2009年04月

2009年04月15日

リンパ節癌の手術

ブログの投稿が2週間も遅れてしまったのは・・・・・

4月6日に福大病院に入院し、8日に手術、昨日抜糸して、
今日やっと病室でパソコン使えるようになったからです。

昨夏3ヶ月入院して、放射線と抗がん剤で中咽頭癌治療して
体調も回復し、小旅行などもできるようになり安心していたんですがね。

癌は油断できない病なのです。
3月末、退院後7ヶ月の検診で、MRI、CTスキャンを撮ったところ、
左喉のリンパ節に転移ガンが見つかったのです。
自覚症状はありませんでしたが、先生が触れると患部は固く痛いのです。

前回、放射線と抗がん剤はめいっぱい使ってますから、
もう今回は手術しかありません。
首の外からの手術ですから中よりも楽ですよと言われサインした。

リンパの癌が静脈に癒着してたので手術は5時間ぐらいかかった。
手術は完璧。さすが名医の執刀である。

翌朝におかゆを食べ、3日目に尿管をはずし歩く、
4日目に点滴とドレンをはずし、6日目に抜糸、今朝は敷地内を散歩した。
ただ首の手術は2日間安静で寝返りがうてないのに参った。
仰向け寝は苦手で横向きじゃなきゃ寝られない性分なもんですから。

手術は潔く切り取るだけだから、体は怪我したようなもの。
傷が治れば放射線と抗がん剤の化学治療より体力が減退せず術後は快適。

放射線と抗がん剤は白血球が減少し免疫力が落ちるし
食欲減退、めまい、倦怠など種々の後遺症があるのです。




ひとまず安心。しかしまた問題が発見される。


PET−CT 検査装置手術後、胸のCT検査と全身のPET−CT検査を受ける。
PET検査は放射線でマークされた葡萄糖を注射して
CT(断層写真)を撮るガン検査法である。
糖分はがん細胞に集まる」というがん細胞の性質を利用した大掛かりな装置である。

検査の結果は・・・・・・・
左肺に12mmの腫瘍が発見される。
蝶々型からみてこれが原発ガンではないかと推測される。
早速、胸部外科の主任教授 K先生の診察を受ける。
来週いったん退院して家でゆっくりして、
「2週間後に左肺下部摘出手術をしましょう」ということになった。

というわけで月曜日の退院は一時帰国である・・・・・・・・

いよいよ私の癌はその正体を現してきた。
今後あちこちと体内を飛び回るのであろうか?

どうやってこの厄介な相手と戦い、同盟し、共生していくべきか。

室見川 中流 1私に残された仕事とは・・・・
生き抜くことではないだろうか

勇気をもって挑戦していきたい。

 


室見川 中流 3入院の前に、しばらく来られないと思い
散策コースの室見川河畔公園を往復した。

 

 

 

室見川 中流 2もうカモ達はいないけど、河岸の木々の緑は青々。
遠くに桜並木が薄桃色にひろがる。


 

 

 

セグロセキレイ 室見川中流尾羽の長いセグロセキレイが水辺を横切る。
川原の桜の木や電線にモズが留まる。



 

 

モズ 室見川河畔公園躊躇して止っていても季節は着実に廻ってくる。


 

人気blogランキングに登録しました。お役に立ちましたら
 
ここをクリックお願いします



syobu828 at 15:32|PermalinkComments(20) ガン闘病記 

2009年04月03日

早春の筑後川

月曜日(3月30日) 風はまだ冷たいが日差しは暖かい。
代理店のKさんのお誘いで筑後川の原鶴温泉へ出かけた。

Kさんは昨年お父上を亡くされ、この日はお母様と一緒に命日のお墓参りだった。
小生も同道して東区の新宮霊園へお参りした。霊園の桜が満開で見事。
ここからは博多湾から遠く玄界灘を一望することができる。

早春の筑後川その後高速道路で筑後の朝倉まで行き、原鶴温泉へ向かった。
筑後川沿いの田主丸、甘木、吉井の町は葡萄、柿など果物や植木の産地。
もちろん筑後川の豊富な水を利用して米作りや野菜など農業も盛んだ。
星野村や八女は銘茶の産地。
どこの農家も大きな建物で筑後地方の豊かさと明るさを表してる。

吉井は古くからの宿場町で昔の白壁の商家が保存され、雛人形で有名だ。
そして原鶴温泉、筑後川温泉、日田、天瀬と湯布院まで温泉が続く。
原鶴は福岡から高速で40分くらいだから日帰りで行ける。

ホシハジロ (カモの仲間)潜水して魚を捕る今回は去年の2月妹夫婦達と写生に来た旅館の隣。
六峰館という老舗の旅館で昼食を頂いた。
筑後川を眺めながらゆっくりとくつろぐ春の午後である。
こちらは桜よりも河川敷の黄色い菜の花が見事だ。
食後は屋上の露天風呂でさらに手足を伸ばす・・・・・
あぁ〜良い気分だ。




帰ってからネットで筑後川を検索してみる・・・・・

そのひとつは蜂の巣城紛争である。
筑後川には多くのダムが建設されたが、
公共事業は開発が優先され、住民が犠牲になることが多かった。
松原ダム、下筌ダム建設をめぐって住民が反発。
室原知幸を中心に蜂の巣城に籠城し流血事件が起こり社会問題化した。
室原の死後、「水源地域対策特別措置法」ができ住民への補償が重視されるようになった。
室原らの蜂起は河川行政の転換点になったのだ。

現在でも木曽川の開発をめぐって、大阪府や京都府、滋賀県などの知事が
ダム建設差し止めを決断している。



筑後大堰全景もうひとつは日本住血吸虫症のこと。
筑後川流域や利根川流域は昔から日本住血吸虫症の多いところ。
住血吸虫症というのはミヤイリガイという巻貝を中間宿主として河水に入ったヒトなど哺乳動物に皮膚より寄生し、肝硬変などを起こし死に至らしめる。
この撲滅には、河川敷の護岸工事をして、ススキを刈り取り、ミヤイリガイの生息ができないようにした。
1984年(昭和59年)に完成した筑後大堰によって、
日本住血吸虫症を完全に撲滅させることに成功し、現在同疾患は国内に存在しない。
筑後川の自然を護れということで賛否が問われていた筑後大堰の建設には住血吸虫撲滅という輝かしい成果があったのだ。

ダイサギ 白鷺のなかで一番大きく優雅地域開発には住民補償や自然保護という相反する命題をいかにバランスよく調和させるかということが問題だ。

筑後川の鳥達も何か言いたいのだろうな。
彼らの目が訴えてるように思えるのですがね・・・・

 


 人気blogランキングに登録しました。お役に立ちましたら
 
ここをクリックお願いします 



syobu828 at 16:44|PermalinkComments(12) 絵画 スケッチ