シイケイスケの言示録 GENSHIROKU-ゲンシロク-

From Miyazaki Aoshima to all over the world

☆お知らせ☆ご訪問有り難うございます。

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2009年1月より、【シイケイスケのスイビー日記!bySweetBeach】は

【 言示録〜GENSHIROKU〜 】へ名前を変更しました。

これからも、どうぞ、お付き合いくださいませ。

【言示録】

神様の話〜心の奥底に仕舞ってある特別な力〜 ある日の日記

〜求めざるに与えられた恩恵〜 ある日の日記

【 幸せの雨 】 あなたを想う・・・ ある日の日記

【シイケイスケのスイビー日記!bySweetBeachより】

(2008年12月31日以前の日記)

【うみいろ これ そらいろ】 ある日の日記 

『 目に見えないチカラ 』 スイートビーチ 3周年の日記 

【水のように生きる】 25歳 誕生日の日記

【豊かで幸福に生きる、生き方】

 

最新の日記は↓↓↓

中村天風という人。



中村天風という人を知り、

天風先生の言葉や、考え方に触れるにつれ、

子供の頃から考えていた事や、疑問だったことが、

紐解かれていった。


この人の言葉のすべてが、私にとって、教科書のようだと思った。









今日は人間の一番大事な命の大本を司っている心について理解をする。


心はその語源は「ころころ」にあり、猫の目のようにコロコロ変わるのが心なのだ。



自分の人生を価値高いものにして生きる上で
大切な心というものを現代の人は判っていない。
だから、自己統御が出来なくて、病気などになる。

心は働きの方から見ると2つに分かれる。

肉体の方に付いている心と心それ自体に付いている心である。
肉体に関わる心には 中核心,植物心,動物心がある。
心に関わる心には  理性心,霊性心がある。
中核心;物質形成の心で全ての細胞に存在する心で
物質心ともいう。
そんなものがあるのかいなと思うかも知れないが、
知る、知らぬを問わず誰にでもある。
どんな物質にも芯がある。それが物質形成の心というものである。
感じないから気付かないだけだ。
植物心;動物だけでなく植え木のような植物にも存在している心である。
栄養を吸収し、老廃物を排泄する働きの心である。
この心がなければどんなに栄養を摂っても吸収できない。
「腹が減ったなあ」という状態を後で言う動物心に報告するのが
この心である。
それに気付いて食物を探すのは動物心である。

動物心によって取り入れられた食物を吸収できるように唾液を出し、
スムースに食道に導くのも植物心の働きである。

気道に入ったらえらいことになる。

そこから先は動物心は干渉できない。
全て植物心の働きで消化吸収する。
こんなありがたい心が自分の中にあるのを知らなかっただろう。

毒を食べた場合、諸君が気付かないだけで植物心が
ちゃんと吐き出させてくれる。
嘘だと思ったら蠅を食べて見ろ。
蠅を食べられるのはカエルだけだ。

ちょっと腹の具合が悪いとすぐ医者に行くが、
吐くもんを吐けば治るんだ。
植物心に任せればいいんだ。
これらのありがたい働きは植物心がやってくれる。
自律神経のもとで、自動的に行われるこれらの働き。
この働きの重要さに気づいていないで、
意志の力で作用する動物心のみを心と思っているから間違えるのだ。

この植物心を粗末にしてはいけない。
動物心が乱れると、脳幹を通じて植物心に影響を与える。
従って動物心の取り扱いが大切になる。
心の態度を積極的にしないと植物心が十分に働かなくなるんだ。
心の積極化が命にとって大切なのはこの理由による。

植物心が体を維持してくれている。
植物心こそが人間にとって大事なのだと
気づいたらしめたものだ。
後は、植物心の働きを妨げない生き方をすることである。
即ち、動物心の取り扱いが大切なのだ。
肉体の命を生かしていくために与えられている原始欲望
(食欲、睡眠欲、性欲)は動物心であり、
人間だけでなく、犬や猫にもある。
この動物心と関連する感情が植物心に大きく影響する為に
動物心の取り扱いが大切である。

人間はこの為に神仏を作った。
実際には神仏はいない。
宇宙に存在する真理を神といい、又、仏という。
動物心を犬や猫並に放置せずにきちんとコントロールする
ために神や、仏や哲学を生んだ。
動物心を、生命を維持するのに意味のある範囲でのみ作用
させるように統御を完全にすることが大切である。

動物心の中で植物心の働きを悪くするのが、
いわゆる怒ること、怖れること、悲しむこと、恨み、煩悶、
取り越し苦労、等々の いわゆる一切のマイナス思考である。
迷盲心があるから迷う。
姓名判断をしてみたり、
宗教にすがったりするのもこの心のなせる業である。
字画がどうのこうのと言うが地球上にすんでいるのは
日本人だけじゃない。
なるほど日本人の名前は字画が数えられるが、
アラビア人の字画はどうカウントするんだい。
おかしい話はない。
人間が人間である限り自分の運命を他人に
聴かなけりゃならないなんていう情けない話はない。
500年もすれば、宗教はなくなると思う。
宗教で救われようと思ってはいけない。
自分は立派な人生に生きようと思うならば、
そんな態度ではいけない。
宇宙を創造した大いなる力が、神であり、
本来の宗教である。
それに頼って御利益を得ようなどというのは
大きな間違いである。
このような迷う心、嫉妬、男にだって嫉妬はあるんだよ,
男の嫉妬は女の嫉妬よりひどいんだぜ、知っと(嫉妬)るかい!。
心配、憎悪、復讐心、等もよくない。
忠臣蔵を美談といってはやし立てるがあんな馬鹿げた話はない。
浅野の殿様が我慢すれば済んだことではないか。
それを我慢できなかったのが第一間違っている。
そんな、堪え性のないことを美談にしてはいけない。
又、大石が仇討ちをしたというが、
彼一人が行ったのならともかく、
大勢で徒党を組んでまるで暴力団ではないか。
第一、47人もの人間がその後の尊い人生を大切に生きずに、
つまらぬ事に命を落とすような生き方が
本当に正しいといえるとは思えない。

だから、復讐心もつまらない。
排他心,歯が痛いんじゃないよ、
誹謗、猜疑心、貪欲、失望、落胆、不平、不満、自暴自棄、
等々 これら28のよくない心が人間にはある。
こんな心が、油断すると、直ぐに心を支配する。

理性心の特色は
「推理と考察を司っていて、判断はするが、統御する力は無い」。

霊性心は人間としての尊い心なのだが、
発揮していない人が多い。
インスピレーション、霊能力もここから発現する。
人間には誰にでも、霊性心のあることを知っている人は少ない。
しかし、通常は特別の努力をしないと発揮しない。
ただ、ボーっと生きていたのでは、
動物心だけで生きることになる。
大きな力のごく一部を自分の心と思って、
それが全てと思って生きている。
ほとんど動物心で生きておりたまに理性心で生きている。
霊性心は出そうとしても出ない。
出るようにしないと出ない。出たくても出られないのだ。

仏教では心が明鏡止水でないと出ないという。
つまり、心の働きを休めなければ出ない。
それでなければ、先に挙げた28の本能心だけが自分の心と
思って生きる羽目になる。
その方法を他の人は知らない。
霊性心の発現に必要な方法として、
無念無想になる安定打座(天風師考案の方法)、
等の方法を 教えているのだから、
実行しなければいけない。

霊性心で生きる人間になることが天風会の目的である。
折角教わっているのだから、
これらの教えを価値高く捉えなければいけないんだよ。
常に霊性心が自分の心から離れないようにする事を確実にするために、
私なりに、自己に課していることがある。
そのことの実行を、今日は休もうなどと思うことは、
私は一度もない。
何故なら、それを体得するまでの苦労を考えると、
とてもそんなもったいない気持ちになれない。
こんな素晴らしいことはないと、実感しているからだ。

先日もある会員が来ていたが、
その前で、立ち上がり深呼吸を2回ほどした。
それは、私には意味のあることだった。
しかし、その会員は、何か見本を見せて
貰った位に思って恐縮していただけだった。
終わってから「ありがとうございました」と言っていたが、
そんな礼を言われる必要はなく、
私が必要だと思ったからやった迄で、
その人も、只見てないで一緒にやればよかったのだ。

生き甲斐のある人生を生きるのではない。
生き甲斐のあるのが人生なのだから、
その通りに生きたらいいのだ。
今、自分の考えている心は動物心なのか、
理性心なのかとチェックする事である。
霊性心であれば、その瞬間にスッと解決してしまっている。

心の無駄遣いをしてはいけない。
長生きするには、いい加減に生きていて出来ることではない。
心は価値高く生きるために与えられている道具である。
ところが道具である心に使われている人が多い。
心は道具なのだから、大切にして、手入れをして、
丁寧に取り扱い、生きる様にしなくてはならない。
そうすれば、どんな場合でも、明るく、朗らかに、
楽しく生きれるはずである。
使うべき心に使われることの無いようにすること。
心はその人の命と人生を完全に生きるために
与えられた道具である。
大切な道具であるから、粗末に扱ってはいけない。
心も体も道具である。体も粗末に扱ってはいけない。

それでは、本当の自分は何かというと「氣体」である。
霊魂である。
貴方の持っているハンドバッグは貴方のものだが、
貴方自身ではない。体も心もそうである。
自分の家庭の支配権を昨日、
一昨日来たお手伝いさんに委ねて、そのお手伝いさんに
使われる主人がいるかい。
自己生命の支配権は霊魂にある。
決して心や体にその支配権を委ねてはいけない。
ほとんどの学問は心が人間の本質と信じられ、
研究されている。これは大きな間違いだ。

1965年に中村天風という男が、
こう言ったということが後世で語られる時が来るはずである。
心を中心にすると理性と感情の衝突が起こる。
本能心で生きると、狭い視野で生きることになる。
それは人間以外の動物の生き方である。
人間の生き方ではない。

本能心を全て満足させることは難しい。
その結果満足感や感謝の気持ちが少しも湧いてこない。
こんなレベルで生きるのが人生の目的ではない。
人間はもっともっと尊い生き方をするものだ。

インドで「人間は何をしに生まれてきたのか、使命は何か」
と聞かれた。
こんな事を考えたこともなかったので、びっくりした。
「こんな事が判らないのか」と言われて
くやしかったので一生懸命考えた。

半年考えて、「進化向上のため」ということが理解できた。

「最初の内は生まれてきたのは苦しむためだと思った。
それまでに世の中の生存競争の激しさをつぶさに
見て暮らしてきたので、本当にそう思った。
苦しみながら一生を送り、
死んで安楽を得るという一般的な宗教観を持った。
しかし、インドの山中で考えながら、
周囲の大自然を見ている内に、その背後に創造主の存在を
自覚せざるを得なかった。
常に、今、今のこの瞬間に、次から次へとそこ此処に創造と
いう行為が際限なく展開されている。
地球の今までの歴史を見てもそうだ。
生物の進化の過程を見てもそうだ。
将に、停止することなく進化向上を実現している。
そして、その最高の造化の結晶が人間ではないか。

しからば、この人間の生きている目的も、間違いなく、
進化向上に他ならないときが付いた。

有り難きことの意味


人は万物の霊長として、

宇宙霊のもつ無限の力と結び得る奇(く)しき働きを持つものを

吾が心に保有す。

かるが故に、

かりにも真人たらんには、

徒(いたず)らに他に力を求むる勿れである。

人の心の奥には、

潜在勢力という驚くべき絶大なる力が

常に人の一切を建設せんと

その潜在意識の中に待ち構えて居るが故に、

如何なる場合に於いても

心を虚に 氣を平らにして

一意専心この力の躍動を促進せざるべからず。


中村天風




こんにちは。

シイケイスケです。

言示録をご覧頂きまして、有り難うございます。

人生の全てを、本当の意味で、有意義に生きていくためには、

起こり来る出来事の意味を

正しく理解する必要があるのではないかと考えております。




私は、起こり来る全ての機会を、深く深く省察していきました。

どんなに考えても、なぜ?この出来事が起きたのだろうか?と

考えていたとき、

考えることをやめて、その出来事が起きた意味を感じることにしました。



様々な機会を与えられる人生において、

その全ての意味を感じて行動していたとき、

私は、ようやく、その出来事の深い意味に氣付くことができました。




私がこの世界に生きている理由、その機会を知ったとき、

全ての出来事が与えられれたことの意味を理解することが出来ました。


【感謝】の想いが溢れてきて、

ただ、シンプルに、

今までの人生の全てを、有り難いなぁ〜と想いました。


【ありがとう】と言う言葉は、【難が有る】と漢字では書きますが、


様々な【苦難】によって、私の【今】があることに、心から感謝であります。



出来事と言うのは、その事に当たっているときは、

その出来事を与えられた意味を感じにくいものです。

多くの方にとって、

ただ、ただ、辛くて、苦しい時間が与えられているのかもしれません。

しかし、

過去の出来事があったからこそ、

こうした、真理に沿う尊い考え方を受け入れることが出来る訳です。

そうした【今】を感じたとき【難が有る】ことが

【有り難う】なのでは無いでしょうか。


だから、私は、【難】しいことが起きたら、

いつもそうした機会を与えられることに、心から感謝しています。



多くの方にとって、全ての出来事が、感謝の機会に変わることを熱望します。


いつも、言示録をご覧頂きまして、有り難うございます。


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言示録で学んだこと





こんばんは。

シイケイスケです。

いつも、言示録をご覧頂きまして本当に有り難うございます。


2年間に渡り、言示録を書いてまいりました。


突然ですが、『シイケイスケの啓示録』を

新しく立ち上げることにしました。


言示録と共に、これからも、どうぞ宜しくお願いいたします。


この場所で、様々な事を学びました。

言葉にすることで、

自分自身の考えを客観的に捉えることがありました。

何時間もかけて書いた記事を消すこともありました。


言葉が教えてくれること。

言葉の力を学びました。

言葉との出逢いもご縁であり、

一期一会であることを実感しました。

多くの方に観て頂けた事に感謝しています。

これから、言示録を観ていただく機会が、

たくさん増えてくると感じています。


そうした事を考えたときに、

新しい場所で、

自分の想いを書き綴りたいと想いました。



言示録で書き綴ってきた自分から、

新しい自分を生み出したいと想います。



ぜひ、新しいブログへも、お越しくださいませ。

スイートビーチブログから、御付き合いいただきました皆様にとっては、

6年ほどの間、この場所で御付き合いいただきました。

心より感謝致します。

まだまだ、未熟者でありますが、心機一天!

今後とも、シイケイスケを宜しくお願い致します。



シイケイスケの啓示録を宜しくお願いします。


鏡に映るのは自分なのか?

人須(すべか)らく

自ら省察(せいさつ)すべし。

天 何が故に我が身を出生する、

我をして果たして何の用に供せしむる。

我 既に天物なれば、必ず天役有り。

天役供せざれば、天咎必ず至る。

省察して此に到れば、則ち我が身の苟(いやし)くも

生くべからざるを知る。

〜佐藤一斎〜




こんばんは。

いつも、言示録をご覧頂きまして、本当に有り難うございます。

2011年も、どうぞ、宜しくお願い致します。

日本へ帰国して、四季があることの意味を感じました。

春、夏、秋、冬と、四季には、表情の違った趣があります。

食べ物にも変化があり、『旬』があるのです。

冬には冬の旬を頂く、

寒いからこそ、暖かさを感じます。

冬には冬の、素晴らしさを、たくさん見つけ出したいものです。


アメリカと言う国へ行き、多くの人種の方々との生活を体験しました。

英語だけでなく、多数の言語を日常会話で話されている風景が印象的でした。

肌の色、宗教、その人がこの場所へやってきた背景も、

それぞれに違う人たちを感じて、世界の広さを実感しました。

日本に居ると感じないことを多く実感することが出来ました。

アメリカに滞在している時間の中で、

アメリカであろうと、どの国々であろうと、

多くの人の中にある良心と言うものは変わり無いことを実感しました。

信じるものは違っていても、信じている想いは皆同じであると感じました。

方法や手段は違っていても、人々が願う想いは同じであります。

大切なのは、自分自身が尊い存在であると言うことを知ることであり、

さらに、大切なことは、目の前にいる相手を尊重し、

尊敬することであると想いました。

自分自身と言う存在を尊い存在であることを知るために、

私が生まれた理由を考えました。

私が、どれだけの多くの機会を経て、

この機会を与えていただいたのか…、

父母の父母にさかのぼる事…数千の皆様方が居てこその機会であります。

その歴史の中に、多くの知恵と徳を刻み、

私は、自分と言う認識をしうる存在として、

この世に、こうした機会を与えられる運びとなりました。

私の能力は、まだまだでありますが、

先祖から与えていただいた機会は、

間違いなく、世界で唯一の、尊い機会・・・そのものです。

お互い、それぞれが、尊い存在なのであります。

それぞれの肉体が例えれば、一国の主であると考えることも出来ます。

多くの先祖からして、王子や姫のような存在なのです。


自分自身を創造することが、

どれほど尊い機会であるかと言うことを知ることになるでしょう。

私たちは、それぞれが一国の主なのです。


自分を創造しましょう。

そして、自分自身の人生を創造しましょう。

自分以外の、多くの他を尊重し、尊敬し、佳いところは見習うのです。

全ての人々が、それぞれを見習う姿勢で向き合うとき、

それはまるで綺麗な鏡のようです。

目の前に映るのは自分でしょうか?

自分を自分で観ることが出来ないからこそ、

鏡と言うものが必要なのではないでしょうか?


多くの自を知り、多くの他を知り、自分自身を省みます。


一国の主であるからこそ、

自分だけでは無い大切な尊い命のリレーを次に繋ぎたいものです。



私を育むすべての出来事を尊い機会と感じております。

出逢う人すべての方々を尊敬します。


私と出会う人は、私にとって、鏡であると考えているからです。

皆様にとって、私自身も鏡であるので、

私も、自分自身を磨きたいと想います。



多くの人と素晴らしい背景を背に、向き合いたいと想う今日この頃です。

世界中に、一刻も早い平和がやってきますように、

自らの心の平和に努める次第であります。



言示録をご覧の皆様とともに、この冬を楽しみたいと想います。

いつも有り難うございます。



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真理は、現実の只中にあり



真理は、現実の只中にあり

森 信三





こんばんは。

シイケイスケです!

いつも言示録をご覧頂きまして、本当に有り難うございます。


尊敬する森 信三先生のお言葉から、力強いオーラを感じます。


日本での日常から離れて、

思考することを純粋に広げたとき、

私は、私自身の中にある、潜在的な能力に氣づきました。


それは、だれしもに与えられているものであり、

身体に関する病を治癒する能力そのものであり、

同時に、運命も好転するようなものでした。


人間には、生まれながらにして、

とても崇高な意識「霊・霊魂・氣」が宿っていて、

それが、私を私として認識しうる存在であり、

本当の自分というのは、体でもなく、心でもなく、

その「意識・霊魂・霊・氣」そうしたものを指すことを理解しております。

それと同時に、私に与えられる全ての機会そのものが、

深い意味を持って与えられていることを直感的に氣付くことが出来ます。




現実と言うものは、

皆様もご存知のとおり、いつもリアリティーであり、

「痛い」「苦しい」「不運命」「病気」…

様々な言葉や表現、機会の全ては、

肉体あっての事であることを知っております。

体がなかったら、味わう必要は無いのにも関わらず、

それらを感じることができる理由はどこにあるのでしょうか?

私たちは、そうした感情や、想いに、心を揺れ動かすことが多くあるのです。



果たして、それらの現実から、

どうしたら、運命や、健康までも好転させることが出来るのでしょうか?


その答えは、

自分自身にすでに与えられている能力を発揮すること以外には

考えられないと言うのが私が考える答えでありました。


その方法は、どういった方法でしょうか?



私はまず、病や、不運命と言うものが、

思考から始まっていると考えております。

病や、不運命を与えられると言うことは、

少なからず、自分自身の思考の中に、あまり佳いとは言いがたいような

片寄った考え方があったのではないでしょうか?


まずは、そうした思考のクリーンナップを行なうこと。


私は、なぜ?そうした機会を与えていただいたのか?


そうした原因に、氣付くことが出来る方は、

それを与えられた意味を受け取ることが出来る方です。




その深い意味を知れば、苦しみや悲しみが、辛いものではなく、

尊い経験だと言うことに氣付くことができ、

変化する準備を進めることになるでしょう。


私は、

与えられる機会の全ては、恩恵であると信じております。


私たちには、様々な機会を経験し、体験し、それらに順応することによって

生まれながらに与えられている能力を

成長させることができると考えております。



さて、思考がクリーンナップされると、意識が明瞭になり、

様々な具体的な言葉や行動をポジティブに受け取り、

具体的に変化することが出来るようになります。

その段階から、自分自身に与えられている能力を発揮するプロセスに入り、

様々な機会を経て、能力はさらに磨かれ、

成長発展していくものだと認識しております。


私は、

薬や、祈りや、思考は、あくまで、補助的な役割であると考えております。

運命や、健康を好転させるのは、

あくまでも、自分自身に生まれながら与えられている能力であり、

それらを正しく発揮できたときに、私たちの歩むべき道を示され、

光輝く機会へと導かれるものだと考えております。



私は、最近になって、スピリチュアリティー的な活動をしておりますが、

それ事態も、あくまで、皆様方の本来の能力を発揮させる氣づきに過ぎず、

結局は、自分自身の能力を正しく発揮できるかどうかに

関わっているわけであります。


精神的な変化と言うものは一瞬にできても、

身体的、運命的の変化というものは、

一瞬で変わるものではないことを理解しております。

だからこそ、私たちは生きているという現実を幸せに感じ、

それをいつも、心豊かな状態で感じるために、

自らの能力を発揮する必要があるのではないかと考えております。


しかしながら、私を含め、どのような人も、

困った経験や、苦痛を伴った体験、

そうした経験や体験をしたときに、はじめて、

その重要性に氣づくことになるのですね。



中国の「菜根譚」と言う本にも


戦争が起きて、初めて平和のありがたさがわかる。

病気になって、初めて健康のありがたさがわかる。

これでは、先見の明があるとは到底いえない。

幸せを願いながらも、それが不幸の原因になることを知っており、

長生きを望みながらも、その先に死が待つことを知っている・・・

そうした人こそ、賢人といえる。【菜根譚】



と書いてあるように、

「 先見の明 」を以って、

今後の人生を創造していきたいと誓うのであります。



多くの皆様にとってのネガティブな機会が、

私は、恩恵であると考えております。

だからこそ、私は、どんな機会が訪れようとも、

恐れず、悩まず、悲しまず、

自分自身を、決して乱すことなく、

自らの能力の足らないところはなんだろうか?と省察し、

その道を切り開くために、能力を磨くことに努めていきたいと想います。



皆様と、この現実を生きていくことが出来る喜びを

これからも、分かち合いたいと想います。


本日も、尊い時間を、有り難うございました。


インディアンとの出逢い。


こんばんは。

シイケイスケです。

いつも言示録をご覧頂きまして、本当に有り難うございます。

先日、私は、意味あってインディアンの聖地へ足を運びました。

導かれるように続く砂漠の一本道を、

なぜ?そちらへ進む必要があるのかを考えることなく

ただ、私は、その場所へ向かいました。

深い谷底には、多くのメッセージが刻まれていて、

砂漠の風に乗って、それが伝わってきました。

インディアンの姿は見えませんが、

たしかに、数百年前まで、

この場所に居た方々の言葉が風になって届きました。

私があなた方の事を感じていることを伝えると

それと同時に、

よく来てくださいましたと、歓迎してくださいました。

2011年1月1日、この時間に私が

この場所に来ることを予知しておられたことを

肌で感じることが出来ました。


インディアンは、音で会話が出来ることや、

遠く遠く離れた様子を伺うことが出来るような眼を持っていることや

聖地の名前や、かつて湖だった場所、

いろいろな事を教えてくださいました。


私は、彼らの自然に対する並外れた尊敬心に驚きました。

相手を敬う強烈な心の能力は、自然だけではなく、

当時の入植者にも同じように尊敬の意を持って接しておられたことを知りました。


私は、彼らが、新しい時代の到来を実感したとき、

遠い遠い、未来をとても心配されておられたことを知りました。

彼らは、自分たちの子孫だけのことではなく、


多くの人類に対して、

「 私の息子たちへ 」として、

聖地にメッセージを刻んだとお話してくださいました。



聖地に刻んだ

メッセージを感じて、

とても納得しました。


彼らも、私が知っている意識と同様なことをお伝えくださいました。



とてつもない、深く広いエネルギーに包まれ、

涙が溢れてきました。



彼らは、私に、東の兄弟というメッセージをお伝えくださいました。

私が日本に帰って、

インディアンの兄弟からメッセージを頂くことを知りました。

その意味は、まだお解かりできませんが、

日本に、彼らの兄弟が居られると言われました。


様々な意味を深く実感することが出来ました。


もっともっと、多くのメッセージを頂きましたが、

今日は、この辺で終わりにしておきます。



とても誇り高い部族であるインディアンに会えて、

本当に感謝です!!


帰ったら、インディアンの言う、兄弟に会いに行きます!


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明けましておめでとうございます。


明けまして

おめでとうございます。

本年もどうぞ、宜しくお願い致します。


言示録をご覧の皆様と共に、

2011年も、意味のある機会に感謝したいと思います。

本当に有り難うございます。



今日は、皆様に報告したいことがたくさんある中で、

一番に浮かんだテーマは、

多くの出逢いや出来事の全てが、意味あっての機会であること、

そして、そうした機会を迎えるべく意思を感じるということです。


アメリカへ来て、

多くの氣付きを与えていただきました。

誰が、このような機会を想像し、

誰が、この出逢いを巡りあわせ、

誰が、演出し、

誰が、この美しい風景を創り出し、

誰が、素晴らしいあの人と出会わせ、

起こること全て、出逢うものすべてを創り出したのでしょうか・・・。


私には到底想像も、創造も出来ない、とてつもなく崇高な意思によって、

それらが、糸も簡単に、引き起こされたのではないかと、

私は感じています。





このような、深い深い意味あっての機会を与えられたということを、

私の力では到底起こすことができないことを

身にしみて実感するようになって、



多くの奇跡には、ちゃんとした意思があることに氣付きました。



私は、意味あって、ここに居て、

意味あって、出逢うべく人に出逢い、

意味あって、こうした経験と

意味あっての、深い氣づき

を与えていただけたことに、


心から歓喜し、心から感謝しています。


想像を遥かに超えた、学びと氣付きと、出逢いに恵まれ、

私は、自身の身体と氣を高めることに成功することができました。


このような貴重な体験と経験を与えていただけたことは、

両親をはじめ、多くの皆様のお陰であることを心から実感し、

多くの皆様の御恩に報いる人生を歩むことを

よりいっそう決意する機会と成りました。


私に与えられた使命を全うし、

私に与えられた機会を活かし、

私に与えられた能力を成長させ、

この命を全うするのみです。




サッカー選手としても、

人生の先輩としても心から尊敬する中田英寿さんが、


1月の10日に私の故郷で、大変貴重な大会を開催されます。


中田英寿さんは、

「人生とは旅であり、旅とは人生である」

と、言われました。


人生そのものが、旅であります。


毎日毎日を、精一杯に活きて、生きて。

今日の空気、今日の太陽、今日の風、今日の雲、

今日の雨、今日の虹、今日の出逢い、


又とない、今日と言う日を

本当に価値あるものを、本当に価値のあるように感じていますでしょうか?

活きて、生きて、生きて、活きたいと実感しています。



中田英寿さんの旅も、シイケイスケの旅も、

旅で起こること全ては、違って居いるかもしれません。

しかし、多くの人と同様、

世界中の全ての人に、平等に与えられた恩恵に氣づいたとき、

多くの感動の中で人生を歩めるという幸せを実感し、

その御恩をお返しできるような人間になりたいと想うのであります。




まだまだ、未熟な人間でありますが、

2011年も、多くの機会のなかで、

成長し、学び、氣づきたいと思います。


どうぞ宜しくお願い致します。






2011年1月1日元旦 グランドキャニオンにて
シイケイスケ グランドキャニオン

シンプルノライフ


こんばんは、

こちらは、29日、午後5時です。

今年も、多くの皆様と、言示録を通して、

多くの出逢いと、機会を与えていただけたことを、

本当に嬉しく想います。

そして、アメリカ・ロサンゼルスで、

2010年を振り返ることが出来ることや、

こちらで出逢った素晴らしい方々との出逢い。。。

全ての意味のある機会に心から感謝します。


アメリカに来て、更なる多くの人との出逢いを実感したとき、

自分自身の未熟さ、世界の多様性を肌で感じました。

日本人といえども、一人ひとり、個性があるのに、

アメリカに来て、国籍も出身も、肌の色も、宗教も、言葉や文化も

本当に一人一人の考え方や、感じ方の違いを実感しました。

それと同時に、

そうした違いを越して、人の温かさ、優しさ、相手を想う氣持ち、

お互いの人生を楽しもうとする姿勢など、

とても見習うべきことも多く学びました。

日本人として、一人の人間として、

何かに成りたいという想い以上に、

自分が与えられている機会の全てを全うし、

目の前の小さな機会を楽しむことの素晴らしさを発見することが出来ました。


過去の因を知らんと欲すれば、

現在の果を見よ。

未来の果を知らんと欲すれば、

現在の因を見よ。 〜釈迦〜



現在、私の目の前にある全てが、

未来の私自身を創造すること、

今と言う時間は、過去の選択や、

創造したことと繋がっている事を実感したとき、

この言葉の奥深さを感じることが出来ると思います。


未来や、将来の事は、誰にも分からないものですが、

今、私自身に与えられている機会の全てを実感すれば、

私が将来、どのような自分自身に成っているか?と言うことを

不安に想うこともなくなるものです。


私と出逢う人の全て、多くの皆様にとって、お互いの人生が

明るく、楽しく、愉快な人生になるように、

私なりに、私自身の人生の「今」を創造していきたいと思います。


ヒマワリの種を蒔けば、ヒマワリが咲き、

菜の花の種を蒔けば、菜の花が咲く。

種を蒔かないで、花が咲くことは無く、

種を蒔いたからといって、花が咲くとは限らない。


あなたは、どんな種を蒔きますか?

どのように育てますか?

この世界には、全ての命を育み、成長させるエネルギーが

誰にでも、どんな人にも降り注いでいます。


私は、将来、自分が、どのように成っていようとも、

私は、過去が創る今に感謝しています。

今、私に与えられている機会の全てが最高の機会だと言うことを知ると

そうした時間を過ごすことができる自分が選んだ人生に、

間違いなどありえないと、そう想うのです。



だから、私は今と言う時間を迎えることができたし、

皆様と出逢うことが出来るわけです。



自分自身の能力や才能を伸ばすこと、

私たちを育む大きなエネルギーと順応し、成長し続けること。

芽を出し、葉をつけ、

花を咲かせ、

実をつけ

昆虫や、動物、自然と調和し、

やがて枯れたとしても、

根に帰り、

また、芽を出すために、準備をすればいいのです。


人生は難しいものではなく、とてもシンプルなものです。

シンプルなものを複雑に考えているから複雑に感じるだけです。

私達が選ぶものは、あなたにどんな幸福をもたらしてくれますか?


多くの物や、財産を持っていても、

それを持ち歩くことはできませんし、

大事なものは、そう多くはありません。


シンプルに、自分の氣持ちに即した生き方が出来る人ほど、

豊かな人生を歩まれているのではないでしょうか?


旅をしていると、世界は流動していることを実感します。

時間が流れていることと同時に、

この星も休まることなく動いているのです。

太陽は、この星全体を照らし、

水は高いところから低いところへと流れ、

雲は留まることなくカタチを変えて過ぎ去っていきます。


私に与えられている、身体は、この世界に一つです。

与えていただいた機会と、与えていただいた贈り物の全ての意味を

心から感謝します。

シンプルな人生を、皆様と共に歩んで生きたいと思います。

BGMは、何にしますか?ノリノリのやつで♪


いつも、言示録をご覧頂きまして本当に有り難うございます。

2011年もどうぞ宜しくお願いします。

クリスマスプレゼント


こんにちは。

いつも、言示録をご覧頂きまして本当に有り難うございます。

ロサンゼルスは、これまでの雨が嘘のように、

燦々と降り注ぐ太陽の街に生まれ変わりました。


先日まで、立て続けに降り注いでいたやわらかな雨は、

意思を持っているかのように、

この地へ水を降らせました。



本当に優しい、雨が、豊かに降り注いでいました。



この地は、特別な土地なんだということを、

実感いたしました。



何千年も前からこの場所に雨が降り注ぐことを、

大地と天とに、約束をしたように…

私は感じました。




その恩恵は、私たちの人智を超えたものなので、

私たちには、

ただ、ただ、感謝することしかできませんね。



私が、この土地に呼ばれたこと、

そして、この時期に呼ばれた意味を、


毎日、深く感じています。



私の背後にいるお守りしてくださる霊力は、

この地に来ることを大変喜んでいます。

私に、「おめでとう」と言うので、

何がおめでたいのか?分かりませんが(笑)

そういわれると、なんだか嬉しくなります。


与えられるもの意外、何を望みますか?

与えられるものが、最高で最善であることを知れば、

他に、何を望む必要がありますか?

私は、多くの出逢いや、出来事、

素晴らしい時間を過ごさせていただいていることが、

私の背後にいる霊力からのプレゼントであると感じています。

今日は、クリスマス♪

そういうプレゼントを頂いたのですね。

そういうことでしたか(笑)

「物や、形では、表せない想いほど、尊いものはございません。」


一度きりの人生に、何を経験し、何を感じますか?


いつも、私たちに最善の機会を与えてくださる「大きな氣」は、

いつもすぐそばで、見守られておりますよ。


そうした事実を踏まえて、

起こること全てを感謝の機会に変えて、毎日を光輝かしく

生きていきたいですね。


♪メリークリスマス♪


いつも、言示録をご覧頂きまして有り難うございます!!
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プロフィール

九州という素敵な島に住んでます
(宮崎県宮崎市)

海と山が共存する、
観光地【青島】と言う地域で育ちました。

豊かな自然が遊び場です。

自分の持っている

【想像力】そして【創造力】が

誰かのためになれば最高に楽しい人生です!


人の己を知らざることを患えず

己の能なきを患う。

私は、ただ、一心に自分の至らなさを反省し、

自己創造を心がけております。



【経歴】

生年月日 1983年 6月11日 


宮崎市立青島中学校卒

宮崎県立宮崎工業高校卒

2002年 18歳 農業機械販売会社へ入社。

    整備士、営業企画などに携わる。

    2年後、退社

2004年 20歳、バーテンダーとして勤務。

2005年 21歳、インテリアスタイリストとして起業。

    6ヶ月後

2005年 22歳 【SweetBeach】カフェバー開店

2006年 23歳 ハウスウエディング バーテンダー勤務

2007年 24歳 オーストラリアへの旅

2008年 25歳 SweetBeach3周年(2008年9月)

2008年 25歳 SweetBeach閉店(2008年12月31日)

2009年 25歳 言示録 2009年1月1日

2009年 25歳 3月  MONAURAL
        daining&Bar 開店

2010年 26歳 1月 MONAURAL 
           リニューアル 


起業家として

・事業を通じて世の中に貢献すること。

・共に生きるすべての人と共に、人間の幅、経験の豊かさをひろげていくこと。

・人生を挑戦し続ける事。

・絶対積極で物事に取り組む事。

・愛する人と幸せを創造していくこと。


表現者として

・生き方を通して、人に感動を与えられるような人間に成長すること。

・本を出版すること

・全国でいろんな方に出会う旅に出かけること


一人の人間として

・常に成長し、常に学び、自分の才能や能力、知恵、知識、可能性を世の中の人のために活かす事。

・最高の幸せが、自分だけの喜びではなく、他人と分かち合ってこその喜びであることを人生を以って味わい感じること。
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