四歳の時、溶接の火花から目が離せなくなった。
それはどこからの帰りだったろう。ピアノのレッスンだろうか。それとも幼稚園の帰りだったろうか。
私の両親はいたく石原慎太郎著「スパルタ教育」に感化されていたので、私はどこへ行くにもたいてい独りであった、幼少の頃から。
独りの幼児が駅までのある時は霧にまみれた道を歩き、電車に揺られ、または田舎道をひたすらに教室へと歩いていた訳である。
それはまんざら悪い経験ではなかった。
春のむせるような暖気と花粉の匂いの中、うだるアスファルトに膝をつき、用水路の水に棲むメダカを見るのも自由であったし、菜の花の並ぶ畑を心ゆくまで眺めるのも自由であった。
孤独と自由はニアリーイコールであると、私は子供の頃から教育されてきた。
仮面を被った作業服の人が、消えない花火を手元で照らし続けているので、私は目が離せなくなったのである。離せなければその場でずっと立ちすくみ、それを見続ける自由が私にはあった。
火花は蒼く、夏のすぐ落ちて消えてしまう線香花火の頼りなさとも無縁で、蒼く力強く迸る火花に、四歳の私は魅せられ続けた。
綺麗だと。
ずっと見ていたいという欲望のままに私はそれを見続けた。
私の眼球の異常に気付いたのは両親のどちらであったろうか、それはもう記憶にない。
赤い血の斑点が私の眼球に出来、それはだんだんと大きくなった。
医者に診せると、手術が必要だと言われたらしい。
小学校に上がる前、私は眼球にメスを入れることとなった。
手術の過程については覚えていない。
点眼液をさされ、しばらくすると何かをされて、あとは母親の饒舌な、感傷交じりの雑言しか記憶にないのだ。
その僅かな記憶から言えるのは、私の眼球の異常は、異物が眼球に入ったことから起きたらしい。
眼球にささった極小の異物を、生体は異物と認識し、肉と血管でそれを覆った。
くるくると肉片と血管はそれを巻き込み、それ以上の異変を身体に起こさぬように防御をした、ようだ。
「鉄粉がね、刺さっていたのよ。こんなに小さいの。どうしてこんなものが目に入ったのかしらね」
母親から指に張り付けるように見せられたその尖った鉄粉を見て、幼児であった私は、その少し前の自分の愚行に幼いながらも気付いた。
「わかんない」
幼児の無邪気さで私はあからさまな嘘を答え、消えない花火を見せ続けた人の鉄仮面を思い出す。
そして蒼い火花は私の秘密となり、ここに長い時を経て暴露される。
それはどこからの帰りだったろう。ピアノのレッスンだろうか。それとも幼稚園の帰りだったろうか。
私の両親はいたく石原慎太郎著「スパルタ教育」に感化されていたので、私はどこへ行くにもたいてい独りであった、幼少の頃から。
独りの幼児が駅までのある時は霧にまみれた道を歩き、電車に揺られ、または田舎道をひたすらに教室へと歩いていた訳である。
それはまんざら悪い経験ではなかった。
春のむせるような暖気と花粉の匂いの中、うだるアスファルトに膝をつき、用水路の水に棲むメダカを見るのも自由であったし、菜の花の並ぶ畑を心ゆくまで眺めるのも自由であった。
孤独と自由はニアリーイコールであると、私は子供の頃から教育されてきた。
仮面を被った作業服の人が、消えない花火を手元で照らし続けているので、私は目が離せなくなったのである。離せなければその場でずっと立ちすくみ、それを見続ける自由が私にはあった。
火花は蒼く、夏のすぐ落ちて消えてしまう線香花火の頼りなさとも無縁で、蒼く力強く迸る火花に、四歳の私は魅せられ続けた。
綺麗だと。
ずっと見ていたいという欲望のままに私はそれを見続けた。
私の眼球の異常に気付いたのは両親のどちらであったろうか、それはもう記憶にない。
赤い血の斑点が私の眼球に出来、それはだんだんと大きくなった。
医者に診せると、手術が必要だと言われたらしい。
小学校に上がる前、私は眼球にメスを入れることとなった。
手術の過程については覚えていない。
点眼液をさされ、しばらくすると何かをされて、あとは母親の饒舌な、感傷交じりの雑言しか記憶にないのだ。
その僅かな記憶から言えるのは、私の眼球の異常は、異物が眼球に入ったことから起きたらしい。
眼球にささった極小の異物を、生体は異物と認識し、肉と血管でそれを覆った。
くるくると肉片と血管はそれを巻き込み、それ以上の異変を身体に起こさぬように防御をした、ようだ。
「鉄粉がね、刺さっていたのよ。こんなに小さいの。どうしてこんなものが目に入ったのかしらね」
母親から指に張り付けるように見せられたその尖った鉄粉を見て、幼児であった私は、その少し前の自分の愚行に幼いながらも気付いた。
「わかんない」
幼児の無邪気さで私はあからさまな嘘を答え、消えない花火を見せ続けた人の鉄仮面を思い出す。
そして蒼い火花は私の秘密となり、ここに長い時を経て暴露される。