これは瞑想を体験から紐解く試みである。この「瞑想」という言葉は、これまで修行法を意味する言葉として用いられていたが、現代ではごく一般的に使われるようになった。それは瞑想技術(Meditation Technique)が、現代社会に文化として受容されたからに外ならない。やがて明らかになるが、これは瞑想文化(Meditation Culture )が多様化した現代社会を統合しているからである。瞑想によって仏教やキリスト教などさまざまな宗教文化が統合されているばかりか、今日では最先端の科学である医療文化まで統合しているからである。
 一般に瞑想〔めいそう〕とは、足を組んで座り、目を閉じて心を静かに落ち着ける行為全般のことであり、身体技法のことである。また瞑想といえば、すぐに禅やヨーガを思い浮かべるはずだが、「禅」とはインド由来の仏教が伝来して支那化し(中国六世紀)、日本へと伝承した仏教の一派である禅宗系統の宗教的修練法であり、ヨーガとは古代インドからさまざまに発展し伝承してきた修行法である。
 いま瞑想を禅やヨーガなどインド発祥の修行法に関連づけたが、現在までさまざまな宗教がなんらかの形で瞑想を伝えているばかりか、それは異なった風土、風習、歴史をもつ国や地域の精霊信仰などの原初的な宗教にも見られるものである。このような瞑想のイメージといえば、単純に目を閉じ心を落ち着けるものから、身体や呼吸をコントロールして心身の調和を維持しようとするもの、薬物などの吸引または摂取によって自然界の象徴である神霊・精霊・祖霊の声を聞こうとするものまで、多くの宗教においてさまざまな目的をもって行われてきた。このため瞑想と一口にいっても、その内容はざまざまで、一般的な意味で説明されるような、座ったり目を閉じたりして、内省したり、考えたり、想像したりすることばかりが瞑想ではないが、そこには共通するある種の生理心理的な状態が存在する。
 ところで、意外に思うかもしれないが、ここでいま日本で用いられている「瞑想」という文字は、仏教に由来するものではなく『荘子』など道教に由来するものである。瞑想は「冥想」とも書くが、漢語としては、目を閉じて深く思索することで、大道(大いなるもの)に合一するための「おこない」という意味である。じつは仏教では冥想という言葉はほとんど用いられていない。近代になって、仏教がヨーロッパで研究・実践されるようになると、禅やチベット仏教の実修法がヨーガなどとともに、メディテーション、コンテンプレーションとして理解されるようになり、それが邦訳されて「瞑想」と呼ばれるようになった。西欧においても、カトリックやキリスト教神秘主義の伝統では瞑想を重視するところから、仏教の瞑想も、これらのヨーロッパの伝統と比較され、また心理学や精神医学など心理療法の領域に取り入れられて広く普及するようになったものである(『岩波仏教辞典』岩波書店)。
 現在、英語で瞑想の訳語として用いられている「メディテーション」「コンテンプレーション」「インサイト」「マインドフルネス」を眺めると、欧米諸国に「瞑想」がどのように文化として受容されたのか、その片鱗が見える。まずメディテーション(Meditation)は、日本語では「熟慮」「沈思」などを意味する。次にコンプレイション(Contemplation)は、「じっと見つめること(凝視)」「じっくりと考えること(熟慮)」を意味する。これらはいずれもキリスト教の宗教的な「おこない」を意味するラテン語のmeditatio(熟考)やcontemplatio(考える)からの派生語であり、祈りや黙想といった宗教的な「おこない」を表現する言葉である。
 また最近よく耳にするインサイト(insight)は「洞察」などを意味するが、これは仏教の瞑想技術の一つである観想(観)、サンスクリット語ではヴィパシャナー〔vipaCanA〕、パーリ語ではヴィパッサナー〔vipassanA〕の英訳である。この「観」は仏教用語では自己と向き合うことで「内観」を意味する言葉である。近年、このような仏教用語が英訳される背景には、南インドから東南アジア中心にさかえた上座部仏教(Theravada Buddhism)は、主に西欧諸国の植民地支配を受けていたため、欧米にも数多くの寺院や団体が存在するからである。上座部仏教の瞑想技術への関心は宗旨宗派や出家在家の枠を越えて高まり、ヴィパサナー瞑想(vipassanā meditation)、インサイト・メディテーション(inside meditation)と呼ばれている。
 さらにこの瞑想技術が欧米諸国で西洋仏教として、上座部仏教の宗教儀礼(ブッダへの帰依や礼拝)を廃して実践(practise)され、心理療法から死の看取りや平和活動にいたる幅広い分野で応用実践されたことで、瞑想はマインドフルネス(mindfulness)と呼ばれるようになった。(マサチューセッツ大学医学大学院のジョン・ガバット・ジン等による「マインドフルネスに基づいたストレス緩和法[MBSR]」一九七九年)。このマインドフルネス〔注意深さ、留意〕はサンスクリット語のスムルティ(smRti)、パーリ語のサティ(sati)、漢訳の「念・憶念」の訳語である。これは仏教の瞑想技術では、重要な技術の一つであり、観念的な思惟を離れて自分の意思に気づくプロセスを意味する言葉である。
 ここまで一般的に使われている「瞑想」という言葉をたよりに、瞑想を訳語から眺めてきたが、近年になって瞑想はたんなる修行法ではなく、とくに医療文化を統合し「マインドフルネス」の訳語を用いるにようになったところから、世界共通の「瞑想文化」として社会に受容されたのである。

第一章 瞑想文化を理解する
 瞑想文化を理解する試みは、瞑想を体験から理解することである。しかし、瞑想を体験から理解するにしても、その体験を誘導する瞑想技術を文化史から理解しておく必要がある。ここでは「インサイト・メディテーション」や「マインドフルネス」を支える仏教の瞑想技術をその起源に遡りながら概観しよう。
 いま瞑想を体験から理解するといったが、現代仏教を眺めると、それは瞑想技術の解説だったり、仏教文献の哲学的な解釈(仏教学)だったり、それはほとんど体験として扱われていない。そもそも仏教学(Buddhist studies)という学問は、明治時代に海外から輸入されたものであり、もともと日本仏教にはなかったものである。これはヨーロッパ強国のアジア諸国の植民地支配の一環として、現地の宗教であるヒンドゥー教や仏教をインド哲学と同様に、文献学や史学的アプローチから研究する近代仏教学がヨーロッパで成立したことにはじまる。
 それまで仏教の伝統的な考え方では、仏教とはの釈尊の瞑想体験そのもの(悟り)とされていた。有名な教えに「知恵の目で悟りの境涯をよく学び、修行の足で歩いて行けば、清涼に池で癒される」(中国六世紀、天台智顗大師『法華玄義』「智目行足到清涼池」)とある。まさに仏教は、「行学一体」「行学二道」の技術にもとづく体験として伝承し、それは僧院内で実践されていた瞑想技術(仏教生活)そのものだったのである。仏教とは悟りの体験的な追求であり、学問的に理解した未体験の悟り(未到地)を体験として裏打ちしてゆく道のりである(拙著『寺と仏教の大改革』国書刊行会、二〇〇九年)。
 まさに仏教は釈尊の体験を追体験する「行学一体」の技術として伝承してきたのである。こう気づけば、釈尊の悟りを哲学的に解釈することは重要であっても、追体験を誘導する瞑想技術はそれ以上に重要であることが分かる。なぜなら、それこそが「行学一体」の仏教だからである。いま暗に行学一体ではなれば仏教ではないと言ったからには、私がどのような瞑想技術を師匠から相伝されたのかを明らかにしなければならない。それは「止観業」〔しかんごう〕と呼ばれる伝統的な瞑想技術である。この技術は、文化史的には『天台小止観』にみる技術であり、日蓮仏教の伝統的な技術である。さらにその系譜にしたがえば日本仏教の母山である日本天台宗の延暦寺につながる技術であり、またそれは中国天台(『摩訶止観』十巻)を経由してインド禅(『禅門修証』十巻)へと遡る技術である。ここで系譜などにふれなくてもよいのだが、仏教の瞑想技術は伝承ごとだから、その故事来歴が明らかにならないと仏教と認められないばかりか、自己流の瞑想技術という誹りを免れないからである。
 しかし、その瞑想を「私は師匠からこういう技術をこう習った」と主観的に表現しただけではなかな理解できない。ここからは仏教の瞑想技術を文化史的な視座から再評価することで瞑想文化を論じながら、「瞑想」に秘められた五千年の年輪をひもといてみよう。