2012年07月09日
なぜ日中は衝突するのか、についての一考
東アジアの二つの大国である日本と中国は、様々な面で利害も価値観も異なっています。そのことが、尖閣をはじめとした現実の様々な衝突につながっている印象を受けます。
そして、おそらくそれに加えて、肌感覚が全く異なっていることも、その相違に大いに寄与していると思われます。
これまで、様々な会議や会談の場で外国の政府関係者、政治家、様々なレベルで議論をする機会がありました。そんな中で感じたのは、やはりその国の「当たり前」の肌感覚というのは大きく異なるということ。
何が言いたいか。
日本人は、古くから海に囲まれた日本列島という島で暮らしてきました。まあ、イギリス人やアメリカ人も島という意味では似たような感覚を持っていると思います。
島が意味するもの。それは基本的には「守られている」ということであり、また「境界がはっきりしている」ということです。
逆に大陸の国はどうか。例えばロシアや中国がそのいい例です。あるいは中東の国々もそうかもしれません。
大陸が意味するもの。それは川があれば別ですが、「境界があまりはっきりしていない」ということではないでしょうか。いつでも誰かが攻めてきて、境界が変わってしまう可能性がある。従って、常に守りを固める、もしくは攻めていかねば境界を維持することが出来ない。そんな恐怖感が常にある。
これまでの歴史を振り返ればこれは間違いとはいえない感覚だと思われます。
今、中国はその「大陸の感覚」で海洋進出をしようとしている。そして、日本が常に攻めてくると完全に誤解している。また自分が軍拡しなければ誰かに侵略されるという恐怖感を覚えている。
結果として、そのような中国の行動が周辺国に逆に恐怖感や不信感を与え、結局地域全体が軍備拡大に向かい、結果的に地域全体が不安定化してしまう。
私は今の東アジアはまさにそのような状況に陥りつつあるのだと思います。日本やアメリカとは全く異なる肌感覚を持つ巨大な国がすぐ隣にある。この状況は我が国の安全保障を考えると相当しんどい状況です。
我々もこれまでのように性善説ですべてを見るわけにはいきません。全く違う思考回路の強大な隣人がいる、という前提の下にリスク管理をしていかねばなりません。
そして、この様な感覚は、すぐに変わるわけではない。いくら相互理解を深めても。
これまでの我が国の安全保障政策や外交戦略は、ある意味、この様な肌感覚の違いをあまり考慮してこなかったのではないでしょうか。経済の問題や国内の問題だけではなく、外交や安全保障政策も、大きな転換点を迎えています。それでなくても、冷戦やテロの時代を経て、様々な安全保障環境が変化してきている時代です。誤った方向に動くことは許されません。
そして、おそらくそれに加えて、肌感覚が全く異なっていることも、その相違に大いに寄与していると思われます。
これまで、様々な会議や会談の場で外国の政府関係者、政治家、様々なレベルで議論をする機会がありました。そんな中で感じたのは、やはりその国の「当たり前」の肌感覚というのは大きく異なるということ。
何が言いたいか。
日本人は、古くから海に囲まれた日本列島という島で暮らしてきました。まあ、イギリス人やアメリカ人も島という意味では似たような感覚を持っていると思います。
島が意味するもの。それは基本的には「守られている」ということであり、また「境界がはっきりしている」ということです。
逆に大陸の国はどうか。例えばロシアや中国がそのいい例です。あるいは中東の国々もそうかもしれません。
大陸が意味するもの。それは川があれば別ですが、「境界があまりはっきりしていない」ということではないでしょうか。いつでも誰かが攻めてきて、境界が変わってしまう可能性がある。従って、常に守りを固める、もしくは攻めていかねば境界を維持することが出来ない。そんな恐怖感が常にある。
これまでの歴史を振り返ればこれは間違いとはいえない感覚だと思われます。
今、中国はその「大陸の感覚」で海洋進出をしようとしている。そして、日本が常に攻めてくると完全に誤解している。また自分が軍拡しなければ誰かに侵略されるという恐怖感を覚えている。
結果として、そのような中国の行動が周辺国に逆に恐怖感や不信感を与え、結局地域全体が軍備拡大に向かい、結果的に地域全体が不安定化してしまう。
私は今の東アジアはまさにそのような状況に陥りつつあるのだと思います。日本やアメリカとは全く異なる肌感覚を持つ巨大な国がすぐ隣にある。この状況は我が国の安全保障を考えると相当しんどい状況です。
我々もこれまでのように性善説ですべてを見るわけにはいきません。全く違う思考回路の強大な隣人がいる、という前提の下にリスク管理をしていかねばなりません。
そして、この様な感覚は、すぐに変わるわけではない。いくら相互理解を深めても。
これまでの我が国の安全保障政策や外交戦略は、ある意味、この様な肌感覚の違いをあまり考慮してこなかったのではないでしょうか。経済の問題や国内の問題だけではなく、外交や安全保障政策も、大きな転換点を迎えています。それでなくても、冷戦やテロの時代を経て、様々な安全保障環境が変化してきている時代です。誤った方向に動くことは許されません。
suzuki_keisuke at 18:58│トラックバック(0)