2009年10月

2009年10月26日

日本海に沈む夕日

10月20日(火)夕方、東京芝公園のメルパルク・ホテルに投宿する。
前日より来ている勝ちゃん(篠崎勝美氏)の隣に部屋をとる。
夕食は銀座へ出て、銀座一美味いという蕎麦屋へ連れてってもらった。


09 10 21 銀座4丁目 服部時計店翌21日(水)、朝9時から御茶ノ水クリニックの診療を受ける。
  日常生活の問診(病状 食事 運動)
  MRA(磁気共鳴法による自律神経の働きを調べる)
  血液の顕微鏡映像により白血球の働きを画像で見る。
午後から、森下先生の診療が始まった。
4月の初診から今回で4回目、もう7ヶ月が経過してる。
  肝臓と腸からの毒素が出ている。
  肺が重点的に反応してる。
  3〜4ヶ月すると、真っ黒いものが血液中に出てきます。
  それが最後で良くなりますから、このまま自然医食療法を続けなさい。と言われた。
体調もだいぶ良くなり、元気になったが、まだまだ山はあるのだと、油断しないように継続しなければならないと気を引き締める。
白血球は4200、赤血球は427万と正常域に入ってきたのは嬉しい。

09 10 21 銀座裏通り診察が終わって、さてと大手を振って浅草へ遊びに出る。
浅草寺の近辺には下駄屋、帽子屋、手ぬぐい屋、半被屋など、江戸時代から続く、老舗の店が残ってる。
鰻、天麩羅、鮨など食べ物屋さんも繁盛。
普段着で行ける東京の下町である。
銀座と浅草、対照的だけど私はどちらも好きだ。
たぶん長い年月で選ばれ、生き残ってきた歴史があるからだと思う。

10月22日(木)上越新幹線で新潟へ移動する。
新潟市古町の三日月化粧品店さんを訪問するのが目的。
古町商店街で綺麗な店を構える三日月秀行氏は当年50歳の紳士である。
新潟の一番店と言われるまでに繁盛してるのは彼の美容センスの良さによる。

夕方、五十嵐さん、三浦さんと歩いて日本海タワーまで行った。
途中、横田めぐみさんが拉致されたという中学校の前を通る。

09 10 22  日本海に沈む夕日 新潟 001タワーから眺める日本海に沈む夕日は荘厳で美しい。
あの日の日没もきれいなはずだった。事件の生々しさが蘇るような気分になる。
そして曽我ひとみさんが住んでる佐渡島も遠くに霞んで見える。

夕食はいつも行く料理屋さんがマクロビ料理を作って待っていてくれた。
三日月の皆さんも野菜は美味しいと言って賑わった。


10月23日(金燕三条市のコスメテックハウス・ミズノさんを訪ねた。

09 10 22  信濃川河畔の紅葉自宅へ案内されて、奥様とお嬢さんの手料理をいただいた。
水野さん一家は、自然食の愛好家である。
「普段食べてるものですが」と言ってたが、
長年の研究と年季が入って、とても美味しかった。
このまま、この広い家でマクロビレストランができるくらいである。
ご主人は畑もやるし、お味噌も自家製である。

水野さんのライフスタイルはまさにロハスでナチュラルでモダン。
ご子息の留学中に何回もアメリカへ行ってるので現地仕込みの洋風である。


昨年の5月、新潟を訪れて、帰ってから中咽頭ガンと診断され、入院。
それから、1年半のガン闘病である。
1年間の西洋医学療法と6ヶ月の自然医食療法を続けてきた。
今回の旅行中、ずっと考えていたのは、
森下先生の玄米菜食療法と白色粘土洗顔による美容法の整合性だった。

どちらも、排泄作用重点を置いてるという事。

09 10 22  信濃川の遊覧船 新潟食事として、体に入ってくる食物は血となり、肉となり私達の体を作るわけであるが、
古いものは排泄され、新しいものと入れ替わらなければならない。

もし、排泄作用が上手くいかなければ、血液は汚れ、体の働きは滞りを生じる。
体に入れるよりも、まず出すことを優先しなければならない。

玄米菜食というシンプルな食事と白色粘土というシンプルな処方は
体の内と外という場面において、どちらも排泄作用を正常化するのだと思う。


10月24日(土) 羽田で篠崎氏と合流する。
この春、もし肺ガンの手術を受けて、抗癌剤の点滴を続けてたら、
たぶん、入退院を繰り返し、今頃はまだ病院のベットの上だっただろう。

こんなに元気で、東京、新潟の旅行ができたことを思うと、
森下先生のご縁を作ってくれたこの道の先輩、
篠崎勝美さんにあらためて感謝です。

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syobu828 at 11:05|PermalinkComments(13) 旅行 

2009年10月18日

コオロギの弦楽器

秋もたけなわ、頬をなでる風が気持ちよい。
湖沼や干潟には、朝鮮やシベリアから、渡り鳥が戻ってきたようである。
先日の新聞によれば、都鳥クロツラヘラサギ
既に和白や今津の干潟で観察されたというニュースが出ていた。
しまって置いた去年の望遠カメラやスコープを取り出し、
手入れしなければと野鳥シーズンの到来を楽しみにしてる。

09 10 12 樋井川 塩屋橋この秋の夜長は灯火親しむ頃、
面白い本があるとついつい夜更かししてしまう。
昨晩も横になって昔読んだ虫の本をぱらぱらと見ていた。

窓の外では、コオロギキリギリスが盛んに鳴いてる。
彼らはあの小さな体で、どうしてあんな大きな音が出せるんだろうか。
日高敏隆さんの本によれば、彼らは翅と翅を擦り合わせて出る音を、
翅全体に共鳴させて大きな音にしてるという。
人間の楽器でいえばバイオリンのような弦楽器にあたるもの。
人間が弦楽器を発明するはるか以前から、彼らは素晴らしい弦楽器をもっていたわけだ。
そういえば、チェロやギターの丸みを帯びた形は虫の体型に似てるね。

それでは、コオロギは僕達に毎晩、協奏曲を聴かせるために鳴いてるんだろうか。
否、そうではあるまい。彼らは求愛のために一晩中鳴き続けてるのだ。
虫の男達の必死の演奏である。聴いてるのはコロオギのお嬢さん達だ。
彼女達は、弾き方の上手いプレイヤーを選んで求愛を受け入れるという。

リチャード・ドーキンス流に言えば、その命がけの努力が遺伝子の作戦であり、
優れた遺伝子が生き残り、生物は進化してきたという。

果たして、昨夜のコオロギは見事に相手を見つけることが出来ただろうか。



台所の改装がもうそろそろ始まるということで、先日、家中を片付けた。
古い大型テレビを処分して、2階に置いてたエレクトリックピアノを階下に降ろした。
そこへ丁度、高校2年になる孫が来て、「ちょっと弾かせて」と言って、
「How  Deep  is  the  Ocean 」を聴かせてくれた。
先日、トミー・フラナガンのCDを彼に聴いてごらんと渡したのを耳で覚えて弾いてるのだ。
彼は小さい頃からクラシックをやってたから絶対音感なるものがあるらしい。


それを聴いて、「小生もベースなど出来たらなぁ〜」と矢も盾もたまらなくなり。
ヤフオクでサイレントベースを落札してしまった。
つまり、先のこと考えない典型的な衝動買いという愚行をやったわけである。

あれから、1週間、「初歩のJazzベース」などという教本を取り寄せて四苦八苦していたわけであるが、
ギターのようにフレットが無い、ヘ音記号の譜面が読めない、などなど、
これは自己流ではどうしようもないと降参状態であった。

そこで、前から時々ライブを聴いてたJazzベース奏者のVisions 間村 清さんに
メールを送って、教えていただけるかどうか尋ねてみた。

09 10 16 Kiyoshi  Mamura今日、間村 清さんを訪ねた。
全くの初心者、ただJazzが好きということだけで、
少々図々しいと思ったが、先生は快く受け入れてくれた。
先生はいかにもベーシストというがっしりした体格、温厚、頼りがいのある方だ。

初めて、本物のウッドベースに触れてみた。
大きくてどっしりした安定感がある。
軽く弾くだけで、ブーン、クーンという伸びのある低音がでる。
これはもしかしたら、何とかなるかもしれないという期待感。

私の音に対する理解度を聞いて、先生はササッと譜面を自筆で書いて、次回までにこれを練習してきなさいと渡してくれた。
さらに、メールでレッド・ガーラントのブルース曲を送りますから、
それに合わせて弾きなさいと課題曲も選んでくれた。
個人教授は、教則本など使わない、いわゆるオーダーメイドなんだと感激。

ガーラントは学生時代、授業をさぼって、Jazz喫茶でよく聴いた。
もう50年前のことだ。彼の流れるようなピアノは今聴いても美しい。
好きなガーラントに合わせて練習できるなんて、明日からが楽しみ。

3年めどに、4ビートのブルース曲が弾けるのが目標です。

「持続する志」 「あきらめてはいけない」 と自らに言い聞かせてる。

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syobu828 at 07:12|PermalinkComments(14) エコロジー生物学 

2009年10月09日

パラダイムシフト

私の今住んでるとこは福岡市の中心から西へ5キロほどの城南区別府です。
中村学園大学の裏と言ったほうが分かりやすいと思う。

09 10 5 中村大学親父の残してくれた敷地に母と長女夫婦と私の自宅と3棟が建ってる。
3軒が同じ敷地というからには、かなり広いんでしょうと言われると、
母宅とは1メートル、長女宅とは3メートルしか離れないわけだから想像がつくわけです。
狭いながらも、孫をいれて4世代が目と鼻の先に住んでるってのは幸せなことかもしれない。

母は89歳、いまだに一人で炊事、洗濯、自分でなんでもする。
入り口に住んで、会えば「昨晩は帰りが遅かったね」「どんな人とお付き合いしてるの」
「もうご飯食べたの。お風呂は入ったのかい」などと言う。
小生67歳にもなるのに今だこの状態は昔と変わらない。


今朝の散歩は北へ向かった。
自宅の傍を流れる七隈川に沿って北へまっすぐ行くと西新町へ出る。
西新町は、西南学院大学、修猷館高校などの学生の町。
そして、野菜売りのリヤカー部隊で有名な庶民的な西新商店街がある。
まとめて食料を買出しに出かける家人の得意なエリアである。
下司商店、にわとりハウス、テラスという自然食品店も充実してる。

09 10 5  ヤフードームさらに七隈川は樋井川と合流して、川幅も広がり博多湾へ流れ出る。
ここまで歩いて40分位、埋め立て地にはヤフードームやホークスタウンという西新町と対称的な新しい街が出現する。
しかし天神のようにスタバやドトール、ベローチェという早朝のコヒー店が無い。
唯一、ヤマハ西新パレスのミスタードーナツが朝7時に開いてるので、モーニングコーヒーを飲みながら一休み。
さて今日の予定はどうなってるのかなと手帳を開く。



9月13日。 「美人になる方法」ワタナベさんの講演会。

楽ちんに生きる方法とは・・・・・以下のように手帳にメモ書きされてる。

  脳に新しいイメージを書き込むこと。

  見方が変われば生き方が変わる。

  それには、パラダイムシフト(発想の転換)が必要。

この発想の転換、見方、考え方を変えるという
パラダイムシフトのやり方についてはくわしく述べなかったけど、
たぶんこれは各人工夫しなさいといういうことなんだろう。

しかしここが一番難しいところ。
今まで暮らしてきた固定観念を捨てるのは勇気がいる。
将来への不安や周りの批判もあるということで踏み切れない。

どうしてもエネルギーが要る。
肩に力が入ってしまう。どうしょうかと思い悩む。

そこで、私なりに考えてみた。
あまり頑張りすぎないほうがいいんじゃないだろうかと。

やって来た夜汽車にボストンバック一つ持って飛び乗るような気持ちで、
軽くひょいとパラダイムシフトしてみたらと思うんだけど。

昔のフランス映画に良く出てきたような場面だ。
翌朝には若い男と新しい人生が始まってるというストーリー展開。

かくなる小生は、26歳まで東京に住んでたけど、
混み入った都会で毎朝満員電車で通勤して一生暮らすのかと思うと
もっと自然にかこまれて、伸び伸び暮らしたいと願い、
夜行列車に14時間乗って博多駅に着いた40年前を想い出す。

駄目だったらいつでも帰ればいいやと気楽な気持ちだったが、
九州が肌に合ってたのかすっかり居ついてしまった。

海や山、九州の自然に親しまなかったら、
白色
粘土で化粧品を作るなんて発想も浮かばなかったと思うと運命を感じる。

前回書いたセレンディピティなんてのも、
思いもよらなかった出会い、発見なんだから、
あまり頑張らないほうが良いと思う。

肩に力を入れない平常心、面白そうだという好奇心
好きなことやれればなんとかなるさという身軽さがないと転換はできないと思う。

この春、パラダイムシフトして、西洋医学から東洋医学へ宗旨替え、

自然医学の森下先生を訪ねたのも、大学病院を退院した二日後のことだった。

御茶ノ水の坂をふらふらしたおぼつかない足取りでやっとで登っていた。
 

あれから6ヶ月、マクロビ料理とウオーキングの効用だろうか、

ガンを忘れるくらい暢気な日々を過ごしてる。

力んじゃいけない。頑張っちゃいけない。

柔らかく、気楽に、さらっと始めなきゃ。

だけど、針路だけはしっかり定めとかんといかんぜ。

人生いかに楽しむかだ。

と病の先輩(勝ちゃん)に教えられた。


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syobu828 at 07:32|PermalinkComments(14) エコロジー生物学 

2009年10月01日

セレンディピティー

秋晴れの一日、ネットで捜した鳥栖市の野菜レストラン、 「おおきな樹」へ行ってみた。
アクセスは九州自動車道の鳥栖インターから500m位。
付近には最近大型アウトレットモールやニュータウンができ、
休日は福岡市内や近県から車が押し寄せる。

おおきな樹「おおきな樹」の敷地に樹齢数百年という楠の樹がそびえてる。
なんと驚くなかれ敷地6000坪の真ん中に野菜食レストランがある。
レストランの前は1500坪の芝生の庭が広がる。
裏には野菜畑がこれも広大である。
もちろん、無農薬有機栽培の野菜畑だ。
その畑で獲れた新鮮な季節の野菜を使った料理を出してくれる。

経営は家族経営である。お母さんが社長、長男が畑作業、長女が料理担当。
長男は東京の大学へ進んだが、食が命と知り、実家に戻って野菜作りをしてる好青年だ。
「おおきな樹通信」を毎月発行し、それらはまとめられて単行本になってる。

広い芝生の庭を見ながら、野菜料理をいただいてると、遠くに鳥栖市の町並みが見える。
はるか向こうを鹿児島本線の電車が走るのがなんとものどかで豊かな気持ちになる。
野菜料理も美味しいけど、この広大な景観も特別なご馳走だ。
庭に出てみると、頬に触れる初秋の風が心地よい。
この家族は野菜の生産からレストラン経営まで一貫して素晴らしい仕事してる。



先週は40代と50代の女性、3人と会って話をする機会があった。
3人とも、今まさに人生の転換点、岐路に立って、発展しようとしてる美女達。

前回書いた、Nさんの場合は、得意の営業力を生かして、
何か起業したいと考えてたところ、たまたま小生に化粧品の仕事をしたいと言ったのが発端で、ルナレーナ化粧品を紹介。
研修中にお連れいただいたお友達が、北九州市の代理店さんと同級生ということで、そちらのメンバーとして独立していただくことになった。
天神の地下街を歩いてると、その代理店の部長とぱったり出くわす。
Nさんは偶然が3回も連続した。きっとこれはうまく行くと思う。


50代のTさん、花屋さんを30年程一筋、隣でカフェも経営してる。
美的感覚と人気で経営は安定、大勢の筋の良い顧客さんに支持されてる。
しかし、忙しすぎる。この先いつまで続けていけるだろうかと心配。
ここらで、パラダイムの転換をはかりたいという相談を受けた。
私は、「本業の花屋さんをもっともっと深く追求し、ブランド化するべき」と進言した。
彼女はフランスやイギリスまで行って、フラワーアレンジメントの資格をとってるんだから。

3人目のWさん、彼女は3年前コーチングの勉強をしてる時、
未来を予言する人に会って、「貴方は全国を講演して歩くようになりますよ」と告げられたという。
ところがその予言どおり、ブログのアクセスは週に10000を越え、講演会は大盛況。
なにか見えない力によって動かされてるような気がします。
もし神様というものがいるなら、そのお力かもしれませんと言ってた。

セレンディピティ誰でも一生に1回か2回、「偶然に幸運な予想外の発見をする」ということがあると思う。

セレンディピティとは探してもいない貴重なものを偶然に発見する才能のこと。

小さな偶然、それを見逃さなかった洞察力が万有引力の発見やペニシリンの発明の切っ掛けになって成功へと導いたのだから。
マジックテープ、X線、テフロン、ダイナマイト、の発明も全く偶然に発見されたものなのだ。

思い起こせば、私も20年前、白色粘土洗顔を夜中に試作中、どうしてもうまく行かず、
あきらめて材料を冷蔵庫に入れて眠り、翌朝再試作したらうまく出来上がったという偶然な出来事があった。
温度を変えればうまく行くということに気づいて震えるほど感激したことがある。


たぶんWさんはこの若さで、偶然にもセレンデピティらしきものを発見し、

その真っ只中で、その力に動かされ全国を駆け巡ってるのだろう。

泉のように湧き出る発想がなければ、

あのような長文の原稿を毎日書けるわけがないもの。


さて、貴方にもいつか思いがけないセレンデピティがやってくる。

それを見逃さない洞察力を培っておこうではありませんか。



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syobu828 at 07:11|PermalinkComments(12) エコロジー生物学