高校生1万人署名活動・岩手

岩手での高校生1万人署名活動の報告をしていきます。 また、高校生平和大使の活動も紹介します。

岩手での高校生1万人署名活動の報告ページです。 岩手から選出された高校生平和大使を中心に活動を紹介します。

秋晴れの中で釜石での署名

3名(男子2名、女子1名)が釜石市大町広場で署名にとりくみました。94筆の署名がありました。復興支援の集会に来たという方が、「被災地で高校生がこのような署名をしていることは知らなかった」と声をかけてくださり、励ましてくれました。また、中学生が「この署名は中学生でもできるんですか」と質問しながら力強く署名してくれました。180916釜石署名(圧縮)

新たな気持ちで署名活動始まる

 高校生一万人署名活動実行委員会は17年~18年に目標の5000筆をこえる5343筆の署名を集め、8月高校生平和大使が全国の署名11万筆とともに国連欧州本部に届けました。そして、8月末から新しく1年間の署名活動が始まりました。
 8月25~26日の釜石高校文化祭、9月1日の久慈地区平和を考える集いで新たな気持ちで署名活動を始めました。釜石高文化祭では、展示を見た中学生が高校生になったら参加したいといってくれました。また戦争を体験した世代からは戦争を経験していない世代だからこそこのような活動をして平和を訴えてもらいたいといっていただき202筆の協力をいただきました。
 9月1日に久慈平和を考える集いでは、高校生ナガサキ平和の旅に久慈地区から参加した生徒が、ナガサキ平和の旅や署名活動の報告を行い、その後署名活動を行いました。久慈でこんな活動をしていることは知らなかった、もっと広げてほしい。高校生のがんばっている姿に勇気づけられたなどの感想をいただきました。今後、盛岡、釜石、一関、久慈では毎月定例の活動を行うほか、文化祭や諸行事で積極的な署名活動を展開していきます。IMG_265820180901_132120[2]

2018高校生ナガサキ平和の旅

86日~9日の日程で長崎を16名の高校生が訪れ、平和を考え、祈る取り組みに全国の高校生とともに参加しました。
87日はフィールドワークで、長崎原爆資料館、平和公園防空壕、平和公園で長崎の鐘をつかせて頂ました。如己堂、永井記念館、浦上天主堂をまわりました。午後はブリックホールで原水爆禁止世界大会に参加しました。とにかく暑い一日でした。
88日、ピーブリッジに参加し、全国、海外の高校生1万人署名活動の仲間とともに活動等で交流しました。午後は下平作江の被爆体験を聴き、とてもつらい体験を継承しなければという思いを強くしました。
89日、早朝若者集会に参加、朝食は後回しで体育館まで移動し現スバイク禁止世界大会へ回収会ののぞみました。その後、全国の参加者と平和アピール行進に参加し、112分に爆心地中心公園で黙とうしました。DSC00985DSC00993DSC01008DSC01020DSC01026DSC01032DSCN3354DSC01041DSC01061DSC01068DSCN3375DSC01498DSCN3399DSCN3420DSCN3424

岩手県原爆死没者追悼式典参加

 8月6日、宮古市「なあど」で岩手県原爆死没者追悼式典が開催され、第20代高校生平和大使野崎夏彩(盛岡三高3年)が参列し、原爆で亡くなられた方への追悼の言葉と平和への誓いを静かに力強く述べました。その後、宮古高校の生徒ともにトークセッションに参加し、平和大使としての活動や平和な社会を作るにはどうしたらよいかなどについて話し合いをしました。その中で野里さんは、戦争はなくなると思うか、というの問に「戦争はなくならないかもしれないが、戦争をさせなくすることはできると思う」と人類の平和への努力を強く訴え、参加者の感動をよびました。以下スピーチの全文を掲載します。
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岩手県原爆死没者追悼式典にあたり、原子爆弾の犠牲となった方々の御霊に対し、謹んで哀悼の意を捧げます。今もなお被爆による後遺症に苦しんでおられる皆様に、心からお見舞い申し上げます。

広島そして長崎に原子爆弾が投下されてから73年が経ちました。私は昨年広島と長崎を訪れ被爆者の方のお話を聞きました。その方は原爆が落とされた街をき地獄のようだったとおしゃっていました。私もこんな事が73年前の本で本当にあったのかと信じられないくらい胸が痛むお話でした。もう二度と核兵器が使われてはならない、核兵器のない世界にしなければならない、そう心に誓いました。

私は、高校生平和大使として、同じ平和への熱い想いを持つ高校生とともに戦争も核兵器もない平和な社会の実現を求める、高校生署名活動を行っています。この活動に対し、今年は岩手県内で5,343筆もの協力をいただきました。確かに、この署名により瞬時に世界が変わるというわけではありません。しかしこの小さな思いの積み重ねが切だと思っています。高校生がこの活動をしていることを人々が見て、何か感じてくれるがいるかもしれない、署名活動を通じて人々に訴え、働きかける事を継続することが大切なんだと信じてこの活動を行っています。

この高校生一署名活動は20年間つづき今まで全国で146万筆あまりの協力をいただきました。核兵器廃絶に賛同し行動した人が146もいるという事です。昨年国連で結ばれた核兵器禁止条約にも同じ事がえるのではないでしょうか。被爆者の方の長年の思いと努が核兵器禁止条約が結ばれるまでの道のりに深く関わっていると思います。被団協事務局次長の和田征子さんは核兵器禁止条約について、「長い間叩き続けた厚い重い扉が少し開いた気がする」とおっしゃっていました。つまり平和とは一人ひとりの行動の積み重ね、多くの人々の思いが集まって達成されるものではないかと思います。

そして私たちは被爆者の声を直接聞くことのできる最後の世代です。被爆者の方々から託された平和への思いを同じような若い世代へ次の世代へ伝える役割があると思っています。最初長崎の高校生から始まった署名活動も20年間続き、国連へ署名を届け続け世界へ日本から平和への思いをアピールしています。小さな活動でも続けていけばを結ぶ、私たちの活動は「ビリョクだけどムリョクじゃない」。この思いを胸に核兵器の廃絶と世界平和の実現に向けて私たちは行動し続けていきます



ついに5,000筆突破!

 8月4日(土)、盛岡の亀が池、「おでって」前で長崎訪問前最後の活動を行いました。沼宮内、聴覚支援、大野、花巻北、大船渡東、一関一の8人で活動を行い、98筆の協力をいただきました。7月から8月にかけ20回に及ぶ集中的な活動を行った結果、昨年9月から1年間の合計で5,343筆の署名の協力をいただきました。目標の5,000筆を大きく上回り、大きな成果を上げました。
 R0015616R0015620目標を達成できたのは、実行委員が増え回数が40回をこえたことや、一関や大船渡など活動場所が増えたこと、そして高校生平和大使や一万人署名活動が高校生のみではなく広く県民に認められるようになったことなどが考えられます。
 この署名は、8月に長崎のピースブリッジ集会において高校生平和大使に託され、国連欧州本部に持参し、永久保存され核兵器廃絶の大きな力になります。皆様の協力を強く感謝します。

平和大使、岩手県知事表敬訪問

 7月31日、第21代高校生平和大使の阿部くるみさん(不来方高2年)と尾口あざみさん(一関一高2年)は国連欧州本部訪問を前に、達増岩手県知事を表敬訪問し、出発の決意を語りました。阿部さんは「核兵器の悲惨さと震災の怖さをしっかり伝えてきたい」、尾口さんは「岩手で集めた5,000筆を届け、R0015596R0015598被爆や被災の経験の継承をしっかり行動として表したい」と決意を述べました。それに対し知事は「ジュネーブは新渡戸稲造など岩手にもゆかりがある。核廃絶は世界のねがいであり、人々の行動が平和実現につながる。しっかり活動することを期待します」と激励の言葉を述べました。平和大使の二人は緊張したものの知事の言葉を受け止め核兵器廃絶に向け新たな決意をしました。

佳境の署名活動、県内3箇所で!

 7月22日(日)、7月3回目の活動を県内3箇所で行いました。釜石は3名の参加で94筆、盛岡は12名の参加で117筆、先週から始まった一関は10名の参加で148筆の協力をいただきました。
 この日は各地とも気温が35度近くまで上がり、猛暑の中での活動でした。「休みながらやってね」「無理しないでね」などうれしい激励をいただきました。現在4,000筆をこえました。目標の5,000筆までもう一息です。日曜日の街頭署名はあと1回ですが、ラストスパートの活動を行いR0015540DSC00942ましょう。

7月22日の署名

 釜石の署名に3名(男子2名、女子1名)が参加しました。33度の猛暑の中、人通りも少なかったですが94筆の署名がありました。署名を断られる場面もありましたが、しっかり話を聴いてもらうことができ感謝です。「水分とれよ」「休みながらやってね」と声をかけてくれたり、スポーツドリンクの差し入れもあり嬉しかったです。DSC00940

7月15日の署名(釜石、一関、盛岡)

07b539ae.jpg7月14日、釜石の街中の温度計は33℃と表示しています。署名活動メンバー4人が呼びかけました。1時間の活動で129筆の署名を頂きました。
呼びかけに応じて、ほとんどの人が立ち止まって話を聞いてくれました。「おれは戦争は好きだ…」と言う方もいました。一方で「私は戦争嫌いだから…」「とても大事な活動だよ」「おれはこの活動好きだよ」と励ましてくれる方もいました。いろいろな意見や考えがあることを感じ、とても有意義な活動になりました。続きを読む

雨の中での活動

 7月8日(日)盛岡クロステラス前で7月2回目の活動を行いました。この日は、午前中に開催された「高校生ナガサキ平和の旅」説明会の参加者も活動を行い、14人で138筆の協力をいただきました。あいにくの雨降りの中での活動でしたが、高校生らしく元気な活動ができました。「雨の中がんばってね」という激励も多くもらい、励みになりました。
 7月はこの後毎週日曜日の15日、22日、29日に活動します。今までの盛岡クロステラス前と釜石大町ひろばだけでなく、15日からは一関コルザ前でも活動します。盛岡・一関は14時から、釜石は13時から活動予定です。8月の平和大使の国連欧州本部訪問にむけて最後の追い込みの活動R0015503R0015507をします。

猛暑の中、7月の署名活動始まる

 7月1日(日)、盛岡と釜石で活動しました。気温が35度近くとなる猛暑の中での活動でしたが、盛岡は10人で124筆、釜石は4人で102筆の協力をいただきました。猛暑のため、人通りは少なかったものの、R0015481R0015475「新聞で見たよ、がんばってね」「暑いののおつかれさん」などと激励の言葉をもらいました。また、実行委員も呼びかけを繰り返すだけではなく、信号待ちの人に話しかけるなど積極的な活動ができました。
 7月は、8月の高校生平和大使による国連訪問にむけて最後の追い込みの活動になります。盛岡クロステラス前と釜石イオン前では毎週日曜日の午後に活動しますのでご協力下さい。なお、久慈や一関でも定期的な活動を行う予定です。

6月23日久慈市、24日盛岡、釜石で署名

 6月23日、久慈市で署名活動を行いました。3人の生徒が呼びかけ66筆の協力がありました。
 6月24日は、盛岡では11名の生徒が署名活動にとりくみ197筆の署名がありました。
釜石では、9人が署名を呼びかけ135筆の署名の協力がありました。
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第21代高校生平和大使 広島研修・結団式

 6月16日・17日、広島で第21代高校生平和大使の研修および結団式が行われました。
1日目は、被爆者である原田浩さん(元広島平和祈念館館長)から「広島の願いを世界へ」と題して講和を聞きました。フィールドワークは地元ガイドによる平和祈念館と碑巡り。夜は、在間秀和弁護士(在外被爆者の援護活動を行っている)による「核禁止条約、被爆国、平和憲法」をテーマに講和を聞きました。
2日目は、結団式に臨み、全員が活動にとりくむ決意を述べました。尾口さんは、被災地ボランティアで子どもたちが見てきた被災時の様子に聞き衝撃を受けたことと被爆者が語る幼い時の体験にも衝撃を受けた、そのことを通して、震災や戦争で子どもたちが犠牲になってはいけないことを訴え、災害の参加を継承していく活動にとりくんでいきたい、と述べました。 阿部さんは、小学校の時に花巻市の平和事業で訪問した広島で被爆の実相を知ったが、当時は何もできなかったこと。そして今日、自分も含めた若者が戦争や平和、そして震災のことについても話題にしない現状にとても危機感を感じ高校生平和大使になることを決意した。同年代や子どもたちに戦争や災害を伝える活動が大切である、ことを強調しました。
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五月晴れの釜石での署名

 6名(釜石高校11名、22名、33名)が活動に参加しました。1時間の活動で108筆の署名を頂きました。

 「核兵器の廃絶を求める署名です」と声をかけるとたくさんの方が立ち止まって話を聞いてくれました。ベトナムの方にスマホの翻訳アプリで呼びかけ、快く署名していただきました。また、「核兵器は外交手段として必要だ」と呟いていて通り過ぎる方もいました。
また、20日には久慈でも活動が行われ、4名(久慈東2名、大野2名)103筆の協力をいただきました。DSCN0639180520ー1180520-2

1時間で278筆!

DSC00773 5月13日(日)盛岡クロステラス前で5月の署名活動を行いました。この日は午前中に行われた第21代高校生平和大使の応募者も参加し、19名が活動しました。その結果、1時間で盛岡では最高の278筆の協力をいただきました。おだやかな気候となり、大通が歩行者天国ということもあり、多くの人々から激励をいただきました。また、署名活動が初めてという実行委員にもかかわらず、歩行者天国の中を回ったり、信号待ちの市民に声をかけたり積極的な活動を行いました。協力有り難うございました。来月は6月の考査終了後に活動予定です。DSC00769DSC00769

 
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