2009年08月

2009年08月25日

2年ぶりの大阪

8月22日(土)2年ぶりに大阪の皆さんに会うことができた。
一昨年の11月以来だから、正確に云うと、1年9ヶ月ぶりということになる。

小生が昨年の夏、中咽頭ガンで3ヶ月入院。放射線と抗癌剤で治療。
その後、7ヶ月外来で抗癌剤内服を続けた。
しかしこの春、首のリンパ節へ転移、手術。
さらに1,5cmの肺ガンが見つかる。
これは、もう他人任せにできないと、ガンについて勉強した。
森下先生の診察を受け、自然医食を始め、ただいま肺ガンとは共生中

という私の健康上の理由で、大阪行きは何回も延期され今回やっと実現したというわけだ。

集まった場所は梅田コマ劇場跡の高層ビルの1階にあるマクロビ料理店。
この界隈は最新のファッション店が多く若者が集まる洒落た処。

09 8 22  大阪梅田集まったメンバーは、「肌科Drの美肌づくり」の今生さん夫妻。
共に30年来、美容理論を研究しあってきた盟友であり、小生のブログの師匠でもある。

「お顔そりで色白美肌」梅田で美肌サロン、ケイフリーを経営する吉武京子さん。

「お顔そりアンフィーユ」明石市で美肌サロンを経営する葉っぱさんこと富岡一葉さん。

「かりんとう」加古川市の病院事務を担当してる山崎香織さんと小学4年生の芽実さん。

「フェリックス・イシの指占い」指占いの研究者イッシーさん。本業はグラフィックデザイナーの石川平治氏。

このメンバーを中心に、5年前から年に2回ほど集まり、
美肌法について現場からの意見を出し合い研鑽を積んできた。
関西に石鹸使わない運動を広めてきたのだ。

久しぶりに皆さんのお顔を拝見して、さらに肌はきれいになってる。

それぞれ、いろいろ苦労があった。でも苦境を乗り越え逞しく生きてる。

健康という以上に輝きと自信という生命力を強く感じた。

09 8 20  ワインとカボチャ今回の話の中心は、ガンの自然治癒ということになった。

自然医食でガン細胞を捨て、新しい体を作るという事と、

古い角質を上手に捨てて新しい肌を作るという事が

体の内と外のことで、全く同じだと認識する。

私の4ヶ月の玄米菜食体験から、カカトや肘など厚い角質は剥け落ちツルツルになったこと。

だから、体の内部の皮膚(喉や胃、腸、肺の粘膜)にある

ガンも溶けて剥げ落ちていくと確信している。




09 8 22  イッシーハンドクラフト 額縁デザイナーのイッシーさんが私の絵をPCできれいに加工して、
ポストカードに仕立て上げ、皆にプレゼントしてくれた。

ライブハウス、CANDYの絵はアンティークな額に入っている。




09 8 22  イッシーハンドクラフト 指輪そして、「全快を願い充分に念を入れました」と言って、
スプーンから作ったフェリックス・イシの指輪を頂いた。

彼はデザイナーにしてクラフトマンでもある。

 

 

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syobu828 at 07:07|PermalinkComments(14) 旅行 

2009年08月17日

夏休み一泊旅行

先月3日に行った、N氏の別邸が大変居心地良かったんで、
仲の良い友人6人で夏休みの一泊を過ごすことになった。

目的地は直方であるが、高速道路はお盆で渋滞してるようだし、
飯塚回りで途中、篠栗町の若杉山へ寄ってくことにした。

09 8 14 若杉山 わらび野カフェ若杉山は福岡の小学生や中学生が遠足で行く処。
この山の中腹に、最近前面ガラス張りの建物が建ってる。
その白いモダンな姿は遠くからも目立つ。

それが「カフェ・わらび野」 広々した店内にゆったりしたソファ。
篠栗の町から玄界灘までが一望できる。夜景もきれいだという。


09 8 14 文冶郎のざる蕎麦丁度昼時だったので、隣の「文治郎」という蕎麦屋で美味い蕎麦を食す。
ざる蕎麦に、こんにゃく寿司がついてくる。蕎麦好きにはお勧めの店だ。
蕎麦が美味いのはもちろんだが、店の人達も感じが良い。
お店は広々、テーブルも広い。眺めは最高。きっと紅葉もきれいだろう。

夕方早めに、直方のN氏の別宅へ着いた。
敷地500坪、平屋の日本家屋。部屋数は10室ぐらいありそう。
日本庭園が見事である。手入れが大変だろうと思うけどね。

09 8 15  直方で夏休み N氏の別邸まず、檜つくりのお風呂にゆったり浸かり、汗を流す。
今回は、私が玄米菜食してると聴いて、野菜中心の料理でいくことになった。
玄米雑穀おにぎり他何品かは家人が朝から作ってくれた。
ごぼう、かぼちゃなどの煮物は昨晩から煮ておいたものだ。

 


中小企業の経営者の連中だから、だいたい美食好みで飲み事も多い。
「1日ゆっくりして、野菜料理でデトックス」という計画は当たったようだ。

  茄子と胡瓜と玉葱の絵  野菜は旨い、旨い」と好評である。

いつも、肉だ魚だと美味いもんばかり食べてるからね。

よく食べ、飲み、喋ってるうちに、眠くなって横になってる。

生き物として快適な時間を過ごすことができたね。


夜中に豪雨があって、福岡天神の街には水が出たと朝のテレビで知った。
なにも知らずに、ぐっすりと安眠してたわけだ。

朝の味噌汁は小生が作ると言って、
八丁味噌と豆味噌、コブと椎茸のだしを用意してきた。
Aさんが、三瀬の豆腐を買ってきてくれてた。
家で毎日作ってる味噌汁が上手く出来た。良かった。

09 8 15 楽しかった夏休みこの仲間とは年に2回位、1泊旅行してる。

なんの気兼ねも要らない友達というのは

家族みたいなもので、

大切に長く付き合っていきたいものだ。


帰りは愛宕山岩井屋さんで羅漢果餅と有機コーヒーを頂いて

「僕らは良き友にめぐまれて幸せ」という結論に達したのです。

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syobu828 at 07:30|PermalinkComments(10) 旅行 

2009年08月09日

油山登山入門

福岡市の南西に油山という海抜500mほどの山がある。
「油山市民の森」として開発され、子供達の遠足やキャンピング、ハイキング、
野鳥観察など福岡市民の憩いの場になってる。

登山中の篠崎氏森下自然医学の先輩、篠崎勝美氏が「油山へ登ってみないか」と誘ってくれたので、8月4日、油山登山コースに挑戦してみた。

篠崎さんは、前にも書きましたが、6年前、寿命3ヶ月と言われた4期の胃ガンを森下先生の指導により、食事療法と運動療法で見事自然治癒させている。

玄米菜食は森下自然医学の基本ですが、
森下先生は運動療法として坂道を上る散歩を薦めてる。
できれば、森の精気を一杯受ける登山が理想なのです

小生は、この3ヶ月、自宅から東西南北に1時間歩いて、
スタバで一休みして、バスで帰るという朝の散歩をしてた。
1時間歩くと、北は百地の海岸、南は油山の麓、西は室見川河畔、
東は賑やかな天神の繁華街まで行けるのです。
市の主要部はほとんどこの半径4kmの円の中に入る。
車の無かった昔の人は毎日歩いて用事を済ませてたんだ。


しかし今回は、平地と山道では大違い。
果たして油山を登る体力があるか自信がない。
油山から市内を望む市民の森の入り口の門は車両通行止めになってた。
先日の集中豪雨で地すべりの危険箇所があるらしい。
頂上まで3キロ、1時間半の登山コース。
篠崎さんの後をついて、山道に入る。10分も登ると、もう息が切れてきた。
森の中を吹きぬける風がひんやりとして心地よい。
しかし、汗で全身びっしょりになる。20分登ったところで、本日はギブアップ

ガン療養中の身、無理は出来ない。この次はもうちょっと上まで行くぞ。
篠崎さんは慣れたもの、足取り軽く頂上を目指す。
その彼も5年前は5分も歩けなかったそうだ。
今では体力を知るバロメーターとして、年1回、14時間山歩きを実行してるという。
私は休憩小屋があったので、そこで下山してくる彼を待つことにした。

今日はあいにくの曇り空で、ヤフードームや博多湾も遠くにかすむ。
福岡は大きな街だ。都市高速道が東西に伸び、ビルが林立してる。
動物園や植物園の森、西公園など緑もたくさんある。
ああ、愛すべき街。福岡。もう40年も住んでる。


下山して麓の篠崎さん宅でシャワーにかかり、さっぱりする。
山の霊気を吸い込んで、体は快適、気分爽快。
彼の愛器、ヤマハ1000のスピーカーで、フラメンコギターを聴く。
激しい情熱と、哀愁のあるメロディは、彼の気性を表してるようだ。


大きなメロンとオレンジ の絵先々月、森下先生の御茶ノ水クリニックへ診療を受けに行った時、機関紙「森下自然医学」に体験談を載せるということで、篠崎さんは取材を受けた。
彼は6年間の体験を、立て板に水のごとく、40分間よどみなく話した。
江戸時代から続く和菓子屋の20代目らしく博多弁で熱く語る。
私は横で聴いていて心打たれ、元気づけられた。
ガンで悩む人たちにぜひ聴いてほしいと思った。
テープを送ってくださいと記者の方に頼み、一字一句忠実に起こし、
「心 いきいき 森下自然医学体験記」として冊子にまとめてみた。
もちろん、篠崎さんに何回も校正してもらった。

 

その冊子の中から、篠崎語録を紹介してみる。

 

自然の中へ入ってん、フッと吹く風。
その時はその時しか来ん、二度と吹いてくれん。
自然の中へ入って自然を感じることによって解ってくる。

 

 


血が汚いのに、いくらどんなもん入れたってだめ。
どこが悪い、リンパ腺、扁桃腺だって言ったって、
血のめぐりが悪いけん、たまたまそこが悪くなってる。

 

 

博多の街には伝統の山笠っていう行事があり、
「山道磨けば男道がわかる」といわれ、代々、山笠で育てられた。

櫛田の太鼓は宮司がたたく、廻り止めは萬盛堂が引いてくれる。
だけど、人生の太鼓は自分で叩かないかんと。

だからこの病気の太鼓は俺が叩く。廻り止めは俺が決める。

 

 

ガンなんて怖くない。
ルールを守って楽しいガンライフを楽しみなさい。

ガンになったからこそ先生とこんなに話せる。

そしたら自分の命の尊さ、生き方を教えてくれる。

それを知った自分と知らない自分じゃ全然違うんです。

楽しんで死んでいかな、生れてきた価値がなかろうもん。

 

 

 

 

体験した人の一言一言は力強く、説得力があり、

迷える人に勇気を与え、新たな船出が始まる。

 

 

 

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syobu828 at 07:30|PermalinkComments(8) ガン闘病記 

2009年08月01日

平賀源内の悲劇

雨の日に狭い道をすれ違う時、相手のことを思いやり傘を傾ける「傘かしげ」
電車が混んできた時に、こぶしひとつ分ほど腰を浮かせて席をつめる「こぶし腰浮かせ」
電話は相手が切ってから置く。玄関では相手の後姿を見送る。「あとひきしぐさ」 相手を大切に思い、また会いたいという気持ちを伝えることになる。

こんな所作を身につけた粋な人に会うと1日中気持ちが良い。
これは江戸時代町人世界に生まれた「江戸しぐさ」に起源があり、近年希薄になりつつも、日本人の心の中に引き継がれてきた美しい生活術である。

300年も続いた江戸時代。
江戸の繁盛しぐさ イキな暮らしの知恵袋18世紀後半の江戸城下町は人口100万人を超え、世界1の過密都市だった。
ちなみにニューヨークは7万人だったとか。
繁栄する江戸に全国から集まってきた言葉や習慣の違う人達が争いをしないで気持ちよく暮らし、お互いが商売繁盛するために商人のリーダー達が考えた江戸しぐさ(思草)という生活術。
「江戸しぐさ」は、平和で暮らすための生き方、考え方、口の利き方、表情や身のこなし方という実践哲学なのです。

この江戸しぐさの伝承者、越川禮子先生の福岡講演を2月6日に聴いた5人の中小企業の仲間が「よかしぐさ会」というオジサン達の江戸文化研究会を始めて4ヶ月になる。
毎月、第4火曜日、越川先生のお弟子さんである浜田安代先生のゆなさ塾に集まり意見を述べ合い、「江戸しぐさ」の考え方を社風に取り入れ、企業活動を通して社会に貢献したいと考えてる。
小生も江戸の絵師「若冲」の展覧会を見て以来、江戸文化に興味が湧き、メンバーに入れていただいた。



しかし江戸時代のことを調べてみると、現代とは大きく社会制度が違ってる。
わが国の歴史の中で、もっとも社会が人工的に組み立てられた封建社会だった。
それは士農工商という身分制社会の構築である。

「身分統制令」というのがあって、
第1条 武家および武家奉公人が百姓や町人になることを禁じる。
第2条 百姓が田畑を捨てて町人になることを禁じる。
第3条 侍はじめ奉公人は主人の許可なく他の主人に仕えることを禁じる。
この法令は身分制度の固定と支配者の絶対支配権を確立するものであった。

日本のレオナルド・ダビンチと言われた平賀源内江戸時代の発明家・平賀源内は高松藩の出身である。江戸に出て、本草学の勉強をし、一流の学者になって、国内外の生産品を集め、わが国最初の展覧会である物産会を主催した。
源内は高松藩のためというより、日本全体の立場に立ち、国内資源の発掘を目指していた。
しかし、高松藩は「辞任は認めるが、他家に仕官することは許さない」という第3条を利用して、源内の才能を他家に渡すのを拒んだ。
そのため、源内は幕府に仕官できなかった
彼は落胆し、段々と異常さがみられ、誤って人を殺し、獄中で病死した。
こんな理不尽なことが現代にあるだろうか。
封建社会というのは個人の自由が極端に制限されていた。

その不自由な社会の中で江戸商人たちは仲良く平和に生きる方法を考えた。

自由で平和、物が豊富な現代日本なのに、
他人のことを考えない自己中心的な風潮が蔓延したり、
夢の無い若者達の無力感や自殺願望など問題が山積してる。

果たして不自由や貧困などという
障壁や逆境が存在したほうが人は人間らしく生きるのだろうか・・・・

 

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syobu828 at 08:15|PermalinkComments(16) エコロジー生物学