2017年06月13日

我田引鉄はあってはならない〜只見線と鉄道軌道整備法改正案〜

 平成23年7月の新潟・福島豪雨で橋梁が流され、現在運休している、JR只見線に関する議論が党内で行われています。現在災害復旧において国が補助できる対象を黒字会社に広げ、また激甚災害指定されていない災害も対象に含むという鉄道軌道整備法の法改正も併せて議論されています。

 現在、国として巨額の財政赤字を抱え今後高齢化に伴って医療費の支出が増加することが予想されるなかで、財政においても選択と集中ということが言われ、またかつての国鉄の巨額赤字への反省もあって、JRが支えきれない鉄道網に関しては合理化がやむを得ず進められているところです。全国的に利用者が極めて少ない鉄道に関しては、メンテナンスコストが極めて高いことから、鉄路を廃止しバスへの転換などを行って住民の利便性を確保するという方策がとられています。

 一応の目安として、旧国鉄時代には輸送密度2000人/日が廃止の基準だったところですが、現在では明確な基準は示されていませんが、300人程度がその目安となっているようです。これまでも東日本大震災の被災地などにおいても地元の理解と協力もいただきながらこうした鉄道の転換を行ってきたわけですが、かつて我田引鉄と言われたように、また最近の北陸新幹線の大阪延伸問題でも明らかなように、特に鉄道は政治家の介入がいまだにみられるところでもあります。廃線に関してもそのことは否定できません。

 そんな中、今回の只見線。たしかに「災害を口実にうやむやのうちに廃止に追い込まれるのは困る」というロジックには一理ありますが、同時に「そもそも廃止の検討がされる可能性が高かった路線に災害の復旧ということで巨額の公費を投入して復活させるべきなのか」という検討は少なくともされねばなりません。

 今回の只見線の該当区間の乗車密度は49人/日で、被災前の6倍の人が恒常的に利用するようになってはじめて廃線の検討対象にならない可能性が生じる、そして旧国鉄時代の基準からいけば40倍の乗客の利用が恒常的に必要という路線区間です。

 現在バスで代替していますが、住民の目線でも、現在集落に近い道路を6往復半、しかもフリー乗降区間をなっていてどこでも乗り降りできるバスの運行が、鉄路となれば、一日3往復で駅にしか当然のことながら停車しないこととなります。住民のアンケートも取られていない中で首長が要望を行っているという声もあります。

 現在のバスの運行コストは年間0.5億円。鉄道復旧の場合には復旧費81億円+年間運営費2.8億円です。単純に30年間で比較すると150億円鉄道復旧の場合コストが高くなる計算となります。現在のスキームの中でのJRの負担分を除いても、公費の投入額が今後災害が再び起こらないという仮定(当該区間は過去しばしば橋梁が流失している区間)でも30年間で117億円となります。

 100億円をはるかに上回る税金を投入して乗車密度49人/日の区間の復旧をすべきなのか。ここは慎重に判断せねばなりません。ましてや、81億円かけて橋梁の復旧等して乗客数が増えず10年くらいでやはり廃線せざるを得ませんという判断になってしまえば、巨額の公費投入はいったい何だったんだということになります。

 だからこそ、復旧の決定にあたっては、今後持続的に路線維持できるような、乗車密度や収支に関する定量的な見通しが明確になっていなくてはなりません。

 また今回の鉄道軌道整備法改正案にしても、災害復旧への国費投入の要件を緩めた結果、このような事例が増えるのであるとすれば、看過できる改正ではありません。国民の税金を使うということですから、それぞれの地域の政治的圧力で国費投入がなあなあのうちに決定され、本来廃線せざるを得ない路線が、災害を口実に安易に延命されるようなことがあってはなりません。

 その観点から、法改正をするのであれば、少なくとも定量的な路線の収支の計画をきちんと作成したうえで厳しく客観的に誰かが責任をもって可否を判断するといったメカニズムが法的に組み込まれることが説明責任の観点からも必要です。

 こうした観点から、党の行政改革副本部長として、先日の国土交通部会でもこの趣旨の発言をしたところ、この法案については、さらに精査が必要とのこととなりました。

 国民一人ひとりが必死にご苦労されて得たお金からいただいている税金です。その使い道については無駄や非効率、理不尽があってはならない。その思いを胸に今後とも政策をしっかり精査し、モノ申してまいります。
 

suzuki_keisuke at 16:46トラックバック(0) 

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