2008年09月

2008年09月22日

初秋の海辺

入院中は西南社の森や池などを巡る早朝の散歩を楽しんでいた。
それができたのは、消灯が午後10時、起床6時、
朝食7時半という時間割のお陰だと思ってる。

マリノア ヨットハーバー桟橋退院して、ぼつぼつ自転車で近所へ出かけている。
秋の海辺をみてみようと、
20分位で福岡市西区の小戸へ行ってみた。

さらに、隣のマリノアのヨットハーバーへも寄ってみた。
大型の船が係留されて、平日は静かで人影も無い。
向こう岸に女学校の赤い屋根が見える。


マリノア ヨットハーバーもう30年以上も前のことだけれど、
ヨットに夢中になり、家業もそこのけで家族に迷惑をかけた。
その頃はまだ、ハーバーなどというものは無く、
西区のはずれ今津の漁港に船を預けて、
親切な漁師さんに面倒をみてもらった。




クルージングヨットの船底には、
船体の重さの30〜50%ほどのキールという鋳物の重りがぶら下っている。
これが、深さ1m〜2mもあるので、港のように深いところでないと係留できない。

クルージングヨットのキール(鋳物の重り)しかしキールのおかげで、船の横流れを防ぎ、ヨットは風上にも進める。
また強風で船が90度以上横倒しになっても、復元するから沈没しない。

私も何回か玄界灘の嵐で怖い目にあったが、
船の安定性や復元性は良く出来てるものだと信頼していた。

小さなヨットで、太洋を渡った冒険家達の航海記を読めば、海には夢とロマンがある。



福岡造船所翌日は、長浜の魚市場や西公園の漁港の方へ回ってみた。
港の回りに船具屋が並び、福岡造船所のドックが見えた。
丁度、赤い大きな船がドックに入っている。
この風景は古い造船所の建物や係留してる漁船などが入り組んで、
波止場の活気や情緒があり、海の臭いがして、初秋の海辺の風を感じた。


港は古今から、新しいものが入ってくるところであり、
また世界へ出てゆくところでもある。
神戸、横浜、長崎など全国の港町に旅情を感じるのは
そんな風情のせいだろうか。

博多も商人の町として、天然の良港として繁盛してきたのだ。
しばらく、博多のウオーターフロントを探索してみようと思う。

東浜の方には、税関や外国船の岸壁もある。
レンガ造りの古い商船会社なども残ってるかもしれないな・・・・

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syobu828 at 18:28|PermalinkComments(13) 絵画 スケッチ 

2008年09月15日

ボトルシップ

9月13日(土曜日)で退院してから10日が過ぎた。
入院保険の証明書を作ってもらおうと思い、書類を持って病院へでかけた。

実はひとつ心配なことがあった。
それは、抗癌剤のTS1を飲み始めて、蕁麻疹が現れ始め、痒くてたまらないのだ。

がん患者の心の扉を開くコミュニケーション術病棟へ行って、薬剤師の高瀬先生に相談したら、
早速、主治医の村上先生に診て頂くように手配してくださった。

予約なしの外来診療だったので、2時間ほど待ち時間があった。
以前同室だったYさんやFさんが外来で来ていたので、
その後の具合など話しながら待ち時間を過ごせた。



診察していただくと、やはり、このひどい痒みは抗癌剤のTS1の仕業であった。
しばらく、TS1は休みということになり、明晩からぐっすり眠れるならと一安心する。

抗癌剤は細胞分裂の速い癌細胞を殺すようになってるが、
同時に分裂の速い正常な細胞をも殺してしまう
そのために、いろんな副作用が現れる。
この副作用をどうコントロールするかが、これからの問題だ。

果たして、自らの体を傷つけて、100%癌細胞を殺傷してしまう必要があるのだろうか。
なんとかうまく、共生していく方法はないものかと思うのです。


病室西505号室を覗いてみる。

私の居たベットに移った0さんは、舌癌の手術後の経過がものすごく良い。
話も出来るし、顔色も良い、体重も増え、食事も口から食べられる。

80歳で少年ソフトボールの監督をしてるKさん。元気でガンと闘ってる。

私の退院後、新しい人が2人入っていた。
なにしろこの耳鼻科は九州でNO1と言われるくらい、いつも予約で一杯だ。

ボトルシップ私より10歳ほど若いTさん、前に食道を手術し、今回は喉で入院し放射線治療を受けていた。
唐津の住人で明るい性格。いつも病室の皆を笑わせていた。
「良くなったら、オコゼの味噌汁とカワハギの肝で一杯飲もうぜ」が口癖。

このTさんが、16日に退院するという。
同室だった記念にと言って、ビンの中に作った見事な「ボトルシップ」を差し出された。
Tさんの趣味はボトルシップを作ることだと聞いていた。
専用のピンセットで、狭いビンの口から、細かい部品を組み立てる。
相当な手間と時間がかかる、器用な人じゃないとできない趣味だ。

なんでも、ボトルシップというのは、何ヶ月もの長い航海の日々を退屈しないようにと
帆船時代の船員さん達が始めた趣味だそうです。
その点では、長い闘病生活にも向いてる趣味かもしれない。

でも、Tさんが丹精こめて闘病中に組み立てたビンの中の帆船を頂いてよいのだろうか。
私は、「退院オメデトウ。この船は大切な記念にします」と言って、Tさんの手をしっかり握った。
今度は、病院じゃないところで会いたいですね。

家に帰って、ボトルシップを本棚に飾った。綺麗だ。


夏の風景私は、画材屋さんへ走った。
この入院生活で描いた小さな水彩画を3枚、額に入れて貰った。


明日、これをTさんに届けよう。
ボトルシップのせめてものお礼に・・・・・


 

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syobu828 at 06:01|PermalinkComments(16) ガン闘病記 

2008年09月08日

福大病院に入院 95日間

今年の5月の連休の後に、気の置けない仲間と阿蘇へ出かけ、
新緑の草原で山の空気を吸って気分は上々。

その一週間後、友人のお嬢さんの結婚式に招かれ、久留米でご馳走をいただいた。

そして5月23日からは1週間の予定で、新潟、群馬、東京、横浜を回る旅を計画していた。

この1ヶ月、体調は良かったが、何か喉につかえる所があって、食物を飲み込むと少々痛みがある。
風邪を引いたり、扁桃腺が腫れたにしては、熱が出ない。
旅行中に具合が悪くなっては大変だからと、会社の近くの耳鼻科へ行ってみた。

福大病院玄関鼻から内視鏡を入れて調べると、耳鼻科の先生は即座に言った。
「今から紹介状を書きますから、すぐに福大病院の耳鼻科へ行ってください」
福大病院の耳鼻科外来では、「組織を採取して、検査しなければはっきり良性か悪性かわかりません」
「とりあえず検査入院の予約をしてください」ということで、
1週間後の入院予約をし、喉の痛みもそれほどでは無いので6日間の旅に出た。
もちろん旅行中、アルコールは適度に楽しんでいた。


えっ、まさか私が癌になるなんて・・・・・

MR検査装置1週間の精密検査。
CTスキャン、MRI、細胞診、エコーの検査結果は、中咽頭癌 左頚部リンパ節転移」という診断が下った。

主治医の先生から、病状の説明と今後の治療計画について詳しく話があった。
検査資料を見せられ、納得いくものであり、丁寧に説明していただいた。

入院診療計画書に同意し署名して、6月2日福岡大学病院耳鼻科へ入院することになった。

さて、癌と言われた時、これは命をとられるかも知れないと思った。
しかし、今は癌も治る病気になって、患者に癌を告知するようになってる。
主治医の先生も、「我々も最善を尽くしますから安心して治療をしなさい」と自信をもって説明してくれた。
「ここは、治ると信じて、最新の治療を進んで受けよう」と心は決まった。

放射線治療装置それから、放射線治療と抗癌剤治療を6月一杯続け、
7月は治療を休んで体力を回復させ、
8月は超選択動脈注入法という、股の動脈からカテーテルを喉まで入れて、
抗癌剤を注入するという最新科学療法を行った。

お陰さまで、癌細胞は見事に跡形も無く消失し、9月4日退院しました。
この暑い夏を涼しい病院のベットで過ごした95日の入院生活。
今後は、自宅療養で、抗癌剤を飲み続け、再発を防ぎ、
精密検査を半年間続ける予定です。

癌の治療は、抗癌剤や放射線の副作用がきつく、
それを乗り越えなければならない患者の苦痛は他の病と比べようもありません。
それほど、癌というのは難儀な病気なのです。

それでも、前回書きましたように、「緩和医学」といって、
苦しまずに癌を治そう」という方向に進歩しつつあります。

医師、放射線技師、薬剤師、看護師、検査技師、病院職員の皆さんの
チームワークとコミュニケーションの良さは、
この大学病院の評判が高い証拠ではないかと思うことがたくさんありました。

このことについては、また次の機会に書きます。

そして、なにより励ましの言葉をかけ続けてくれた多くの友人達。
仕事でお世話になっている方々の温かい励まし。親戚家族。
皆さんの激励と愛情が無ければ、
癌と闘うことは出来なかったでしょう。

心よりお礼申し上げます。

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syobu828 at 06:01|PermalinkComments(24) ガン闘病記 

2008年09月01日

緩和医療

病院の図書館で、モーリス・ユトリロの画集を借りて見ていた時、
丁度、薬剤師の高瀬先生が来られて、
「ユトリロは絵の具に石膏や粘土をまぜて、白い壁を描いたらしいですよ」
グスタフ・クリムト 「ダナエ」同時代のオーストリアの画家クリムトもいいですよ、ぜひネットで見てごらんなさい」
と私の興味ある絵の話から始まって、本題の薬の話へと向かった。

先生の話の対象は絵画、音楽、文学、テニス、スポーツ等などとても幅広いのです。



それから、私が化粧品の開発をしてることを話したら、
紫色の「うがい薬」アズレンは、ローマン・カモミールから抽出されることなど、
先生はアロマセラピーにも詳しいのです。


高瀬久光先生は福岡大学病院薬剤部のガン専門薬剤師である。
先生の著書、「がん患者の心の扉を開く、コミュニケーション術」を読んで、ガンは苦しまず治す方向に進歩してることを知った。(緩和医療)

懇意にしてる皮膚科医の磯辺善成氏と薬剤師の玉那覇昌保氏にも、早速この本をお贈りした。

薬剤師というと、製薬会社の研究室、病院の調剤部門で働く人が多いのですが、
高瀬先生は薬剤の知識を現場の医療に役立てようと、
ガンの緩和医療チームの一員として病棟で活躍している。

ガンの緩和医療というのは、抗がん剤の副作用を抑え、
ガンの痛みを麻薬で和らげ、苦しまずにガンを治療する方法である。

この緩和医療が成功するためには、ガン患者、医師、薬剤師、看護師のチームワークとコミュニケーションが絶対必要なのです。

しかし実際の現場は、医師は多くの患者を担当し、忙しく、患者とゆっくり話す時間は限られがん患者の心の扉を開くコミュニケーション術ます。
その時、使ってる薬の効き目を患者から聴いたり、患者の心身の悩みを聴いて、
医師に専門的助言をする薬剤師の柔軟な情報力が必要なのです。

この柔軟さというのが高瀬先生の特技というかパーソナリティなのだ。

前述したように、ユトリロの話から・・・いつのまにか、
抗がん剤や麻薬の話になってしまうという、
高瀬流コミュニケーションスキルは柔らかく流れるのです。


コミュニケーションスキルは人対人との信頼関係を作るプロセスであり、医療従事者の基本的マナーである」とこの本の序文の中でも明言している。




運動公園のグランド企業でも、コミュニケーションが大切とされ、米国流のコーチング理論などが今注目されている。

人の命を預かる医療現場では、他人に言えない患者の精神的な悩みなどが重要なファクターになるそうです。
全快に希望を持ち、安心して、苦痛なく、病を克服できるように
これからの緩和医療の進歩は皆の期待するところです。



運動公園の前の家私が、この夏100日間を福大病院で過ごした顛末については、
次回のブログにて書きますので・・・・

長い・・・暑いこの夏もようやく終わりを迎えたようです。
朝晩はすっかり涼しくなりました。

今朝の散歩は、長袖の薄いスウェターが要るくらいでしたよ。
セプタンブル(September)の歌がきこえる・・・・・
 

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syobu828 at 01:11|PermalinkComments(13) ガン闘病記