2009年06月

2009年06月23日

東京3日間の旅

4月23日から始めた自然医食はもう2ヶ月を経過しようとしてる。
玄米雑穀の主食にも慣れ、1日2食、100回以上噛むこともできる。
体重は53キロとだいぶ軽くなったが、動きは良いし疲れない。

私が自然医食を始める導きをしてくれた、この病の先輩、
篠崎勝美さんが御茶ノ水クリニックへ行くというので同道することにした。
彼は余命3ヶ月といわれた末期ガンを自然医食によって克服し、もう6年になる。
とにかく元気で若い60歳である。(風貌はロッカー?ラッパー?)

6月16日(火)夕方、芝のメルパルクホテルに投宿する。
篠崎さんと南さん、男3人で銀座の街へでかける。

夕食は「吉田の蕎麦」、大盛ソバをおかわりする。江戸の蕎麦は美味い。
腹ごしらえして、箸の専門店や洋服屋を何軒か見て回る。

パナマ ハット (銀座トラヤ)篠崎さんが今回の診察記念に帽子(夏用の黒いパナマハット)を買うといって、老舗帽子店、「銀座トラヤ」に入った。
さすがこの道の専門店。各種帽子はサイズも全部揃ってる。
ハットといえば、イタリアのボルサリーノが最高級品。
被り心地はとても軽く、フェルトの生地もなめらか、値段もびっくり。
小生もあれこれ試してるうちに、トラヤオリジナルのパナマを被ることになった。


翌日の検査と診察は午前9時から始まる。
2ヶ月前にやっとで登った御茶ノ水の坂も今回は楽々と登れた。
確実に体力、免疫力が回復してるのを実感する。

森下敬一先生はお顔の色はピンク色、83歳にはまったく見えない。
お声は高く、言葉は力強く、頭脳明晰、ユーモアもある。

「少しずつ良い方向に向かってます。」
「気を緩めないで自然医食を続けなさい。」
と励まして頂いた。

 

夕方は化粧品コンサルタントのK氏に会い、
銀座5丁目のマクロビ料理店で夕食を摂る。
K氏と社員の皆さん「玄米菜食って以外に美味しいね」と言って楽しんだ。
健常者も週に一度は体の大掃除、玄米菜食はお奨めだ。

芝 増上寺6月18日(木)は早朝、ホテルの前の芝公園を散歩した。
このあたりは東京のど真ん中なのに、緑が多く、静かで落ちついてる。
芝の増上寺の前に立つと、東京タワーが後ろに見える。
伝統の寺社建築と赤い鉄骨のタワーとはどうみてもアンバランスだけど。
ただ最近は回りに高層ビルが立ち並び、東京タワーも目立たなくなっている。


稲村ガ崎 江ノ島午前10時、小学校以来の親友、岡田氏夫妻が迎えにきてくれた。
彼の運転で、鎌倉へ向かう。
学生時代の思い出の地、湘南海岸だ。
稲村ヶ崎に立つと、西に江ノ島が見え、富士山がうっすらと映る。
「稲村ジェーン」という映画にでてくるように、このあたりは50年前とあまり変わっていない。



横浜港大桟橋時間が余ったので、横浜へ出てみる。
山下公園通りで運転を代わる。

この道をいつか車でゆっくり走ってみたいと思ってたけどやっと実現した。
親友と夫人。車はマジェスタ。港内を帆船が通る。
潮風にのって、M・レビンソンオーデイオから
軽快なWest Coast Jazzが流れる。

彼らはこの半日を上手にコーディネイトし楽しませてくれた。
そのハーモニーはniceだった。

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syobu828 at 12:54|PermalinkComments(10) 旅行 

2009年06月15日

三瀬峠の豆腐屋さん

玄米菜食を始めてから、もう二ヶ月あまりになる。
玄米ご飯といっても玄米と雑穀の割合が6対4だから、
丸麦、はと麦、粟、稗、黍、小豆、黒米などの雑穀の味がなかなか美味しい。

始めの内、副食は沢庵と梅干、味噌汁だけだったが、
だんだん牛蒡、人参、竹の子など根菜の煮付けなどを加えてる。
味噌汁の具は玉葱、人参、大根、若布、椎茸に豆腐である。
豆腐、納豆は唯一たんぱく質なので、なるべく自然の美味しいものを探す。

三瀬峠 曲淵ダム福岡市の西北に三瀬峠という佐賀へ抜ける国道がある。
峠はトンネルがあり、道も最近整備されたので、快適である。
福岡市の飲み水の水源地、曲淵ダムへ寄ってみる。
普通はコンクリートなのに、石積みのダムは珍しい。
たぶん歴史あるダムなのだろう。


この峠へ行く途中に、鳥飼豆腐店という昔からの豆腐専門店があり、
美味しい豆腐は評判を呼び繁盛してる。
材料の大豆を吟味し、昔ながらのニガリを使う製法、水は三瀬峠の湧水を使ってる。
豆腐の他に、厚揚げ豆腐、がんもどき、豆乳も美味しい。
更に、近辺の農家でとれた新鮮な野菜も販売してるので休日は満員である。

三瀬峠の喫茶店豆腐は大豆の植物タンパクをニガリで固めたものだ。
このニガリは海水から天然塩を作る時に副産物としてできるのであるが、
塩の主成分が塩化ナトリウムに対して、ニガリは塩化マグネシウムになる。
ということは豆腐はマグネシウムの働きで締められて固まるわけである。

カルシウム、ナトリウム、カリウムと並んで、マグネシウムも大切なミネラル。
筋肉の収縮に関係してるらしいから、手作り豆腐は疲労回復にもなるのだろう。

肉、魚、卵、乳製品という動物性食品を食べない生活では、
豆腐ひとつでもご馳走である・・・

夕方の味噌汁にいれて、引き締まった大豆の味を楽しむ。美味い。



6月13日(土曜日)、中小企業家同友会共育委員会の元委員達の同窓会があった。
今年から会の組織が変わって共同求人委員会との合同になり、委員会メンバーも若返りした。
林田委員長を中心に、12年間会員企業の社員研修会を開催してきた。
社員教育のハンドブックまで出版したのだから、委員会の活動としては活況であったといってよい。
年二回の新入社員研修会では、主催する我々が若者達の元気をもらっていたようなところもあった。

この日は、12人が桜坂の柚子庵という日本料理屋へ集まった。
小生は初めて行ったのですが、さすが高級料理店である。
料理、客室、庭、接客どれも気持ちの良いものである。
山の上からドーム球場、博多湾が見渡せ、眺望も最高だ。



ライブハウス CANDYさて、二次会は・・・・・・Sさんの友人がやってるライブハウス「キャンディ」へ繰りこんだ。
場所は西中洲、地下1階にあって、もう35年も続いている店です。
生のバンドがあって、まずは店の人達が歌い、続いて来ているお客さんがグループごとに代表で歌います。
カラオケと違って、生バンドは迫力が違いますねぇ〜



西中洲 キャンディマスターの堺 博正さん、ソフトハットが似合いのナイスガイ(オジサン)。
彼の歌う「What a  wonderful would」でスタート・・・・・
昔はこんな落ち着いた楽しい店があったが、もう今ではめずらしい。

さすが、35年という歴史は半端ではない。
マスターが音楽好きでなきゃできないことだ。

お客さんも常連客ばかりのようで、皆さんとても上品である。

人を楽しませるということは、素晴らしい仕事だし生きがいなんだよね。



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syobu828 at 22:00|PermalinkComments(10) ガン闘病記 

2009年06月08日

美しき棚(たな)田

佐賀県の西、玄海町に日本棚田百選に選ばれた
美しい棚田があるというので、実際に見てみようと出かけた。
福岡から50km、玄海原子力発電所の近く、濱野浦ののことである。

玄海町 濱野浦の棚田と展望台棚田というのは、急傾斜地につくられたひな壇のような棚状の田んぼのこと。
江戸時代、平坦地の無い藩では石高を増やすためこうやって山間地まで耕した。
ここ濱野浦のような入り江には、漁港近くの山に漁民の主食用の棚田がつくられることが多かったのだ。

しかし棚田の耕作には農機具や肥料を運ぶのに労力が要る。
狭いので機械化は困難、すべて人力に頼らなければならない。
田の水も雨水や湧水、溜池(ためいけ)に頼るしかないという。
耕作の効率は平地に比べ低く、農業人口が高齢化してる現在では棚田の耕作は減少してる。

玄海町 仮屋漁港棚田は日本独自のものではなく、フィりピン、ベトナム、
中国など東南アジアの米作地帯で大規模な棚田がみられる。
それらの写真を見ると、あぜ道と水田のコントラストが抽象的な文様を描き、
長い年月かかって作られた美しい棚田の風景を見せてくれる。

玄海町の西岸は東シナ海と向き合い、日没の夕日で海は赤く染まる。
濱野浦も日没のがお目当てである。
午後6時頃到着し、車中でおにぎりを食べ、日没を待つ。
いつのまにか、人が増えてきて、もう100人以上はいるだろう。
一眼レフをかまえる写真マニアや、携帯で瞬間を撮ろうという若いカップルまで様々。

日没の濱野浦棚田いよいよ午後7時過ぎ、夕日が東シナ海に沈みはじめる。
田植えが終わったばかりの田に夕日が反射して、幻想的な景色が出現する。
シャッターの音がカシャ、カシャと鳴り続ける。
「ウワーッきれいね・・・・」という数分間の「太陽と海と田のドラマ」である。
つぎの瞬間、あたりはもう真っ暗、沖の漁船のいさり火が遠く光るだけ。
田舎の夜は何も無い。長く暗い闇だけだ。

 

 

ゼミ卒業写真6月3日、大学のゼミ仲間だった佐藤昌義君が東京からやって来た。
彼は学生時代から優秀で、一流企業で活躍し、一時福岡支店にも居た。
現役時代には会うことも少なかったけど、定年後は毎年一回訪ねてくれる。
そして、先生やゼミ仲間連中の近況を伝えてくれる。

彼の趣味はいろいろあるんだけど、
音楽聴くのが好き、コレクターという点で二人とも一致する。
彼はPOPS界を広く、小生はJazzと、分野は違うけど・・・
彼の得意なのは、スタンダード曲を歌手別に分類してCD化してること。
例えば、「Fly me to the moon」なら20人以上の歌手を比べることができる。
毎回、小生の好きな曲別、歌手別のオリジナルCDを作って来てくれる。

いつもは彼が福岡で行きつけだった居酒屋で飲むんだけど、
小生が食事療法中なので、オジイサン二人マクロビ料理屋で旧交を温める。

Melody9月5日の「Tokyo Jazz Festival」に MELODY・GARDOT(今人気の女性ボーカル)がでるぜ。
思いきって見に行こうか。と誘うと・・・・「よし行こう・行こう」と勢いがでる。
6月6日朝10時にチケット発売。ネットは混雑したけど、運よくGETできた。

今年は2回会うことになる。福岡と東京で。
彼は毎回、意味深い言葉を残していく・・・・
前回はドイツの詩人シラーの言葉だった。

未来はためらいつつ近づき、
現在は矢のように速く飛び去り
過去は永久に静かに立っている。

今回は、写真家 土門 拳 の言葉。

気力はに、生活力はに、そして教養はに出る。

ファインダー越しに多くの人を凝視してきた写真家の言葉だ。

目を輝かせ、たくましく生き、静かに語ろう。

闘病中の小生にとって、これは着実な目標になる。

うれしいプレゼントを置いて佐藤君は帰っていった。

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syobu828 at 07:33|PermalinkComments(10) 絵画 スケッチ 

2009年06月01日

麦の秋

今頃の季節、5月の終わりから6月の初め頃を麦の秋と言って、
俳句や手紙の季語に使われることがある。
元々「秋」という字は季節を表す言葉ではなく、「収穫」を意味する言葉である。
だから麦秋(ばくしゅう)が初夏の季語でもよいわけだ。

新緑の季節、周りの木々は緑に輝いてる中で、
黄褐色に色付いた麦畑のコントラストが鮮やかに目に焼きつく。

福岡郊外の麦の秋 09・5・27私の子供の頃を思うと、この季節は麦刈りが盛んで、今より麦畑がずっと多かったように記憶してる。
日本の麦は、秋に種まき、冬に麦踏み、そして5月の終わりに収穫されてた。
麦の収穫後に稲の田植えが行われ、
米(コメ)の収穫後に麦の種まきという米麦の二毛作体系である。
二毛作は狭い耕地を有効に活用する日本農業の知恵だった。


この二毛作体系が崩れてしまったのは、
日本の産業構造が農業から工業や商業へ変化し、
農業が衰退してきたというのが原因であろう。
さらに「減反制度」という農業政策の失敗も拍車をかけてきたように思う。
今や麦畑には、米が作れないから仕方なく麦を植えようかという諦めのようなものが感じられる。


政府も、食料の自給率を上げるため「減反見直し奨励金廃止」の方向を打ち出してる。
奨励金や補助金など安易な保護政策を続け、将来性のある農業を作り上げてこなかったために
他の産業と比べて農業は依然として零細化のままである。
専業農家は激減し、ほとんど農業は週末の片手間という兼業組ばかりである。
これでは効率も悪く、輸入品と価格で太刀打ちできない。
だから、補助金というどうしようもないジレンマに陥ってるのだ。


百笑倶楽部 田中大輔さん私の所へ毎月無農薬の玄米を配達してくれる
田主丸の百笑倶楽部の田中大輔さんは農協に頼らず専業として堂々と農業をやってる。
有機栽培という独自の方法をあみだし、お客さんに農業体験してもらいファンを作り、
企業家的採算性を考えて生産量、価格は自分で決め、「夫婦米」というブランドは評判が良い。
彼は作りたい物を自由に作り、減反政策とは全く無縁である。
いつも明るく笑顔の大ちゃんをみてると、彼のような若者が農業を復活してくれるのではと期待してしまう。

 

メロディ・ガルドー2009年東京ジャズフェスティバル(9月4日〜9月6日)に
人気の女性シンガー、メロディ・ガルドーが初来日すると日経にでていた。
さっそく、Merody.Gardot の「My one and only thrill」を聴いてみる。
ノラ・ジョンーズに続く、若いJazzの担い手。
心地よい柔らかく繊細なボイス。
なんでもガルドーは交通事故の後遺症のため
病院のベッドで吹き込んだオリジナル曲がデビューのきっかけだという。

 

コーチの絵 博多港小生が昨年入院中に親しくなった「コーチ」ことUさんから、
このブログのコメント欄に絵が届いたのでUPします。
Iphoneいう評判の携帯を使い、指でなぞるとこんな絵が描けるらしい。
Uさんのセンスだろうけど、上手にデフォルメされ、特に線は力がある。



コーチの絵 渡り鳥ヘラサギ「コーチ」というペンネームは、彼が中学校女子のテニスコーチをしてるから。
もちろんボランティア・無料奉仕である・・・・・

若いとき5年位、アメリカに遊学し、英語は上手い。
映画は字幕を見ないでもOKだという。
昨年、友人の英語の先生と赤坂ケヤキ通りにカフェーバーを開店したりもした。

髭をたくわえた「コーチ」の風貌とライフスタイルは
まさに風流人・自由人である。

 

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syobu828 at 15:07|PermalinkComments(18) 絵画 スケッチ