カテゴリ: 旅のワンポイント

1999年の夏、趣味のBCL(短波放送受信)を通じて知り合った友人であるJさんからのお誘いに甘えて、何の遠慮もせず、夫婦で米ジョージア州・アトランタの町を訪ねた。
彼の「ラジオ部屋」の見学は当然のこと、彼のラジオ友だちの家にも案内され、更にはストーン・マウンテンなどにも連れていっていただくなど、楽しく充実した日々を過ごした。
お上りさんの定番観光コースである、CNN本部、コカ・コーラ本社、キング牧師の生家、「風と共に去りぬ」の著者マーガレット・ミッチェルの家なども訪ねたが、最もカルチャーショックを受けたのは、宿泊していたホテルの向かい側にある大型スーパーマーケットで
見た光景である。
沢山のレジが並んでいたが、その一番端に、客が自分で機械を操作して支払いをする機械があった。"SELF CHECKOUT" のサインが出ていた。購入したものに付いているバーコードを機械に読み取らせて、「金額確認」のボタンを押して、クレジットカードを入れれば、支払いが済むという仕組みである。
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この時は、いつか日本のスーパーでも同様のシステムが導入される日が来るだろうと思ったが、日本初の「セルフレジ」がお目見えしたのは、私がアトランタのスーパーマーケットで目にしてから4年後の、2003年だったという。
https://www.ncr.co.jp/information/2021/self_checkout_register_day1118

ところが、驚いたことに、ここ数年来、世界各国で、この "SELF CHECKOUT" のシステムに対する反発が高まっており、セルフレジの機械を撤去する店も現われているという情報に接した。
https://edition.cnn.com/2023/11/13/business/self-checkout-stores-shopping     
―(了)

◆ 今回のシリーズは、きょうで終了します。
  ご覧の皆さんから沢山の「拍手」をいただき、有難うございました。
  また、機会をみて、続編を書きますので、よろしくお願いいたします。

2006年には、高校時代からの永年の夢が叶い、コロラド州のデンバーの町を訪ねることが出来た。
デンバー観光局の案内サイトを参考にしてホテルを決めたが、予約の遣り取りをする中で、ホテルからのメールに地図が添付されていて、「ホテルは Cherry Creek の近くにある」との一文があった。
"cherry" は「さくらんぼ」の意味だろうが、"creek" とは何だろうと思い、辞書で調べると、「小川」という意味があることを知った。
0001 creek
実際、ホテルに到着して、近辺を散策してみると、幅100mくらいの河川敷があり、両岸の堤防はフリーウェーとなっている。水が流れている川の幅は10mくらいであろうか、確かに「小川」と言った感じではある。これが、ホテルからのメールにあった "Cherry Creek" であった。川沿いに桜の木が植えられているのかとも思ったが、雑草が生繁っているだけであった。
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そして、数日間滞在している中で、"Cherry Creek" が単に川の名称であるだけでなく、この辺り一帯が "Cherry Creek" と呼ばれており、ビルやホテル、ショッピングセンターなどの名称の冠としても使われていることが見えてきた。

あれから約20年の歳月が流れ、最近、テレビでゴルフの中継を観ていると、アナウンサーや解説者の口から時々「クリーク」という言葉が出てくることがあり、気になった。
私はゴルフ事情に疎いので、ネット検索してみると、ゴルフの世界では「クリーク」という言葉は異なる2つの意味で使われることがあり、クラブの5番ウッドを指す場合と、ゴルフコースにある自然の小川や人工的に造成された水路を指す場合があることを知った。
忘れかけていた一つの言葉が、思わぬところで使われていることを知り、何かの不思議さを感じている。
https://mycaddie.jp/note/detail/NT000717

(当ブログ過去関連記事)
http://blog.livedoor.jp/swl_information/archives/41782488.html

1980年代、アメリカ旅行の途中、長旅で日本食が恋しくなり、ロサンゼルスの量販店で「電気炊飯器」を購入した。
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外箱には製品名として "Rice Cooker & Food Steamer" とあり、炊飯器と蒸し器を兼ねている。これで「國寶ローズ」を炊いて食べた。ある時は、緑豊かな公園で子供たちは、母親が作った「おにぎり」を頬張った。また、ある時は、「そうめん」を茹でて食べた。チャイナタウンで買ってきた「肉まん」を蒸して食べたこともあった。

お米の「國寶ローズ」は、カルフォルニア州にある国府田農場が生産したもので、あの紙袋のデザインが懐かしい。空になった袋を旅の想い出に持ち帰ってきたが、散逸してしまい、残念である。

スーパーマーケット・ウォルマートの通販サイトの画像では、お米の袋はポリエチレンなどの化学製品に見えるが、われわれが1980年代に買った時は、頑丈な紙袋だったと記憶している。そして、開け口は現在はジッパーとなっているが、以前は糸で縫われていたので、鋏で切って開封した。しかし、ロゴマークを囲むように "KOKUHO ROSE" と描かれているデザインだけは昔のままのように見える。
0001 國寶ローズ
今、日本は「米不足」に直面しており、アメリカ産米を輸入するというニュースを耳にするが、そのたびに、国府田農場の「國寶ローズ」を想い出す。
https://kodafarms.com/
https://www.walmart.com/ip/Kokuho-Rose-Premium-Rice-10-Lbs/552075678

マルタ島で泊まったホテルでは、" Half Board"(2食付き)だったので、毎日美味しい料理とワインを堪能したが、一つだけ難点があった。滞在初日の夜から「蚊」に悩まされた。

翌日、マルタには「蚊取り線香」はないだろうと思いつつ、「電気蚊取り器」なら、どこかで売っているかも知れないと思い、「ダメ元」で、先ずホテル近くの薬局に行って見た。
しかし、「蚊取り」を上手く説明できない。マルタでは、カタコトの英語でも何とか通じるので、"mosquito" を連発したところ、店の主人は「痒み止め」と思ったようで、軟膏を出してくれた。「違う、違う!」と言うと、"before ? or after ?" と訊くので、即座に "before !" と答えた。電気屋でなければ「電気蚊取り器」は売っていないだろうと覚悟はしていたが、彼は店の奥から、何と「電気蚊取り器」を持ち出してきてくれた。本当に嬉しかった。
以降、海外に旅行する時は、この「電気蚊取り器」を必ず持っていくことにしている。
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上の画像を、今、Google に翻訳させて拡大すると、次のようになる。
ただし、一部に、翻訳できていない箇所もある。
0001 英語

2002年夏、地中海に浮かぶマルタ共和国に旅行した。
短波放送局「地中海の声(Voice of the Mediterranean -VOM)」を訪問するためだった。
当時、私はパソコンを使い始めたばかりだったが、ガイドブックに載っていたホテルに電子メールを送り、料金などを問合わせたところ、返信メールの中に " half board" という言葉があった。
"board" という言葉からは、仕事柄、「board of trustees=大学の理事会」という言葉が思い浮かんだが、ホテルとは結び付かない言葉のように思われた。
そこで、" half board" とはどのようなことなのか、再びホテルに問合わせると、「朝夕2食付宿泊のことです」との返信があった。
辞書を引くと、確かに「2食付宿泊」と載っていて、こんな言葉があるのだなあと、改めて驚いたものだった。
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そのホテルには1週間ほど滞在したが、毎日違うメニューで、嬉しかった。
滞在2日目の夕食の際、手渡されたメニューのカバーの装飾が1日目のものと同じだったため、「昨日と同じ料理が出てくるのかぁ、一週間同じ料理が続くのかぁ・・・」と、我儘な不安が過ぎったが、実際にメニューを開いてみると、前日とは異なる料理を提供してくれることが判り、嬉しくなった。
夕陽に輝く地中海の入り江を、滑るように港に向かって入ってくる白亜の大型クルーズ船を眺めながら、料理を楽しみ、ワイングラスを傾ける日々、そして、次の日の朝はクルーズ船が静かに地中海へと出航していく風景を見ながら朝食をいただく―— それは、非日常的で特別の時間であった。
0001 MALTA
   (左)白身魚のフライ、ラム・ステーキ (右)白身魚のムニエル、パスタ

(当ブログ過去関連記事)
http://blog.livedoor.jp/swl_information/archives/32018208.html
http://blog.livedoor.jp/swl_information/archives/27929409.html
https://swlinformation.livedoor.blog/archives/1959271.html

1996年の夏、イギリスに旅行したが、計画段階でエジンバラの観光局から送ってもらったリーフレットに「B&B」という言葉があり、「これは何だろう?」と思い、ガイドブックを調べてみた。ホテルリストの頁の隅の方に小さな「囲み記事」があり、「"B&B" は "Bed and Breakfast" の略で、家族経営のホテルのようなもの。ベッドと美味しい朝食を提供してくれる」と解説してあった。
物珍しさもあり、リーフレットの中から気に入った「B&B」を一つ選んで、予約申込書を航空便で送った。この「B&B」は、いかにもイギリスらしい佇まいで、確かに朝食は品数が豊富で、ボリュームがあり美味しかった。食後に出された紅茶も素晴らしいものだった。
0001 エジンバラ
エジンバラの「B&B」の印象が良かったため、その後の旅行で訪ねた、アメリカのボストンやカナダのトロントでも「B&B」に泊まったが、施設によってサービスに差があることが判り、予約段階で様々な情報を収集して適切に判断することが必要だと反省した。
次の画像は、1998年にトロントで泊まった「B&B」のマグカップで、ここのサービスは満足すべきものだった。
0001 Tronto
次の記事は、2006年のトロントの「B&B」宿泊記である。
http://blog.livedoor.jp/swl_information/archives/41986077.html

1980年代、旅行先のアメリカで、テレビのニュース、特に事件・事故を伝えるニュースを視ていると、キャスターが原稿を読むアナウンスの中に "eyewitness" という言葉が頻繁に出てきていた。それだけではなく、ABCテレビ系列局のニュース番組のタイトルに、この言葉を冠して "EYEWITNESS NEWS" と銘打っているものもあった。
初めて、この言葉を耳にした時、辞書を引くと、"eyewitness" は「目撃証人」という意味だと分かり、なるほどと頷いた。日本のテレビでも、事件・事故のニュースで、キャスターが「目撃者の話によりますと、・・・」と話す場面が多く、どこの国・言語でも同じように表現するのだと知った。
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今回、この話題を書くにあたって、ネット検索してみたところ、米ABC系列のテレビ局では、今も、ニュース番組 "EYEWITNESS NEWS" が健在であることを知り、驚いている。
https://abc7ny.com/
https://abc7.com/
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1987年8月17日、旅行先のニューヨークで、衝撃的なニュースに震え上がった。
地元のタブロイド紙は、16日夜、デトロイト空港で旅客機が墜落し、多くの死傷者が出たことを報じた。
NY-A
その翌日、18日の紙面では4歳の女児が生存していたことが報じられた。
新聞の見出しには、"MOM'S HUG SAVED GIRL, 4" とあった。"MOM" は母親のことだろうと想像したが、"HUG" の意味がわからなかった。
NY-B
今では、日本語でも「ハグする」という表現が頻繁に飛び交っているが、当時は「ハグする」という言葉を知らなかったので、"HUG" の意味を辞書で調べて、新聞の見出しの意味を理解した。
この見出しからは、事故が発生した時、母親が女児を抱っこして、必死に自分の子供を守ろうとした姿が目に浮かび、人々の涙をそそった。母親の身体がクッションとなって、女児の受ける衝撃が緩和されたため、助かったのであろうと推測された。
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(参考サイト)
https://en.wikipedia.org/wiki/Northwest_Airlines_Flight_255
https://ja.wikipedia.org/wiki/ノースウエスト航空255便墜落事故

ワシントンD.C. 郊外のダレス国際空港で、東京行きの飛行機がボーディングブリッジを
離れて滑走路に向かおうとしている時、右前方に超音速旅客機「コンコルド」が見えた。
急いでカメラを取り出して、シャッターを押したときには、「コンコルド」は視界から消え
つつあったが、辛うじて、機体の一部を捉えることが出来た。下の画像では読み取れない
が、機体には "BRITISH AIR WAYS" とあった。
機会があれば、コンコルドに是非乗ってみたいと思いつつ、全席ファーストクラスという
ことで、庶民にはとても無理だと諦めていた。残念ながら、コンコルドは、燃料費の高騰
や、ド・ゴール空港での墜落事故などが災いし、2003年に姿を消したという。
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また、コンコルドは1972年にデモンストレーションのため羽田空港に初飛来したが、
騒音問題などから日本への定期便は実現しなかったという。
https://www.47news.jp/12709253.html

ワシントンD.C. にあるスミソニアン国立航空宇宙博物館では、ライト兄弟が乗ったスピリット・オブ・セントルイス号、米国初の地球周回飛行に成功した有人宇宙船フレンドシップ7号のカプセル、史上初めて人類による月面着陸に成功したアポロ11号が地球に持ち帰った「月の石」などを見学した。
ギフトショップでは、宇宙飛行士が食べる "SPACESNAK FREEZE DRIED ICE CREAM" を買ってお土産にした。バニラ風味で、舌触りなどはイマイチであったが、あれから半世紀が経ち、現在の宇宙飛行士たちは格段に改良されたものを食していることであろうと推察している。
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National Air and Space Museum, Smithsonian Institution(スミソニアン国立航空宇宙博物館)のホームページは次のとおり。
https://airandspace.si.edu/

(参考サイト)
https://learningenglish.voanews.com/a/a-short-history-of-spacecraft-landings-on-the-moon/8001341.html

1987年、再びワシントンD.C.に旅行した。
到着した日の夜は、長旅で疲れていたので、ホテル近くのレストランで持ち帰りのフライドチキンを買ってきて、ホテルで食べることにした。注文カウンターの上部に表示されているメニューを見ると、サイズの中に " bucket" とあるが、これは何だろうと思った。

「バケット」と発音するのだろうか、もしそうならば、フランスパンの「バゲット」を連想してしまうが、発音も綴りも違うだろうと思った。次の瞬間、" bucket" は「バケツ」と発音するのかも知れない、フライドチキンが「バケツ」に入っているのかも知れないと考えた。

しかし、チキンを「バケツ」に入れるという感覚がピンとこない。それでも、まあ、バケツのような大きな缶に沢山入っているのだろうから、親子4人で食べれば食べ切れないことはないだろうと思い、これを買うことにした。
目の前に現れたのは、可愛い形をした「バケツ」で、中には沢山のチキンが入っていた。
これにパンとコールスローを付けてもらった。

「バケツ」の珍しさだけが記憶に残り、美味しかったかどうかは覚えていない。
食べ終わった後、記念に写真に収めた。
辞書を引くと、「bucket =バケツ」とあった。
また、「バケツ」の語源については諸説あるようだが、「英語の bucket に由来している」とする説が納得できそうな気がする。
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あのレストランチェーンは、さまざまな経緯を経ながらも、今なお健在のようだ。
https://www.royrogersrestaurants.com/

1983年の夏、アメリカ旅行の途中、初めて聞く言葉だったが、"Air Shuttle" と呼ばれる飛行機に乗った。
ニューヨークのラガーディア空港からワシントンD.C.のナショナル空港まで、"NEW YORK AIR" に乗って、約1時間の旅である。真っ赤な機体とリンゴのマークが印象に残っている。
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朝の7時前だったが、チェックインを済ませて搭乗口前のロビーに進むと、待っている人たちの多くはスーツ姿でカバンを持っている。仕事でニューヨークからワシントンに飛ぶのであろうか、彼らは手慣れたもので、カウンターに載っている朝食の紙袋とコーヒーと新聞を自分で勝手に取って、搭乗口から機内に入っていく。われわれも、それを真似て、旅慣れている風を装ったが、小さな子供2人を連れていては、どう見ても颯爽とは言えない。

事前に入手していた "NEW YORK AIR" のタイムテーブルには「朝の便では、コンチネンタル・ブレックファーストを提供する」と書かれていたので、さぞかし豪華なものを食べられるだろうと想像し、期待していたが、紙袋を開けてみると、中に入っているのは、甘い菓子パンとドーナッツだった。後で知ったことだが、これを一般に「コンチネンタル・ブレックファースト」と言い、本当の豪華版は「フル・ブレックファースト」と言うのだそうだ。

「エア・シャトル」とは、利用客の多い2つの都市間を、ほぼ1時間ごとに出発し、かつ飛行時間が1時間程度のものを指すと言われている。場合によっては、搭乗客が一定数に達すると、出発時刻前でも出発する便もあるらしい。

ニューヨークの町で驚いたことは沢山あるが、その一つが「ビルの巨大壁画」であった。
市立図書館の正面入口に至る階段に腰を下ろして、前の通りを走る車や颯爽と歩く人々の姿を眺めていると、目に入ってきたのは14~15階建てビルの外壁に描かれた広告である。「これぞニューヨーク!」とビックリしたが、今で言えば、ロサンゼルス・都ホテルの外壁に描かれた大谷翔平選手の巨大壁画のようなものだったと、懐かしく想い出している。

男女が抱き合っている絵をよく見ると、男は左手にタバコを挟んでいる。キャッチコピーは "Alive with pleasure ! " "Newport" で、タバコの箱が2種類描かれている。アメリカでは人気のタバコなのだろうか、このブランドは、現在も製造・販売されているようだ。
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(参考サイト)
https://www.kintetsu-g-hd.co.jp/top-hd/topics/detail.html?contents=sdc-nzwxsetw
https://en.wikipedia.org/wiki/Newport_(cigarette)
https://www.newport-pleasure.com/

ニューヨークで消火栓が故障して漏水するのは日常茶飯事だと聞いていたが、そんなことがあるわけないと思っていた。しかし、実際にその光景に出会うと、驚いてしまった。

ニューヨークでは、マンハッタンの50丁目西側に位置するホテルに泊まった。
部屋からはハドソン川を眺めることができ、周りは「ウエストサイド物語」に出てくるような、古いアパートが建ち並んでいた。ある日の朝、ホテルを出て地下鉄の駅に向かう途中、アパートの前の道路にある消火栓が故障してしまい、物凄い勢いで水が噴き出している現場を目にした。
わが家の次男坊も、それが珍しくて、しかし、恐る恐る消火栓に触っていた。
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あれから約40年が経ち、インフラは整備されただろうと思っていたところ、未だに消火栓から漏水する事故があるらしい。
https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/life/359092

英語圏の国でビジネスに関わる人たちにとっては、"Teller" という言葉は日常的に接する言葉であろうが、旅行者にとっては、聴き慣れた言葉とは言えないのではないだろうか。

ニューヨークの町を旅行している時、トラベラーズチェックを現金化してもらうため、ある銀行に入った。幾つもの窓口が並んでいるが、各窓口は鉄格子でガードされており、行員と客の遣り取りは、会話はマイクを通して、おカネや書類は鉄格子の下にある小さな隙間を通して取り交わす仕組みになっている、その風景に圧倒されてしまった。

われわれは、どこの窓口に行けば良いのか分からないので、近くにいた係員に「トラベラーズチェックを現金化したい」と言うと、「あの窓口に行きなさい」と教えてくれた。窓口の上部に "Teller" のサインがあった。ホテルに帰ってから辞書で調べると、銀行などの「出納係」「出納員」を意味する言葉であることが解った。
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ところで、両替してもらう間、ソファで隣り合わせになった老齢の女性から「日本から来たのか?」と声を掛けられた。「そうです」と答えると、次々と会話が進んで行った。そして、彼女が「この辺一帯のビルは、日本の企業が買い占めているんですよ」と言い出した。

1980~1990年代にあって、日本企業によるニューヨークのビルの買収は、日本でも話題になっていたので、私は「そのことは、ニュースで知っています」と答えたが、英語力の低さもあり、その後が続かず、気まずい想いをしたのであった。
彼女が、どのような想いで、あのような発言をしたのかは分からないが、その表情からは、決して好ましいこととして語ったのではないことは想像ができた。

時代は変わり、今日では、外国の資本が日本の不動産を買い占めているということが話題となることが多い。
あの時に話し掛けてきた女性も、今、われわれが抱く気持と同じだったのかも知れない。

われわれがアメリカを旅行した1980年代は、「ニューヨークの地下鉄は治安が悪く危険だ」と言われていたので、地下鉄の電車に乗る時は、いつも子供の手は絶対に離さないようにして、プラットホームでは "Off hours waiting area" と黄色で表示された区域で待つなど、細心の注意を払って地下鉄に乗っていた。
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ガイドブックの「一口メモ」に載っていた、「一駅区間だけの路線」に乗ってみた。
映画やミュージカルで有名な "42nd Street" の地下を東西に走る "S" と呼ばれる路線で、Grand Sentral Station と隣の Times Square を結んでいる。
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ニューヨークの地下鉄はいつも混雑しており、また、人々は忙しなく足早に歩くので、その流れに乗るのが精一杯で、「お上りさん」が、その風景を写真に収める余裕はなかったのが残念である。

ニューヨーク州の公共交通機関を運行管理している、MTA(Metropolitan Transportation Authority)のサイトによれば、現在も "S" 路線は運行されており、関連地下街の整備と各駅の連絡通路などの改良工事が進行中であることが窺える。
機会があれば、彼の地を再び訪れてみたいが、地下鉄の新しい風景を見れば「浦島太郎」となるであろう。
https://www.mta.info/project/42-st-connection

米CNNは先日、アメリカ財務省は1セント硬貨の生産を段階的に廃止しており、間もなく、その流通を停止させる見通しだと報じた。
https://edition.cnn.com/2025/05/22/business/us-discontinue-penny
0001 1セントコイン
"penny" "one-cent coin" と聞いて、40年前のことを想い出した。
1983年にニューヨークに旅行した際、"99¢Store" と言うものがあることを知り、驚くとともに、日本でもやがて、このような店が現れるだろうなあと予感したものだった。日本の「100円ショップ」あるいは「百均」と呼ばれる類の店である。
セントラル・ステーションの近くにある "99¢Store" で、「アメリカ」や「ニューヨーク」を感じさせてくれるお土産を買った。子供は、自分のお土産として小さな懐中電灯を買って、喜んでいた。
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今、改めてネット検索してみると、このような販売手法は、日本でもアメリカでも古くからあったこと、日本で初めて「100円ショップ」と呼ばれる店が出現したのは1985年だったことを知った。
https://ja.wikipedia.org/wiki/100円ショップ

また、「1セント」と言えば、アメリカの各地を旅行していると、観光施設には必ずと言って良いほど、1セント硬貨を機械で圧縮して丸形や楕円形のメダルなどにして、旅の想い出・みやげとして持ち帰る風景を目にしたものだった。
しかし、われわれの国には「一円を笑う者は一円に泣く」あるいは「一銭を笑う者は一銭に泣く」という言葉があり、1セント硬貨を潰す気にはなれなかった。
https://ja.wikipedia.org/wiki/スーベニアメダル

長嶋茂雄さんの葬儀に出席した愛弟子の松井秀喜さんは弔辞の中で、現役時代に「センターよりは、サードをやりたい」と長嶋さんに直訴したが、「おまえはやっぱりセンターだ。俺はおまえをジョー・ディマジオにしたいんだ」と言われた、想い出深いエピソードを語ったという。
中日スポーツが報じている。
https://www.chunichi.co.jp/article/1079454

この記事を読んで、1985年夏に、ロサンゼルス郊外にあるマリリン・モンローの墓地を訪ねたことを想い出した。そこには、ジョー・ディマジオから贈られた(と思われる)花束が供えられていた。プレートには「MARILYN MONROE 1926 - 1962」と刻されている。
今でも、彼女のお墓には花の絶えることがないのであろうか。
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ウィキペディアによれば、マリリン・モンローとジョー・ディマジオは1954年1月14日に結婚したが、わずか8ヵ月後には離婚したという。しかし、ディマジオの愛は変わることなく、1962年にモンローが死去した後も、20年にわたり、週3回、彼女の墓に赤いバラを贈り続けたという。
われわれが彼女の墓地を訪ねたのは1985年で、モンローの死後20年は越えていたのでウィキペディアの情報が正しければ、あの時、彼女のお墓にあった赤いバラはディマジオが贈ったものではなく、他の関係者が手向けたものであったかも知れない。
https://ja.wikipedia.org/wiki/ジョー・ディマジオ
https://ja.wikipedia.org/wiki/マリリン・モンロー

なお、二人は1954年2月1日、新婚旅行で日本を訪れたという。
NHKアーカイブで紹介している。
https://www.nhk.or.jp/archives/jidai/special/today/0201/

1979年夏の北米旅行では、5歳の長男は親と手を繋いで歩いていたが、1歳半の次男はおんぶ紐で親が交代で背負っていた。しかし、長旅をしているうちに疲れも出てきたので、トロントに到着したところで、ベビーカーを購入した。

増築・改装オープンしたばかりの大型ショッピングセンター EATON'S に行って、子供用品売り場で探してみたが、仲々、ベビーカーが見つからない。
そこで、店員さんに「英語で何と言うか分からないが、日本ではベビーカーと呼んでいる、この子を乗せて押すものはありますか」と身振り手振りで尋ねたところ、「案内しましょう」と言って、われわれをちょっと離れたところに連れて行って、「あなたが欲しいのは、これですか」と見せてくれた時には、「ええ、これです! 有難うございます」と礼を言って、感謝した。
タグには Gerry というブランドの Stroller 、価格30ドルと手書きしてある。
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説明書の表には、英語で「Portable Baby Stroller」(裏側はフランス語表記)と書いてある。英語ではこのように表現するのだと、ある種のカルチャーショックを受けたのであった。
価格は「本体30+税2.10=32.10カナダドル」であった。当時は、1カナダドル=180円前後だったと記憶しているので、日本円に換算すると税込みで6000円弱だったことになる。
最近は、日本でも「ストローラー」と表現する場合があるようだ。
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1979年夏、「エア・カナダ」に乗って、トロントからモントリオールに向かった。
トロント・ピアソン国際空港でチェックインを済ませ、われわれ親子4人は搭乗ロビーで待っていた。空港内では様々な案内アナウンスが流れるので、聴き逃してしまうと大変なことになってしまうことがある。日本語であれば、多少混雑している中でも聞き取れるが、英語のアナウンスとなると、全神経を集中していなければならない。

いよいよ搭乗が始まるかなと思った頃、"ミスター・ホソヤ" とアナウンスされたような気がしたが、その後の内容が聴き取れなかった。空耳かも知れないと思う一方で、私の航空券に何かのトラブルが発生しているのかも知れないと不安になり、搭乗ゲートにいるスタッフに「今、私の名前がアナウンスされただろうか?」と尋ねてみた。彼女は、「子供さん連れの方は、お先に機内へどうぞ」と教えてくれた。2人の小さな子が一緒であることから、気を遣って優先搭乗させてくれたのであった。
この旅行で、成田・サンフランシスコ間を飛んだ「パンナム」では、このようなサービスを受けなかったので、「エア・カナダ」の配慮に驚くとともに、初めての経験で、感激したものだった。
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(参考サイト)
https://www.aircanada.com/ca/en/aco/home/plan/special-assistance/travelling-with-children.html#/

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