2015年11月

2015年11月21日

内部留保課税の議論と法人税引き下げ

 企業の内部留保に対する課税の話が報道をはじめ一部でなされはじめていますので、この点についての私の考えを若干述べさせていただきたいと思います。

 今回の内部留保課税のはなしは、若干誤解されている向きもありますが、実は昨年の法人税減税と同じ方向を向いた話です。これは極めて重要な点です。

 経済活動に大きな影響を与える税制は、中立公平公正という原則が重要であると同時に、所得の再分配機能、すなわち社会政策的側面と、経済成長を促進する経済政策の側面と両方を持っていなければなりません。正直これまでの日本の税制の議論は、経済政策の比重を軽んじてきたところは否定できません。それをもっと成長フレンドリーで、努力する企業・個人が報われるような税制に変えていかねばならない、これが昨年法人税減税を推し進めた次世代の税制を考える会の仲間の共通の思いでした。

 おそらく現在の党内でも、多くの政治家の思いとして、設備投資や人件費、配当に適切な投資を行っている企業については法人税を減税してよりその活動を支援することで経済全体の好循環につなげたい、という点は共通しているといっていいと思います。問題は、法人税の減税を行っているにもかかわらず、多くの企業で適切なリスクテイクをしていない、適切な規模の設備投資や人件費、配当への投資を行っていないという点にあります。この点への不満も同様に党内でのコンセンサスに近いと思われます。

 本来日本経済が力強く民間主導で成長していくためには、民間企業の適切なリスクテイクと投資が不可欠です。それが諸外国やマーケットから不思議がられるくらい、今の環境でもいろいろな理由を並べて適切なリスクをとらず、投資もしない。まさに横並びの悪弊が大企業には見られがちです。これをどう変えていくのか、デフレ「マインド」からの脱却という点でもこの点こそが極めて重要です。

 確かに終身雇用が一般的な日本の労働市場では、終身雇用の継続性の中にいる経営者はリスク回避的になりがちです。「失敗しなければ職務を全う出来る」というマインドが横並び意識や諸外国に比べると遅い投資スピードに繋がってしまっています。

 長期的にはこうした雇用慣行自体をホワイトカラーについては見直す必要もあろうかと思いますが、もちろんそれは一朝一夕に出来る議論ではありません。

 一方、今後の経済環境を考えれば、今何らかの行動に出ることが必要です。まさに今総理を始め関係閣僚が経済界との官民対話を行っています。正直なことを言えば、この官民対話にしても内部留保課税にしても普通の資本主義国家であれば本来すべきことではありません。我々誰一人としてこの様な異例の政策を積極的にやりたいわけではありません。

 しかし、率直なところ、客観的に見て、そして多くの外部の方々の意見を踏まえても、データを踏まえても、日本の企業の動向は不自然なほど適切なリスクテイクや投資を出来ているとは言えない状況です。そしてそれなくしては、これまでの金融緩和も財政の刺激策もこれまで賭けてきた大きなコストが無意味な一時しのぎだったということになってしまいかねません。

 この国の国民の暮らしに責任を持つ政治家としては、こうした状況を座視するわけには行かないわけで、やむを得ず、異例のことではありますが、官民対話を行い、それでも企業の行動が変化しない場合には税にインセンティブ・ディスインセンティブを組み込むということも今後は考えていかざるを得ない、これが今の状況です。

 ここだけ考えると、もしかすると法人税減税は不要だ、さらに深堀しても意味が無いではないかという議論になってしまうかもしれません。しかし考えねばならないのは、きちんとしたリスクをとっている企業も一部にはあるわけで、グローバルな競争にさらされるそのような企業を支援するために日本として更なる法人税減税は必要ということです。政府が細かいことに口を出す従来の政策減税ではなく、そのようなイノベーティブな企業には一般的な法人税減税による自由な資金が必要です。そこの足を引っ張るわけには行きません。

 であるとすれば、経済を下押ししないために、そして真に民間主導の経済成長を実現するためには、更なる法人税減税と不適切な内部留保への課税の組み合わせを推し進めていくことを現実的に考えねばならない時期に来ている、それが正直な感想です。党内では自由競争主義者の方に数えられる私ですらそう思わざるを得ないという現状は危機的と思わざるを得ません。実は海外の市場関係者の多くも同様の見方をしています。

 もちろん、具体的な制度の検討に当たっては影響を最小に抑え効果を最大にせねばなりません。課税対象の規模、産業別にどうするか、何に課税するのか、水準はどうするのか、どう法人税減税にビルトインするのか等々、細部の設計がまさに肝になります。その詳細な制度設計次第で成長を加速させるいい税制にも成長を鈍化させてしまう悪い税制にもなりうる。

 内部留保課税という言葉に過剰反応して議論が止まってしまうことが一番非生産的なわけであって、まず必要なことは、何が可能なのか、制度的・政策的なツメを行うことです。その上で導入する必要があるか否かを、各企業の設備投資や賃金、配当の動向を勘案して一年なり時間をかけて判断するというのが今の政治がとるべき正しい姿勢なのではないか、私はそう考えています。

 ともすれば忘れがちなことですが、そもそも経済、景気の問題において政府が出来ることは限られています。日本経済が真に力強く成長できるか否かは、一つ一つの企業、一人ひとりの人のチャレンジ・行動にかかってるといっていい。3本の矢はそのための環境整備の意味合いが強い。その意味でも、まさに今が正念場です。誤り、失敗は許されません。


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2015年11月15日

テロに屈しないということ

 パリで13日の夜に発生した同時多発テロ、犠牲となられた多くの方々のご冥福をお祈りいたします。同時に真相、背景の究明を関係国には徹底的にしてほしいと思いますし、日本としても今後サミットやオリンピック・パラリンピックなど多くのイベントを控えていますので、テロ対策徹底の再確認をせねばなりません。

 14年前の9.11テロの時、テロ現場に一番近いマンションのうちの一つに住んでいた私にとり、テロへの対応はそれ以降大きなテーマであり続けています。一期目の当時から一貫してテロ特と言われた特別委員会に所属し、議論に加わっても来ました。

 今回のパリのテロもイスラム過激派組織ISの犯行だということがオランド大統領の昨日の会見でも指摘されています。当然更なる検証は必要ですが、先日のロシア機爆破同様その可能性が高いと思われます。

 特に今世紀に入ってからテロは組織化され、テロリストも拡散してしまっています。一つの拠点・組織を殲滅すれば大丈夫という状況ではありません。それはアルカイ―ダでもISでも同じことです。そして、イスラム過激派についていえば、確かに一般のイスラム教徒と過激派は全く異なるというのが事実ではありますが、その一方で、どこの国でもそれぞれの国のマフィアや暴力組織がそうであるように、テロリストはどこかで一般社会とのつながりを持っています。資金的にあるいは人的にも。

 それをどう遮断し孤立させることが出来るか、資金源、人的供給源、武器等の供給源、そのルートをきちんと遮断していくより他に実効性ある対策はできません。

 そのためには、一つには一般社会の中でテロリストにシンパシーを持つような人を増やさないことが極めて重要です。イスラム教徒をイスラムというだけで排除するようになってしまえば、その分だけテロリストに同情的な中間層を生むことになってしまいます。それは断じて避けねばなりません。

 もう一つは、国際社会としてひるむことなく、テロリストへの攻撃、せん滅作戦を徹底的に行うこと。テロ組織が存在する一般社会の中にはテロリストへの恐怖が確実に存在します。国際社会がテロリストを確実に殲滅しようと真剣に取り組んでいるからこそ、そうした一般の人々はテロリストへの恐怖に打ち克って彼らとのかかわりを突っぱね続けることがが出来ます。テロリストではない一般市民のために、せん滅作戦は実効性がある作戦を確実に行わねばなりません。

 万が一にも今回のテロにより、イスラム過激派への国際社会からの攻撃が弱まるようなことがあれば、それはまさにテロリストの思うつぼです。

 そしてもう一つ大事なことは、我々一人ひとりがテロに断じて屈しないこと。日常の生活、ビジネスを我々が日常通りに続けることがテロリストへの強いメッセージにもなります。もちろんそのためにはそれぞれの国、政府がその安全を保障するため警備や監視を最大限強化することが不可欠です。

 一番警戒せねばならないのは、このようなテロの結果、我々の今日の発展を支えている様々な自由を抑制せよといった論調が出ることであり、排外主義が強くなることです。しかし、そのようなことになれば、それこそ、テロリストに大義を与え調子づかせることになりかねません。

 社会としてさまざまな自由を維持するためには当然色々な義務や管理が必要になることもあります。国境における検査の強化、市中での警備の強化といったことは当然せねばなりません。むしろ、そのようなことがおざなりになったままいたずらに「緩んできたこと」が問題なのであって、今回のことで「規律ある自由」が阻害されることは断じてあってはなりません。権利の濫用のような自由ではなく、自律に裏付けられた真の自由こそは我々が断固として守り抜かねばならないことです。

 大きなテロが起こると、必ずさまざまな極端な議論が出てきます。おそらく今回もそうなることが予想されます。しかし、日本としても国際社会としても誤った判断を下さないようにせねばなりません。ここに書かせていただいた3つの点、これをしっかりと実行することこそが、真の意味でテロに結束して立ち向かうということなのではないでしょうか。

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2015年11月06日

民泊という新たなモデル

 最近、民泊という言葉をしばしば耳にするようになりました。これは簡単に言えば、一定の条件の下で空いている部屋を宿泊用に提供できるようにするという規制緩和です。私も国土交通大臣政務官のときに、観光庁も所管ということで、「観光立国に向けたアクションプログラム2015」の中に民泊を明確に位置づけるように、慎重姿勢を崩さない厚生労働省を相手に力を尽くした案件であったことを記憶しています。

 そこで、そもそもなぜこれが必要なのかという点です。

 例えばある都市の宿泊の需要ですが、観光客にしてもビジネス客にしても季節ごとの上下、あるいはオリンピックパラリンピックのようなビッグイベントを考えれば、年による上下も含めて需要の変動は避けられません。

 仮にそのピークの需要にあった供給をホテルや旅館で賄うとすれば、需要が落ちた時期には空室としてコストを抱え込むことになる、つまり需要が落ちた分のマイナスを丸々こうしたホテルや旅館が背負い込むことになります。結果的に経営が苦しくなったり、他の宿泊客の料金にその分が乗せられ料金が高くなったりということも起こりうるわけです。

 であるとすれば、その変動のある程度の部分は、普通のマンションなどの空いている部屋を活用することで、補うことが一つの解決策にもなるのではないかというのがこの「民泊」を進める基本的なアイデアです。

 もちろん、推し進めるという前提の上で、衛生面や治安面など問題が起こらないような対策を徹底することは必要です。しかし、今後急速にインバウンド(日本への訪問者)が増えることが見込まれ、また季節ごとの変動も実数としては増加していくことが予想される中にあっては、宿泊者にとってもホテル業界にとっても民泊の提供者にしてもWin-Winの状況をつくるという観点からも、このような純粋のプロフェッショナルではない主体の参入は避けられないものであり、基本的には歓迎するべきものと思われます。

 一般にシェアリングとも言われるようなこうした手法は、車などでも今後検討されることになると思われますし、また一時的な需要の増加に対応するという観点においては、保育園の運営への会社組織の参入をはじめ様々な分野で、従来の規制の見直しが必要になってくることが予想されます。

 その際には、推し進める前提で問題が起こらないように厳しく対策を行っていくというのが基本的な姿勢でなくてはならず、問題点を指摘するだけで改革をしない理屈とすることはあってはなりません。今後とも様々な分野において様々な可能性を検証していきたいと思います。

suzuki_keisuke at 11:39トラックバック(0) 
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