2013年03月18日

私は駿台予備校で2年間勉強し、東大駒場教養学部に入学した。と言うと立派な経歴のように思われるかもしれないが、実情は2年浪人をしたと言うこと。今は東大教養学部でどんな授業をしているか想像もつかないが、私が入学した昭和32年は実にひどい授業であった。
入学早々、保健体育と言う授業があり、東大野球部監督の武田さんが講師であった。教室に入ると大きな拡声器用のアンプが狭い教室の真ん中に据えてある。学生が一人アンプの前に座っているので、「これを授業に使うのですか?」と聞くと、そうではないと言う。保健体育の授業のあとに学生集会があるので準備をしていると言う。講師の武田先生はさすがにこれには怒った。「これは私の授業である。ただちに撤去しろ。こんなことは初めてだ」と嘆いて言う。大型のアンプとスピーカーが撤去され、授業が始まると、後ろから私の背中を叩く人がいる。振り向くと理2の同じクラスのAであった。「鈴木、もう少し左に寄ってくれ」と言う。これは黒板が見えないので左に寄れと言うことかと思い、私は彼に「席を替わろうか」と提案した。Aの説明ではそう言うことではなく、「自分は医学部を志望するので勉強したい。つまり内職したい。だから先生の視線を遮ってもらいたい」と言う。私は「勉強するなら図書館でしろよ」などと矛盾したことを言うと、Aは「医学部に進学するには保健体育が必修になるので単位だけはとりたい。出欠をとられるとやばいので仕方がないから授業に出ている」との返事であった。
ここで武田先生の名誉のために言っておくが、先生の授業は聴くに値しないと言うものではなかった。さすがに捕手出身の野球の監督だけあって、2塁盗塁を刺すための捕手の2塁送球に関する技術論は聞くに値する話であった。プロの選手は2塁ベース上に矢のような球を送球する技術を持ち、彼らは2塁手が誰であろうと関係がない。それに対して学生野球では捕手と2塁手のアウンの呼吸が必要であると言うもの。しかし考えてみるとこれも授業の余談かも知れない。授業の本体はまったく覚えていない。教養学部の授業は、ほとんどがこんな雰囲気であり、緊張感もない代わりに講師がジョークを言っても空気が抜けたように何の反応もない。
これに対して駿台予備校の授業は講師と学生の間に厳しい緊張関係があった。それと比例して、講師がジョークを言うと教室全体が大音響を発するような反応があった。駿台の授業で漢文の畠山先生が髪の毛の漢字に関するジョークを言うと、全員立ち上がって大騒ぎになったものである。女子学生は興奮のあまり、机の上に上がりピョンピョンはねたりした。それだけ学生が授業に集中している証である。


nk361961 at 20:03コメント(1) 

2013年02月18日

2月に入って2週間で、KENにとって、良い事が2つ重なった。一つは士節さんが20年近く続けている、Toastmasters Clubに入会して、年2回のSpeech Contestに出場、結果、Club levelで日本語で優勝、英語で2位。どちらも、次の大阪地区大会へ出場権利を得る。これに勝つと、西日本ゾーンに出場。これに勝つと、日本大会に出場。これに勝つと、米国で世界選手権。世界選手権に出る可能性は(当然日本語は無し)百万分の1もあるかな、と言う所。日本語スピーチ内容は、「昭和とともに去りし物」と称して、炬燵、縁側、どぶ、蚊取り線香、蚊帳、火鉢等、昭和とともに去って行ったものを語り、同時に大切な物、即ち、これらが育んだ家族・親戚の絆、も去って行ったのでは無いか、と言うストーリー。英語の方はe-mail導入時の混乱ぶりを面白おかしく語ったもの。どちらも内容には自信あったが、やはりnativeの壁は厚く、英語は豪州人が1位。次の地区大会では逆転を期す。もう一つは、豊中市で行われた北摂卓球大会で60代の部で優勝。ただし、10ブロックで4人がブロック内で争い、上位2人が決勝トーナメントに出場、とサッカーワールドカップと同じだが、違うのは3位以下は、しょんぼり帰るのでは無く、下位リーグトーナメントに出場と親切な措置となる。KENは2人強いのがいるブロックで争い、僅差で3位。そこで下位リーグに進出し、決勝まで6連勝し、優勝。69歳で60代の試合で優勝と言うのは、自分を褒めて上げたい気分です。来年は70代で全国レベルを狙う積り。考えて見ると、スピーチコンテストでの優勝も卓球のシングルス優勝も70年の人生で初めて。セミリタイアの状況で、老化防止も兼ねて、頭と体を使う英語と卓球を本格的に始めたものが、両方、つまり文武両道が開花した、と言ったら大袈裟ですかな。ただし、両方ともお金には全く寄与していません。われ等の次の世代の人達の老後の生き方のご参考になれば、と敢えて投稿しました。    KEN



kenshi4 at 22:08コメント(1) 

2013年01月21日

NHK日曜大河ドラマの舞台は会津である。
そこに出てくる言葉は、私が子供のころ育った飯田と新田野の方言が出てくる。
飯田では「○○ナンショ」、例えばお休みなさいを「お休みなんしょ」と言った。「〜ください」とか「〜しましょう」の代わりに「〜なんしょ」という。
新田野では相手のことを「オメエ」と言ったり「ニシ」と言ったりした。
オメエはお前様がお前になりオメエと汚く変化したのだろう。
ニシはオヌシがヌシになりニシになったと思われる。これも汚く変化したと思っていたら、会津の武士が「ニシ」などというのを聞くと、これは決して汚い言い方では無いのだろうか。
それにしても会津と飯田と新田野の関係はどうなっているのか。

八紘

suzupapa5464 at 15:53コメント(3) 

2013年01月19日

このブログでも再三登場した核燃料廃棄物の処理問題。この間の選挙では、継続か廃止か条件付きかというのが原発政策の争点であったが、実は本質的なことを誰も言わなかった(知らなかったのかもしれない)。
このことをはっきり指摘したのがこれ。↓
http://business.nikkeibp.co.jp/article/opinion/20130117/242366/?P=1
普天間基地と問題が良く似ているのだ。
思えば、鳩山由紀夫は自分で迷走しないで国民に迷走(瞑想)させればよかったか。

最終が昨年9月のこのブログ、また活性化しましょう。

八紘


suzupapa5464 at 12:23コメント(0) 

2012年09月02日

8月19日、米国原子力規制委員会(NRC)を代表して、委員長のマックファーレン女史は「我が国の使用済核燃料最終処理に関する合理的基準が制定されない限り、今後の原子力発電稼働に関する許認可は凍結する」ときっぱりした口調で発表した。ブッシュ大統領時代に法律まで造ってネバダ州で工事を開始した使用済核燃料最終処分場の工事がオバマ大統領によって「科学的でない」と言う理由d中止された。それから考えると、マックファーレンNRC委員長の発表は今後長い間にわたって米国における原子力発電の新設はおろか、検査後の再稼働もないことを意味する。これには背景があり、まずオバマ大統領の核燃料最終処分場の工事中止があり、続いて、司法判断による原子力発電所内における使用済核燃料の一時保管に関する違法性の指摘があった。マックファーレン女史の発言はそれを受けての発表であった。
司法はもちろん、米国のNRCの独立性が立派に担保されている証拠である。ちなみにNRCを代表するマックファーレン女史の専門は地質学である。
ところで日本はどうか。8月20日に新たに設立される原子力規制庁の原子力規制委員会人事案が国会に発表されるはずであった。しかし当日の読売新聞朝刊にスクープ記事として発表され、さらに驚いたことに読売新聞社説が「この人事を急げ」と政府を叱咤激励したことである。普通、新聞社が政府の重要人事をリークしたときは、政府はこの人事を白紙撤回するのが恒例となっているが、今回はそう言うこともなかった。この人事が読売人事と揶揄される始末である。この日本と米国の違いはなんだろうか。 士節

nk361961 at 16:02コメント(2) 

2012年08月27日

ブル
今年の夏は一昨年と同じ酷暑が続き、いつこの酷暑が終わるのか判らない。一昨年と同じく、酷暑の夏には集中豪雨がつきものである。関西で特に酷かったのが8月14日の豪雨であった。午後2時頃、バス停でバスを待っていたら、俄かに入道雲が空を覆いバラバラと厳つい雨が降ってきた。バスに乗り込んだが、すでにバケツをひっくりかえしたような豪雨。そのときウチの猫、ブルが外へ出ていることに気が付いた。とりあえず家の前のバス停でおりたものの、水をたたきつけるような豪雨と言うより豪水。傘をさすもまったく役立たず、道路はすでに川のようになっている。必死の思いで家の玄関に辿り着く。玄関の前に黒い塊があるのに気が付く。近づくとウチの猫、ブルだと判った。首を下にして動かない。とにかく抱きかかえて家に入り、シャワーで体を洗い、ドライヤーで毛を乾かした。その途中でやっと頭を上げまだ生きていると判る。3時間後にやっと好物のマグロの缶詰を食べ始め、回復したと判った。
よく聞いてみると、次のような経緯であった。ブルは、いつものように家の傍の道路で遊んでいたが、雷とともにバラバラと言う大きな雨粒の直撃に出くわし、側溝に飛び込む。側溝はブルに限らず、野良猫を含む猫の通り道であり、隠れ家でもある。ネズミも側溝を住処としているので、猫にとっては狩りの場所でもある。人間に追っかけられたり、自転車や車の攻撃を受けると側溝に飛び込むと難を逃れられる。
しかしこの日はいつもの側溝とは違っていた。豪雨による水はたちまちにして側溝に流れ込み、側溝を豪流が襲ったのだ。ブルはたちまちにして豪流に流された。しまったと思い、思い切りジャンプをしたが、ブルが流された側溝の場所は側溝の蓋がしてあるのだ。したたか側溝の蓋に頭をぶちつけ、また豪流に巻き込まれる。すでにその時は道路が川のようになり、側溝は豪流と蓋との間にはスペースがないのである。呼吸は出来ず、飛び上がることもできない。そのうち頭の位置が判らなくなった。「ボクを生んでくれたお母ちゃん。ボクもそろそろ終わりです。猫はネズミのように泳ぎは上手でない。お母ちゃんごめんなさい。鈴木さんちに行って3年間。精一杯生きたのですが、もう限界です。短い一生だったけれどもペット売り場にいたときも、鈴木さんちにいた時も幸せでした」。そのとき空が急に明るくなったと思う間もなく、バサッと言う音とともに側溝から道路に放り出された。ちょうどその場所は側溝の水の圧力が強く、側溝の蓋が外れて道路に水が噴き出していたところであった。その後は必死になって豪雨の中を家に帰り、玄関のまえで力が尽きた。 士節


nk361961 at 19:44コメント(0) 

2012年08月16日

ロンドンオリンピックで沸いた8月前半、国内では結構難しい問題が起きている。

1.「近いうちに」解散で決着した消費税等の法案。
 何故、「近い将来」を「近いうちに」と言い換えただけで自民は妥協したのか。何が何でも解散の言質をとらないと総裁(含む幹事長)としての沽券にかかわるような言動は、滑稽だ。国民の大勢としては、「今解散の必要なし」であろうに。

2.韓国大統領の竹島訪問
 このことについて、そもそも竹島(独島)の歴史的いわくを解説したものが少ない。双方「当然自分のものだ」と言っている。李承晩が自国の中に入れ込んで、70年近く韓国が実効支配している事実は、北方4島をロシアが実効支配しているのと似て、今更取り返しがつかないように思われる(自虐的ではあるが)。この島の「地主」はいるのか。

3.尖閣諸島
 こっちの方が、竹島より所有権がはっきりあるようだが、中国の揺さぶりにどう対処するか。したり顔に、わが国の外交力・防衛力の低下を相手が確かめているような解説をする新聞があるが、何故、自国政府をこき下ろすのか気がしれない。

4.政局の行方
 再び国内問題に戻って、私見では選挙の前にもっとやることが大いにあるので、しばらく解散はなしとして、一体無党派層といわれる人の投票が多数を占めると、どういう政権ができるのか。小沢に追随した大阪のK氏は、どのような展望を持っているのかMeg氏に聞きたい。まさか、筋を通して脱党し、次回は立候補せずではないでしょうね。

以上、当ブログの活発なることを期待して…八紘



suzupapa5464 at 22:58コメント(3) 

2012年06月22日

巨人の原監督が6年前に1億円をある人物(2名)に支払わされたという。一般人の感覚ではゆすられたととるだろう。関係した女性の日記に書かれたことを暴露されるのを恐れ、1億円と引き換えに日記を焼却したという。
球団側は、週刊文春が相手が反社会的勢力だと書いているのに対し、そうではないから名誉棄損だと主張。金をふんだくられたことの良し悪しについては触れていない。あまつさえ、清武の仕業だと球団も原も言っている。
原に2人の意向を伝えたのは、現役の選手で、だから原も接触したようだとは、スポーツ紙の解説。

どうしても我々に理解できないのは、関係した女性に何かよほどの弱みでも握られていない限り、1億円というカネが流れるわけがないと思う。それと、いくら金持ちでも1億を自分の懐から払う奴がいるのかと思ってしまう。関係した女性が普通の人なら単なるその場限りの恋愛でしかないし、プロなら何がしかの金を払っておしまいのはずだ。それが今頃になって表沙汰になるのはなぜなのだろう。
当事者が告訴しない限り、これは事件にならないのか。100万円でも事件になりそうなのに、その100倍のカネが動いても警察は動かないのか。そういえば、読売や巨人の祖である正力松太郎は警察官僚のトップであったのだ。

ドラフト選手の裏金といい、この事件といい、過去の巨人スキャンダルが表に出てくるのは、やはり清武解任の祟りか。

鈴木家のブログにしては程度が低いが、負傷癒えたと思われるKEN氏に鬱憤を晴らす機会を設けました。
                  
八紘

suzupapa5464 at 21:49コメント(2) 

2012年05月14日

原発停止により、日本列島でこの夏の電力が不足し、各地で節電というより、待ったなし削減を迫られている。特に関西は本来20%削減しなくてはならないのが、周囲の電力会社の協力で削減率が減ったが、それでも15%減らさないと乗りきれないという。
さて、15%というのは何をどうすればいいのか。
確か士節氏宅では、クーラーなし生活をしたとか聞いたが、個人の意思でそういう事は出来るのかもしれないが、全体で制御するとなると、何か仕組みをつくらないとできないのではないか。
どの程度の効果があるかわからないが、サマータイム導入というのは有効手段と思われるが、一向に出てこないのはなぜか。会社ごとに自前のサマータイム(早朝出勤)を実施するのは、協力に名を借りて、自社経費を節減するためみたいな気もする。
国民の「原発がなくなっても何とかなるわさ」という意識を抜本的に改革をするために、例えば
.汽沺璽織ぅ狷各
甲子園の高校野球を2週間後にずらす(都市対抗野球だって今は夏の終わりにやっている)
4営、会社ごとに始業時間を変える(早い方に)
ご営は、土日出勤とする
グみ屋の営業は午後3時から8時までとする
Δ盆休みを10日とする(田舎に行けば都会ほど電気を使わない。関電以外の地域に行ってもらう)
Э写訶杜呂鬚發辰醗造する(これを蓄電する方がぐっと安くつく)

何処かにしわ寄せがくると思うが、そうでもしないと乗りきれないと共に、原発是非論議が煮詰まってくる事を期待する。

     八紘

suzupapa5464 at 22:10コメント(6) 

2012年04月27日

これは素人の発言であるので、八紘さんYukaさんのご意見を聞きたいのでよろしく。
いろいろな理由や経緯があるのであろうけれども、年金は主として政府が担当し、生命保険は民間会社が担当している。そのために高齢社会になり、国民年金や厚生年金は近い将来破たんのリスクを背負っている。
しかし良く考えてみると、年金は高齢になるリスクに対する保険である。たとえば平均年齢が60歳であるならば、
破たんどころか大黒字になる。万一、60歳を超えても長生きするリスクを担った人に年金が支給され、余命のリスクを軽減してくれるのである。
一方、生命保険は若くして死ぬリスクに対して支払われる保険である。たとえば55歳で亡くなった人はもう5年間の収入をあてにしていた家族に対して保険金が支払われる。
要は平均年齢が上がれば、年金のための資金が不足する代わりに、生命保険のための資金は余裕が出てくるのである。政府が年金制度と生命保険制度を一元化して管理すれば、平均年齢が上がろうが、下がろうが、まったく財政的には問題ない。仮に平均年齢が85歳を超えたとしても、年金制度からすれば大赤字になるが、生命保険制度は長生きをした分だけ制度の収入が増えるので、年金制度の赤字を補えるのである。また災害や戦争、あるいは疫病などで平均年齢が下がった場合は、その逆の現象が生じるので財政的な問題はなくなるのである。
問題は、年金は、その人個人として将来自分がもらえるかも知れない原資であることから、喜んで支払に応じるが、生命保険となると加入したくない人もいるかも知れない。しかしそこは国の社会保障を維持するための制度として、ある年齢に達した時点から政府が国民を年金と生命保険に強制的に加入させれば良いと思う。 士節

nk361961 at 14:03コメント(9) 

2012年04月10日

イチロー大ファンの私だが、もう1人、スポーツ選手として尊敬やまない人がいる。
北島康介選手。
毎度毎度本当に感動しすぎるぐらい感動させられる。
前回のオリンピックでも、もーあり得ないぐらいの緊張感の中、やってのけてしまった。
しかも二種目。
そして、今年。オリンピックはまだだけど、先日の全日本選手権でまたまた感動の渦に巻き込まれた。
「4年に一度しか記録を更新していない」
って、4年に一度、ピタリと照準を合わせて更新するなんて、本当に神業の域を超えていると思う。
精神的にも、肉体的にも、技術的にも、全ての掛け合わせにおいて世界の誰よりも強くいることなんて
ある意味奇跡的なことなのに、それを何度もやってしまう。
ものすごい、大ファンです。
こんな選手はもうこの先現れないだろう・・・と考えると、近い年代で見られたことにまた嬉しさを覚える感じ。
オリンピックは、必ずリアルタイムで見ようと思います。
TOMO

suzukike_51 at 22:10コメント(8) 

2012年03月16日

巨人騒動第二幕と言うべきか。ドラフト制に関するプロ野球規約に、大学および社会人の契約金の標準最高額が1億5千万円と定められている。朝日新聞によると、巨人球団は、巨人入りした数人の選手に予め多額の前金を渡し、事実上標準最高額を骨ぬきにして、いわゆる逆指名をさせたと言うもの。朝日新聞によるとその額は一人約5億円わたっていることが報道された。これは言うまでもなく巨人を首になったK元巨人軍球団代表がニュースソースを流していることは明らかであることから信憑性は極めて高いと推定される。
これに対して巨人オーナーは、仮に契約金が標準最高額を超えたとしても、これはあくまでも標準の金額であって上限ではなく規約違反にはならないとしている。また契約金額は社内の最高機密情報であり、これらが外に漏れることは犯罪行為だとして、朝日新聞に厳重抗議して告訴も辞さないと言う声明を発表した。
しかし契約金標準最高額とはドラフト制度と密接な関係があり、標準最高額を契約金の上限ではないと言う無茶な議論が通用するとすれば、ドラフト制度は崩壊することは明らかである。プロ野球規約そのものが無視されていると言わざるを得ない。また巨人関係者には、標準と言う言葉はあくまでも標準の金額を述べているものであり、上限を意味しないと言う人もいる。ドラフト制度が定められ標準最高額が決まったときの経緯を見れば明らかにその論理は詭弁であろう。その時代時代によって契約金最高額は異なることもありうる。しかし規約制定時では1億5千万円を最高額にしようと言うものであり、その意味で標準とした。この標準額を変更するのであれば、しかるべき理由を提案者が述べて、オーナー会議で諮るのが筋である。そう言う手続きをしない限り、1億5千万円を契約金最高額として守るべきことは当然である。
このような契約金最高額を超えて新入団選手に契約金を支払い、罰則が適用され、責任者が自ら責任をとった事例は過去に数例ある。西武における大学選手に対する授業料立替え事件。中日の那須野投手問題もその一つ。巨人球団自身も慶応の一場投手への前金支払事件を起こしている。
今回も巨人軍球団代表が朝日がけしからんと抗議するのではなく、頭を下げ何らかの再発防止処置をとることが先決であろう。少なくとも事実関係をまず調べてこれを明らかにしなければならない。
自分で作った規約を破って何が悪い?と開き直るのは法治国の企業としてあるべき姿ではない。
士節



nk361961 at 14:07コメント(10) 

2012年03月11日

誰かが額に擦り傷をつくってきたら、どうせ酔っ払って階段から落ちたんだろう、とからかわれる。よくあることなのだ、階段を踏み外したり、滑ったり、つまずいたり。まず、上りに事故はない。下りがほとんどだ。だから、トシをとったら手すりにつかまるとか、壁に手を添えるとかするべきなのだ。
これまでは、他人のそうした事故をからかって過ごしてきた私の人生であった。
ところが、3月9日の夜は、この災厄が我が身に降りかかってきた。
この日夕方から、高校の級友4人で日吉(4人が集まりやすい)で飲み始め、焼酎4合瓶3本空け、もう終わりにしようと喫茶店でコーヒーを飲み、じゃあと言いかけたら1人がせっかくだからもう1軒と言いだし、これで本当に終わりだと言いながら飲み屋の2階で日本酒を一人1合くらい飲んで勘定を払い、階段を下りて行った。私はトイレに行ったので、階段の前に誰もいない状態でゆっくり下りて行った(つもり。覚えていない)。突然足が滑り(その日は雨で階段が濡れていた)ジェットコースタに乗ったような勢いで足の方から滑落。そのまま1階に滑り落ち、気を失わないものの「こりゃヤバイ」状態。級友がすぐ救急車を呼び、そのまま菊名記念病院という所へ運ばれ、CTスキャンなどやった結果、脳には異常がなく、右ひじの裂傷と後頭部の傷程度で済んだ。しかし、下手をすると一巻の終わりか半身不随になりかねなかった。不覚をとった夜であった。

この話を配偶者にして、あなたも酒は慎みなさいと言われないのは士節氏くらいか。

                          八 紘

suzupapa5464 at 18:38コメント(8) 

2012年02月27日

二人の東大卓球部先輩後輩が世間から注目を浴びている。一人は異色の弁護士、河合弘之、他の一人は東電ののドン、勝俣恒久その人である。河合氏は辣腕の弁護士で、数々の企業間の紛争、とくにのっとり事件を扱い、連戦連勝を収めた。しかし人生は判らないもので、1990年から反原発運動にのめりこみ、現在は筋金入りの反原発のリーダーである。反原発全国集会事務局長であり、高名な物理学者の高木仁三郎博士を資金面から支えた人である。
一方、勝俣恒久氏は言うまでもない。東電の会長と言えば経済界のリーダー。勝俣兄弟と言えば経済界や学界にその名をとどろかせている。河合氏は1967年に東大卒業、勝俣氏は1963年に卒業しているので、実際に卓球の練習をし合った仲とは言い難い。しかしOB会では顔を合わせて、親しく話をする間柄だると言う。
東大の卓球部と言っても、複数あることも考えられるので、はたしてKenの所属する卓球部と同じかどうかは判らないが、場合によっては河合のことをKenは知っているかも知れない。
(以上はアエラ最新号から得た内容である。個人情報を勝手にとは言う勿れ)

nk361961 at 20:19コメント(12) 

2012年02月08日

(タイトルは大げさだが・・・・・)

ヒマだったので、立て続けに次の本を読んだ。


1.      塩野七生の「ローマ人の物語」を順繰りに読んできて、ユリウス・カエサル(シーザー)が元老院政治を打倒し、帝政を築く章のところ。多分この物語で一番面白いところか。

2.      横浜市における利権構造、そこにメスを入れた市長に対する各種嫌がらせを書いた、元横浜市長の中田宏の「政治家の殺し方」。

3.      大阪府と大阪市の無駄な二重行政から考えた大阪都構想、さらに進んでこの国の統治の仕組みを変えないと日本は衰退すると警告する、橋下徹・堺屋太一の「体制維新―大阪都」。

4.      何も決められない日本の政治。西欧からの輸入物である「民主主義」の弊害を説き、日本固有の決め方はできないか探る、佐伯啓思の「自由と民主主義をもうやめる」。

 

何の脈絡もないこれらの本に、実は共通点があった。

それは、カエサルのローマ帝国は、もともと元老院の合議制に基づき諸事決定した政策(外観としては民主的に決めている)が、あまりにも弊害が多くなり、これを打破しようとしてカエサルがいくら提案しても元老院の壁が厚く、何も改善・改革されない。業を煮やしたカエサルがついに軍事クーデターを起こし(有名なルビコン渡河)、実権を握り、ローマを共和制から帝政へ移行させる。そこで行った一つのことは、文明と文化の使い分け。文明(道路、港湾、軍隊、外交等)はローマの版図隅々まで行き渡らせる。文化(言語、貨幣、信仰、祭り等)はそれぞれの国や属州に任せる、というやり方が印象に残り、何かこれぞ地方分権かなどと漠然と思った。

そして、大阪都構想を読んだら、大きな仕事(文明)は大阪府が行い、大阪市を区分けした特別区にはその地域特有のやり方(文化)をやってもらおうという考え。カエサルの真似をしているのかと思ってしまった。

また、民主主義に足をとられて、何も決められない日本(佐伯氏)。260万人の大阪市の主張(縄張り)に振り回される880万人の大阪府。横浜市の利権を握る古参市会議員、彼らは自分たちの利権を守るためにはあらゆる手を使う(その代表的なものが週刊誌に書かせる市長スキャンダル)。どんな市にも多かれ少なかれ利権と癒着がありそうだ。それが、大阪市が抵抗する一つの要因かもしれない。


今、日本が困っているのは、民主主義なるがゆえに何も決められないことである。橋下は言う「リーダー不在が不幸なのではなく、今の統治の仕組み(システム)を変えない限り不幸は続く。政策で対応することも有効でなくなっている。日本の首相が国会に縛られ、細かい事にまで判断を求められる。それぞれの分野に大臣がいるのだから、首相は一年のうち半年くらいは、海外に行ってトップ外交をこなすような仕組みにしなければだめだ。日本の地方の首長は、地方分権と口では言うが、要はカネをもっとくれと言っているにすぎない。大阪で地方分権(やがて道州制構想に)とはこういうことだという具体例を示したい」。

さて、佐伯氏は輸入物の民主主義を後生大事にするのではなく、日本独自の思想をそこに組み入れるべきだと言っている。はて、それはどういうものであろうか(文中では、敗戦によって戦前の考えがすべて否定されたことが悲劇のように言っているが…)。

    八紘


suzupapa5464 at 11:35コメント(3) 

2012年01月31日

昨日の日経夕刊に、「50年度5人に2人が65歳以上」という見出しの記事がトップ記事で掲載されていた。超高齢化社会が50年度に到来するという驚愕の統計である。(それまでに段階的に到来するであろう。)
現在、社会保障を勉強していてて思うのは、我が国の社会保障制度はその時の時流に併せて作られたものが多い上、現在の時流についていけていないものが、あまりに多いとのことである。その代表格が国民年金制度といえよう。この年金制度は、戦後、高度成長期を迎えた古きよき昭和の時代の日本をモデルにしている。利益右肩上がりの日本の企業、そこで働く日本の男性サラリーマン、そしてその夫を支える専業主婦。これらのカテゴリーに入る人たちを救済する制度こそが、日本の明るい未来を保障するものと思われていた。そして、国民年金の財源は、右肩上がりの企業の利益に期待されていたのである。
ところが、今の時代は、違う。リーマンショック以来、日本経済は低迷し続けている。企業は赤字に苦しみ、リストラを加速せざる負えない状況だ。
就職できない若者や低所得者の若者があふれているのに、社会保障の大半が上の世代に回ってしまっている。
こういう時代なのに高年齢者や第3号(サラリーマンの妻)への手厚い保護・手当、特定の人だけに優遇されている出産・育児の制度、疑問に思う制度は山盛りだ。
世代間、男女間でもっとバランスのとれた、将来を見据えた社会保障制度への手直しの時期は、もう待ったなししである。。
YUKA



yukamegu at 10:23コメント(12) 

2012年01月26日

最近、メールでも盛り上がっていたけど、不思議だなーと思うことがある。

あくまでも私の周りの人の統計だけど、
理系の人は、大学受験から何十年経っても、難しい数学の計算ができる。

仕事で数学に接する人ならばまだしも、仕事で数学をしないのに、である。

これは私からすれば、ありえない話である。

先日、センター試験を見たけどちんぷんかんぷん。
悲しいことに、何にも私の脳みそには残っていない。
というか、すでに大学4年くらいには解く能力はなくなっていた。
周りに聞いても文系の友人は、
試験のために一時的にがんばっただけだから忘れるよね、と。
少し解けるのは趣味で続けている英語くらいだ。

でも、理系の人は力試しとか言って、出身大学の数学の問題を
見てチャレンジしていたりする。

一体、脳みそはどうなっているのだろう?
自転車みたいにいったんマスターしたらもう大丈夫ってこと?
理系の人に聞いてみたい。
もしくはAchanくらいのレベルだと文系でも数学の問題はいまだに
解けたりするの?





yukamegu at 13:09コメント(12) 

2012年01月19日

「お前はヒトの心を持っていないのか」とか「畜生の行為」とか言って無情な行為を非難する。ヒトの持つ共感や同情、あるいは他者を助ける気持ちまたは配慮は人間のみが持つ特権とされて来た。しかし脳科学の進歩によって共感や同情の脳メカニズムが明らかになり、それと同時にヒト以外の動物、さらに霊長類以外のネズミのような嫌われ者でも、共感や同情の気持ちを持っていることが明らかにされて来た。
米国シカコ大学の研究者は次のような研究をして話題になっている。2匹のラットを同じケージにしばらく飼育して、ケージメイト(同じ釜のメシを食った仲間意識)を持たせる。次にこれを広いケージに移し、1匹を小さな檻に閉じ込め、他の1匹を自由にさせる。自由になったラットは檻に閉じ込められたラットに同情して、檻を壊して助け出す行為に出ると言う。ラットの大好物であるチョコレートで誘っても、そのような誘いには乗らず、仲間の救出を最優先にする。またケージメイトでないラット同士にはそのような行為はないそうである。研究者はこれを「情動の法則」と呼び、報酬や罰則を用いて動物を訓練させるやり方を表現する「効果の法則」とは区別している。
以上は昨年12月に世界でもっとも学術的な権威を持つサイエンスに発表された論文で、詳細を知りたい方は下記参照されたい。
http://www.sciencemag.org/content/334/6061/1358.citation
http://www.ricoh.co.jp/abs_club/Science/Science-2011-1209.html

戦後の日本の政治は「アメと鞭」、上記の研究における「効果の法則」を原則にしてきた。原発立地地域の交付金から最近の各種補助金のバラマキ行政がこれであろう。しかし旧いとされている江戸時代の義理人情に基づく政策も悪くないのだ。人間の持つ共感とか同情も、元を質せば長い進化の歴史があり、根源的なものである。
士節

nk361961 at 11:49コメント(0) 

2012年01月13日

オウムの一連の事件で「特別手配」されていた平田信が、出頭して逮捕された。
彼は、まず自分が起こした拉致・殺人事件の所轄である大崎警察署に出頭したが、どこに入り口があるかわからず(ビルの2階が入り口)、仕方なく警察の情報提供フリーダイヤルにかけるもお話中が続き、やむを得ず110番したら「警視庁へ行け」と指示された。そこで、夜中ではあるが警視庁へ行き、立ち番の機動隊員へ「特別手配の平田だ」と名乗ったが、相手にされず、お堀の向こうに丸の内警察署があるのでそこに行けと言われ、すごすごとお堀端を歩いて丸の内警察署へ行った。受付の婦警に「特別手配の平田です。出頭してきました」と言ったら「ウソッ」と言われてしまった。「ほら、僕の背は高いでしょう(手配書に183センチとある)」と言い、やっと中に入れてもらえ、晴れて逮捕してもらった・・・というのが大晦日深夜の出来事であった。
普通なら、警察庁長官、警視総監は辞任、大崎警察署長は進退伺い、立ち番は減俸だろう。だが、今のところ何事もない。「平田が自首するわけがない」、「誰だってウソと思うだろう」、「もう生きていないだろう」というのが大方の見方なのだから、そこまで責任取る必要なしか。

われわれは、駅などで、「オイ 平田」などと本人が見たらドキッとするようなポスターに何度もお目にかかっている。私の勤務会社の隣が月島警察署なので、これまたいやでも目に入る。まして警察官たるもの、「特別手配」の人物は毎朝朝礼でいやになるほど頭に叩き込まれていなくてはなるまい。まさか、自分の目の前に現れるとは内心思わなくとも・・・。震災以後、想定外のことが起こることはいやというほど学習したものだが。

平田が、丸の内署に行く途中気が変わったりしたら、警察のたるみも表ざたにならなかった。というより誰もたるんでいることに気がつかなかったという、お粗末の一席でした。
ところで、指名手配や特別手配は、具体的に警察内でどのように扱われているのでしょうか?

suzupapa5464 at 14:20コメント(4) 

2011年12月21日

原発コスト等検証委員会と言う、福島原発事故を踏まえて、他の発電コストに比較して原発コストがもっとも安いと言われてきた原発コストを見直そうと言う委員会が政府で立ち上げられ、このたびある程度の原発コストが試算された。結論は従来5.9円/kwHと言うコストが8.9円以上ということになり、現在の火力や水力あるいは将来の自然利用エネルギーも十分に太刀打ちできるコスト、つまり同じ程度になっている。
問題はこの委員会の議論である。このコストは事故発生の確率の想定の仕方によって相当変動する。委員会には原発推進派と脱原発派が混在し、激しい議論になった。原発推進派はIEAEの考え方に基づき、一つの原発プラントが事故を起こす確率は10万年に1回あると主張した。これは二重三重、あるいはそれ以上のセキュリティー設備とともに災害やテロの発生する確率を乗算して行くと、こう言う確率になると言う根拠から計算されると考える。今回の福島事故は10万年に1回の事故が2011年3月に日本で起こったに過ぎないと言うのが推進派の主張である。これに対して脱原発派は、日本が原発を稼働して50年間に福島事故のようなシビア事故が1回発生した。最初は1基の原発が稼働し、次第にその数が増え、3月11日直前は約50基が稼働していた。それらの原発基数を計算し、50年に1回事故が発生したことを計算に入れると、原発1基分のシビア事故は500年に1回の事故が起こる確率があるとした。原発推進派はこの脱原発派の確率計算を採用すると、今後54基の原発が稼働した場合に、日本で福島のようなシリアス事故が発生する確率は10年に1回と言うことになり、とんでもないことになると言うわけである。現在、世界では500基の原発が稼働しており、脱原発派の考え方に従うとシビア事故の起こる確率は1年に1回起こる計算になる。それはあり得ないと言うわけである。
この議論の良し悪しはともかくとして、確率計算とは、かくも考え方によって結果が異なると言うことを痛感する。思い出すのは駿台の数学の先生の余談である。正方形が4個からなる最小の方眼紙を考える。方眼紙を囲む線、よぎる線、すべては道であるとする。この方眼紙の片方の角から対角線上の角に行くには種々の通り道がある。このうちの一つの通り道を人が通る確率はいくらかと言う問題である。これは考え方によって異なる答えが二つ出てくるのである。
原発事故確率の問題はさらに複雑ではあるが、その考え方によって極端に変化する。原発推進派の考え方はもちろん信用できないが、脱原発派の考え方も疑問が生じてくる。結局、原発再稼働の問題は確率論ではダメと言うことであろう。これはドイツ政府が脱原発を採用するにあたって用いた考え方であるが、一番重視すべきは倫理ではないかと思う。関西電力は関西電力管区の電力の50%は原発に依存していることより、どうしても原発は再稼働しなければならないと言う。私は関電が今後起こりうる事故に対して全責任を負うと言うのであれば再稼働しても良いと考える。しかし東電のように、事故始末の大半は国が責任を持つべき、即ち国民の税金で払うべきと言うのであれば、倫理上どうなのだろうか。   士節

nk361961 at 19:37コメント(6) 
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