パワーウォーキング with ドローイン!鞭杆を習うことにしました

April 30, 2016

スピリチュアルな世界に

言うは易く、行うは難し。

運動や食事制限、ダイエットをするときに大切なことは、とにかく実践すること。

頭でわかっていても実際にやってみなければ何の意味もありませんね!

10kg痩せれば、夜は副交感神経を優位にすれば、定期的に運動すれば、etc。

あれだけ降圧剤の副作用をわかっていながら、一刻も早く縁を切ろうと必死になることができなかった自分につい自己嫌悪を覚えてしまったものです。

「これ以上食べたら死ぬで!」甲田光雄先生にそう叱咤されても、それでも人は食べることがやめられないという食欲を、耐え難い本能を、私たちは責めることが出来るのでしょうか。

鋼の意思を持ち合せた人間のみが神のご加護に与れるとしたら、それはあまりにも切ないですね。

慈悲深い神はそこまでせずに弱い人間にも慈愛を注いで優しく導いてくれるようですが、一方で仏の顔も三度まで。私たちのように同じ過ちを繰り返してしまう人には、時として辛い試練を与えることも忘れてはいないようです。

もちろん、人間は信賞必罰で病気になるわけではなく、大酒飲みのヘビースモーカーが百歳を超えてなお闊達だったり、酒もたばこもギャンブルもやらない品行方正な人間が若くしてガンで倒れたりするわけです。

そこにあるのは運命だけで、一人ひとりがきっと生まれもって定められた寿命に従って天に召されていくのでしょう。






そんなことに徒然なるまま思いを馳せているうちに、昔しばらくハマっていたことのある「スピリチュアルな世界」というものが、またぞろ気になり始めた今日この頃。

昨年、家内が”LIVE WELL(良く生きる)”のためのカウンセリングに通っているうちに、そこから導かれるようにしてヒーラーさんやそうした方面に詳しい方々にお会いするようになり、やがてそのご縁で私もヒーリングや遠隔カウンセリングを受ける機会をいただくようになりました。

それはいわゆるオカルトとは別次元のものですが、アカシックレコードという宇宙のデータベースとつながることで過去世や今後の自分を読み解くことが可能になるといった世界でもあり、遠隔オーラ診断なども当たり前のようになされます。

自分しか絶対に知り得ないことに図星を指されれば信じないわけにはいきませんが、そんな世界があったのかと、とにかく驚きを隠せません!

もっとも、信じることでより楽に生きることが出来るのであれば、そもそもヒーラーさんの言うことの真偽すら問題ではないともいえそうですが。






独身サラリーマンだった二十代の頃、インドのグルマジという悟りの人の教えを聴きにしばらく勉強会に通ったことがあります。

今でも覚えているのが、「創造主というのは、貴方の心の中にいるのです」「世界人類のことではなく、まず自分がどうしたら幸せになれるかを考えなさい」といったような話。

瞑想することで一条の光が見えるようになり、それが創造主だというのです。

来日したグルマジの講演(中野サンプラザだったかな?)の最中に、「人々はバルブが切れだけなのに暗闇がやってきたと叫んで慌てふためくんです」といった話になったところ、本当に会場の照明のバルブが切れて一瞬真っ暗になったことがありました。

その帰りに友人たちと喫茶店に寄って講演での出来事を興奮して話していたら、一人が「グルマジは時々茶目っ気でそういうことするんだよね!」とイタズラっぽく笑いました。

「えっ、ホントか?」と言って私が水の入ったコップを取ろうとした瞬間、いきなりコップがスパッと横一文字に割れて中の水がテーブルにこぼれたのです。

「ほらね、彼、またやってるよ。これでも信じられないのかってね!」

二十代の小僧が尋常ではない現象にしばらく大騒ぎしたのは言うまでもありませんが、自分の中ではグルのいう光というものをどうしても見てみたいと、当時は瞑想を繰り返していましたね。

そしてそれは突然やって来ました。

ある日、自分の部屋で夜11時頃から瞑想を始めたところ、舌の裏が急に甘味を感じ、意識が自分の体から離れて明るく光輝く天井から俯瞰しているように感じられたのです。

いわゆる幽体離脱のようなはっきりしたイメージではなく、ある種の軽いトランス状態だったのでしょうけど、深い海底で一定のリズムを刻む潮流に身を任されているような安心感に包まれ、とにかく心地が良いのです。

「なんだろう、この感覚って!?」といった驚きと、「あ、これこれ!この感じを求めていたんだっ!」という歓びが溢れ、何だか嬉しくてたまりませんでしたね。

今にして思うと、宇宙と繋がっていると感じた瞬間だったのかもしれません。

このままずっとこの感触に浸っていたいと思っていたところ、スッと瞑想している自分の意識に戻り、「あ、消えちゃった。。。」といったとても残念な気持ちに。

ほんの数分の出来事だと思ったら、1時間も経っていて大いに驚いたものです。

あれから何度トライしても、あの時の感覚に入ることは出来ませんでした。

今でも「あれは何だったのだろう?」と不思議でなりませんが、それが私の最初のスピリチュアルな体験だったように思います。






私はとくに霊感が強いわけでもなく、他に明確な神秘的な体験をしたわけでもありませんが、ヒーラーさんから「第三の眼」が開きかけているといったようなことを言われたことはあります。

また太極拳や気功をやっていたせいか、多少の気感はあるほうでしょうか。

たとえば、「水のパワースポット」では西日本一といわれる山口県の別府弁天池を先月訪れた時、水面にかざした両手に明らかに気の高まりを感じました。

家内のペンジュラム(水晶ペンダント)がグルグル回り出したことからも、きっと磁場のようなパワーが出ていたのでしょう。

そして今までさほど興味のなかったパワースポットというものが、俄然気になるようになりました。

もちろん多少の「何か御利益に与りたい」というスケベ心があることは否定しませんが(笑)、それ以上に「そんなパワーに純粋に触れてみたい、宇宙の真理というものに近づきたい」なんて思うのです。(中二病か!? ^^)

それは今の私よりはるかにスピリチュアルな環境に身を置いている(勉強中の)家内も同じで、アリゾナの聖地セドナを訪れて有名なパワースポットを見学したいと激しく希望しています。


じつは家内はきれいな紫のオーラが出ているそうで、著名なヒーラーさんが初対面で彼女をヒーラーと間違えたとか。(私は水色が強いそうです)

セドナ行きはその信頼できるヒーラーさんからも勧められているそうで、私も一度行ってみたいと思ていたのですが、実現すれば大いに妻孝行にもなるでしょう!






ほんの1年ほどで、我が家は思ってもいなかった方向に進み始めたように思います。

家内とカウンセラーさんの出遭いから始まり、何人かを介して素晴らしいヒーラーさんに辿り着き、まず家内が良い方向に変わって来たようです。

私自身も、家内への「ご主人は首から頭にかけて問題を抱えていらっしゃいます。すぐに鍼治療を勧めてください」というアドバイスが奏功し、名鍼灸師と出逢って頚椎症もだいぶ良くなりました。

「引き寄せの法則」というものを知り、毎日が今まで以上に楽しく思えるようになったと感じます。

多くのことに対し、考え方がポジティヴに変わったのではと思えます。






すべてを迎え入れ、すべてを解き放つことで、人生がより充実したものになるといいます。

右脳で感じる直観を、左脳に邪魔されずに素直に聞き入れるとよいとも。

そして感じたとおりにまずは行動する必要があるそうです。

パワースポットを訪れたいという思いも、そんな直観からくるものかもしれませんね。


開運や成功といった少々功利的なイメ ージが思い浮かびがちなパワースポットですが、それだけが目的では何かあさましく思えないこともありません。

わが家のパワースポット巡りには、チャネリングなどで意識レベルを高めることができるようになるという目的もあります。

それでも円明院などは宝くじを枕元に置いて講和を聴いていたら1等が当たったなんて話をよく聞くので、いつかそうしたご利益に与ることが出来るかもしれませんね!


トラックバックURL

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
パワーウォーキング with ドローイン!鞭杆を習うことにしました