旅行

2010年12月01日

忘年会と旅行

11月27日(土)
大阪のKフリーさんの忘年会に呼んでいただいた。
吉武京子さんは大阪の中心、梅田の阪急3番街の横で
シェービング・エステサロン「Kフリー」を始めて7年になる。
私共の粘土洗顔料フレッシュアップを使った「お顔そり」のパイオニア。
女性理容師さん3人体制で土日は予約満杯というほどの繁盛店である。

10 11 27 大阪忘年会この日はKフリーの社員さん達と、肌科ドクター今生さん夫妻、
明石の葉っぱさん、指占いの石川さんが参加。

忘年会場は阪急ビル内の自然食レストラン。
大阪の夜景を見ながら、新鮮な野菜料理をバイキングで選べる。
菜食レストランは福岡でも繁盛してるし都会の女性達にとても人気のようだ。


11月28日(日)
午前7時に梅田の東横インを出て、8時の新幹線で博多へ戻る。
午後1時に空港で沖縄の玉那覇さんを迎え、一緒に車で熊本へ向う。
熊本空港近くの駐車場に車を預け、迎えに来てくれた大石さんの車に乗り換える。

大石さんは熊本上通りでシェービングサロン「ベラ熊本」を2軒経営する。
熊本の中心街で唯一のお顔そり専門店としてたいへん繁盛。

午後5時から「発生学からみた皮膚の役割」について玉那覇さんの講義が始まった。
東洋医学を究めてる玉那覇さんの講義内容は専門的でかなり難しいが、
大石さんの解説を交えて社員の皆さん達は興味を持って聴いていた。

生物の発生という原点から身体の仕組みを考えてみると、

神経細胞と起源を同じくする皮膚細胞の役割が理解できる。

この夜は熊本城前のクラシックな「ホテル・キャッスル」に泊まる。

11月29日(月)
10 11 29 球泉洞大石さんの運転で人吉温泉へ向う。
高速を八代で降りて、球磨川沿いを進み、鍾乳洞「球泉洞」を見学する。
山口県の秋芳洞より規模は小さいが、地底深く出現した暗黒の洞窟は不気味な感じである。
溶け出した炭酸カルシウムがつずらになって堆積している。

人吉は球磨川の上流の盆地に位置した歴史ある古都。
長い間九州山地の中心地として静かに歴史を刻んできた。
九州高速道ができて便利になり、静かで俗化されない温泉地として人気がある。
大石さんにとって、10数年前に支店を出していた町として懐かしい所だ。

10 11 29 人吉旅行 旅館たから湯この日の宿は、「旅館たから湯」という球磨川沿いの隠れ家へ。
広く手入れされた庭に建つ日本家屋はある富豪の別荘だったという。

1日5組限定というゆったりしたもてなし。
風呂。部屋。家具。そして料理。すべて最高と言ってよいだろう。
部屋に続く内風呂も明るく気持ちよい。
たまにはこんな贅沢も良いもんだね。ワインも上等。良く飲んで熟睡。



10 11 29 人吉旅行 球磨川それでも夜遅くまで3人で健康、美容について今後の展開を熱く話し合った。

来年は新たな出帆・・・果たして行く先は・・・

ボンボヤージ。



11月30日(火)
ゆったり朝風呂など入り・・霧の人吉を10時過ぎに出発。

山を越えて、五木の子守唄で有名な五木村を目指す。
ところが今はもうあの悲しい子守唄の面影は全く影も形も無い。

この村はダム建設で消える運命になっていた。
わらぶきの農家は立派に造成された団地に立つモダンな住宅に様変わり。
道路はコンクリートで整備され、川には大きな橋が何本も架けられてる。

10 11 30 人吉旅行 五木村まさに公共事業で作られた観光地開発という最悪なる代物だ。
もっと五木村らしさを生かした自然な開発ってあったはずだろうに。

挙句の果てにダム建設はここまできて中止だという。

高台の団地から昔の村跡は鍋底を見るように下のほうに臨めるだけ。


変わらないのは紅葉した周囲の山々だ。

人間の愚行を戒めるように高々と聳え立ってるではないか。
 
もう五木の子守唄を訪ねることはないだろう・・・・・・・


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syobu828 at 16:08|PermalinkComments(9)

2010年08月25日

オープンキャンパス

8月20日(金)〜21日(土)

高校2年になる孫の元(はじめ)が
東海大学農学部への進学を考えてるから
オープンキャンパスに参加してみたいという。
そこで夏休み最後の小旅行ということで阿蘇へ一泊で出かけた。

10 8 21 阿蘇山冬の雪景色、春の若葉、夏の鮮やかな緑、そして秋の紅葉。
阿蘇はいつ来てもその 雄大 な姿に自然の偉大さを教えてくれる。
放牧された草原地帯を通って、草千里からカルデラを望む。
この日はあいにく噴火口は有毒ガス警報が発令して近づけない。
まえもって阿蘇の外輪山の大きさを孫に話してたが、
この景色を目の当たりにして彼も驚いたようだ。百聞は一見にしかずだ。



 

南阿蘇のコースをとって、白川水源へ寄る。冷たく澄んだ湧水が気持ちよい。
高森湧水トンネル公園のトンネルの中を歩く。
10 8 21高森湧水トンネル地元の学校や企業の作った七夕飾りが暗いトンネルの中に明かりを灯す。
鉄道のトンネルだったものが廃線となった今、公園として利用され楽しまれてる。

高森の阿蘇休暇村に泊まることにした。
公共の宿泊ホテルであるが阿蘇の山を目の前に望む露天風呂がある。
地元の野菜を豊富に使ったバイキング料理はメニュー豊富で美味しい。
夏休みで子供連れのファミリーが多く、賑やか。
評判の宿だから週末は繁盛だ。
なにしろ、クラー無しでぐっすり寝られるというのは別天地。
熊本市内とは常に4〜5度気温が低いという。
冬は雪が積もり、かなり冷え込み寒いということだけどね。


10 8 21 阿蘇草千里の乗馬体験。翌朝は早起きし、山の空気を深呼吸、ホテルの周りを散策する。
午前9時半、東海大学阿蘇校のオープンキャンパスに参加する。
阿蘇の入り口、阿蘇大橋を渡るとすぐに校門がある。
門から校舎まではスクールバスがあるくらい長い坂道が続く。
東京ドーム19個分の敷地というから一山全部が大学というくらい広大である。
農学部は校舎、バイオ研究棟に加えて、畑、田んぼ、畜舎、牧場、農畜産物加工場などが要るから広い敷地が必要なんだ。

オープンキャンパスには遠くは北海道や関東地方と全国から父兄と高校生が200人ほど集まった。
10 8 21 東海大学阿蘇キャンパス学部長の歓迎挨拶に続いて、各研究室を見学。
担当の教授が最新分析機械(1台数千万もするバイオ機器)の説明や生物学の教授が植物と昆虫のパートナーシップについて熱く語る。
壁には珍しい蝶や虫の展翅標本が美しく展示されてる。
若い学生達に自然の素晴らしい仕組みを教えようと一生懸命な気持ちが伝わる。
この日、手伝いに奉仕してる学部の学生達も明るく親切に対応して気持ちが良い。
自然や生物を相手にしてると柔らかな人間性がはぐくまれるのだろうね。

休憩時間に学部長と話す機会があった。
農作物のオーガニックや自然栽培についてお伺いした。
これからの農業の方向ということで研究していますよということでした。

「50年前を思い出して、なんだか私まで入学したいような気がしますよ」と言うと、
「高齢で農業に興味ある方々向けのシニアスクールなんてものを開講しようと考えてます」とおっしゃってた。

学部長はじめ教授、学校関係者がこの自然に恵まれた大学を誇りに思い、

熱くアピールしてる姿は、学問への清廉な情熱を感じずにいられなかった。

この環境で4年間を過ごす学生さん達は幸せ。

将来に向けて得ることは沢山あると思う。

日本の農業、畜産業が自立し発展していくために

農学部の活躍を期待します。


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2010年04月24日

大阪の仲間達

3月17日(土)〜18日(日) 8ヶ月ぶりに大阪へ出かけた。

いつもの大阪の仲間達が私の退院祝いを兼ねて、梅田の自然食レストランで歓迎会をしてくれた。

この集まりは真ん中に座ってる今生さん夫妻のお世話で、ブログのOFF会として5年前に始まった。

10 4 17  大阪 の仲間達「夢見る30代 かりんとうさん」の愛娘、芽実ちゃんがもう小学5年生になったんだから、月日の経つのは速いものだ。
この5年間には新しい仕事を始めた人や私のようにガンと闘病する者など各人いろんなことがあった。
毎年2回ほど同じメンバーで会合を重ねると、まるで大阪の家族か親戚のような感じになってくる。

梅田のケイフリー(京子さん)と明石のアン・フィーユ(葉っぱさん)は白色粘土洗顔剤を使った女性の「お顔そりサロン」を始めて、とても評判が良く繁盛してるようだ。
よそには無い特長のある仕事は最初大変でも、
時間をかけてなじみのお客さんを積み上げていけば安定した経営が成り立つ。
お二人の確たる信念と努力、持続力には感心してしまう。

10 4 19 フォークで作ったキーホルダーデザイナーの石川さんは、HPで指占いの相談をうけているが、
この度、アメリカから1920年代のフォークを輸入して、
指輪やキーホルダーなどアクセサリーを製造する仕事を立ち上げることになった。
指占いを通して、かなり大勢のファンが出来上がったらしく皆さんに喜ばれると良いと思った。
1920年代のフォークには銀の含有量が多いので加工しやすいそうです。
銀のフォークで作ったキーホルダーをプレゼントとしていただいた。
ジャケットの胸に差すとアクセサリーとしてなかなか洒落てる。

皆と食べる野菜の多い自然食料理は美味しく、好物の赤ワインもかなり杯を重ねた。

10 4 17  阪急三番街翌日は今生さん夫妻と京橋へ出て、38階のレストランから大阪の街を眺める。
大阪城の内堀、外堀に続く運河が淀川と繋がって、まさに大阪は水の都だ。
昔はこの運河を船で行き来して、商売が繁盛したのだろうと想像する。
運河と公園の緑の中に高層ビルが立ち並び大都市のパノラマは美しい。
もう桜の花は葉桜になってるが、久しぶりの天気に恵まれ桜見物で混みあってる。
この度、今生さんからお嬢さんのご結婚が決まったということを聞いた。
なんと相手の実家は福岡だという、今生さんと福岡で会うことが度々出来るね。


先週、タイから姪夫婦が遊びにやって来た。

姪のナイヤナン・アリヤカノンは王立チュラロンコン大学理学部の教授をしてるが、
10年前、本郷の東大大学院に3年間留学してたから日本語は喋れるし、どこへ行っても不自由しない。
旦那は日系企業で働き、商業文を読み、きちっとした端正な日本語を使う。
百地の滞在型ホテルに泊まって天神へ買い物に出かけたりして福岡生活を楽しんでる。

10 4 15 N・アリアカノン家族大宰府へ連れて行き、蕎麦屋へ寄り、夕方は近所の寿司屋へ出かけた。
小学校2年の娘(愛子ちゃん)まで、日本食が大好きなのだ。
日本人の血が流れてるということだろうかしらね。
今、さっぱりした日本食は健康に良いということで世界中でブームらしい。


彼らと一緒にいると、とても楽なのは、YESとNOがはっきりしてること。

日本人の「あいまいさ」ということが言われるが、

彼らにしてみれば、日本流の返事は「本心が理解できない」ということになるんだろうな。

嫌なことははっきりNOと言ったほうが、本当に仲良くなれるんじゃない。


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2010年04月01日

江戸ツアー

3月21日と22日の連休を利用して東京の下町、江東区深川を訪ねる旅に参加した。
この旅を企画していただいたのは、女性の自立を応援する「ゆなさ塾」の濱田先生。
「ゆなさ塾」はNPO法人「江戸しぐさ」の九州支部に認定され、
江戸時代の町人達の生きる姿勢や心構えが授業の中に取り入れられてる。

10  3  20東京タワーかくなる私も、江戸しぐさ研究会の一員として、月1回の講習に参加してきた。
今回の旅はかって江戸の町人達が生活してた町を足で歩き、肌で感じようという研修旅行なのである。
参加人数は8人。還暦を過ぎたオジサン達4人とそれより若い美女達4人である。
オジサン達は中小企業の経営者で、「江戸しぐさ」を社風に取り入れようと工夫してる。

大相撲の国技館がある両国駅には、NPO法人「江戸しぐさ」の桐山副理事長が迎えてくれた。
桐山氏は日本経済新聞の局長を務められたという報道界、言論界の権威。
江戸文化や歴史についても造詣が深く、著作も多い。
私達のために、この日は深川を案内してくださるという。
分刻みの綿密なスケジュールと分厚い資料を作ってきてくださった。

まず驚いたのは、体格の良い桐山氏の足の速いこと。
さすが前身がスピードを競う新聞記者だけあって、我々は付いていくのに息切れがした。

忠臣蔵の吉良邸跡、勝海舟生誕地、芭蕉記念館、紀伊国屋文左衛門豪邸跡といわれる清澄庭園、
松平定信墓所、富岡八幡宮と矢継ぎ早に徒歩で両国、本所、深川の名所を見学した。
桐山氏の詳しい説明は文筆家の名文。立て板に水の如しである。

午後5時半、隅田川に面した料理屋さん「おおぎ」に到着。
NPO法人「江戸しぐさ」の理事長、越川礼子先生もお見えになった。
越川先生は82歳と思えない元気でお若く、綺麗な方である。
「江戸しぐさ」の現代の語り部といわれる方である。
先生は、「江戸しぐさ」は「謙譲だが卑屈ではない」とある外国人が評したという話を例にとって、
これからの世界を変えていくのは日本文化、「江戸しぐさ」なのだというお話をされた。

「江戸しぐさ」とは江戸の町人が自分達で決めた生き方の知恵。
言葉使いや表情、日常生活の動作、行動がしぐさ(仕草)なのです。
江戸の商人達は50万人という当時世界一の大都市。
全国から集まった多様な人々が仲良く付き合えるように、
違った風習を笑ったり、悪口を言ったりしないという人付き合いの道を子供の時から躾けられた。

このような生き方の知恵とは「人と人のつながり」を大切にすることだった。

数十年前、戦前の日本では多くの人が「お国のために生きる」ということを目標にしていた。
そのために個人の自由や権利は制限され、不自由な生活を強いられた。

そして、現代の日本では「趣味を大切に生きる」というのが生き方のものさしである。
戦後アメリカから個人尊重の民主主義を教わり、「個人を大切に生きる」ということが社会に定着してきたからだ。

10 3 29 隅田川 00421世紀に入ってネット社会が到来し、
「引きこもり」や「いじめ」など個人主義の弊害を大々的に報じるニュースが多く見受けられるが、自由競争社会を掲げるアメリカに比べたらまだまだ日本には「思いやり」や「人のつながり」が大切に残ってるように思う。

若い人達の間では日本の伝統文化が見直され、絵画や陶芸など人気だという。
また、人のつながりを求め、ボランティア活動や古き日本を探しに地方へ旅する若者も多いという。

この旅の終わりは浅草へ出て、隅田川を遊覧船で下り、

川面から東京の桜を眺めながら浜離宮へ出て羽田へ向った。

それにしても東京は人間が多い。

博多の街がなんと静かなことか。

いつもここへ帰ってくるとホットする。


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syobu828 at 07:30|PermalinkComments(10)

2010年02月22日

蒸気アイロンとトランペット

先週、雪混じりの寒い朝、東京御茶ノ水の森下クリニックへ診察を受けに行った。
昨年の春から4回目の診察であるが、今回は1月に肺の手術をしてるのでCTやMRI検査で調べても今のところガンは無い。
転移、再発を防ぐために森下式自然医学療法を続け、ガン体質改善を目指しての診察である。

10  2  22 刺繍 003「切ってしまったことは、今更言ってもしょうがないね」
「このまま、玄米菜食と運動を続けなさい」
と森下先生は手術したことについて何も言わなかった。

昨年暮、迷うと思って、先生に相談せずに手術を決めたことを危惧してたので、先生の優しいお顔を拝見して安心した。

今回の診察の結果は、ほとんどの項目で正常値に近いものが出て、自然医食療法が良好であるという自信を得た。
白血球数は3600、赤血球は397万、肝臓、腎臓の働きも良くなっている。
しかしまだ血液循環、肺の働きが鈍い。
血液生態検査では肺から真っ黒な毒素、化学物質が出ていた。
玄米以外の雑穀では、黒豆が合ってるので摂り入れるように言われた。

今回もガン自然療法の先輩である篠崎勝美さんと南 竜太さんに同行し、
浜松町のメルパルク東京に宿を取った。
さらに、大名町で時計と宝飾店を経営するK氏が新たに加わった。
K氏は、勝ちゃん(篠崎さん)の体験小冊子を読まれたのが縁で森下先生を訪ねたという。
勝ちゃんのインタビューを冊子にした小生の作品も役に立ってると知って嬉しかった。

10  2  22 刺繍 0023人とも診察が終わって、「さてお祝いに旨い物を食べようや」と
勝ちゃんの案内で三ノ輪の手打ち蕎麦屋さんへ向った。
朝から打った手打ちの蕎麦とうどんの合い盛りは大盛りで850円也。
蕎麦とうどんの両方を楽しめて腹一杯になった。
午後3時ごろ、もう売り切れといって暖簾をしまい閉店である。

この界隈、荒川区南千住は東京の下町、まだ一昔前のアーケード商店街が健在。
総菜屋、おでん屋、駄菓子屋、ラジオ屋、時計屋、靴屋、懐かしき匂いが漂う。


銀座へ出て、勝ちゃんがTORAYAでボルサリーノのハットを買う。
さらに、パイプ専門店「菊水」でパイプを購入、パイプ煙草の吸い方の講習を受ける。
TORAYAの店長もパイプ愛好家で老舗同志仲が良い。

10  2  22 ピザ料理店さて、夕方は浜松町の大門へ戻り、ピザ料理専門店へ連れてってもらった。
私達が菜食ということを知っていて、牛乳、バターを使わず、
小麦だけで、トッピングはいろんな野菜というPIZZAを焼いてくれた。
ナチュラルチーズだけは使うけれどね。
オーガニックワインで乾杯、「今年も元気で御茶ノ水クリニックへ来れた。お互いの健康と人生に・・・」

レンガ積みの釜戸オーブンで焼くピザは美味しい。
ふと見上げると、棚の上に昔の蒸気アイロンとトランペットが飾ってある。

店主の吉川さん曰く、「あたしの親父は洗濯屋でね、ちょっとでもシミが残ってると、
こんなものはお客さんに返せないって言って洗いなおしてましたわ」
「私は洗濯屋は継がなかったけど、親父の職人魂は継ぎたいと思ってね」

「もう釜戸の火を落としちゃったんで・・・」と言って、
私達の後からきたお客さんに丁寧に断りを言ってた。

学生時代からブラスバンドをやっていて、
今はトランペッット、トロンボーン、チューバという金管楽器6人編成でバロック音楽をやってる。
結婚式で燕尾服を着て、荘厳な祝宴の歌を吹奏してる写真を見せてくれた。


人生を充分に満喫してる下町のPIZZA料理屋の親父が吹く。

真鍮のトランペットから透き通った音が会場一杯に高鳴る・・・・

 

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syobu828 at 16:55|PermalinkComments(24)

2009年10月26日

日本海に沈む夕日

10月20日(火)夕方、東京芝公園のメルパルク・ホテルに投宿する。
前日より来ている勝ちゃん(篠崎勝美氏)の隣に部屋をとる。
夕食は銀座へ出て、銀座一美味いという蕎麦屋へ連れてってもらった。


09 10 21 銀座4丁目 服部時計店翌21日(水)、朝9時から御茶ノ水クリニックの診療を受ける。
  日常生活の問診(病状 食事 運動)
  MRA(磁気共鳴法による自律神経の働きを調べる)
  血液の顕微鏡映像により白血球の働きを画像で見る。
午後から、森下先生の診療が始まった。
4月の初診から今回で4回目、もう7ヶ月が経過してる。
  肝臓と腸からの毒素が出ている。
  肺が重点的に反応してる。
  3〜4ヶ月すると、真っ黒いものが血液中に出てきます。
  それが最後で良くなりますから、このまま自然医食療法を続けなさい。と言われた。
体調もだいぶ良くなり、元気になったが、まだまだ山はあるのだと、油断しないように継続しなければならないと気を引き締める。
白血球は4200、赤血球は427万と正常域に入ってきたのは嬉しい。

09 10 21 銀座裏通り診察が終わって、さてと大手を振って浅草へ遊びに出る。
浅草寺の近辺には下駄屋、帽子屋、手ぬぐい屋、半被屋など、江戸時代から続く、老舗の店が残ってる。
鰻、天麩羅、鮨など食べ物屋さんも繁盛。
普段着で行ける東京の下町である。
銀座と浅草、対照的だけど私はどちらも好きだ。
たぶん長い年月で選ばれ、生き残ってきた歴史があるからだと思う。

10月22日(木)上越新幹線で新潟へ移動する。
新潟市古町の三日月化粧品店さんを訪問するのが目的。
古町商店街で綺麗な店を構える三日月秀行氏は当年50歳の紳士である。
新潟の一番店と言われるまでに繁盛してるのは彼の美容センスの良さによる。

夕方、五十嵐さん、三浦さんと歩いて日本海タワーまで行った。
途中、横田めぐみさんが拉致されたという中学校の前を通る。

09 10 22  日本海に沈む夕日 新潟 001タワーから眺める日本海に沈む夕日は荘厳で美しい。
あの日の日没もきれいなはずだった。事件の生々しさが蘇るような気分になる。
そして曽我ひとみさんが住んでる佐渡島も遠くに霞んで見える。

夕食はいつも行く料理屋さんがマクロビ料理を作って待っていてくれた。
三日月の皆さんも野菜は美味しいと言って賑わった。


10月23日(金燕三条市のコスメテックハウス・ミズノさんを訪ねた。

09 10 22  信濃川河畔の紅葉自宅へ案内されて、奥様とお嬢さんの手料理をいただいた。
水野さん一家は、自然食の愛好家である。
「普段食べてるものですが」と言ってたが、
長年の研究と年季が入って、とても美味しかった。
このまま、この広い家でマクロビレストランができるくらいである。
ご主人は畑もやるし、お味噌も自家製である。

水野さんのライフスタイルはまさにロハスでナチュラルでモダン。
ご子息の留学中に何回もアメリカへ行ってるので現地仕込みの洋風である。


昨年の5月、新潟を訪れて、帰ってから中咽頭ガンと診断され、入院。
それから、1年半のガン闘病である。
1年間の西洋医学療法と6ヶ月の自然医食療法を続けてきた。
今回の旅行中、ずっと考えていたのは、
森下先生の玄米菜食療法と白色粘土洗顔による美容法の整合性だった。

どちらも、排泄作用重点を置いてるという事。

09 10 22  信濃川の遊覧船 新潟食事として、体に入ってくる食物は血となり、肉となり私達の体を作るわけであるが、
古いものは排泄され、新しいものと入れ替わらなければならない。

もし、排泄作用が上手くいかなければ、血液は汚れ、体の働きは滞りを生じる。
体に入れるよりも、まず出すことを優先しなければならない。

玄米菜食というシンプルな食事と白色粘土というシンプルな処方は
体の内と外という場面において、どちらも排泄作用を正常化するのだと思う。


10月24日(土) 羽田で篠崎氏と合流する。
この春、もし肺ガンの手術を受けて、抗癌剤の点滴を続けてたら、
たぶん、入退院を繰り返し、今頃はまだ病院のベットの上だっただろう。

こんなに元気で、東京、新潟の旅行ができたことを思うと、
森下先生のご縁を作ってくれたこの道の先輩、
篠崎勝美さんにあらためて感謝です。

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2009年09月09日

横浜開港150周年

9月4日から3泊4日で初秋の東京、横浜へ旅した。

09 8 9 生姜と梨と夏みかん東京立川市の叔母さんが亡くなった。
9月4日(金) 昼の便で福岡を発って、御通夜にお参りすることができた。
叔母さんは80歳、母の弟の奥さんにあたる。
静岡市久能山の出身で、毎年夏には名物の葉生姜を送ってくれた。
先月も葉生姜の絵を描いて、お礼状を出したばかりだった。
息子夫婦も立派にやってる。叔母さんは孫が大きくなって安心してただろう。
明るく気前の良い方だったから、人気があり、付き合いも広かった。


9月5日(土)朝9時半、御茶ノ水クリニックの森下先生の診察を受ける。
検査の結果は肺の機能がだいぶ良くなってると言われた。
山登りや朝の1時間街歩きの効果かもしれない。
ただ、食事を噛む回数が50回くらいになってるので、
100回以上噛むように油断しないことと念をおされた。

さらに、オリーブ油や菜種油(圧搾法のものに限る)、
ちりめん雑魚を食べてよいと許しがでた。
これで、料理の幅がだいぶ広がります。
玄米雑穀食の森下自然医食を始めて、4ヶ月目にして、
これでいけるという自信がでてきてるのが体で解かる。

森下先生を紹介した大阪のYさんに会う、
彼女は1ヶ月で10キロもやせて、まるで別人のごとくなってる。
素晴らしいことだ。病気が治って美しくなれば言うことなしだもの。



09 9 5 メロディ・ガルドー夕方、大学時代の友人佐藤君と有楽町の東京フォーラムホールへ東京ジャズフェステバルを聴きに行く。
今回の目当ては、今注目の女性ボーカリスト、メロディ・ガルドー
発売されてるCDの中から歌ってくれたから、知ってる曲が多く楽しかった。
やはり、生の音は迫力ある。CDはきれいにまとまってるけど臨場感が無い。
9月末、NHKの衛星放送で生録が放映されるから楽しみ。

それにしても、元都庁跡に建ったこのホール、5000人収容とは驚いたね。


 

9月6日(日) 横浜伊勢佐木町の化粧品店、白牡丹の広井さんご夫妻を訪ねる。
広井さんは小生の会社のお得意様で、もう7、8年近くお取引をいただいてる。

09 9 6 kyoko hiroi 3ところが、Jazzや絵画など趣味の世界で気が合ってしまい、毎年お伺いする度に、めずらしいところへ案内してくださる。
今回もコンサルティング会社トレノスの服部千恵子さんが同行してくれた。

昼から、画廊巡り、横浜開港150周年記念のエジプト展、
横浜港の日没を見ながら大桟橋で乾杯、締めは、野菜料理とオーガニックワイン、黒人男性のジャズボーカルと完璧なのである。
まさに、この夏のフィナーレとも言うべき充実した楽しい1日だった。

09 9 6  スケッチ k Hiroi広井さんの奥様は、あちこちの絵画展に入選するほどの腕前。
海外へもスケッチに出かけるし、もうアマチュアを越えてる。
スケッチブックを取り出し、唄う歌手と帽子被った小生をさっさっと描いてしまう。

続きのページで広井教子さんの最新作を紹介しますのでご覧くださいね。


大桟橋の店でもアルトサックスとピアノの演奏があったし、
このカフェでもボーカルとピアノという具合に、横浜はJazzが盛ん。
戦後、アメリカのものは港町横浜へ上陸して、東京で流行ったものだ。
今でも音楽や絵画やファッションの分野で横浜がリードしてることがあると思う。

横浜開港150周年の歩みは近代日本の歴史を映してるとも言える。

今度の旅でも、お会いした皆さんから励ましを受け、
勇気を貰い、元気になって福岡へ戻った。
幸せをかみしめながら・・・・ありがとう。

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2009年08月25日

2年ぶりの大阪

8月22日(土)2年ぶりに大阪の皆さんに会うことができた。
一昨年の11月以来だから、正確に云うと、1年9ヶ月ぶりということになる。

小生が昨年の夏、中咽頭ガンで3ヶ月入院。放射線と抗癌剤で治療。
その後、7ヶ月外来で抗癌剤内服を続けた。
しかしこの春、首のリンパ節へ転移、手術。
さらに1,5cmの肺ガンが見つかる。
これは、もう他人任せにできないと、ガンについて勉強した。
森下先生の診察を受け、自然医食を始め、ただいま肺ガンとは共生中

という私の健康上の理由で、大阪行きは何回も延期され今回やっと実現したというわけだ。

集まった場所は梅田コマ劇場跡の高層ビルの1階にあるマクロビ料理店。
この界隈は最新のファッション店が多く若者が集まる洒落た処。

09 8 22  大阪梅田集まったメンバーは、「肌科Drの美肌づくり」の今生さん夫妻。
共に30年来、美容理論を研究しあってきた盟友であり、小生のブログの師匠でもある。

「お顔そりで色白美肌」梅田で美肌サロン、ケイフリーを経営する吉武京子さん。

「お顔そりアンフィーユ」明石市で美肌サロンを経営する葉っぱさんこと富岡一葉さん。

「かりんとう」加古川市の病院事務を担当してる山崎香織さんと小学4年生の芽実さん。

「フェリックス・イシの指占い」指占いの研究者イッシーさん。本業はグラフィックデザイナーの石川平治氏。

このメンバーを中心に、5年前から年に2回ほど集まり、
美肌法について現場からの意見を出し合い研鑽を積んできた。
関西に石鹸使わない運動を広めてきたのだ。

久しぶりに皆さんのお顔を拝見して、さらに肌はきれいになってる。

それぞれ、いろいろ苦労があった。でも苦境を乗り越え逞しく生きてる。

健康という以上に輝きと自信という生命力を強く感じた。

09 8 20  ワインとカボチャ今回の話の中心は、ガンの自然治癒ということになった。

自然医食でガン細胞を捨て、新しい体を作るという事と、

古い角質を上手に捨てて新しい肌を作るという事が

体の内と外のことで、全く同じだと認識する。

私の4ヶ月の玄米菜食体験から、カカトや肘など厚い角質は剥け落ちツルツルになったこと。

だから、体の内部の皮膚(喉や胃、腸、肺の粘膜)にある

ガンも溶けて剥げ落ちていくと確信している。




09 8 22  イッシーハンドクラフト 額縁デザイナーのイッシーさんが私の絵をPCできれいに加工して、
ポストカードに仕立て上げ、皆にプレゼントしてくれた。

ライブハウス、CANDYの絵はアンティークな額に入っている。




09 8 22  イッシーハンドクラフト 指輪そして、「全快を願い充分に念を入れました」と言って、
スプーンから作ったフェリックス・イシの指輪を頂いた。

彼はデザイナーにしてクラフトマンでもある。

 

 

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2009年08月17日

夏休み一泊旅行

先月3日に行った、N氏の別邸が大変居心地良かったんで、
仲の良い友人6人で夏休みの一泊を過ごすことになった。

目的地は直方であるが、高速道路はお盆で渋滞してるようだし、
飯塚回りで途中、篠栗町の若杉山へ寄ってくことにした。

09 8 14 若杉山 わらび野カフェ若杉山は福岡の小学生や中学生が遠足で行く処。
この山の中腹に、最近前面ガラス張りの建物が建ってる。
その白いモダンな姿は遠くからも目立つ。

それが「カフェ・わらび野」 広々した店内にゆったりしたソファ。
篠栗の町から玄界灘までが一望できる。夜景もきれいだという。


09 8 14 文冶郎のざる蕎麦丁度昼時だったので、隣の「文治郎」という蕎麦屋で美味い蕎麦を食す。
ざる蕎麦に、こんにゃく寿司がついてくる。蕎麦好きにはお勧めの店だ。
蕎麦が美味いのはもちろんだが、店の人達も感じが良い。
お店は広々、テーブルも広い。眺めは最高。きっと紅葉もきれいだろう。

夕方早めに、直方のN氏の別宅へ着いた。
敷地500坪、平屋の日本家屋。部屋数は10室ぐらいありそう。
日本庭園が見事である。手入れが大変だろうと思うけどね。

09 8 15  直方で夏休み N氏の別邸まず、檜つくりのお風呂にゆったり浸かり、汗を流す。
今回は、私が玄米菜食してると聴いて、野菜中心の料理でいくことになった。
玄米雑穀おにぎり他何品かは家人が朝から作ってくれた。
ごぼう、かぼちゃなどの煮物は昨晩から煮ておいたものだ。

 


中小企業の経営者の連中だから、だいたい美食好みで飲み事も多い。
「1日ゆっくりして、野菜料理でデトックス」という計画は当たったようだ。

  茄子と胡瓜と玉葱の絵  野菜は旨い、旨い」と好評である。

いつも、肉だ魚だと美味いもんばかり食べてるからね。

よく食べ、飲み、喋ってるうちに、眠くなって横になってる。

生き物として快適な時間を過ごすことができたね。


夜中に豪雨があって、福岡天神の街には水が出たと朝のテレビで知った。
なにも知らずに、ぐっすりと安眠してたわけだ。

朝の味噌汁は小生が作ると言って、
八丁味噌と豆味噌、コブと椎茸のだしを用意してきた。
Aさんが、三瀬の豆腐を買ってきてくれてた。
家で毎日作ってる味噌汁が上手く出来た。良かった。

09 8 15 楽しかった夏休みこの仲間とは年に2回位、1泊旅行してる。

なんの気兼ねも要らない友達というのは

家族みたいなもので、

大切に長く付き合っていきたいものだ。


帰りは愛宕山岩井屋さんで羅漢果餅と有機コーヒーを頂いて

「僕らは良き友にめぐまれて幸せ」という結論に達したのです。

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2009年06月23日

東京3日間の旅

4月23日から始めた自然医食はもう2ヶ月を経過しようとしてる。
玄米雑穀の主食にも慣れ、1日2食、100回以上噛むこともできる。
体重は53キロとだいぶ軽くなったが、動きは良いし疲れない。

私が自然医食を始める導きをしてくれた、この病の先輩、
篠崎勝美さんが御茶ノ水クリニックへ行くというので同道することにした。
彼は余命3ヶ月といわれた末期ガンを自然医食によって克服し、もう6年になる。
とにかく元気で若い60歳である。(風貌はロッカー?ラッパー?)

6月16日(火)夕方、芝のメルパルクホテルに投宿する。
篠崎さんと南さん、男3人で銀座の街へでかける。

夕食は「吉田の蕎麦」、大盛ソバをおかわりする。江戸の蕎麦は美味い。
腹ごしらえして、箸の専門店や洋服屋を何軒か見て回る。

パナマ ハット (銀座トラヤ)篠崎さんが今回の診察記念に帽子(夏用の黒いパナマハット)を買うといって、老舗帽子店、「銀座トラヤ」に入った。
さすがこの道の専門店。各種帽子はサイズも全部揃ってる。
ハットといえば、イタリアのボルサリーノが最高級品。
被り心地はとても軽く、フェルトの生地もなめらか、値段もびっくり。
小生もあれこれ試してるうちに、トラヤオリジナルのパナマを被ることになった。


翌日の検査と診察は午前9時から始まる。
2ヶ月前にやっとで登った御茶ノ水の坂も今回は楽々と登れた。
確実に体力、免疫力が回復してるのを実感する。

森下敬一先生はお顔の色はピンク色、83歳にはまったく見えない。
お声は高く、言葉は力強く、頭脳明晰、ユーモアもある。

「少しずつ良い方向に向かってます。」
「気を緩めないで自然医食を続けなさい。」
と励まして頂いた。

 

夕方は化粧品コンサルタントのK氏に会い、
銀座5丁目のマクロビ料理店で夕食を摂る。
K氏と社員の皆さん「玄米菜食って以外に美味しいね」と言って楽しんだ。
健常者も週に一度は体の大掃除、玄米菜食はお奨めだ。

芝 増上寺6月18日(木)は早朝、ホテルの前の芝公園を散歩した。
このあたりは東京のど真ん中なのに、緑が多く、静かで落ちついてる。
芝の増上寺の前に立つと、東京タワーが後ろに見える。
伝統の寺社建築と赤い鉄骨のタワーとはどうみてもアンバランスだけど。
ただ最近は回りに高層ビルが立ち並び、東京タワーも目立たなくなっている。


稲村ガ崎 江ノ島午前10時、小学校以来の親友、岡田氏夫妻が迎えにきてくれた。
彼の運転で、鎌倉へ向かう。
学生時代の思い出の地、湘南海岸だ。
稲村ヶ崎に立つと、西に江ノ島が見え、富士山がうっすらと映る。
「稲村ジェーン」という映画にでてくるように、このあたりは50年前とあまり変わっていない。



横浜港大桟橋時間が余ったので、横浜へ出てみる。
山下公園通りで運転を代わる。

この道をいつか車でゆっくり走ってみたいと思ってたけどやっと実現した。
親友と夫人。車はマジェスタ。港内を帆船が通る。
潮風にのって、M・レビンソンオーデイオから
軽快なWest Coast Jazzが流れる。

彼らはこの半日を上手にコーディネイトし楽しませてくれた。
そのハーモニーはniceだった。

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2009年02月25日

避寒地 沖縄

今年も沖縄旅行の日が来た。
2月22日(雨天)、冬のコートは置いて、ジャケットにマフラー巻いて、
那覇行きの飛行機に飛び乗る。

那覇港の貨物船毎年、冬の終わりに那覇へ行くことにしてる。
避寒というより、いちはやく春を体感して、
ちじこまった手足を伸ばせるのが嬉しい。

那覇はもう初夏だ。
気温は26℃、温かい南風が吹いてる。



毎年訪ねるのは、漢方医学の研究者玉那覇 昌保氏である。
昨年から、癌の再発を防ぐ健康法を指導いただき、
玉那覇氏の処方する漢方薬を服用している。
「顔色も良いし、もう大丈夫ですよ」と言われ安心した。

熊本の0さんも来て、那覇空港で一緒になった。
0さんはアトピー皮膚炎で、ステロイドから見事に離脱できた。
それは大変な闘病の2年間だったが、自然治癒力で健康を取り戻したのだ。
全身の湿疹は90%完治し、最後の仕上げに入ってる。
小生にとっては、「病の先輩」である。

玉那覇氏の今回の話は、

ミトコンドリア癌やアトピーなどは生活習慣病であり、
その原因は複合的であるが、
なんといっても細胞のエネルギーを作り出す器官、
ミトコンドリアが酸欠状態を起こしてることが問題。

運動不足、浅い呼吸、体の冷え、不眠、
血行不全、食生活の乱れ、ストレスなどによって
ミトコンドリアに酸素が充分に送れないと、
エネルギーは不完全燃焼の状態になり、白血球の免疫作用が低下する。
免疫力が低下すると、癌やアトピー、リュウマチ、膠原病などの難病が起こる。

まさに、小生の今までの生活習慣をかえりみれば、
運動不足、歩かない、車を足代わりにしてた。
冷え性、トイレが近い・・冬でもビール飲む・・・そしてタバコ中毒。
朝食はパン、コーヒー。昼はパスタや麺類。米飯は夕方軽くたべるだけ。
朝3時に眠り、朝8時に起きる。 睡眠不足、昼間うたた寝する・・・

数え上げればきりがないな・・・・・病んでみて解る健康のありがたさである



翌日、福岡の友人、今村さん夫妻が那覇に来ていて皆でお茶した。
彼らは、26歳、23歳と若い、小生の孫に近い年齢であるが、
とても真面目で人生目標もしっかりしてる。

おきなわマラソン 2009今回、沖縄マラソンに参加するため土曜日から来ていた。
驚いたことに、何と11000人中、ご主人は13位なのである。
タイムは2時間43分。もうこれは一流選手並み。
このタイムだと、福岡国際マラソンにも出場できるという。
とにかく入賞オメデトウ・・・・ 
あっ奥さんも完走。たしか5時間くらいでしたよね。すごいこと。


今回のもうひとつの楽しみは沖縄の野鳥。
玉那覇さんが前もって調べておいてくれた。
まず、市の中心にある漫湖の干潟。
水際にはマングローブの木々が生えて、さすが南国である。

ダイシャクシギ 那覇漫湖もうとっくに北朝鮮やシベリヤへ帰ったものと思ってた
ダイシャクシギが何羽も集団で棲息してるではありませんか。
福岡にくらべると、鳥ものんびりしてるようにみえました。長いくちばしを干潟の泥に差し込んでカニを捕らえて食べる。
この干潟はラムサール条約で保護区域に指定されてる。
那覇市では立派な野鳥センターを建設し、
無料でニコンフィールドスコープによる観察ができる。

セイタカシギ 那覇三角池漫湖から近いところで三角池という農業用溜池に、
セイタカシギが20羽ほど群れになっていた。
「干潟のバレリーナ」といわれるほど足が長く、きれいなシギである。水深のある場所まで入り、くちばしを突き出して水中の食べ物をついばむ。
初めての沖縄バードウオッチングで、
ダイシャクシギとセイタカシギをカメラに収めることができて幸運。
もう来週には残らず北国へ帰るだろうから。

私がここ沖縄で元気になったように・・・・・
彼らもこの避寒地で、北へ渡っていくエネルギーを蓄積したことだろう。
また来年、漫湖の干潟で再会したいものです。

 

TINA 全方位バックロードホーン玉那覇さんのオーディオのスピーカーはさらにグレードアップしていた。
沖縄TINAオーディオの最新スピーカーは20cmの円筒状で
その高さは150cm以上ある長身。

アートペッパーのアルトサックスの音がやわらかく部屋中に広がる。
音は全方向から流れ出て、余韻を残して空間へ消えていく。

なにしろスピーカーが天井を向いてる珍しい型式だ。
低音は筒の中を巡り、増幅され下部から出てくる。
(全方位バックロードホーン)
発想の転換とはこういうことだというお手本だなぁ〜。



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2009年02月09日

江戸の感性

2月6日(金) 「江戸しぐさの伝承者」越川禮子先生の講演会へ出かけた。

今回の講演会は、天神「ゆなさ塾」浜田安代先生の主宰で開催された。
浜田先生は越川先生の「江戸しぐさ」をもう10年前から九州で広めてきた。
そして昨年、誰にも解りやすい「江戸しぐさ漫画本」を出版した。

この日、出版記念ということで越川先生をお招きして講演会が開かれたのだ。
江戸しぐさに興味を持ち、理解してる人達で会場は満員だった。


江戸しぐさマンガ教本「江戸しぐさ」というのは・・・・・・・

町方のリーダー達(町衆)が江戸の町の繁栄と平和の存続を考え、
また異文化の人々との共生に知恵をしぼり、率先して行った行動哲学で、一般の町人にも浸透した。
封建時代の士農工商の身分制度はありながら、何回かの飢饉を乗り越えて平和と繁栄が300年も続いたのだ。

江戸時代、人口100万という世界一の大都市
ちなみにニューヨークはまだ7万人くらいだった。
それだけ人口が集中するということは、異文化の地方出身者が多かった。

「江戸しぐさ」とは
江戸企業家の生活信条(哲学)から瞬間的に生まれるアクション
それは、目つき、表情、口のききかた、身のこなし であった。

その本質は・・・・・・・

 約束を守る。子供の唄に・・指きりげんまん針千本飲ます、死んだら御免。
           というのがあるが、約束には命がかかるということ。

見て解ることは言わない。髪が薄くなったね。太ったね。シワが増えたなどと
                  目に見えてわかることは言わない。

 「結界覚え」  専門家の領域に侵入しない。プロの技量を尊重する。

人のしぐさを見て決めよ。他人の本音はしぐさ(行動)で解る。

個人差を尊とぶ。個性を認めそれぞれを適材適所に配する。共生すること。

そしてなにより、粋(イキ)で遊び心があり、肩書きを気にしない生き方だ。


越川禮子先生約2時間の講演はあっという間に過ぎた。
女性の自立を応援するゆなさ塾の女性達が多かったが、
デザイン会社やアパレル会社、住宅会社を経営する友人達(オジサン達)も入り混じって、江戸しぐさを経営に活かそうという機運も感じられた。

越川先生は83歳なんて信じられない若く、素敵な女性。
江戸しぐさを実践してるその話も身のこなしも粋でお洒落。



私は小学校の頃を思い出していた・・・・・
同級生に吉原君というなかなか目立った子がいた。
何人かで彼の家へ遊びに行った。

おばあちゃんがチャキチャキの「江戸っ子」で、
よその子にも作法を教える厳しい人だったけど
戦後の物の無い時なのに、お雑煮やぜんざい、お団子なんか
子供の好きなものを用意して、いつも歓待してくれた。
その手際の良いこと、気持ちの良い「江戸しぐさ」だったと思う。

彼の父は神田でサンヨーレインコート(三陽商会)という会社をしてた。
・・・・SANYOというアパレルメーカーの前身ですが・・・
大人の人達もたくさん出入りしてたようだった。

後でわかったのですが、劇団四季の人達が多かったらしい。
でも僕ら子供達も庭でボール投げしたり、空気銃遊びなんかして、
「子供は邪魔」なんていう人は誰もいなかった。

子供は大人の言葉、身のこなしを見て憶えるもの・・・
来るもの拒まず、人の役にたつように楽しむという
共生の哲学が彼の家にはあったように懐かしく思い出す・・・・


大濠公園 キンクロハジロ先週は近くの大濠公園へ行ってみた。
カモの仲間で「キンクロハジロ」という珍しい鳥がいる。
頭の後ろの黒い毛がのびてとびだしてるのと、
目が金色なのが可愛い。

水底の貝めがけて潜水して食べ物を獲る。
島根県の宍道湖にも多いそうで、
淡水でも汽水でも生活できるらしい。


ユリカモメ 大濠公園この写真のように、鳥達は群れてることが多いけど、

仲良く暮らすために何を話し合ってるのかしら・・・

彼らの日々は粋で遊び心充分と見たけどね〜




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2008年12月08日

水の都 熊本市

先週末、沖縄の玉那覇さんを福岡空港で迎え、
そのまま高速バスに飛び乗って熊本市へ向かった。
熊本行きは、Oさんが4月にマンションを改装した時に伺って以来である。

Oさんも私も、玉那覇さんの漢方薬のお世話になってる。
本人の状態を実際に観てから処方を決めるので、
わざわざ沖縄から出かけて来ていただいたのだ。

健康を回復する方法とは、究極その人の自然治癒力の問題である。
免疫力を上げ、体力を増すためには、まず食事、運動、睡眠など
生活習慣を改善しなければならない。
自然治癒力の回復を目指す東洋医学の療法がこれから益々見直されるだろう。

特に、今回は鼻呼吸と歩くこと意義を説明してくれた。
その目的は酸素の有効な利用と体温の上昇である。

上江津湖 2ということで、さっそく「水の都 熊本」の散策、江津湖畔公園を歩くことになった。
路面電車の水前寺電停を電車道から一歩入るともう湧き水が流れ出ている。
その水路をたどると、江津湖に続く。
まず驚いたのは、水がきれいなことだ。
湧水は透き通ってる。一年中、水温が一定。
夏は子供達がこの湖で泳ぐ。
湖の長さ2.5km、周囲6km。とにかく広〜い。


上江津湖 1阿蘇の湧水による湿原地だから、いろんな植物や水性動物が生息している。
子供達にとっては、野外観察にうってつけのフィールドだ。
カエデやモミジ、銀杏、ポプラなどが紅葉し、
散歩道は赤や黄の葉で敷き詰められて。
江津湖の一番美しい季節なのかもしれないね・・・・・


ここは野鳥観察の好適地でもある。
歩いてると何人かのバードウオッチャー達に出会った。
彼らは、フィールドスコープという望遠鏡を設置して、
お目当ての鳥が湖畔に来るのを静かに待つ。

江津湖 かわせみ白サギが飾り物のようにじっと動かず湖面に立ってる。
派手ないでたちのカモ達が連なって泳ぐ。

途中に小さな湧き水の池があった。
池の真ん中の止まり木にいる「かわせみ」がバードウオッチャーのスコープの視野に入った。
ピントが合って、シャッターの音がする。
撮れた写真を見せてもらう。
背中が瑠璃色、腹がオレンジの美しい小鳥だ。大きさはスズメ位。
空中で止まることができ、長い口ばしで素早く小魚を捕らえる。


下江津湖もうちょっと先まで、もうすこしと言いながら、とうとう下江津湖まで歩いてしまった。
さてこの道を引き返すのは大変だ。
動植物園の入り口が近いからとタクシーを捜すが見つからない。
しかし運よく市内バスがやって来た。
やれやれ良い運動になった。気分爽快。




先月の和白干潟の「都鳥」と言い、今回の「かわせみ」と言い、
鳥達は優雅で美しい・・・・・自然を楽しんでいるかのようだ。


来年はバードウオッチングを始めてみようかしら。
彼らとレンズ越しに話してみたいものだなぁ〜

 

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2008年11月23日

秋月の紅葉

11月も後半になると急に寒くなり、朝晩は10℃近くとかなり冷え込むようになった。
秋の深まりとともに各地の紅葉便りが新聞やテレビで伝えられる。
日当たりの良い山の斜面で、夜は冷え込むという寒暖の差が激しいところほど見事に紅葉するそうだ。

京都のように山に囲まれた盆地は正にこの条件にかなってるわけで、
嵐山などの写真を見ると鮮やかな紅(くれない)である。
一昨年、大阪の今生さんが案内してくれた京都高台寺の見事な紅葉を想い出す。

秋月 眼鏡橋今年は近いところでと、福岡市近郊の紅葉の名所、城下町秋月へ行ってみた。
福岡市内から50kmほど、大分自動車道を通って1持間で秋月へ着くと、町の入り口に眼鏡橋という石橋がある。
江戸時代、長崎の眼鏡橋と同じ様式のものをということで長崎から石工を呼んで造った美しい花崗岩のアーチ橋だ。
秋月の町はこの野鳥川沿いにあるのだが、のとりという名はいかにも自然のなかにある古い城下町らしい呼び名である。


秋月 黒門秋月は関が原以後、福岡藩黒田氏の支配地になり、明治の廃藩置県を迎えた。
現在、城跡は中学校になり、掘割と石垣が残ってるだけだが、秋月氏が鎌倉時代に築いた山城の黒門がここに移築され、秋月という地名が中世以来である証となっている。
この黒門周辺が紅葉は一番きれいだ。記念写真を撮る人達が多い。



秋月 中学校秋月中学の建物はクラシックで美しい。
何年か前に改築したらしいが、昔のままの木造校舎を再現してるなんてさすが秋月である。校庭の銀杏の黄葉も見事だ。

城跡へ通じる杉の馬場沿いには、歴史資料館やきれいな美術館もあって、ピカソやルノアール、上村松園、横山大観の絵がある。

その前の、黒門茶屋という茶店で、名物の葛餅を頼む。
舞い落ちる枯葉とともに秋は静かに過ぎてゆく・・・・・


秋月は私にとって忘れられない所。
この秋月から10kmほど山へ入ったところに小石原という民陶の村がある。
小石原焼20年以上前、田中好治さんという陶芸家にお会いして、
粘土はどうして粘り気があるのか」を教えていただいた。
この出会いが、粘土の可塑性(吸着力)を洗顔料に利用しようという発想の元になった。

粘土の細かい粒子は扁平で多孔性、表面積が大きく普通の土より結合水という粘り気のある水を作りやすい。
粘土の吸着力の源は水の力なんだということが解った。

このやさしい吸着力で、肌の汚れや古い角質を取り除く。
大切な潤い成分は洗い流されないというのが粘土の特徴。
ここが石鹸や洗剤(界面活性剤)と異なるところなのだ。

白色粘土洗顔の生まれたいきさつを話しましたが、
運命とは一瞬の触れ合いで決まるものですね。

方向が定まれば、極上な粘土を見つけ、
試作を繰り返すという道が見えてくるわけだから。


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2008年06月01日

カオリンおじさん 旅に出る。

毎年11月の終わり頃、関東地方の販売店の皆様を訪ねて旅に出るのですが、
今年は、季節の良い時に回ろうと計画して、5月23日から一週間の予定で出かけた。

福岡発午前8時の便で、新橋駅に11時に到着。

この度、白色粘土洗顔をお取り扱いいただくことになった
「長尾化粧品店」の社長さん、常務さんにご挨拶して、社員さん達の説明会をする。

長尾化粧品店は都内に15軒のお店を持つ東京の老舗化粧品店です。
店名は「銀座Bibi」・・銀座9番街   「エルメ」・・ニュー新橋ビル1F
どちらも私がずっと定宿にしてた銀座三井アーバンホテルの近所。
なにか縁のようなものを感じます。


甲府市 SATOSHIYA午後は、車で中央フリーウエイを使って山梨県甲府へ移動。
甲府市の化粧品店 「SATOSHIYA」さんを訪ねる。
この度、改装して素晴らしいお店が出来上がった。
その斬新な設計は、レストラン、喫茶店と間違えそう。
化粧品を並べる棚が無い。商品よりもサービスを主力にした店。
こんな化粧品店は東京にも無いだろう。

新装開店を知らせるインフォメイションには・・・・
やっと探し当てた逸品。粘土の洗顔は、正直「洗顔の革命」だと思う。
とお褒めの言葉をいただいています。

お店は夜まで忙しかった。
SATOSHIYAさんのファンが沢山いて、このお店を支持している。

綺麗な庭のあるレストランで、12時過ぎまで、
K氏ご夫妻の化粧品店にかける熱い思いをお伺いした。
「物より事」というお客様のニーズを上質なセンスで実現している。
なんといっても、K氏はこだわりのミュージシャン(Trumpet)だもの。


5月24日、上越新幹線で、燕三条市へ移動。
三条市の化粧品店「MIZUNO」さんを訪ねる。
こちらも、昨年改装した綺麗なお店。大変な繁盛店なのです。
水野社長、奥様、お嬢さん、家族の強い絆を核に、
若い女性社員さんたちの笑顔が明るい。
今日も、楕円のカウンターではお客様同志のコミュニケーションが続く。
お客様に化粧品と楽しい時間を売ってるようなお店なのです。
奥様のLOHAS志向がメインストリーム。

アロマandクレイセラピーの話で盛り上がった。


5月25日、隣の新潟市まで、ゆっくり移動。
市内を流れる信濃川にかかる万代橋を歩いてわたる。
河沿いを歩いてみる。河畔の喫茶店で昼食、そして本を読む。
新潟の街はもう何回も行ってるから詳しくなってる。
五月にしては暑い。半袖でも良いくらい。夏物のハンチング帽子を買う。

三日月秀行氏夕方、新潟古町の三日月化粧品店を訪ねる。
三日月秀行氏は粘土洗顔のパイオニアです。
彼の情熱と実績、評判のお陰で、
何軒ものお店が取り扱っていただけるようになったのです。
いつも明るい、優秀な社員さん達の尽力にも感謝です。
常に、化粧品の真髄を探求する三日月氏の研究心には敬服します。


5月26日、群馬県前橋市の白牡丹化粧品店さんを訪問。
「すずらんデパート」の隣にあり、
1階は化粧品とジュエリー、2階はファッションまで取り扱う広いお店です。
新しく入社した社員さんに粘土洗顔の説明をしました。
奥様はじめ、皆さん熱心に聞いてくださいました。
前橋市は群馬県の県庁所在地。緑の多い、落ち着いた学園文化都市。
隣の高崎市とは対照的な感じです。

夕方は東京へ戻り、三井アーバンホテルへ投宿する。
銀座で夕食をゆっくり食べて、軽く飲む。

5月27日、いつも最後は横浜へ泊まる。
翌日の行動を考えると、駅の東急ホテルが便利だ。
このホテルのクラシックな雰囲気が好みだ。とても落ち着く。

夕方、横浜伊勢佐木町の白牡丹化粧品店の広井さんご夫妻を訪ねる。
8階の事務所から、「横浜みなとみらい」の高層ビルがまじかに見える。
ライティングされ、夜景がきれいだ。

奥様の絵が、この春の白日会展に入選し、六本木の国立新美術館へ観に行った。
100号もの大作、8階の事務所に何日も泊まり込んで描かれたそうです。
その他、最近の作品をいろいろ見せていただく。

画 広井教子ジャズプレイヤーの絵。背景の描き方を教えていただいた。
何を主題として表現するのか。その他をどのようにまとめるのか。
省略するものは捨て、強調するものは力強く・・・・・

美味しい魚料理をご馳走になり、
Jazz Bar「Wind jammer」のスコッチソーダで仕上げる。
この店、1972年から、港横浜でJazzライブの灯をともし続けてる。
この夜はピアノトリオの演奏。軽快にスイングして、上品な演奏。
横浜ってお洒落な街だよねぇ・・・・
Jazzもこの港から上陸したんだからね。

今回の旅のテーマは「アロマandクレイセラピー」だった。
もちろん、皆さんにスパニシュレッドやローズウオーターの試作品を試していただいた。
興味を持って、話を聞いてもらえて良かった。
実現へ、強い味方を得た思いです。

スペインの壷5月28日、最終便で福岡着。やれやれ・・・・ほっ。

この旅を計画してくれた(株)トレノスのK氏に感謝です。


先週、スペインの色鮮やかな壷をパステルで描いてみた。


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2008年04月23日

福岡で正月休み

4月10日から20日まで、タイの姪夫婦が娘を連れて福岡へ遊びに来ていた。

この季節、タイは連日40℃もあり、一番暑い。
学校は4月〜5月が夏休みだ。
タイの正月は4月13日から始まる。
仏教に由来する水掛祭りといって、町中で水を掛け合い新年を祝う。

アリヤカノン夫妻姪夫婦は、正月の休暇を、桜咲く日本で過ごすのを楽しみにやって来た。
姪というのは、私の妹の子で、名前はガタイ。
本名はナイヤナン・アリヤカノンだけど、
タイ国の習慣では、一生、愛称しか使わないらしい。
夫君はチュア、娘は愛子。


10年前、姪夫婦は東京本郷西片町に3年半住んでいた。
姪が東京大学理学部の大学院に留学したからで、
結婚したばかりの夫君も一緒に本郷のアパート生活を始めた。

チュラロンコン王立大学彼は、日本語学校に通い、通訳の資格を取得し、
タイに帰って、日系のソフトウェア企業に就職した。
姪は、タイ最高学府といわれるチュラロンコン王立大学で先生をしている。
小柄で大学の先生にみえないんだけど、学生達にはけっこう厳しいらしい・・・

3年半の日本での生活で、いろいろ苦労しただろうけど。
日本語は上手くなり、東京の街にも詳しくなり、京都へ旅行したり、
楽しい留学生活だったらしい。
彼らの好物は、和食。特に寿司。6歳の娘はうどんが大好き。
今回も福岡に着くなり、まず寿司屋に連れてった。

ハイアット・レジデンシャルスイート 福岡10日間の福岡の宿は、百地のハイアット・レジデンシャル福岡にした。
このホテルは滞在型で、部屋もリビングとベッドルームに別れ、
広さも50岼幣紂∪濯機や炊事の設備も付いてる。

それで、値段は天神のシティホテルと変わらない。
なんといっても、海が近いし、周囲の環境が良い。お奨めです。
彼らは、ここを拠点に、天神や博多駅方面へ出かけ福岡での休日を楽しんだようだ。

天気の良い日、志賀島の水族館へ行った。
娘がイルカショーに興奮していた。タイ語で、イルカはパロマという。

姪と化粧品について話をした。
大学の専攻は、環境問題だったので、
公害や産業廃棄物のことなどフィールドで研究してると聞いてたんだけど。

この頃は、オーガニック化粧品の研究をしてるという。
化粧品成分の名前を英語だけでなく日本語でも知ってるのには驚く。
研究室には、フローラルウオーター(芳香蒸留水)を作る装置も2台あり、
成分を混合するホモジェナイザーも備わってるという。

さっそく、試作品のRED CLAY洗顔ROSE WATER化粧水
分析してくれるように頼み、持って帰った。
分析データを送ってくるのが楽しみである。
姪と共同研究ができるようになれば、これは新しい道が開ける。

チュラロンコン大学ってとこへ一度訪ねてみたい。
そうなれば・・・・バンコクの滞在型ホテルに住むことになるのかなぁ〜
なんて・・・想像してるんだ。

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syobu828 at 01:06|PermalinkComments(10)

2008年03月07日

江戸しぐさ

この頃、ウイークディに天神へ買い物に出かけることが楽しみである。
今日は、色鉛筆を求めて、まずインキューブという大きな雑貨屋を覗いた、
色鉛筆次に、ロフト。どちらも大型店である。
目当てのものは置いてなかった。

天気が良いので、西通りの臭いを嗅ぎながら、
赤坂の山本文房堂まで歩く。
さすが専門店である。
日本製からヨーロッパのものまで各種揃ってる。
親不孝通りの知り合いのカフェで昼飯、友人のA君に逢う。

この歳になると、だんだん経済活動から遠ざかっていくような気がしてる。
なんてことをA君に話す・・・・

いちおう、一家の主として、
お金を投資して、物やサービスを作り、
売り上げから原価を引いて、利益が出る。
これが経済活動という考えが長い間身についてたように思う。

それが、世の中見渡せば、子供、学生、主婦、そして私のような定年組。
お金を稼がず、お金を使う人達が半分以上いるってこと。

それを夕方、家人に言ったら・・・・
「何をおっしゃるの。消費だって立派な経済活動じゃあありませんの」

なるほど、まいったな。
「お金は天下の回りもの」って言いますものね。

これからは、消費者として、どんな物やサービスが売れるのか、
しっかり観察してみようと・・・・今更ながら考えましたね。


浜田安代先生3月3日、雛祭りの日、ゆなさ塾の浜田先生主催の
和流ルネッサンス倶楽部」の例会に出席した。
浜田安代先生は女性の社会参加を応援する「ゆなさ塾」を天神で開講してる。

「江戸しぐさ を 今しぐさ」に、
そして人間力を高めることを柱に、
日本の文化、芸術、四季の暮らしの良さをつないでいくことが目的。


和流ルネッサンス倶楽部 08.3.3.江戸しぐさとは・・・・

18世紀後半、江戸の町方のリーダー達が、
お互い共倒れしないいで、商売繁盛するために、
周囲と気持ち良く暮らしていくように体系化したライフスタイル。

生き方、考え方、口のきき方、身のこなし方。
世界に通用する、日本人の美意識や感性なのだ。

200年前、江戸の人口は100万人、ニューヨークはたった7万人だった。
江戸は世界NO1の文化、経済都市だったといわれてる。

地球環境と人がうまく共生していくための究極のお手本が
「江戸しぐさ」にあるようです。
今こそ、相互扶助の「繁盛しぐさ」を復活させたいものである。

品格ある物作りと心地よい上等なサービス。

「江戸っ子は宵越しの金はもたねぇ〜」

なんて、気前良く、消費活動→経済活動も活発だったんでしょうね。

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syobu828 at 02:13|PermalinkComments(16)

2007年03月27日

ガォーママとヤッホー

いつも横浜へ行くとお世話になるザキのカモメさん夫婦
「今度は横浜と博多の中間、大阪梅田で飲みましょう」と去年暮れに約束していた。
そろそろ桜の開花も近い先週末、梅田の新阪急ホテルで待ち合わせた。

梅田のシェービングサロン「Kフリー」さんを見学して、
翌日は京都で磯辺先生の講演会を聴くというのが、
今回の旅行のスケジュールである。

ごちゃごちゃした梅田の地下街を抜けて曽根崎の居酒屋で、
同じシェービングサロン経営者同士の交歓会。
Kフリーさんの理容師さんも二人参加する。
かなりお酒も回って、春雨の中を歩いて宿まで帰る。

翌日は朝10時に京阪電車で京都四条へ出る。
カモメ夫婦の姪子さんがご主人の車で迎えに来てくれる。
円山公園の桜はまだ一部咲き。
高台寺の脇を通り抜けて、清水寺へ向かう。
観光客で狭い坂道は混み合う。清水寺はメインだからね。

ザキのカモメ夫婦と姪子さん姪の桃ちゃんはとても可愛い方、染色の仕事をしてるご主人とは新婚。
伯母さんのことを「ガォーママ」って呼ぶ。
どうして「ガォーママ」なのか聞くと、
子供の頃、伯母さんの家の玄関にライオンの置物があったからということ。
念のために言いますが、ガォーママはとてもやさしい伯母さまです。

大人になって嫁に行っても、子供の頃の呼び名を使うなんて、
仲の良い伯母と姪、なにかほほえましく、幸せなご家族の様子がみえる
母親は親戚皆から「ヤッホー」と呼ばれてるらしい。
何のことはない、「ヤッホー」を挨拶がわりに使うのがあだ名の由縁なのだ。
ガォーママとヤッホーも仲の良い姉妹なんだな。
カモメ夫婦と桃ちゃんの写真です。
ザキのカモメの旦那、ハンチング帽がお似合いであります。


私は翌日、今回磯辺講演会を開催した
自然食品店を営む「有限会社悠々」の濱田さんを訪ねた。

黒米母湯「黒米母湯」という重湯を自社で開発し、アメリカの特許も取って、
ホスピスや産院の需要が多いという。
流動食しか摂れない、患者さんたちに黒米の栄養は強い味方なのだ。
濱田さんは年に2回、専門医を招いて医学講演会開き、啓蒙活動を続けている。
まじめにコツコツと持続することの大切さを教えていただく。

「体の内も外も健康で美しく」ということでお互い協力していきましょうと励ましの言葉を頂く。
白色粘土洗顔もお店でお取り扱いいただくようになった。

京都に同志ができた喜びで、帰りの途も元気になる。

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syobu828 at 23:18|PermalinkComments(6)

2007年02月25日

遠藤周作文学館

先週の木曜日、小学校時代の友人夫婦が東京から遊びにきたので、
暖かい日差しに誘われて、長崎方面へ出かけることにした。

平戸教会高速道で佐世保へ出て、九州の西端、平戸温泉で一泊した。
1550年 ポルトガル貿易船が初めて平戸に入港。
南蛮貿易発祥の港。長崎よりも100年ほど早い。
フランシスコ・ザビエルが平戸で布教したというカトリック平戸教会が、市内を見渡せる丘の上に建ち、その鐘の音が聴こえる。



長崎市外海町翌朝、西海橋を渡って、大村湾沿いに長崎方面を目指す。
半島を横切って東シナ海に面した国道202号線に出る。
今回の旅の目当ては長崎市外海町(そとめ)にある遠藤周作文学館である。
青い海を見ながら、切り立った断崖に沿った道を進むと、
夕日の丘の上に文学館の建物がある。



遠藤周作文学館外海町が遠藤周作氏の代表作『沈黙』の舞台になったこと、
また、遠藤氏自身がキリシタンの里である外海町の景観を気に入っていたことから、夫人の協力のもと設立された。
作家・遠藤周作氏の生涯と足跡、遠藤文学に関わる展示物など、約2万5000点以上の貴重な資料を展示している。



昔読んで感動したことを思い出して、『沈黙』のページを繰ってみる。
キリシタン弾圧で転び」という棄教をせざるをえなかった宣教師や信者達の内面を描いた小説。

「踏むがいい、私はお前たちに踏まれるため、この世に生まれ、十字架を背負ったのだ」という「沈黙」の神の言葉。

拷問や死の恐怖に負けることなく踏み絵を踏まない強い人間と、
信仰を捨てて踏み絵を踏んだ弱い人間。
どちらが真に救われるべき人達なのだろうか。

外海町 黒崎教会今でも外海町の住民の8割以上はカトリック信者であるという。
弾圧という死の恐怖を乗り越えて、
信仰を受け継いできた隠れキリシタンの子孫達である。
文学館のテラスから、東シナ海を望むと、五島の島々が水平線に霞む、
この荘厳な光は人の無力さを照らし、やさしく人を包み込む。
弱い人間の内にもこの光は埋め込まれてると思う・・・・・


宗教に限らず、信じたことを成し遂げるその道は、強弱、高低あり、遠い道。
成し遂げ、繋げるためには、転向という道もあると思う・・・・

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syobu828 at 11:37|PermalinkComments(8)

2007年02月19日

沖縄のローカルな旅

2月の冷たい雨降る土曜日の朝、
ジャケットにマフラー巻いて飛行場へ
沖縄行きの飛行機に乗る。この季節でも沖縄ではコートは邪魔になる。
昼頃、那覇空港に着く、気温は23℃、温かい春風が気持ちよい晴天だ。

沖縄南部暖かいところへ行くと、縮こまってた肩の筋肉が伸びるような開放感がある。
毎年、2月は沖縄の玉那覇さんを訪ねることにしている。
玉那覇さんご夫妻とは20年来のお付き合いをいただいてる。
お二人とも薬剤師さん、漢方薬店を経営し、
沖縄全土に白色粘土洗顔を広めていただいてる。


奥さん自家製の麺を使った「ソーキそば」をご馳走になりながら、
漢方薬の話、肌の話をする。
「人の体は、たった一つの細胞が分裂、分化してできたものだから、
皮膚だけを診るということではなく、体を全体として捉えなければならない。
大勢の皮膚を診てると、皮膚は体全体のことを語りかけてるということが判る。」

「白血球他、免疫機構が異物を捕らえて、排泄し、
細胞が新生する自然治癒力を高めるためには、
生活習慣という体全体の調整が必要だし、
それを時間をかけて指導することが本当に治るということ。
一時的に病変を抑えることは治ることにならない。」

玉那覇さんの捉え方は、この一年でさらに生物学的に広がってきているなと感じた。

実は数年前、石鹸や洗剤の洗いすぎの弊害を警告してくれたのは彼であり、
今回の訪問の目的は、先日の磯辺先生の講演会の内容を伝え、
講演原稿を届けるためだったのです。
玉那覇さんも磯辺先生にお会いしたいということなので、
6月には福岡へ来ていただく約束をする。
西洋医学と東洋医学の対談が聴きけるのは楽しみ。

沖縄南部 知念岬日曜の朝は、玉那覇さんの理解者であり共に仕事している大田さんの案内で、
南部の海を見に行こうと糸満市方面へ出かけた。
丘陵地帯が連なり、高台から見る海は紺碧の空を映して真っ青で美しい。



沖縄南部はかって壮絶な戦場となった所、
観光開発は遅れてるけど沖縄の自然がたくさん残ってる。
農家のおじいさんがゆっくり道を歩いてる。
畑の前で立ち止まり煙草を取り出し一服してる。

こののどかで、ローカルなゆっくり流れる時間。
それぞれ地方にはその地方の良さがある。
沖縄のあかるく力強い生命力。
青い海と大地に生える木々の鮮やかな緑と赤く咲く花達。
この美しい自然がいつまでも大切に守られますように。

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syobu828 at 01:12|PermalinkComments(14)