2012年07月

2012年07月24日

日本における「オリンピック・パラリンピック問題」

 いよいよ今週からロンドンオリンピックが始まります。9月9日のパラリンピックの閉幕までスポーツの熱い闘いが繰り広げられるのはとても楽しみです。

 日本勢の活躍にも期待したいと思いますし、特に、私が大学ボート部の選手だった時に、合宿所で話を聞き、メシをおごってもらい、アドバイスをいただいた武田大作選手の4度目のオリンピックには注目したいと思います。

 さて、そのスポーツ、残念ながら政治、行政の対応という意味では、ある意味でその熱い戦いに水を差すような状況が続いてしまっています。

 以前から私も党の会議で発言し様々なところで発信してきた論点ですが、いまだに日本ではオリンピックは文部科学省、パラリンピックは厚生労働省という体制が変わっていません。そのしわ寄せが選手、現場に来てしまっている実態があります。

 諸外国においては、障がい者スポーツも競技レベルでは非常に高いレベルのスポーツであることから、競技スポーツとしての体制が組まれています。スポーツ団体も障がい者も含めて同一組織であるケースがかなり多いようです。しかし、日本においては障がい者スポーツは「スポーツ」というよりも「福祉」という側面が強いということなのか依然として管轄がスポーツと異なる官庁によって行われています。

 所管の官庁が異なるために、私が若干関わらせていただいているボート競技においては、オリンピックは日本ボート協会、パラリンピックは別団体の日本アダプティブローイング協会、となっていますし、他のスポーツにおいても同様です。

 別団体となっている結果、パラリンピックの方はどうしてもオリンピックと比べてメディアの注目度が高くないため企業にとっての宣伝価値も異なるのでしょう、資金的あるいはバックアップ体制の面でとても厳しい状況になってしまっていることも否定できません。パラリンピックの選手に対する支援などに関して、日本は諸外国に比べても大きく後れを取っている状況にあります。

 実際、そうそうたる企業が26社もゴールドパートナー・オフィシャルパートナーとなっている日本オリンピック委員会(JOC)に比べ、日本パラリンピック委員会(JPC)のオフィシャルパートナーはヤフー、日本航空、JA共済連、トラスコ中山、西濃シェンカー、田中貴金属のわずか6社にすぎません。

 こうした状況を打開するには、少なくとも競技団体が一つの組織で両方のスポーツを見られるような仕組みに変えることが必要です。そのためには政治が主導して制度改正を行う必要があります。

  昨年成立したスポーツ基本法の中の附則にはスポーツ庁の創設への「検討」が盛り込まれていますので、これを一つのきっかけに改善を進めてほしいと思いますが、その後あまりこのことは話題にならなくなってしまいました。妙な役所の縦割りの議論ではなく、また権限予算争いではなく、スポーツの様々なレベルでの活性化をきちんと進め、色々な問題を解決できる改革にせねばなりません。

suzuki_keisuke at 16:58トラックバック(0) 

2012年07月17日

内向き、縮み指向では未来は拓けない

 私の選挙区である港北区や都筑区でも、この前の週末くらいから夏祭りや盆踊りが各所で始まりました。町会ごと、谷戸ごとに行われていますが、新しい街という性質からか、8月のお盆の時期にはほとんどなく、その前後に分散しているのも興味深いところです。その他いろいろな活動でバタバタしていますが、そんな中でふと気になったことをここで少し書かせていただきたいと思います。

 それは、最近の自民党の一部をはじめとした政治全体において、政策というかマインドがあまりにも内向き思考になってしまっているのではないかという点です。

 例えば、このブログでも何回か触れている「国土強靭化」という名の大規模公共事業の問題。この論者の論拠は、デフレ下では需要が足りていないのだから、100兆円でも200兆円でも公共事業をしてその需要を創りだすことが今の政治がやらねばならない最大のことだ、ということのようです。

 しかし、今の日本は鎖国をしているわけではなく、グローバル経済の一角という厳然たる「事実」を忘れるわけにはいきません。そのような状況下で、需要創出を内需のみ、しかも公需で賄うべきだという議論は若干乱暴な気がします。実際、過去公共事業等の財政出動をしたケースはあまり成功していません。

 日本の人口が減少し、高齢化が進んでいる環境下では、当然内需はこれからも落ち込んでいく可能性が高いのはやむを得ません。放っておけばデフレの改善は難しい。むしろ、どうやって成長著しいアジアをはじめとした海外の需要を取り込むかが、デフレ対策、経済成長を考える上での必須条件ではないでしょうか。

 実際、ミクロの議論になりますが、デフレのうちの一つの事象である個々の商品の価格の低下圧力は、需要を国際的に引き出せている国際競争力のある商品においてはあまり現れていません。

 また資産デフレということを考えても、海外からの投資をどう呼び込むかは避けられない問題です。アメリカにおいて住宅価格が高下しながらも長期的には上昇トレンドにあるのは、移民をはじめとして依然として人口が増加しているから、というのは否定出来ない現実です。

 もちろん、過去に創ったインフラが老朽化してきているそのメンテナンスはキチンと行っていくべきですし、必要最低限のものの整備は必要でしょうが、10年間で200兆円というような公共事業、しかもその多くが道路をはじめとする一般社会資本整備というのは明らかに間違った方向性と考えざるをえません。

 むしろ今政治が打ち出すべきは、世界で勝負出来る大企業、中小企業、零細企業のイノベーションを促進出来るような規制改革、投資、減税、制度づくりであり、もっと外向きの経済成長戦略を志向せねばならないはずです。

 同じような「内向き指向」の問題はあちこちに見られていて、例えば最近話題になっている日本航空の再建・再上場問題でも、なぜ再生が必要だったかという「公共財」の意義付けが内向きの議論に一方的にねじ曲げられてしまっています。

 島国である日本が世界の中で経済成長していくためには、ヒト、モノ、カネにおいて日本を世界と繋げる動脈の存在が死活的です。カネを担う国際金融、ヒトを担う国際航空、モノを担う国際物流、これらの分野においては、都合が悪くなればいつでも撤退しうる外国資本でなく国内資本が(独占でなく)複数で競合するのがまさに「国益」であり、それがまさに政治が関与してでも守るべき「公共財」です。多くの国でこの分野には国が実質的に関与していることからもそれは明らかです。

 ヒトの移動を担う航空に関しては実際、震災後数ヶ月もの間、外国の航空会社は日本への直行便を休止していました。そのようなダメージを日本経済に与えないようにするためには、二社しかない国内の大手航空会社を守ることが公共の利益のために必要です。それがどちらの会社であろうが。

 それが今では「公共財」の意味を鉄道や道路と同じ「生活路線」の面だけに一面的に解釈し、不採算の地方路線の復活をさせ国際線事業の拡大をさせないといった議論が横行している。明らかにこれは外を見ない内向きな議論といわざるをえません。

 もちろん再生対象の一企業としてミクロで見れば、日本航空にもまだまだ再生に向けて改善が必要な問題は残っていると思われます。

 そこをキチンと指摘し改革を進めさせ、撤退路線も含め国際的なヒトの流れを公共財として一刻も早くしっかりと担わせる。さらにもしも再生の枠組み自体で見直しが必要な点があれば分析・検証をし今後の再生のケースに生かす(海外投資家の日本への信用を考えれば、たとえ面白くなくとも、いったん進めたプロジェクトにおいて結果を受けて仕組み自体を事後的に変更・遡及させることはすべきでない)、仮に公正を欠くのであれば例外的措置として二社のうちの片方を後ろ向きに抑えるのではなく両方が国際的に競争力をつけられるよう前向きに支援を行う、あるいはヒトの移動、経済を活性化する政策を打ち出す、というのが本来の政治の責任のはずです。

 TPPの問題もそうですが、このように様々な点において非常に内向きな風が、最近政治全体を覆ってしまっています。しかし、内向き、縮み指向では未来は決して拓けません。

 新しい世代の政治家として、10年後、20年後に向け、着実に必要な改革を進めていける政治を実現出来るよう頑張って修練していきたいと思います。

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2012年07月09日

なぜ日中は衝突するのか、についての一考

 東アジアの二つの大国である日本と中国は、様々な面で利害も価値観も異なっています。そのことが、尖閣をはじめとした現実の様々な衝突につながっている印象を受けます。

 そして、おそらくそれに加えて、肌感覚が全く異なっていることも、その相違に大いに寄与していると思われます。

 これまで、様々な会議や会談の場で外国の政府関係者、政治家、様々なレベルで議論をする機会がありました。そんな中で感じたのは、やはりその国の「当たり前」の肌感覚というのは大きく異なるということ。

 何が言いたいか。

 日本人は、古くから海に囲まれた日本列島という島で暮らしてきました。まあ、イギリス人やアメリカ人も島という意味では似たような感覚を持っていると思います。

 島が意味するもの。それは基本的には「守られている」ということであり、また「境界がはっきりしている」ということです。

 逆に大陸の国はどうか。例えばロシアや中国がそのいい例です。あるいは中東の国々もそうかもしれません。

 大陸が意味するもの。それは川があれば別ですが、「境界があまりはっきりしていない」ということではないでしょうか。いつでも誰かが攻めてきて、境界が変わってしまう可能性がある。従って、常に守りを固める、もしくは攻めていかねば境界を維持することが出来ない。そんな恐怖感が常にある。

 これまでの歴史を振り返ればこれは間違いとはいえない感覚だと思われます。

 今、中国はその「大陸の感覚」で海洋進出をしようとしている。そして、日本が常に攻めてくると完全に誤解している。また自分が軍拡しなければ誰かに侵略されるという恐怖感を覚えている。

 結果として、そのような中国の行動が周辺国に逆に恐怖感や不信感を与え、結局地域全体が軍備拡大に向かい、結果的に地域全体が不安定化してしまう。

 私は今の東アジアはまさにそのような状況に陥りつつあるのだと思います。日本やアメリカとは全く異なる肌感覚を持つ巨大な国がすぐ隣にある。この状況は我が国の安全保障を考えると相当しんどい状況です。

 我々もこれまでのように性善説ですべてを見るわけにはいきません。全く違う思考回路の強大な隣人がいる、という前提の下にリスク管理をしていかねばなりません。

 そして、この様な感覚は、すぐに変わるわけではない。いくら相互理解を深めても。

 これまでの我が国の安全保障政策や外交戦略は、ある意味、この様な肌感覚の違いをあまり考慮してこなかったのではないでしょうか。経済の問題や国内の問題だけではなく、外交や安全保障政策も、大きな転換点を迎えています。それでなくても、冷戦やテロの時代を経て、様々な安全保障環境が変化してきている時代です。誤った方向に動くことは許されません。

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2012年07月01日

バラマキ条項となっている消費税法案附則第18条修正第2項

 消費税率の引き上げをめぐって、衆院での採決後も、いわゆる小沢グループの離党騒ぎなど余波が続いています。世間的には、小沢グループ、共産党、みんなの党、社民党が反増税、民主党、自民党、公明党が増税派、といった見方も一部でされているようですが、本来、今回の消費税に関する議論は、理念、哲学の問題ではなく、現実の経理、ソロバンの問題であったはずです。それがいつの間にか、選挙の思惑で二元論にすり替えられてしまったことは非常に残念です。

 金利の負担がさらに大きくなってそのツケを払わされるのは、我々国民一人ひとりであることを考えれば、そして今の歳出、財政構造を考えれば、単純に先送りする、あるいは増税一切なしでやっていくことが不可能な議論であることは明らかです。そんな中で増税しないでもやっていけると煽るのは単なる選挙目当ての無責任なアジテートとしか言いようがありません。これでは政権交代前の民主党の主張と全く同じです。

 政治家がやらねばならないことは、実現不可能な夢物語を語ってポピュリズムを煽るのではなく、10年後、20年後の税負担を最小限にできる具体的な提案することのはずです。単純に増税をするかしないかという議論は、増税しないで破たんしないでやっていくというシナリオが現実的には不可能である以上、政策的な議論にはなりえません。逆に先送りすることで市場の信頼を失い、金利負担を増やし、将来の国民負担を増やすことにつながりかねない。

 今本当に議論が必要なのは、福祉や景気対策に関して「大きな政府」のアプローチで行くのか、「小さな政府」のアプローチで行くのか、という理念の二元的議論でなくてはなりません。また税の関係でいけば、税負担をだれがするのか、法人税なのか消費税なのか所得税なのか、いわゆる直間比率をどうするのか、その議論もせねばなりません。

 また、一方で、今の景気状況で、あるいは数年後の景気状況で、増税することによる買い控え等による景気への影響と、増税しないことによる金利負担の増加、民間投資のクラウディングアウト効果がどのくらいになるのか、についての比較を専門家にシュミレートしてもらうことも同時に行わねばなりません。増税の時期を決めるのは、政治的議論でなく、経済的議論でなくてはならないのです。

 さて、このソロバンではない「理念」の部分、私が今不安に思っているのは、バラマキ色の強い今の社会保障を、メリハリをつけるのではなく単に拡充することが、今回の5%の消費税率引き上げで可能になった、という考えの人が民主党を中心にかなり多いことです。それでは、以前ここでも書かせていただきましたが、中福祉低負担というこれまでの構造赤字の要因となってきた構図が、同様の高福祉中負担に変わるにすぎません。

 また似たような考えは、自民党のいわゆる守旧派といわれる勢力の中にも根強く、これを財源に公共事業を増やせばいいということも言われ始めています。特に今回の「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律案」いわゆる消費税率引き上げ法案の修正案においては、「消費税率引上げに当たっては、」という規定である附則第18条に、

2 税制の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能となる中で、我が国経済の需要と供給の状況、消費税率の引上げによる経済への影響等を踏まえ、成長戦略並びに事前防災及び減災等に資する分野に資金を重点的に配分することなど、我が国経済の成長等に向けた施策を検討する。

というものが追加されてしまいました。これは、高速道路など一般社会資本整備への旧来型のバラマキ的資金投入を含む、いわゆる10年間200兆円という「国土強靭化」を意図したものです。1行目の「税制等の抜本的な改革の実施等により、財政による機動的対応が可能になる中で、」というのは簡単にいえば、「「消費税増税により余裕が生じるので」バラマキに使うことを検討します。」と言っているに等しいわけです。

 今の財政状況を改善するために、やむを得ず消費税率の引き上げをお願いして、日本の破たんをどうにか避けようと考える身からすれば、ふざけるなと言いたい。

 ここに挙げたように、社会保障や公共事業のバラマキ圧力が、今後いろいろな勢力から強まる可能性がかなりあります。しかし、それをやってしまったら消費税の引き上げをした意味は全くなくなってしまう。ツケをさらに大きくして先送りすることになってしまいます。そんなことには断じてさせてはならないのです。

 税率引き上げと同時に、こうした旧い考えを持った勢力を政治の世界から消し去るような政治改革、小さな政府への構造改革を加速させていかねば、今回の税制改革の意味、効果は全くなくなってしまうと私は思います。

 近くあるだろう総選挙、私は増税の可否という現実的ではない選択肢ではなく、今後の日本が財政運営において、「小さな政府」的アプローチでいくのか、あるいは「大きな政府」的アプローチでいくのか、その選択をしていかねばならないと思います。

 自民党も安全保障面などはともかく、経済政策においては残念ながらこの3年間ですっかり先祖がえりしてしまい、公共事業を前面に打ち出すような守旧派の政党に変わってしまったようにも見えます。しかし、都市部や若手を中心に、そこへの反発はまだまだ強いものがあります。大きな会議では必ずと言っていいほどそこが争点にもなっています。政治を変え、日本を元気にするためにも、自民党を民意を受け日本復活を担えるような改革政党にもう一度創りかえる、その努力も続けていきたいと思います。

 

suzuki_keisuke at 17:39トラックバック(0) 
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