体化するのか。議論するからには具合的なプランが示されねばなりません。どのような組織で、いったいその職員はどこから持ってくるのか。その議論なくして組織いじりだけしても全く効果はありません。こうした執行に関する改革の場合には目的とともに「手法」が非常に重要で、もしそれを間違えれば、むしろ逆効果の可能性すらあります。

 現行の三つの組織は、徴収率も、手法もかなり異なっているのが現状です。税金や保険料という性質から考えれば、徴収率を高くすることは事務の効率化と並んで極めて重要です。自然に考えれば、民間企業のケースを考えても、徴収率が高い組織のやり方を踏襲し、基本的には徴収率が高い組織に他を吸収させるのが適切と思われます。

 具体的な人員の点についても、旧社会保険庁以来様々な問題が指摘され、徴収率も国民年金の保険料の納付率でみて6割を切っている、日本年金機構の職員を全て無条件で歳入庁の職員とするような事態は避けねばなりません。また現在市町村の役場の職員が担当している地方税の徴収業務も、税務専門の職員が行っているわけではないことを考えれば、そのいまの職員を移すことにも人事的に無理があります。

 様々なコストを考えれば、おそらくは地方税の徴収業務を国税庁に委託し、年金等についても徐々に国税庁に移管する、最終的には日本年金機構を解体する、というのが最も現実的かつ効率的な改革であるはずです。リストラ効果も最大限にすることができます。折も折、日本年金機構が悪質事業者の保険料徴収を国税庁に委託したという報道も今日されたところです。

 にもかかわらず、民主党案あるいはみんなの党案では、国税庁を解体し、日本年金機構と統合して内閣府に新たな歳入庁をゼロから創るということになっています。徴収率の違いを考えれば、明らかに目的からするとおかしな「手法」がとられようとしている。これでは行政の効率化、徴収率の向上という目的からすればまさに逆効果であって非常に不自然な感を受けます。

 このような不自然なケースには得てして裏の事情があるものです。思い返せば社会保険庁解体のときにも大きな問題になっていました。旧社会保険庁の組合問題。今回の歳入庁創設の大きな背景は、働かない公務員をつくったと言われている自治労が入り込めていない国税庁を解体したいという民主党の支持母体の組合の思惑があるのではないかとの懸念を持たざるを得ません。

 業務の一本化には大いに賛成しますが、事実上公務員の労働組合の勢力拡大にしかならない、つまりは働かない公務員を増やそうというような、国税庁解体、社会保険庁と統合して内閣府に新たな組織を作るという手法には疑問を感じざるを得ません。日本年金機構を解体し、徴収業務、管理業務等の業務を国税庁や厚生労働省に吸収させることこそが、本当の意味で「行政の無駄をなくす」改革につながるのではないでしょうか。

suzuki_keisuke at 18:33トラックバック(0) 

2012年03月16日

北朝鮮についての錯覚

 北朝鮮が4月に人工衛星の打ち上げという発表をしたようです。人工衛星ということは過去の例を見ても弾道ミサイル実験である可能性が高く、また仮にロケットとしても技術的な互換性は高いわけで、安全保障上大きな問題であることに違いはありません。

 かねてより、私が持っている懸念は、我が国において、核やミサイルの問題が、拉致の問題ほど「自分のこと」として捉えられていない点にあります。もちろん拉致の問題は政治が責任を持って最優先で取り組んでいかねばなりませんが、我が国の、そして国民の安全を考えれば、核やミサイルの問題もそれと同じくらい重要な問題です。

 本来北朝鮮が核を保有し小型化に成功すれば、一番可能性が高いのは信頼性が高く技術的にも相当のレベルにあるノドンミサイルへの弾頭の搭載です。そのターゲットは射程から言っても日本である可能性が極めて高い。また、今回の実験でも噂されているテポドン・ミサイルはアメリカをターゲットとしていると思われますが、その精度を上げることは、アメリカの東アジアにおける軍事行動の意思を鈍らせる目的で行われている可能性が極めて高いわけです。

 いずれも、どこの国の安全保障に一番大きな影響を与えるかと言えば、それはもちろん同盟国中国ではなく、韓国でもアメリカでもロシアでもなく、間違いなく日本です。

 そろそろ本気で朝鮮半島の非核化、WMDの問題に取り組まねば我が国の将来に大きな禍根を残しかねません。

 そして、武力的手段も、経済的に死活的なものも北朝鮮に対して保有していない我が国としては、北朝鮮とのバイの交渉をしたところで、交渉が進むはずもない。これは拉致・核・ミサイルどれをとってもそうです。我が国としては、アメリカと緊密な連携をし、中国に対しては、中国が北朝鮮へ圧力をかけざるを得ないような状況に追い込む、その二つを着実に実行していくより他に北朝鮮リスクを軽減することはできません。

 特にアメリカに関しては、同盟国ではありますが、北朝鮮に対しての危機感のレベル、あるいは自国の安全保障に与える脅威のレベルが全く異なっている現実を我々は直視せねばなりません。我が国が危機感をキチンと持って真剣に問題提起し働きかけをしなければ、アメリカが真剣に動くはずもない。日米同盟は受け身の日本が自動的にサービスを受ける仕組みではありません。この点の認識が今の政権はあまりにも甘いと言わざるを得ない。

 北朝鮮の独裁者が変わった今、このタイミングで対応を誤れば、通常の場合以上に大きなダメージを国益に与えることにもなりかねません。一刻も早い立て直しが必要です。

suzuki_keisuke at 16:07トラックバック(0) 

2012年03月11日

震災から一年

 今日で震災から一年が経ちました。

 犠牲となられた方々のご冥福を心よりお祈りいたしますとともに、被災された方々の一日も早い復興に向け、政治の世界に身を置く一人として、できる限りのことを具体的に進めねばと改めて痛感しています。

 政治が今やらねばならないこと。それは第一に、被災者・被災地の今後に向けた復興・復旧、第二に、新たな災害への備えを万全にしておくこと、第三に、わが国の今後の発展成長に向け国全体の復興を戦略的に進めることです。

 そして残念ながら、そのどれもがペースがあまりにも遅すぎる、あるいは取り組み自体がされていないといわざるを得ません。

 民主党、自民党、公明党は当然のこととして、みんなの党などのいわゆる第3極志向の政治家も含めて、Factに基づかない政局本位のイメージ合戦をするのではなく、国として今目指すべきゴールを明確にし、そこに至るまでの最も効率的な方法を考え、そのために必要な予算や法律(制度)を決定する、という本来の「政治・国会がすべきこと」にもう一度回帰する、そんなきっかけにこの3月11日がなることを切に願う次第です。地味ではありますが、それが一番大事なことだと思います。

 各論はこれまでもこのブログでも書かせていただいていますので、ここで改めては述べませんが、様々な問題課題に関しおそらく選択肢はかなり出尽くしている。そんな中で、あとは決断し実行すること、与野党ということではなく政治全体が今決断し実行することが求められているのではないでしょうか。

suzuki_keisuke at 21:28トラックバック(0) 

2012年03月08日

天然ガスに関するエネルギー戦略

 「島国で天然資源のない我が国は、多くを輸入に頼らなければやっていけない」と昔から言われてきました。ただでさえ多い燃料の輸入が、震災以降の状況によりさらに増えつつあります。貿易収支も赤字となり、先日発表された今年一月の貿易統計でも、液化天然ガスについては数量で28.2%、金額で74.3%(一月ひと月で2323億円)の増加(前年同月比)を見せています。

 国の将来を考えたエネルギー政策がどうあるべきかについては、原子力や化石燃料といったリスクがあるエネルギーの位置づけをどうするかの議論をきちんとする必要がありますので、別の機会に譲りますが、少なくとも政治が直面する現実的な問題として、「少なくとも当面は天然ガスの輸入量が従来よりも増える可能性が高い」という事実に向き合わねばなりません。

 そして、そのことを考えるときに無視できないのが、我が国における天然ガスの価格は諸外国に比べ非常に高いという事実です。我が国においては、天然ガスといえば液化天然ガス(LNG)のことですが、日本におけるLNGの価格はなぜか原油価格に連動しています。契約のフォーミュラ自体がそうなってしまっているのです。結果として、我が国の天然ガス価格はヨーロッパの倍、そしてアメリカのほぼ5倍です。

 その最大の理由は、我が国にあってはパイプラインによる生ガスの輸入がないからともいわれています。確かに今アメリカなどでシェールガスなどの非従来型の天然ガスが「発見」され、天然ガスの価格はある程度のところで抑えられています。特にアメリカ市場においてはここ数年非常に安い。そこで、アメリカからもLNG化して輸入しようという動きもあちこちに出てきているようです。

 しかし長期契約、しかも定量の契約となる我が国の今の状況では、そもそもLNGには「マーケットなどあってないようなもの」であり「価格の透明性はなかなか求めにくい」(エネルギー会社の担当者)。しかも原発を一時的に停止し天然ガスに対する電力ニーズが非常に高い今の現実の中では、輸入先の選択肢が広がったところで、LNGの中での選択であれば、結局のところ、使い手、ユーザーが売り手と対等に交渉し、適正な値段決めをすることはまず不可能と思われます。そもそもLNGの価格が原油価格に連動するということ自体、原油の代替物としてLNGを使用するという使う側の足元を売る側が見た価格決定プロセスであり、その力関係を浮き彫りにしているといえるのではないでしょうか。

 一方でパイプラインを引くとすれば、基本的にはロシアからということになります。ロシアからのガスのパイプラインを巡ってはヨーロッパ諸国が非常に厳しい経験をしているのも事実です。中国というより需要度の高いユーザーがいるとはいえ、パイプラインの敷設にはそれはそれでさまざまな困難が存在します。

 数年前に、東シベリアあるいはサハリンからのパイプラインが議論の俎上に上った時には、このような懸念から議論が最後まで進まなかったと記憶しています。

 しかし、天然ガスを取り巻く環境は、原子力エネルギーも含め劇的に変わりました。決定してから実際に使えるようになるまで時間がかかることを考えれば、もちろん希望的観測を配した冷静な推計と分析は大前提ですが、我が国の電力コスト、エネルギーコストを下げ経済力を強化するために、パイプラインの敷設と生ガスの輸入についても、真剣に検討すべき時期を迎えているのではないのではないでしょうか。



suzuki_keisuke at 18:43トラックバック(0) 

2012年03月01日

東シナ海での中国の挑発行動には「行動」で

 このところ、中国の調査船が日本のEEZ内で日本の調査船に対して調査の中止を要求したという報道が続いています。

 事実関係を精査することがまず必要ですが、事実とすれば、中国側の強硬姿勢のステージが変わった可能性があります。我が国としてここで対応を間違えれば、取り返しがつかないことになりかねません。

 私も以前より、国会での質疑やこのブログで指摘させていただいていますが、中国の東シナ海における様々な行動は、アメリカをもにらんだ太平洋へのアクセスのための当該海域における将来的な軍事的制海権の拡大、そして法的には日中の境界線を沖縄になるべく近づけることにあります。尖閣を巡る行動も、経営的には採算が取れない東シナ海のガス田開発に巨額の費用を投じるのも全てがその目的のためと考えるのが妥当です。決して、尖閣そのものやガスそのものが目的ではないことに留意が必要です。

 その中国の行動は、これまでは日本が主張し、かつ国際的にも通例となっている日中中間線を無効とするための既成事実の積み重ねという範囲に収まっていました。それが今回の行動から判断すれば、事実上日本が実効支配している海域において明確な「挑戦」をしてきているわけですから、「中間線の否定」から「沖縄トラフの主張・既成事実化」にステージを移しつつあると言わざるを得ません。

 簡単に言えば、まずは日本をどこまで押し込むことができるのか試しているということです。まさにここでどのような対応をとれるかが大きな分かれ道です。自衛艦によるパトロールや演習も含めた実効支配の強化を実質的に行動で示していくことが、これ以上の挑発をやめさせる唯一の道です。

 この期に及んで、「摩擦を恐れて」口頭だけの抗議で済ませるなど実体的に何もしなければ、中国側の行動は一気にエスカレートする可能性が極めて高いと言わざるを得ません。「友好」と口でいいながら挑発を繰り返す相手との間の友好関係はその挑発を叩き潰した後にのみ可能です。中国の行動がエスカレートした後では遅いのです。

 今我が国として何をするべきか。それは、この様な「挑発」が中国側にとって何ももたらさず、得にならないということをキチンと行動で示しメッセージを伝えることに他なりません。危機や摩擦の目をまだ小さいうちに摘み取っておくこと、それが安全保障では一番大事なことです。

suzuki_keisuke at 01:01トラックバック(0) 
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