2015年10月29日

水性のダーマトグラフ

本日は便利グッツのご紹介です。なんて、テレビ通販風に(笑)。

皆さん、「ダーマトグラフ」という色鉛筆をご存知ですか。紙巻の軸で、糸を引っ張ってビリビリ破くアレです。
この色鉛筆、何にでも書けるんです。金属、陶器、ガラス、プラスチックなんかでも書ける優れもの。

芯はワックスを固めたもので出来ているので柔らかい。そのため、傷の付きやすいものに対しても跡が付きにくいのが特長です。

いろいろな用途で使われており、音声テープの編集の為のマーキングや、工事現場でも活躍しています。鉛筆には書けない物ならコイツにお任せ。
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上の二本が水性。頭が金縁です。下の藍色が普段目にする油性。

さて、このダーマトグラフ、写真屋さんに行くと会えます。
現像したフイルムはスリーブという透明なシートに入っています。写真屋さんからシートごとフイルムを受け取って、光にかざして撮影した写真を確認、気に入ったものがあれば「これをプリントしてください」と頼むわけです。

その時活躍するのがダーマトグラフ。シートの上から、コレとコレ、という風に書き込んで写真屋さんに渡すわけです。自分の家でプリントする方も覚書の為にダーマトグラフで書き込む方が多いはず。

ダーマトグラフはつるつるしたものならば書いた後に拭き取って消すことが可能なのですが、ネガシートに使われているスリーブは消えてくれません。これが弱りもので、書いたら消せないと覚悟しなければならないのです。つまり、鑑賞の時にジャマ。

そんな時に、水性のダーマトが欲しいなぁ、となるのですが、友人と探してもなかなか置いているお店がありません。注文しようとすれば、「何函?」と訊かれますし。

隣町に行く街道の文具屋さんにありました。近くに学校があるだけで、ほぼ雑貨屋でしょうか、そこに在りました。良かった。

念願の水性ダーマトグラフをスリーブに書き込んでも、濡らしたちり紙でこすると簡単に消えます。これは便利です。
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本当はスリーブに書き込んだところをお見せしようと写真に撮ったのですが、これが見難かったのです。よって、いつも撮影に使っている、白い座机に書き込んでみました。きれいに消えましたよ。


やっと見つけた水性のダーマトグラフ、後々になって友人が
「アマゾンに一本単位で売ってるし…」

便利な世の中になりました。しかし、通販が流行れば流行るほど街の文具屋さんが減っていくのが現状です。文具屋さんで品選びをするひと時を忘れたくないですね。それが豊かさというものです。

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ところで、このダーマト、いや下の方。
写真が見にくいとはとは思いますが、「SUPER ERASER」と書いてあります。なんだ、消しゴムか、ダーマトだと思って買ってきちゃったよ。なんて、実は文具屋さんのおばちゃんが、「在った在ったダーマト、これと違うんか?」
芯を触って、「あ、消しゴムか」と判ったのですが、ネタになると思って買ってみました。あんま消えない。


「ダーマトグラフ」は三菱鉛筆の商標です。

ウィキペディアで調べて初めて知ったのですが、「ダーマト」とは 皮膚 の事。手術の際、肌に書き込みが出来る鉛筆として使われていたそうです。

また、芯はワックスで出来ているため、温度変化によって縮んでしまうことがあるため、木軸では抜け落ちてしまうとのこと。これが巻紙である理由ですね。

学校の美術室に置いてあったのを思い出します。授業では使ったことは無いのですが。悪戯にヒモを引っ張られて、ボロボロになったのをよく見かけました。

2015年10月22日

私とオリンパスPEN

先日、松阪でPENを買ったという話を書いた。
その時は触れなかったが、私はすでにPENシリーズのカメラを持っていて、普段から撮影している。

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一番のお気に入りは「PEN S 3.5」だ。

先日購入した、初代PENの発売が1959年。その翌年に、「PEN S 2.8」というカメラが発売されている。「S」はスーパーであり、シャッターが新しく開発されたものになっている。これにより、最高速度が、1/200から1/250へ早められている。

シャッタースピードが早くなったことを生かすためレンズも明るくなった。初代PENはf値が3.5であるのに対して、Sは2.8と明るくなっている。

「PEN S」に搭載されたシャッターは本来「PEN」に搭載するものであったが、開発に時間がかかるために搭載を断念。後継機の「S」に回されることになった。

「S」は「PEN」とはレンズが変わるため、画角も変更されていた。画角が変われば当然ボケ味も変わってくるため、作品作り影響が出る。そのため、「PEN」と「PEN S」は併売だった。そこで折角の新開発シャッターをPENに搭載したものが「PEN S 3.5」である。

(一般的に「PEN S」というと2.8の方になる。玉数も2.8の方がはるかに多い。)

※「PEN」と「PEN S 3.5」のレンズは28mm。35ミリ換算の画角は40.3mm。
* 「PENS 2.8」はレンズは30mm。35ミリ換算の画角は43mm。
*
* ハーフサイズカメラの画角は、35ミリの画角より狭くなる。理屈はデジタルカメラのフルサイズセンサー
* APS-Cサイズセンサーのようなものである。

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写真は「PEN」と「PEN S 3.5のシャッタースピードダイヤル。グレーのPENとブラックの3.5

「PEN」は B 1/25 1/50 1/100 1/200 となっている。
たいして「PEN S 3.5」は
      1/250 1/125 1/60 1/30 1/15 1/8 B となっている。

「PEN S 2.8」以降は今日見慣れた倍数系列ななっている。私のような初心者にもやさしい。
目玉は高速の1/250であるが、設計士の米谷美久氏は低速側の1/8の搭載にもこだわったという。
この1/8の存在は大きい。私など夕方にシャッターチャンスも見つけたときは暗いのも構わず撮り続けるので、低速シャッターはありがたい。(現像でどうにかなると思っています…)

PENはシリーズ通してどの機体も、小型ながら構えた時にホールドし易く、ぶれにくい利点がある。案外1/8でも撮れる。解放と低速で街の夜景を撮ることも可能である。

さて、夜でも撮り続けるなら、「PENS 2.8」の方が良いのではとおっしゃられる方もおられるだろう。レンズが明るい点ではその通りであるが、私にとって「PENS 2.8」はちょっと気に食わない点がある。
ささいなことだが、「PENS 2.8」は「PENS 3.5」比べて、銅鏡の長さが4mmほど長いのだ。本当にささいなことだ。しかし、カメラが大きくなると、取り出しに手間取りシャッターチャンスを逃さないとも限らない。

米谷氏はPENの設計にあたり、カメラの小型化に力を注がれた。「どんなに優れたカメラも、その場にもって行かねば写せない」と仰られて、いつでもどんな時も携帯できるコンパクトなカメラに仕上げたそうである。

また、「PENS 2.8」は「PENS 3.5」に比べて、少しボケが出せるレンズ設計になっている。それ自体は多少のものであっても、作品作りに有利なものであるが、私は街角のスナップ写真を多く撮るので、慌てた時のピンボケが怖い。これが「PENS 3.5」を選ぶ理由である。

「PENS 3.5」のほかにも「PEN D」や「PEN EE」「PEN EES2」などをもっている。いづれもジャンク箱やノミの市などで購入したもので、100円から500円程度物である。唯一「PENS 3.5」だけは梅田のカメラ屋で1000円で買った。どれも動くもので、故障品はなかった。

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私が初めて買ったカメラは「PEN D」である。

「PEN D」はf値1.9という明るいレンズに1/500の高速シャッターの付いた「デラックス」仕様のPENである。
1/500は電車をカッチリ止める鉄道写真において活躍し、1.9のレンズは1/30で街中の夜景が撮れることから、歩きながらネオン街を撮影するのに役立った。このカメラなら感度が100のフイルムですべてが足りた。

「PEN D」にはセレン電池の露出計が付いている。といっても、メーターのみの簡易的なものである。しかしこれが役に立った。露出の右も左も分からぬ高校生が感覚を掴むのを大変助けてくれた、いわば先生(?)である。 …私の周りにはカメラに興味のある人がいなかったので、露出の事を教えてくれる人がいなかったのである。(実際はマニュアル機に興味のある人がいなかった。祖父はA-1からのEOS使い)
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しかし、入りがマニュアル機で本当によかったと思っている。もし、最初に買ったカメラがAE機であったならば、今、リバーサルフイルムを使う勇気なんかなかっただろうし、気に入って使っている一眼レフの「OM-1」も、露出計が故障しているという理由で買っていなかったであろう。



PENのフイルムカウンターはフイルムを変えるたび、指でカウンターの指針をセットしなくてはならない。(後から出た製品、「EE2」以降は自動で指針が0に戻る)これを忘れると、フイルムの残数が分からなくなる。なんせ、ハーフカメラは普通のカメラの倍の枚数が撮影できるのだから大変だ。
36枚撮りの「フイルムで72枚撮影できる計算になるため、カウンターの値は72+αまである。実際のところ、富士のベルビアやプロビアで79枚、アクロスでも79枚取れる。暗室でセットしたらもう少し稼げるのかもしれないが、いつも現場でセットする、それで80枚弱。

いつもカウンターのセットを忘れるおかげか、残りが少なくなると、巻き戻しのクランクをチョコチョコといじくって大体の枚数が分かるようになりつつある…。(ちゃんとセットしないから^^;)

余談ですが…

「OM-1」の設計に関して、巻き戻しクランクや感度設定ダイヤルをわざと大きくして操作性が高められている。という話がある。
「PEN」はボデーが大変小さいため、巻き戻しクランクが小さくなっている。それでも使いやすいようにと、思わず唸ってしまうような小さな工夫が散りばめられている。…だが、やはり小さいので、慌てていると手が滑る。

 (早く次のフイルム入れたい)アセアセ
 くるくるくるくる、つるっ。(あ!手が滑って、クランクを放した‼)
 シュルシュルシュルシュルシュル‼‼

折角、セコセコと巻いたフイルムがゼンマイのように解ける音の何と悲しいことか…

「OM-1」のクランクが大きいことは偉いことなのだと思う。

suzume717 at 20:42|Permalinkコメント(0)TrackBack(0)●カメラ 

2015年10月21日

オリンパスPENを買いました

  ~趣味のジャンク箱 vol 2~

昨日、カメラ屋さんをウロウロしていると、ジャンク箱の中にキラリと光るカメラを発見、手を突っ込んで救出にかかりました。最近はプラスチックのカメラが多く、うずもれていても銀色はよく目立ちました。

掘り起こしてみると、オリンパスPENでした。
PENは、OM-1の設計で有名な米谷美久(まいたによしひさ)さんが、世に送り出した初めてのカメラです。ハーフサイズなのでフイルムにの倍の枚数が撮影できます。

1959年10月に発売されてから65年頃まで製造されたようです。つまり50年前のカメラ。ちょっと試しに絞りをいじってみる、動く。シャッターはと… お。フイルムが入っているぞ、無条件に買いです。

「おばちゃん、箱ン中のいくら?」  「500円だよ」

さて、買ってしまいました。入っているフイルムは何でしょう。いつのでしょう。何が写っているでしょう。  気になりますね。

黄色のフィルターがかけてあるのでモノクロフイルムでしょう。汚れの感じと、クランクを回したフイルムのきしみの感じで、10年以上は放置された感じがしました。
モノクロフイルムならネガなので、劣化はしていても、望みはあるかもしれません。

店を出て、早速PENで街をスナップ。感度はSかな、SSかな。とりあえずオーバー気味で撮ってみる。おそらくネオパンSSあたりだろうと思って撮影しました。

松阪市内、城下町を撮ること17枚。フイルムが切れました。
薄暗い店内ならまだいいのですが、日なたに持ち出した以上、カメラの劣化による光線漏れで撮影済みのフイルムがやられるのが心配です。すぐに巻き取りました。
出てきたのは、サクラ コニパンSS。SSなのでASA感度は100ですね。
小西六写真がブランドをサクラから、コニカに改めたのは1987年。それ以前のフイルムです。(コニパンはサクラの時からあり、昭和30年代からあったフイルムだそうです。詳しくは知りません)

カメラの裏蓋のモルト(遮光の為の黒いスポンジ)は脆くなってはいたものの、遮光はしていてくれた感じです。ありがたい。

シャッタースピードも変化していますし、バルブも切れます。ファインダーもきれいなのでジャンクではもったいないですね。

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初めて目にしたコニパンSS。軟調なフイルムだと聞いています。このような古いフイルムの場合、プロドール現像ではどのような具合なのでしょうね…  近日中に現像してみたいと思います。


2015年04月01日

伊勢市駅前 写真今昔 【趣味の絵葉書】

平成25年には伊勢の神宮の式年遷宮がありました。その神宮のお膝元の伊勢を古い写真で見てゆきます。
            ~私が趣味で集めた伊勢の写真はがきの紹介 その1~

このページは、私が作っているホームページのコピーです。
元のページ「新・古写真に見る伊勢


山田駅(現在の伊勢市駅)前の写真
 国鉄山田駅は明治30年(1897)に開通した。改札を出たすぐ正面の風景である。正面の参道は約400メートル先の外宮まで続く。





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写真1.

 大正中期頃。大正7年に建った商品陳列館が出来るより前の写真である。
 参道の中央には内宮・二見へ行く路面電車、神都線の軌道が見える。(伊勢電気鉄道が明治38年に開通、戦中に三重交通の所有となり、昭和36年廃線) 

 右の三階建ての建物が旅籠宇仁館。一階には十台以上の人力客車が写っている。

 左が油屋支店。旅籠油屋の本店は古市にある。その奥が高千穂館と続く。





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写真2.

 昭和10年頃、高千穂館は昭和に入ってから三階建となり、隣に洋館四階建ての食堂を建てた。戦火により焼失。(写真左側、電車の止まっている前の建物)

 左の並びの奥に薄らと写っている白いビルは、大正7年に出来た「三重県商品陳列館」である。物産品が並べられた。





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写真3.

 写真は不鮮明ではあるが、上部にひさしが写っており、山田駅の中から撮影された事が判る。別の写真から、ホームから撮影されたことが判明。(写真5や、未所持の写真)

 駅舎は空襲にあった為、昭和25年に改装された。その為、現在は改札の位置が西(写真右)方向に数メートルずれている為、改札からは参道が見通せず、ロータリーの正面になっている。

 写真1は古本屋で手に入れた物で、裏には前の持主の手記が残っている。
「戦前までは3階建の旅館が並ぶ、今は8階建のデパートが建つ」
 参道を挟んでジャスコのA、B二館が在ったが現在はもう無い。昭和36年(1961)に旅館、高千穂館を改装してデパート「伊勢オカダヤ」が開店。41年には5階建てのビルとなる。48年(1973)には参道を挟んだ向かい側に地上8階、地下2階のB館が開店した。平成8年(1996)に閉店。A館は前年に解体されたが、B館は平成13年(2001)まで残された。






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写真4.

 現在、平成27年の写真。

 B館の建っていた右側は長く空き地であったが、今回の遷宮を機に温泉旅館と土産物店が建った。また写真の鳥居も新しく建てられたもの。参道にはいくつかホテルが建っているが当時から残る旅館は山田館のみ、ずっと奥の方なので判りにくい。土産物屋の立ち並ぶタイル舗装の参道となっている。




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写真5. 

 こちらは参道中程(駅寄り)から駅方面を撮影した物。年代は判らないが、高千穂館が三階建になる前であるから、大正時代の物である。

 明治30年(1897)に参宮鉄道の山田駅(現伊勢市駅)が新設されるまでは、駅前は数本の川が流れていた。家が建っているのは外宮よりの方ばかりで広い畑地であった。駅の開設に伴って33年(1900)に参道が整備され賑った。この参道は外宮の本来の玄関である「北御門」から東にずれたところに参道が引かれた。駅から北御門へ通づる道も造られたが、参道の方が栄えたため外宮の玄関が現在の参道口に移っていった。この当時から残っている店としては、木造三階建ての旅館「山田館」や、明治40年創業の刃物店「菊一」がある。

葉書の解説文

「歳々参百萬の参宮客を迎ふる神都の鬪門にして旅館軒を連ねる沿道を過ぐれば外宮前より御幸通に通じ宇治橋前に達す本道は明治四十三年の竣成にして延長四十三町あり」

四十三町=4キロ700メートル程。





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写真6.

 山田館を残し旅館は姿を消した。現在あるのはビジネスホテルばかりである。

昭和初期の参道の旅館街 ↓ymdt


 佐伯館がファッションビルになったのは平成元年の事で、それまでは旅館として百年近い歴史がある。


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 初めは宮川の手前までしか引かれていなかった鉄道は、大衆の要望により途中の「筋向橋駅」(現山田上口駅)まで延長され、遂には外宮前まで延長される。宮川の手前までしか鉄道が来なかった事には理由がある。宮川を渡ることが「禊(みそぎ)」の意味があった為である。その他にも、地域経済の理由もあったと思われる。宮川には渡しがあり、船で人や物を運んだ。宮川柳の渡しは明治44年に橋が架かったため廃止となったが、それ以前の鉄道延長によって、ほぼ役割を終えていた。また、駅前が栄えた代わりにそれまで徒歩の参宮客が通ってきた街道沿いの店々は寂れていった。こういった現象は現在のモータリゼイションの中でさらに加速し、車通りの多いバイパス沿いだけが発展し、今日は駅前ですらも寂れている。これは全国共通の問題であろう。

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写真7.

 外宮北御門前に建っていた高千穂館の別館北村屋。高千穂館は天正年間に創業、発祥はこちらの位置。山田駅前にあるのは支店である。(写真年代不詳)




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写真8.

 山田駅前一件目の油屋支店。本店は古市にある。支店は明治末期の写真には写っているので、明治33年(1900)に参道が整備されて間もなくに出来たのであろう。




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写真9.昭和初期

 付録として、古市の油屋本店の写真を掲載する。歌舞伎「伊勢音頭恋寝刃」の舞台となった。→「油屋騒動」で検索。

 谷の傾斜を利用した数階建ての大きな旅館だったが、空襲によって焼かれ、さらには昭和年()に開通した近鉄線がこの跡地を通り、今は跡形もない。

2014年11月01日

筆入れを変えました。(定点観測3回目)

皆さん、お久しぶりです。 前回の記事から4ヶ月も空いてしまいました。
と、云いますのも、パソコンの調子が悪く、いじっているうちに、とうとう壊してしまったため、ブログの更新が出来ませんでした。(パソコンは自力でどうにかなりました)

その間にコメントをくださった方には、返信が遅れました事、お詫び申し上げます。
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 さて、先日の事ですが、友人と二人で大阪に行って色々と買い物をしました。その時、梅田の雑貨屋で見つけた筆入れが気に入ったので購入しました。
1000円の物だったのですが、半額の500円にして戴きました。(ハロウィンなのでサービスとの事でした、本当にありがとうございました)
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 気に入っただけで買ってきたので、メーカーの事なども全く聞いてこなかったのですが、調べてみると、「ユナイテッドビーズ」と言う広島の会社の物でした。

 ユナイテッドビーズは岡山の倉敷にある「はんぷ屋」の綿帆布を使用した商品のブランドで、筆入れやファイル(!) のような文具小物から、財布やバックなどもを作っているそうです。製品は雑貨屋やロフトなどで扱っているようです。

ユナイテッドビーズ(帆布の魅力紹介ページへ飛びます)‐http://www.united-bees.jp/hanpu.html
 
 早速、筆入れの中身を移します。とてもわくわくしますね。帆布の筆入れと言えば、高校生の頃も安いのを使っていました。200円位の品で、5年程使ってボロボロになりました。布は丈夫だったのですが、安物だったこともあり、チャックの部分が使い物にならなくなりました。(何度も補修したのですが)
その筆入れはビニル袋に詰めてタイムカプセルと共に校庭に埋まっています。幹事は私なのですが、掘起すのは何時になる事やら。
 
 中身は相変わらずです。いつのも短い定規に豆のような小さいUSBメモリ。あと、写っていませんが、印鑑も入れています。
 シャープペンが一本減っていますね。コクヨのPOWERFITは家で使っています。緑色のトンボ2559番の鉛筆は「入って安心、市商工会」と書かれたノベルティでした。

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 消しゴムの左にある小さいものがUSBメモリです。

 今までの筆入れより大きく、容量があるのでもっと好きなペンを入れる事が出来ますね。
因みに、今までの合皮の筆入れは、旅行用にしました。

 ↓ 今年3月の筆入れ事情。
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今までの筆入れに関する記事
私の筆入れ紹介
筆入れ定点観測 第二回


2014年07月25日

和歌山県書道教育研究会選定 硬筆書道用鉛筆

 皆さんご無沙汰しています、えびだんごです。
 伊勢では梅雨が明けてから熱い日が続いております。

 さて先日、友人と熊野の那智大社に参って来ました。那智の滝の見事な事、落差日本一の133mは壮観でした。写真は後日(現在現像中)。

 勝浦に一泊し、マグロと温泉を楽しんだのですが、その晩、ふと立ち寄った書店にて、変わった 三菱uni の鉛筆を見つけました。
 鉛筆には「和歌山県書道教育研究会選定 硬筆書道用」と有ります。DSCF5193
購入したのは6Bでしたが、7B,8Bがあるとの事。しかしながら、その他、詳しい事は判りませんでした。面白かったので、2本購入して宿に帰りました。1本90円でした。DSCF5195


 デザインが、地球鉛筆にそっくりですね。
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上から、硬質書道用、地球鉛筆9400、地球鉛筆9300。

 気になったので、普通のuniと書き比べて見たのですが、和歌山県(略)硬筆書道用鉛筆の方が滑らかでした・・・  なんて、初めのうちは思ったのですが、書き比べるほどに違いが無いようにも感じます。 実際はどうなんでしょう?
 
 こんな事では、えびだんご文具発信所.研究員として失格ですね。 なお、えびだんご文具発信所では文具研究員を募集中(何のこっちゃ)。  良かったら、記事の左側下方にある、ランキングボタンを押して頂けると、とても嬉しいです。