カテゴリ: その他

Windows 10 のサポート期限が過ぎて半年、パソコンを新規購入すべきか、Windows 11 に
アップグレードするべきか悩んでいる毎日だが、メカとソフトの両方の知識に疎く、仲々
決断できないでいる。
パソコンの電源を入れると、数日ごとに入れ替わるサインイン画面が現れ、その画像が旅行
などで訪ねた街の風景や建造物の写真であれば、一瞬、ほっとした気持ちになる。
先日、次の画像と出会い、2018年5月に訪れたオランダ・ハーグの「マウリッツハイス美術館」を想い出した。あの時は、昼間の時間帯に訪問したので、この夜景のように綺麗には見えなかったが・・・。
https://swlinformation.livedoor.blog/archives/1960288.html
0001 オランダ
今年2026年の夏、このマウリッツハイス美術館が所蔵する「真珠の耳飾りの少女」が
日本にやってくるという。
https://vermeer2026.exhibit.jp/

ロゴ・ハイネケン
オランダのビール大手ハイネケンは、今後2年間で最大6000人の人員削減を実施する
と発表したことが、先日、時事通信や日本経済新聞などで報道された。
ビール需要の伸び悩みで業績が低迷していること、原材料価格の高騰や需要低迷の影響で
収益力が低下していることなどが理由とされているようだ。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2026021200219&g=int
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR112NQ0R10C26A2000000/

(呑兵衛老人の戯言)
2018年にハイネケン・ミュージアムを見学した時の経験から、こうなることに、ある種の予感がしていた。
2015年にアサヒビールの工場を見学した時と比べて、「この会社の社員はダメだなぁ。否、経営者がダメなのかも知れない」という印象を持ったからであった。
今回のハイネケンの「人員削減」は、経営全体・総合的な判断と思われるので、「たった一度の経験」だけで論ずることは出来ないが、独断と偏見で敢えて言えば、私は「たった一度の経験 ⇨ 試飲コーナーの不衛生さ ⇨ スタッフのやる気のなさ」が、今日の事態に少なからず影響したのではないかと思っている。
アサヒビールの試飲コーナーで目にした、あの清潔感と、スタッフの誇りをもった接客態度に比べて、余りにも大きな差があると感じたのであった。
ハイネケン:https://swlinformation.livedoor.blog/archives/1960272.html
アサヒビール:下記の記事の後半でリポートしている
      https://swlinformation.livedoor.blog/archives/1957953.html

ただし、ハイネケンの名誉のために付記すれば、アムステルダム滞在中に口にした、本場のハイネケンの味は格別のものであったことも事実である。
https://swlinformation.livedoor.blog/archives/1960163.html

0001 切手シート
日本郵便は19日、2026年のお年玉付き年賀はがきの当せん番号を発表した。
わが家にいただいた年賀はがきの中、当選したのは「3等・お年玉切手シート」2枚だけ
だった。
https://www.post.japanpost.jp/notification/pressrelease/2026/00_honsha/0119_01.html

毎年、未使用の年賀はがきは、手数料を差し引いて「110円切手」に交換してもらい、
端数の部分は「2円切手」と「1円切手」に交換してもらうことにしている。
これらは、他の切手と組み合わせて、所要の郵便料金となるようにして使用する。https://www.post.japanpost.jp/send/fee/kokunai/charge.html
https://www.post.japanpost.jp/service/standard/kaki_sonji/index.html

2025年のノーベル生理学・医学賞は、坂口志文先生ら3人の研究者に贈られることに
なった。
坂口先生にお祝いを申し上げますと共に、偉大な研究業績に敬意を表したいと思います。

6日夜、ノーベル財団の発表を受けて開催された坂口先生の記者会見において、ある記者の質問の中に「多田先生」という言葉、お名前が出て来たので、大変驚いた。直ぐに、それは多田富雄先生のことだろうと推察した。
多田先生は、坂口先生と同様「免疫学」の研究者だった。

私は現役時代の一時期、多田先生の研究活動に関連する様々な事務手続きの打合せで、一緒させていただく機会に恵まれた。もちろん、私自身は「免疫学」の知識は全くなかったが、多田先生は科学者であるだけでなく、能の作者あるいは文筆家としての一面も有しておられたことから、研究に関する「理系」の話題だけでなく、そう言った「文系」の話題についてお話しされることも多く、特別の関心を持って、多田先生のお話を伺ったものだった。
今、多田先生の、あのダンディな身だしなみと洒脱な語りを懐かしく想い出している。
これは、多田先生の数ある著書の中から、「ダウンタウンに時は流れて」の表紙である。
0001 多田富雄-A
坂口先生と多田先生のことは、次のサイト(ポワール先生のブログ)で、詳しく
紹介されている。
https://gillespoire.muragon.com/entry/642.html

今、世間を騒がせている「振り込め詐欺」については、わが家も細心の注意を払ってきて
いたが、残念ながら、先週末、被害に遭いそうになった。
しかし、先方との遣り取りの中で「怪しさ」を感じ取り、何とか、未然に回避することが
でき、ホッとしている。
恥を忍んで、その顛末をリポートする。

10月3日(金)14時11分、拙宅の固定電話が鳴る。
  「非通知」と表示されたので、受話器を上げたが、当方は沈黙して、相手方が
  話し始めるのを待つ。10秒ほどして―—
男:もし、もし、〇〇(私の苗字)さんのお宅ですか。
私:はい、そうです。
男:私、〇〇市役所、〇〇課の〇〇と申しますが、〇〇(私の妻の名前)さんは、
  いらっしゃいますか。(「市役所」と言われた時点で、直ぐに疑うべきだった)
私:今日は、外出していますが。
男:ご主人の〇〇(私の名前)さんですか。
私:はい、そうです。
  (夫婦の名前を知っているので、この時点では、男をすっかり信用してしまった)
男:8月2日頃に、市役所から重要な書類を送ったのですが、ご覧になったでしょうか。
私:見ていません。
男:本当に届いていませんかね・・・。最近、市役所から届いた書類はありませんか。
私:2~3ヵ月前に1件だけありましたけれども、回答書は直ぐに返信しましたよ。
男:どんな書類でしたか。
私:具体的には忘れました。
男:それは、恐らく「高齢者医療」に関する書類だと思います。今回の書類は別のもの
  なのですが、届いていませんかね。
私:ウチは、毎日郵便ポストを確認していますが、今、お話した文書以外は届いていま
  せん。
男:重要な文書なのですが、本当に届いていませんか?
私:そんなに重要のものなら、「書留」で送られたのでしょうか。
男:「書留」ではないのですが、こちらでは通常郵便物の「投函時刻」は確認できます。
私:そんなに重要な書類であれば、封筒に赤字で「重要」と書いてあると思うのですが、
  そういう文書は見た記憶がありません。どのような内容だったのでしょうか。
男:実は、法律が改正されて、厚生省による医療制度の見直しが行なわれ、その結果、
  令和元年から6年間に利用された医療費、保険料、薬代が減額されることになり、
  23,368円が給付されます。その受取り手続きの締切が9月10日だったのです
  が、未だ手続きをされていないので、連絡しました。
  (「厚生省」と言われて、本当は「厚労省」の間違いなのだから、この時点で、私は
  気が付くべきだったが、注意力が足りなかった。また、今から思えば「給付」と
  言う言葉が出てきた時点でも、「怪しい」と気付くべきだった)
私:内容はわかりました。これから、私は、どうすればよいでしょうか。
男:本来ならば、締切後は対応できないのですが、今回は「期間外」の方を対象に、
  こちらで特別の対応をさせていただくことになります。
私:わかりました。それでは、私が市役所に伺って、その文書を再発行していただき、
  それに回答するということにしたいので、もう一度、担当の部署名を教えてくだ
  さい。
男:市役所にお出でいただくには及びません。今、ここで給付金をお送りする銀行の
  口座を教えていただければ、こちらから、その銀行に連絡を執って、手続きを
  進めますので、三井住友、三菱UFJ、みずほの中から、指定してください。
  (この時点で、「怪しい」と気付いた。文書での遣り取りなしに、電話連絡だけで
  給付金の事務処理をする役所など、聞いたことがない。加えて、わが家は、国や
  地方自治体からの給付に備えて、地元の信用金庫を指定し、市役所と信用金庫の
  双方に既に届けているので、次のように尋ねてみた)
私:銀行ではなく、信用金庫ではダメでしょうか。
男:今回は特別の対応なので、都市銀行に限られています。
私:ウチは、銀行関係は家内に任せっきりで、私はわからないので、家内が帰って来たら、
  改めて連絡させますので、担当の方のお名前と部署名、電話番号を教えてください。
男:ガチャン(強烈音)と電話を切る。
この間、約10分間の遣り取りだった。

わが家では、「圏外」「非通知」が表示された電話には、受話器を取った後は、沈黙を続け、相手方が話し始めるのを待つことにしている。実は、海外在住の知人からの電話も「圏外」の表示が出るので、不便ではあるのだが・・・。

「〇〇さんのお宅ですか」と言われれば、「そうです」と答えるが、話の内容はほとんどが「貴金属・不用品の買取」、「生命保険の勧誘」、「新聞購読の勧誘」、「電気料金の軽減勧誘」などであり、むげに否定したり、雑に断ると、相手方はわが家の住所も把握している可能性もあり、自宅に押し掛けて来るなどの仕返しが怖いので、丁重に断って電話を切ることにしている。

また、選挙が近くなると、コンピュータ音声の「世論調査」の電話が多くなるが、それにはボタンを押さずに沈黙を続けていると、問い掛けの音声が2回流れるので、それでも反応を示さないでいると、自動的に電話は切れる。

しかし、今回の「詐欺電話」のように、居住地の市役所名を名乗り、家族構成、氏名、続柄、更に「後期高齢者」であることまで、情報が握られているとなると、簡単に信用してしまうことになり兼ねない。
今後とも、「圏外」と「非通知」の電話には、なお一層気を付けて行かなければならないと、肝に銘じたところである。

(「振り込め詐欺」防止啓発サイト)
https://www.mhlw.go.jp/kinkyu/0713-2.html
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/
https://www.kagaiboushi.metro.tokyo.lg.jp/#about-tokusyusagi

誰にでも、どこの家族にも、忘れることのできない「特別の日」があると思う。
わが家にとって、「特別の日」の一つが、きょう「1月21日」である。

2011年1月21日の朝、わが連れ合いが、旅行先の台湾・台北市の地下鉄駅ホームで、身体の激痛を訴えて倒れた。
救急車で搬送された病院では「大動脈解離」と診断され、上行大動脈を人工血管に置換する数時間に及ぶ大手術を受けた。異国で経験する初めての出来事に、わが夫婦は極度の不安を覚えたが、駅のスタッフ、救急隊員、そして病院のスタッフのアドバイスに従って身を任せるより他なかった。
幸いなことに、優れた医療チームの懸命の治療と手厚い看護を受け、連れ合いは一命を取り留めることができ、3週間余りの入院加療を経て、無事に日本に帰ってくることが出来た。

あれから14年の歳月が流れた。
この間、夫婦ともに大きな病に罹ることもなく、穏やかな毎日を過ごすことが出来ているが、肉体の経年劣化を強く感じる、今日この頃である。
0001 台北營民總
上記画像は、連れ合いが入院していた「臺北榮民總醫院」の全景である。
https://www.vghtpe.gov.tw/Index.action

◆ 当時、この病院で理学療法士として、わが連れ合いのリハビリを担当してくれた女性が、現在は台湾南部の高雄市に住んでいるが、今朝、彼の地で大地震が発生したと伝えられ、驚いている。彼女の無事を祈っている。

◆ 連れ合いの「大動脈解離」については、別ブログ「大動脈解離・入院日記 ~春風そよぐ台北にて~」に、その顛末を記録してある。
1.プロローグ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012895.html
2.旅の始まり
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012896.html
3.わが人生でいちばん長い日
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012897.html
4.台湾で救急車に乗る
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012898.html
5.現地在住日本人に通訳をお願い
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012899.html
6.ここは「臺安醫院」
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012900.html
7.病名は「急性上大動脈解離」
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012901.html
8.手術のため転院、再び救急車に
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012902.html
9.二つ目の病院に到着
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012903.html
10.インフォームドコンセント
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012904.html
11.救急診療費用の支払い
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012905.html
12.午後4時、手術開始
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012906.html
13.個人情報のヒアリング
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012907.html
14.Five star hospital
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012908.html
15.手術は成功、ICUで面会
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012909.html
16.日本の家族に緊急国際電話
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012910.html
17.ここは「台北榮民総醫院」
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012911.html
18.深夜タクシーでホテルへ、延泊手続き
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012912.html
19.眠れぬ長い夜
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012913.html
20.第二報を待つ息子たち
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012914.html
21.長男が情報収集
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012915.html
22.次男も情報収集
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012916.html
23.IC「悠遊カード」にチャージ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012917.html
24.台北榮民総醫院シャトルバス
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012918.html
25.五十音表でコミュニケーション
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012919.html
26.術後経過は順調、口腔チューブ外す
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012920.html
27.シャトルバス帰便、乗り間違い
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012921.html
28.昼食はマクドナルド
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012922.html
29.長男と次男に第二報
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012923.html
30.イケメン医師の iPad
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012924.html
31.台湾人患者の日本語ボランティア
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012925.html
32.日本人通訳、バラのお見舞い
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012926.html
33.2日目の夜も「眠れぬ夜」
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012927.html
34.お財布の管理
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012928.html
35.コインランドリーは「何でも袋」を持って
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012929.html
36.S先生と面会
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012930.html
37.「一般病室に移動」予告される
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012931.html
38.S先生、「恩返し」の意味
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012932.html
39.ICUから一般病棟「個室」へ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012933.html
40.台湾に「完全看護」はない?
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012934.html
41.人工心肺テクニッシャンM女史
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012935.html
42.理学療法士T先生
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012936.html
43.次男「母親見舞い」休暇
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012937.html
44.旧正月、ホテル満杯で延泊不可の危機
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012938.html
45.次男、台北到着
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012939.html
46.次男と一緒に病院へ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012940.html
47.次男の訪問に、母親が微笑む
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012941.html
48.歩行訓練を開始
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012942.html
49.患者向け食事は豪華
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012943.html
50.次男と乾杯
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012944.html
51.国際電話プリペイドカード
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012945.html
52.母は強し、日本語で通す
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012946.html
53.次男、帰国へ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012947.html
54.ブログ掲載で大反響
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012948.html
55.仮に、日本から送金するならば
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012949.html
56.昼は「大戸屋」、夜はフランスパン
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012950.html
57.ホテル支配人からお見舞い品
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012951.html
58.春節休暇中は「3人部屋」に
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012952.html
59.孫との国際電話
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012953.html
60.日本人患者に、千客万来 !?
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012954.html
61.「ヤングK」先生
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012955.html
62.病院も迎春ムード
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012956.html
63.ああ寂しい,旧暦の大晦日
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012957.html
64.「中華民国100年」の春節
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012958.html
65.孫の誕生日
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012959.html
66.カードの利用限度額引上げ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012960.html
67.ギョーザ・パーティ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012961.html
68.「洋服の青山」台北店
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012962.html
69,ユーモラスな新年飾り
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012963.html
70.日本の新聞(衛星版)購入
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012964.html
71.ホテル代を中間支払
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012965.html
72.久しぶりに外気を吸う
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012966.html
73.風邪? 見舞いは一日1回に
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012967.html
74.帰国日が決定、長男も台北へ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012968.html
75.恩人に謝意を伝える
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012969.html
76.台北のお正月風景
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012970.html
77.「3人部屋」から、再び「個室」へ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012971.html
78.院内理容室で髪カット
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012972.html
79.孫娘が発熱
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012973.html
80.ウィルス性感冒の初期症状
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012974.html
81.ライスバーガーは日本人向き
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012975.html
82.長男は娘を夜間診療へ、次男は残業続く
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012976.html
83.地下鉄女性スタッフから礼状
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012977.html
84.長男の台湾来訪は中止に
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012978.html
85.帰国の準備に入る
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012979.html
86.娘の熱が下がり、一転、長男は台湾へ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012980.html
87.深夜、長男が台北到着
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012981.html
88.長男、帰国便の座席変更
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012982.html
89.地下鉄の恩人とバッタリ再会
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012983.html
90.長男、母親を見舞う
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012984.html
91.台・日医療チームが医療情報引継ぎ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012985.html
92.長男と中華料理を食す
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012986.html
93.帰国の朝、最後の朝食
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012987.html
94.いよいよ退院
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012988.html
95.台北・松山空港へ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012989.html
96.東京・羽田に向けて離陸
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012990.html
97.台湾医療チームがブログにメッセージ
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012991.html
98.羽田到着、次男が出迎え
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012992.html
99.1ヵ月ぶりの日本料理
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012993.html
100.「あとがき」に代えて
http://blog.livedoor.jp/taipei_hospital/archives/2012994.html

DSC00082
2024年9月の主な動きや歴史などを見ると、次のようなものがある。
これらの関係国から送られてくるニュースや解説番組、特別番組などに
注目したい。

9月 1日(日)関東大震災から101年
9月 1日(日)モンゴル公共ラジオ局設立90周年(注1)
9月 1日(日)民間放送開局から73年(CBC、MBS両ラジオ局開局)
9月 1日(日)ドイツ軍のポーランド侵攻から85年
9月 1日(日)大韓航空機撃墜事件から41年
9月 2日(月)ミズーリ号艦上における降伏文書調印から79年
9月 2日(月)ローマ教皇がインドネシア、パプアニューギニア、東ティモール、
        シンガポール歴訪を開始
9月 2日(月)KBS「玄海灘に立つ虹」放送開始から59年
9月 2日(月)ベトナム独立記念日
9月 2日(月)米・レーバーデー(労働者の日)
9月 3日(火)中国・抗日戦争勝利記念日
9月 3日(火)露・軍国主義日本に対する勝利と第2次大戦終結の日
9月 3日(火)東方経済フォーラム(露・ウラジオストク)
9月 4日(水)足尾鉱毒事件の重鎮・田中正造の没後111年
9月 5日(木)グアムKTWR局、放送開始45周年(注2)
9月 5日(木)反捕鯨団体シー・シェパード創設者の勾留期限(グリーンランド)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
9月 6日(金)北海道胆振東部地震から6年
9月 6日(金)独・家電見本市IFA開幕(ベルリン)
9月 7日(土)ベトナムの声(VOV)開局記念日(注3)
9月 7日(土)ベネチア国際映画祭閉幕(イタリア)
9月 8日(日)露・統一地方選挙
9月 8日(日)国際識字デー(UNESCO)
9月 9日(月)北朝鮮建国記念日
9月 9日(月)中国・毛沢東国家主席没後48年
9月10日(火)第79回国連総会開会(米・ニューヨーク)
9月10日(火)米・大統領選挙候補者討論会
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
9月11日(水)インドネシアRRI(Radio Republik Indonesia)開局記念日(注4)
9月11日(水)米同時多発テロから23年
9月11日(水)尖閣諸島国有化から12年
9月13日(金)パレスチナの暫定自治を認めた「オスロ合意」から31年
9月15日(日)エミー賞授賞式(米・ロサンゼルス)
9月15日(日)「ノモンハン事件(ハルハ河戦争)」停戦協定成立から85年(注5)
9月16日(月)トルコ軍艦・エルトゥールル号遭難事故から134年
9月16日(月)オゾン層保護のための国際デー
9月17日(火)韓国・秋夕(チュソク)
9月17日(火)HCJB「アンデスの声」の尾崎久子さん没後18年
9月17日(火)韓国・北朝鮮、国連同時加盟から33年
9月17日(火)小泉純一郎首相(当時)初訪朝、日朝平壌宣言から22年
9月18日(水)BBC日本語放送、RCI日本語放送の重松彬さん没後9年
9月18日(水)柳条湖事件(中国・旧満州)から93年
9月19日(木)平壌での南北首脳会談・平壌共同宣言発表から6年
9月20日(金)著名な DXer、Arthur Cushen さん没後27年
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9月21日(土)国際平和デー
9月21日(土)日本とベトナムの外交関係樹立から51年
9月21日(土)室戸台風上陸から90年
9月21日(土)台湾中部大地震から25年
9月21日(土)スリランカ大統領選挙
9月22日(日)国連「未来サミット」開会(米・ニューヨーク)
9月23日(月)立憲民主党代表選挙投開票(東京)
9月25日(水)「ロシアの声・ハバロフスク支局」岡田和也・カーシャ夫妻の
        お別れアナウンスから14年(注6)
9月26日(木)洞爺丸事故から70年
9月26日(木)「袴田事件」の再審判決(静岡地裁)
9月27日(金)Radio New Zealand International 放送開始76周年
9月27日(金)自由民主党総裁選挙投開票(東京)
9月27日(金)ナゴルノ・カラパフをめぐる軍事衝突から4年
9月29日(日)日台国交断絶、日中共同声明調印(日中国交正常化)から52年
9月29日(日)ベルリン・マラソン(独・ベルリン)
9月30日(月)東海村JCO臨界事故から25年
**************************************************************************************
◆ ロシアのプーチン大統領は9月3日にモンゴルを訪問する予定である。
  ウクライナは、国際刑事裁判所(ICC)加盟国であるモンゴルに対して、
  プーチン大統領を逮捕するよう促した。(BBCが報道)
  https://www.bbc.com/news/articles/c0e852r50x7o

◆ 岸田首相は9月6〜7日に韓国を訪れる方向で調整中である。
  更に、9月下旬の国連総会出席も検討している。(日本経済新聞が報道)
  https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA272490X20C24A8000000/

(注1)「モンゴル公共ラジオ局」の開局は1934年9月1日。
    http://swlinformation.livedoor.blog/archives/1957397.html
    http://swlinformation.livedoor.blog/archives/1955749.html
    ただし、「モンゴルの声」日本語放送の開始は1989年1月20日。
    http://swlinformation.livedoor.blog/archives/1960647.html

(注2)9月5日はグアムKTWR局放送開始記念日。
    https://twr.org/story/ktwr-on-guam-turns-40
    https://www.abu.org.my/portfolio-item/kwtr/
    https://twr.org/

(注3)9月7日はベトナムの声(VOV)開局記念日
    https://vovworld.vn/ja-JP/解説/ヘトナムの声放送局-民族の平和への願いを伝える-1175517.vov
    https://vovworld.vn/en-US/introsection.vov
    ただし、「ベトナムの声」日本語放送の開始は1963年4月29日。
    https://vovworld.vn/ja-JP/introsection.vov

(注4)9月11日はRRIの開局記念日。
    http://blog.livedoor.jp/swl_information/archives/26236729.html
    ただし、RRI日本語放送の開始は1977年6月1日。
    https://ja.wikipedia.org/wiki/インドネシアの声

(注5)「ノモンハン事件(ハルハ河戦争)」停戦協定成立は1939年9月15日。
    https://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/lt/rb/622/622PDF/narmanda.pdf
    https://www.y-history.net/appendix/wh1504-064_1.html

(注6)「ロシアの声・ハバロフスク支局」の岡田和也・カーシャ夫妻の
    お別れアナウンスは、2010年9月25日。
    https://swlinformation.livedoor.blog/archives/1954381.html

0001 ほんまるC
今年の春、東京・神田神保町にシェア型の書店「ほんまる」が開店し、多くのメディアで
紹介された。作家の今村翔吾さんの熱い想いと願いが実現した本屋さんである。
https://www.honmaru.me/
https://x.com/honmaru_jinbo

都営地下鉄・三田線に乗っていて「神保町」の駅に到着すると、ここは学生街であり、古書の街でもあることが頭に浮かんだが、それ以外のことは特に意識しないまま、ドアは閉まった。発車して間もなく、「そうだ!神保町には今村翔吾さんの本屋があったんだ!」と思い出した。次の「大手町」駅で電車を降り、向かい側のホームで反対方向に進む電車に乗って一駅、「神保町」駅に戻った。

地上に出ては見たものの、本屋の名前も場所もわからない。Google で「今村翔吾」を検索すると、本屋の名称は「ほんまる」であることがわかり、住所も確認できた。歩いて5分ほどである。

店のカウンターには、2人のスタッフがおり、店内もそれほどは広くないことから、彼らの視線が気になって、落ち着いて、ゆっくりと本を探したり、ページをめくったりすることが出来そうにない。気にしなければ良いのだろうが、実は、純粋に本を探しに来たわけではなく、新しいスタイルの本屋さんを見てみたいという、興味半分、物見遊山の感覚で訪ねた、ある種の「負い目」のようなものがあるからであろう。
書棚を一巡すると、読みたいと思う本も幾つかあったが、購入するのは後日にすることとして、店を出た。

(参考サイト)
https://book-link.jp/media/archives/12628
https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00621/041200004/

ホテルでの朝食は、和食を頼んだので、当然のことながら「お箸」で食べることになる。
箸袋は和風の絵柄がきれいにデザインされたもので、見るだけで心が和んでくる。
特に、外国から来たお客は、この日本的な「おもてなし」に驚き、喜ぶかも知れない。

夫婦で2回朝食を摂ったので、箸袋は4枚となったが、それぞれ異なる絵柄となっているのは、偶然にそうなったのか、あるいはホテルスのタッフが、絵柄が重複しないように気配りをしてくれたのかは判らない。
IMG_20240619_0014
箸を取り出して、袋の裏側を見ると、箸袋を展開して「折り紙」が出来るように、折り方を図解している。折り紙を「箸置き」として使うことを想定しているのだろうが、この箸袋は「想い出の品」として持ち帰ることにした。その代わりに、われわれは紙のナプキンを小さく折って、「箸置き」とした。
それぞれの袋には、折り紙のテーマ別に、星の数で難易度が記されており、黒い星の数が多いほど難易度が高い。

難易度 ★☆☆ は、「りぼん」と「舟」である。
IMG_20240727_0002B
IMG_20240727_0002C
難易度 ★★☆ は、「亀」である。
IMG_20240727_0002E
難易度 ★★★ は、「うさぎ」である。
IMG_20240727_0002D
因みに、箸袋折り紙「千代」は、「アマゾン」などでも購入できるようである。
https://www.amazon.co.jp/

ホテルは「1泊朝食付き」の部屋を予約したが、今回は「ラウンジ利用特典付き」としたので、朝食だけでなく、夕食も専用ラウンジで「メイン料理+ブュッフェ」形式で食べることができた。
昼食は付いていないが、ラウンジに行けば、いつでも軽食とソフトドリンクが提供されるので、老夫婦にとっては、それで十分である。午後5時からはアルコールもサービスされる。「ほぼ3食付き」で2泊した。

朝食は、1日目も2日目も、メイン料理は夫婦ともに「和食」を頼んだ。更に食べたい料理があれば、ブュッフェで単品を自分で選び、運んでくる。
0001 朝食
夕食は、1日目は、私はチキンステーキを、連れ合いはシーフードグラタンを頼んだ。これにサラダなどをブュッフェから持ってくる。先ずはビール、そしてワインと進めば、満足、満足、である。
0001 夕食2
0001 夕食3
2日目の夕食は、前日の夕食の量は多過ぎた感があったので、一回り小さめの器に盛られた料理とし、私はマカロニグラタンを、連れ合いはクリーム煮パイ包みを頼んだ。これにもワインが合う。
0001 夕食5
0001 夕食

0001 ダリア
2024年8月の主な動きや歴史などを見ると、次のようなものがある。
これらの関係国から送られてくるニュースや解説番組、特別番組などに注目したい。

8月 1日(木)台湾・中央放送局(台湾国際放送の運営母体)開局から96年
8月 1日(木)スイス建国記念日
8月 1日(木)米民主党、ハリス副大統領を11月の大統領選挙補候補者に
        正式指名する代議員投票開始(オンラインで5日まで)
8月 2日(金)ベトナム・トンキン湾事件から60年
8月 5日(月)豪・カウラ日本人捕虜集団脱走事件から80年(注1)
8月 6日(火)広島原爆の日
8月 6日(火)日本とトルコの外交関係樹立100周年(注2)
8月 8日(木)東京での「金大中拉致事件」から51年
8月 8日(木)ブータン独立記念日
8月 9日(金)長崎原爆の日
8月 9日(金)細川内閣発足、「55年体制」崩壊から31年
8月 9日(金)シンガーポール独立記念日
8月10日(土)エクアドル独立記念日
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8月12日(月)日航機墜落事故から39年
8月12日(月)日中平和友好条約調印から46年
8月13日(火)沖縄国際大学に米軍ヘリコプターが墜落・炎上してから20年
8月13日(火)「ベルリンの壁」 構築から63年
8月14日(水)アウシュビッツの聖者、コルベ神父の最期から83年(注3)
8月14日(水)韓国・慰安婦の日
8月14日(水)パキスタン独立記念日
8月14日(水)Radio Pakistan 開局から77年(注4)
8月15日(木)全国戦没者追悼式
8月15日(木)KBSワールドラジオ開局から71年
8月15日(木)韓国・光復節
8月15日(木)北朝鮮・祖国解放記念日
8月15日(木)インド独立記念日
8月15日(木)アフガニスタンのイスラム主義組織タリバンによるカブール制圧から3年
8月15日(木)APECエネルギー担当相会合(ペルー・リマ)
8月17日(土)インドネシア独立記念日
8月19日(月)米民主党全国大会(米国・シカゴ)
8月19日(月)「BCLの神様」と呼ばれた山田耕嗣さん没後16年
8月20日(火)「プラハの春」 終焉から56年
8月20日(火)ジャーナリスト山本美香さんがシリアで銃弾に倒れてから12年
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8月21日(水)ベニグノ・アキノ暗殺事件から41年
8月22日(木)沖縄から九州に向かう対馬丸が米潜水艦に撃沈されてから80年(注5)
8月24日(土)ウクライナ独立記念日
8月24日(土)朝鮮人労働者を乗せた浮島丸が舞鶴港で爆沈してから79年(注6)
8月25日(日)「パリ解放」80周年記念日
8月25日(日)北朝鮮・先軍節
8月26日(月)チャールズ・リンドバーグ没後50年
8月27日(火)ラジオ NIKKEI 開局70周年記念日
8月28日(水)「日本テレビ」 初の民間テレビ放送開始から71年
8月28日(水)キング牧師 "I have a dream" 演説から61年
8月28日(水)ベネチア国際映画祭開幕(9月7日まで)
8月28日(水)パリ・パラリンピック開幕(9月8日まで)
8月29日(木)日韓併合条約発効から114年
8月31日(土)ラジオ・プラハ海外向け放送開始88周年(注7)
8月31日(土)英国皇太子元妃・ダイアナさんの交通事故死から27年

(注1)豪・カウラ日本人捕虜集団脱走事件
    https://www.cowrajapanesecemetery.org/jp/the-cowra-breakout/
(注2)日本とトルコの外交関係樹立100周年
    日本大使館:https://www.tr.emb-japan.go.jp/itpr_ja/JapanTurkiye100.html
    記念切手発行:https://www.post.japanpost.jp/kitte/collection/archive/2024/0806_01/
(注3)アウシュビッツの聖者コルベ神父
    https://kolbe-museum.com/?mode=f2
(注4)Radio Pakistan 開局記念日
    https://www.abu.org.my/2022/08/17/pakistan-and-its-national-radio-celebrate-75-years
(注5)対馬丸事件
    https://www.tsushimamaru.or.jp/複製-対馬丸事件について2
(注6)浮島丸事件
    https://www.jcp.or.jp/akahata/aik24/2024-06-01/2024060113_02_0.html
(注7)ラジオ・プラハ海外向け放送
    http://www.radio.cz/en/static/80-years-of-radio-prague/

新交通システム「ゆりかもめ」に乗って、豊洲市場を訪ねた。
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残念ながら、われわれが訪ねた日は「休業日」に当たっており、市場の活気に触れることは出来なかった。
_DSC0825
そこで、今年2月1日に開業した「豊洲・千客万来」に向かった。
食楽棟の「豊洲場外 江戸前市場」と温浴施設「東京豊洲 万葉倶楽部」で構成されている。「万葉倶楽部」には「足湯」もあるという。
豊洲市場は、築地市場から「移転」するにあたり、東京都知事の強引な進め方に批判が噴出するなど、いろいろ話題となっているが、完成してしまえば、人々は現実を受け入れてしまうようだ。「豊洲場外 江戸前市場」は、真夏のような暑さにも関わらず、正に「千客万来」の状態である。その人混みに驚き、われわれは再現された江戸の街並みを一通り観たところで、直ぐに退散した。
https://www.toyosu-market.or.jp/
https://www.toyosu-senkyakubanrai.jp/facilities
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「TOKYO ミナトリエ(東京臨海部広報展示室)」のある「青海フロンティアビル」は高層の賃貸オフィスビルで、多くの人々が働いている。この人たちのお腹を満たしてくれるのがこのビルの1階にある「カツオたまご食堂」である。近代的なオフィスビルにありながら、気取ったおしゃれなレストランというよりは、庶民的な「一膳飯屋」の趣きである。食券の券売機は、流通系の電子マネーで支払うようで、現金やクレジットカードでの支払いは不可と掲示されている。Suica はOKということで、われわれはこれで支払うことにした。
https://www.tokyo-teleport.co.jp/b/restaurant/detail.php?id=69

ショーケースのサンプルは、どれもみんな美味しそうに見えたが、量が多すぎる感じがしたので、無難なところで、「肉うどん」を食べることにした。それでも、大きめの丼に入っているので、お腹一杯である。
_DSC0824

南極観測船「宗谷」の繋留地から歩いて数分のところにある「TOKYO ミナトリエ(東京臨海部広報展示室)」を訪ねた。オフィスビル「青海フロンティアビル」の20階にある。
貨物船や客船が出入りする東京港、多くの人々が生活する臨海副都心地区など、東京臨海部の過去、現在、未来を紹介する広報施設であるが、何と言っても、この施設の自慢は「地上100mからの眺め」である。
https://www.tokyoport.or.jp/minatorie/
_DSC0820
_DSC0822 (1)
「江戸デッキ」のコーナーの一角に古地図「文政十年江戸図」(1828年)が展示されており、つい見入ってしまった。
現役時代の職場はJR「飯田橋駅」の近くに位置していたが、この古地図ではどの辺に当たるのだろうか。
古地図の表記で言えば、地名のキーワードは「神楽坂」又は「牛込」である。江戸城を中心に東西南北の各方向に目を凝らして見ると、北西方向に「カグラサカ」、「牛込御門」などの文字が見つかった。その他にも「カタキリ」「本多」などの文字もあり、それらは、私が勤め始めた昭和40年代に、彼の地にあった「片桐理髪店」や「本多横丁」に通じるものであろうと思われた。古地図に記されている道筋は、現代のものとほぼ同じである。
0001 古地図A
0001 古地図B
0001 古地図C

夜の竹芝桟橋を散策していて想い出したのが、南極観測船「宗谷」のことである。
「宗谷」は南極観測船としての任務だけではなく、その前後に繰り広げられた数々の歴史を背負いながら、1978年10月、ここ竹芝桟橋に接岸して終焉を迎えたのであった。

小学生だった1956年11月8日、南極観測船「宗谷」は、随伴する「海鷹丸」と共に、東京・晴海埠頭を出航した。それを新聞で読んで感動し、以来、いつの日か「宗谷」を直に観てみたいと思い続けてきた。
「宗谷」は、今、東京・お台場にある「船の科学館」前の水域に繋留され、永久保存されている。
https://funenokagakukan.or.jp/soya
0001 宗谷
「宗谷」の船内では、乗組員の船内生活の様子が展示されている他、初めての越冬隊員を残して南極大陸を離れるまでの活躍の様子が映像で紹介されているが、ラジオ愛好家ならば、「通信室」を見逃すことは出来ない。
「通信室」の案内パネルには「南極観測当時、無線通信は日本との唯一の通信手段として重要でした。"宗谷" のコールサインは『JDOX』でした」とある。室内には、全波受信機、中・短波受信機、短波受信機、救難信号受信機などが、ずらりと並んでいる。
_DSC0780
_DSC0782
_DSC0783 (1)
通信室とは別の、乗組員の部屋に、普通の中波ラジオが置いてあるのが、不思議に思われた。日本と南極大陸を往復する間に、日本近海で日本の中波放送を楽しんだのであろうか。あるいは、途中寄港する国々の港で、地元の中波放送を聴いていたのであろうか。
_DSC0759
(関連サイト)
https://funenokagakukan.or.jp/
https://www2.nhk.or.jp/school/watch/clip/?das_id=D0005402650_00000
https://www.nhk.or.jp/archives/hakkutsu/news/detail300.html

夕食後、ホテルの回りを散策した。
旅客船のようなものが接岸しているのが見えてきた。船名は「さるびあ丸」と表示されている。伊豆諸島に向かう客船なのだろうか、それとも東京湾を巡る観光船なのだろうか。
0001 そるびあ丸
岸壁の反対側、都心方向に目を移すと、ライトアップされた大きなモニュメントが見える。帆船のマストをイメージしているように思われた。
0001
近づいて見ると、そこは伊豆諸島に向かう連絡船などが発着するターミナル「竹芝桟橋」だった。いつの日か、八丈島などの伊豆諸島に船で出掛けてみたいと思っていたが、その連絡船に乗る竹芝桟橋はここにあったんだとわかり、一瞬、興奮した。
ターミナルビルに入ってみると、22時00分発の神津島行き、22時30分発八丈島行きの大型客船の乗船手続きが始まっていた。
竹芝桟橋を訪れた記念に、乗船案内所に置いてあった「スタンプ」を押した。
0001 竹芝スタンプ
記憶を手繰って行くと、「船」に乗ったのは、50年ほど前に家族旅行で東京から紀伊白浜までフェリーに乗った時、そして、30年ほど前に北海道出張の帰りに、単身で苫小牧から東京までフェリーに乗った時の2回だけである。いつの日か、海外航路の豪華客船に乗ってみたいものだと「夢」を見た。

わが家は、7月が夫婦の誕生月なので、6月半ばに、その前祝いとして、久しぶりに
「プチ贅沢」を味わった。
ホテルのチェックインは、専用ラウンジで「アフタヌーンティ」を楽しんでいる間に、
手続きを進めてくれる。
ウェルカム・シャンパンで、夫婦がここまで健康で来られたことに乾杯した。
1時間ほど、ゆったりとした時間を過ごした後、キーをもらって、部屋に入るとスーツ
ケースが運ばれていた。
0001 アフタヌーンティ
部屋の窓からはレインボーブリッジを望むことが出来る。一幅の絵を観ているようである。
眺めていると時間を忘れてしまいそうで、飽きることがない。
_DSC0706
ブリッジの遥か上空を羽田空港発着の旅客機が飛んで行く。これを眺めていると、飛行機に乗って遠くに旅行をしたい想いに駆られる。
_DSC0848
日が暮れ始めた頃、大きな高層ビルの陰になっていた夕陽が、次第にビルとビルの間に
移ってきて、眩しいほどである。この眺めは、いかにも大都会の風景である。
_DSC0698
レインボーブリッジは、昼間に眺めていても飽きないが、ライトアップされる夜間の眺めも素晴らしい。「吊り橋」は国内外の各地で目にすることが多く、何か「夢」や「ロマン」を感じさせてくれるので、不思議である。
_DSC0707

文京区にある「白山神社」を訪ねた。
都営地下鉄「白山駅」を出ると、神社に通じる参道がある。参道と言うよりは、横丁の路地と言った趣であるが、神社で開催中の「あじさい祭り」に向かう人々でいっぱいである。
_DSC0656B
白山神社の鳥居をくぐると、直ぐ左手に「孫文先生座石」と刻された石碑が建っている。
石碑に填め込められた「由緒」には、近くに住んでいた宮崎滔天の家に身を寄せていた孫文は、この石に滔天と一緒に座り、夜空の流れ星を見ながら、中国の将来を語り合ったという趣旨のエピソードが刻されている。
DSC_0086
境内では、あじさいの花が咲き誇っていた。
拙宅でも、猫の額ほどの庭にあじさいが少しだけ咲いているが、白山神社では広い境内全体が大輪のあじさいで溢れんばかりである。
_DSC0653B
(参考サイト)
https://www.city.bunkyo.lg.jp/b014/p003824.html
https://www.city.bunkyo.lg.jp/b014/p003948.html

0001都電一日券
東京都交通局の「一日乗車券」を購入して、都営地下鉄、都電、舎人ライナーと乗り継いでみた。
都営地下鉄に乗る機会は多いが、都電と舎人ライナーに乗ったのは久しぶりである。また、舎人ライナーの最終地点「見沼代親水公園」まで乗ったのは、今回が初めてである。
地下鉄は単に地下を走るだけであるが、都電と舎人ライナーは、車窓から外を眺めているだけでも、楽しくなる。特に、舎人ライナーは高架を走るので、格別である。
IMG_20240619_0021

0001 都電B
IMG_20240619_0022

0001 ライナー
今回は、都営地下鉄・高輪台 ➡ 三田(乗換)➡ 白山 ➡ 西巣鴨 ➡(徒歩)➡ 都電・新庚申塚 ➡ 熊野前 ➡(徒歩)➡ 舎人ライナー・熊野前 ➡ 見沼代親水公園(一旦下車、折返し)➡ 熊野前 ➡ 新庚申塚 ➡(徒歩)➡ 西巣鴨 ➡ 神保町 ➡ 三田(乗換)➡ 高輪台 の順に乗った。

「一日乗車券」(700円)で、これだけ乗ったのだから、その都度、切符を買って乗車したと仮定すると全部で1,896円となったはずで、十分に「元を取った」感じである。

「舎人(とねり)」については、「日本の古代において、天皇や皇族に仕えていた役人」と言った程度の知識しか持っていなかったので、「舎人」が地名として残り、あるいは交通路線の名称に使われていることの経緯や背景を探るため、今回、改めてネット検索してみると、東京都足立区のホームページに次のような解説が載っていることを知った。
https://www.city.adachi.tokyo.jp/miryoku/shiru/adachishiki-08.html

ホテルのチェックインが始まる午後3時まで、スーツケースを預かってもらい、近くの店で腹ごしらえをすることにした。最近は、歳と共に少食になり、「昼抜き」でも良いかなあと思うときもあるが、この日は都心まで電車を乗り継いできたこともあり、お腹が空いているなあと感じていた。

品川駅のビルの中にフードコートがあり、その一角に「まぐろ丼の専門店」と銘打っている店を見つけた。
https://www.im-food.co.jp/shops/f_shinagawa.html
https://retty.me/area/PRE13/ARE16/SUB1301/100001413377/

ショーケースのサンプルは美味しそうに見えるが、何れも量が多過ぎるなあと思案していると、注文窓口の横に掲げてあるポスターが目に入った。「数量限定、お一人様1個限り」として、桝にまぐろを盛り付けた写真を付してある。値段もお手頃である。連れ合いは、昼のアルコールは遠慮するというので、私だけ生ビールを頼んだ。

「本まぐろ桝盛り」は、一合の桝に鮪が五切れ盛られており、見るからに新鮮で、味も文句なし、である。
注文窓口のスタッフは、「少しだけ御飯が入っている」と言ったように記憶していたが、残念ながらご飯は入っていない。その代わり、大根のツマがたっぷり敷いてある。呑兵衛にとっては、この方が良い。
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真昼間から、美味しい「まぐろ」とアルコールで、すっかり良い気分になったが、飲み終わってみると、ビールよりは、まぐろの桝とお酒の桝を並べて、日本酒を飲みたかったなあと思った。
後悔先に立たず、である。
「本まぐろ桝盛り」=600円、生ビール=590円、合計1190円のランチであった。
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