自宅から徒歩十五分のところに中高一貫の私立大学付属の学校があったので、小学生だった僕はそこに通うことに決めたのだった。入試をパスする程度の学力は僕にはあった。
男子校で六年間を過ごした反動だろうか、大学で女の子のふわふわしたきれいな服装を見ると、眼がひっぱられた。僕の学部は特に女の子が多かった。
外から来た人たちには、僕たち内部進学者が少し違って見えるらしい。まあ、そりゃそうだろう、中学高校と大学の施設は隣接して建っていて、建物も人も既になじみ深く、情報も豊富に入ってくる。
高校で文芸部だったので、そのまま大学も石黒たちと一緒に文芸部に入った。
「神崎さん、ですか」
OBの堤さんは、結構多忙な社会人の癖に、時々部室にやってきては僕らの世話を焼いていくのだった。文章のプロである彼の書評は、貴重なものであったし、まぎれもなく良い人だったのだけど。
「うん、お前の事、好きらしいぞ」
そう聞いて、真っ先に僕の頭の中に浮かんだのは、大きな疑問符だった。普通、女の子が誰かの事を好きだったら、もっと優しかったり、こう、手作りのお菓子を差し入れたり、なにかそういうものがあるものではなかろうか。
「先輩にそう言ったんですか?」
「いや、安藤から聞いた。この際、付き合ってみたらどうだ。な、女の子と付き合ったら、お前も携帯失くさなくて済むだろ?」
僕が携帯をしょっちゅう失くすので(携帯だけではないけれど)堤さんがうんざりしているというのは知っているけど、女の子と付き合うと携帯失くさなくて済むのか?
僕は、女の子と付き合ったことがなかったので、わからなかった。
「……という訳で」
僕とお付き合い願えませんか、と神崎さんに尋ねてみた。
カフェオレのカップを両手で持った神崎さんは、軽く首を傾けた。
「そりゃ、私は、吉田くんのこと、好きだけど」
僕は改めてどきどきしてきた。初めて女の子に『好き』と言われた!
でも、逆接の接続詞で文章が終わっている、から?
「吉田くんは、私のこと、好きなの?」
「そりゃ、あ」
何か気の効いた台詞で答えようと思って、慌てて飲んだコーヒーにむせた。
神崎さんがハンカチを差し出す。
「いいよ、汚れちゃう」
僕はおしぼりを使って、テーブルを丁寧に拭いた。
神崎さんは、丁寧に説明した。
どのように彼女が僕を好きかを。
僕のどんなところが好きなのかを。
僕が覚えていない事も、彼女はきちんと観察していて、自分で認めるのが恥ずかしくて、でもそれは僕の美点かもしれない、という部分を、彼女は明瞭に言語化した。
「だから、私たちは『お付き合い』はしない方がいいんじゃないかと思うの」
そうか、そうきたか。
でもそれは、「オトモダチとしてなら」みたいなどこかで聞いた常套句でなくて、すんなりと僕の胸に落ちてきた。
振られたって訳じゃないんですけど、と前置きして、事の顛末を堤さんに報告した。
「お前、愛されてるな」
と、言われて、僕は真っ赤になった。
男子校で六年間を過ごした反動だろうか、大学で女の子のふわふわしたきれいな服装を見ると、眼がひっぱられた。僕の学部は特に女の子が多かった。
外から来た人たちには、僕たち内部進学者が少し違って見えるらしい。まあ、そりゃそうだろう、中学高校と大学の施設は隣接して建っていて、建物も人も既になじみ深く、情報も豊富に入ってくる。
高校で文芸部だったので、そのまま大学も石黒たちと一緒に文芸部に入った。
「神崎さん、ですか」
OBの堤さんは、結構多忙な社会人の癖に、時々部室にやってきては僕らの世話を焼いていくのだった。文章のプロである彼の書評は、貴重なものであったし、まぎれもなく良い人だったのだけど。
「うん、お前の事、好きらしいぞ」
そう聞いて、真っ先に僕の頭の中に浮かんだのは、大きな疑問符だった。普通、女の子が誰かの事を好きだったら、もっと優しかったり、こう、手作りのお菓子を差し入れたり、なにかそういうものがあるものではなかろうか。
「先輩にそう言ったんですか?」
「いや、安藤から聞いた。この際、付き合ってみたらどうだ。な、女の子と付き合ったら、お前も携帯失くさなくて済むだろ?」
僕が携帯をしょっちゅう失くすので(携帯だけではないけれど)堤さんがうんざりしているというのは知っているけど、女の子と付き合うと携帯失くさなくて済むのか?
僕は、女の子と付き合ったことがなかったので、わからなかった。
「……という訳で」
僕とお付き合い願えませんか、と神崎さんに尋ねてみた。
カフェオレのカップを両手で持った神崎さんは、軽く首を傾けた。
「そりゃ、私は、吉田くんのこと、好きだけど」
僕は改めてどきどきしてきた。初めて女の子に『好き』と言われた!
でも、逆接の接続詞で文章が終わっている、から?
「吉田くんは、私のこと、好きなの?」
「そりゃ、あ」
何か気の効いた台詞で答えようと思って、慌てて飲んだコーヒーにむせた。
神崎さんがハンカチを差し出す。
「いいよ、汚れちゃう」
僕はおしぼりを使って、テーブルを丁寧に拭いた。
神崎さんは、丁寧に説明した。
どのように彼女が僕を好きかを。
僕のどんなところが好きなのかを。
僕が覚えていない事も、彼女はきちんと観察していて、自分で認めるのが恥ずかしくて、でもそれは僕の美点かもしれない、という部分を、彼女は明瞭に言語化した。
「だから、私たちは『お付き合い』はしない方がいいんじゃないかと思うの」
そうか、そうきたか。
でもそれは、「オトモダチとしてなら」みたいなどこかで聞いた常套句でなくて、すんなりと僕の胸に落ちてきた。
振られたって訳じゃないんですけど、と前置きして、事の顛末を堤さんに報告した。
「お前、愛されてるな」
と、言われて、僕は真っ赤になった。