2005年10月

2005年10月27日

肌の触れる感覚

第39回東京モーターショウが千葉の幕張メッセで始まった。
ガソリン自動車が発明されてから約100年、環境や資源問題を背景に、いよいよ石油時代から燃料電池(水素)や電気自動車へとはっきり方向性が見えてきたようだ。
今のままでは石油は40年で枯渇するともいわれている。20世紀は石油科学時代万能だったといっても過言ではない。豊かで便利になったが、環境という大きな負の遺産を残しながら。

私の子供の頃は、エンジンの音と排気ガスの臭いは文化の象徴として心地よいものだったし、大人になったら車を運転して好きに走り回りたいと男の子達は夢見ていたわけだから。
マツダクーペR360昭和40年(1965)会社勤めをして、初めてのボーナス6万円で買った中古のマツダクーペという車、会社で自家用車は社長のクラウンと叔父さんのフェアレディしかなかったくらいだから。東京の街もすいてたので、このミニカーであちこち出かけた。故障もしたけれどメカは単純。エンジンがかかりにくいので、いつも坂の上に止めておいたなんて懐かしい思い出だ。この車はマツダが初めてつくった四輪車、この頃から、日本の経済成長が始まったわけです。

カローラ1100ccあれから40年、何台の車を運転してきただろうか。思い出してみると15,6台になる。どれも気に入って手にいれたものだから、その時々の生活の伴侶みたいなもので記憶が甦る。一番長く乗ったのはカローラ1100ccで、8年間よく走った。故障しない日本の車の元祖といってもよいくらい頑丈な車だった。


15年前、小型のBMWのハンドルを握ったときの衝撃はいまでも鮮烈だ。
それまで、車は道路の衝撃をスプリングでやわらげ、高級車はソファに座るがごとく移動できる快適なものだと思っていたから、この車の道路と接触しているという硬いゴツゴツした感じには驚いてしまったのです。
BMW E30ところがこの方が疲れないから不思議です。
ますます便利でオートマ化されていく中で、私達が失ってしまった感覚、何かあるものと接触しているという喜びをこのヨーロッパの車は教えてくれたように思うのです。
それから、メカには弱く、運転は下手なくせに、コンパクトな車と一体になって走るのが好きになってしまったのです。


皮膚が情報収集の装置であることはよく知られていることで、たしかに触ることは見ることよりも直接的で、友好的だと思う。
私達が慣れ親しんできた土の文化、陶磁器の触れると快い滑らかな感触は、作り手とそれを使う人とを結ぶメッセージなのです。
愛するときのように、もっとも心の通う瞬間は肌の触れる感覚なのではないでしょうか。

私が粘土の洗顔というナチュラルな質感にこだわるのも、便利な化学合成品に囲まれて忘れかけていたテクスチャアという手触りの感覚を大切にしていただきたいと願うからなのです。

エンジン音のしない電気自動車時代が来るとしても、操るという触覚を満足させてくれる車の楽しみは残して置いてほしいのですが。

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syobu828 at 03:24|PermalinkComments(8)TrackBack(0) エコロジー生物学 

2005年10月21日

酸素は敵か味方か?

平均寿命は伸びて、80年以上も生きられるようになったと聞くと、自動車でも10年くらいしかもたないのに、よくまあこの柔な体が長持ちするものだなあと思います。
それは、60兆個の細胞が少しづつ入れ替わっている。つまり日々古い細胞が死んで新しい細胞が生まれるという新陳代謝を繰り返しているからなんですね。

新しい細胞をつくりだすためにはエネルギーが必要です。また出来上がった器官や組織を動かすためにもエネルギーが使われてます。
このエネルギーはタンパク質、脂肪、炭水化物の酸化(燃焼)によって得られ、酸化のためには酸素が必要なのです。

肺ほとんどの動物は、大気中から酸素をとりだしているか、水中から酸素をとっている。そのために肺またはエラがつかわれ、血液によって酸素が運ばれる。
しかし、初期の生物には肺やエラがなく、からだの全表面で呼吸していた。
だから、人間も皮膚呼吸の能力を持ち続けているのです。
ただし肺の表面積は皮膚の50倍もあるので、効率の良い皮膚呼吸が寄与する割合いは少ないのです。


生物にとって酸素がいかに大切かといえば、たとえば数分間酸素の供給を断たれただけで、人をはじめたいていの動物は死んでしまう。
自動車の洪水のような東京の街は、炭酸ガスと一酸化炭素で汚染され、酸素の自動販売機が出現したり、交通巡査のために酸素ボンベが備えられたりしているという。都会のよどんだ空気をさけて、休みの日は高原や海辺へ出かけ、新鮮な空気を吸って元気回復というわけである。

しかし生物の進化の歴史を振り返ってみると、酸素はもともと生物にとって毒だったのです。生物が誕生した頃の地球には酸素は無く、窒素ガス、炭酸ガスが充満していたから生物は酸素無しの生活をしていたのです。今でも嫌気性菌は発酵という酸素無しの方法でアルコール(ワイン、ビール)をつくっている。彼らが最も古いありがたい生き物なのです。
クロレラのような酸素を放出する緑藻類が現れ、その酸素毒を制御し、利用する生き物が現れ、酸素呼吸する生物が繁栄するようになったのです。

酸素毒というのは活性酸素といわれるもので、生体内にこれができるとDNAを傷つけ発ガン、動脈硬化、心筋梗塞などを起し、最近の研究では老化も活性酸素による過酸化脂質が細胞にダメージを与えるからだということが解ってきたのです。

マラソン活性酸素はどんなときに発生するかというと、紫外線を浴びたとき、アルコール、タバコ、排気ガス、そしてなんとスポーツなどで大量に酸素を消費したときに発生するのです。
もちろん、生体には活性酸素に対する防衛システムがあるのです。、燃え上がる炎を抑えるために、ビタミンCやE、緑黄野菜に含まれるベータカロチン、SODという酵素などが活性酸素を消去しているのです。


酸素とは必要不可欠なものですが、多すぎても害になるという、両刃の剣のように味方にも敵にもなるというやっかいなものなのです。

スポーツ選手は短命だといわれる。健康によいと信じて始めたスポーツで逆に健康を害し寿命を縮めるということもあるわけで、日常の仕事や趣味で体にあった運動量を保ち、急激に過剰な酸素を取り入れないほうが良いのだろうと考えます。

使わなければ衰える、使いすぎても衰える」ということなんだと解釈して、小生はのんびりマイペースでやってますが。
だけど日本人の平均寿命がこんなに延びたのは、(特に女性の)電化製品によって家事労働から開放されたというのが大きいと思いますね。
開放されすぎて、飛んでる奥さんもいるけれど。

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syobu828 at 04:51|PermalinkComments(7)TrackBack(0) エコロジー生物学 

2005年10月13日

Cats and Dogs (猫好き犬好き)

ホームセンターへ行くと、ペットとガーデニングのコーナーはいつも盛況で、年々売り場も広がっている。
生き物好きが増えているわけだ。
かくなる私も2週間に一度は、猫用のグルメ缶と猫砂を買いに行く。
長女が中学の先生から子猫をもらってから、もう23年間一緒に暮らしている。
孫が中学1年になるから、長い間、私共家族を喜ばせ、愛され、幸せな猫だなと思う。
健康で珍しいくらい長生きだ。たぶん猫年齢は100歳を超えていると思うけど。

眠るフミヤ子供の頃は玉を取ってジャレたり、部屋中を駆け回ったり遊び好きだったのに、
この頃はネコ(寝子)という名のとうり、食べることと寝ることの毎日だ。
スースーといびきをかいて眠っていても、耳だけはピンとして何か音がするとピクッと動かす。
眠っているようで耳だけは起きている。犬ほどには鼻が利かないけれど、耳の感覚はとても鋭い。ライオンや虎の仲間だもの。

膝の上のフミヤ時々ニャーニャー鳴いて擦り寄ってくるので、どれどれと膝の上に抱き上げ、首のあたりをなでてやるのだが、2,3分もするとあばれだし、独りになりたがる。
さっき鳴いたのはなんだったんだいと言いたくなる。
フサフサした毛で護られ、肌は薄く、ピンク色で綺麗だ。
優しく保護すれば肌はきれい」という美肌法を彼女から教えられるのです。

待ち伏せ型ハンターで、集団をつくらない猫という動物は犬と違って毅然として独居し、人間に忠誠を尽くすなんてことはないようだ。
猫は自分自身で生きているから、いくら仕込んでもお手をしないんだ。
食事とねぐらを用意してくれれば良いの、私にはかまわないでというわがままな彼女の魅力にとりつかれて23年が過ぎたのです。

さて、猫の対極にあるのは犬だ。
犬の祖先はオオカミだといわれている。人間が狩をするとき後をついてきて、分け前をもらうようになり、獲物を見つけたり、追い出したり、最初から人間と依存しあう関係だったらしい。
単独性の猫とちがって、犬は群れで獲物をとるハンターだから、人間を群れのリーダーと思って、服従し忠誠心があるのです。
だから飼い主がリーダーシップを発揮し、しっかり仕込めば羊番もするし、盲導犬にもなるし、ペットとしても、お手やお座りはもちろんのこと飼い主の言葉も理解するようになるのです。
犬は大人になっても飼い主とよく遊ぶし、飼い主も相棒がいて幸せそうだ。

核家族時代になって、私の回りも一人、二人住まいが多いようです。
生活形態も猫好き、犬好き、人好き、その他に分かれるようにおもいます。

そして、それぞれの相性からでしょうか、飼い主のほうも猫型、犬型に分けられるような気がするのですが、そう思いませんか。
でも狸やキツネもありだからなぁ〜。

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syobu828 at 02:46|PermalinkComments(10)TrackBack(0) エコロジー生物学 

2005年10月05日

人間の嗅覚

「おはよう」といって事務所のドアを開けると、香ばしいコーヒーの香りがする。毎朝このにおいを楽しみ、今日が始まるのです。

焼きたてパン街へ出れば、角のベーカリーの焼きたてパンのにおい、その先の花屋の百合や薔薇の香り、隣の洗濯屋のさっぱりしたにおい、野菜屋、ハンバーガーのスパイスなどなど。
夕方家路につく頃には、近所の家で焼く魚の旨そうなにおい。
こんな感じのにおいは生活に感覚をもたらし、季節の移り変わりを感じ、楽しさを加えていると思いませんか。


私の子供の頃、親父のヘアートニックと煙草のにおい、ご機嫌で帰宅した時のアルコールのにおいなんかに大人の男を感じていたし、すれ違ったとき甘い香りのする小学校の美しい先生への思慕なんて、においというのは無意識に強く感覚に印象付けるものだと感じています。

ところが最近の石鹸、洗剤、殺菌剤や消臭剤の売れ行きをみていると、無菌無臭ブームも行き過ぎているんじゃないかと危惧するのです。人と共生している微生物を根こそぎ殺して、嗅覚という強力で多様性のあるコミュニケーションの手段を自ら切り離してしまってよいものだろうか。
何か強い肉感的なものに圧迫され、感情に対処することを恐れているような現代人の脆弱さを感じてしまうのです。

鼻人間は他の哺乳類と比べて、嗅覚が劣っているといわれる。
たしかに樹上生活するテナガザルなどは、地上で暮らす四足動物にくらべて嗅覚が発達してないし、空中を飛ぶ鳥は視覚が発達し、海水に住むイルカやクジラは臭いは苦手で聴覚が頼りなのです。
樹上から水中そして二足歩行と進化した人間は、嗅覚の恩恵をこうむることがなかったわけなんだ。

イヌの嗅覚は飼い主の100万倍も敏感だといわれているから驚きです。

だからこそ残された僅かな嗅覚を大切に使って、人間同士、そして他の生物や環境と良い関係を作っていきたいものです。

アラブ人は話しているとき、たえず相手に息を吹きかけるそうです。
ところが、アメリカ人は他人に息をふきかけてはならないと教えられている。
イラクとアメリカでは全くやり方が違うわけで両国の争いが解決しないのも嗅覚に問題ありなのかもしれませんね。
その点、さすがフランス人は香りが好き、恋愛はにおいの好みから始まるらしいですよ。

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syobu828 at 02:36|PermalinkComments(7)TrackBack(0) エコロジー生物学