0001 ポツダム宣言
今年は、戦後75年である。
1945年8月15日、日本は「ポツダム宣言」を受諾して連合国に降伏した。
28日には占領軍が本土に進駐、30日には連合軍最高司令官としてアメリカの
マッカーサー元帥が日本に降り立った。
「ポツダム宣言」は、日本の戦後の始まりであった。

「『ポツダム宣言』を読んだことがありますか?」は、8月15日にぜひ読んで
みたい一冊である。
本書では、英語で書かれいる宣言文本体を、日本語対訳で紹介している他、外務省
の公式日本語訳文が文語体であることから、それを現代語に書き直したものと対比
しながら紹介しているので、堅苦しい感じのする「ポツダム宣言」を、あたかも
今日の普通の新聞記事を読んでいるような感覚で、どんどん読み進むことが出来る。

本書は、今から5年前の2015年8月に、戦後70年の節目に、(株)共同通信社
から出版された。冒頭の「はじめに」では、出版の意図について、次のように述べて
いる。
  本書は一切の政治的、思想的解説はなく、原文を読むことを目的としています。
  読む方の考え方、目線で、それぞれ感じ、解釈していただきたいと思います。
  日本の戦後を考えるための基礎資料として使っていただければ幸いです。

次の画像は、本書に掛けられている「帯紙」である。
IMG_20200815_0001
(当ブログ過去関連記事)
http://swlinformation.livedoor.blog/archives/1961001.html

2日目のランチの時間となった。
決して食欲がなくなったわけではないが、この旅は列車に乗っているだけで、
途中駅で停車する時に、息抜きで下車して散歩することはあるものの、運動
不足は否めない。そして、3度の食事はヘビー過ぎる。

そこで、この日のランチは、「ハーフサイズ」の考えの下、サンドイッチを1個
だけ頼んで、夫婦で分けて食べた。フランスパンのサンドイッチで、サーモンと
トマトとレタスなどが挟んである。食後は、ケーキとコーヒーを頼んだ。
次の画像は、リーフレットに載っている食堂車のイメージ画像である。
0001-17_page-0001 (1)A
ランチの後は、展望車に上がって、車窓からの眺めを楽しむことにした。
前方の席が眺めは良いのだが、後方の席しか空いていなかったので、そこに
座ろうとすると、その席の近くの席に日本人と思われる青年が座っていた。
「日本の方ですか」と尋ねると、日本の電機メーカーの香港駐在員で、仕事の
関係でカナダに来たのだが、幸い時間に余裕ができたので、横断列車に乗って
終点バンクーバーに向かい、そこから香港に戻るのだと話してくれた。
3泊4日の横断鉄道に乗っているところを見ると、彼は物静かな青年だったが、
どうやら鉄道大好きの「鉄っちゃん」のように思われた。
IMGP0429A
展望車には、ときどき食堂車のスタッフが御用聞きに上がってくる。
われわれも、コーヒーを頼んだのがキッカケで、男性スタッフと話すことになった。
「お国はどちらですか」と英語で尋ねてきたので、「日本です」と答えると、彼は
直ぐに日本語で「私の奥さんは、ゆ・き・こ、さんです」と、自分の奥さんの名前
を「さん」付けで紹介してくれた。
きっと、奥さんは日本人か日系人なのだろうと思われ、日本語での会話は長続きし
なかったが、日本語の単語は幾つか知っている感じだった。こういう仕事は、会話
能力も然ることながら、笑顔とサービス精神が最も大切で、その点では彼は素晴ら
しい能力を持っている。
IMGP0364.JPGA

(注:これは2006年8月の「カナダ横断鉄道の旅」です)

ロゴ・文化放送-B
文化放送は8月15日、戦後75年特別番組として「封印された真実~軍属ラジオ」
および「アーサー・ビナード 玉音放送を探して」を放送する。
https://www.joqr.co.jp/article/detail/post_528.php
https://www.joqr.co.jp/article/detail/775.php

なお、アジア放送研究会のFB「放送情報板」では、上記番組の制作にあたっては、
同研究会が制作協力しているので、ぜひ聴いてほしいと案内している。
https://www.facebook.com/groups/634673633243446/permalink/3610220429022070/

ロゴ・KBS本館
KBSは13日、メディアに対する信頼度調査で、「最も好きな放送局」に選ばれたと
明らかにした。KBSは「最も好きな放送局」、「最も信頼する放送局」、「最も信頼
する放送局のニュース」、「最も信頼するメディア」の4部門すべてで1位を記録した
という。
http://world.kbs.co.kr/service/news_view.htm?lang=j&Seq_Code=76614

2日目の午前10時過ぎ、Sioux Lookout 駅に到着した。
車内アナウンスを聴いていると、「スー・ルックアウト」と発音するようだ。
IMGPA0505
時刻表では9時05分に到着することになっているから、約1時間遅れとなって
いる。トロントからここまでは1537km、全行程4466kmのうち、ほぼ
1/3を走ってきたことになる。
IMGPB0518
他の乗客にならって、列車の外に出てみた。
北緯50度、曇っていたこともあり、寒いくらいである。
IMGPC0511
駅の構内を出てみると、そこは「カナダの田舎町」と言った感じで、駅前には
スーパーマーケットやレストラン、映画館などもあったが、歩く人の姿は少なく、
広い道路を走る車もまばらである。
IMGPD0510
列車は、9時25分に発車予定のところ、実際は10時30分に発車した。
これから、どんどん遅れていく予感がしてきた。

(注:これは2006年8月の「カナダ横断鉄道の旅」です)

ロゴ・台湾国際放送
台湾国際放送のリスナーズクラブ「大阪玉山会」は9月12日(土)、
ZOOMによる「オンラインリスナーの集い」を開催する。
台湾国際放送のサイトで案内している。
https://jp.rti.org.tw/news/view/id/92747

台湾国際放送のホームページは次のとおり。
https://jp.rti.org.tw/

0001 テレビ朝日
テレビ朝日系のCS「テレ朝チャンネル2」で、14日深夜から15日深夜にかけて
「戦後75年企画田原総一朗が厳選『朝まで生テレビ!激論!“日本の戦争と平和”』」
が放送される。
https://www.tv-asahi.co.jp/ch/contents/info/0070/

2日目の朝は、6時過ぎに目が覚めた。
列車は、やはり少しの揺れは感じたものの、身体全体をふんわりと包み込んで
くれるような、快適なベッドのお陰げで、よく眠ることが出来た。
着替えをして、洗顔を済ませ、しばし車窓見学である。穀倉地帯を走っている
ようだ。

7時半、朝食の開始である。
今度は、アメリカで農場を経営しているという老夫婦と同席することになった。
孫が10人もいるというので、驚いてしまった。われわれも、当時は孫が2人
だけだったので、この年に生まれた女の子と、前年に生まれた男の子の写真を
見せるなどして、お互いの家族の話をしているうちに、食事が運ばれてきた。

コンチネンタルブレックファストの大・中・小、フレンチトースト、オムレツの
5種類から選ぶことができ、「コンチネンタルブレックファスト」にも魅力を感じ
たが、メニューの解説を読むと食べ切れないほどの量と思われ、食べ残すのも勿体
ないので、われわれはオムレツを頼んだ。
オレンジジュースに続いて、オムレツにはハッシュドポテトが添えられ、トースト
かマフィン、そして、フルーツサラダが付いてくる。
味は最高、ボリュームも腹八分目で、満足!満足! である。
IMGP0502
IMGP0501
朝食が済んで、座席に戻ると、上下のベッドが折り畳んで収納され、向かい合った
2人席に戻っていた。

(注:これは2006年8月の「カナダ横断鉄道の旅」です)

ロゴ・NHK
NHK技術研究所では、人工知能(AI:Artificial Intelligence)を活用した
白黒映像の自動カラー化技術の研究を進めてきた結果、これまでは数日かか
っていたカラー化作業が,30秒~5分程度で行えるようになった。
「貴重な白黒フィルム映像がカラーでよみがえる」としている。
「NHK技研R&D」2020年夏号で紹介している。
https://www.nhk.or.jp/strl/publica/rd/182/8.html

NHK技術研究所のホームページは次のとおり。
https://www.nhk.or.jp/strl/index.html

夕食を済ませて、座席に戻ると、座席はベッドメーキングされて、上段と
下段のベッドに整えられていた。
下段のベッドの上で、二人向かい合って胡坐をかき、車窓を眺めていたが、
上段のベッドもセットされているので、高さが窮屈に感じられた。
次の画像は、リーフレットに載っているイメージ画像である。
0001 VIAベッド
そこで、午後9時過ぎ、星空を眺めようと思い、展望車に上ってみたが、
日没直前で空はまだ明るく、星空とはなっていなかった。
それでも、どこまでも続く森林の向こうに沈む輝く夕陽を臨むことができ、
幸せな気分になった。記憶に残る素晴らしいサンセットである。
やがて、車窓には、薄暮の空が広がった。
IMGP0478
IMGP0490
IMGP0493
一旦、座席に戻り、シャワーを浴びた。
われわれは「個室」ではないので、共用のトイレとシャワーを使うことに
なる。シャワー室は広く、前室の着替えスペースも十分に確保されている。
湯量も豊富で、寝台列車で、こんな贅沢なシャワーを浴びることができると
は思わなかった。
次の画像も、リーフレットに載っているイメージ画像である。
0001 VIAシャワー
シャワーで汗を流し、身体が乾くのを待って、再び展望車に上って行くと、
今度はきれいな星空を見上げることができた。残念ながら、強化ガラスの展望窓
越しにカメラを向けても、素人では綺麗に写すことが出来ず、しっかりと自分の
目に焼き付けることにした。今でも、あの星空を想い出す。

しかし、その星空にも次第に雲がかかり始め、外は雨模様となり、やがて強化
ガラスの展望窓に大雨が降りかかってきた。
反対方向の鉄路の遥か向こうに一点の灯りが見えたと思ったら、徐々に近づいて
きた。長距離の貨物列車をけん引するディーゼル機関車のヘッドライトだった。
われわれの列車も、反対方向の貨物列車も、かなりのスピードで走行しているので、
貨物列車の車両数を数えることは出来なかったが、少なく見積もっても、50両を
下らなかったのではないかと思う、長い車両編成だった。1時間後くらいには、再び、
同様の貨物列車と行き交った。
IMGP0497
夜11時過ぎ、ベッドに入った。
高速で走る鉄路ゆえ、多少の揺れはあるものの、却って心地よいほどである。
車輪の音も聞こえてくるが、気になるほどではない。ゆりかごに乗って、
子守歌を聴いているようにも感じられる。
兎に角、ベッドの堅さが心地よく、シーツと毛布の木綿カバーが上質で
「衣擦れ」の音を感じない。こんな快適なベッドで眠るのは初めてのこと
であった。
第一日目の夜は、旅の疲れもあり、ぐっすりと寝込んでしまった。

(注:これは2006年8月の「カナダ横断鉄道の旅」です)


↑このページのトップヘ