August 10, 2005

8日目(2002.9.11wed)NEw Mexico-Santa Fe→Taos

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昨日飲み過ぎたので起きたら9時だった。今日は同時多発テロからちょうど1年。テレビではそのことをとりあげていたが、この街では何も変わりがなかった。
今日はTaosに行くことにした。ガイドブックを見るとTaosに行く途中503号線沿いにはいくつかのネイティブアメリカンの集落があるらしい。本を見ながら28号線を北に向かい途中で503号線におれた。山の頂を通る道路で、雨さえ降っていなければいい景色のようだ。しばらくすると集落にさしかかり、道が突然狭くなり、スピードリミット15マイルがしばらく続く。あまりに狭い道が続くので少し不安になるが又503号線の標識が見え安心する。それから76号線と合流し2つ目の集落(Truchas)に向かう。ここは山頂にある小さな村で、左右に広い牧場が広がっており、道路を何頭かの牛がのろのろと散歩していた。
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しばらく走ると又道が狭くなり、しかも今度は地道。ここまで1本道だったし、多分間違いではないだろうと走っていると、だんだん森の中に入っていった。しかもこの辺になると、さっきまでは背の低い木が点々と生えていた山が、日本の山のように背の高い木が生い茂った山になっていた。不安になりながらもどんどん森の奥深くに入っていくと道が2つに分かれていた。しかも標識がない。タケチャンの感で左の道に行ってみた。これが又とんでもない林道で、車1台やっと通れる広さで、石がゴロゴロ転がっており、おまけに雨で道はドロドロ。辺りはもちろん人影など無く薄暗い。狭くてユーターンも出来ない。私は遭難した自分たちを想像し恐くて固まっていた。それなのにタケチャンはせっかくここまで長い距離を走ってきたのだからと、どんどん車を走らせている。でもやはりこの道はやばいと思ったのか、さすがのタケチャンも少しだけ道が広くなったところで強引にユーターンした。急な山道の泥濘でのユーターン、4駆でなかったら無理だったかもしれない。随分引き返し、76号線を通ってTaosに向かうことにした。普通のちゃんとした道路で、皆この道を通ってTaosに向かっていた。私達の車のようにドロドロになった車など一台も無い(ガイドブックはいい加減すぎる!)。気を取り直し走っているとTaosの手前で突然視界が開け台地が広がったが、その台地にはまるでグランドキャニオンのような巨大な裂け目があった。あらためてアメリカの自然のスケールの大きさを感じる。Taosに着くとそこはやはり観光地で、Santa FeのDown Townを大きくしたような街だった。一通り車で見物してSanta Feに戻る。帰る途中、ハイウエイでパトカーが6台位停まっていたのでなんだろうと見てみると、逃走犯が捕まっていた。腕を後ろで縛られ道路にひれ伏していた。テレビでしか見たことがなかったのでちょっと嬉しかった。
Santa Feに戻るとまだ早かったのでホテルの近くの土産物屋に寄ってみる。いろんなものがとても安く売っていた。よく日本でもアメリカンタイプのお店などに飾ってある角の生えた牛の頭の骨がたった$49だった。(テキサスでは$220だった)
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今日の夕食はスーパーでお総菜を買ってホテルで食べることにした。フライドチキン・サラダ・フランスパン・ビール(バドワイザーのビンの6本パック)などを買いホテルに到着。後部座席に置いていた荷物を降ろそうと後ろのドアを開けると、ドア側にあったビールが6本とも下に落ちて割れてしまった。車の周りは私達に飲まれるはずだったビールが泡をたてながら流れていく。やっとゆっくりビールが飲めると思っていたので、2人ともなんとも腹立たしく悲しい気持ちになった。誰かにあたれるはずもなく、仕方なくもう一度スーパーに買いに戻りやっと夕食にありつけた。テレビを見ながら食事をしていると、ブッシュ大統領のメッセージが流れ、テロ事件の特集が始まった。日本では放映されたことの無かった生々しい映像だった。(これはその時日本でも放映されていたそうだ)  
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August 08, 2005

7日目(2002.9.10 TUE)New-Mexico-Hatch→Albquerque→Santa Fe

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朝7時に目が覚めたら、窓の外でジーッジーッと蝉が鳴いているような音がしたので外を見てみると、なんと、一度見てみたかった蜂鳥が餌を食べに来ていた。ちょうど私の部屋の前に餌(多分ハチミツ水かなんかだと思う)飲み場がつるされており、タケチャンが起きるまで2時間以上食い入るように見ていた。そのうち又雨が降ってきて蜂鳥たちもどこかに行ってしまった。(まん中の虫のようなのが蜂鳥。体長4〜5cm位だったと思う。警戒心が強いのでこの出来の悪い写真を撮るだけでも 何分もカメラをかまえたまま待っていた。)
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雨の中9時にHatchを出発。北に向かうに連れてどんどん雨足が強くなる。2時頃、Albuquerqueでハイウエイを降りた。ここはそこそこ大きな街なので、楽器屋とCDショップを見て回ることにした。降りてすぐメイン通りを走っていると、そこが旧R66だとわかった。インフォメーションで教えてもらった楽器屋に向かう途中、中国人が経営するエセ日本料理屋を見つけたのでそこでTake Outすることにした。Yakitori Boulという焼き鳥丼とカリフォルニアロールを注文した。焼き鳥丼は予想に反して結構いけていたが、カリフォルニアロールはご飯はベチャベチャでやたら甘く最低だった。Albuquerqueでは結局何も買わず街を出た。
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再びSanta Feに向かうが、途中Santo Domingo Pueblo(マーケット)という看板が出ていたのでハイウエイを降りその集落に行ってみた。ネイティブアメリカンの人たちの集落で、建物は全て土造りだった。マーケットと書いていたが、たぶん天然石などを加工業者が買い付けに来る所なんだろう。お店などは無く、それぞれの住居になんとかショップと看板が出ていた。村をぐるっと一周していると教会があった。珍しい建物だったので写真を撮ろうと思ったら、壁に写真を写すと$500と書いてあった。あぶないあぶない!これも勝部さんから聞いていた。ネイティブアメリカンの聖地は絶対写真を撮ってはいけないそうだ。村を走っている間、すれ違う地元の人はみんな車の中から挨拶をしてくれた。私達は2人とも日焼けして色が黒く黒髪の長髪だからかもしれない。
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夕方6時くらいにSanta Feに着いた。とてもきれいな街だ。観光を意識して街づくりをしたんだろう。あらゆる建物がネイティブアメリカン風に土造りで統一されていた。せっかくなので私達も土造りのモーテルに泊まることにした。そこはネイティブアメリカンらしき人が経営していた。
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チェックインを済ませDown Townに行ってみた。車を停め、歩いて散策し始めたが、山地で雨も降ってるせいか、もの凄く寒い。Down Townも勿論土造りの建物だ。ここは高級な土産物屋、レストラン、ホテルが並んでいる。だからなのか定年後夫婦で旅行を楽しんでいるような老夫婦が多い。でもこの静かな美しい街にはそういう人たちがとても良く似合う。あるレストランの入口に日本人がプレゼントでもしたのか招き猫が飾ってあった。すごく違和感があった。
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しばし見物をしてMotelに戻る途中夕食の話をしていたところ、2人ともMotel近くの同じ店に目を付けていたのでそこに行くことにした。そこも土造りの建物なのだが私が気に入ったのは店の壁に美味しそうなビールジョッキの絵が書いてあったからだ。店に入り、床が他より一段高くなった所のテーブルに座る。ここはメキシコ料理を出す店で店内ではTEXMEXがかかっていた。しばらく食事をしていると、店員が段の上の私達が座っている所以外のテーブルと椅子を片づけ始めた。もしかしてと思ったらやはりそこは今から始まるライブのステージだった。すぐステージ前のテーブルに移り様子をうかがっていると、バンドマンらしき人たちがやってきてセッティングを始めた。ライブスタートまで1時間以上あると言われたが、バンドマンを目にして帰るわけにはいかない。
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ベーシストはテンガロンハットをかぶった50歳過ぎ位のおっちゃん(右から2番目)。ドラマーは短パンで50歳位のおっちゃん。ギターは少し若く40歳過ぎ位のおっちゃん(右)。しばらくしてもう1人やはり50歳位のギタリストが来た(影になって写っていないが左でテレキャスを弾いていた)。この編成で何をするんだろう?店ではTEXMEXがかかっていたが、この人達の雰囲気だとカントリーだろうか?でもSanta Feにカントリーは似合わないな〜などと2人でいろいろ話していた。そのうちライブが始まった。するとビックリ、バリバリのサザンロックバンドだった。いきなり、スィートホームアラバマにエリザベスリードだ。2人とも大喜び。1ステージが終わるとすぐにタケチャンは最後に来たリードギターリストに喋りに行った。彼の名はマイク。2ステージもご機嫌な曲ばかり。マイクはウォーの曲でブルースハープも吹いていた。2ステ後マイクが私達のテーブルにやって来た。私はやはりハープに興味があった。ウォーではリーオスカーがハープを吹いており、私のハープはトンボのリーオスカーモデルなので、もしかしてマイクのハープもリーオスカーモデルかと聞くと、そんなのは知らないと言われた。それでは見せほしいと言って舞台に置いてあったマイクのハープを見に行くと、やっぱりトンボのリーオスカーモデルだった。ナイスなハープだとマイクに言うと、「俺のハープはリーオスカーモデルなんだ!」と嬉しそうに答えた。私の話は全然通じてなかったんだと少し悲しくなる。マイクと話し込んでいるタケチャンがうらやましい。でもその後、私もハーピストなんだったら3ステージに上がって来いと言ってくれた。4曲目で呼ばれ、それまでテーブルで一緒に喋っていたマイクの友達がベースを借り、私がマイクのハープを借り舞台に上がった。Cのハープが渡された。日本から来たゲストと紹介され曲が始まった。ストーミーマンデーだ。マイクは最初から何か吹いてと言うようにこちらを見たのでいきなりイントロから吹かせてもらう。すると、ビリヤードをしていた客達が珍しそうに集まってきた。日本人ということと、女(しかも多分アメリカ人から見ると、ものすごく若く見えていただろう)ということもあって、想像以上にうけてしまった。マイクとも友達のベースの人とも言葉ではないなんともいえない音楽での心の交流ができた。これだから音楽はやめられない。終わって舞台を降りると、めちゃくちゃちっちゃい〜!とみんなに言われた。ホントに楽しい思いがけない夕食だった。ちなみに私達の飲んでいたビールはメキシコの缶ビールで1本$1だったので、そうとう飲んだのに全然お金は減っていなかった。  
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August 05, 2005

6日目(2002.9.9 )Mexico-Juarez→Texas-El paso→New Mexizo-Hatch

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朝9時頃宿を出て、歩いて国境に向かう。今日は月曜の朝なので昨日とうってかわって街に活気がある。国境の橋を渡りきったところに入国管理局があるのだが、すでに橋の途中までアメリカに向かうメキシコ人の長蛇の列ができていた。毎日こんな大勢のメキシコ人がアメリカに入るのか。随分並んで入国できたのは10時をまわっていた。(アメリカ人は勿論フリーパスだった)
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勝部さんに迎えに来てもらい、中古ギターを見るためDown Townの質屋巡りをした。TEXASでは中古楽器は楽器屋ではなく質屋に売っている。バイオリンが数台あったので見せてもらったが、中古ではなく中国製の新品で$220だった。これは日本だと、通販で9800円で売っている。勝部さんはバホセクストというTEXMEXで使われるギターを$100で即買いし、とてもご満悦の様だった。タケチャンは結局ギターを買わなかった。それからアンティークの店や土産物屋など見て回り、1時頃勝部さん宅に着いた。お茶を飲みながら、しばし大阪の共通の知り合いのミュージシャンの話で大いに盛り上がった後、荷造りをし、名残惜しいがここで勝部夫妻とお別れをし、2時過ぎに出発した。
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メキシコの車での旅は断念したので、勝部夫妻のお薦めでSanta Feに向かうことにした。途中少しコースはずれるが、是非行った方がいいと言われたWhite Sandsという国立公園に向かう。10号線をNew Mexcoに少し戻り途中で25号線に入り、州道70号線で少し北東に向かい、山を1つ越え30分ほど走った所に警察のチェックポイントがあった。あらかじめ勝部さんに話を聞いていたので別にびっくりはしなかったが、アメリカ人以外はそこでパスポート検査がある。それを過ぎてすぐ、今まで茶色の何もない台地だったのに突然白い土地が現れた。White Sands(名前の通り、普通の砂漠とは違う真っ白な砂の砂漠)の入口だ。1人$3を払い公園に入る。ここは車で見て回る。初めは白い砂に植物が生えていたが、徐々に真っ白な世界が広がっていった。それとともにまたしても雨雲が広がってきて強風が吹いてきた。薄暗い空の下に一面真っ白の台地という景色はまるでスキー場の様だ。ドライブコースの最先端まで行き、歩いて砂山の上に登ったが、その白い砂漠は遥か彼方まで延々と続いていた。White Sandsの大きさは地図を見ると、エルパソの街よりも広い。写真をとったが、やはり実際目の前で見る迫力は凄いものだ。1つ面白いと思ったのは、アメリカはハイウエイでも国立公園内でも至るところにランチエリアがある。ランチエリアには椅子・テーブルと必ずバーベキューの道具がある。ここWhite Sandsも例外ではなく、テーブル1つ1つに大きな風よけのついたものが幾つもあった。今日は特に風が強いのかもしれないが、こんな砂漠のまん中で砂にまみれてアメリカ人はベーベキューをするんだろうか?
再び25号線に戻り今度は北へ上がりSanta Feに向かうが、7時をまわり辺りは真っ暗だし、また嵐がやってきたので、Hatchという街でハイウェイを降り、とりあえずモーテルを見つけてチェックインした。こちらの夜のドライブはほんとに恐い。車が少ない上に25号線はホテルエリアと給油所が極端に少ない。しかも嵐になると前がまるっきり見えない。チェックインを済ますとホントにホッとする。モーテルの周りにはデイリークィーンと小さなスーパーと酒屋が1件ずつあった。おかげで夕食とビールにはありつけた。(ここのデイリークィーンにはキャットフィッシュのフライがあった。さすがアメリカ南部!)  
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July 28, 2005

5日目(2002.9.8)Texas-El paso→Mexico-Juarez

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夕べ2時位にタケチャンの大声で起こされた。見るとタケチャンのベッドに体長6cmくらいのゴキブリがいた(勝部さんに聞くとテキサスでもこんな大きなゴキブリは珍しいとのこと)。身体をはわれて目が覚めたそうだ(タケチャンには悪いけど、私があっちのベッドじゃなくて良かった!)。なんとか外に追い払い再び寝る。
7時に起きシャワーをしてすっきりしてから今回初の洗濯をする。身支度をしチェックアウトをして10:30に勝部さん宅に着く。今日はみんなでDown Townの中古楽器屋に行く予定だったが日曜日で休みだとわかり、急きょ私達2人はメキシコに行くことにした。エルパソもSam Diego同様すぐ隣がメキシコのJuarezという街だ。前回のこともあって、1日分最低限の荷物だけ持ち、残りの荷物と車を勝部さんに預かってもらい、Down TownからJuarezに循環しているトロールバスでメキシコに入り1泊して帰ってくることにした。Down Townまで車で送ってもらい、トロールバスに乗り込んだ。ここは川が国境になっており、橋を渡るともうメキシコだった。このバスは観光客相手なので7箇所の停留所はすべてぼったくり土産物屋らしき所だった。私達の降りた最終停留所はJuarezマーケットという土産物屋がたくさん集まった建物で、その前に何軒かのオープンレストランがあった。バスを降りるなり、そのレストランの兄ちゃんが呼び込みに来たが、もの凄くお腹が減っていたので誘われるままにそこで食事をすることにした。さすが本場のタコスとコロナビールは美味しかったし、マリアッチ・MEXTEX(テキサスではTEXMEX)もあちこちで演奏されていて気持ち良かったが、料金はアメリカより高かった。土産物屋もぼったくりにもほどがあるという値段だ。
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結局なにも買わずホテルを探す。2人で$17のHotel Juarezにチェックイン。部屋にはテレビがあった(室内アンテナでチャンネルは回すタイブの古いものだったが、何故かリモコンが使えた)。トイレとシャワーもあった。タオルはぼろいのが一枚だけあった。テーブルに水が入ったガラス瓶があった。たぶん飲み水なんだろうけど、いつから置いてあるんだろうという感じだった。たけちゃん曰くメキシコではここはいい方だそうだ。
さっそく街を歩き回りに出るが今日は日曜日なのでほとんどの店が閉まっていた。しばらくうろうろしていると、にぎわっている所に出た。ここは地元の人が買物に来る地域のようでスーパーマーケットが何軒も並んでおり、その周りと間の路地には食べ物屋から小物屋までいろんな屋台がひしめきあっていた。やっぱりこういう所が見ていて面白い。さすがにタケチャンはこういう所を捜すのには鼻が利く。あるスーパーでタケチャンがウォッシュボードを見つけた。ジャグバンドでよく使われるタイプのものだがここでは本当に洗濯用として売っていた。小さいのを買ったがたった$1.50だった(日本に帰ってから井山さんに聞いた話では、日本なら3000円位するそうだ。たくさん買っておけばよかったとタケチャンはすこし残念がっていた)。他の商品は日本とさほど変わらない値段だった。ちなみにインスタントラーメンが日本円で約60円で売っていたが、天満では5つ入りパックが195円で売っている。物価はあんまり安くなさそうだ。
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いったんホテルに戻りすこし休憩してから夕食を食べに再び街に出る。この辺で唯一レストランらしきお店に入る。ここはシーフードレストランだ。こちらでは必ずテーブルつくとチップスとサルサソースが出てくるが、これが本当に美味しい!これとビールだけでいいと思ってしまう。料理の方はシーフードのチリソース煮込みみたいなのがご飯にかかっているものを頼んだ。これもまた抜群に美味しい。お店の店員の接客もすばらしく、料金は高いのかと思いきや、昼間よりも安かった。
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お腹もいっぱいになって、バーにでも飲みに行こうとブラブラ歩いていると、日本で言う立ち飲み屋のようなバーを見つけた。地元のおっちゃんしかいないぼろいカウンターバーだ。(その前にもう一件見つけたバーがあったが、名前がLadys Barといい、中がまったく見えず、窓の上部から中の照明だけが外に漏れていたがその色がピンクで、楽しそうなオッチャン達の笑い声が聞こえていた。タケチャンはものすごく行きたそうだった。今度しんちゃんと2人で来てね。)タケチャンはテキーラを頼み、私は普段カクテルなんか飲まないがせっかくメキシコに来たのだからマルガリータを頼んだ。お店の人はといあえず作り出したが、めったに頼む人がいないようでカクテルグラスが無く、今まで棚に飾ってあったグラスをきれいに洗って、そこについでくれた。トイレに行くと一応男女別々にドアはあったが、女子トイレは物置になっており、お店の人は男子トイレに案内してくれた。便器には便座が無かった。気取らない、いごごちのいい店だった。しばらくそこで飲んでからホテル近くの酒屋でビールを買おうと並んでいると、その隣のビルから楽しそうな音楽が聞こえてきた。
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ライブがあると思い行ってみるとそのビルの入口に太ったおっちゃんが座っていて2階へ行けと言う。2階はビリアード場になっており、そこでゲームをしていたおっちゃんたちが私にはLadyと書かれた扉、タケチャンにはBoyと書かれた扉に行けと言う。たけちゃんは「たぶん男と女は入口が別々らしい」と言う。それってすごく怪しくて恐いので、入りたがるタケチャンを引っ張っていったんビルを出るが、どうもその音に惹かれてもう一度行ってみた。すると、私達の行きたいところは3Fで、オッチャン達は私達がトイレに来たと思って、女子トイレはこっち、男子トイレはこっちと教えてくれていたのだった。3階に上がってみるともの凄く広いダンスホールだった。とりあえずビールを頼むと5本でてきた。ここは$5払うとビールが5本出てきて他はいっさいノーチャージだった。正面には舞台がありバンドが演奏していた。見ていても仕方ないので私達も踊ることにした。もちろんダンスなんて全然できないけど、めちゃくちゃ踊ってても楽しかった。きっと周りの人はへたくそな奴らやな〜と思っていたでしょう。散々遊んで大満足でホテルに帰った。  
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July 24, 2005

4日目(2002.9.7)Arizona-Tucson→New Mexico→Texas-El paso

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朝8時にホテルを出て今日はエルパソに向かう。幸い朝は雨が止んでいた。R10を東に向かうがTocsonから離れるにつれサボテンがどんどん無くなっていった。ちょっと寂しい。アリゾナを出てニューメキシコに入る。ここは本当になんにも無い。通過するのに3時間かかったが、その間3軒の土産物屋と集落がいくつかあっただけで、あとはただ乾いた台地が延々と続くだけだ。山はもちろん岩山。どんだけ土地余ってんねん!ちょっと日本にわけてよって言いたくなる。でも車の中だからあまり感じないがきっと外は40℃以上だろう。植物も育たない。そんなところに、ところどころ牛や馬を放牧しているところがあった。こんな水も日陰も無いところでよくまあ育つものだ。
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出発して6時間、ようやく緑が見えてきた。そろそろテキサス州だ。州境を越えしばらく走ると久しぶりにオフィスビルが見えてきた。エルパソの街だ。ハイウエイも都会らしくいくつも交差しており、車の数も多く、片側6車線くらいある。けっして大都会とは言えないんだろうが、今までが今までだけに、とても都会に思えた。
エルパソに来たのは東に向かう通り道ということとは別に理由がある。5年ほど前、大阪でのレコーディングで知り合った、勝部さんというテックスメックスのアコーディオン&ボーカリストに会うためだ。彼は日本にいる時から自分のバンドメンバーと供に、年に何回かテキサスに演奏やレコーディングをしに来ていた。で、数年前に遂にテキサスに移り住んでしまった。彼が大阪にいるときは、毎年大阪城で一緒に花見をしては、周りの花見客の所に演奏しに行っておひねりをもらって稼いだもんです。それが出来なくなって残念だ。今日会うのは2年ぶりくらいかもしれない。
まずDown Townを通り越してしばらく行ったところでトラベロッジという$30くらいのモーテルにチェックインする。木陰がたくさんある所でなかなかいい雰囲気の宿だ。それから勝部さんに電話を入れる。私達は勝部さんの住んでいる場所を全然知らなかったんですが、偶然私達の宿から車で10分位の所でした。ウォールマート前で久しぶりに再会した。奥さんも一緒に来ていた。私達はチャリさんのアイデアで日本からお好み焼きの材料を持って来ていたので足らない材料の買い出しに行く。初め、日本食材店に行く。店内を見ると思わずすばらしい!と叫びたくなるくらい何でもある。心配していたお好みソースもちゃんとあった。しかもMADE IN USAのおたふくソース。その後別の店に肉を買いに行くが、さすがに豚肉の薄いスライスはなかった。仕方なく一番薄いスライス(1cm位)を買う。何とか材料が揃い、勝部さんの自宅へ向かった。彼の住んでいるところは高台の静かな住宅街だった。家の前には松の木も生えていた。さっそく2人で調理にかかる。たけちゃんは肉をスライスし、私はキャベツを刻んでいたが、どうもお好み焼きを作っているとここがテキサスだということを忘れてしまう。おまけに奥さんは私達の住んでいる天満に詳しく、4人でお好み焼きを食べながら、天満や天六のローカルな話で盛り上がっていると、まるで大阪にいるようだった。この日はすっかりくつろいでしまった。旅先に友達が住んでいると、急にその街に対する緊張感が無くなってしまうもんです。  
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July 23, 2005

3日目(2002.9.6)Arizona-Tucson

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今日はもう1日この宿に滞在し、Tucsonを観光することにした。たけちゃんが観光案内の本で面白そうな所をチェックしていてくれた。Tucsonの南西の方はネイティブアメリカンの保護地区になっているそうだ。まず国立公園になっている昔Hohokam族が住んでいたという山に向かう。山に少し入るとそこからは延々サボテン山だ。素晴らしい景色だ!その山にはピクチャーズロック(シグナルヒル)と言って、昔インディアン達が目印に絵やマークを彫った岩があるそうだ。
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6-7随分走ったが場所がわからずビジターセンターに行くと、とっくに通り過ぎていたことがわかった。センターでは15分ほどのその山の自然についての映画が上映されていたのでそれを見てから外に出ると、急に雲行きが怪しくなってきた。急いでピクチャーズロックに向かうが遂にもの凄い豪雨になってしまった。とりあえずパーキングまで行ってはみたものの、とてもじゃないが外には出れない。たぶん通り雨だろうから車の中で止むのを待とうと思ったが、辺りはあっと言う間に真っ暗になるは、山の中に私達の車1台だけだし、おまけに強風で車が揺れだした。恐くなって急いでセンターに引き返す。急な山道は地道のうえ、もう既に川のようになっており、つくづく4駆でよかったと思う。
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30分以上待って少し雲の切れ目が出てきたので今がチャンズと再びピクチャーズロックに向かう。車を停め歩いて行くとシグナルヒルが見えてきた。その岩丘の上の方にマークが彫られた岩があった。ピクチャーズロックだ。ラッキーな事に今私達の頭上だけ青空でここにだけ日が射してきている。その周りは360°黒い雨雲が広がっていて四方八方で稲妻が光っている。そのせいもあって、この場所がとても神秘的で恐いくらい神聖に感じた。このシグナルヒルはインディアンの聖地なので、もちろん看板には丘には登るな!と書いてあるのだが、案の定タケチャンはもう丘の上に居た。写真を撮るだけってのは全然理由にならないと思うんだけど。この性格がうらやましい。たけちゃんが何枚か写真を撮ってピクチャーズロックにお礼のお祈りをし終わったちょうどその時、空の上の神様が私達を見ていたかのように、青空が消え、不気味な風が吹きはじめ、辺りはあっと言う間に薄暗くなった。たけちゃんも急いで丘から降りてきて、2人で車まで一目散に走り、逃げるようにその場を去った。このわずかな晴れ間はインディアン達が私達を歓迎してくれていたような気がした。山を下り次にネイティブアメリカンの保護地区に向かった。ここには大きな白い教会、San Xanier Del Bac Missionがある。とても古い建物で、今は周りは住宅街だが、建設当時の写真では教会以外に建物はなく、インディアン達の小さな住居が点々とあるだけだった。キリスト教の教会は今までも何カ所か行ったことがあるが、ここはそれらとは全く違った雰囲気のところだ。キリスト像も2匹のピューマに守られていた。タケチャン曰く、南米もやはりそうで、ピューマはインディアンの守り神なんだそうだ。それにしても、やはり私にはインディアンがキリスト教というのがピンとこない。

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2日目(2002.9.5 THU)California-San Diego→Arizona-Tucson

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時差ボケのせいで、夕べ10時に寝たのに朝の3時に目が覚めた。あまりにも早いので7時まで横になっていて、それからシャワーを浴びすっきりしたところで8時に宿を出発した。R8からR10に入り今日はWillinの歌詞に出てくるTucsonに向かうことにした。San Diegoを出て1時間ぐらいでガソリンが無くなったので今回の旅の初めての給油のためハイウエイを降りると、へんてこな山が目に入った。土の山に岩がゴロゴロしている。見たことのない風景に思わずシャッターを押したが、その後延々2時間もその岩山の風景を見ることになった。
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4000フィートの峠を越え、下っていくと岩山にポツポツと植物らしきものが見えてきた。サボテンだ。なぜ峠を境に東側にはあるんだろうなどと考えていると、突然目の前にもの凄い台地が広がった。何も無い台地がず〜っと遥か彼方まで続いている。遠くの方にかすかに山が見える。素晴らしい風景だ!今からこの何も無い台地を走り抜けると思うとワクワクする。
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山を下ると初めは土だけの景色が続き、しばらく行くと前方がすこし緑色になってきた。そこからは牧草を作っている地域のようだ。初めて人の姿を見かける。牧草地帯を抜けまた緑が無くなり枯れ木が所々あるような景色になる。ふと気が付くと横を貨物列車が走っていた。カメラに収めようと窓を開けてシャッターを押していると列車の運転手がボ〜〜!!と汽笛を鳴らして手を振ってくれた。何も無い所をひたすら走っている時に、こういうことはすごく嬉しい出来事だ。
11:30にアリゾナに入った。西の入口の街Yumaに降る。トラベラーズインフォメーションでアリゾナの地図(アメリカではインフォメーションに行くとその州のちゃんとした詳しい地図をタダでくれる、有り難い)をもらい、昼食をとり、ここから私の運転で出発した。ハイウエイはRimit75mail(120km)なのだが、周りに何もなく延々と続く道を見ているとボーッとしてしまい、気が付くと85mail
(136km)以上になっている。あぶないあぶない!こんな何にも無いところにもポリスはいるのだ!途中何台も捕まっていた。
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July 22, 2005

1日目(2002.9.4)

待ちに待った出発の日がやってきた。今回は関西空港発ロサンジェルス行き17:30というゆっくりとした時間帯の出発だったので案の定前日はHeaven Hillで宮里ひろしさん達と飲んで盛り上がってしまった。3時くらいに梅田の関西空港行きバス乗り場に行き二郎君に見送られ3時20分に出発した。関空で荷物チェックはあったものの思っていたよりすんなりチェックインできた。実家に電話を入れ預かってもらっているGUMBO(ネコ)にも挨拶を済ませた。飛行機に乗り込むが乗客が1人来ていないとのことで出発がかなり遅れたが無事離陸。お天気も良くほとんど揺れることもなく映画を何本か見ている間にロサンゼルスに到着した。(途中いまだにトイレでタバコを吸うバカがいた)入国手続きでは運悪く私達の並んでいる列の係員だけやたらお喋りで1時間もかかってしまった。空港からシャトルバスでアラモレンタカーへ向かう。最初は普通の乗用車を借りる予定だったが店の人がニューオリンズまで行くんなら4駆の大きい車を借りた方がいいというので、$200追加してそちらを借りることにした。(これが後に大変助かることになる)
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