2008年06月18日
最終話:シーグラスの浜辺
・・・2008年4月7日・・・
国道10号線を宮崎から大分に向かって北上していた。途中、大分に入り佐伯市で海岸線に向かう道を選ぶ。
春の陽光の中、左手に山桜を右手に海岸線の素晴らしい景色を味わいながら2時間程走った。
そして、関サバ・関アジで有名な佐賀関の海岸線、白ヶ浜と言う場所でエンジンを止めた。
浜辺をのんびり歩き、腰を下ろす。
波は穏やかで、水は澄んでいた。
陽光が水面に反射して眩しかったから、日陰へと移動した。
少しだけ目を細めながら波打ち際から豊後水道に掛けての風景を眺める。
「おじちゃん」
砂浜で、何かを必死になって探していた4、5才ぐらいの少女が微笑みながら声を掛けてきた。
「んっ?」と、 突然の事に一瞬戸惑う。
「はい。コレあげる」と、少女は明るく微笑んだ。
「えっ?」
小さな右手から差し出された物は、波と砂に洗われて丸味を帯びたエメラルドグリーンに輝くガラス片だった。
怪訝そうな表情の私に向かって、天使の笑顔で解説が始まる。
「シーグラスって言うの。ながい時間をかけてね、波と砂が、とがった所をやさしくけずったの〜」
「シーグラス?」と、私も思わず笑顔で返す。
「そう、シーグラス。ママが言ってたの〜。浜辺がつくった“時の宝石”だって」
小さな右手から受け取ったシーグラスを左の手の平に載せボンヤリ見詰めながら「浜辺が造った“時の宝石”?」と、少女の言葉をそのまま返した。
少女は私の呟きを無視して、更に話しを続ける。
「やさしくかがやく所だけが残るんだって。だからね・・・シーグラスは誰もきずつけないの〜」
「誰も傷付けない?」
「そう〜とがった所がね〜ないから」
「ふ〜ん」
手にしたシーグラスをよく見ると、確かに少女の言うとおりだ。
「おじちゃん、シーグラス好き?」と、はにかむように質問を投げかける少女。
私はニッコリ微笑んで「うん。今、好きになったよ」と、明るく答えた。
「ワ〜ッ、よかった」
嬉しそうに微笑む少女が可愛かった。
その時、「さくら〜」と、少女の名を呼ぶ女性の声。
声のする方に目を向けると、若くて綺麗な女性が私に向かって軽く会釈をした。
私も自然、頭を下げる。
少女は一瞬、解説がコレからって言う時に・・・っと少しだけ不満げな表情を見せたが「何〜ママ〜」と、元気よく返事を返した。
「ママなの?」
「うん」
「そろそろ行くわよ〜」
「は〜い」
明るく返事をしながらも、“んっ、もう〜これからなのに〜”と言うあどけない表情が見て取れて、危うく吹き出しそうになってしまう。
笑っちゃいけない。彼女は真剣なのだ。
「コレ・・・いいの?」
「うん。おじちゃんへのプレゼント!」
「どうして?おじちゃんに・・・」
「ん〜どうしてかな?・・・わかんない」
「そっか。ありがとうね、さくらちゃん」
少女は“ん〜ん”っと、かぶりを振ると「じゃ〜ママが呼んでるから行くね」と、大きな瞳でニッコリ微笑んだ。
手の平に載るシーグラスにもう一度目を落とし少女を見ると、不安げに振り向きながら私の表情を見ている。
私が本当にシーグラスを気に入ったのか?心配なのだろう。
「ありがとうね、シーグラス。大切にするからね」と、左手にシーグラスを載せたまま右手で“バイバイ”っと手を振った。
それを見て安心したのか?少女は「バイバイ」と、小さな手をゆっくり振ると元気よく母親の元へと向かって走り出した。
誰もいなくなった浜辺に1人、波音を聞きながらシーグラスを見詰める。
「浜辺が造った“時の宝石”。優しく輝く所だけが残る・・・シーグラスは誰も傷付けないか」
左手に載ったシーグラスに目をやると、少女が言ったように丸味を帯びたグラスの中心部分だけが優しく輝いていた。
「シーグラスって言うの。ながい時間をかけてね、波と砂が、とがった所をやさしくけずったの〜」
「そう、シーグラス。ママが言ってたの〜。浜辺がつくった“時の宝石”だって・・・」
「やさしくかがやく所だけが残るんだって。だからね・・・シーグラスは誰もきずつけないの〜」
天使の言霊に似た少女の言葉が、多くの人々を傷付け汚れた魂の中に何時までも響き続けた。
−読者の皆様へ−
本小説は、この章を以て全て終了となります。
長い間お付き合い頂き、本当にありがとうございました。
途中、間延びしたり、コメントを返せずにいた事をお詫び致します。
それでは、皆様、お元気でお過ごし下さい。
国道10号線を宮崎から大分に向かって北上していた。途中、大分に入り佐伯市で海岸線に向かう道を選ぶ。
春の陽光の中、左手に山桜を右手に海岸線の素晴らしい景色を味わいながら2時間程走った。
そして、関サバ・関アジで有名な佐賀関の海岸線、白ヶ浜と言う場所でエンジンを止めた。
浜辺をのんびり歩き、腰を下ろす。
波は穏やかで、水は澄んでいた。
陽光が水面に反射して眩しかったから、日陰へと移動した。
少しだけ目を細めながら波打ち際から豊後水道に掛けての風景を眺める。
「おじちゃん」
砂浜で、何かを必死になって探していた4、5才ぐらいの少女が微笑みながら声を掛けてきた。
「んっ?」と、 突然の事に一瞬戸惑う。
「はい。コレあげる」と、少女は明るく微笑んだ。
「えっ?」
小さな右手から差し出された物は、波と砂に洗われて丸味を帯びたエメラルドグリーンに輝くガラス片だった。
怪訝そうな表情の私に向かって、天使の笑顔で解説が始まる。
「シーグラスって言うの。ながい時間をかけてね、波と砂が、とがった所をやさしくけずったの〜」
「シーグラス?」と、私も思わず笑顔で返す。
「そう、シーグラス。ママが言ってたの〜。浜辺がつくった“時の宝石”だって」
小さな右手から受け取ったシーグラスを左の手の平に載せボンヤリ見詰めながら「浜辺が造った“時の宝石”?」と、少女の言葉をそのまま返した。
少女は私の呟きを無視して、更に話しを続ける。
「やさしくかがやく所だけが残るんだって。だからね・・・シーグラスは誰もきずつけないの〜」
「誰も傷付けない?」
「そう〜とがった所がね〜ないから」
「ふ〜ん」
手にしたシーグラスをよく見ると、確かに少女の言うとおりだ。
「おじちゃん、シーグラス好き?」と、はにかむように質問を投げかける少女。
私はニッコリ微笑んで「うん。今、好きになったよ」と、明るく答えた。
「ワ〜ッ、よかった」
嬉しそうに微笑む少女が可愛かった。
その時、「さくら〜」と、少女の名を呼ぶ女性の声。
声のする方に目を向けると、若くて綺麗な女性が私に向かって軽く会釈をした。
私も自然、頭を下げる。
少女は一瞬、解説がコレからって言う時に・・・っと少しだけ不満げな表情を見せたが「何〜ママ〜」と、元気よく返事を返した。
「ママなの?」
「うん」
「そろそろ行くわよ〜」
「は〜い」
明るく返事をしながらも、“んっ、もう〜これからなのに〜”と言うあどけない表情が見て取れて、危うく吹き出しそうになってしまう。
笑っちゃいけない。彼女は真剣なのだ。
「コレ・・・いいの?」
「うん。おじちゃんへのプレゼント!」
「どうして?おじちゃんに・・・」
「ん〜どうしてかな?・・・わかんない」
「そっか。ありがとうね、さくらちゃん」
少女は“ん〜ん”っと、かぶりを振ると「じゃ〜ママが呼んでるから行くね」と、大きな瞳でニッコリ微笑んだ。
手の平に載るシーグラスにもう一度目を落とし少女を見ると、不安げに振り向きながら私の表情を見ている。
私が本当にシーグラスを気に入ったのか?心配なのだろう。
「ありがとうね、シーグラス。大切にするからね」と、左手にシーグラスを載せたまま右手で“バイバイ”っと手を振った。
それを見て安心したのか?少女は「バイバイ」と、小さな手をゆっくり振ると元気よく母親の元へと向かって走り出した。
誰もいなくなった浜辺に1人、波音を聞きながらシーグラスを見詰める。
「浜辺が造った“時の宝石”。優しく輝く所だけが残る・・・シーグラスは誰も傷付けないか」
左手に載ったシーグラスに目をやると、少女が言ったように丸味を帯びたグラスの中心部分だけが優しく輝いていた。
「シーグラスって言うの。ながい時間をかけてね、波と砂が、とがった所をやさしくけずったの〜」
「そう、シーグラス。ママが言ってたの〜。浜辺がつくった“時の宝石”だって・・・」
「やさしくかがやく所だけが残るんだって。だからね・・・シーグラスは誰もきずつけないの〜」
天使の言霊に似た少女の言葉が、多くの人々を傷付け汚れた魂の中に何時までも響き続けた。
−読者の皆様へ−
本小説は、この章を以て全て終了となります。
長い間お付き合い頂き、本当にありがとうございました。
途中、間延びしたり、コメントを返せずにいた事をお詫び致します。
それでは、皆様、お元気でお過ごし下さい。
2008年06月16日
第60話:SAGI
・・・あれから、18年の歳月が流れた・・・
あの日、見に行ったボロアパートは、建設ラッシュの波に乗ってタイル張りの立派なマンションへと建て替えられていた。
今になって思えば、あの頃の6年間は物凄いスピードで世の中が変わっていってたように思う。たまたま、自分自身が同等のスピードか?それ以上のスピードで生きていたから気付かずにいただけなのだろう。
ユニエース・オークラン通商を辞めたのは、あの年の12月20日だった。
週明けに出した辞表は1週間程留保され、椚なり景山なり二宮なりに思い留まるように説得された。
「年収2,000万円以上は保証する。コレからは、会社のために頑張ってみろ!」
ホテルの一室で、そう言う二宮に向かって「お金じゃありません」と言った記憶だけが今も鮮明に残っている。
退社して2年後、ユニエース・オークラン通商が東証への上場を果たした事を知った時には「もったいないことしたかな」とも思ったが、後悔はなかった。
稲森は入院と自宅療養で2週間程休息を取った後、見事に復活。現在、都内にある某支店の支店長にまでなっていると、風の噂に聞いた。
結局、私が受注した200余人のお客の中で、唯一、利益を出し取引を終えたのは前述したとおり谷田社長1人だけだ。岩崎さん・忠弘さん・板橋さんの3人は、当初の投資金の80%前後の損を出し取引を終了した。
こんな事を私自身が言っていいものなのか?
彼等4人はこの世界に入ったお客としては、悲惨極まりない事態となって行く人達が数多くいる中にあって、かなり恵まれた人達だったように思う。
しかし、唯一、利益を手にした谷田社長にしても5ヶ月後、国税庁の査察が待っていた。しかも、脱税容疑で利益の倍近い1億円相当の追徴課税を強いられたのだ。査察の主因となったものが、先物取引で得た利益である。当然の事ながら彼は先物取引で得た利益を申告してはいなかった。叩けば幾らでも埃が出でくる生業、土地取引で得た金までも追求されてしまったのだ。
この話しを聞いた時、「何かがおかしい」と思った。
国税庁の査察は偶然かもしれないが、結果的には誰一人儲けた人がいない。
そんな疑問を少なからず抱きながら日々の生活を送っている中で・・・薬害エイズの問題が飛び込んで来た。
帝京大学医学部付属病院の年老いた医師と厚生労働省に従事する一部の役人、そして、製薬会社ミドリ十字が起こした非加熱製剤を介した事件である。
人命を扱う全国の医療関係者がエイズ蔓延を知った上で、その薬を扱う筈はない。
しかし、何千人と言う人々がエイズ患者となってしまった事実。
自分自身を弁護するつもりは毛頭ないが・・・
何かが似てる。
そんな感覚を持って世の中を見渡すと、色々な事が起こっていた。
人減らし政策の元に、1,930年代を中心に中南米諸国への移民を募った外務省。そこに従事する一部の役人と、その仲介業務にあたった会社。
現在の金額にして約200万円相当の片道切符を握り、夢を抱いて異国の地へと赴いた移民の数は何万人といたが、その半数以上がマラリヤ等の病気で1年以内に亡くなっている。ある文献にはアマゾンの奥地には、文明から置き去りにされた我々と同じ日本人が言葉を忘れ、獣と同等の生活をしていることだろうとも。
最近の話になるが、小泉総理がこの移民問題に対して国家として正式に謝罪している。
世の中を、もう一度、よく見てほしい。
社会保険庁のずさんな管理。
防衛省(旧 防衛庁)の武器がらみの贈収賄事件。
ロッキード事件・・・諫早湾における死のギロチン。
我々の知らない場所で暗躍する人達が、必ず、そこにはいる。
我々の生命や財産は、そこに巣くうごく一部の人間達の利益追求の為に狙われていることを認識すべきではないだろうか?
この小説の中で言う「SAGI」は、secret area of govermental insurance の略だ。
「政府官僚組織に保証された秘密の場所」
本当の詐欺は、この場所で最も多く行われている。
先物取引は、実はその中の1つではないのか?
インターネットを開けば、監督官庁によって許認可を受けた会社の営業マンの声が・・・上場した先物取引会社の営業マンの声が・・・録音され流されている。
聞いて頂ければ分かるが、本当に激しいお客とのやり取りだ。
しかし、彼等は本当に悪い人間なのだろうか?
家に帰れば子供や奥さんがいる、ごく普通の父親ではないのか?
或いは、何処にでもいるようなごく普通の青年ではないのか?
私が知っているだけで、お客に殺された先物取引の営業マンが、3人はいる。
自分自身を庇護するつもりは更々ないが、営業マンが本当に悪いんだろうか?
私も彼等も客を操り、お金を出させた。そして、その中の一部は自らが生活する為の給料として受け取った事は事実だ。
しかし、そのお金の大半は会社が飲み込み、社長を筆頭とする役員の手に渡り、天下り役人の給料・退職金となって消えている。
彼等は直接、お客とは話さない。
彼等は自らの手を汚す事は決してしない。
しかし、彼等は入金されたお金の大部分を手にする。
本物の詐欺師は、必死で注文を取っていこうとする営業マンなのだろうか?
200人以上の善良なる人々を地獄へと誘い弁解の余地はない。
また、弁解するつもりもない。
しかし、SAGIの実態が何処にあるのか?それだけは、理解してほしい。
それが、この小説の中で言いたかったSAGIだから・・・
あの日、見に行ったボロアパートは、建設ラッシュの波に乗ってタイル張りの立派なマンションへと建て替えられていた。
今になって思えば、あの頃の6年間は物凄いスピードで世の中が変わっていってたように思う。たまたま、自分自身が同等のスピードか?それ以上のスピードで生きていたから気付かずにいただけなのだろう。
ユニエース・オークラン通商を辞めたのは、あの年の12月20日だった。
週明けに出した辞表は1週間程留保され、椚なり景山なり二宮なりに思い留まるように説得された。
「年収2,000万円以上は保証する。コレからは、会社のために頑張ってみろ!」
ホテルの一室で、そう言う二宮に向かって「お金じゃありません」と言った記憶だけが今も鮮明に残っている。
退社して2年後、ユニエース・オークラン通商が東証への上場を果たした事を知った時には「もったいないことしたかな」とも思ったが、後悔はなかった。
稲森は入院と自宅療養で2週間程休息を取った後、見事に復活。現在、都内にある某支店の支店長にまでなっていると、風の噂に聞いた。
結局、私が受注した200余人のお客の中で、唯一、利益を出し取引を終えたのは前述したとおり谷田社長1人だけだ。岩崎さん・忠弘さん・板橋さんの3人は、当初の投資金の80%前後の損を出し取引を終了した。
こんな事を私自身が言っていいものなのか?
彼等4人はこの世界に入ったお客としては、悲惨極まりない事態となって行く人達が数多くいる中にあって、かなり恵まれた人達だったように思う。
しかし、唯一、利益を手にした谷田社長にしても5ヶ月後、国税庁の査察が待っていた。しかも、脱税容疑で利益の倍近い1億円相当の追徴課税を強いられたのだ。査察の主因となったものが、先物取引で得た利益である。当然の事ながら彼は先物取引で得た利益を申告してはいなかった。叩けば幾らでも埃が出でくる生業、土地取引で得た金までも追求されてしまったのだ。
この話しを聞いた時、「何かがおかしい」と思った。
国税庁の査察は偶然かもしれないが、結果的には誰一人儲けた人がいない。
そんな疑問を少なからず抱きながら日々の生活を送っている中で・・・薬害エイズの問題が飛び込んで来た。
帝京大学医学部付属病院の年老いた医師と厚生労働省に従事する一部の役人、そして、製薬会社ミドリ十字が起こした非加熱製剤を介した事件である。
人命を扱う全国の医療関係者がエイズ蔓延を知った上で、その薬を扱う筈はない。
しかし、何千人と言う人々がエイズ患者となってしまった事実。
自分自身を弁護するつもりは毛頭ないが・・・
何かが似てる。
そんな感覚を持って世の中を見渡すと、色々な事が起こっていた。
人減らし政策の元に、1,930年代を中心に中南米諸国への移民を募った外務省。そこに従事する一部の役人と、その仲介業務にあたった会社。
現在の金額にして約200万円相当の片道切符を握り、夢を抱いて異国の地へと赴いた移民の数は何万人といたが、その半数以上がマラリヤ等の病気で1年以内に亡くなっている。ある文献にはアマゾンの奥地には、文明から置き去りにされた我々と同じ日本人が言葉を忘れ、獣と同等の生活をしていることだろうとも。
最近の話になるが、小泉総理がこの移民問題に対して国家として正式に謝罪している。
世の中を、もう一度、よく見てほしい。
社会保険庁のずさんな管理。
防衛省(旧 防衛庁)の武器がらみの贈収賄事件。
ロッキード事件・・・諫早湾における死のギロチン。
我々の知らない場所で暗躍する人達が、必ず、そこにはいる。
我々の生命や財産は、そこに巣くうごく一部の人間達の利益追求の為に狙われていることを認識すべきではないだろうか?
この小説の中で言う「SAGI」は、secret area of govermental insurance の略だ。
「政府官僚組織に保証された秘密の場所」
本当の詐欺は、この場所で最も多く行われている。
先物取引は、実はその中の1つではないのか?
インターネットを開けば、監督官庁によって許認可を受けた会社の営業マンの声が・・・上場した先物取引会社の営業マンの声が・・・録音され流されている。
聞いて頂ければ分かるが、本当に激しいお客とのやり取りだ。
しかし、彼等は本当に悪い人間なのだろうか?
家に帰れば子供や奥さんがいる、ごく普通の父親ではないのか?
或いは、何処にでもいるようなごく普通の青年ではないのか?
私が知っているだけで、お客に殺された先物取引の営業マンが、3人はいる。
自分自身を庇護するつもりは更々ないが、営業マンが本当に悪いんだろうか?
私も彼等も客を操り、お金を出させた。そして、その中の一部は自らが生活する為の給料として受け取った事は事実だ。
しかし、そのお金の大半は会社が飲み込み、社長を筆頭とする役員の手に渡り、天下り役人の給料・退職金となって消えている。
彼等は直接、お客とは話さない。
彼等は自らの手を汚す事は決してしない。
しかし、彼等は入金されたお金の大部分を手にする。
本物の詐欺師は、必死で注文を取っていこうとする営業マンなのだろうか?
200人以上の善良なる人々を地獄へと誘い弁解の余地はない。
また、弁解するつもりもない。
しかし、SAGIの実態が何処にあるのか?それだけは、理解してほしい。
それが、この小説の中で言いたかったSAGIだから・・・
2008年06月04日
第59話:男達の相場物語 其の二十二
震える身体を横たえ眠りに付いたのは何時だったのか?浅い眠りの中で、最終節10分前の谷田さんとのやり取りが何度か蘇った。
「もういい。売れ!決済売りしろ!」
「売ったら終わりです!両建で、一時、避難しましょう」
「酒井!売れと言ったら売れ!」
「嫌です!」
堂々巡りの言葉は、その日の最終節、期近物の取引開始まで幾度となく繰り返された。
「お前の金じゃない!この勝負は終わった!」
「まだ、終わってません!これからが、本当の勝負です」
「今なら、まだ、少しは利益が出るだろう。次の相場に賭ければいい!」
「何を言ってるんですか!玉を縮小したら・・・もう終わりです」
「今ならまだ、儲けが5,000万はある。最初から無かった金だ!兎に角、決済売りしろ!分かったな!」
・・・ガチャ・・・
「谷田社・・・」
そして、その5分後値段は決まった。
・・・最終節、金先物1,962円・・・
2,030円の買い値から68円安。
手数料を含め、79円分のマイナスだった。
谷田社長が言った様に、利益は手数料を引いても5,000万以上はあった。投資金と合わせれば1億円以上の資金は残ったが、一度見た5億円を超える数字の残像が頭にこびり付いて離れずにいたのだ。
灰になった心で早すぎる朝を迎えた。
平衡感覚を確認するように、覚束ない足取りで玄関のドアを開け外気に身を晒す。
東の空には、太陽の光を受け半分だけ真っ赤になった帯状の雲がコンクリートの隙間から綺麗に輝いて見えた。
目を細めながら、左手は無意識に後頭部に向かう。
「まだ、熱がある」
タバコに火を点け浅く吸い無気力に吐き出した。消えていく白い煙を虚ろな目が追い掛ける。
「あのボロアパートへ行ってみるか・・・でなけりゃ・・・頭がおかしくなる・・・」
「もういい。売れ!決済売りしろ!」
「売ったら終わりです!両建で、一時、避難しましょう」
「酒井!売れと言ったら売れ!」
「嫌です!」
堂々巡りの言葉は、その日の最終節、期近物の取引開始まで幾度となく繰り返された。
「お前の金じゃない!この勝負は終わった!」
「まだ、終わってません!これからが、本当の勝負です」
「今なら、まだ、少しは利益が出るだろう。次の相場に賭ければいい!」
「何を言ってるんですか!玉を縮小したら・・・もう終わりです」
「今ならまだ、儲けが5,000万はある。最初から無かった金だ!兎に角、決済売りしろ!分かったな!」
・・・ガチャ・・・
「谷田社・・・」
そして、その5分後値段は決まった。
・・・最終節、金先物1,962円・・・
2,030円の買い値から68円安。
手数料を含め、79円分のマイナスだった。
谷田社長が言った様に、利益は手数料を引いても5,000万以上はあった。投資金と合わせれば1億円以上の資金は残ったが、一度見た5億円を超える数字の残像が頭にこびり付いて離れずにいたのだ。
灰になった心で早すぎる朝を迎えた。
平衡感覚を確認するように、覚束ない足取りで玄関のドアを開け外気に身を晒す。
東の空には、太陽の光を受け半分だけ真っ赤になった帯状の雲がコンクリートの隙間から綺麗に輝いて見えた。
目を細めながら、左手は無意識に後頭部に向かう。
「まだ、熱がある」
タバコに火を点け浅く吸い無気力に吐き出した。消えていく白い煙を虚ろな目が追い掛ける。
「あのボロアパートへ行ってみるか・・・でなけりゃ・・・頭がおかしくなる・・・」
2008年05月27日
第58話:男達の相場物語 其の二十一
深紫色に変色した唇がブルブルと震えていた。
睫毛に付いた水滴越しに魚眼の世界が広がっていたが、薄目を開けただけの虚ろな眼差しは所詮、何も見てはいない。
数秒ごとに繰り返される瞬きがなければ、死体に見えただろう。
動かぬ瞳孔が見ていたもの・・・それは、鏡に映し出された自分の姿ではなく暴落を発する場立ちの口許だった。
・・・11月30日(木)、前場1節・・・
「先物12月限〜1,980円から、79ぐらい、78ぐらい、77ぐらい、76ぐらい、75ぐらい、74ぐらい、73ぐらい、72ぐらい、71ぐらい・・・」
「何で?下げ過ぎだろ〜」
期近物から既に下げは始まっていたが、前日比10円前後の軽妙な動きだった。
先物の下げに納得がいかなかったのだ。
「70ぐらい、69ぐらい、68ぐらい、67ぐらい、66ぐらい・・・」
「止まれ・・・戻せ!」
値段を聞きながら、両手は祈るように握られている。
「65ぐらい、65ぐらい、66ぐらい、67ぐらい、68ぐらい、69ぐらい、69ぐらい、69!金先物12月限1,969円約定〜」
「1,969円?」と、自然、小首を傾げた。
前日終値比、42円安。
2,030円で買った4人全員に、追証が掛かった瞬間だった。
「慌ててどうしたの?」
「暴落です!」
「また〜。冗談きついんだから」
「本当なんです!」
「値段は幾ら?」と、受話器の向こうの声が、只ならぬ事態を把握する。
「先物で1,969円です」
「1,969円?」
「はい」
「1,961円って言ったら・・・2,030円の買い値から61円安じゃん」
「そうです」
「こっれて、追証が掛かった事になるの?」
「・・・」
「はっきり言ってよ。どうなの?」
「最終節までに1,975円より高くなれば、追証は掛かんないんですが・・・」
「戻す見込みは?」
「・・・」
「いいから、ちゃんと答えてよ」
「わかんないんです。取り敢えず、前場2節の動きを見ながら考えていいですか?」
「オジキは、オジキなんかはどうするって」
「まだ、連絡がついてません。忠弘さんとしか・・・まだ、話しが出来ていないんです。これから、また、電話してみます」
「わかった。じゃ〜オジキなんかの方針が決まったら教えてよ。それと、どうせ博打なんだから・・・仕方ないしょ!」
「ありがとうございます。そう言って頂くと助かります」
・・・30分後・・・
「はい。もしもし〜板橋ですけど」
「おはようございます、酒井です」
「慌てて・・・何かあったの?」
「はい」
「上?下?」
「下です」
「大きいの?」
「はい」
「幾ら?」
「1,969円です」
「あっそ〜しかし、よく下がったね〜」と、板橋さんは、まるで他人事のように感心して言った。
「・・・」
「でっ・・・どうすればいいの?」
「ご資金に余裕がありますか?」
「幾らぐらい?」
「1,000万ぐらいです」
「とんでもない!無理、無理。今、入れてるお金が目一杯だから・・・」
「ですよね・・・」
「うん」
「この中で、何とかするしかないんですよね?・・・皆」
「皆?」
「全員に追証掛かりましたから」
「そうだったね。皆、2,030円で総攻撃掛けたんだもんね」
「・・・」
「でっ?どうすればいいいの?」
「ちょっと、時間を下さい。考えます」
「うん。それじゃ〜家で待ってるから」
「すいません」
受話器を置いた後、頭の中は目まぐるしく回転する筈だった・・・が・・・しかし、この時、既に回答は出ていた。
「パッチだ・・・。パッチをかませるしかない」
そう、呟いた時。
「酒井課長〜3番にお客さんから電話が入ってます!」
「酒井課長!」
「んっ?」
「3番に電話です」
「あっ」と、左手が力なく受話器を浮かす。
「酒井!暴落か?」
声の主は岩崎さんだった。
「はいっ。・・・すいません」
「ふんっ。お前のせいじゃね〜よ。どうせ、博打なんだからよ〜」
「岩崎さん・・・」
「でっ?どうする?」
「パッチをかませます」
「パッチ?」
「両建てです。資金がないと乗り切れませんから・・・」
暗く沈んだ私の声に、岩崎さんは全てを理解したのだろう。
「そうか。両建てか」
「はい」
「両建てで、何とかなるんか?」
「わかりません。・・・でも今はそれしか・・・思い付きませんから」
「わかった。じゃ〜酒井に任せるわ」
その後、忠弘さんと板橋さんの2人に連絡をして、岩崎さんとの話しの内容を伝えた。
そして、2人とも岩崎さんと同じように私に一任した。
・・・前場2節1,973円・・・
「後場1で下げたらいくしかない。上げたら・・・ジッとしていよう」
・・・後場1節までの1時間30分が、あっと言う間に過ぎていく・・・
「先物12月限〜1,973円から、74ぐらい、75ぐらい・・・」
「上に来い!」
「75ぐらい、74ぐらい、73ぐらい、72ぐらい、71ぐらい、70ぐらい・・・」
「反転しろ!」
「69ぐらい、68ぐらい、67ぐらい、66ぐらい、65ぐらい、64ぐらい、63ぐらい・・・」
「ダメだ!」
「62ぐらい、61ぐらい・・・」
「オ〜ィ!」
右手の手の平が開き、場立に向った。
「先物!売り注・・・60ぐらい、59ぐらい、58ぐらい、58ぐらい、58ぐらい、59ぐらい、58ぐらい、58!先物1,958円約定〜」
後場1節、金先物1,958円。
2,030円の買値から72円安。
これが3人にパッチを嵌めた値段だった。
睫毛に付いた水滴越しに魚眼の世界が広がっていたが、薄目を開けただけの虚ろな眼差しは所詮、何も見てはいない。
数秒ごとに繰り返される瞬きがなければ、死体に見えただろう。
動かぬ瞳孔が見ていたもの・・・それは、鏡に映し出された自分の姿ではなく暴落を発する場立ちの口許だった。
・・・11月30日(木)、前場1節・・・
「先物12月限〜1,980円から、79ぐらい、78ぐらい、77ぐらい、76ぐらい、75ぐらい、74ぐらい、73ぐらい、72ぐらい、71ぐらい・・・」
「何で?下げ過ぎだろ〜」
期近物から既に下げは始まっていたが、前日比10円前後の軽妙な動きだった。
先物の下げに納得がいかなかったのだ。
「70ぐらい、69ぐらい、68ぐらい、67ぐらい、66ぐらい・・・」
「止まれ・・・戻せ!」
値段を聞きながら、両手は祈るように握られている。
「65ぐらい、65ぐらい、66ぐらい、67ぐらい、68ぐらい、69ぐらい、69ぐらい、69!金先物12月限1,969円約定〜」
「1,969円?」と、自然、小首を傾げた。
前日終値比、42円安。
2,030円で買った4人全員に、追証が掛かった瞬間だった。
「慌ててどうしたの?」
「暴落です!」
「また〜。冗談きついんだから」
「本当なんです!」
「値段は幾ら?」と、受話器の向こうの声が、只ならぬ事態を把握する。
「先物で1,969円です」
「1,969円?」
「はい」
「1,961円って言ったら・・・2,030円の買い値から61円安じゃん」
「そうです」
「こっれて、追証が掛かった事になるの?」
「・・・」
「はっきり言ってよ。どうなの?」
「最終節までに1,975円より高くなれば、追証は掛かんないんですが・・・」
「戻す見込みは?」
「・・・」
「いいから、ちゃんと答えてよ」
「わかんないんです。取り敢えず、前場2節の動きを見ながら考えていいですか?」
「オジキは、オジキなんかはどうするって」
「まだ、連絡がついてません。忠弘さんとしか・・・まだ、話しが出来ていないんです。これから、また、電話してみます」
「わかった。じゃ〜オジキなんかの方針が決まったら教えてよ。それと、どうせ博打なんだから・・・仕方ないしょ!」
「ありがとうございます。そう言って頂くと助かります」
・・・30分後・・・
「はい。もしもし〜板橋ですけど」
「おはようございます、酒井です」
「慌てて・・・何かあったの?」
「はい」
「上?下?」
「下です」
「大きいの?」
「はい」
「幾ら?」
「1,969円です」
「あっそ〜しかし、よく下がったね〜」と、板橋さんは、まるで他人事のように感心して言った。
「・・・」
「でっ・・・どうすればいいの?」
「ご資金に余裕がありますか?」
「幾らぐらい?」
「1,000万ぐらいです」
「とんでもない!無理、無理。今、入れてるお金が目一杯だから・・・」
「ですよね・・・」
「うん」
「この中で、何とかするしかないんですよね?・・・皆」
「皆?」
「全員に追証掛かりましたから」
「そうだったね。皆、2,030円で総攻撃掛けたんだもんね」
「・・・」
「でっ?どうすればいいいの?」
「ちょっと、時間を下さい。考えます」
「うん。それじゃ〜家で待ってるから」
「すいません」
受話器を置いた後、頭の中は目まぐるしく回転する筈だった・・・が・・・しかし、この時、既に回答は出ていた。
「パッチだ・・・。パッチをかませるしかない」
そう、呟いた時。
「酒井課長〜3番にお客さんから電話が入ってます!」
「酒井課長!」
「んっ?」
「3番に電話です」
「あっ」と、左手が力なく受話器を浮かす。
「酒井!暴落か?」
声の主は岩崎さんだった。
「はいっ。・・・すいません」
「ふんっ。お前のせいじゃね〜よ。どうせ、博打なんだからよ〜」
「岩崎さん・・・」
「でっ?どうする?」
「パッチをかませます」
「パッチ?」
「両建てです。資金がないと乗り切れませんから・・・」
暗く沈んだ私の声に、岩崎さんは全てを理解したのだろう。
「そうか。両建てか」
「はい」
「両建てで、何とかなるんか?」
「わかりません。・・・でも今はそれしか・・・思い付きませんから」
「わかった。じゃ〜酒井に任せるわ」
その後、忠弘さんと板橋さんの2人に連絡をして、岩崎さんとの話しの内容を伝えた。
そして、2人とも岩崎さんと同じように私に一任した。
・・・前場2節1,973円・・・
「後場1で下げたらいくしかない。上げたら・・・ジッとしていよう」
・・・後場1節までの1時間30分が、あっと言う間に過ぎていく・・・
「先物12月限〜1,973円から、74ぐらい、75ぐらい・・・」
「上に来い!」
「75ぐらい、74ぐらい、73ぐらい、72ぐらい、71ぐらい、70ぐらい・・・」
「反転しろ!」
「69ぐらい、68ぐらい、67ぐらい、66ぐらい、65ぐらい、64ぐらい、63ぐらい・・・」
「ダメだ!」
「62ぐらい、61ぐらい・・・」
「オ〜ィ!」
右手の手の平が開き、場立に向った。
「先物!売り注・・・60ぐらい、59ぐらい、58ぐらい、58ぐらい、58ぐらい、59ぐらい、58ぐらい、58!先物1,958円約定〜」
後場1節、金先物1,958円。
2,030円の買値から72円安。
これが3人にパッチを嵌めた値段だった。
2008年03月26日
第57話:男達の相場物語 其の二十
昨日、買いを入れた新規客の中に悲劇的な現実を直視し対応策を考慮出来る者など、誰一人いなかった。彼等は先物取引のシステムを十分に理解し、相場につきものの乱高下を知った上で取引に参加した訳ではない。
其々がマスメディアに洗脳され、大なり小なり自らが描いた妄想の世界に浸っていたところを・・・第三者によって肩を押され、危険極まりない先物相場の世界へ身銭を投じた人達なのである。
おそらく利益が出れば出たで自らの予想の正しさを自画自賛し悦に入ったのであろうが、現実はその逆に動いてしまったのだ。
金額や取引枚数を言われるままに応じてしまった彼等の不平不満のはけ口は、その担当営業マンに向わざるを得なかった。
「佐藤社長のおっしゃる事は十二分に分かります。ただですね、先程から何度も言ってますように、一旦はここで売り決済をするか?保険を掛ける意味の売り建てをするしかないんです。 ・・・ おっしゃる事はわかります。ただ、ご資金がなければ一旦、決済するしかありません。 ・・・ 私もまさかご注文を頂いた翌日に、こんな訳の分からぬ暴落が起こるとは予想だにしてなかったんです。 ・・・ 決済すれば、お手元にお戻し出来る資金は約四分の一の250万前後です。 ・・・ 私も個人的に言えば手数料など頂きたくはないんです! ・・・ 」
稲森が集金を終え、支店に戻ってきたのは12時を少し回ったあたりだ。
メビウスの輪のような堂々巡りのやり取りは、既に9時間以上も続いていた。
稲森と同じように顧客との間で激しいやり取りをしていた営業マン達も、その大半がこの時間に至っては峠を越え落ち着きを取り戻していた。
電話の最中こそ、顧客と共に涙を流す者もいたが、受話器を置いた彼等の顔は既に獲物を手に入れた狼のそれへと変貌を遂げていた。
「ふ〜っ。コレで今月のノルマ達成だ」と、ホッと一息する者もいれば、「月明けに暴落してくれりゃ〜来月も楽な展開だったのにな」と、そのタイミングを悔しがる者もいた。
「稲森、何時までやってんだ?」
4人への連絡を明日に決め、帰り支度をしている私の対面に眉間に皺を寄せて受話器を握る稲森の姿が映った。
「まっ、部も違うし・・・奴はもう俺の部下でもないし・・・頑張れよ稲森」
心の中でそう呟き、私は事務所を後にした。
・・・11月29日(水)、前場2節・・・
前場1節で2,005円を付けた金相場は6円程値を戻し2,011円となっていた。
「昨日、焦らなくて正解だったな」と、受話器を握る。
「電話そろそろかなって思ってたところだ。今日はどう?」
「前場は落ち着いてますね」
「昨日みたく下げんのを暴落って言うんだろ、酒井?」
「そうです。昨日のは、完全に暴落です」
「やっぱり、アレだな〜。相場ってのは怖ええな〜。俺らはホラ、2,030円で買いを入れてるからまだいいけど。一日づれてたら・・・俺らも危なかったもんな〜」
電話の相手は岩崎さんである。
日経の相場欄を見たのであろう、さすがに昨日の下げには面食らったようだった。
「ですね」
「このまま下げるって事はないのかな?」
「月曜に2,060円で買った人は殆どが・・・両建てか、売り決済しましたから・・・」
「大丈夫かな?」
「だと、思うんですけど。」
「手抜けしたら、一旦、売った方がいいんじゃないか?」
「そうですね。2,041円で半分売っちゃいますか?」
「2,041円まで戻すかな?」
「一本調子の下げはないと思うんですけど・・・」
谷田さんを除いた3人と連絡が取れ、2,041円の手抜け(手数料分の上げ)ラインで半分を決済する事が決まった。
この日は、後場1節に入り1,995円をつけ、一瞬、ドキッとさせられたが、最終節で又、2,011円と値を戻し一安心した日だった。
其々がマスメディアに洗脳され、大なり小なり自らが描いた妄想の世界に浸っていたところを・・・第三者によって肩を押され、危険極まりない先物相場の世界へ身銭を投じた人達なのである。
おそらく利益が出れば出たで自らの予想の正しさを自画自賛し悦に入ったのであろうが、現実はその逆に動いてしまったのだ。
金額や取引枚数を言われるままに応じてしまった彼等の不平不満のはけ口は、その担当営業マンに向わざるを得なかった。
「佐藤社長のおっしゃる事は十二分に分かります。ただですね、先程から何度も言ってますように、一旦はここで売り決済をするか?保険を掛ける意味の売り建てをするしかないんです。 ・・・ おっしゃる事はわかります。ただ、ご資金がなければ一旦、決済するしかありません。 ・・・ 私もまさかご注文を頂いた翌日に、こんな訳の分からぬ暴落が起こるとは予想だにしてなかったんです。 ・・・ 決済すれば、お手元にお戻し出来る資金は約四分の一の250万前後です。 ・・・ 私も個人的に言えば手数料など頂きたくはないんです! ・・・ 」
稲森が集金を終え、支店に戻ってきたのは12時を少し回ったあたりだ。
メビウスの輪のような堂々巡りのやり取りは、既に9時間以上も続いていた。
稲森と同じように顧客との間で激しいやり取りをしていた営業マン達も、その大半がこの時間に至っては峠を越え落ち着きを取り戻していた。
電話の最中こそ、顧客と共に涙を流す者もいたが、受話器を置いた彼等の顔は既に獲物を手に入れた狼のそれへと変貌を遂げていた。
「ふ〜っ。コレで今月のノルマ達成だ」と、ホッと一息する者もいれば、「月明けに暴落してくれりゃ〜来月も楽な展開だったのにな」と、そのタイミングを悔しがる者もいた。
「稲森、何時までやってんだ?」
4人への連絡を明日に決め、帰り支度をしている私の対面に眉間に皺を寄せて受話器を握る稲森の姿が映った。
「まっ、部も違うし・・・奴はもう俺の部下でもないし・・・頑張れよ稲森」
心の中でそう呟き、私は事務所を後にした。
・・・11月29日(水)、前場2節・・・
前場1節で2,005円を付けた金相場は6円程値を戻し2,011円となっていた。
「昨日、焦らなくて正解だったな」と、受話器を握る。
「電話そろそろかなって思ってたところだ。今日はどう?」
「前場は落ち着いてますね」
「昨日みたく下げんのを暴落って言うんだろ、酒井?」
「そうです。昨日のは、完全に暴落です」
「やっぱり、アレだな〜。相場ってのは怖ええな〜。俺らはホラ、2,030円で買いを入れてるからまだいいけど。一日づれてたら・・・俺らも危なかったもんな〜」
電話の相手は岩崎さんである。
日経の相場欄を見たのであろう、さすがに昨日の下げには面食らったようだった。
「ですね」
「このまま下げるって事はないのかな?」
「月曜に2,060円で買った人は殆どが・・・両建てか、売り決済しましたから・・・」
「大丈夫かな?」
「だと、思うんですけど。」
「手抜けしたら、一旦、売った方がいいんじゃないか?」
「そうですね。2,041円で半分売っちゃいますか?」
「2,041円まで戻すかな?」
「一本調子の下げはないと思うんですけど・・・」
谷田さんを除いた3人と連絡が取れ、2,041円の手抜け(手数料分の上げ)ラインで半分を決済する事が決まった。
この日は、後場1節に入り1,995円をつけ、一瞬、ドキッとさせられたが、最終節で又、2,011円と値を戻し一安心した日だった。
2008年03月07日
第56話:男達の相場物語 其の十九
11月28日(火)、期近物から始まった金相場は何の前触れもなく、大幅な下落を演じ始めた。
「先物〜10月限〜2,020円から〜」
昨日までは喉が嗄れる程の大声で市場の値段や注文のやり取りをしていた場立ちだったが、取引が先物に進むに連れ、その声は暗く沈んでいった。
「40円安?スタートでいきなり40円安からかよ」複雑な表情で場立ちの声に集中する営業マン達。
「19ぐらい、18ぐらい、16ぐらい、15ぐらい・・・」
「ゲッ、マジかよ!」
「14ぐらい、13ぐらい、12ぐらい、11ぐらい、10ぐらい、9ぐらい・・・」
「昨日の客、追証かかんじゃん!」
思わず、口を付いて出てきた私の言葉だ。おそらく、その場に居合わせた大半の者が同じような言葉を口ずさんだ筈である。
「9ぐらい、10ぐらい、11ぐらい、12ぐらい、12ぐらい…12円!2,012円!金先物10月限、2,012円約定〜」
「48円安・・・追証まで、あと7円」
暗くて重い静寂が、支店内に立ち籠めた。
大幅な下落に唖然として、顧客に連絡する者は誰一人いない。
何をどうすればいいのか?突然の事で、対処の方法が分からないのだ。
「暴落だ・・・」と、誰かが蚊の鳴くような声で呟いた。
「上げ相場は終わったんだろうか?電話すべきか・・・どうなんだ」と、私は淀んで重い空気の中で立ち竦む。
「彼等の買値は2,030円のままだ。暴落したと言っても、まだ買い値からは18円安・・・今日の動きを見極めてからからでも、大丈夫だろう。いや、待てよ・・・電話ぐらい・・・」
静寂の中、自問自答を繰り広げる鼓膜の中に、落雷のような景山の声が飛び込んできたのは、その時だった。
「何をやってるテメ〜ラ!パッチだろ!パッチ!パッチを嵌めろ!昨日、買った客にはパッチを嵌めるしかね〜んだよ!ボサッとしてんじゃね〜、電話を掛けろ!」
放心状態に近い頭の中に、景山の檄を注入された課長クラスは我に返り、一斉に受話器を握った。しかし、彼等は暴落原因も今後の相場展開も・・・何も考えずに電話を掛けてしまったのだ。
「社長!金が、金が、大変な状況なんです!」
「んっ、また、上がったの?幾らになった?」
「違うんです!金が、金が、金が暴落してるんです!」
「何を言ってるの?昨日、間違いなく上がるって言ってたじゃない・・・」と、大半の顧客はこちらの言う事を信じてくれない。
「社長はいらっしぃますか?」
「居ますが、今、打ち合わせ中ですので・・・」
「緊急なんです!」
「そうですか。では、少々お待ち下さい…やはり、今日は手が離せないものですから、又、明日にして欲しいと言うことなんですが?」
「明日?明日じゃ〜」
「そう言う事ですので、失礼します」
・・・ガチャ・・・
握り締めた受話器の口許と耳元の温度差は、予想を超えていた。
ちぐはぐな顧客とのやり取りが至る所で繰り広げられ、やがて同じ温度に到達した時が戦争の始まりだった。
「何を今更!君は、必ず上がるって言ったじゃないか!」
「わかってます。本当にすいません」
「謝んなくていいから、君が責任を取ってくれる?」
「イヤッ、それは・・・」
「君が間違いなく上がるって言ったから、取引を始めたんじゃないか!」
当然の事ながら、客とのやり取りは熾烈を極めていく。
それでもこの日、支店の中に居た者はまだ救われていたのかもしれない。
この日、支店の中に居た営業マンの数は総数の約3分の2。
外出していた営業マンはいったい、何処で何をしていたのか?彼等は、朝一番で付いた値段も知らずに、昨日の注文の集金や新規の買い増しに出掛けていたのである。
間の抜けた電話が客先から立て続けに掛かって来たのも丁度、前場1節で2,012円を付けたこのタイミングだった。
「稲森ですけど、金の先物10月限、値段付きました?」
「稲森、客先か?」
「はい。昨日、お取引を頂きました佐藤社長さんの所です」
「稲森!黙って聞け」
「はぁ」
「48円安の2,012円スタートや」
「・・・」
結局この日、前場1、2節が前日27日(月)の終値比で48円安の2,012円。後場には更に18円下げ1,996円・・・前日比64円安で、その日の取引を終えていた。
2,060円で買いを入れた顧客は、新規であれ買い増しであれ全員に追証が掛かってしまったのだ。
1枚110,000円の委託証拠金の内、64円×1,000倍にあたる64,000円分が吹っ飛んだのである。手数料は11円分に相当する11,000円・・・あと35円下がれば投下資金の全てが消えてしまう事になる。
この日はまさに、目も眩む金の大暴落の日だった。
「先物〜10月限〜2,020円から〜」
昨日までは喉が嗄れる程の大声で市場の値段や注文のやり取りをしていた場立ちだったが、取引が先物に進むに連れ、その声は暗く沈んでいった。
「40円安?スタートでいきなり40円安からかよ」複雑な表情で場立ちの声に集中する営業マン達。
「19ぐらい、18ぐらい、16ぐらい、15ぐらい・・・」
「ゲッ、マジかよ!」
「14ぐらい、13ぐらい、12ぐらい、11ぐらい、10ぐらい、9ぐらい・・・」
「昨日の客、追証かかんじゃん!」
思わず、口を付いて出てきた私の言葉だ。おそらく、その場に居合わせた大半の者が同じような言葉を口ずさんだ筈である。
「9ぐらい、10ぐらい、11ぐらい、12ぐらい、12ぐらい…12円!2,012円!金先物10月限、2,012円約定〜」
「48円安・・・追証まで、あと7円」
暗くて重い静寂が、支店内に立ち籠めた。
大幅な下落に唖然として、顧客に連絡する者は誰一人いない。
何をどうすればいいのか?突然の事で、対処の方法が分からないのだ。
「暴落だ・・・」と、誰かが蚊の鳴くような声で呟いた。
「上げ相場は終わったんだろうか?電話すべきか・・・どうなんだ」と、私は淀んで重い空気の中で立ち竦む。
「彼等の買値は2,030円のままだ。暴落したと言っても、まだ買い値からは18円安・・・今日の動きを見極めてからからでも、大丈夫だろう。いや、待てよ・・・電話ぐらい・・・」
静寂の中、自問自答を繰り広げる鼓膜の中に、落雷のような景山の声が飛び込んできたのは、その時だった。
「何をやってるテメ〜ラ!パッチだろ!パッチ!パッチを嵌めろ!昨日、買った客にはパッチを嵌めるしかね〜んだよ!ボサッとしてんじゃね〜、電話を掛けろ!」
放心状態に近い頭の中に、景山の檄を注入された課長クラスは我に返り、一斉に受話器を握った。しかし、彼等は暴落原因も今後の相場展開も・・・何も考えずに電話を掛けてしまったのだ。
「社長!金が、金が、大変な状況なんです!」
「んっ、また、上がったの?幾らになった?」
「違うんです!金が、金が、金が暴落してるんです!」
「何を言ってるの?昨日、間違いなく上がるって言ってたじゃない・・・」と、大半の顧客はこちらの言う事を信じてくれない。
「社長はいらっしぃますか?」
「居ますが、今、打ち合わせ中ですので・・・」
「緊急なんです!」
「そうですか。では、少々お待ち下さい…やはり、今日は手が離せないものですから、又、明日にして欲しいと言うことなんですが?」
「明日?明日じゃ〜」
「そう言う事ですので、失礼します」
・・・ガチャ・・・
握り締めた受話器の口許と耳元の温度差は、予想を超えていた。
ちぐはぐな顧客とのやり取りが至る所で繰り広げられ、やがて同じ温度に到達した時が戦争の始まりだった。
「何を今更!君は、必ず上がるって言ったじゃないか!」
「わかってます。本当にすいません」
「謝んなくていいから、君が責任を取ってくれる?」
「イヤッ、それは・・・」
「君が間違いなく上がるって言ったから、取引を始めたんじゃないか!」
当然の事ながら、客とのやり取りは熾烈を極めていく。
それでもこの日、支店の中に居た者はまだ救われていたのかもしれない。
この日、支店の中に居た営業マンの数は総数の約3分の2。
外出していた営業マンはいったい、何処で何をしていたのか?彼等は、朝一番で付いた値段も知らずに、昨日の注文の集金や新規の買い増しに出掛けていたのである。
間の抜けた電話が客先から立て続けに掛かって来たのも丁度、前場1節で2,012円を付けたこのタイミングだった。
「稲森ですけど、金の先物10月限、値段付きました?」
「稲森、客先か?」
「はい。昨日、お取引を頂きました佐藤社長さんの所です」
「稲森!黙って聞け」
「はぁ」
「48円安の2,012円スタートや」
「・・・」
結局この日、前場1、2節が前日27日(月)の終値比で48円安の2,012円。後場には更に18円下げ1,996円・・・前日比64円安で、その日の取引を終えていた。
2,060円で買いを入れた顧客は、新規であれ買い増しであれ全員に追証が掛かってしまったのだ。
1枚110,000円の委託証拠金の内、64円×1,000倍にあたる64,000円分が吹っ飛んだのである。手数料は11円分に相当する11,000円・・・あと35円下がれば投下資金の全てが消えてしまう事になる。
この日はまさに、目も眩む金の大暴落の日だった。
2008年03月04日
第55話:男達の相場物語 其の十八
金が先物で2,030円を付けた翌日にあたる11月25日(土)の各新聞社の朝刊一面或いは経済欄には、貴金属の暴騰の記事が踊っていた。
そして、26日の日曜日にはテレビ各社も総出でこの手の特番を組み、上昇要因や今後の展望を専門家を交え放映した。
周知のように彼等は重大事件や不安を煽る内容を最も好む習性を持っている。
何故なら、其の手の内容に大衆が最も関心を持ち、チャンネルを変ない事をよく知っているからだ。大衆に受け、視聴率さえ稼げれば彼等はそれでよかった。
インフレを煽り、資産の目減りを煽り、不安を掻き立てさえすれば大衆はテレビの前に釘付けとなり、目を離せなくなる。
そして大衆は、紙面に踊る記事や専門家の声に煽動され妄想の世界を作り出していく。
「早く買え!今、買わなければ・・・せっかくのチャンスを逃してしまうぞ!」
「インフレの始まりか!お金から物へのシフトが始まった!資産を、預金を分散しておけ!」
こういった確信的な言葉は、誰が言った訳ではない。
煽動され妄想の世界に浸ったが為に、自らが創造した世界なのだ。
週明け27日(月)の相場を動かしたのは、メディアに触発され自らが創造した世界に埋没した人達と、メディアを利用し言葉巧みに顧客を操った営業マン達の「力」だった。
この日、渋谷支店でも断り続けていた人達から、名刺交換しかしていない人達から、数多くの営業マンが電話一本で新規受注を決めた。
中には、面識すらない人から金で100枚1,100万円もの注文が舞込み、有頂天でおどける営業マンもいた程だったのである。
この一日だけでも相当数の新規客がユニエースオークラン通商に資金を投入した。 管理を行う課長クラスの大半が、会社の指示の有る無しに関わらず買い増しに走った。
そんな中に、対面に座る稲森の姿もあった。「2,060円です、社長!・・・日曜日のテレビ見ましたか?社長!・・・1,964円で買った金を一旦、売って買い増ししていきましょう!・・・ありがとうございます!・・・では、社長の所に一番に電話してましたんで、他のお客さんも待ってますから、値段と枚数が決まりましたら、又、電話します!・・・ありがとうございました!」
先輩社員に負けないくらい、稲森は次から次へと買い増しを決めていった。
「商社は売りまくっていたのに、稲森の馬鹿が・・・あのタイミングで買い増しなんかすっからだよ!」
視点は鏡の中の自分から冷水の消えて行く排水口へ再び戻る。
ズキズキ疼く後頭部の中を目まぐるしく記憶が行き来していた。
「お前は生きてんのか!ア〜稲森!」
身体は体温を高めようと更に震えを増し・・・、唇は黒味がかった紫色に、足の指先は雪のように変色しても、身動き出来ずにいた。
「へへへ・・・所詮、お前も会社人間だったんだ。皆、皆、お前が嵌めたんだ・・・へへへ・・・谷田も岩崎も忠弘も板橋も、皆、お前に嵌められたんだ。何人、殺した?アーッ酒井?お前は何人のお客を殺した?」
「違う!最後の勝負は本当に利益を取りにいった」
「嘘を付け!お前は最初からあの4人を嵌める事しか考えてなかった筈だ。だから、お前はパッチを嵌めたんだろ?」
「違う。あの時は両建てする以外に方法は無かった。あのままにしてたら、皆、全財産を吹っ飛ばしていたかもしれないから・・・」
「無理をするな。正直に答えて楽になれよ、剛。峰岸社長が損切りするって言った時も安心してたくせに」
「違う、違う、違う・・・」
「何が違う?この期に及んで自分にまで嘘を付くのか?」
「嘘?」
「そうだ。お前の全ては・・・嘘の固まりじゃないか」
「もう〜黙っててくれ」
受話器を置いた稲森が椅子に腰掛けた状態から、スローモーションビデオのように床に倒れて行く姿が見えた。
20m程の距離をどうやって移動したのか?
稲森の頭を膝に横たえ叫ぶのが精一杯だった。
「誰か!救急車を・・・救急車を早く呼べ!稲森!オイッ・・・稲森!しっかりしろ!」
稲森は薄っすらと精気のない目を開け「係長〜」と、か細く言うと再び目を閉じた。
「稲森、大丈夫か!稲森!オイ、稲森!稲森!稲森!・・・稲森!」
あの時、俺は何度、稲森の名前を叫んだんだろう?
そして、26日の日曜日にはテレビ各社も総出でこの手の特番を組み、上昇要因や今後の展望を専門家を交え放映した。
周知のように彼等は重大事件や不安を煽る内容を最も好む習性を持っている。
何故なら、其の手の内容に大衆が最も関心を持ち、チャンネルを変ない事をよく知っているからだ。大衆に受け、視聴率さえ稼げれば彼等はそれでよかった。
インフレを煽り、資産の目減りを煽り、不安を掻き立てさえすれば大衆はテレビの前に釘付けとなり、目を離せなくなる。
そして大衆は、紙面に踊る記事や専門家の声に煽動され妄想の世界を作り出していく。
「早く買え!今、買わなければ・・・せっかくのチャンスを逃してしまうぞ!」
「インフレの始まりか!お金から物へのシフトが始まった!資産を、預金を分散しておけ!」
こういった確信的な言葉は、誰が言った訳ではない。
煽動され妄想の世界に浸ったが為に、自らが創造した世界なのだ。
週明け27日(月)の相場を動かしたのは、メディアに触発され自らが創造した世界に埋没した人達と、メディアを利用し言葉巧みに顧客を操った営業マン達の「力」だった。
この日、渋谷支店でも断り続けていた人達から、名刺交換しかしていない人達から、数多くの営業マンが電話一本で新規受注を決めた。
中には、面識すらない人から金で100枚1,100万円もの注文が舞込み、有頂天でおどける営業マンもいた程だったのである。
この一日だけでも相当数の新規客がユニエースオークラン通商に資金を投入した。 管理を行う課長クラスの大半が、会社の指示の有る無しに関わらず買い増しに走った。
そんな中に、対面に座る稲森の姿もあった。「2,060円です、社長!・・・日曜日のテレビ見ましたか?社長!・・・1,964円で買った金を一旦、売って買い増ししていきましょう!・・・ありがとうございます!・・・では、社長の所に一番に電話してましたんで、他のお客さんも待ってますから、値段と枚数が決まりましたら、又、電話します!・・・ありがとうございました!」
先輩社員に負けないくらい、稲森は次から次へと買い増しを決めていった。
「商社は売りまくっていたのに、稲森の馬鹿が・・・あのタイミングで買い増しなんかすっからだよ!」
視点は鏡の中の自分から冷水の消えて行く排水口へ再び戻る。
ズキズキ疼く後頭部の中を目まぐるしく記憶が行き来していた。
「お前は生きてんのか!ア〜稲森!」
身体は体温を高めようと更に震えを増し・・・、唇は黒味がかった紫色に、足の指先は雪のように変色しても、身動き出来ずにいた。
「へへへ・・・所詮、お前も会社人間だったんだ。皆、皆、お前が嵌めたんだ・・・へへへ・・・谷田も岩崎も忠弘も板橋も、皆、お前に嵌められたんだ。何人、殺した?アーッ酒井?お前は何人のお客を殺した?」
「違う!最後の勝負は本当に利益を取りにいった」
「嘘を付け!お前は最初からあの4人を嵌める事しか考えてなかった筈だ。だから、お前はパッチを嵌めたんだろ?」
「違う。あの時は両建てする以外に方法は無かった。あのままにしてたら、皆、全財産を吹っ飛ばしていたかもしれないから・・・」
「無理をするな。正直に答えて楽になれよ、剛。峰岸社長が損切りするって言った時も安心してたくせに」
「違う、違う、違う・・・」
「何が違う?この期に及んで自分にまで嘘を付くのか?」
「嘘?」
「そうだ。お前の全ては・・・嘘の固まりじゃないか」
「もう〜黙っててくれ」
受話器を置いた稲森が椅子に腰掛けた状態から、スローモーションビデオのように床に倒れて行く姿が見えた。
20m程の距離をどうやって移動したのか?
稲森の頭を膝に横たえ叫ぶのが精一杯だった。
「誰か!救急車を・・・救急車を早く呼べ!稲森!オイッ・・・稲森!しっかりしろ!」
稲森は薄っすらと精気のない目を開け「係長〜」と、か細く言うと再び目を閉じた。
「稲森、大丈夫か!稲森!オイ、稲森!稲森!稲森!・・・稲森!」
あの時、俺は何度、稲森の名前を叫んだんだろう?
2008年02月28日
第54話:男達の相場物語 其の一七
こうして、ほぼ100%近い顧客注文が11月24日(金)の最終節に東京工業品取引所へと流されたのである。
彼等ら4人のように莫大に膨れ上がったいった顧客の資金、つまり、ユニエースオークラン通商の自己玉による損金分と顧客の元金が遂に正規の市場へと投下されたのだ。
顧客の買い注文に対して自己玉を相対でぶっつけると言う事は、最終的に顧客がマイナスで取引を終わる事を前提としている。しかし、今回のように一本調子で上がっていく相場展開の中では、いつ何時、決済の売り注文を顧客に指示され大量の益金を出金されるかわからないという恐怖感が付きまとう。
そして、何よりも「買い玉を高値で売り決済出来得る資金を市場に投入しなければ・・・何処まででも相場を上げていくぞ」と言う、買方の意思表示が見え隠れしていた。
「会社を存続できる内にマイナスを覚悟で身銭を切るのか?それとも、会社の存亡を賭けて嵐が去るのをジッと待つのか?・・・果たして、嵐を乗り越えられるのか?」
これらの脅迫観念が、会社経営の舵を握る二宮に決断を迫ってきたのだ。
商社連合は、市場に流される売買注文のその内容から、弱体化し気弱になっていく商品取引員(顧客の売買注文を扱う会社)の動向を見逃しはしなかった。
時既に遅く、その意思を読み取った遠藤が思わず呟いた言葉「ハイエナを食べる虎連合」とは、まさにこの事を意味していたのである。
・・・11月27日(月)前場1節、金先物相場は遂に2,050を超え、次節では2,060円を付けていた・・・
この日、顧客に売り決済を勧める営業マンは、私を含め誰一人としていなかった。
支店内には、いつものように暴騰による錯乱状態の大きな声が飛び交う。
・・・チカイ、チカイ、チカイ〜物産1,000枚買い〜チカイ、チカイ、チカイ・・・
・・・ウォ〜商社が買い捲ってるぞ〜カイカイカイカイ〜・・・
・・・暴騰!暴騰!金が大暴騰だぞ〜カイカイカイカイ〜商事10,000枚買い〜・・・
しかし内情は・・・
この日を境に、商社連合は売りまくっていた。
しかも、国民を操る最大の武器である・・・メディアをも活用しながら。
彼等ら4人のように莫大に膨れ上がったいった顧客の資金、つまり、ユニエースオークラン通商の自己玉による損金分と顧客の元金が遂に正規の市場へと投下されたのだ。
顧客の買い注文に対して自己玉を相対でぶっつけると言う事は、最終的に顧客がマイナスで取引を終わる事を前提としている。しかし、今回のように一本調子で上がっていく相場展開の中では、いつ何時、決済の売り注文を顧客に指示され大量の益金を出金されるかわからないという恐怖感が付きまとう。
そして、何よりも「買い玉を高値で売り決済出来得る資金を市場に投入しなければ・・・何処まででも相場を上げていくぞ」と言う、買方の意思表示が見え隠れしていた。
「会社を存続できる内にマイナスを覚悟で身銭を切るのか?それとも、会社の存亡を賭けて嵐が去るのをジッと待つのか?・・・果たして、嵐を乗り越えられるのか?」
これらの脅迫観念が、会社経営の舵を握る二宮に決断を迫ってきたのだ。
商社連合は、市場に流される売買注文のその内容から、弱体化し気弱になっていく商品取引員(顧客の売買注文を扱う会社)の動向を見逃しはしなかった。
時既に遅く、その意思を読み取った遠藤が思わず呟いた言葉「ハイエナを食べる虎連合」とは、まさにこの事を意味していたのである。
・・・11月27日(月)前場1節、金先物相場は遂に2,050を超え、次節では2,060円を付けていた・・・
この日、顧客に売り決済を勧める営業マンは、私を含め誰一人としていなかった。
支店内には、いつものように暴騰による錯乱状態の大きな声が飛び交う。
・・・チカイ、チカイ、チカイ〜物産1,000枚買い〜チカイ、チカイ、チカイ・・・
・・・ウォ〜商社が買い捲ってるぞ〜カイカイカイカイ〜・・・
・・・暴騰!暴騰!金が大暴騰だぞ〜カイカイカイカイ〜商事10,000枚買い〜・・・
しかし内情は・・・
この日を境に、商社連合は売りまくっていた。
しかも、国民を操る最大の武器である・・・メディアをも活用しながら。
2008年02月21日
第53話:男達の相場物語 其の十六
シャワーのノズルを握り締めていた右手が、小刻みにブルブルと震えていた。左耳たぶの下に付着した石鹸の泡を流そうとするが上手くいかない。
苛立ちが極限まで達したのか?その男は眉間に皺を寄せると、右手を振りかざし風呂場の壁に向かってノズルを叩き付けた。
・・・ガシャーン・・・
分厚い大理石で造られた壁は、プラスティックで出来たノズルを粉々にしても傷1つ付きはしなかった。
やり場に困った身体を檜の湯船に頭ごと数秒沈めると、男は立ち上がり何も無かったかのように風呂場を後にした。その男が立ち去った後に残ったものは、ノズルを無くしたシャワーホースがお湯を吐き出しながら蛇の様にクニャクニャと床面を這う姿と、湯船に乱反射していた赤色灯の灯りが、徐々にその姿を取り戻していく光景だった。
彼の苛立ちの原因は、“自らの血と肉を自らが進んで差し出さなければならない”と言う、全く以て理不尽な結論を強いられた事によるものだった。
そして、その決断を下したのは今から5時間程前の午後2時半を少し回った時だ。
「社長、どうなされますか?」
本社管理部(実質的に市場へと売買注文を流している部門)の責任者である遠藤は、真剣な眼差しで二宮を見据えた。
「市場へはどれぐらい流せばいいんだ?」と、絶対的な力を持つ二宮も遠藤に向かって真剣な姿勢で質問を返す。
それもその筈、会社存亡の危機が目の前に迫っていたからである。
「この上げ相場を終わらせるには、10億・・・いや、15億は必要だと思います」
「15億だと・・・」
「はい。中途半端な金額だと・・・命取りになります」
「よその会社の動きは?どうなってる」
「水曜日に2,000円を越えた辺りから、客注をそのまま流してきてるように見受けられます」
二宮は遠藤から目を外し、両手を首の後ろで組むと視点の無い眼を天井へと向け「ふ〜っ、奴らに嵌められたか」と、諦めたかのように呟く。
「申し訳ございません。もっと早く気付いていれば・・・」
「気にするな!何年かに1度はある行事みたいなもんだ。でっ、後場1は?」
「先物で2,026円でした」
「前場終値の10円安か」
「はい」
「わかった。お前の言うように・・・15億でいけ!」
「わかりました」
「用件はそれだけだな?」
「はい」
「もう、行っていいぞ」
「わかりました。では・・・」
遠藤は重そうにソファから腰を上げると、振り返らずに社長室を後にした。そして、管理部へと小走りに向かいながら「ハイエナを食べる虎連合か?やられたな・・・」と、思わず呟いた。
・・・11月24日(金)最終節、金先物相場は2,031円で取引を終えた・・・
苛立ちが極限まで達したのか?その男は眉間に皺を寄せると、右手を振りかざし風呂場の壁に向かってノズルを叩き付けた。
・・・ガシャーン・・・
分厚い大理石で造られた壁は、プラスティックで出来たノズルを粉々にしても傷1つ付きはしなかった。
やり場に困った身体を檜の湯船に頭ごと数秒沈めると、男は立ち上がり何も無かったかのように風呂場を後にした。その男が立ち去った後に残ったものは、ノズルを無くしたシャワーホースがお湯を吐き出しながら蛇の様にクニャクニャと床面を這う姿と、湯船に乱反射していた赤色灯の灯りが、徐々にその姿を取り戻していく光景だった。
彼の苛立ちの原因は、“自らの血と肉を自らが進んで差し出さなければならない”と言う、全く以て理不尽な結論を強いられた事によるものだった。
そして、その決断を下したのは今から5時間程前の午後2時半を少し回った時だ。
「社長、どうなされますか?」
本社管理部(実質的に市場へと売買注文を流している部門)の責任者である遠藤は、真剣な眼差しで二宮を見据えた。
「市場へはどれぐらい流せばいいんだ?」と、絶対的な力を持つ二宮も遠藤に向かって真剣な姿勢で質問を返す。
それもその筈、会社存亡の危機が目の前に迫っていたからである。
「この上げ相場を終わらせるには、10億・・・いや、15億は必要だと思います」
「15億だと・・・」
「はい。中途半端な金額だと・・・命取りになります」
「よその会社の動きは?どうなってる」
「水曜日に2,000円を越えた辺りから、客注をそのまま流してきてるように見受けられます」
二宮は遠藤から目を外し、両手を首の後ろで組むと視点の無い眼を天井へと向け「ふ〜っ、奴らに嵌められたか」と、諦めたかのように呟く。
「申し訳ございません。もっと早く気付いていれば・・・」
「気にするな!何年かに1度はある行事みたいなもんだ。でっ、後場1は?」
「先物で2,026円でした」
「前場終値の10円安か」
「はい」
「わかった。お前の言うように・・・15億でいけ!」
「わかりました」
「用件はそれだけだな?」
「はい」
「もう、行っていいぞ」
「わかりました。では・・・」
遠藤は重そうにソファから腰を上げると、振り返らずに社長室を後にした。そして、管理部へと小走りに向かいながら「ハイエナを食べる虎連合か?やられたな・・・」と、思わず呟いた。
・・・11月24日(金)最終節、金先物相場は2,031円で取引を終えた・・・
2008年02月16日
第52話:男達の相場物語 其の十五
水滴の飛び散った長方形の鏡には、土砂降りの雨に打たれ動く気力さえ無くした濡れ鼠の様な、情けない男の姿が映し出されていた。
12月の雨と変わらぬ程の冷たい水は、髪の毛を伝い身体を舐めた後、まるでミミズの様にクニャクニャと床面をうごめきながら排水口へと消えて行く。
首から下の胴体部分は、そのあまりにもの冷たさに絶え間なくブルブルと震えていたが、後頭部の最深部に巣くった熱の固まりは1時間を過ぎた今でも、未だ取れないままだ。
濡れ鼠は、時折、顔を上げ鏡に映った自分の顔を視点の定まらぬ眼でボンヤリ捉えると、ただ、ヘラヘラと笑った。
・・・1989年11月22日、金先物相場は遂に前場2節で1g当たり2,006円を付け、あの総攻撃を仕掛けた10月30日から、わずか16営業日で180円程値を上げていた・・・
彼等4人の利益は瞬く間に増えていき、10月30日時点であった3億3,893万円の資金に4億5千万円以上もの利益が新たに加算される。
この時、誰一人として声を出して笑わなかった。
しかし、この時、心の中で平静を保てる者は私を含め、誰一人としていなかった。
驚きと喜びとが入り混じった複雑な感情に心が支配され、何が現実で何が幻なのか?その境界さえ見失っていく。
当然と言えば、当然の事だろう。176円の1,000倍、そしてその2,620倍の資金がアッと言う間に増えてしまったのだから・・・。
何人が、この上げ相場の中で正常でいられるのか?
この隙をついて遠くから静かに忍び寄って来た魔の声は、今や脳髄の中で呪文のように叫び続けていた。
「買えば上がって行くんだ!買い増しに走れ!買って買って買いまくれ!まだ、勝てる!これからが本当の利益だ!買って、買って、買いまくれ!」と。
毎日のように膨れあがっていく出来高も、垂直に近い勢いで上昇する罫線の前では何の意味も無いただの数字の羅列に思えた。
微塵の恐怖感さえない。
何故なら、最強の力を手に入れた俺たちは必ず勝つからだ!
「酒井よ〜お前にな〜この谷田様がマンションとベンツ、買うたるで!」
「マジっすか?」
「安いもんや!」
「有り難うございます!でも、いいんですか?本当に?」
「マグロ船で脅した罪滅ぼしや!」
「罪滅ぼし?」
「お前を疑うて、取引始めたからな」
「はぁ」
「マンションとベンツ、それで無し無しや。どうや、それで」
「ありがとうございます。じゃ〜遠慮なく頂きます!」
「フンッ、現金なやっちゃ。ところで・・・ここから先の相場はどないすんや?」
「休み明けの値段次第ですが・・・まだまだ、上だと思います!」
「ほぅか。でっ、どないするつもりや?」
「休み明け。2,000円台をキープしたら・・・もう一発、勝負に出たいと思います!」
「ほうか」
「声が震えてません、谷田さん?」
「アホぬかせ!俺がビビる訳ないやろ!」
「ですよね」
「今後の事はそっちに任せる。ここまで来たら目標は10億や!」
金は腐るほど出来た。
そして、もっともっと儲かっていく。
どんな物でも手に入るんだ!
「外車でも買っちまおうかな〜」
「外車だけですか?忠弘さん」
「何?その言い方?だって、今、6,000万以上になってんでしょ」
「そうですよ。だから・・・ついでに、駐車場付きのマンションか家でも狙いにいくんでしょ」
「あっ!そう言う事ね」
「そうですよ。休み明け、2,000円台をキープしたら・・・もう一発、勝負に出ましょうよ!」
「いいよ〜。こうなったらチマチマやんないで、ドーンッといっちまうか!」
「そうですよ!ドーンッといっちまいましょう!」
「駐車場付きのマンションに外車か!」
「そうです。今だったら間違い無く・・・駐車場付きのマンションと外車が・・・狙えます!」
「いいね〜」
「いいでしょ!それが、もう〜手の届く範囲にあるんですから!」
「じゃ〜思いっ切りズドーンっていこうよ!」
「はい!」
ここまでの儲けは、マダマダ序の口!
これからが、相場や!
「1億はいったな〜」
「はい!」
「もっと、上がるかな〜?」
「上がるに決まってます!ここからが本当の勝負です!」
「酒井は、うまいからな〜」
「相場ですか?」
「馬鹿!口がに決まってんだろ〜」
「はぁ?」
「でっ?谷田もいくって?」
「はい。谷田さんも勝負にでます!」
「谷田がいくんじゃ〜お前、俺もいくしかないだろ〜」
「休み明けです!休み明け!2,000円台をキープしたら勝負です!」
「わっかた!そこらへんは、酒井、お前に任せるわ」
「有り難うございます!任せてください!今は怖い物なんて有りませんから!」
「怖い物はない?」
「はい!怖い物はありません!」
「調子いいよな〜酒井は」
「はい!絶好調ですから・・・」
みんな俺にのっかれ!
俺にのっかって、買えば上がるんだから・・・
「ガンちゃんもいくって?」
「はい!」
「僕も、そしたら・・・いこうかな?」
「板橋さんがいかなきゃ!誰がいくんですか!」
「またまた・・・よく言うよ。本当に乗せんのがうまいんだから・・・」
「ゲッ!」
「ゲッて?」
「岩崎さんも同じような事、言ってましたから」
「やっぱりね」
「どうします?」
「またまた〜わかってるくせに・・・」
「えっ?」
「いくに決まってるでしょ」
「そう言って頂くと思ってました」
「わかってたくせに」
「はい!チャンとわかってましたよ。休み明け、2,000円台をキープしたらですけど!」
「2,000円台キープでゴーね?」
「はい!2,000円台キープでゴーです!」
「枚数は?」
「みんな、私にお任せで・・・買えるだけ買えのご指示を頂いております!」
「じゃ〜、僕も買えるだけ買ってもらおうかな?」
「当然です」
「はい?」
「いえっ、板橋さんだったら当然そう言うと言っただけです」
「まいったな〜もう、変なセールスに捕まったもんだ」
「そうです。板橋さんは変なセールスに捕まったんです!だから、諦めて下さい」
「わかりました。じゃ〜宜しく頼みます。変なセールスさん」
「かしこまりました。其れでは板橋さんは大船にのったつもりで・・・ピアノでも弾いてて下さい」
「相場が面白くて、ピアノどころじゃないんだけどね」
ーパーンッー
周囲が驚くほどの音で手を叩き「これが相場!これが銭儲け!これが先物取引の醍醐味や!ヨシャ〜買って、買って、買い捲ったる!」と、静かに呟く自分が其処にいた。
・・・祝日明け11月24日(金)前場1節、金先物相場は36円高の2,030円で幕を開けた・・・
12月の雨と変わらぬ程の冷たい水は、髪の毛を伝い身体を舐めた後、まるでミミズの様にクニャクニャと床面をうごめきながら排水口へと消えて行く。
首から下の胴体部分は、そのあまりにもの冷たさに絶え間なくブルブルと震えていたが、後頭部の最深部に巣くった熱の固まりは1時間を過ぎた今でも、未だ取れないままだ。
濡れ鼠は、時折、顔を上げ鏡に映った自分の顔を視点の定まらぬ眼でボンヤリ捉えると、ただ、ヘラヘラと笑った。
・・・1989年11月22日、金先物相場は遂に前場2節で1g当たり2,006円を付け、あの総攻撃を仕掛けた10月30日から、わずか16営業日で180円程値を上げていた・・・
彼等4人の利益は瞬く間に増えていき、10月30日時点であった3億3,893万円の資金に4億5千万円以上もの利益が新たに加算される。
この時、誰一人として声を出して笑わなかった。
しかし、この時、心の中で平静を保てる者は私を含め、誰一人としていなかった。
驚きと喜びとが入り混じった複雑な感情に心が支配され、何が現実で何が幻なのか?その境界さえ見失っていく。
当然と言えば、当然の事だろう。176円の1,000倍、そしてその2,620倍の資金がアッと言う間に増えてしまったのだから・・・。
何人が、この上げ相場の中で正常でいられるのか?
この隙をついて遠くから静かに忍び寄って来た魔の声は、今や脳髄の中で呪文のように叫び続けていた。
「買えば上がって行くんだ!買い増しに走れ!買って買って買いまくれ!まだ、勝てる!これからが本当の利益だ!買って、買って、買いまくれ!」と。
毎日のように膨れあがっていく出来高も、垂直に近い勢いで上昇する罫線の前では何の意味も無いただの数字の羅列に思えた。
微塵の恐怖感さえない。
何故なら、最強の力を手に入れた俺たちは必ず勝つからだ!
「酒井よ〜お前にな〜この谷田様がマンションとベンツ、買うたるで!」
「マジっすか?」
「安いもんや!」
「有り難うございます!でも、いいんですか?本当に?」
「マグロ船で脅した罪滅ぼしや!」
「罪滅ぼし?」
「お前を疑うて、取引始めたからな」
「はぁ」
「マンションとベンツ、それで無し無しや。どうや、それで」
「ありがとうございます。じゃ〜遠慮なく頂きます!」
「フンッ、現金なやっちゃ。ところで・・・ここから先の相場はどないすんや?」
「休み明けの値段次第ですが・・・まだまだ、上だと思います!」
「ほぅか。でっ、どないするつもりや?」
「休み明け。2,000円台をキープしたら・・・もう一発、勝負に出たいと思います!」
「ほうか」
「声が震えてません、谷田さん?」
「アホぬかせ!俺がビビる訳ないやろ!」
「ですよね」
「今後の事はそっちに任せる。ここまで来たら目標は10億や!」
金は腐るほど出来た。
そして、もっともっと儲かっていく。
どんな物でも手に入るんだ!
「外車でも買っちまおうかな〜」
「外車だけですか?忠弘さん」
「何?その言い方?だって、今、6,000万以上になってんでしょ」
「そうですよ。だから・・・ついでに、駐車場付きのマンションか家でも狙いにいくんでしょ」
「あっ!そう言う事ね」
「そうですよ。休み明け、2,000円台をキープしたら・・・もう一発、勝負に出ましょうよ!」
「いいよ〜。こうなったらチマチマやんないで、ドーンッといっちまうか!」
「そうですよ!ドーンッといっちまいましょう!」
「駐車場付きのマンションに外車か!」
「そうです。今だったら間違い無く・・・駐車場付きのマンションと外車が・・・狙えます!」
「いいね〜」
「いいでしょ!それが、もう〜手の届く範囲にあるんですから!」
「じゃ〜思いっ切りズドーンっていこうよ!」
「はい!」
ここまでの儲けは、マダマダ序の口!
これからが、相場や!
「1億はいったな〜」
「はい!」
「もっと、上がるかな〜?」
「上がるに決まってます!ここからが本当の勝負です!」
「酒井は、うまいからな〜」
「相場ですか?」
「馬鹿!口がに決まってんだろ〜」
「はぁ?」
「でっ?谷田もいくって?」
「はい。谷田さんも勝負にでます!」
「谷田がいくんじゃ〜お前、俺もいくしかないだろ〜」
「休み明けです!休み明け!2,000円台をキープしたら勝負です!」
「わっかた!そこらへんは、酒井、お前に任せるわ」
「有り難うございます!任せてください!今は怖い物なんて有りませんから!」
「怖い物はない?」
「はい!怖い物はありません!」
「調子いいよな〜酒井は」
「はい!絶好調ですから・・・」
みんな俺にのっかれ!
俺にのっかって、買えば上がるんだから・・・
「ガンちゃんもいくって?」
「はい!」
「僕も、そしたら・・・いこうかな?」
「板橋さんがいかなきゃ!誰がいくんですか!」
「またまた・・・よく言うよ。本当に乗せんのがうまいんだから・・・」
「ゲッ!」
「ゲッて?」
「岩崎さんも同じような事、言ってましたから」
「やっぱりね」
「どうします?」
「またまた〜わかってるくせに・・・」
「えっ?」
「いくに決まってるでしょ」
「そう言って頂くと思ってました」
「わかってたくせに」
「はい!チャンとわかってましたよ。休み明け、2,000円台をキープしたらですけど!」
「2,000円台キープでゴーね?」
「はい!2,000円台キープでゴーです!」
「枚数は?」
「みんな、私にお任せで・・・買えるだけ買えのご指示を頂いております!」
「じゃ〜、僕も買えるだけ買ってもらおうかな?」
「当然です」
「はい?」
「いえっ、板橋さんだったら当然そう言うと言っただけです」
「まいったな〜もう、変なセールスに捕まったもんだ」
「そうです。板橋さんは変なセールスに捕まったんです!だから、諦めて下さい」
「わかりました。じゃ〜宜しく頼みます。変なセールスさん」
「かしこまりました。其れでは板橋さんは大船にのったつもりで・・・ピアノでも弾いてて下さい」
「相場が面白くて、ピアノどころじゃないんだけどね」
ーパーンッー
周囲が驚くほどの音で手を叩き「これが相場!これが銭儲け!これが先物取引の醍醐味や!ヨシャ〜買って、買って、買い捲ったる!」と、静かに呟く自分が其処にいた。
・・・祝日明け11月24日(金)前場1節、金先物相場は36円高の2,030円で幕を開けた・・・

