野鳥
2023年01月13日
シメはもっそりとやってきて餌台を独占する

シメのオス。12月に撮影。シーと聞こえる鳴き声と、鳥を意味する接尾語のメが名の由来とされるが定かではない。平地から山地の落葉広葉樹林や雑木林に生息する。ムクノキ、エノキ、カエデなどの種子を太い嘴で硬い種子を割って中身を食べる。
自然博物誌 冬の高原における野鳥の饗宴 甲斐鐵太郎

シメのメス。12月に撮影。

雪の朝 小鳥たちは食事に困る 餌台に野鳥が集まって朝の饗宴となる
2023年01月03日
蓼科高原にある山荘のウッドデッキにやってくる大きな野鳥のシメ

シメも同じだ。シメの嘴は大きい。顔中が嘴のようである。イカルはその極みである。ウソもシメも餌台に陣取ってヒマワリを食べる。
長野県茅野市の蓼科高原にある山荘のウッドデッキには小鳥の餌台にヒマワリの種が載せてある。午前8時には小鳥たちの賑やかな食事会が始まる。最初に舞い降りるのはコガラ、つづいてシジュウカラ、ヤマガラ、ゴジュウカラ。頬に紅をつけたウソがやってくると他の鳥たちは警戒する。シメは餌台にくる一番大きな野鳥である。今冬はイカルはまだ姿をみせない。餌台は二ホンリスも自分のものだと思っていて、気まぐれに現れては小鳥たちを蹴散らす。
ウソは黒く小さな嘴(くちばし)でヒマワリの種を回すようにして殻を剥(む)く。シメも同じだ。シメの嘴は大きい。顔中が嘴のようである。イカルはその極みである。ウソもシメも餌台に陣取ってヒマワリを食べる。カラの仲間はヒマワリをついばんで飛び去って木の枝に留まって殻を割って食べる。
二ホンリスの食べ方は餌台への居座り型である。殻をむいたヒマワリの種を頬袋にため込んで巣穴に持ち込む。
野鳥と二ホンリスのおやつの貰い場となっている山荘の餌台である。カラマツとミズナラの枝を飛び回っていた小鳥たちが餌台にヒマワリの種が置かれたと知るやバサリとあるいはひらりと舞い降りてくる。雪がお日さまに照らされて明るく輝く庭先のベランダで繰り広げられる野鳥たちの饗宴そ見るのが蓼科高原の標高1,600mにある山荘の主の日課である。
2022年12月18日
2022年07月14日
<img src="https://image.space.rakuten.co.jp/d/strg/ctrl/9/78d42b78996cfce15eed77e325aa979935b32f53.49.9.9.3.jpeg" border="0" name="insertImg" /> 霧ケ峰高原はニッコウキスゲが例年になく良く咲いております

霧ケ峰高原はニッコウキスゲが例年になく良く咲いております。
ただし電気柵の中でのことです。鹿が食べるからです。
カッコーを聴いて、ノビタキとホオアカが飛ぶかう草原です。
2022年06月10日
オオヨシキリ
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日
It was June 4th when the bush of reeds was swelling.
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日 甲斐鐵太郎
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日 甲斐鐵太郎

オオヨシキリの声がするほうにシャッターを切った。
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日 甲斐鐵太郎

オオヨシキリの巣に収まり切れないカッコー。
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日 甲斐鐵太郎

この葦の茂みにオオヨシキリが飛んできて騒いだ。
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日 甲斐鐵太郎

河口湖の向こうに富士山があるのだが見えない。
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日 甲斐鐵太郎

河口湖の岸辺を犬を連れて散歩する人がいた。
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日 甲斐鐵太郎

6月5日には富士山が少しだけ顔をだした。
(タイトル)
葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた6月4日 甲斐鐵太郎
(本文)
私にとってのオオヨシキリは葦の茂みとともにある。白樺湖の葦の茂みはホテルのまえにありオオヨシキリが夜にも啼いていた。諏訪インター前のガストの向こうの空地の茂みでオオヨシキリがぎりぎり・がちゃがちゃと啼いていた。
河口湖畔の葦の茂みに立つことが多い。南に富士山が大きく見えるからである。河口湖にとってオオヨシキリは夏鳥である。5月になれば岸辺の葦が青い芽をだす。6月4日には三分の一ほどに伸びた葦の茂みでオオヨシキリが啼いていた。薄い雲が上空を覆う状態であり富士山の姿はなかった。この日は逗子のKKR逗子松汀園(逗子保養所)で朝を迎えて茅ヶ崎の釣り宿で弁当と刺身を買っていた。この食料を夕食にして河口湖で泊まる算段であった。
河口湖大橋を脇に観光案内所があり休憩のための駐車場がある。岸のすぐそばであり何時もは土産物を買うのであるが売店は開いていなかった。犬を連れていたので岸辺の散策路を歩いたのだった。有難いことに一羽のオオヨシキリがギリギリという啼き声で一緒に移動するのであった。私にとって野鳥は普段の行動のすぐそばにいればよいのである。じっと見つめるとか、意気込んで写真を撮るとか、というのではない。このような意味で出現したオオヨシキリは有難いものであったのだ。
オオヨシキリといえばカッコーの托卵先として知られている。大きさも形も色彩も似せた卵を産み落とされたオオヨシキリは自分よりも身体が大きいカッコーのヒナに給餌し巣立たせるのである。一連の行動に人の生活にたとえた解釈を与えてはならない。そのようになっているのであるということなのだ。オオヨシキリとカッコーの数の差を推察すると軽く見積もって100対1を超える。オオヨシキリの生存にとって害を及ぼすことはないのだ。
高原にでかけた私にとって草原の一本の木立で啼くカッコーの声ほど慰めになるものはない。昔にはカッコーはホトトギスであった。いまは奇妙な分類学が発達したために「特許許可局」と騒いであっちの木こっちの木と飛び回って張りを主張する野鳥がホトトギスとなったのだ。
自分で巣づくりしてヒナを育てるカッコーの仲間が海外にはおります。日本にいるカッコウの仲間の、カッコウ、ホトトギス、ツツドリ、ジュウイチなどは、巣づくりの習性をもたないので自分で巣をつくらないしので自分の巣に産卵して育雛(いくすう)することはない。カッコーが托卵するのはオオヨシキリやホオジロやモズである。オナガにも托卵するようだがオナガとカッコーの攻防が報告されている。
ジュウシマツは巣を一つだけにしておいくと何つがいもが産卵して育雛する。ムクドリは同じムクドリの巣に産卵することがある。
産み落とされたカッコーの卵は10日から12日で羽化する。托卵先の卵より早い。成長速度も速く、そして大きくなるので育つのはほとんどがカッコーのヒナになる。托卵先の卵をカッコーのヒナが背中に載せて巣から落とす行動はよく知られている。
カッコーはヒヨドリより少し大きな体格をしている。白い胸には黒灰の横縞が混じる。ホトトギスの横縞はカッコーほど明瞭ではない。横縞が走るところはタカの仲間のハイタカやツミに似ている。
河口湖は富士五湖で二番目に大きい。相模川水系で茅ヶ崎の海岸で太平洋に流れ出る。流れ出るのは正式には平塚市であるが海岸は区別なく逗子までつながっていて、アユが遡上し岸辺ではシラスが良く取れて名物になっている。富士山の水が相模川になって迂回して太平洋に注ぐ。河口湖の流出口は人工的につくられた。それ以前は自然浸透して富士吉田市新倉に流出していた。洪水対策のために流出のための堰が掘られた。
山梨県の御坂付近には太宰治が井伏鱒二の世話で棲んでいた。御坂は河口湖から勝沼に抜ける峠道であり井伏鱒二は甲府の湯村や身延方面の下部温泉に遊んだ。下部川でのヤマメ釣りを井伏鱒二は短編小説にしている。井伏鱒二は新倉掘抜を取材し、1976年(昭和51年)1月から7月まで、雑誌・海に「新倉掘抜」を書いた。1986年(昭和61年)に「岳麓点描」と解題され、単行本化された。
(写真と文章は甲斐鐵太郎)
2022-06-08-it-was-june-4th-when-the-bush-of-reeds-was-swelling-
2022年06月09日
河口湖の葦の茂みオオヨシキリが啼いていた6月4日でした 甲斐鐵太郎

写真はオオヨシキリ。6月3日、河口湖で撮影。

写真は河口湖の湖畔です。6月4日に撮影。
写真は河口湖の富士山と桜とオオバン(大鷭)
(オオバンをみてクイナを考え、クイナからオオヨシキリが思い浮かびました。)
葦は背高く生えて野鳥の棲家になる。

葦は葦簀(よしず)のように湖と陸地を分ける。

河口湖からの富士山の眺め。

写真は河口湖の富士山と桜とオオバン(大鷭)

オオバン(大鷭)が飛び立つ。

(タイトル)
河口湖の富士山と桜とオオバン(大鷭)
(オオバンをみてクイナを考え、クイナからオオヨシキリが思い浮かびました。)
(本文)
2016年3月30日、東京のお堀の桜は満開でした。内堀と靖国神社の桜を見た後で中央道を西に走って河口湖まで行きました。
河口湖は東京より一月遅れということを「金貯まる」と読み間違う和菓子屋の人が言っていて、お店にでは雛飾りとしておりました。
桟橋ではブラックバスを釣る人が2名いました。湖の中央にかかる河口湖大橋の上を中国人がブラブラしておりました。中央道の谷村パーキングエリアで見かけたオーストラリア人も同じように河口湖大橋におりました。オーストラリア人の服装は地味でした。アメリカ人でもない、欧州の人々でもないという服装だったのです。
富士山が見える場所までいって写真を撮りました。
中国人は湖畔の砂浜に浴衣で降りていてはしゃいでおりました。色の黒い人がいたり、ヨットを背景に白い西洋のドレスで結婚記念の撮影をしている人もおりました。
夕日が富士山に当たっている3月30日です。
偶然にここだけ咲いているサクラと富士山を一緒にして写真を撮りました。
西の山に夕日が落ちる時刻の河口湖の湖面にはオオバン(大鷭)がおりました。他の水鳥はみませんでした。
冬の水鳥ということで黒い体色からクロガモと思ったのですが、嘴(くちばし)は白く頭に向かって白い毛があるオオバン(大鷭)でした。クロガモは嘴(くちばし)の根本が黄色いことは主に海におります。
オオバン(大鷭)はツル目クイナ科の野鳥で日本ではこの仲間としてクイナ(水鶏)、バン(鷭)がおります。クイナは茶色の体色でバン(鷭)は黒ですが嘴(くちばし)の上あたりが赤です。それが白いのがオオバン(大鷭)です。
クイナ(水鶏)は「夏は来ぬ」の歌詞の中にその名がおり込められておりますから姿も鳴き声も知らなくても名前は知っている人が多いことでしょう。クイナ(水鶏)とは別に体色が薄い朱色のヒクイナ(緋鶏)がおりますが、日本では古い時代には区別されておりませんでした。クイナはチュッチョ、クイックイッと鳴きます。
初夏になると葦(よし、あしとも読ませる)の林の中でオオヨシキリがギリギリ、ジャージャーと鳴くのに合わせるようクイナ(水鶏)がチュッチョ、クイックイッと鳴きます。
桜が咲いても河口湖の水辺の葦(アシ)は枯れたままですが、やがて青い新芽が伸びて林になります。もっとも河口湖の葦の林は水辺の見通しのを確保するために生やさないか刈りとられていることが多いのです。
オオヨシキリが営巣し始めて大声を張り上げて鳴く季節が好きな私はこの時期に白樺湖のそばの宿に泊まることを続けておりました。そして霧ヶ峰高原に登って赤く山を染めるレンゲツツジを眺めて喜ぶのです。
富士山とサクラとオオバン(大鷭)の河口湖の3月30日です。
そのようすを見て写真を撮影している旅人がおりました。
写真は11年前に発売されたCanon EOS 5Dで撮影しました。
フルサイズのデジタル一眼レフですが、撮像素子にゴミが付着してもカメラ自体が振り落とすことができない構造なので、何時でもどこかにゴミがついております。困ったことなのです。
オオバン(大鷭)の写真はズームレンズの135mmでは足りなくて影絵のようになりました。望遠の300mmを付けたもう一台のCanon EOS 5Dを持ち歩くのがよいのでしょう。
ズーム比の凄いのがあるのでそれで用を足すこともできますが、レンズが二段階に繰り出す構造のは好きになれません。
2020年01月28日
冬ざれた相模川の岸辺の風景。カワウ(川鵜)が滑空してきて水しぶきをあげた。
冬ざれた相模川の岸辺の風景 執筆 甲斐鐵太��

相模川の小倉橋区域は1月27日は52cmの雪が降った
冬ざれた相模川の岸辺の風景 執筆 甲斐鐵太��

冬ざれた相模川の小倉橋下に遊びに行った
冬ざれた相模川の岸辺の風景 執筆 甲斐鐵太��

カワウ(川鵜)が滑空してきて水しぶきをあげた
冬ざれた相模川の岸辺の風景 執筆 甲斐鐵太��

オオバンは冬に相模川で頑張っている
冬ざれた相模川の岸辺の風景 執筆 甲斐鐵太��

トンビが舞う。相模川上空でくるりと輪を描いた
冬ざれた相模川の岸辺の風景 執筆 甲斐鐵太��
相模川の小倉橋下に遊びに行った。冬ざれた河原には犬を連れてきて一緒に散歩する人と、ただここに来て時間を過ごす人が多くいた。
川面にカワウ(川鵜)が滑空してきて水しぶきをあげた。水に潜るとずいぶん離れたところに浮き上がる。潜水は予想を遙かに超えている。オオバンが数羽浮いている。オオバンはツル目クイナ科オオバン属に分類される。オオバンは日本には年中いる。日本のなかで渡りをするのやら居残りするのがいる。クイナが啼けば「夏は来ぬ」なのだがオオバンは冬に相模川で頑張っている。
見上げればトンビが舞う。相模川上空でくるりと輪を描いた。
ときどき出かける相模川の小倉橋区域に1月27日は雪が降った。箱根で25センチメートルの積雪であった。ここでは5センチメートルであった。
2020-01-27-winter-sagami-river-shore-landscape-writing-tetutaro-kai-
2018年06月11日
チャプチャプ浮かんで母親について行くコブハクチョウのヒナの姿は人の心にポッツと火を灯す。

(タイトル)
山中湖のコブハクチョウと雛(ひな) 6月9日撮影
(本文)
富士五湖の一つである山中湖にでかけた。6月9日の土曜日である。自転車に乗る人が多いので何だろうと調べると明日に富士山5合目までのクライムレースがあって、土曜日中に最終登録をしなければならないことになっている。車中泊の人もいたが宿に入る人がほとんどである参加者は1万人。
山中湖の周りには自転車専用道路ができていて平坦な道を1時間ほどで周回できる。歩けば3倍を要するから自転車に乗った。
梅雨の晴れ間の土曜日で東京は蒸し風呂であったが、山中湖はからりとしていた。夕方には富士山に雲がかかってお日さまは湖の周りにまばらにそそいでいる状態だ。ゆるりゆるりと自転車をこいで左回りに走っていると何時ものところにコブハクチョウがいた。
山中湖のコブハクチョウは20羽ほどだ。どこかから連れてきて放してある。オオハクチョウのようにシベリアに飛んでいかない。東北や北海道に移動するコブハクチョウがいるようだが、山中湖のコブハクチョウの大概はここに居ついている。
子を産まなければ数が減って山中湖からはいなくなるのだろうと考えていた。6月9日午後5時から6時15分にかけて山中湖をめぐったのであるがここで雛(ひな)を連れたコブハクチョウにであった。最初のはすでに白くなった2羽のヒナを連れたのだった。遊覧船の発着所のもどるとここには4羽のヒナを連れたのがいた。こちらは白くなった1羽のヒナと、まだ黒いままの3羽のヒナを連れていた。ヒナを連れているのは母親なのだろうと考える。
アヒルの子に混じった黒い見にくいアヒルの子はやがて白い鳥になって飛んでいく。このような物語を思い出した。
知っている人は知っているのだろうがこちらはそのようなことは知らない。小さな体ながら生意気にも波にチャプチャプ浮かんで母親について行くヒナの姿は人の心にポッツと火を灯す。いいものを見たとこの日は満足の一日であった。(写真と文は甲斐鐵太郎)
2018年01月24日
2017年07月24日
イワヒバリ
下とイラストあるいはタイトル文字ををクリックすると次の文章をご覧いただけます。
新 野鳥歳時記 イワヒバリ
八ヶ岳の赤岳付近の岩場で人を恐れずに岩から岩への飛び回るイワツバをみるとここは高山なのだと思います。赤岳山頂は標高2,899 mありますから十分に高山です。八ヶ岳に雷鳥はおりません。イタチが雷鳥を襲うか知りませんがキツネがいれば雷鳥は数を減らすことでしょう。イタチより大きいと思われる動物の糞を何度もみております。
八ヶ岳はイワヒバリが多く生息する山域です。2500mを越える山の一番高いところで見かける野鳥の代表がイワヒバリです。スズメより一回り大きなずんぐりとした茶色の体、灰色の頭部をもち、コロ・コロ、フィ・フィという声を発して岩稜帯で餌をついばみます。
イワヒバリは人を恐れない鳥です。歩くのに疲れて休憩している傍でコロ・コロ、フィ・フィと啼いて寄ってきますから、手を出せば捕まえられそうですが、イワヒバリは間合いを知っていてサッと距離をとります。いつかの夏、剣山に登ったときにはイワヒバリの声がずっと聞こえており、この啼き声に励まされての登山となりました。
イワヒバリの生態調査が進んでおります。最近発表された資料では、イワヒバリは雄雌数羽の集団で育雛するというものがありました。交尾も特定のカップルでおこなうものではないといいます。高山の生息条件の厳しいところで繁殖する野鳥にはこの方式が都合がいいからでしょうか。
私がイワヒバリと邂逅するのは中部山岳地帯の八ヶ岳、剣岳などの高山地帯ですが、冬場は高度をずっと下げた地帯に移動するといいます。秩父の三峰山には冬場に現れるということであり、地元の人々はイワスズメと呼んでいます。
夏にイワヒバリに出会える人は元気な人です。イワヒバリが迎えてくれる山に出かけてみたらいかがでしょう。
山の高いところで見かける野鳥は限られております。里山や平地でみる野鳥は種類が多いので覚え切れません。イワヒバリの有難いことはそれをイワヒバリとすぐに確認できることです。
新 野鳥歳時記 イワヒバリ
2017年07月22日
イワヒバリ 山の一番高いところで見かける野鳥の代表がイワヒバリです
イワヒバリ |
夏山の 優しき天使 イワヒバリ 虚心

2500mを越える山の一番高いところで見かける野鳥の代表がイワヒバリです。スズメより一回り大きなずんぐりとした茶色の体、灰色の頭部をもち、コロ・コロ、フィ・フィという声を発して岩稜帯で餌をついばみます。
イワヒバリは人を恐れない鳥です。歩くのに疲れて休憩している傍でコロ・コロ、フィ・フィと啼いて寄ってきますから、手を出せば捕まえられそうですが、イワヒバリは間合いを知っていてサッと距離をとります。
いつかの夏、剣山に登ったときにはイワヒバリの声がずっと聞こえており、この啼き声に励まされての登山となりました。
イワヒバリの生態調査が進んでおります。最近発表された資料では、イワヒバリは雄雌数羽の集団で育雛するというものがありました。交尾も特定のカップルでおこなうものではないといいます。高山の生息条件の厳しいところで繁殖する野鳥にはこの方式が都合がいいからでしょうか。
私がイワヒバリと邂逅するのは中部山岳地帯の八ヶ岳、剣岳などの高山地帯ですが、冬場は高度をずっと下げた地帯に移動するといいます。秩父の三峰山には冬場に現れるということであり、地元の人々はイワスズメと呼んでいます。
夏にイワヒバリに出会える人は元気な人です。イワヒバリが迎えてくれる山に出かけてみたらいかがでしょう。
2017年06月21日
新 野鳥歳時記 アカハラ
(本文)
南の立木を伐採するとその向こうにクスノキとノグルミの30mを超える大木が並んでそびえていた。クスノキのことは知っていたのであるが窓の向こうの立木が目隠しだった。大きく広がる木の葉は夏空とあい和して気持ちよい。そのずっと向こうに700mの山があって夏は水蒸気でわずかに霞む。

住まいの下にはわき水があって、これを起点に30cm幅の小川ができている。わき水は藪に隠れていて、ここが小鳥たちの水浴び場になっている。水浴びした小鳥たちが窓のまえの何だかわからない常緑樹にとまって羽つくろいをする。
4mほど先の常緑樹は野鳥園の役割をする。ここには入れ替わり小鳥がやってきてひとしきり遊んで飛んでいく。そのようすを見ているのだ。
6月21日、この日が夏至なのかどうかわからない。日の出は4:25、日の入りは19:00とテレビが言っていた。この地の日の入りが遅くなるのは19:00であり、日の出は4:25より速くなることはない。
野鳥園に今朝はアカハラがきた。昨日もきていた。高い梢にとまってキョロン、キョロンと啼くのもアカハラであるが、私のところはギャッキャ、ギヤッキャと啼いている。大きな啼き声のコジュケイの向こうを張るような声だ。
窓の向こうにアカハラは冬にもやってきる。ツグミやムクドリを小さくした身体がアカハラだ。アカハラといっているが英語では茶色の鳥という。a Japanese brown-thrushだ。神社の鳥居の朱色も赤なのが日本だ。緑という言い方をしなかった日本では若葉は青葉だ。木の葉の色は青なのだ。
東京の郊外、東京を西に走って高尾山をあたりで県境になる。ここが住まいだ。この住まいに一番多く顔をだすのがアカハラなのだ。
以下にいつのころか書いたアカハラの文章を再録します。書いた本人の感情から消えていることがらが多くあった。
この夏はアカハラが裏の林でよく啼きます。家の前の電線にも飛んできて大騒ぎです。春から夏にかけてウグイスとアカハラが歌声を競っています。
アカハラのキョロン・キョロン・チィーにウグイスは負けたくないようです。今年のアカハラのはしゃぎ様は何が何でも人の気を引きたいものと思えたので、写真を撮ってやりました。400mmの望遠レンズで十分に足りました。
アカハラはツグミを少し小さくした体型をしており、腹部の茶色はアカハラの名の由来でしょう。写真を撮ったのは顔に白い筋模様のあるメスでした。オスは黒い顔をしており、腹部のアカと対照的です。アカハラは漂鳥ですから、秋にも冬にもいます。一部のものは南に渡るそうですが、秋や冬の枯れ木の林で出会うアカハラは人を和ませてくれます。
串田孫一が描くアカハラに感動した記憶があります。アカハラは串田孫一によって人の心にしみいる野鳥になったのです。それほどアカハラを見事に描いています。あるいは私だけが特別に感じ入ったのかも知れません。串田孫一によって私のアカハラへの親しみと憧れはふくらみました。
山の林で出会うアカハラが家の近くに来て、この夏の主役はボクだよとばかりに大はしゃぎです。そのアカハラがこお何日か静かなのです。産卵したのか、育雛しているのかと想像をします。何にもなければいいが、と少し心配にもなります。
○アカハラの キョロンキョロンに 夏盛る 虚心
新 野鳥歳時記 アカハラ
2017年06月12日
オオヨシキリが啼く河口湖の葦原。大石公園の渚は穏やかな初夏の夕暮れを迎えた。

河口湖の葦原でオオヨシキリがキリキリ・ガガガッと啼いていた。

6月の芦原はオオヨシキリが縄張りを宣言する場所であった。紫の花が咲いていた。

河口湖の大石という地の湖畔にある花の公園の建物。レストランと土産物屋がある。

夕方になると自転車に乗って少女が現れた。このときに雲の切れ間から日が差した。

河口湖大橋にさしかかると夕日が筋をなして降り注いで湖面を染めた。

(タイトル)
オオヨシキリが啼く河口湖の葦原。大石公園の渚は穏やかな初夏の夕暮れを迎えた。
(本文)
富士山が見えているかも知れないと2017年6月9日に東京から富士山麓の河口湖に向かった。梅雨入り宣言のあった二日後であった。夕刻の空は薄雲、富士山には厚い雲があった。7月14日までは富士スバルラインの5合目まで車で行ける。雲の上にでて富士山の夕景色を見ようとしたのであった。
5合目のライブカメラの映像に富士山はない。それなら河口湖をぶらついて雲が切れるのを待とう。ちょっと待て、その前に寄るところがある。古いカメラの出物がおいてある店を知っている。いくつか興味のある品があった。キャノンの��sbと�兇世��気世�のレンジファインダーカメラとそれに付いていたらしい50mmのf2.8とf2の二本であある。カメラボディーは2台とも一万二千円であり、レンズは八千円と一万六千円であった。
品定めして買うなら次の機会に譲ろうということで止めにする。家に帰ったら同じ物がすべて2台あった。古物というか古いカメラとレンズを見ると欲しくなる。あの時代に買いたくても変えなかったカメラの記憶がそうさせる。
この日は撮影用に2台のデジタルカメラを携行していた。
河口湖の湖畔に立つとオオヨシキリがキリキリ・ガガガッと啼いていた。6月の芦原はオオヨシキリが縄張りを宣言する場所であった。6月9日の東京の日の出は夏至と同じであり4:25だ。日の入りは18:56で一番遅い日から4分だけ速い。東京の一番日が長い日である。
オオヨシキリの啼き声を聞くと私の夏が来る。霧ヶ峰高原でノビタキをみてカッコウの声を聞けば夏である。白樺湖の芦原に立つホテルでオオヨシキリの啼き声を夜遅くまで、そして朝早くから聞けばそれは夏である。
根室のこの頃の日の出は3:37であり日の入りは19:02である。東京でも4時前には空が白んでいる。旭川のホテルでは3時過ぎには空が白んでいた。午後8時ころまで空が明るく午前4時前には夜が明ける。夜がないようが気がするが清少納言の「夏は夕暮れ」とはどういう意味だろう。
河口湖の大石という地の湖畔には中国語が飛び交っていた。河口湖大橋を自転車で走っているのは中国語を話す人々だ。カメラを物色した店には時計やバッグなどのブランド品がおいてあり中国語の人々が大挙押し寄せて賑わう。買い物に喜々とする姿があるのだが日本の古いカメラには興味を示さない。
夕日が西の空の雲間から一筋ながられる状態がつづいていた。河口湖大橋を渡るころに湖面を赤く染める夕日が出現した。景色もよいがお日さまをみることができた喜びでこの日を終えた。写真と文章は旅行家 甲斐鐵太郎。
2017年05月18日
こうでは昨日に特許許可局のホトトギスの初音を聞きました。今朝はアカハラが騒がしかったのですが、ウグイスが追い払いました。


昨日はパソコンの設定に戸惑っておりました。面倒臭さついでにタブレット端末の再設定をしました。
ブログの更新をタブレットでできるようにしました。一年ぶりのことです。
家の向こうでは昨日に特許許可局のホトトギスの初音を聞きました。今朝はアカハラが騒がしかったのですが、ウグイスが追い払いました。ウグイスは本鳴きするようになりました。ヒナを育てるの季節になりました。今日はチョット来いのコジュケイの鳴き声を聞きませんでした。
朝には日が差して青空も見えましたが午前9時前には曇ってきました。
昨日は浄化槽に空気を送るポンプをインターネット通販で注文しました。
東京都を西に2km行ったところにある山の仕事場です。
2017年02月15日
2017年2月11日、9:00:12の風景。窓の南の木にキジバトが留まっていた。

2017年2月11日、窓の南の木いるキジバトは野鳥好きにだけみえる。

2017年2月11日、8:59:26。朝日が昇って眩しい。雪の日の朝だ。

2017年2月11日、9:01:36。西の空は青く雪が枝に付いている。

(タイトル)
陽光に輝く雪の日(2月11日)の大きな木の枝を思い出していた
(副題)2017年2月11日、9:00:12の風景。窓の南の木にキジバトが留まっていた。
(副副題)仕事をするための机回りとパソコン操作がらみで改善をした。
(本文)
キーボードを買ってきた。パソコン用のキーボードである。そのキーボードを使ってこの文書を作成している。キーボードのタッチの加減ほか、使い勝手がよいものを探してこのろころ幾つも取り替えて使っている。
本日(2月14日)八王子に出て買ってきたのはアップルコンピュータコンピューター用のものであり、これまでのキーボードとはキーの位置や表記が違うので戸惑いはあるが、タッチの加減というかフィーリングがとても良い。しかしキーボードの位置と内容に特殊なというよりマッキントッシュに由来するものがあって戸惑う。
ところでこの日はノートパソコンの外付け用のモニターとしてシャープのデジタルハイビジョンテレビを買ってきた。モニターはまだ試していない。ノートパソコンのモニターでは一日仕事をしていると疲労が大きいので大型のモニターを用意して、お気に入りのタッチの良いキーボードを使う。ライティングディスクは一階ので仕事をするときに使うので、いま作業している二階の仕事場にはない。パソコンモニターの向こうでテレビのニュースが流れている。
机の向こうで気分にあった音楽を鳴らしておいて、テレビの音声は消音で字幕を読む。
話が飛ぶがやはり仕事とパソコンがらみのことでライティングディスクを買ってきた。スタンドライトも買ってきた。ライティングディスクは台所兼居間に置いてある。パソコンモニターのテレビはライティングディスクの上に置いてある。置いた位置だとパソコンモニターとしては使いにくい。テレビとして使う状態である。
午前3時過ぎのテレビニュースを見ていたら北朝鮮の金正男が殺されたと伝えられていた。
志賀潔が田中館愛橘がらにで中村清二の本に出ていたのでその志賀潔のことを調べる。前々から調べようとしていて忘れるなどして手が着かなかった。赤痢菌の発見者の志賀潔であることが確認できた。
夜半には中央アメリカ南部に位置するコスタリカ共和国で昆虫の研究をするために移住している西田賢司氏の活動をリポートするテレビをみた。まん丸く身体をたためるように節々が動く昆虫や擬態など驚くことが多かった。新種の発見のためには昆虫を卵か幼虫の時から飼って成虫になる過程を観察するのが良いのだという。
本日は音楽ソフトのCDを18枚買ってきた。これをハードディスクに入れた。そしてそれを聴いていたら午前3時近くになっていた。レゲエが2枚、中島美嘉(なかしま・ みか)と絢香(あやか )が含まれていてこれはお気に入りである。
このところ寒い日がつづく。先日は氷点下5.9℃であった。この何日かも氷点下4℃ほどにはなっていて今は氷点下3.6℃である。二階にある仕事部屋の外の廊下の気温は21.0℃であった。室内外温度計が示している2017年2月15日午前4時50分の温度の様子である。二階の会談の曲がり角が暗いのでヤマギワの背の高いスタンドを設置した。コーナーライトで代用した。ランプはLEDの5.6wのものに変更。付いていたのは20wの白熱灯であった。
先日は氷点下5.9℃であったのは2月11日朝のことである。夕方から雪になり大量の積雪になるのではないかと慄(おのの)いたが午後7時過ぎには円い大きな月がでていた。積雪は5�僂�7�僂任△辰燭蹐Α�
窓の向こうの大きな木の枝に積もった雪に朝日が当たって輝いていた。その枝にキジバトらしい野鳥が後向きに留まっていた。雪が降り始めた夕暮れにはコジュケイが林の中から飛び出した。雪の前に餌を一生懸命に探していたのであろうか。
北の方面に高尾山(599m)があって南には石老山(702m)間近にそびえる住まいは冷える。
住まいの外は川になっていて家に近い側に浅く細い流れがあるのでヒヨドリが水を飲むためにここにたむろする。曇りガラスであるために窓を開けないと外はみえない。その窓を開けると野鳥がパラパラと飛び立つ。キジバトもそのうちの一つだ。
(文章と写真は横田俊英)
(文章を読み返しておりません。誤変換と表現のまずさを補ってお読みください)
ブログの問題点そして本式のweb本体の利点−その1−
(私はFacebook、mixi、Twitterは好きでない)
ブログの問題点そして本式のweb本体の利点−その2−(執筆 横田俊英)
(副題)楽天ブログの「日記の編集・削除」見たまま編集でコピーしてweb本体に貼り付ければ完成。
(副副題)本式のweb本体をコンテンツ掲載の本体として、ブログは本体とリンクするなどして連動させて運営する。
フィルムカメラとデジタルカメラの発展の速度の違い。
(副題)フィルム写真の像はデジタル写真にはない趣(おもむき)を2017年現在では残していると思われる。
(副副題)フィルムを使ったカメラの時代であればフィルムの発展は化学方面の発展と歩調を合わせる。
タクシーの料金改正は計量検定所のメーター検定と連結する。
(副題)新しい考え方を導入したタクシー料金の改定が東京都の京23区と武蔵野市および三鷹市からなる東京地区で2017年1月30日から実施された。
(副副題)初乗り後は新運賃では237メートルごとに80円になった。これまでは280メートルごとに90円だった。
フィルムカメラのミノルタXG-SとMDロッコール50mmf1.7
(副題)ミノルタ「XG-S」は1979年に発売された絞り優先EEの横走り布幕フォーカルプレーンシャツターのカメラ。
(副副題)シャッターボタンを押すとシャッター膜がパーンと走るXG-Sに対してもたつくXDです。
オリンパスペンEED(1967年発売)というハーフサイズのフィルムカメラです。
(副題)画質はフィルム面積相当比、つまり2倍荒れてしまいます。これがハーフサイズカメラがもっている宿命です。
(副副題)オリンパスペンEEDはプログラムオートの露光をセレン光電池を使わずにHDタイプの電池を用いております。
コーヒーを飲み一息吐いて窓を開けると白い世界が広がっていた、雪の朝だ。(旅行家 甲斐鐵太郎の自然博物誌 ��28)
(副題)2017年1月10日夕刻に雪が降りだした。積もりそうな気配があったので雪への準備をしていると月が出てきてた。
(副副題)5センチメートルほどの積雪ではあっても樹木は雪に覆われて土色の冬景色が白一色になっていた。
陽光に輝く雪の日(2月11日)の大きな木の枝を思い出していた
(副題)2017年2月11日、9:00:12の風景。窓の南の木にキジバトが留まっていた。
(副副題)仕事をするための机回りとパソコン操作がらみで改善をした。
散文、随筆、随想、小論文
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2017年02月10日
キジ (雉)
○雉鳥(キジドリ)の 鎧(よろい)見事な 春の野辺 虚心

庭先に広がる畑の中のキジ
キジは日本の国鳥に指定されています。
幾つかの県の県鳥にも指定されており、里山でよく見かけることができます。
この鳥はヤマドリ等とともに狩猟の対象にされています。猪狩りなどは勇壮なものですが、鳥を対象とした狩猟はまた別 の趣をもっています。キジの羽根を間近に見るとその美しさに驚愕し、絶句します。
家の脇の畑で「ケンケン」と声がするので、振り向くとキジの姿がありました。
周辺を二輪車を使って散策するとキジの声が幾つも聞こえてきました。高尾山の南稜が伸びる相模湖のこの界隈にはキジが相当数生息していることが分かりました。
「それほどに自然が豊かなのだろうか」と気持ち引っ掛かるものがあったのですが、この原因が判明しました。隣接の畑の所有者の七十五歳になるEさんとキジのことを話していたら相模湖ピクニックランドで飼育していた二十つがいほどのキジを放したのがそのまま野生化して繁殖しているのだといいます。もっともキジは自然といっても人が農耕生活を営む里山に生息するのですから何処にいても何の不思議もありません。
春になるとキジの活動が活発になって、裏の空き地に終日出没し、不意に足元から飛び立って驚かせます。ケンケンという声は雄が発するもので、声のするあたりに必ず雌がいます。雌は雄と違って極めて地味な姿をしています。
さきほどのEさんの話の続きです。
栗林の下草を除草機でバリバリと刈っているとバッシィという音とともにキジを刈ることがあるといいます。胞卵したキジは除草機の迫るのにもたじろがずに巣を守るのだといいます。四月になるとキジは巣作りに入ります。
つがいで行動しているキジの雄は、遠くで別のキジがケンケン鳴くとそれに対抗して胸を反せてケンケンと威勢よく鳴きます。
そんな様子をみていて考えました。
「キジも鳴かずば打たれまい」といいますが、鳴かずにいられないのがキジなのであろうと推察します。
【鳥と人間について】
里山にはキジがいた
日本の鳥猟犬はその昔どのような働きをしたのでしょうか。直接に鳥を捕まえることもしたのかも知れません。明治30年頃の写真で、柴犬をつれた農民の狩猟家が天秤棒にキジとヤマドリをあわせて50羽ほど下げたものを見ました。人と犬が組んで鳥猟の実をあげた証拠の写真でした。捕られた鳥の数に私は驚いたのです。それは里山にそれだけのキジやヤマドリが棲んでいたことの証明でもあります。
薪の時代はキジの楽園
ガスや電気による煮炊きが普及するまえの人々の暮らしは、薪を切り出す山里を必要としたのです。そうした山里はキジやヤマドリに棲みやすいところだったのです。いまは人の暮らしとその背景にある山などの自然のことを、里山という概念で捉えるようになりました。畑や田圃とそれをつくる人の関係とそれによってつくりだされる自然の全体が里山と呼ばれています。
放置される杉林
畑や田圃は人によって耕されておりますが、裏山の林には手がはいりません。薪を採るための裏山には杉やヒノキが植えられました。その杉林、ヒノキ林に管理の手をいれることができなくなっているのです。枝払いはされない、間伐もされない商業樹林が広がっております。
私の住む町の駅に、下枝刈りのボランティアのポスターが掲出されておりました。私の住まいの横の川に通じる林には杉とヒノキが植えられておりますが状態は最悪です。川沿いの傾斜地に植えられる樹木は根の良く張る灌木が望ましいのです。
野鳥の棲みかとしても杉やヒノキの林よりも落葉樹がいいのです。杉材であれば何でもいい、ヒノキ材であれば何でもいいという状況ではなくなっています。商業的に役立たなくなった杉やヒノキの林が日本の国土に広がっています。
自然にやさしい人々
いまの時代「自然にやさしい」「人にやさしい」といったことばが深い考えなしに語られているようで気にかかります。人にも自然にもやさしいのはいいことですが、何をどのようにすればそれが実現できるのでしょうか。自然にやさしいことを求める社会の機運があることは大いによいことだと思います。しかしそれを商業的に衝くような空疎な言葉が氾濫していることにさみしさを感じます。日本は自然にやさしい人々や人にやさしい人々で満ちあふれた楽園であるようにも錯覚してしまいます。
現実の姿は他人のことなどまったく考えない青年、熟年男女が多いのです。2人掛けの座席を独り占めにする。4人掛けのところに2人で占めてしまう。そのほかにどんなことがあるでしょうか。悪さをいちいちあげたら切りがありません。
ノアの箱船の啓示
地球上では人間が増殖するほどに他の動物が圧迫され、減少し、絶滅した種が多くあります。人間の増殖も自然現象で行き着くところまでいったところで制御がかかるのでしょうか。
ノアの箱船はまことに啓示的です。みさかいなく生きて欲望の限りをつくし、善悪などということが心にない人々はどのようにすれば救われるのでしょうか。悪に対して厳しい罰を与える宗教は多いのです。ノアの箱船はそのような思想を現したものではないでしょうか。日本人はノアの箱船に乗れるのでしょうか。そして貴方はノアの箱船に乗れるのでしょうか。そして私はどうでしょうか。
人間のしていること
人間のしていることの全部をよく考えること。自然と人間の関係を考えること。自然と動物のことを考えること。自然と野鳥のことをよく考えることはいいことだと思います。結論などいりません。考えてみることが重要なのです。私たちは実際にはよく考えていなかったのです。
浅はかな思慮
思慮には浅はかなものと深いものとがあります。いまテレビから聞こえてくる「自然にやさしい」「人にやさしい」はそれ自体は悪いことだとは思いません。しかし、日本人の直感的、本能的な危機意識に乗じての商品販売の手段になっているのが気にいりません。ものごとには作用と反作用があります。いまの経済システムがもたらす反作用が自然破壊となっていることの意識がなくてはならないように思います。
情報価値社会
これからの世の中は、少なくとも日本という国は経済にはたす情報の役割が高まるのにつれて、これまであった自然を変えたり壊したりという作用が少なくなる経済社会システムに移行していくと考えております。
さてノアの箱船に乗ることができるのは誰でしょう。ニューヨークで起きた旅客機のビルへの突撃事故、封書による炭疽菌送り付けやばらまきは大洪水のようにも思えますが、これはやはり悪と言い切らなくてはなりません。困ったものです。どのようにして解決すればいいのでしょうか。
ノアの箱船
ノアの箱船はすべてをご破算にしてやり直すことを示しているのです。動物たちはノアの箱船に救われなくてはなりません。
ですから私たちはノアの箱船を探しましょう。私はずっと探しておりました。そして見つけたのです。大洪水がおきたときに高台は舟のような状態になります。私は栃木県と茨城県を流れる那珂川にそった道路を往き来しているうちにこの高台を見つけたのです。そこはノアの箱船です。高台がそのままにノアの箱船に見えました。ノアの箱船は身近なところにあったのです。そこにオリーブの枝をくわえた鳩はやってくるのでしょうか。
ヨタカの星
宮沢賢治の『ヨタカの星』になってはいけません。いまの人々は『雨ニモマケズ』の心を知ったようです。「欲はなく、決して威張らず、何時も静かに笑っている。みんなにデクの棒と呼ばれ、ほめられもせず、苦にもされず、そういう者に私はなりたい」と日本人は思うようになったように錯覚している私です。
2017年01月11日
セグロセキレイ(雪の日に セグロセキレイ 尾を振りぬ 虚心)

(タイトル)
セグロセキレイ
雪の日に セグロセキレイ 尾を振りぬ 虚心
(本文)
冬の雨、氷雨は嫌なものです。
中央道を談合坂付近まで行きましたら検問所が設けられており雪用タイヤとチェーンの装着を確認しておりました。都心の朝の気温は5℃ですから不用心なドライバーは雪道の対策をしていません。渋滞が3kmになっていましたからセブンイレブンで買ったおでんとおにぎりを食べておりました。そしたら急に気分が変わりました。
山梨県と長野県の県境の2000m級の高地でスキー散策するつもりで出かけたのですが、雪の日の小鳥たちと遊ぶことに行動目的を変えたのです。上野原インターの前で考えを変えたので、そこで降りることにしました。
山梨県上野原町は東京都の檜原村および神奈川県の藤野町に隣接しています。上野原町の棡原(ゆずりはら)地区は長寿で有名です。雛壇の畑は足腰によく、雑穀類その他の食事が腸内の乳酸菌を育てるのです。成人病予防に通じる食習慣が維持されていたことが上野原町棡原地区の人々の長寿につながったのです。
私の相模湖にある住まいは棡原地区にある工務店が建てたものです。最近の棡原地区の子供たちの食事は肉類や揚げ物などが増えたため、普通の日本人と同じになって、腸内の乳酸菌も減ってしまった、とNHKが健康番組で伝えていました。
棡原は高いところにあり山が迫っていますから雪の降り方も旺盛です。径が3cmはある大きさな雪が降りしきる白い世界はお伽(おとぎ)の国を思わせます。積雪は5cmになっていて路面はラリー仕様です。タイヤがときどき滑るのがわかります。
朝からの降雪で小鳥たちはどうしているのでしょうか。山の木々は綿帽子をかぶり銀世界に見えますが、木立の下の斜面 には低い草木が黒く残っており、ここに小鳥たちが集まっています。ホオジロ、ヒヨドリ、スズメ、ツグミ、ジョウビタキ、キ セキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、近づく前に藪かげに逃げ込んでしまう大きい鳥、小さい鳥などです。
姿が多いのはホオジロです。あっちの木陰、こっちの藪から頻繁に飛び立ちます。黒いしげみのなかで身体をふくらました ジョウビタキが緩慢な動きをしているものですから、これは写真を撮る良い機会だとカメラを車外に持ち出しましたら、姿は消えていました。
雪が積もっていない繁みでハクセキレイを散見します。長い尾を独特の調子で上下に振るハクセキレイに混じって、身体が 二回りほど大きなセグロセキレイがいました。セグロセキレイは頭部から背の後部まで黒く塗られているのですぐわかります。
セグロセキレイは留鳥ですが日本特産の鳥です。北海道から九州まで分布しております。夏にはキセキレイ、ハクセキレイやセグロセキレイに暑い河原で慰めてもらっているのです。この鳥たちに雪の日の山の中で歓迎されるとは思いませんでした。
孟宗竹は傘のように雪をのせていますから、その下には餌になる草むらが残っています。セグロセキレイはジィージィーという声を出して黒いくさむらに逗留しています。よほど気に入ったのでしょう。
私はセグロセキレイと付き合うことにしました。ステンレス魔法瓶のコーヒーを飲みながら長いこと動きを眺めておりました。遊び半分で私はこの雪の日を「セグロセキレイ記念日」と決めました。それは2月3日の節分の日でした。
私はこの「セグロセキレイ記念日」に山梨県の上野原町から甲武トンネルを越えて東京都檜原村にまで足を延ばしました。東京都のドン詰まりの檜原村のラジウム鉱泉にヘトヘトの身体を浸けました。
土曜日まで都心で暮らしていると、身体と心が鉛のようになってしまいます。雪が降りしきる銀世界の山道は心の曇りを少し晴らしてくれたようです。週末に鉛になった心を山の中に運びませんと次の1週間が過ごせないのです。一人でいる寂しさを求めているのですが、心が少し癒されると人恋しさが募ってきます。檜原村の雪のなかから上擦った声で東京に電話をしてしまうことがあるのです。
野鳥は人を慰めてくれますが、人のすべてを慰めてくれるわけではありません。人の心はまことに複雑なものです。
あっちからこっちから新しい悩みが湧き出てくるものです。複雑なそうした人の心は、達観したはずの人をも弄(もてあそ)ぶのです。そして人は複雑な心を持て余してしまうのです。
2017年01月08日
メジロ(目白、めじろ)
メジロ(目白、めじろ) (1月)

メジロ(目白、めじろ) (1月)
1月になって冬の野鳥を自宅付近の散策路で探しておりますと、チィー・チィー・チュ・チィー・チィーと鳴き声を交わしあいながら数羽のメジロが椿の花の蜜を吸っておりました。メジロは留鳥ですから春夏秋冬一年中みることができる野鳥です。
小さな体で暗緑色の味わいのある渋い体色で、目には白い大きな縁取りがあります。名前の目白(めじろ、メジロ)はここからきております。
この鳥は人をあまり恐れません。都内では江戸城や林のある公園で繁殖をしており、千代田区の気象庁前の街路樹にも姿をみせます。日本中いたるところにおりますが、東北地方よりも暖かい地方でよくみかけることができるようです。
伊勢原市の知り合いの農家は鳥籠に蜜柑(ミカン)をつるして庭の木立に掛けておくとメジロがすぐおとりにかかります。山梨県の上野原市の知り合いの農家もこのような遊びをしております。いまの時代は野鳥を無許可で飼うことができないので、捕まえたメジロは放してやるのは当然です。
メジロの体色は和菓子の「ウグイス餅」の色といえばわかりやすいでしょう。綺麗な色で黒く小さなとがった嘴(きちばし)で冬場には木に残されている柿の実などの果実などをつついて蜜を吸います。子虫なども食します。
メジロは1羽で行動することはまれで大概は数羽で群れをつくって行動します。つねに細かな動きをして木から木に渡り歩いているので、ツバメが電線に並んでとまっている目白押し状態になっているところを私はみたことがありません。
繁殖期は5月ころなので、このころには雌雄一対で行動しているはずですが、このようすを確認することを楽しみにしております。
(執筆 横田俊英 Yokota Syunnei、日本野鳥の会会員)
オオバン(大鷭)
コブハクチョウ(コブハクチョウの姿態のいろいろ。バレーの白鳥の湖の様子を思い浮かべる)
2017年01月02日
日差しが温めた二階の窓辺でジャズレコードを聞いている1月1日です。○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心

ホオジロ

シジュウカラ

○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心

(タイトル)
日差しが温めた二階の窓辺でジャズレコードを聞いている1月1日です。
(本文)
窓辺でパソコンに向かうと冬の日差しは眩しく暑くもあります。朝の寒さに震えて家の中の石油ストーブを全部つけたのが嘘のようです。
夏から別荘での暮らしをつづけております。
別荘といっても八王子の高尾の向こう側のにある東京に近いところです。
朝の東京の日の出は6時50分ころ、日の入りは16時40分ころです。別荘には高尾山麓荘という名前がついております。
この家に12月31日の朝日が射すのは8時ころです。東に丘があるために日の出から1時間10分ほどして日が射します。
冬は二階での生活、夏は一階での生活です。暑さと寒さがそのようにさせます。
私は同じ部屋で執務するのが苦手であるのでパソコン作業のための場所はよく変わります。
パソコンは机と椅子と組み合わされますから机と椅子のある生活をしております。その机と椅子ですが、冬の作業場は日曜大工でつくった横幅70cm、奥行き45cmの机であり、椅子は木造の土台にクッションの布地を張ったものです。
ソファーなどの長椅子はありませんから何をするにもこの椅子を使います。食事もそうですしテレビをみるのにも、音楽を聞くのもこの椅子を使います。
一階にはカリモクという家具会社のシングルのソファーを使います。ソファーは低いので作業机はそれにあわせてあります。
疲れないでパソコン作業をするために私の椅子と机との相性あわせは果てしなくつづきます。椅子が先にあって机を椅子に合わせております。
窓から射す真冬の陽光は顔に熱いので遮らなければなりません。カーテンとしてできている品物ではなく何用なのかわからない布地を窓に薄い板を打ち付けて止めてその用にします。冬ですから暖色系の色にしました。
ジャズのLPレコードを何枚か買ってきました。
何とか動くダイレクトドライブのパイオニアのプレーヤーでLPレコードの音を拾い、パナソニックのガリガリ音がして時々無音になるアンプを介して、ビクターの高さが40cmの3ウエイのスピーカーを鳴らします。どれも捨てても良いような機材です。SX3�靴箸いΕ咼�ターのスピーカーを鳴らしていると勘違いしていたのですが、満足する音を出します。SX3�靴楼豎�の二つの部屋にセットしてあったのでそれだとばかり思っていたのです。
大人が一人では持てないほど重たいNECのアンプを運び込みたいと思ってはおります。音に飾り気のないこのアンプでヤマハのNS1000というモニタースピーカーを動かしたいのです。それぞれが重量級ですから思ってはいても運び込むための行動がおこりません。その音楽装置を別荘のどこに置くかも問題です。
野鳥は夜が明けると行動し、日が落ちるころにまた行動します。昼の間も活動しているのでしょうが、日の出と日没のころには特別にせわしく動き回ります。
高尾山麓荘の界隈で目につく野鳥はジョウビタキのひたひた動き、ツグミのロケット飛びです。シジュウカラとホオジロを見ないではありませんが冬鳥が目につきます。
近くに津久井湖に注ぐ付近の道志川の下流があります。ここに出かけると水鳥を含む野鳥を多く見ることができます。
キセキレイ
○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心
キセキレイは目立つ野鳥です。キセキレイと特定しなくてもセキレイの仲間の、ハクセキレイもセグロセキレイも人をあまり恐れないため、姿をしっかりと見ることができるから印象にのこるのです。セキレイの仲間は、長い尾を独特の調子で振り、波形に上下して飛びますし、体色の白と黒のコントラストがまことに鮮やかです。キセキレイの場合には腹部の黄色が鮮烈です。
啼き声はツツン、ツツンあるいはチチン、チチンと聞こえます。メスの体色はオスに比べて腹部の黄がうすく、喉部の黒い大きな斑がありません。キセキレイは留鳥ですから冬も春も見られます。ハクセキレイの一部のものは渡りをしますし、夏と冬で体色を変化させますが、ハクセキレイは年中同じ体色で通 します。日本全国の河川周りに生息し、セキレイの仲間では一番標高の高いところにまで生息します。
岩魚を釣ろうとある川に出かけて釣り糸を垂らしておりましたとき、上空の電線にキセキレイのツガイが遊んでいました。夏の日差しが水の流れにきらきら反射する長閑(のどか)な風景でした。岩魚は流れに何匹も何匹も泳いでおり、そのうちの何匹かは水面 を飛び跳ねて虫を捕食していました。同じ場所で2年ほど岩魚を釣ろうと試みましたが、岩魚は釣りバリを無視したままです。見える岩魚は気になるもので、何としても釣り上げようとむきになって糸を送りましたが、岩魚はハリに掛からずじまいです。
その釣り場はせせらぎの音だけが聞こえる景色がいいところなのですが、岩魚と格闘している上空で、キセキレイの番(つがい)は、つど見事な黄色の体色を翻して遊んでいたのです。あたりを見渡せば釣りをするよりくつろいでいた方が幸せな絶景です。キセキレイが夏の陽光に命を輝かせているのに見ほれてカメラを取り出したのでした。
日差しが温めた二階の窓辺でジャズレコードを聞いている1月1日です。冬の野鳥がやってきます。

ホオジロ

シジュウカラ

○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心

(タイトル)
日差しが温めた二階の窓辺でジャズレコードを聞いている1月1日です。
(本文)
窓辺でパソコンに向かうと冬の日差しは眩しく暑くもあります。朝の寒さに震えて家の中の石油ストーブを全部つけたのが嘘のようです。
夏から別荘での暮らしをつづけております。
別荘といっても八王子の高尾の向こう側のにある東京に近いところです。
朝の東京の日の出は6時50分ころ、日の入りは16時40分ころです。別荘には高尾山麓荘という名前がついております。
この家に12月31日の朝日が射すのは8時ころです。東に丘があるために日の出から1時間10分ほどして日が射します。
冬は二階での生活、夏は一階での生活です。暑さと寒さがそのようにさせます。
私は同じ部屋で執務するのが苦手であるのでパソコン作業のための場所はよく変わります。
パソコンは机と椅子と組み合わされますから机と椅子のある生活をしております。その机と椅子ですが、冬の作業場は日曜大工でつくった横幅70cm、奥行き45cmの机であり、椅子は木造の土台にクッションの布地を張ったものです。
ソファーなどの長椅子はありませんから何をするにもこの椅子を使います。食事もそうですしテレビをみるのにも、音楽を聞くのもこの椅子を使います。
一階にはカリモクという家具会社のシングルのソファーを使います。ソファーは低いので作業机はそれにあわせてあります。
疲れないでパソコン作業をするために私の椅子と机との相性あわせは果てしなくつづきます。椅子が先にあって机を椅子に合わせております。
窓から射す真冬の陽光は顔に熱いので遮らなければなりません。カーテンとしてできている品物ではなく何用なのかわからない布地を窓に薄い板を打ち付けて止めてその用にします。冬ですから暖色系の色にしました。
ジャズのLPレコードを何枚か買ってきました。
何とか動くダイレクトドライブのパイオニアのプレーヤーでLPレコードの音を拾い、パナソニックのガリガリ音がして時々無音になるアンプを介して、ビクターの高さが40cmの3ウエイのスピーカーを鳴らします。どれも捨てても良いような機材です。SX3�靴箸いΕ咼�ターのスピーカーを鳴らしていると勘違いしていたのですが、満足する音を出します。SX3�靴楼豎�の二つの部屋にセットしてあったのでそれだとばかり思っていたのです。
大人が一人では持てないほど重たいNECのアンプを運び込みたいと思ってはおります。音に飾り気のないこのアンプでヤマハのNS1000というモニタースピーカーを動かしたいのです。それぞれが重量級ですから思ってはいても運び込むための行動がおこりません。その音楽装置を別荘のどこに置くかも問題です。
野鳥は夜が明けると行動し、日が落ちるころにまた行動します。昼の間も活動しているのでしょうが、日の出と日没のころには特別にせわしく動き回ります。
高尾山麓荘の界隈で目につく野鳥はジョウビタキのひたひた動き、ツグミのロケット飛びです。シジュウカラとホオジロを見ないではありませんが冬鳥が目につきます。
近くに津久井湖に注ぐ付近の道志川の下流があります。ここに出かけると水鳥を含む野鳥を多く見ることができます。
キセキレイ
○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心
キセキレイは目立つ野鳥です。キセキレイと特定しなくてもセキレイの仲間の、ハクセキレイもセグロセキレイも人をあまり恐れないため、姿をしっかりと見ることができるから印象にのこるのです。セキレイの仲間は、長い尾を独特の調子で振り、波形に上下して飛びますし、体色の白と黒のコントラストがまことに鮮やかです。キセキレイの場合には腹部の黄色が鮮烈です。
啼き声はツツン、ツツンあるいはチチン、チチンと聞こえます。メスの体色はオスに比べて腹部の黄がうすく、喉部の黒い大きな斑がありません。キセキレイは留鳥ですから冬も春も見られます。ハクセキレイの一部のものは渡りをしますし、夏と冬で体色を変化させますが、ハクセキレイは年中同じ体色で通 します。日本全国の河川周りに生息し、セキレイの仲間では一番標高の高いところにまで生息します。
岩魚を釣ろうとある川に出かけて釣り糸を垂らしておりましたとき、上空の電線にキセキレイのツガイが遊んでいました。夏の日差しが水の流れにきらきら反射する長閑(のどか)な風景でした。岩魚は流れに何匹も何匹も泳いでおり、そのうちの何匹かは水面 を飛び跳ねて虫を捕食していました。同じ場所で2年ほど岩魚を釣ろうと試みましたが、岩魚は釣りバリを無視したままです。見える岩魚は気になるもので、何としても釣り上げようとむきになって糸を送りましたが、岩魚はハリに掛からずじまいです。
その釣り場はせせらぎの音だけが聞こえる景色がいいところなのですが、岩魚と格闘している上空で、キセキレイの番(つがい)は、つど見事な黄色の体色を翻して遊んでいたのです。あたりを見渡せば釣りをするよりくつろいでいた方が幸せな絶景です。キセキレイが夏の陽光に命を輝かせているのに見ほれてカメラを取り出したのでした。
2016年12月31日
12月31日の月は下弦の細い三日月であり午後6時には家の南にある石老山(せきろうさん)の背後に沈みました。 お日さまが午後3時に沈んだ同じところにお月さまが隠れたのでした。

ホオジロ

シジュウカラ

○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心

(タイトル)
12月31日は下弦の細い三日月であり午後6時に石老山に落ち、それより3時間まえにお日さまが同じ場所に沈みました。
(相模湖プレジャーホレストでは12月31日に年越しの花火を打ち上げます。イルミネーションで山全体を飾り立てます。)
お日さまが午後3時に沈んだ同じところにお月さまが隠れたのでした。
(本文)
窓辺でパソコンに向かうと冬の日差しは眩しく暑くもあります。朝の寒さに震えて家の中の石油ストーブを全部つけたのが嘘のようです。12月31日の朝のことです。
夏から別荘での暮らしをつづけており、とうとう12月31日になってしまいました。
別荘といっても八王子の高尾の向こう側のにある東京に近いところです。35年前に手に入れてほとんど使わずにいた住まいです。屋根を補修しいろいろやったら大きな出費になってしまいました。
12月31日の朝の東京の日の出は6時50分ころ、日の入りは16時40分ころです。別荘には高尾山麓荘という名前がついております。高尾山麓自転車博物館とも称しております。
この家に12月31日の朝日が射すのは8時ころです。東に丘があるために日の出から1時間10分ほどして日が射します。これが私の朝です。
目覚めて直ぐにパソコンに向かいますから日の出は二階の仕事場で迎えることになります。これは冬のことであって夏には一階の台所の片隅においてある椅子に座っております。
冬は二階での生活、夏は一階での生活です。暑さと寒さがそのようにさせます。
私は同じ部屋で執務するのが苦手であるのでパソコン作業のための場所はよく変わります。
パソコンは机と椅子と組み合わされますから机と椅子のある生活をしております。その机と椅子ですが、冬の作業場は日曜大工でつくった横幅70cm、奥行き45cmの机であり、椅子は木造の土台にクッションの布地を張ったものです。
ソファーなどの長椅子はありませんから何をするにもこの椅子を使います。食事もそうですしテレビをみるのにも、音楽を聞くのもこの椅子を使います。
一階にはカリモクという家具会社のシングルのソファーを使います。ソファーは低いので作業机はそれにあわせてあります。
疲れないでパソコン作業をするために私の椅子と机との相性あわせは果てしなくつづきます。椅子が先にあって机を椅子に合わせております。
窓から射す真冬の陽光は顔に熱いので遮らなければなりません。12月30日の夜に八王子にでてカーテンを買ってきました。カーテンとしてできている品物ではなく何用なのかわからない布地を窓に薄い板を打ち付けて止めてその用にします。冬ですから暖色系の色にしました。
八王子ではジャズのLPレコードを何枚か買ってきました。
何とか動くダイレクトドライブのパイオニアのプレーヤーでLPレコードの音を拾い、パナソニックのガリガリ音がして時々無音になるアンプを介して、ビクターの他家が40cmの3ウエイのスピーカーを鳴らします。どれも捨てても良いような機材です。SX3�靴箸いΕ咼�ターのスピーカーを鳴らしていると勘違いしていたのですが、満足する音を出します。SX3�靴楼豎�の二つの部屋にセットしてあったのでそれだとばかり思っていたのです。
大人が一人では持てないほど重たいNECのアンプを運び込みたいと思ってはおります。音に飾り気のないこのアンプでヤマハのNS1000というモニタースピーカーを動かしたいのです。それぞれが重量級ですから思ってはいても運び込むための行動がおこりません。その音楽装置を別荘のどこに置くかも問題です。
八王子ではデパートの地下で閉店間際の半額割引で正月用の食糧を買ってきました。マグロ、ブリ、タイ、サバ、タコの魚と牛肉、豚肉、鶏肉、野菜類で締めて八千円です。これが正月の五日までの食料です。保冷の箱に入れておくと氷はずっと溶けません。日陰は寒いのです。
半額セールで惣菜類はなくなります。揚げ物と弁当は売り切れるのです。夜の八時か九時になって食材を買ってもそれから調理などする時間はありませんから、直ぐ食べることができる惣菜と弁当で済ます人が多いようです。
12月30日の夕暮れ、相模湖プレジャーホレストの道路をとおるとこの日の最後の食事行動ということでキセキレイなどが道に降りていて、人の先に立って飛んでおりました。
相模湖プレジャーホレストでは12月31日に年越しの花火を打ち上げます。イルミネーションで山全体を飾り立てます。イルミネーションは電飾といえば誰にも通じるでしょう。打ち上げる花火と電飾をみるために大勢の人が集まります。付近の道路は混雑します。電飾と花火を遠くからながめている私の大晦日です。
年越しを前にして自動車のタイヤを雪道用に替えました。給油所から連絡があって交換したのですが、こうした親切には感謝しております。
履き替えた冬道用のタイヤのテストを兼ねて八王子にでかけたのです。高尾山麓荘という別荘付近は夜道に滑り止め用のエンカカルシュームか何かが散布されます。雪が降らない道でもスタッドレスタイヤは要ります。
野鳥は夜が明けると行動し、日が落ちるころにまた行動します。昼の間も活動しているのでしょうが、日の出と日没のころには特別にせわしく動き回ります。
高尾山麓荘の界隈を散策していて12月30日に目につく野鳥はジョウビタキのひたひた動き、ツグミのロケット飛びです。シジュウカラとホオジロを見ないではありませんが冬鳥が目につきます。
近くに津久井湖に注ぐ付近の道志川の下流があります。ここに出かけると水鳥を含む野鳥を多く見ることができます。
そこえ行く途中に「浅間山」の別名を持つ清光院という禅寺が大晦日には提灯をともしているのでここに夕方に立ち寄りました。
12月31日の月は下弦の細い三日月であり午後6時には家の南にある石老山(せきろうさん)の背後に沈みました。石老山は丹沢山地の北部、神奈川県相模原市にある標高702mの山である。北麓には相模湖がある。関東百名山の一つ。山道にある多数の奇岩が有名。日帰りハイカーに人気がある。
お日さまが午後3時に沈んだ同じところにお月さまが隠れたのでした。
このあとに近くの諏訪神社に初詣のつもりのお礼参りをしました。
この日のおわりは金麦という「缶ビール」を買って正月のおせちの材料を少し補給しました。
明日は元旦であり正月4日まで休業するミニスーパーで5割引の食糧品を買って大晦日の外出は終了です。
キセキレイ
○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心
キセキレイは目立つ野鳥です。キセキレイと特定しなくてもセキレイの仲間の、ハクセキレイもセグロセキレイも人をあまり恐れないため、姿をしっかりと見ることができるから印象にのこるのです。セキレイの仲間は、長い尾を独特の調子で振り、波形に上下して飛びますし、体色の白と黒のコントラストがまことに鮮やかです。キセキレイの場合には腹部の黄色が鮮烈です。
啼き声はツツン、ツツンあるいはチチン、チチンと聞こえます。メスの体色はオスに比べて腹部の黄がうすく、喉部の黒い大きな斑がありません。キセキレイは留鳥ですから冬も春も見られます。ハクセキレイの一部のものは渡りをしますし、夏と冬で体色を変化させますが、ハクセキレイは年中同じ体色で通 します。日本全国の河川周りに生息し、セキレイの仲間では一番標高の高いところにまで生息します。
岩魚を釣ろうとある川に出かけて釣り糸を垂らしておりましたとき、上空の電線にキセキレイのツガイが遊んでいました。夏の日差しが水の流れにきらきら反射する長閑(のどか)な風景でした。岩魚は流れに何匹も何匹も泳いでおり、そのうちの何匹かは水面 を飛び跳ねて虫を捕食していました。同じ場所で2年ほど岩魚を釣ろうと試みましたが、岩魚は釣りバリを無視したままです。見える岩魚は気になるもので、何としても釣り上げようとむきになって糸を送りましたが、岩魚はハリに掛からずじまいです。
その釣り場はせせらぎの音だけが聞こえる景色がいいところなのですが、岩魚と格闘している上空で、キセキレイの番(つがい)は、つど見事な黄色の体色を翻して遊んでいたのです。あたりを見渡せば釣りをするよりくつろいでいた方が幸せな絶景です。キセキレイが夏の陽光に命を輝かせているのに見ほれてカメラを取り出したのでした。
高尾山麓の界隈を散策していて12月30日に目につく野鳥はジョウビタキのひたひた動き、ツグミのロケット飛びです。

ホオジロ

シジュウカラ

○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心

(タイトル)
12月31日の昼にジャズレコードを聞いております
(高尾山麓荘の大晦日です。昨日は八王子のデパ地下で半額割引の正月の食糧を買いました)
(本文)
窓辺でパソコンに向かうと冬の日差しは眩しく暑くもあります。朝の寒さに震えて家の中の石油ストーブを全部つけたのが嘘のようです。12月31日の朝のことです。
夏から別荘での暮らしをつづけており、とうとう12月31日になってしまいました。
別荘といっても八王子の高尾の向こう側のにある東京に近いところです。35年前に手に入れてほとんど使わずにいた住まいです。屋根を補修しいろいろやったら大きな出費になってしまいました。
12月31日の朝の東京の日の出は6時50分ころ、日の入りは16時40分ころです。別荘には高尾山麓荘という名前がついております。高尾山麓自転車博物館とも称しております。
この家に12月31日の朝日が射すのは8時ころです。東に丘があるために日の出から1時間10分ほどして日が射します。これが私の朝です。
目覚めて直ぐにパソコンに向かいますから日の出は二階の仕事場で迎えることになります。これは冬のことであって夏には一階の台所の片隅においてある椅子に座っております。
冬は二階での生活、夏は一階での生活です。暑さと寒さがそのようにさせます。
私は同じ部屋で執務するのが苦手であるのでパソコン作業のための場所はよく変わります。
パソコンは机と椅子と組み合わされますから机と椅子のある生活をしております。その机と椅子ですが、冬の作業場は日曜大工でつくった横幅70cm、奥行き45cmの机であり、椅子は木造の土台にクッションの布地を張ったものです。
ソファーなどの長椅子はありませんから何をするにもこの椅子を使います。食事もそうですしテレビをみるのにも、音楽を聞くのもこの椅子を使います。
一階にはカリモクという家具会社のシングルのソファーを使います。ソファーは低いので作業机はそれにあわせてあります。
疲れないでパソコン作業をするために私の椅子と机との相性あわせは果てしなくつづきます。椅子が先にあって机を椅子に合わせております。
窓から射す真冬の陽光は顔に熱いので遮らなければなりません。12月30日の夜に八王子にでてカーテンを買ってきました。カーテンとしてできている品物ではなく何用なのかわからない布地を窓に薄い板を打ち付けて止めてその用にします。冬ですから暖色系の色にしました。
八王子ではジャズのLPレコードを何枚か買ってきました。
何とか動くダイレクトドライブのパイオニアのプレーヤーでLPレコードの音を拾い、パナソニックのガリガリ音がして時々無音になるアンプを介して、ビクターの他家が40cmの3ウエイのスピーカーを鳴らします。どれも捨てても良いような機材です。SX3�靴箸いΕ咼�ターのスピーカーを鳴らしていると勘違いしていたのですが、満足する音を出します。SX3�靴楼豎�の二つの部屋にセットしてあったのでそれだとばかり思っていたのです。
大人が一人では持てないほど重たいNECのアンプを運び込みたいと思ってはおります。音に飾り気のないこのアンプでヤマハのNS1000というモニタースピーカーを動かしたいのです。それぞれが重量級ですから思ってはいても運び込むための行動がおこりません。その音楽装置を別荘のどこに置くかも問題です。
八王子ではデパートの地下で閉店間際の半額割引で正月用の食糧を買ってきました。マグロ、ブリ、タイ、サバ、タコの魚と牛肉、豚肉、鶏肉、野菜類で締めて八千円です。これが正月の五日までの食料です。保冷の箱に入れておくと氷はずっと溶けません。日陰は寒いのです。
半額セールで惣菜類はなくなります。揚げ物と弁当は売り切れるのです。夜の八時か九時になって食材を買ってもそれから調理などする時間はありませんから、直ぐ食べることができる惣菜と弁当で済ます人が多いようです。
12月30日の夕暮れ、相模湖プレジャーホレストの道路をとおるとこの日の最後の食事行動ということでキセキレイなどが道に降りていて、人の先に立って飛んでおりました。
相模湖プレジャーホレストでは12月31日に年越しの花火を打ち上げます。イルミネーションで山全体を飾り立てます。イルミネーションは電飾といえば誰にも通じるでしょう。打ち上げる花火と電飾をみるために大勢の人が集まります。付近の道路は混雑します。電飾と花火を遠くからながめている私の大晦日です。
年越しを前にして自動車のタイヤを雪道用に替えました。給油所から連絡があって交換したのですが、こうした親切には感謝しております。
履き替えた冬道用のタイヤのテストを兼ねて八王子にでかけたのです。高尾山麓荘という別荘付近は夜道に滑り止め用のエンカカルシュームか何かが散布されます。雪が降らない道でもスタッドレスタイヤは要ります。
野鳥は夜が明けると行動し、日が落ちるころにまた行動します。昼の間も活動しているのでしょうが、日の出と日没のころには特別にせわしく動き回ります。
高尾山麓荘の界隈を散策していて12月30日に目につく野鳥はジョウビタキのひたひた動き、ツグミのロケット飛びです。シジュウカラとホオジロを見ないではありませんが冬鳥が目につきます。
近くに津久井湖に注ぐ付近の道志川の下流があります。ここに出かけると水鳥を含む野鳥を多く見ることができます。
そこへ行く途中に「浅間山」の別名を持つ禅寺が大晦日には提灯をともしているのでここに夕方に立ち寄る予定です。
キセキレイ
○キセキレイ 岩魚と遊ぶ 夏の川 虚心
キセキレイは目立つ野鳥です。キセキレイと特定しなくてもセキレイの仲間の、ハクセキレイもセグロセキレイも人をあまり恐れないため、姿をしっかりと見ることができるから印象にのこるのです。セキレイの仲間は、長い尾を独特の調子で振り、波形に上下して飛びますし、体色の白と黒のコントラストがまことに鮮やかです。キセキレイの場合には腹部の黄色が鮮烈です。
啼き声はツツン、ツツンあるいはチチン、チチンと聞こえます。メスの体色はオスに比べて腹部の黄がうすく、喉部の黒い大きな斑がありません。キセキレイは留鳥ですから冬も春も見られます。ハクセキレイの一部のものは渡りをしますし、夏と冬で体色を変化させますが、ハクセキレイは年中同じ体色で通 します。日本全国の河川周りに生息し、セキレイの仲間では一番標高の高いところにまで生息します。
岩魚を釣ろうとある川に出かけて釣り糸を垂らしておりましたとき、上空の電線にキセキレイのツガイが遊んでいました。夏の日差しが水の流れにきらきら反射する長閑(のどか)な風景でした。岩魚は流れに何匹も何匹も泳いでおり、そのうちの何匹かは水面 を飛び跳ねて虫を捕食していました。同じ場所で2年ほど岩魚を釣ろうと試みましたが、岩魚は釣りバリを無視したままです。見える岩魚は気になるもので、何としても釣り上げようとむきになって糸を送りましたが、岩魚はハリに掛からずじまいです。
その釣り場はせせらぎの音だけが聞こえる景色がいいところなのですが、岩魚と格闘している上空で、キセキレイの番(つがい)は、つど見事な黄色の体色を翻して遊んでいたのです。あたりを見渡せば釣りをするよりくつろいでいた方が幸せな絶景です。キセキレイが夏の陽光に命を輝かせているのに見ほれてカメラを取り出したのでした。
12月31日の昼にジャズレコードを聞いております(高尾山麓荘の大晦日です。昨日は八王子のデパ地下で半額割引の正月の食糧を買いました)

(タイトル)
12月31日の昼にジャズレコードを聞いております
(高尾山麓荘の大晦日です。昨日は八王子のデパ地下で半額割引の正月の食糧を買いました)
キセキレイ
2016年12月30日
オオバンが水に浮く。上の波を切るオオバンの写真とは大違いだ。これなら波にちゃをぷちゃぷ浮かんでいるカモメの水扁さんと同じである。

ぽっかりとオオバンが水に浮く。上の波を切るオオバンの写真とは大違いだ。これなら波にちゃをぷちゃぷ浮かんでいるカモメの水扁さんと同じである。

白い毛のおでこ、ピンクのくちばし、黒く見える羽根。オオバンである。

手前がオオバン、向こうがマガモのオス。体の大きさの差がはっきりしている。マガモは食べるのに十分な目方がありそうだ。カモ肉を使った鴨南蛮を思い出してはいけないのだろう。鴨南蛮のウドンや蕎麦に使われる肉は野生のマガモとそれを家禽化したアヒルとの交雑交種のアイガモ(合鴨)を使うことが多い。合鴨もまた家禽である。

写真は手前の二匹がオオバン。おでこが白い。腹部が白いのはキンクロハジロ。

冬至を5日ほど前にした12月17日の午後3時30分ころ、山中湖村の山中のマリモ通りの岸辺で撮影した。この時刻に太陽は富士山の左肩に沈んだ。その太陽を追い掛けて有料の東富士五湖通りを西に走ると富士山の背後から、太陽はまた顔を出した。

(タイトル)
オオバン(大鷭)
(本文)
オオバン(大鷭)はクイナの仲間だ。分類学で述べるとツル目クイナ科オオバン属となる。
黒い羽根に白いひたい(額)、そして桃色の嘴(くちばし)と黄色い足をした鳩よりは
大きくマガモよりは小さな野鳥である。日本では冬になると南に移動するから冬鳥と言いたくなるが、必ずしも全てが移動せずにいたり、この地から南に移り、北からこの地に来るのがいるから留鳥のようにも見える。水に浮いて生活しているから水鳥といえる。
アフリカ大陸北部、ユーラシア大陸、アイスランド、イギリス、スリランカ、日本、フィリピンなどにオオバン(大鷭)は居ることになっている。アメリカ大陸には居ないのだろうか。私にはわからない。
オオバンの体長は32cmから39cm。翼開張は70cmから80cmであり、和名のオオバンははバンよりも大きいため。
バンのほうは額の毛が赤い。嘴は黄色いが途中から赤くなっていてそのまま額の赤い毛につながる。幼鳥は嘴はさほど黄色くなく額も赤くない。額が白いのがオオバンであり、額が赤いのがバンである。バンは鳩ほどの大きさだがオオバンは鳩よりは明らかに大きく見える。
バンの体長は35cmほどで、ハトくらいの大きさ。翼開長は52cmほど。バンはアメリカ東部にもいることになっており、冬には暖地へ移動する。日本では東日本では夏鳥で、西日本では留鳥となる。分布域が広く、地域ごとにいくつかのの亜種がある。
クイナ(水鶏)は「夏は来ぬ」の歌詞の中にその名があるので姿も鳴き声も知らなくても名前だけは知っている人が多い。クイナ(水鶏)とは別に体色が薄い朱色のヒクイナ(緋鶏)がいる。日本では古い時代には区別されていなかった。何を間違ったのか、現代の日本はその方面の学者か分類学者のように細かなことを気に掛ける悪い状態にある。クイナはチュッチョ、クイックイッと鳴く。
初夏になると葦(よし、あしとも読ませる)の林の中でオオヨシキリがギリギリ、ジャージャーと鳴くのに合わせるようクイナ(水鶏)がチュッチョ、クイックイッと鳴く。
クイナは茶色の目立たない毛色をしており嘴は細く黄色である。クイナの体長は23cmから31cmであるから、バンより大きくオオバンよりは小さい。クイナは細く長い茶色名水鳥である。クイナの翼開張は38cmから45cm。
上ではオオバンとバンとクイナとオオヨシキリのことを上に語った。
ついでに少しだけ白鳥のことを語る。日本では白鳥を「くぐい(鵠)」といった。「日本書紀」にそれがある。ヤマトタケルは命尽きた後に白鳥になったことになっている。
ハクチョウを含めて水鳥が水に浮かぶのは、お尻に油脂腺から分泌される油を羽繕(はづくろ)いによって羽に塗りつけて撥水作用をさせることによる。羽毛の間に空気が溜まるようになって浮き袋ができあがる。羽根の下がみな浮袋になったいると思えばいい。これが水鳥が水に浮く原理である。
オオバンが水を切って向かってくる写真があり、それをよく見ると水面の後ろと前に大きな段差ができている。推進する力とオオバンの質量などによってできた水面の高さの差である。
オオバンは冬至を5日ほど前にした12月17日の午後3時30分ころ、山中湖村の山中のマリモ通りの岸辺で撮影した。この時刻に太陽は富士山の左肩に沈んだ。その太陽を追い掛けて有料の東富士五湖通りを西に走ると富士山の背後から、太陽はまた顔を出した。
このころに夕日を背に富士山の頂上でダイヤモンドが輝くのは花の都公園付近である。上の撮影場所から忍野村のほうに移動したところに花の都公園がある。
山中湖付近では年を跨いで4カ月ほどの長い間、ダイヤモンド富士を見ることのできる。
2016年12月29日
白いハクチョウを撮影したら灰色になっていた

コブハクチョウ。 逆光のためフレアーがでておりますが、悪くはない写真だと思っております。

コブハクチョウ。 露光は大きなアンダーであるために湖面が暗く沈んでおりますが、コブハクチョウの羽根の陰影がでていて良いと思っております。

コブハクチョウがいた山中湖の日の入り。12月17日。

富士山の山の脇に陽が沈みました。12月24日山中湖村花の都公園で撮影。

(タイトル)
写真における適正露光とデジタルカメラの「ビデオ」機能への期待
白いハクチョウを撮影したら灰色になっていたということが起こるのはこのためです。

コブハクチョウ。 逆光のためフレアーがでておりますが、悪くはない写真だと思っております。

コブハクチョウ。 露光は大きなアンダーであるために湖面が暗く沈んでおりますが、コブハクチョウの羽根の陰影がでていて良いと思っております。

コブハクチョウがいた山中湖の日の入り。12月17日。

富士山の山の脇に陽が沈みました。12月24日山中湖村花の都公園で撮影。

(タイトル)
写真における適正露光とデジタルカメラの「ビデオ」機能への期待
2016年12月28日
ツグミではないけれどツグミほどの大きさであり、全体の特徴はアカハラということができる野鳥がおりました。

(タイトル)
アカハラ
(本文)
暮れの昼下がり。小雨のなか雲間から陽が漏れる林に4羽ほどのアカハラとおぼしき野鳥が下草に落ちた実を啄んで1時間以上も遊んでおりました。
ツグミではないけれどツグミほどの大きさであり、全体の特徴はアカハラということができる野鳥がおりました。
目には白い線が耳のほうに流れております。赤くはなく茶色でもなく緑も少し掛かったようなほぼ単色の羽根です。
図鑑によって調査中であり、この鳥は何度もこの林に出現しますから、写真を撮ろうと思います。
【下は「虚心」氏のアカハラの記事です】
アカハラ
○アカハラの キョロンキョロンに 夏盛る 虚心
この夏はアカハラが裏の林でよく啼きます。家の前の電線にも飛んできて大騒ぎです。春から夏にかけてウグイスとアカハラが歌声を競っています。
アカハラのキョロン・キョロン・チィーにウグイスは負けたくないようです。今年のアカハラのはしゃぎ様は何が何でも人の気を引きたいものと思えたので、写 真を撮ってやりました。400mmの望遠レンズで十分に足りました。
アカハラはツグミを少し小さくした体型をしており、腹部の茶色はアカハラの名の由来でしょう。写 真を撮ったのは顔に白い筋模様のあるメスでした。オスは黒い顔をしており、腹部のアカと対照的です。アカハラは漂鳥ですから、秋にも冬にもいます。一部のものは南に渡るそうですが、秋や冬の枯れ木の林で出会うアカハラは人を和ませてくれます。
串田孫一が描くアカハラに感動した記憶があります。アカハラは串田孫一によって人の心にしみいる野鳥になったのです。それほどアカハラを見事に描いています。あるいは私だけが特別 に感じ入ったのかも知れません。串田孫一によって私のアカハラへの親しみと憧れはふくらみました。
山の林で出会うアカハラが家の近くに来て、この夏の主役はボクだよとばかりに大はしゃぎです。そのアカハラがこの何日か静かなのです。産卵したのか、育雛しているのかと想像をします。何にもなければいいが、と少し心配にもなります。
2016年12月23日
山中湖のコブハクチョウ(コブハクチョウの姿態のいろいろ。バレーの白鳥の湖の様子を思い浮かべる)
花の都公園からであった。

コブハクチョウは冬至を5日ほど前にした12月17日の午後3時30分ころ、山中湖村の山中のマリモ通りの岸辺で撮影した。山中湖のコブハクチョウは20羽ほどおり、桟橋付近で人が投じる餌をついばんでいるために人を見ると近づく。写真を取りながら富士の夕景色を楽しんでいた人がコブハクチョウに足をつつかれて驚いていた。

コブハクチョウは嘴(くちばし)の付け根が黒く、額の先に黒いこぶができている。大きさはオオハクチョウと同じくらいだが少し大きい。

コブハクチョウが羽ばたく。羽ばたくとはいっても羽根の運動をしているだけだ。見ている側には面白い。コブハクチョウの全身がみられるからだ。

コブハクチョウが羽ばたく。羽ばたくとはいっても羽根の運動をしているだけだ。見ている側には面白い。コブハクチョウの全身がみられるからだ。大きさはオオハクチョウと同じくらいだが少し大きい。

コブハクチョウが羽根を少し上げた。遊覧船の白鳥はこのような形になっている。上げた羽根の部分が座席になっている。

コブハクチョウが羽根を少し上げた。遊覧船の白鳥はこのような形になっている。

コブハクチョウがさかさまになって泥の中の藻か草を食んでいる。

山中湖に浮かぶハクチョウ遊覧船だ。くちばしはオオハクチョウである。コブハクチョウのくちばしと比較するとその違いがわかる。

写真(下)はコブハクチョウとともに山中湖にいたオオバン。水鳥がが水面に浮かぶのは、ハクチョウを含む水鳥には尻に油脂腺というものがあり、そこから分泌される油を羽繕いで羽に塗りつけ、撥水性を持たせている。このためにて羽毛の間に空気を溜められ、それが浮き袋の役目を果たしている。水鳥が水に浮く原理である。下は水鳥のオオバンが水を切って泳ぐ姿であり、水を切るというか波を切っている。カモメの水兵さんは並にちゃぷちゃぷ浮かんでいるのだが、水への浮き方と並の切り方の様子がわかる写真である。

(タイトル)
山中湖のコブハクチョウ(コブハクチョウの姿態のいろいろ。バレーの白鳥の湖の様子を思い浮かべる)
ハクチョウが水面に浮かぶのは、ハクチョウを含む水鳥には尻に油脂腺というものがあり、そこから分泌される油を羽繕いで羽に塗りつけ、撥水性を持たせている。このためにて羽毛の間に空気を溜められ、それが浮き袋の役目を果たしている。水鳥が水に浮く原理である。



