2017年05月25日

いわゆる「こども保険」について

 いわゆる「こども保険」について、報道でも様々出ており、私自身も取材をしばしば受けてますので、私自身の考えをここに書きたいと思います。

 まず、大前提として、幼児教育の無償化や待機児童対策など、子育て、教育をはじめとした次世代への投資がこれまで他の予算と比べてあまりにも小さかったのは事実で、これをしっかり拡充することは国としても急務だという認識は必要だということがあります。こうした負担の軽減が少子化の少なくとも経済的ボトルネックを解消することにもつながりますし、また日本の人材力という意味でも効果が大きな施策だと思われます。

 一方で、これを現在の財政状況の中で、新たな財源を得て、今の様々な施策に上乗せする形で行うのか、あるいは国民負担を考えて、今の枠内で、医療や介護を含む他の予算との組み換えでやるべきなのか、という点では真摯な議論が必要です。

 私は、国民負担を考えれば、また国としての活力を考えれば、すでに政府のサイズはギリギリのところまで大きくなっていて、これ以上膨張させるべきではないと考えていますので、基本は後者を選択すべきだと考えています。正直これまでの政治であれば与野党問わず、あれもこれもやるという政治をやってきていました。しかし我々の世代は、今後の直面する困難を考えれば、そして将来を考えれば、歯を食いしばって「痛み」を恐れずに今の時代に合った政府歳出への改革を進めていかねばなりません。

 すべての予算には大義があり、それぞれの大義に優先順位をつけることは難しいことです。しかし、それをせずにすべてをやることになれば、国民負担、財政の観点から財政が破たんしたり、経済の活力を大きくそぐことにもなりかねません。

 様々な議論はありますが、今の法人税、所得税、消費税、社会保険料、財政赤字のレベルから考えれば、そして今後さらに高齢化が進んでいく現実を考えれば、さらなる負担増は不可避であって、国民負担はもはや限界に近いといわざるを得ません。

 そのような中では、新たな負担は最小限にせねばなりません。

 薬価の問題や診療報酬本体の様々な問題など、医療については改革の余地が残されていますが、それとて、「痛み」を強いるものであるので、高齢者を中心とした現在の医療提供の仕組みの維持以上に重要な大義がなければ、なかなかその改革を進めることは現実的には困難です。

 そんな中、教育や子育てなどの将来世代への投資は、今の医療費のうちの改革しうる部分よりも優先順位が高いものだというのが多くの国民の感覚だと思います。本人も家族も望まないあるいは自己負担であれば考えもしなかったような延命治療に巨額の公金が投入されている、あるいは新薬の値決めにしても透明性がほとんどないままに高額の薬価が決められ、巨額の公金が投入されていることなどを考えれば、そうした部分の改革を行って教育や子育てに充当するべきだというのが多くの国民の正直な感覚だと、地元を回っていても感じるところです。

 安易に次世代への対策の費用を新規の国民負担、それが税であろうと保険であろうと国債であろうと、によって賄ってしまえば、こうした必要な改革への圧力、危機感が失われてしまいかねません。

 一方で、こうした部分への既得権を持った関係団体からの抵抗で、子育て支援、教育への投資が進まないという事態も避けねばなりません。

 こうした現実の中で、今回のこども保険の提案は、実は当初の0.1%(労使で0.2%)の保険料のみが新規負担で、0.5%(労使で1.0%)に引き上げる際には、今の医療費の抑制以上の抑制を行えた分を充当するという仕組みとなっていて、まさに現在の医療の問題点の改革なくして料率引き上げなし、という国民負担を最小限に抑制する仕組みをビルトインしたものとなっています。

 現実的な少子化対策、子育て、教育への投資の要請を考えれば、現実的な選択でもあり、かつ政府のサイズをズルズルと大きくするものでもない、既存の国民負担の中での優先順位の組み換えという哲学が前面に出たものとしており、私は本案を推している次第です。

 もちろん、「こども保険」が議論の過程で新規の財源をすべて新たな国民負担で賄うような仕組みに変質してしまえば、私も反対せざるを得ませんが、自民党で検討がされている「こども保険」の案はそうした政府のサイズ=国民負担をズルズル大きくするものでは明らかにないので、私としても実現に向けて頑張っていきたいと思っているところです。

 引き続きより良い制度が実現できるよう、尽力してまいります。

suzuki_keisuke at 14:49トラックバック(0) 

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