2020年11月17日

はて

人が好きじゃないとは、ダメな事なんだろうか。最近思うのは私は接客に向いてない。接客する人は人が好きじゃないと、思いやりがないといけないと思う。思いやりがあるふりをして続けると知らない何かを溜め込んで潰れる。

他人に興味がもてない、もてなくなってきているのかもしれない。なんなんや、この感覚は。
おばあちゃんや、特定の人間は好きだし興味もてるし関わりたいとも思う。けど不特定多数が、なんとも思えない、いや、というか、関わりたくないと思ってしまう。

最初から愛に溢れた人も苦手だ。嫌悪感すらあるぐらいに。これはなんでなんだろうか、どこかで自分を馬鹿にされてるように、見下されてるように感じるからだろうか。
なんて狭く、かびくさい、心なのだろう。
文字にして自分を覗いてみると、哀れだ。

この前とても怒った、怒った後に悲しさが溢れた。兄弟に対して怒ったのだが、怒るということは希望をもってる「信じていたのに」の気持ちがあるからだろう。
私は「信じる」を諦めきれていなかったのだ、それに気付いた時、諦めの悪い自分自身に対して悲しくなった。
他人は他人だから放っておこう、って呪文のようにとなえ、それでも自分の都合のように動かしたいって心の奥では思っているのだろう、汚い心理やな。
心配しているふりをして、自分が生きやすいように、操作したいのかもしれん。
怖いぜ、心の根底。はやく諦めのいい心を手に入れたい。
信じるだなんて、聞こえのいい言葉に騙されたらいかんな
見放す、事こそが愛だったりもする。

怒りは、抱いた方が損をする。原因作った方はなんとも思ってないだなんて、馬鹿みたいな話や
怒りに自分が燃やし尽くされてしまう前に、そっと体の外へ、炎を置いて。
自分の体と心を守ってあげたい。自分が優しくしないと、他人には分からないもんね。わしの体内のことなんて


suzukimikiko at 15:07|PermalinkComments(0)

2020年05月24日

いやだ

高校生の時、死のうとした理由は、父親の血が流れている事と、漠然とした未来の灰色具合がつきまとって、ハサミで死のうとした。
私の場合、
若い時は浅い闇と勢いがあった。だから行動になってた。
歳をとって今は深い闇になり、勢いが無くなった。だから、変な勢いがなければ死を選ぶことはない気がする。パニック状態になったらダメだけど。
困ったら110番!みたいなノリで死にたくなったら〇〇番!って教え込んでおいて欲しい。赤の他人に心から頼って、今後の人生が光る、とは限らないけど、自殺は勢いとタイミングだと思っている。それを一旦とめれば、しばらく大丈夫、なパターンもあると思う。
狂っている社会の中では、全部に光を当てて見ようとすると、とても疲れる。隅から隅まではっきりさせたい、見渡したい気持ちもわかるけど、きつい。だいぶ。


suzukimikiko at 00:35|PermalinkComments(1)

2020年05月17日

ライブが決まった。

ライブが決まった。いや、決まったというより店を再開するにあたって、自分なりの心構えも兼ねて、無理やり、やると決めた。練習をしてても「え?なんのため?いつのライブを想像してやればいいの?」と、心の持ち方、構え方が分からないまま声を出し、ギターを触って「ここがズレてる」などと、テクテクとやってた。
が、ライブが決まり、練習のその先が見えると、意気込みが爆発して心もギンギンになり、ただの練習が死ぬ程疲れた。体力もそうだけど心が疲れた。で、考えたんだけど。

生活の中で「死」に向かって命を使ってる時と「生」に向かって命を使ってる時がある。ランニング、運転、ゲームは確実に「死」に向かってる。ただポジティブな意味ね。生命活動はいつだって「死」を目指して一直線なんだから。
買い物や絵を書いたり音楽を作る時は「向かってる」感が無く、言ってしまえば夢中、状態。
ライブだけ「生」に向かってるんだわ。なぜか。
「生」に向かうって、普段の生活の中でほぼ無いから、久しぶりに向かうと心労が強い。
そういう疲れだった。

ライブを2ヶ月?3ヶ月?してなくて、なんか、不安が強い。いいライブできるだろうか?いいライブなんかより、出せるもん全部だしてやれい、と心強く言える日はくるのだろうか。
うわー不安!と今思ってるけど、コロナが流行る前からずっと「うわー不安!」て思った事しかないから、なんも変わってないか。
そうだった、なんにも、変わってないんだ。不安なまんまでいい。
「生」に向かう時間を堪能しよ。

suzukimikiko at 23:36|PermalinkComments(0)