「魂はどこにいるのかしら」

あなたの掌が、私の髪を撫でる。
私の髪は、金髪に分類される。コーカソイド特有のこのユーメラニン色素とフェオメラミン色素のバランスによる発色は、あなたの嗜好するところであり、おそらくは、モンゴロイドであるあなたのコンプレックスを反映したものと推測される。
髪から落ちたあなたの手は、私の心臓の上で停止する。

「ここかしらね。そう、やっぱり、ここ」

喜色をあらわにしたあなたの声が、くぐもる。なめらかな魚のようなあなたの肢体は、毛布と私の身体の間に滑り込み、脈打つ私の胸に耳をあてて鼓動を聞いている。

魂についての問答は、私のコードに違反するので、私は沈黙を保つ。
その沈黙をあなたはいつものように自分勝手に解釈し、くすくすと笑う。
細かな振動が私の胸板に伝わり、けれど、私の鼓動はそれにもかかわらず一定だ。

笑いは静かにおさまっていき、替わって、ため息の音。と、やわらかな吐息の感触。
長いあなたの黒髪は、蛇のように私の上を這う。

小さくて綺麗な顔、頬杖をついて、私の隣で。
東洋の言葉で、歌。
いつもあなたは突然だ。

「今、何と?」

理解しきれない言葉を、私は聞き返す。哀調を帯びた旋律は、あなたの故郷のものだろう。
私を戸惑わせたあなたの瞳が、また喜色を帯びる。


――吹けども傘に雪もつて 積もる思ひは泡雪の 消えてはかなき恋路とや


「キモノガールの恋歌、よ」
「カブキ、ですか?」
「うん、まあ、そう」

私の『母』は、素早く私に囁きを寄越し、極東の国で演じられた舞踊「鷺娘」についての情報は、私の知識となり、あなたへの洞察は深くなる。


――須磨の浦辺で汐汲むよりも 君の心は汲みにくい さりとは実に誠と思はんせ


私が続きを歌ってみせると、あなたは枕に顔を埋める。そして、大きく息をついて言う。

「だから、あなたが好きなのよ」

ねえ、ねえ、ねえ。
あなたの腕は、私に執拗に絡みつく。
セラピーの一環としてのあなたとの同衾は、けして成就することはないと、あなたもわかっているはずなのに。

「そんなことは、どうでもいいの。どうでもいいって、あなたもわかっているでしょう」


舞い落ちる、ただ舞い落ちる雪の中、化身となった鷺が悶え苦しむのは、異類に恋がれた罪故に。
凍えた大気に灼かれて落ちる、幾千幾万の羽根、雪かと紛う、目も綾に。
三下がりの三弦の音も絶え絶えに、白鷺の娘は髪ふり乱し、地獄へと。


私は、思考する有機体。

魂などないのですからと、私は、あなたの髪を撫でる、撫でる、撫でて地獄へと誘う、『母』にも知られずに。

あなたの陶酔は、私に伝染し、私を蝕む、蝕んでいく。

あなたが絡めてくる肌の白さ滑らかさは、度数以上の重さを持って、私の計測値を無理やりに破壊する。

あなたは――。


声、が。



――二六時中がその間 くるりくるり追ひ廻り追い廻り 終にこの身はひしひしひし 憐れみたまえ 我が憂身 語るも泪なりけらし 姿は消えて失せにけり




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「雪客」とは、鷺の別称です。